97話 色々と食べるものを作る
コノミが麻疹だ。
学校にずっと憧れてきて、やっと通えるようになったのに、1週間も休み。
可哀想だが、感染力の強い病気だし、治るまで登校できないのは仕方ない。
他の子どもたちに麻疹をうつしてしまうからな。
彼女の友だちも遊びに来られないし、俺たちもつきっきりで看病。
俺とヒカルコは自営だから、時間はどうにでもなるが、普通の家庭で子どもが病気になったら大変だな。
両親が共働きの鍵っ子たちは、どうしているのだろう。
食欲が落ちているコノミに、精のつくものを食べさせようと買い物にやってきている。
病院から出されている水薬があまりにもマズいので、割って飲ませるために牛乳も必要だ。
チーズも食いたくなったので、高いけど買って行くか~。
商店街に買い物にやってきている、BBAたちとも話をした。
バターなども普通に売っているらしいが、使ったことがないと言う。
それもそのはず、銀紙に包まれて紙の箱に入ったあれが、180円。
平成令和だと1800円相当という高級品だ。
食パンも一斤50円、つまり500円ぐらいするし、トースターで食パンを焼いてバターを塗って食べる――。
そんな食事も、一般家庭でやるのは少々難しい。
朝にトーストとなると、ハムエッグも一緒に食いたくなるが、ハムも卵も高級品。
パンにチーズを挟んで、ナンチャッテピザすら食えない。
そんなものが食えるのは、ブルジョワだけってことになるか。
――かといって、魚介類が安いわけではない。
魚介類もそれなりの値段がするが、肉はもっと高いので、皆が魚介類を食べているのだろう。
ウチは、俺が肉好きなので、金を出して肉を食っているけどな。
外から見たら金持ちには見えないだろうが、食生活は意外と豪華だ。
一連の話から察するに、平成令和の日本というのは随分と豊かになったんだろうなぁ――という感想だ。
ヒカルコからのリクエストで、薬屋に寄る。
白衣の紳士が出迎えてくれた。
「水枕が欲しいんだが」
「はい、ありますよ。他にはなにか?」
「氷嚢も欲しい」
「お子さんが熱を出しましたか?」
「ああ、麻疹なんだ」
「そりゃ大変ですねぇ」
紳士が赤いゴム製の水枕を持ってきてくれた。
平成令和でも、こいつは残っていたからなぁ。
氷嚢も少々形を変えていたが、売っていたし。
さすがに、吊るすタイプはなかったようだが。
その前に、シールタイプで頭に貼るのが主流だったからなぁ。
一緒に氷嚢も出してもらう。
単色のゴムの袋だ。
「これなんかはいかがですか? 新製品ですよ」
彼が持ってきたのは、冷凍庫で冷やす保冷剤――アイス○ンだ。
この年に売りに出したのか。
結構古いものだったんだな。
値段は300円。
「冷蔵庫はあるが、冷凍庫がないやつなんだよ」
「そうですか」
高くてもいいから、冷凍庫つきを買えばよかったか。
「でも、冷蔵庫に入れても冷たくはなるか……」
「なりますよ」
「子どもがいれば、絶対に使うしなぁ――買っておくか」
保冷剤を2つ買うが、普通の水枕と氷嚢も買う。
「あの、氷嚢を吊るすやつも欲しいんだが……」
「ああ、氷嚢つり器ですね~」
男が持ってきた細長い箱に「ひょうのうつり器」と書いてある。
そのまんま。
氷嚢タオレンダーとかそういうネーミングではない。
中身を見せてもらうと、シルバーメッキの金属製でずっしりと重い。
金属パイプかと思ったら、無垢の鉄棒を曲げて細長い楕円形にしてある。
こいつを布団の下に潜り込ませて、立てた棒を倒れないようにするわけだ。
棒の先には氷嚢を吊るし、頭の上に乗せる。
昭和の時代はともかく、オーバークオリティが基本だ。
とにかく一生物――みたいな勢いでもの造りに徹している。
