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【28話】死の気配

ラーメン、つけ麺、死に直面!

 風雅はオーガの心臓を手に取り、その異様な存在感に目を細めた。心臓は手のひらに収まるサイズとは思えないほどの重みがあり、その重量感が腕にじわじわと伝わってくる。血管が脈打つように、微かに震える心臓からはまだ生きているかのような力強さが感じられた。


 そのとき、いつの間にかグリムが【影】を使って静かに現れ、風雅の隣にいた。グリムは一度、心臓に目を向けてから、低い声で説明を始めた。


『これはなんともまぁ…心臓だな…』


 グリムの声には、どこか畏敬の念が込められていた。


『この心臓を取り込むことで、オーガのような圧倒的な耐久力と力を手に入れることができる』


「オーガの心臓を取り込むって、それいいのか?」


『【再生】を使い切る覚悟があればこれ地上まで持って帰れるぞ』


「ちょっと怪我したら積みってことだろ?命賭けるほどのことじゃない。また取れるさ」


 風雅はグリムの言葉を聞きながらも、その重みを特に意識していないように見えた。彼の目は冷静そのもので、心臓に込められた力に対しても、表情を変えることはなかった。風雅は短く「ふーん」とだけ応じた。その態度には、無関心とも取れるような冷淡さがあったが、同時に余裕が漂っていた。まるで、グリムの説明が自分にとってはさほど重要ではないかのように。


 風雅がオーガの心臓を手に取り、その重みを感じながらグリムの説明に耳を傾けていた。そのとき、彼の頭の片隅には、すでにボスを倒した安堵感(あんどかん)と、この階層にはもう脅威となる存在はないという油断があった。そのため、風雅は次の行動を計画しながら、気を緩め始めていた。


 だが、その瞬間――周囲の空気が一変した。冷たい風が吹き抜け、ダンジョンの壁に陰が濃く映り込んだ。それは明らかに異常な現象で、風雅は一瞬でその異変を察知した。彼の背筋に寒気が走り、全神経が警戒態勢に入る。グリムも静かに黙り込み、風雅と同じ方向に視線を向けた。


 闇の奥から、ぬめりとした音を立てながら、「鬼蜘蛛」と呼ばれるレアモンスターがカタカタと姿を現した。その姿はまるでダンジョンの闇そのものが具現化したかのように漆黒で、巨大な体は不気味なオーラを放っていた。八本の長く鋭利な足が地面をかすめるようにカタカタと進み、その赤く光る目は冷酷な知性を宿していた。この階層で唯一、人型ではないモンスターであり、その存在感は他のモンスターとは一線を画していた。


「蜘蛛…!?」


 風雅は驚愕し、状況をそのまま口に出した。彼の油断が一瞬で消え去り、全身が緊張で強張った。鬼蜘蛛はゆっくりと風雅に接近し、その巨体からは抑えがたい威圧感が放たれていた。風雅はすぐに構えを取り直し、戦闘態勢に入る。しかし、次の瞬間、鬼蜘蛛は驚異的なスピードで風雅に向かって襲いかかってきた。


 その動きはあまりにも速く、風雅が反応する間もなく、鋭い足が一閃し、彼の胸を貫いた。激痛が風雅の全身を駆け巡り、血が勢いよく噴き出した。風雅の視界は急速に暗くなり、意識が遠のくのを感じた。


「くっ…!」


 風雅はなんとか耐えようとしたが、体の力が抜けていくのを止められなかった。それでも、最後の力を振り絞り、鬼蜘蛛に対抗するために【影】と【身体強化】のスキルを同時に発動させた。全身にエネルギーがみなぎり、かろうじて体を支えることができた。


「『影刃』…!」


 風雅は【影】を操り震える手を抑えた。補強した肉体で『影刃』を全力で鬼蜘蛛に向かって投げつけた。『影刃』はまっすぐに鬼蜘蛛の頭部を狙い、赤い目を貫いた。その一撃は鬼蜘蛛の脳を粉砕し、巨大な体が地面に崩れ落ちた。


 鬼蜘蛛は一声も上げずに倒れたが、風雅も同時に力尽き、その場に崩れ落ちた。彼の視界が完全に暗くなり、意識が消える中、心臓の鼓動が次第に弱まっていった。しかし、風雅はすでにそのことを認識する余裕すら失っていた。


 風雅が気絶すると、彼の肉体の所有権は静かにグリムに移行する。グリムは冷静な表情を保ちながら、風雅の胸を見つめ、その裂けた傷口を確認した。


『やれやれ、厄介なことになったな…』


 心の中でそうつぶやくが、内心はほくそ笑んでいた。グリムは次の行動に移った。グリムは落ている短剣、『影刃』に目を向けると、【影】の力を使い、それを巧みに操り始めた。『影刃』はグリムの意志に従い、静かに浮かび上がり、メスのように風雅の胸を丁寧に開いていった。


『この状況を乗り切るためには、これしかない…』


 思ってもいないことをグリムは言う。


 グリムは慎重に風雅の体内を操作し、オーガの心臓を取り出すと、『影刃』を巧みに動かして風雅の胸にその心臓を移植する作業に取り掛かった。『影刃』が細かい作業を完璧にこなし、風雅の心臓を慎重にオーガのものと入れ替える。


 移植が完了すると、グリムは【再生】の力を用い、傷口を癒していった。裂けた皮膚が徐々に閉じていき、最後にはまるで何事もなかったかのように、風雅の胸は元の状態に戻った。


--------------------


 数分後、風雅はゆっくりと目を覚ました。体全体に違和感を感じつつも、どこか軽くなったような感覚があった。だが、その違和感を深く考える間もなく、グリムが口を開いた。


『遅かったな、体は【再生】で直しておいたよ』


 グリムは淡々と伝えた。その声には、移植のことを隠す冷静さがあった。


 風雅は軽く頷き、何事もなかったかのように立ち上がった。体に残る違和感を不思議に思いつつも、そのままダンジョンを後にした。颯爽と歩く姿は、以前と変わらぬ冷静さを保っていた。

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