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普段は無口な先輩がくれた花言葉

作者: 柳


昼下がりに温かい日差しで目が覚める。

どうやら昼寝をしてしまっていたようだ。ベッドの横を見るとそこには白い花が飾ってあった。

少し寂しい気持ちと嬉しい気持ちの半々を抱える。


「綺麗だなぁ」


俺が入院しているのは数日前からだ。信号無視をしてきた車との交通事故に巻き込まれ、俺はこの病院に運ばれた。目を覚ましたとき、心配そうな顔をした母親と知らない男性と女性がいた。


「翔君、本当にありがとう」


眼鏡をかけ、スーツを来た男性が俺に深く頭を下げる。そして、少し後ろにいた二人の女性も頭を下げてきた。よく見ると、後ろの一人はよく知っている人物だった。


「雪乃先輩、無事だったんですね。良かった」

「…ごめん、本当にごめんね」

「いいんですよ。悪いのは信号無視なんすから。先輩は悪くないですって」

「でも…」

「大丈夫です。えっと…先輩のご両親もそんなに頭を下げないで欲しいです。別に先輩は悪くないですし、俺が勝手に飛び出しただけなんで」


車がこちらに迫ってきた時に逃げようと思った。俺だけなら横に飛んで逃げることはできただろう。

だが、避ける時にただ呆然として立ち止まっている先輩の姿が見えた。目を閉じ、まるで引かれるのを待っているかのような様子だった。

雪乃先輩は俺と同じ図書委員の先輩で、いつも無口だけど優しい先輩だ。分からない事があれば教えてくれるし、俺のくだらない話も聞いてくれる。そんな先輩が目の前で車に引かれるのは…どうしても嫌だった。

だから、俺は先輩の身体を思いっきり突き飛ばした。先輩は驚いた表情で俺を見ていたが、俺は先輩に対して笑っていたと思う。そこからの記憶はあまり無い。強い衝撃を体全身に受けたと思ったら、硬い地面に転がされていた。そして気づいたら病院の中にいる。


「先輩、もう考え事しながら歩いてたら駄目ですよ?」

「……わかった」


何かを言いたげに先輩は俺の言葉に頷く。そして、雪乃先輩の両親はお礼を俺の母親にも言って、病室を出ていった。母親は俺を泣きながら褒めてくれた。少しは誇っても良いのかもしれないな。

その次の日からだ。俺の病室に花が飾られるようになった。どうやら、先輩からの差し入れのようだ。

白く綺麗な花だった。名前は分からないが見ているだけで笑顔になれる。


「これ何の花なんですか?」

「ダリアですね。こんな綺麗なお花を贈ってくれるなんて…もしかして彼女さんですか?」

「いや、同じ委員会の先輩なんですけど」

「えぇ~?またまた、それだけじゃないんでしょ?」


少し看護師の人にからかわれる。それにしても先輩、律儀な人だなぁ。

花には全く興味がない俺でも誰かに花を送られるのがこんなにも嬉しいのだと初めて知れた。

俺は先輩に花の写真と感謝の言葉を添えて、メッセージを贈った。すると直ぐに既読が付いて犬の可愛らしいスタンプが送られてきた。


「先輩って犬が好きだったかな?」


可愛らしい犬のスタンプに対してそんな事を思うのだった。

そして、次の週の月曜日…白いダリアがいつの間にか別の花に変わっていた。俺が昼寝から目を覚ますと既に花が置き換えられていた。白い花なのだが…今度はベルのような形をしてる花弁を持った花だった。

