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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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96話 新しい企画


 コノミが麻疹はしかに罹って、学校を休んでいる。

 この時代は、平成令和に比べて医療技術が発達しておらず、子どものちょっとした病気でも楽観視はできない。

 大戦を生き残ったあるエースパイロットの話がある。

 盲腸だというのに、誤診で見当違いの開腹手術をなん度も受けて、あげくに死んでしまった。


 逆にいうと、平成令和に健康上に問題をかかえていた年寄は、この時代ならとっくに死んでいる可能性が高い。

 そのぐらいの技術と知識差があると感じている。


 まだ学校を休んで1日目だが、登校できるようになるまで1週間はかかるだろう。

 そのために俺は買い出しをして、精のつくものを色々と買い込んできた。

 集めた材料を使ってコノミのためにスペシャル栄養ドリンクを作っていたら、漫画家の先生たちが集まってきてしまった。

 基本的に好奇心が旺盛な人たちだから、仕方ない。


 彼らにバナナを半分ずつやる。

 平成令和からすると信じられないかもしれないが、この時代のバナナは高級品だ。

 次に食えるのがいつになるか解らん代物。


「先生たちもバナナを食わないか? 五十嵐君も来てるだろ?」

 八重樫君たちにもバナナを半分ずつやることにした。

 バナナの両端を持って引っ張れば、ちょうど真ん中から半分になる。


「え?! 今のどうやったんですか?!」

 半分になったバナナを見て、先生が驚いている。


「どうもこうもねぇよ。両端を持って引っ張れば、バナナって半分になるんだ」

「そ、そうなんですか? へ~面白いですねぇ。ありがとうございます」

 矢沢さんはバナナを見て興奮していたが、八重樫君はそうでもない。

 俺が半分にしたのは驚いていたけどな。


「先生、あまり驚かないってことは、バナナを食ったことがあるんだろ?」

「はい」

「さすがブルジョワだな」

「止めてくださいよ、そういうのは」

 俺の揶揄に、彼が顔をしかめた。

 対して、アシの五十嵐君は黄色い果物を口にして驚いている。


「へぇ~! これがバナナですかぁ!」

「どうだい、食べた感想は?」

「ムグムグ――え~、想像してたより、あの……」

「ははは、まぁそうだよな」

「バナナってすごく高いんですよね!?」

 矢沢さんは値段が気になるようだ。


「矢沢さんのお母さんに食べさせるなら、もっと安くて美味しいものがあるぞ、はは」

「そうですよねぇ……」

 まぁ、不味くはないんだが――。

 バナナは安いから食っていたが、未来のスーパーに並んでいたアレが、2000円とか3000円だったら果たして買うだろうか?