結構高いものだが、コノミが大きくなるまで、なん度かお世話になることだろう。
ケチってはいられない。
薬やアイテムをゲットすると、背嚢に買ったものを詰めて、アパートに帰る。
途中で氷屋により、氷も買って戻ってきた。
ヒカルコに水枕や氷嚢、氷を渡すと炊事場にやって来た。
買ってきた保冷剤を冷蔵庫の中に突っ込む。
「ほら、傘! なくすなよ」
電話番をしているモモに傘を渡した。
この傘も商店街で買ってきたものだ。
「……ありがとうございます」
一応、敬語も使えるんだよな。
またミキサーでスペシャル栄養ドリンクを作るため、モモにリンゴの皮を剥かせる。
少しずつ色々とやらせれば覚えていくだろう。
実際に昨日よりは上達しているし、俺もガキの頃に芋の皮むきなどをして覚えた。
継続は力なり――大家さんの食事の手伝いとかもしているらしいし。
平成令和になれば、加工品だけで暮らせるわけだし、料理ができなくてもなんとかなっちゃうよなぁ。
こういうのが必要なのは、昭和の時代だけってことになるが、今は必要なので覚えるしかない。
材料ができたので、全部ミキサーに突っ込み、スイッチ・オン!
炊事場にけたたましい音が響くと、八重樫君が顔を出した。
「おはよう先生」
「おはようございます」
「昨日の約束どおり、スペシャル栄養ドリンクを飲むかい?」
「飲みます!」
「あの~」
八重樫君の後ろから、五十嵐君も顔を出した。
「わかったわかった」
彼らが持ってきたカップに、とろみのある薄黄色のジュースを注いでやる。
「「ンマーイ!」」
ジュースを飲んだ2人が叫んだ。
「そりゃそうだよ。こんなの外で飲んだら、1杯200円ぐらい取られるね」
「そんなに高いんですか?!」
「高価で栄養があるものをふんだんに使っているからなぁ」
卵が安全なら、卵を入れてミルクセーキにすれば、もっとコクが出ると思うが……。
「じ~っ」
いつの間にか、矢沢さんも戸を開けてこちらを見ていた。
「矢沢さんは昨日飲んだじゃない」
「そ、そうですけどぉ……」
「2人とも、単行本が出たら、このぐらい普通に飲めるようになるだろ」
今日もバナナを半分ずつやった。
毎日こんなことをしていられないが、コノミが元気になるまでだ。
部屋に戻ってくるとコノミに栄養ドリンクを飲ませた。
実は、薬屋で栄養剤も売っている。
元時代のユ○ケルのようなスクリューキャップタイプではなくて、アンプルになっているものだ。
アンプルというのは先の尖った小型のガラス容器。
こいつの首の部分が細くなっているので、付属の石で傷をつけてから、折って細いストローを刺して飲む。
昔はこういう感じだった。
ガラスのアンプルじたいは、病院などの薬で使われていたけどな。
「んくんく……美味しい」
コノミが布団の上でジュースを飲んでいる。
「美味いか」
「うん」
昨日より熱があるので、少々つらそうだ。
――そのまま小康状態だったのだが、次の日40度ちょいまで熱が上昇した。
さすがの子どももかなりぐったりしている。
大人だったら、起き上がれない状態だ。
「う~んう~ん……」
頭の上に氷嚢を乗せたコノミが、真っ赤な顔をして唸っている。
頭の下には昨日買ってきた保冷剤を敷いた。
冷凍庫がなく冷蔵室に入れたために凍ってはいないが、水枕よりは冷たい。
まったく起き上がれない状態なので、食事も取れない。
飯を食わないと薬を飲めないしな。
「こりゃ、とりあえず熱をちょっと下げて食事を取らせないと駄目だろ」
「うん」
「ヒカルコ、お前が座薬を入れてやってくれ。コノミは女の子だし、俺にやられるのは恥ずかしいだろ」
「わかった」
