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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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95話 ミキサー


 コノミが麻疹はしかに罹った。

 子どもは、こういうことがあるよなぁ。

 麻疹の他にも風疹、おたふく風邪、水疱瘡――などなど、みんな子どもの頃にかかる病気。

 大人になってから罹ると重症化することもあるので、子どもの頃にやっておいたほうがいいと言われてはいるが、油断していい病気でもない。

 合併症を併発して重篤になることもあるので、注意が必要だ。


 コノミは症状が消えるまで、1週間は学校を休むことになる。

 学校が好きな彼女はつまらなそうだが、これは仕方ない。

 俺は、コノミの看病に必要な物資をゲットするために、国鉄駅方面の商店街に向かった。


 路地を歩く。

 さすがに、平日の昼間なので子どもたちの姿は見当たらない。

 みんな学校に行っているからだ。

 街行く人たちも厚着になり、夏場のような半袖やら簡単服で外出している人もいない。


 駅前まで行くついでに、区役所で婚姻届の書類を手に入れようと思っている。

 俺になにかあったときのために、ヒカルコやコノミに資産を相続させるためには必要だと思ったからだ。

 そのために入籍が必要だと思ったのだが、ヒカルコの返答はNOだった。


 元々は、金の稼ぎ方を教えたら追い出すつもりだったが、居着かれてしまったわけだし。

 俺の作った会社の役員にもなったし、ずっといるものだと思っていた。

 そう思ってたのが俺だけだったら少々間抜けだが……モモを拾ってきたせいか?

 だがなぁ、出ていくつもりの女が、コノミの面倒をみたりするだろうか?

 そもそも、コノミが施設に送られたら可哀想――面倒をみるからと、言い出したのはあいつだしな。


 ――まぁいい。

 とりあえず婚姻届だけ用意しておこう。

 ヒカルコにその気がなければ、使わなければいいだけだし。


 色々と考えているうちに、商店街に到着。

 いざ買おうとしたのだが、どうやって運ぶか考えてなかった。

 どこかの店に頼んで荷物を置かせてもらうか?