 いや、買わない(反語)。


「でも、バナナってすごい栄養があるんだぞ」

「そうなんですか?」

 矢沢さんが興味ありそうだ。


「ああ――ほら、このりんごと、あと豆があれば、これで人体に必要な栄養素が全部揃うぐらいに栄養がある」

「え~、本当ですか?!」

「本当だよ。完全食と言ってもいい」

「へ~」

「篠原さん、その話をムサシでも使っていいですか?」

 先生は、完全食ネタを漫画の中に入れたいらしい。


「ああ、いいぞ――あ! いけね! こいつをコノミに飲ませないと駄目なんだ」

「それって牛乳ですか?」

「牛乳ベースのスペシャル栄養ジュースだ」

「すごく美味しかったですよ」

「え?! 矢沢さん、飲ませてもらったの?!」

「はい」

「じ~っ……」

「おいおい先生、駄目だよ。これはコノミに飲ませるんだから」

「わ、わかってますけど……」

 彼が恨めしそうな顔をしている。

 食い物の恨みは恐ろしいからな。


「わかったよ。多分、明日も作るだろうから、そのときには先生にも飲ませるからさ」

「本当ですね?」

「嘘ついてどうする」

「わかりました」

 まぁ、好奇心もあるだろう。

 その点は、漫画家としてはよいことだと思う。

 矢沢さんみたいな猪突猛進も、少々困るけどな。


「なんか、私の悪口を考えてますぅ?」

「そんなことはない。矢沢先生はいい人だなぁ――」

「それなら、私にチューをしてください」

 彼女が口を尖らせた。


「ははは、早くそういうことができるいい男を捕まえて、お母さんを安心させてあげないと」

「母的には、『男なんてロクデナシだから、女1人で食べられる方法を見つけなさい』というのが、口癖でしたけど」

「いやぁ――当たっているだけに、耳が痛いな」

 話し込んでいる場合ではないので、ジュースが入っている容器を持って部屋に戻った。


「コノミ、スーパーウルトラスペシャルジュースができたぞ」

「やった!」

「あんなのわざわざ買ってきたの?」

 ヒカルコが言っているのはミキサーのことだ。


「おう、色々と使えるぞ」

 俺の言葉に彼女が呆れているのだが、ミキサーやチョッパーの便利さがよく解ってないのだろう。

 まぁ俺も自炊をして、ハンバーグやら餃子のネタを作るのにしか使ってないがな。


 コノミが身体を起こしたので、布団の上にちゃぶ台を置いた。

 彼女がいつも使っているカップにジュースを注いでやる。

 その隣に、ヒカルコも湯呑を置いた。


「コノミのために作ったんだぞ? お姉さんなんだから、我慢しなさい」

「ブーブー!」

 ヒカルコが文句を言っている間に、コノミがジュースを飲んだ。


「ふわぁぁ! 美味しい!」

「そうか、よかったな」

 彼女の頭をなでなでしてやる。

 ヒカルコがうるさいので、彼女の湯呑にも注いでやった。


「美味しい!」

 珍しくヒカルコが満面の笑みを浮かべている。


「めちゃ高価なジュースだからなぁ」

 俺も少し飲む。


「美味い! 美味すぎる!」

 風が語りかける美味さだ。


 コノミはジュースを飲んでいるし、まだ食欲もあるようだ。

 これなら高熱を出しても、消耗することもないと思うが……。


「……」

 彼女がジュースを飲みながら、タンスの上に載っている金魚鉢を気にしている。

 ヒカルコとコノミが盆踊りの会場で取ってきたものだが、あれから毎日水を換えたり餌をあげたりしていた。

 さすがに寒くなってきたので、だいぶ動きが鈍くなってきたが。

 冬になったら、水を少し温めてから交換したほうがいいんだろうなぁ。


「ああ、コノミが病気だから、俺が水を換えてやるよ」

「うん」


 ――昼になり、俺たちは食事を摂った。

 コノミはお腹が空いてないというので、桃缶を食べさせてから薬を飲ませる。


「うえぇぇぇ~!」

 液体の薬は本当にまずそうなのだが、致し方ない。


 そのあとは、コノミは布団の中で読書。

 ヒカルコはちゃぶ台で、小説の仕事をしている。

 俺は文机から婚姻届を出して必要欄に記入し、彼女に差し出した。