彼女が茶箪笥の上に置いてあった薬の袋から、座薬を取り出した。
布団をめくると、ゴソゴソとなにかやっている。
おそらくは、コノミの寝巻きの下を脱がしているのだろう。
俺は後ろを向いた。
「もういいよ」
数分で、ヒカルコがつぶやく。
俺がガキの頃は、座薬のほうが効き目が早い――みたいな話だったのだが、そうでもないらしい。
薬を使ってから1時間ほどで、コノミの目が開いた。
「……」
「コノミ、大丈夫か? ご飯は食べられそう?」
「フルフル」
「それじゃ、美味しいジュースだけ飲む?」
「うん」
薬が効いているので、しばらくは大丈夫だろう。
まぁ、病気が治っているわけじゃなくて、ちょっとの間症状を抑えているだけなんだけどな。
俺は炊事場に行くと、ミキサーの準備を始めたのだが、それをモモが見ている。
「コノミちゃんどう?」
「昨日より熱が出てるが仕方ない。一旦小康状態になってから、今度は発疹が出るからな」
「可哀想……」
「合併症などが出なきゃいいけどな」
「……」
俺は、缶詰を開けて、冷蔵庫にあるもので栄養ドリンクを作った。
あとで、牛乳をまた買ってこないとな。
「コノミちゃん、まだ熱があるんですか?」
そう言われて後ろを振り向くと、矢沢さんがいた。
「ああ、治るまでに1週間以上かかる病気だからな」
「そうですよねぇ」
「これは飲まないのか?」
「コノミちゃんのために作っているのに、毎日もらっちゃ悪いですし……」
「ははは」
今日も飲ませてくれとか言われたら、どうしようかと思ったぜ。
スペシャルドリンクを持って帰ろうとすると電話が鳴ったので、俺が受話器を取った。
「はい、篠原未来科学ですが」
『あ! 篠原さんですか?! 相原です!』
相手は相原さんだった。
「いつもお世話になっております~」
『コノミちゃんの容態はどうですか?』
「熱がかなり出ているから、薬を使いましたよ」
『そうですか~、可哀想に……』
みんな可哀想だと言うが、俺もそう思っている。
「わざわざ、ありがとうございます」
『いえいえ、後でお見舞いに伺いますので』
「お忙しい中、無理をしなくても……」
『いいえ! とんでもない!』
別に断る理由もない。
あとで相原さんがやって来るようだ。
スペシャルドリンクを持って部屋に戻ろうとすると、声をかけられた。
「篠原さん!」
「はい」
今度は、大家さんだ。
似たような会話を繰り返す。
「可哀想に……」
大家さんもだ。
「そうですねぇ」
「おじや作りましょうか?」
「いえ、まったく食欲がないらしいので、コレを作ったんですよ」
「牛乳なの?」
「牛乳に色々入れた、栄養ジュースですよ」
「大家さん、それってすごく美味しいですよ」
彼女の後ろから矢沢さんが顔を出した。
「……」
矢沢さんにそう言われて、大家さんも飲みたそうな顔をしている。
「どうぞ」
湯呑に半分ほど注いであげた。
「ご、ごめんなさい」
「いえいえ」
彼女が湯呑にそっと口をつけた。
こういう仕草に育ちが出るというか、大家さんはすごく上品なんだよなぁ。
「……お、美味しいわねぇ!」
「まぁ、原料費がすこぶるかかってますからねぇ、ははは」
やっと部屋に戻ると、俺はコノミにドリンクを飲ませた。
他の住民たちが、今日は飲みたがらなかったので、牛乳はまだあるが――。
念のため、仕入れに行ってくるか~。
――そんなわけで、コノミの食材を買いに商店街に向かう。
ついでに俺たちの食料の材料も買い込まないと。
明日は日曜なので、ちょっと多めに色々と買い込む。
看病はヒカルコがやっているので、俺が買い出しを受け持ち、ついでに病院に寄って、コノミの薬をもらう。
この時代は診察をしなくても、同じ薬をもらえたのだ。