 金を払えば配達もしてくれるだろう――などと考えていると、カバン屋の軒先にぶら下がっているバックパックが目に入った。


 オッサン的にはリュックサック、軍隊的には背嚢だろう。

 1つあれば、荷物の運搬に色々と使えそうだ。

 撮影のときに、換えのレンズを入れておくとかな。

 特に300mmのレンズなどは結構でかいし。


 鞄や財布などが並んでいる店に入ると、早速革の背嚢を買う――1500円だ。

 ランドセルもそうだが、こういうものはあまり高い印象がない。

 沢山作られているせいだろうか。

 まぁ、電化製品などが高すぎるというのもある。


「毎度あり~」

 カバン屋をあとにすると、次は八百屋を眺める。

 まずは卵だな。

 この時代、卵は八百屋に売っていることが多かった。

 パックなどには入っておらず、ザルに積まれている。


「卵を10個くれ」

「へい!」

 1個20円で、10個で200円――平成令和だと2000円相当の高級品だ。

 迂闊にラーメンに入れたりできない。

 金のないやつは、インスタントラーメンに卵を落とすのが最高の贅沢だった時代。


「あとは――」

 消化にいいものといえば、リンゴだろう。

 ザルに載っているリンゴを4つ買う――100円だ。


「他にもいかがですかい?」

「う~ん……」

 はちまきと前掛けをしている八百屋の親父――その後ろの棚には缶詰が載っている。


「そこのモモ缶を3つくれ」

「へい! 毎度あり~!」

 病気といえば、モモ缶だろう。

 なぜか知らんが。

 未来では手軽に食えた缶詰は、ここでは1缶120円――1200円以上の価値がある高級品。

 めったに食えないので、病気のときの滋養強壮に食べる――みたいなことになったに違いない。


 缶詰を背嚢の一番下に入れて、その上にリンゴ。

 最後に紙袋に入っている卵を乗せる。


「旦那、ずいぶんと買い込みますねぇ。まるで、戦後の買い出しだ」

 高価な缶詰を3つも買ったので、オヤジはホクホク顔だ。


「娘が病気でな。消化がよくて精のつくものを食わせてやりたくて」

「へぇ! 女房はどうしているんで?」

「子どもの看病をしてる」

「旦那も仕事を休んでいるんですかい?」

 オッサンが平時の午前中に、買い物をしているのはおかしいらしい。


「はは、俺は自営だからな。多少の時間は自由になる」

「それでも、中々できることじゃありませんぜ」

 男が買い物をしているだけで、こんなことを言われる。

 食事の買い物イコール、女のすることだと思われてるわけだ。


「そんなこと言って、オヤジさんの子どもが病気になったら、買い物ぐらいはするだろ?」

「ガキが病気になっても、店を閉めるわけにはいかねぇ。女房に任せるしかねぇですよ」

 そうか。

 商売をやっている人はそうだろうなぁ。

 店を閉めれば収入が減り、結局は生活が苦しくなるわけだし。


 サラリーマンだって、「モーレツ社員」などと言って、親の死に目にも会えないのを自慢していたような時代だし。


「旦那、消化がいい食い物なら、バナナはどうです?」

「いいねぇ」

 バナナは栄養もあるしな。

 平成令和のバナナは気軽に食えるものだったが、この時代は高級品。

 簡単には食えない代物だった。

 値段はびっくりの1房260円――つまり平成令和なら2600円相当。

 そりゃ、めったに食えないわ。


 未来の知り合いのシャチョサン――洋画に出てきたバナナに恋焦がれて、高い金を出してそれを食ったらがっかりしたと言っていた。

 外人が食っているバナナが、すごく美味しそうに見えたんだと。

 それでどんなに美味い果物かと思って、高い金を出して買ってみたら――まぁ、感激するほど美味くはないわなぁ。


 俺はバナナも背嚢に突っ込んで八百屋を出ると、近くにあった駄菓子屋に寄った。

 ここで牛乳とサイダーを買う。

 当然、ペットボトルや紙パックも売ってない――全部が瓶。

 3本ずつ買う――クソ重い。

 瓶を持って帰れない店もあるが、その分の金を払ってあとで空瓶を持ってくれば金も返してもらえる。


 俺は、背負っている荷物の順番を入れ替えた。

 八百屋のオヤジが言っていたように、本当に戦後の買い出しのようだ。


 ずっしりとした重みを背負うと、次の目的地に向かう――本屋だ。

 1週間も休みじゃ、コノミも暇だろう。

 熱を出しているのに、勉強をさせるわけにもいかないしな。


 俺がガキの頃、学校を休んでなにをしていたかなぁ。

 よほど酷いとき以外は、漫画を読んだりTVを観ていたはず。

 そう、TVなぁ――やっぱりTVは新しい家を購入してからだなぁ。

 同じくラジオもそう。

 あの狭い部屋で騒々しいのは困る。


 俺の小説家業は止まっているが、ヒカルコは目下連載中だし。

 音楽などは平気なのだが、ラジオから人の会話などが流れてくると、そっちへ意識がいってしまうのだ。

 そうすると、頭の中に文章が浮かばなくなってしまう。

 まぁ、平気な文章書きもいるだろうが、俺は駄目だ。

 ヒカルコもそうらしい。


 いつも本を買っている本屋に入った。


「いらっしゃい~――お兄さん、新しいの入ってるよ」

 本屋のオヤジが、俺の顔を見るなりそんなことを言う。

 いつも本を沢山買うので、すっかりと顔見知りだ。

 その新しい本というのを見せてもらう。


「ああ、銀河旅団か……」

「そう、帝塚治の新作よ」

 これって、確か打ち切りじゃなかったのか?


「有名な先生はいいなぁ。途中で終わっても、単行本にしてもらえるんだから……」

「帝塚の漫画ってだけで、買う人はそれなりにいるからね」

 つまり固定客を掴んでいるわけか。

 そういえば、帝塚治全集なんてものも発売されていたよな。

 その数、全400巻。

 半端じゃねぇ――さすが、漫画の神様って言われるだけある。

 全集を出せるってことは、原稿などがすべて残っていたってことだしな。


 とりあえず、銀河旅団は俺も読んだことがない作品で、未来には存在していなかった。

 この時代に、八重樫はじめという漫画家とムサシという作品を送り出してしまったゆえに、それに神様が対抗して出してきた作品なのだ。

 これはもしかして――矢沢さんの漫画もヒットしたら、変身して戦う神様の美少女漫画が読めるのだろうか?