また先輩からの贈り物らしい。


「……これは何の花だ?」

「カンパニュラと呼ばれる花らしいですよ?」

「カンパニュラですか?」

「はい、同僚が詳しいので聞いたんですけどね。確かそう言っていました」


あんまり見たことのない花を見て、へぇ~と俺はその花を見つめていた。

この白い花を見て、なんとなく花選びをしている雪乃先輩を思い浮かべてしまった。

それからも花は次々に送られてきた。二週間が過ぎ、入院生活とおさらばする前日の日にも花は飾られていた。その白い花は俺でもよく知っている花だった。


「これ、マーガレットか?」


俺は自分のスマホでマーガレットを調べると花瓶に飾られている花と酷似した花の写真が出てきた。

そして、検索に花言葉が出てくる。

別に興味があるわけでもなかったが、どんなものなのかと少し気になった。

俺はマーガレットの花言葉を調べてみる。するとサイトにはこう書かれていた。『心に秘めた愛』と。


「……いやいや、他にも誠実とか信頼とかもあるし?というか、花言葉なんて気にしてないよな」


俺はマーガレットを見つめる。

そして、これまでそこに飾られていた2つの花をスマホで調べてみる事にした。


白いダリア…『感謝』

白いカンパニュラ…『思いを告げる』


だった。先輩が贈ってくれた花はどれもそんな花言葉がある物だった。

偶然なのだろうか…俺の勝手な勘違いなのかもしれない。

俺はベッドの上で考え込む。まさか、入院最後の日にこんな悶々とした気持ちにさせられるとは思いもしなかった。いつものようにメッセージを送ろうとするが手が止まる。


『感謝』か。本当に先輩はそう思っているんだろうか。俺がそうであって欲しいと願っているだけなんじゃないかと不安に思う。花言葉なんて所詮は、送る人がどう思っているかによる。先輩が本当にあの事に対して感謝しているかなんて分からないじゃないか。

俺はいつも通りに先輩に花の写真とお礼の言葉を添えて送る。そして、あるメッセージを追加した。


『俺もです』


先輩が花言葉を意識していれば何かしらの返事が来るだろうと思った。

しかし、既読は直ぐに付いたが一向に返事は来なかった。いくら待っても先輩からのメッセージは送られて来ない。俺はそれを見て、あぁ、自分の思い込みだったのだと知った。


次の日、俺は晴れて退院することができた。まだ松葉杖生活からは脱却することはできてはいないが、それでも軽い骨折で済んだのが不幸中の幸いといえる。

一つ懸念があるとすれば、先輩に顔を合わせづらいと感じることだ。車で家に帰り、俺は久々の我が家でくつろぐことができた。明日から学校ということもあり、学校から出ている課題を部屋でやっているとインターホンが鳴る。


母親が対応するだろうと思い、俺は課題を進めていると足音が二階へと上がってくる音が聞こえてくる。

そして、ドアが叩かれる。


「入ってもいい?」

「……えッ!?」


扉から顔を覗かせていたのは雪乃先輩だった。

学校帰りなのか、制服姿だった先輩は物珍しそうに俺の部屋を見ながら入ってくる。


「えっと…こんにちは?」

「こんにちは、翔君、足はもう平気?」

「まだ松葉杖が必要だけど、もう大丈夫ですよ」

「そっか……少しいい?ちょっと頑張るから」

「えっと平気ですけど、適当な所に座ってください」


そう言うと先輩は俺のベッドに腰を下ろす。そして、なんだか暗い面持ちで話し始めた。


「えっとね、私…あの時にね死のうと思ったの。私の家族さ、あんまり仲が良くないの。お母さんもお父さんも毎日喧嘩してて、私のことで揉めてることもあるの。でも昔は仲が良かったんだ。私があまり喋らなくなってから、お母さんたちが喧嘩するようになっちゃったんだ」


そう話す先輩の顔はとても苦しそうで、悲しそうだった。


「頑張って話そうとしたけど駄目だった。何を話したらいいのかわからなくて…ずっと下、向いちゃってさ…余計に心配させちゃったんだ。…だからね、私が…いなくなれば良いかなって」