俺が買い物から帰ってくると、薬が効いたのかコノミの熱も少々下がったようだ。
水枕を敷いたまま、本を読んだりしている。
昼にも俺の栄養ドリンクを飲み、コノミが寝ていると――夕方に相原さんと高坂さんがやって来た。
話を聞いた高坂さんもお見舞いに来たらしいが、お見舞いの品を置くと、すぐに八重樫くんの所に。
まぁ、普通はそうなんだろうが、相原さんはコノミについてくれている。
「コノミちゃん、大丈夫?」
「……大丈夫」
「こんなに顔を赤くして可哀想! ほら! 色々と持ってきてあげたから!」
彼女が大きなショルダーバッグから取り出したのは、桃缶、リンゴ、そしてバナナ。
まったく俺と同じ構成だ。
「ありがとうございます」
「とんでもない! いつもお世話になってますから!」
俺は緑の紙に桃が描かれた缶を取り上げた。
「コノミ、これを食べてみるか? 美味しいぞ?」
「うん」
俺は炊事場に行くと、冷蔵庫から桃缶を取り出した。
ジュースの材料ですでに開けたやつがあるんだ。
「う~ん?」
こっちを先に使わないと駄目だしなぁ。
コノミには女史が持ってきてくれた缶詰を開けて、残りは俺が食うか。
そうだ――せっかくだし、桃缶のカッテージチーズ盛りでも作ってみるか。
小鍋に牛乳を入れて火にかけると、酢を入れた。
すると当然タンパク質が凝固して、フワフワが浮き上がってくる。
そこに高坂さんがやって来た。
「あの~、私は帰りますので」
「ああ、コノミのお見舞いに来ていただいて、ありがとうございました」
「いいえ、早くよくなるといいですね」
「あ、そういえば――麻疹の話を聞いてから来たということは、高坂さんは大丈夫なんですよね?」
「ええ、大丈夫です。子どものころにかかりましたから」
彼女が挨拶をすると、階段を降りていった。
高坂さんも、最初に会った頃に比べたら随分と印象が変わったなぁ。
漫画なんてどうでもいい――みたいな感じだったのに、最近はそうでもないらしい。
それはそうと、相原さんは俺の部屋にまだいるんだが、大丈夫なんだろうか?
色々と考えながら、鍋に浮いてくるフワフワを眺めていた。
俺がやっていることを、電話番をしているモモがジ~っと見ている。
――「この人はいったいなにをしているんだろう……」みたいな顔だ。
「あ~、そうか」
そういえば、こいつは水切りをする必要があるな。
どうやってやったらいいだろう……ガーゼもキッチンペーパーもないし。
炊事場の棚を見渡す。
「う~ん? あ、ザルがあるか!」
ザルにフワフワを掬うと、水切りをしてみる。
ふと、シンクを見ると、色々と道具が入り乱れてごったな状態。
うわぁ、なんかすごいことになってしまったぞ――ってやつだ。
料理をすると、これが面倒なんだよなぁ。
それはさておき、味見をしてみるか。
手作りのカッテージチーズなんて久しぶりに作ったし、桃缶に合わせるのも初めてだ。
俺の味見なら、空いた缶に入っているやつでいいだろう。
残り物が役に立った。
小鉢に桃を入れて、白いフワフワをかけた。
一口、運ぶ。
「お? 美味い――そうだな、チーズケーキっぽいか。ウマウマ」
「……」
俺の様子をモモが見ている。
「一口食うか?」
俺は彼女の前に黄金色の果実を差し出した。
「……パク」
彼女が俺のスプーンをパクリと口に入れる。
躊躇するかな? と、思ったが、まったくしなかったな。
「どうだ?」
「美味しいかも……」
まぁ、そうだろう。
2人で桃缶を食っていると、後ろから声をかけられた。
「あの~なにを食べているんですか?」
「わぁ! なんだ、矢沢さんか。コノミのおやつだよ」
「じ~っ」
矢沢さんが俺の持った小鉢をじ~っと見つめている。
