【19話】闇の囁き
vs先輩、
圭吾は呻くように呟きながら、すぐに立ち上がった。圧倒的な力を感じさせるその体勢に、俺は思わず息を飲んだ。まるで、俺たちの攻撃がまったく効果を持たなかったかのように。
颯人が俺の隣に立ち、何か言おうとしたその瞬間—
ドンッ!
先輩の拳が、颯人の顔に激突する音が響いた。颯人は文字通り壁の方へ吹き飛ばされ、重い音を立てて床に倒れ込む。
「颯人!!」
俺は叫んで駆け寄ろうとしたが、先輩から放たれる異様なプレッシャーが、まるで足をすくませるように俺の身体を硬直させた。冷や汗が背中を流れ、息が詰まる。
圭吾の目は狂気に満ち、何かを掴もうとするかのように部屋を見渡していた。
「俺は…俺は…完璧じゃなきゃ、ダメなんだ…!」
まるで体中に重りを乗せられたかのような圧力に襲われる。足元が揺れ、全身が鉛のように重い。息が詰まり、視界がゆがむ。部屋の空気が、一瞬で圭吾先輩の「圧」に支配されているのがわかった。この圧は流石にスキルだろう。
周りを見渡すと、颯人を含む部屋の全員が崩れ落ちている。全員が圧倒され、気絶してしまった。
でも…俺だけは、まだ倒れていない。俺だけは、ここで立ち止まるわけにはいかないんだ。
「…まだ、終わってない…!」
俺は、必死に足に力を込めた。圭吾の「圧」は、まるで全身を押しつぶすようだ。それでも、俺は立ち続けなきゃならない。こんなところで諦めたら、圭吾を止めることなんてできない。
「圭吾先輩、もう…やめろ…!」
俺は声を振り絞って叫んだが、圭吾は荒い息を吐きながら、狂気のままに立ちはだかっている。彼の顔には、深い苦悩と恐れが渦巻いていた。その表情を見て、俺は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。圭吾先輩もまた、誰かに追い詰められているんだ。
「くそっ…!」
俺は拳を握りしめ、再び立ち上がった。全身に走る痛みをこらえながら、圭吾に向かって一歩一歩、確実に歩みを進める。
「…俺は…俺は誰にも負けられないんだ…!」
先輩の声は、痛々しいほどに震えていた。彼の中で、完璧を求めるその圧力が、彼を崩壊させている。俺は先輩を救わなければならない。力で抑えつけるのではなく、彼をこの暴走から引き戻さなければならない。
俺は圭吾先輩の目を見据え、彼の暴走を止めるために最後の力を振り絞った。
『…やっちまえよ』
突然、耳元で冷たい声が響いた。まるで俺の思考の隙間に入り込むような、低く囁くような声。背筋がゾッとした。
『誰も見てるやつはいない。お前ならできるだろ、風雅』
それはグリムの声だった。見えないはずのその存在が、まるで俺の心の奥底を見透かしているかのように、暗く不気味な笑い声を混ぜて囁いてくる。
『今なら簡単に終わらせられる。アイツを一発で…片付けられるぞ?』
俺は息を飲んだ。確かに、今の圭吾先輩を止めるには力が必要だ。もう限界まで追い詰められている。周りは全員気絶してしまい、誰も俺を止められる者はいない。やるなら…今しかない。
『いいのか?手加減して、誰かがまたやられるかもしれないぞ。それでいいのか?』
その声はどこか甘く、誘惑するように俺にささやき続ける。グリムの言う通りかもしれない。圭吾先輩のスキルを奪えば、戦うのが楽になり、みんなが安全になる。もうこれ以上、被害が出ることもない。
「くそ…」
俺は拳を強く握りしめた。自分の心の中で、正義感と、圧倒的な力への誘惑がぶつかり合っている。グリムの言葉が俺の脳裏でこだまして、気持ちが揺らぐ。
『やれ。お前にはその力があるんだ…』
圭吾先輩はまだ苦しそうな顔で、俺に背を向けたままだ。今なら…今なら――
でも…本当にそれでいいのか?
俺はグリムの声に逆らおうと、必死で理性を取り戻そうとした。確かに、今の状況は切羽詰まっている。だが、圭吾先輩を力で倒すことが、本当に正しいのか?彼もまた、何かに苦しんでいるのはわかる。自分だけのためじゃなく、誰かに追い詰められているんだ。
「…俺は…!」
俺は自分の中で葛藤している。だが、このままでは圭吾先輩も俺も破滅する。
「やめろ…もう、やめるんだ!」
俺は全力で叫び、グリムの甘い囁きを振り払おうとする。圭吾先輩も、俺自身も…この暴走を止めなければならないんだ。力で支配するのではなく、俺が圭吾先輩を救わなければならない。
風雅は、決してグリムに屈することはない。
次回、vs先輩はendです。
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