【50話】首無しの騎士
キィンッ! ガガガガッ!!
立て続けに響く甲高い音が、静寂だった森を切り裂く。デュラハンの大剣が、目にも止まらぬ速さで俺の【絶対領域】を叩いているのだ。一撃一撃が重い。まるでダンプカーが突っ込んでくるような衝撃が、障壁を通して俺の精神を削り取っていく。
「くっ……!」
俺は一歩、また一歩と後退を余儀なくされた。無敵だと思っていた盾が、こうも簡単に押し込まれるとは。物理的なダメージはない。だが、障壁を維持するための精神力の消費が激しすぎる。このまま受け続ければ、いずれガス欠になる。
『ボサッとするな! 奴はただの力押しじゃない、技術があるぞ!』
グリムの叫び声と同時に、デュラハンの大剣が軌道を変えた。横薙ぎから、手首を返しての斬り上げ。流れるような連撃は、明らかに剣術の心得がある動きだ。オーガのような野蛮な暴力とは訳が違う。
「分かってるッ!」
俺は【身体強化】をフル稼働させ、バックステップで距離を取った。だが、デュラハンは逃がさない。青白い炎を揺らめかせながら、滑るように――いや、瞬間移動したかのように目の前に現れる。
(まただ、あの動き……!)
速いなんてもんじゃない。予備動作が全くないのだ。大剣が俺の首を狙って振り下ろされる。俺は反射的に【絶対領域】を一点に集中させ、その刃を受け止めた。
ゴウッ!!
衝撃波が周囲の草木をなぎ倒す。俺の視界がぐらりと揺れた。頭痛が走る。
「はぁ……はぁ……」
こいつ、強すぎる。これが深層のモンスターの実力か。
『どうする? 逃げるか? 今の足なら撒けるかもしれんぞ』
グリムが提案するが、俺は口元を拭って笑った。
「冗談。ここで逃げたら、せっかくの手に入れた『最強の盾』が勿体ない」
俺は冷静にデュラハンの動きを観察する。奴の攻撃は強烈だが、全て物理攻撃だ。【絶対領域】で防げない道理はない。問題は、俺が防戦一方になっていることだ。こちらの攻撃を通さなければ勝機はない。
「攻めるぞ」
俺はデュラハンに向かって駆け出した。デュラハンが大剣を構え、迎撃の態勢を取る。その切っ先が俺を捉えた瞬間、俺は【影】を発動させた。
「絡め取れ!」
地面から無数の影の触手が伸び、デュラハンの足と大剣を狙う。だが、デュラハンは全身から青い闘気を放出し、影を強引に振り払った。
(やっぱり、小手先の拘束は効かないか)
だが、それでいい。一瞬動きが止まれば十分だ。俺はその隙に懐へと潜り込む。右拳にはすでに【破壊の拳甲】が装着されている。
「らぁッ!」
右拳に【身体強化】の全出力を乗せ、デュラハンの胸板――黒い甲冑の中心に叩き込む。ガギンッ!衝撃波とともに硬い金属音が響き、デュラハンがわずかによろめく。だが、倒れない。甲冑が硬すぎるのだ。
「硬ってぇな……!」
デュラハンが裏拳のように大剣の柄を振るう。俺は【絶対領域】でそれを受け流すが、体勢を崩される。そこに追撃の蹴りが飛んできた。
ドカッ!
障壁越しに吹き飛ばされ、俺は地面を転がった。すぐに受け身を取って立ち上がるが、息が上がる。【石化の拳】のストックがあれば一撃で終わらせられたかもしれないが、ないものねだりをしても仕方がない。今の俺にある手札で勝つしかない。
『風雅、奴のコアは首の断面だ。あの青い炎を散らせば終わる』
「簡単に言ってくれるぜ……あんな高い位置、どうやって狙うんだよ」
デュラハンは身長2メートルを超えている。しかも大剣のリーチがある。ジャンプして狙えば、空中で叩き落とされるのがオチだ。
……いや、待てよ。俺は一つの可能性に気づいた。奴の攻撃を受け止めるたびに、俺の精神力は削られる。だが、逆を言えば「受け止めさえすれば、俺は無傷」なのだ。なら、わざと受ければいい。
「グリム、賭けに出るぞ」
『ケッ、死んでも知らんぞ』
俺は呼吸を整え、デュラハンを睨みつける。奴が動いた。あの瞬間移動のような踏み込み。俺は反応しない。動体視力を極限まで高め、奴の大剣が振り下ろされる軌道を見極める。
ここだ。
大剣が俺の頭上に迫る。俺は【絶対領域】を展開するが、今回は全身ではない。左腕。そこだけに全ての防御力を凝縮させる。
ガキィィィィンッ!!!
凄まじい衝撃が左腕を襲う。骨が軋み、脳が揺れるほどの負荷。だが、障壁は割れない。一点集中させた盾は、デュラハンの必殺の一撃を完全に受け止めた。
「捕まえたぞ……!」
大剣が障壁に食い込み、動きが止まったその瞬間。俺は左腕にまとわりつかせていた【影】を一気に膨張させ、大剣ごとデュラハンの腕を強引に拘束した。至近距離。奴の動きが止まる。
デュラハンの青い炎が、驚愕に揺れたように見えた。
「これで終わりだッ!」
俺は右手の【破壊の拳甲】を構え、深く沈み込む。
この一撃に、持てる全ての力を注ぎ込む。
全身の筋肉を限界まで引き絞り、出力を最大化する――【身体強化】。
反射神経と動作のキレを極限まで研ぎ澄ます――【俊敏】。
ゼロからトップスピードへ、爆発的な初速を生み出す――【速攻】。
そして、足元に極限まで圧縮した影を一気に開放し、物理的な反発力を加える――【影】。
四つの力を束ねた、渾身の一撃。
俺は地面を蹴った。いや、弾かれた。
「シンプルアッパーカットォォォォォッ!!」
視界が置き去りになるほどの神速。
全ての加速を乗せたゼロ距離からのアッパーカットが、青い炎を捉える。
接触の瞬間、拳甲の衝撃波が炸裂した。
ズドォォォォォンッ!!
青い炎が霧散し、デュラハンの兜のない頭部周辺の空間が歪む。
次の瞬間、黒い甲冑は糸が切れたように崩れ落ち、重い音を立てて地面に散らばった。