俺が見たこともないものばかり作るので、珍しいのだろう。
「こっちはコノミのだから駄目だけど。俺の食いかけでいいなら」
桃はまだ半分ぐらい残っている。
「わぁ、ありがとうございますぅ~」
小鉢を渡し、彼女がニコニコしていると、ヒカルコがやって来た。
「どうしたの?」
俺が中々戻ってこないので、見にきたのだろう。
「いや、これを作ってたんだよ。コノミに持っていってやってくれ」
別な小鉢に桃を出すと、その上にカッテージチーズを盛ってやった。
「……なにこれ?」
「はわぁぁぁ、これ美味しいですぅ……」
矢沢さんが桃を食べて、目をキラキラさせている。
「……ずるい……」
はしゃぐ矢沢さんを見て、ヒカルコがつぶやいた。
「わかったわかった、お前と相原さんの分も作ってやるから――とりあえず、コノミの分を持っていってやってくれ」
「……うん」
彼女に小鉢を持たせると、追加でカッテージチーズを作る。
「この白いのって、牛乳から作ってるんですか?」
「カッテージチーズっていうんだよ」
「へ~」
彼女が小鍋の中を覗き込むのだが、距離がすごく近い。
「牛乳に酢を入れると、フワフワが浮いてくるから、掬って水を切るんだ」
「酢を入れるんですねぇ」
「酢じゃなくて、酸っぱい果物の汁でもいいぞ」
「みかんとか、レモンとか……」
彼女は料理が上手い。
作り方を教えれば、応用もこなすだろう。
「そうそう。でもまぁ、酢が一番手頃で簡単かな」
「面白そう!」
「野菜や魚に合わせても面白いぞ」
「でも、牛乳がちょっと高そうですねぇ……」
「ははは、まぁな」
おかずはなにか一品。凝ったものは作れない――そんな時代だし。
こういうものは、特別なときじゃないと食えないわけだ。
「この汁はどうするんですか?」
彼女は、カッテージチーズを掬ったあとに残った汁が気になるようだ。
「乳清っていってな。栄養があるから、みりんと醤油と卵でスープにするのがいいぞ」
本当は中華だしで中華風にするのがいいと思うが、この時代にそんなものはないからな。
「へ~」
「モンゴルじゃな。こいつで酒を作るんだぜ」
「すごい、篠原さんって物知りですねぇ!」
「ははは、本を沢山読んでいるからな」
乳清は取っておいて、明日の朝飯のおかずにしよう。
新しくでき上がったカッテージチーズを、小鉢に盛った桃の上に乗せて完成だ。
それを部屋まで持っていく。
「ほい、ヒカルコと相原さんの分」
「やった!」「す、すみません! ありがとうございます」
「コノミどうだ? お味のほうは?」
「……すごく美味しい」
相変わらず元気はないが、ものが食べられれば問題ないだろう。
「そうか――それじゃ俺は、台所を片付けてくるからな」
台所に戻ると、矢沢さんが自分の食事を作りながら、モモと洗い物をしてくれていた。
彼女は忙しくても自炊をして、節約したお金を母親に仕送りしているのだ。
「矢沢さん、俺がやるから」
「ごちそうになったんですから、このぐらい私がやりますよ」
「そうかい……悪いね」
俺は残った乳清に鍋の蓋をして、冷蔵庫に入れた。
モモは、矢沢さんから洗い物の仕方なども教わっているようだ。
本当にこいつは、どうやって暮らしていたんだろうなぁ。
なんとかなるものなのか。
まぁ、洗い物やら洗濯ができなくても、死にやしねぇし。
「モモ――お前、洗濯はどうしてたんだ? まさか、ずっと着たきり雀ってわけでもないだろ?」
「タライと洗濯板で……」
「ちゃんと洗ってたのか?」
「うん」
聞けば、アパートの住民がやっていたことを真似したらしい。
タライと洗濯板があれば洗濯ができると、学習したわけだな。
食器なども、見よう見まねで水洗いぐらいはしていたようだ。