 俺も女と入籍するなんて考えたこともなかった。

 結婚する気なんて微塵もなかったしな。

 そもそも、見ず知らずの人間と一緒に暮らす自分が想像できなかったわけで。

 そんなことは無理だろうとたかをくくっていたのだが――。


 ヒカルコは違っていた。

 6畳なんて、普通は息苦しくなる空間で彼女と一緒にいても平気だった。

 コノミが増えても同じ。

 まるで空気のような――そんな言葉があるが、まさにそんな感じである。

 俺も彼女ならいいと、今回の話を切り出したわけだ。


「ヒカルコ、必要なときには使え」

「……」

 彼女に用紙を見せると、じ~っと見ていたのだが、プイと横を向いた。

 なにを考えているか解らんのだが、そんな気はないから――と、今すぐ出ていくとかそんな感じではない。


「届けを出すときには、保証人に書いてもらうんだぞ? 大家さんなら書いてくれると思うから」

「……」

 俺がヒカルコの反応に頭を抱えていると、階段を上ってくる複数の足音。

 とりあえず、婚姻届を文机の引き出しに入れた。


「「コノミちゃ~ん!」」

 この声は、鈴木さんと野村さんの声だ。

 学校には電話を入れたので、コノミが休んでいる理由は同級生には伝わっているはずだ。

 でも、確認をしないとな。


「は~い」

 戸を開けると――覗き込んでいる女の子たちに尋ねた。


「コノミがなんで休んでいるか、先生から聞いた?」

「うん、麻疹だって……」

「鈴木さんと野村さん、麻疹はやった?」

「はい」「うん」

「それなら、大丈夫だと思うが――2回感染ることもあるからなぁ」

 俺の言葉に2人が、顔を見合わせた。


「あの、お見舞いしたら、帰りますから」「私は学級だよりを持ってきた」

「わかった」

 彼女たちが、コノミの所にやってきた。


「コノミちゃん、大丈夫?」

 鈴木さんが心配そうに、コノミの顔を見ている。


「う~ん、大丈夫……」

「これから熱が出るからなぁ」

「コノミちゃん、はい」

 野村さんから、プリントが渡された。


「ありがと――」

「あと、ショウイチに先生から、これ」

 子どもたちからの俺の呼び方は、ショウイチに固定されてしまった。

 まぁ、いいけどな。

 平成令和なら、ガキと仲良くしているだけで通報案件だが。

 この時代ならそんなことはない。

 逆を言えば、変態さんも跋扈しているちゅーことだから、注意しなくてはならないが。

 ちょっと苦笑いしているかもしれない俺に、野村さんから茶封筒を渡された。


「あ、そうだ――コノミの連絡帳を、野村さんに持っていってもらえばいいのか」

「うん、いいよ」

「それじゃちょっと待ってて……ヒカルコ、女の子たちにサイダーでも出してやってくれ」

「うん」

 昼飯の用意のときに、俺が買ってきたミキサーを改めてヒカルコにも見せた。

 やっぱり、「こんなのなにに使うの?」みたいな顔をされた。

 まぁ、色々と使うよ。

 主にハンバーグとかな。

 子どもはハンバーグが好きだから、多分コノミも好きだろう。


 すでに、マル○ンハンバーグも売っているのだが、アレはマル○ンハンバーグという食い物だからな。

 あれすら中々食えないというのが、昭和という時代だが。


 子どもたちの相手は、ヒカルコにまかせて――俺は連絡帳を書いた。

 まぁ、簡単な挨拶と、「病院に行きましたが、やっぱり麻疹でした。症状がなくなるまで、1週間ほどおやすみをいただきます」――という文章だ。


 俺は、書き終わった連絡帳を、サイダーを飲んでいる野村さんに渡した。


「野村さん、これを先生にお願いします」

「わかった」

 サイダーを飲み、少しコノミと話をした女の子たちは、そのまま帰っていった。

 症状が出ないだけで、感染っている可能性もあるんだよなぁ。

 それがもっと小さい子などに感染するかもしれないし。

 野村さんには、学級だよりがあったら階段の所に置いて帰ってもいいからと、言っておいた。

 まぁ、女の子たちには可哀想だが、1週間の我慢だ。


 ――その夜、階段を上がってくる音がする。

 高坂さんか、相原さんだろうか?