「先輩、それは」

「うん、わかってる。違ったんだ。馬鹿だよね、私の事を考えてくれていたのに、私、勝手に勘違いして死にたくなって……君にも迷惑かけちゃって。本当に駄目な先輩だよね」


先輩の目からポタポタと涙が零れ落ちる。下を向き、先輩の方はずっと震えていた。

俺はそんな先輩に優しく声をかける。


「先輩、委員会の出し物で俺を手伝ってくれたことを覚えていますか?」

「え?」


委員会での活動にて提出物があったのだが、俺はそれを出せずにいた。

本の紹介のチラシを作らないといけないのだが、今まで本を全く読んでこなかった俺にとっては、それを作ることはとても難しいものだった。

そんな困っている俺を手伝ってくれたのは先輩だった。先輩はお勧めの本などを一緒に探してくれて、それがどんな内容なのかを俺にわかりやすく伝えてくれた。それのお陰でチラシにどういう事を書けば良いのかわかったので、なんとか提出することができたという事があった。


「先輩からしてみれば、あんなチラシを書くことは簡単かも知れません。けど、俺にとっては滅茶苦茶に難しいことだったんです。それを先輩は優しく手伝ってくれました。確かに会話らしい会話はなかったかもしれませんが、それでも丁寧に何度も教えてくれたことに俺は、感謝しているんです。だから駄目な先輩なんかじゃないですよ。頼れる先輩です」

「…ずるい」

「ず、ずるいですか?」

「うん、そんな事言われたら否定できなくなっちゃう」


先輩の顔には笑顔が薄っすらと戻っていた。


「あとね、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「はい、良いですけど…なんですか?」

「メッセージのこと」


俺はその言葉を聞いて心臓が跳ね上がる。

いや、平気だ。俺の勘違いでしたって言えば何も問題は無いはずだ。そう、平常心…平常心を保てば。


「あれって本当?……こんな先輩だよ?」


なんか妙に先輩がもじもじしている。それに心なしか顔が赤いような。


「もしかして、あの花言葉はやっぱり考えて贈って…あ」


俺が心の声を口に出すと雪乃先輩は恥ずかしそうにしながら頷く。俺は顔を腕で隠す。

駄目だ…嬉しすぎて言葉が出ない。告白か?今、この場でするのがいいんだよな!?

待って、なんて言えば良いんだよ。付き合ってくださいか?それとも好きですか?…いや、どっちも言えば良いのか?


俺の心の中はぐちゃぐちゃになっており、先輩にどう伝えようかしどろもどろになっていた。

無言の数秒が息苦しく感じ、俺は深呼吸をして声を出す。


「せ、先輩!」

「ひゃ、ひゃい!?」

「………好きです」


絞り出すように言った言葉がそれだけだった。

言った直後に後悔の波が俺を襲う。もっとマシな言葉があっただろうと。


「ふふ、翔君もそんな風に照れるんだね」

「あ、当たり前ですよ。俺も人間ですし」

「後悔しないでね?…私、結構面倒くさいから」


俺と先輩は付き合うようになった。

後日、先輩が俺に贈ってくれた花が俺の部屋に飾られている。

白い花弁に中心が紫色をしており、綺麗な花なのだが、名前は教えてくれなかった。


「お兄ちゃん、この問題教えて?」

「また数学か?将太」

「うん…ん?このお花なに?」

「あぁ、貰ったんだよ。それがどうかしたのか」

「へぇ~…ううん。なんでも無い。やっぱりこの問題は一人でやるね」

「え?あぁ、そうだな。聞きたくなったらいつでもいいぞ」

「うん!お兄ちゃんも勉強頑張ってね」


兄の部屋を出た将太は花の名前を思い出していた。


「あれって…テッセンだったかな?確か花言葉は――」


『甘い束縛』

読んでくださりありがとうございます。

前回、投稿した作品もランキングに載ることができました。皆様のおかげです。

少しでも良いなと思ってくれたら、良いね、評価をしてください。励みになっております。

いい加減に長編を書きたい…。


また次回の投稿をお待ち下さい。0_o

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