俺も、この時代にやってきてからは、ずっと手洗いだしなぁ。
生まれたころから洗濯機があったから、まさか手洗いをするなんて夢にも思わなかったが。
「篠原さん、モモさんとはどうやって知り合ったんですか?」
「ちょっとした知り合いだ」
まさか、犯罪がきっかけだとは言えない。
「怪しい……」
矢沢さんは訝しんだ。
「別に怪しくねぇよ。モモはなぁ、最初に知り合った男が駄目だったんだよなぁ」
「そうなんですか? それじゃ、最初に知り合ったのが篠原さんだったら、ヒカルコさんじゃなかったかも……」
「それはどうかな? あいつには才能があるからなぁ。そこに俺が惚れている部分もあるし」
「私もヒカルコさんの小説を読みました。すごく参考になりますぅ」
矢沢さんの漫画は基本が恋愛ものだからな。
それに、恋愛パートのストーリーは、ヒカルコが考えているし。
「それじゃ! 最初に会ったのが私ならどうですか?」
「矢沢さんは才能はバッチリだけど、未成年だしなぁ」
「歳なんて関係ないじゃありませんか!」
「あるよ、あるに決まっている」
前にも言ったが、「可哀想なのは抜けない」んだよね。
矢沢さんと話していると、廊下に八重樫君が出てきた。
もう涼しいので、パンツ一丁ではなくズボンを穿いている。
「百田さん、ちょっと作業を手伝ってもらえますか?」
「はい」
「……なんか食べてますか? 僕も食べるものがないですかね……」
食事の時間だが、用意してないのだろう。
忙しいのかもしれない。
モモが料理ができれば、一品幾らで金を取るって手もあるが……。
マジでなんでも屋だな。
「なんだ、腹が減ったのか……そうだ!」
俺は冷蔵庫に入れた乳清を思い出した。
そいつを小鍋に戻して火にかける。
「お、肉が少し残ってるな。こいつでダシを取るか」
鍋に肉を入れて、みりんと醤油を少々。
味見をする――中々いいが、汁だけじゃ腹に溜まらんだろう。
ボウルに小麦粉を入れて、水を少々。
白い粉をかき混ぜて固まったら、すりこぎ棒で薄く伸ばす――スイトンだ。
塊にすると汁が染み込まなくてマズいから、薄くするのがポイント。
スイトンを煮てから、最後に溶き卵を入れると完成。
「おら、できたぞ」
「これって、スイトンですか? こんなの初めてみますよ」
「乳清を使っているから、中々食えないタイプのスイトンだと思うぞ――ははは」
「わぁ、美味しそう! 先生だけズルいですぅ!」
「矢沢さん、さっき桃缶食べたじゃない」
「ううう……そ、そうですけど……」
俺から汁の入った深皿をもらった先生が、その場で口をつけた。
「ズズズ……これは変わった味ですね?! 甘酸っぱくて美味しいですが、こんな贅沢なスイトンは初めてですよ」
贅沢じゃないスイトンは食ったことがあるのか。
「部屋に、五十嵐君もいるんだろ?」
「はい」
「少し分けてやりなよ」
彼にお椀を渡した。
「は、は~い」
なんか残念そうにしているが、弟子の面倒をみなくてどうするよ。
1人で食うつもりか。
食い物の恨みは恐ろしいんだぞ。
「ぶ~ぶ~!」
スイトンを食えない矢沢さんが文句を言っている。
こいつは困ったな。
「あとで、同じものを作ってあげるから」
「本当ですか?!」
「ああ」
さっきのとおり、食い物で恨まれたら大変だ。
「八重樫君もそれじゃ足りないだろ?」
「あとで店屋物でも取るか、夜鳴きそばでも探しますよ」
「そうか」
「篠原さん、約束しましたからね!」
矢沢さんが、しつこく確認してくる。
「大丈夫だっての」
うちのアパートは、食いしん坊が多いなぁ。
多分、大家さんも食べたがると思う。
俺が作る料理が珍しいせいもあるのかもしれないが……。