 俺の前を素通りして、八重樫君の所に行ったので、高坂さんかもしれない。

 最近の彼女は、やる気を出しているようで、感心している。


 コノミはまだ熱があるようだが、小康状態――といっても、まだ1日目だからな。

 しばらくすると、ウチの戸がノックされた。


「は~い」

「こんばんは~」

 顔を見せたのは、俺の予想に反して相原さんだった。


「あ! 相原さん、ちょっとストップ!」

「え?! どうしたんですか?!」

「コノミが麻疹なんですよ。相原さん、麻疹はやりました?」

「え、ええ……」

 彼女が部屋の中に入ってきた。


「まだ、今朝に熱を出したばかりですけど」

「可哀想に……」

 さすがに、布団に寝ているコノミに抱きついてクンカクンカはできないだろう。


「あ、それじゃケーキとか食べられないかも……ですね」

「食べる」

「え? 食べる? それじゃ、冷蔵庫に牛乳が入っているから、持ってきてやるか?」

「うん」

 食欲があるなら、食わせたほうがいい。

 高熱でドンドン消耗している状態だし、下痢を伴うときもあるし。

 水分補給もさせないとな。


 俺が牛乳を持ってきたので、彼女がケーキを食べ始めたのだが、喉と口内が腫れているらしい。

 食べにくそうだ。

 大好きなケーキなのに、半分ほど食べたところでギブアップした。

 別に無理をして食べる必要もない。

 生クリームでも冷蔵庫に入れておけば、明日の朝ぐらいは保つだろう。


「はわぁ~コノミちゃん、可哀想……」

「相原さん、大丈夫ですよ。それで――私の所にきたのはお仕事ですか? 先生の所にも寄っていたようでしたけど」

「あ! そうなんですよ!」

 彼女が取り出したのは、企画書。

 宇宙戦艦ムサシのムック本の企画だ。


「え~? 相原さん、もう編集部が違うのに、大丈夫なんですか?」

 ムック本の編集部は、週刊とも月刊とも違う編集部らしい。


「大丈夫です! もう、文句は言わせません!」

 シートレコードを大ヒットさせてしまったので、企画が通るようになってしまったのか。

 その企画書を拝見すると、ある程度の構成が完了している。

 イラストなども入っているのだが、どこかで見たことがある絵だ。

 そう――この絵は、サントクの広告でムサシのキャラを描いていた人か。


「イラストは、この人を使うのですか?」

「はい、この子はムサシのマニアなんですよ」

 平成令和でいうところのムサシオタクか。

 企画書を見ると、どうやらSFも結構詳しいらしく、独自の設定も書き込まれていたりする。

 さながら、ムサシの二次創作――同人か。


「私はなにをすればいいんでしょう?」

「この本の監修をお願いできれば……と」

「設定は、八重樫先生が独自に行っている部分もありますから、突き合わせないとだめですよ」

「それは承知しております」

「う~ん」

「今、八重樫先生に時間の空きがありませんが、この本には締め切りがないので、時間が空いたときにやっていただければ」

「それならなんとかなりそうですねぇ」

 ――とは言っても、1年とかかけていられない。

 今、ムサシが売れているので、小中学館としても早々に本を出したいだろう。

 鉄は熱いうちに打てって言うしな。

 この企画は、個人的にも面白そうなので、やってみたい。


「承知しました。締め切りがないとおっしゃってましたが、いくらでも待つ――ということではないですよね?」

「それはまぁ――常識の範囲内でお願いいたします」

「八重樫先生の連載に支障がでては、本末転倒でしょうし」

「はい、もちろんです」

 引き受けることにした。

 このムック本は、先生と俺の共著ということになる。

 正式に俺の名前が出るのは初めてってことになるかな。


 それはいいのだが、カットを描いている漫画家さんには、カット代しか出ない。

 脇の設定なども考えてあるのだが、それについては採用されても原稿料がでないのだ。

 それは最初から伝えてあるらしい。

 相原さんの話では、彼が勝手に設定を起こしてしまっている部分もあるという。

