ケバブアーマー
俺はケモノ着ぐるみが好きだ。現在、自分自身を獣化するため、オリジナルの着ぐるみを製作中である。
作り始めた経緯は半年ほど前に元々興味があって参加したケモノ系イベントで、ケモノ着ぐるみを初めて目の当たりにし、衝撃を受けたことに端を発している。
しかし、いくつかの製作サイトを参考にしながら作業をある程度進めたところで私生活が忙しくなり、多忙に揉まれるうちに気分が萎え製作が完全に止まってしまった。
それから早一ヶ月が過ぎようとしている。
流石にこれはマズイと思った俺は、SNSで着ぐるみの製作状況を公開している人の投稿を読み士気を高めることにした。
そして、SNSを開いた俺はいくつかの投稿を読んだ後、あるアカウントの呟いたコメントに目が止まる。
“ボディーの制作が頓挫し悩んでいたところ、既に完成したヘッドがむくれながら「いつボクのボディーを作るんだ」と言ってる気がして少しやる気が出た”
過去に、ヘッドに語り掛けられた気がするという投稿を何度が読んだことがある。やはり並々ならぬ思いが詰まっているからこそそう感じるのであろうどこか納得出来るものがある。
俺の場合は、本来ならヘッドから作るのが王道の手順なのだが、何を思ったのかヘッドのデザインをある程度決めた後、ボディーの型紙起こしから始めてしまい、現在その準備段階である立体採寸用のボディーを作って頓挫している状態だ。
立体採寸ボディー、自分の身体に丸めた新聞紙を布テープで理想の形に巻き付けた仮のボディーで、首から下の手首足首まで作りデザインによってフルで作る場合もあれば半身で作る場合もある。ちなみに俺の場合は後者の半身だ。
布テープぐるぐる巻の見た目から、製作を手伝ってくれた友人はまるでケバブだと笑い、その発言から俺はこのボディーのことをケバブアーマーと呼んでいる。
「語り掛けられる・・・か。」
そう呟き俺はケバブアーマーが格納されているクローゼットを見た。
流石にあの状態で語り掛けられるのは怖いな・・・
まあ、何はともあれある程度のモチベーションは上がった。今日はもう遅いから寝て、明日は型紙起こしの続きをやろう。そんでそれが終わったら必要な材料を揃える。
そんな事を考えつつ俺は部屋の電気を消し、ベッドに潜り込んだ。
「・・・ん?」
俺は夜中にふと目を覚ます。
辺りは真っ暗でまだ日は昇っていない。
「・・・。」
尿意などの異常がないことを確認した俺は、再び目を閉じ眠りに落ちるのを待った。
バタン。ガタタ
突然、物音がし驚いて身体を起こしその方向を見る。
凝視していると暗闇に目が慣れていき徐々に景色が見えてきた。
クローゼットが開いている・・・!
ズズ・・・ズズ・・・
さらにその近くの床でなにか大きなものが蠢いていた。
見ると頭のないケモノ体型をした半身のケバブアーマーが床を這っている。
全身の血の気が引いていくのを感じながら、俺は動くことも声を出すことも出来ずそれを見つめていた。
“あの・・・オーナー、そろそろ私の身体、作ってくれませんかね。”
片腕で器用に存在しない頭を持ち上げながら、ケバブアーマーは語り掛けてきた。
「ま、マジか・・・。わ、わかった・・・わかったから、マジで怖いんで勘弁してください。」
それに対し俺はどうにか声を出し懇願する。
“頼みましたよ・・・”
そう発するとケバブアーマーは力なく床に転がった。
そして、俺も糸が切れたようにしてベッドに横たわり意識を失った。
「は・・・っ。」
夜が明け、スマホのアラームによって目を覚ます。
「はー、嫌な夢だった・・・な!?」
息を吐きながら身体を起こす俺の目に、昨夜と同じ位置に転がるケバブアーマーが飛び込んだ。
「おい、マジか・・・」
再び血の気が引くのを感じた俺だったが、一先ず部屋を出ようと静かにベッドから降り立ち、ケバブアーマーを刺激しないようそろりそろりと出口へと向かった。
「おいおいおいおい。どうすんだあれ。夢じゃなかったんか!?」
部屋を出た瞬間、壁に頭を押しつけるように両腕をつき、頭をフル回転させ対応策を自問自答した。
「いや、待て。昨日の段階でアーマーは作れと言ったんだ。じゃあ、やることは一つ!」
そして、腹を決めた俺は電光石火の勢いで道具を準備し、材料を購入していざ製作・・・のはずが、俺はハサミを持ったままアーマーを前に止まっていた。
「ハサミ入れていいのか?これ・・・」
型紙を起こすにはこのアーマーをバラさなければならない。しかし、意志を持って動いていたであろうものを切るには気が引ける。
「罰当たんねぇだろうな・・・?」
“いや、切らなきゃ先に進まないでしょ?”
「ですよね・・・」
頭に響くケバブアーマーからのツッコミに、我に返った俺は今度こそ作業を始めた。
使命感に駆られ空いた時間を製作に全振りした甲斐もあり、それから約一ヶ月で着ぐるみをお迎えすることが出来た。
今はイベント参加に向けた細かな調整と、実際に着てポーズの練習などをしている。
そして、この着ぐるみも時折、自立して動いているのか、知らないうちに家の物や着ぐるみそのものの配置が変わっていたりすることがある。
どうせなら不在の時でなく俺が見ているところで動いて欲しいものだ。