 まぁ、それが取り入れられなくても文句は言わないそうなので、問題はないだろう。

 逆によくできた設定なら、本編にフィードバックしてもいい。


 有名な青い猫型ロボットの漫画で、大百科という本があったのだが、これも著者が勝手に設定を作ってしまったらしい。

 公式から否定されたものや、逆に取り入れられた設定もある。

 個人的には、あれは公式なものかと思っていたので、少々驚いた。

 そういうこともあるってことだが、ムサシは俺と八重樫君が監修するので、その問題はクリアできるだろう。


 俺に企画書を渡すと、相原さんは帰っていった。

 コノミのことを心配してくれていたようでありがたいが、安静にしている以外なにもできない。


「う~ん」

 文机で企画書を読む。

 地球の宇宙連合艦隊の設定や、海戦の設定もいるか――。

 帝国の政治体制とか、経済、版図の星間図とかも欲しいな。

 そういうのを指定して漫画家に描かせないといかん。


 ネタ出しをしてから、八重樫君と突き合わせる必要があるし。

 すでに漫画に描いてしまったところは、それを取り入れたりな。


 企画書を置いて一息ついた。

 そういえば――冷蔵庫にサイダーが残っていたはず。

 俺は廊下に出ると、炊事場に向かった。


「あ……」

 廊下でモモと鉢合わせた。


「なんだ、まだ帰ってなかったのか?」

「八重樫先生のお手伝いをしてるから」

 開いた戸から部屋の中を見ると、先生と五十嵐君が原稿を描いていた。


「先生、モモに徹夜とかさせないでくれよ」

「大丈夫ですよ。そんなことをさせたら、篠原さんのお仕事に支障がでるじゃないですか」

 先生は筆を止めずに、背中で俺と話している。


「頼むよ。それで、彼女は戦力になっているのかい?」

「はい、ベタもかなり慣れましたよ!」

 超絶不器用ではないらしい。

 まぁ、筆塗りもできないとなると、本当になにもできないだろうしなぁ。

 今の時代、電化製品のライン工などは女性が多いのだが、そういうのも無理ってことになる。


「相原さんからきた、ムサシの本の件は受けたから」

「はい、篠原さんにお任せしますよ~あとで、見せていただきますから」

 本当は彼が全部やりたいのだろうが、物理的に無理なこともある。

 世の中は妥協の産物で構成されているといっても過言ではない。

 なにごとも自分の思ったとおりになればいいが、そうは問屋が卸してくれない。

 八重樫君と少し話していると、廊下の戸が開いた。


「あ、まだモモさんいた! ちょっとモデルをお願いしますぅ!」

「は、はい」

 顔を出したのは矢沢さんだ。

 話からして、彼女に絵のモデルを頼みたいのだろう。

 矢沢さんの漫画は、男に抱きついたりそういうシーンが多い。

 それに彼女の絵柄は少々リアルに寄っているし、難しいシーンはモデルを使って描きたいのだろう。

 実際に、彼女の漫画のファンもそういうところについているように見えるしな。

 セクシーな男性が売りの漫画だし、そういう部分を伸ばそうという矢沢さんの選択は間違っていないと思われる。


 ムサシだけではなく、こっちも忙しそうだ。

 モモがまったく役に立たなかったらどうしようかと思っていたのだが、なんとかなっているようだ。

 一安心だな。


 ――コノミが麻疹になってしまった次の日。

 今日は朝から雨が降っていて少々肌寒いのでストーブをつけた。

 さすがに気温が低い日が増えてきた。

 それプラス雨だからな。


 朝起きると、コノミの熱が上がっていた――39.1度。

 鼻水や咳もしている。

 熱は上がっているが、おかゆの食事はできるようだ。


「……」

 朝食のあと、クソマズい水薬を持ったまま、彼女が固まっている。

 マズいので、飲む気にならないのだろう。


「コノミ、飲まないともっと具合が悪くなるぞ」

「……」

 俺の言葉にも踏ん切りがつかないようだ。


「う~ん――あ、そうだ。牛乳で薄めたら、マズいのも薄まるんじゃね?」

「薄めて大丈夫?」

 俺の案に、ヒカルコが心配している。


「粉の薬を飲むときに水を沢山飲んでも平気だろ? 結局は吸収されるはずだし」

 本当は、水以外で飲むのは駄目だと聞いたことがあるが、このままだとコノミが飲んでくれない。

 昨日買ってきた牛乳が、まだ冷蔵庫の中に残っていたはずだ。


 炊事場に行って冷蔵庫を開ける。

 さすがに誰かに飲まれていた――なんてことはなかったぜ。

 戻ってくると、コノミが使っているカップに水薬を入れて、牛乳を注いだ。

 俺が毒見をしてみる。


「ん~大丈夫じゃないか?」

 うっすら変な味がする牛乳になっただけだと思う。


「……それじゃ飲む」

「はい」

「……んぐんぐ……美味しくない」

「そりゃそうだよ。あとで、昨日のジュースを作ってあげるから」

「うん」

 熱があるせいか、やっぱり昨日より元気がないな。

 彼女に薬を飲ませていると、階段を上ってくる音がする。

 多分、モモだ。


 戸がノックされたので、出る。


「はい、おはようさん」

「おはようございます。あの……コノミちゃんはどうですか?」

 挨拶をした彼女はしっとりと濡れていた。


「昨日より熱が出てる、それより傘はないのか?」

「……はい」

 タオルを頭に載せてやってきたらしい。


「ストーブが点いているから、中で拭いて乾かせ」

「……うん」

「ほら」

 彼女がおずおずと、部屋の中に入ってきたので、タオルを貸してやる。

 以前のヤンキーぷりから想像もできんほどの借りてきた猫だな。

 モモが、寝込んでいるコノミをじ~っと見ている。


「早くよくなるといいね」

「ありがとうな」

 服を乾かしたモモが仕事場についたので、俺も少々仕事をする。

 乳飲料メーカーの特許の件で、名義変更するための契約書を作り直さないと駄目だ。

 メーカーの社員が置いていった書類に必要な事項を書き込み、それを送る。

 それを元に、本番の書類が送られてくるわけだ。


 特許の名義と、振込先が法人になるだけだから、問題ないはず。

 書類が書き終わったので、背嚢を持って出かけることにした。


「ショウイチ、水枕買ってきて」

 ヒカルコからリクエストだ。


「そうか、水枕な~わかった――そうだ、棒が伸びて頭に乗せるやつもあったよな」

「氷嚢?」

「お! それだ! 氷も買ってくるか……」

「うん」

 そうそう――飲んで空いた瓶も持って、買い物に行かないと駄目だ。

 郵便局に行くついでに、買い物をしてこなきゃならん。

 牛乳もサイダーも品切れしてしまったしな。


 買い物はいいが、ペットボトルじゃないってのは重量が嵩むなぁ。

 瓶ってのは重いんだよなぁ。

 重けりゃ、あまり商品が運べないし、燃料代がかかる。

 結果的に商品の値段の高さにつながっているんだよな。


 傘を差して商店街に向かう。

 そうそう、モモのやつに傘も買ってやらんと。

 本当にどうやって生活してたんだろうか。

 しばらく雨が降ってなかったから、あいつが傘を持っていなかったとか解らなかったな。


 郵便局で書類を送ったあと、昨日買い物をした八百屋に再びやって来た。


「おっ?! 昨日のお客さんじゃないですか? 今日は何にしましょう!」

 大量にものを買ったので、どうやら覚えていたようだ。


「また、バナナをくれ」

「へい! 毎度!」

 桃缶とリンゴはまだあるしな。

 そういえば桃缶のチーズかけ――という定番メニューがあるなぁ。

 あと、定番といえば、メロンに生ハムとかな。

 メロンかぁ。

 この時代のメロンってどのぐらいするんだろうなぁ。

 マクワウリなら売っているだろうが、本物のメロンなんて、めちゃくちゃ高いだろうな。

 瓜を食うぐらいなら、他の果物を食ったほうが美味いし。


 思い出したら、桃缶のチーズかけを食いたくなったな。

 いや、そういえば――あれはカッテージチーズだったか……。


 カッテージチーズなら、牛乳と酢で作れる。

 酢はアパートにあるしな。


 帰ったら、挑戦してみるか~。



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