 なんだか、それっぽい漫画もあった気がするが……。

 なにせ描いてないジャンルはない! ――ってぐらいの、マジで漫画の神様だからな。


「それからこれも売れているんだよ」

 オヤジが指したのは、表紙に白いライオンが描かれている漫画。


「これは、ライオン大帝だな。観てないけど、カラーのTV漫画になったとか」

「そうそう、それで人気が出てるんだよ」

 神様の漫画と、子供向けのムック本を5冊ほど購入した。


「いつもありがとうね~」

 俺は背嚢に本を詰めて、本屋の外に出た。

 次は文房具店だ。

 そこで、新しい名刺を注文した。

 すっかり忘れていたからな。


 名刺の注文が終わると――そのまま商店街を抜ける。

 近くで行われている大型ショッピングモールの建築現場を横目で見ながら、区役所にやって来た。

 正面玄関から中に入ると、戸籍課に向かう。


 なん回ここにやって来たか解らんが、カウンター越しに職員の女性に声を掛けた。


「あ……」

 紺色の制服を着た女性が反応する。

 ここにはなん回かやって来て、トラブルもあったし、向こうも覚えているようだ。

 だいたい、こっちが悪いことをしていたわけじゃねぇし。

 コノミが遠い親戚だと嘘はついているが。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。


「あの~、婚姻届の用紙をください」

「はい、少々お待ちください」

 ちょっとビビっている女性が対応してくれて、用紙をもらう。

 そいつを丸めて、背嚢の一番上に入れた。

 カーボン複写になっているので、折り曲がるとマズいだろう。

 一番上なら大丈夫のはずだ。


「ありがとうございました~」

 職員に礼を言うと、俺は戸籍課をあとにして区役所から出た。

 次は駅前だ。

 いつも電化製品を買っている電気屋に向かう。

 秋葉原に行ってもいいが、今日はこの荷物だからなぁ。

 それに、でかいものなら値引きもデカくなるが、今日は小物だし……。


 ふと、ショッピングモールから、聞き覚えがある曲が流れてきた。


「ん?」

 これは多分あれだ。

 俺が覚えていた曲をロックバンドに提供したのだが、そのままレコードになったらしい。

 有線で流れるということは、売れているのだろうか。

 まぁ、未来でヒットした曲なので、売れてもおかしくない。

 もしかして、印税が楽しみになるかもな、ははは。

 取らぬ狸の皮算用をしていると、電気屋に到着。


「いらっしゃいませ~! お、いつも買ってくださるお客さん!」

「え? 覚えてるの?」

「はい、同じポットを2つ買われたりとか……」

「あれは連れが落として壊しちゃってさ、はは」

「今日はなにをお探しで?!」

「ミキサーを探してる」

「ありがとうございます! 各社取り揃えております!」

 ――そう言われても、みんな似たような形だ。

 下にモーターが入った台座があって、その上に取ってつきのガラスの容器が載っている。

 色は、黄色、オレンジ、赤――なんか派手な色が多いな。


「う~ん、やっぱりモーターに強いハイタッチかな?」

「お客さん、お目が高い!」

 逆に言うと、そこら辺でしか選びようがない。

 だって、モーターとスイッチがついているだけだし。

 ストーブは外国製を買ってしまったが、ここは国産でいいだろう。


「他には、なにか?」

「本当は洗濯機が欲しいが、置く場所がないんだよなぁ」

 現状は、ヒカルコが大家さんちの洗濯機を使わせてもらっている。

 お世話になりっぱなしでヤバいんだが……。


「アパートなどですかねぇ?」

「そうなんだ」

「外の洗い場などに置いている人もいますがねぇ……」

「盗まれたりするのは嫌だし」

「はは、そうですなぁ」

 この時代ならありえる。

 平成に入っても、北海道などでは、外に置いてある洗濯機が盗まれたとかいう話があった。


 ミキサーを購入したが、箱は要らないので、いつものように剥き出しで運ぶ。

 昔の電化製品はオプションなども少ない。

 このミキサーも、本体と背の高いガラスの容器、そのほかは小型の容器が1つだけ。

 こちらはチョッパーなどに使うのだろう。

 玉ねぎや肉を刻んで、餃子の種を作ったり、ハンバーグを作ったりできるはず。


 俺は小型の容器のほうを背嚢に入れると、ミキサーを持って駅前に向かった。

 このまま歩いて帰るのは少々つらい。

 タクシーを使ってしまおう。


 駅前からタクシーに乗るために、外でタバコを吸っている運転手に声をかけた。


「近いけどいいかな?」

「どうぞ~」

 タクシーのいいところは、ほぼ家の前まで行ってくれるところだ。

 細い路地を通り抜けて、アパートの前まで帰ってきた。

 金を払って黒塗りの車から降りると、いつもの階段を上る。


 部屋には入らずに、まっさきに炊事場に向かい、ミキサーを置いた。


「おかえりなさい」

 炊事場のすみっこには、椅子に座っているモモがいる。


「ほい、ただいま」

 ミキサーを置いて、背嚢を開けた。

 背嚢の一番上には、婚姻届の用紙があるので、とりあえず冷蔵庫の上に置く。

 買ってきた牛乳、サイダー、リンゴ、卵などを冷蔵庫の中に入れていく。

 中にはなにやら食い物などが入っているのだが、八重樫君か矢沢さんのものか解らん。


 入れ終わったので、買ってきたミキサーを動かしてみることにした。

 単純な機械だし、いきなり動かないってことはないだろう。

 電源コードをコンセントに挿す。


「ポチッとな」

 大きな音を立てて、モーターが回り始めた。

 大丈夫みたいだな。


「な、なんですか?!」

 音に驚いたのか、八重樫君が顔を出す。


「ミキサーの音だよ」

「買ってきたんですか?」

「ああ、ミキサーがあると、おかゆなどが簡単に作れるようになるからな」

「へ~」

 なんでおかゆにするかといえば、喉などが腫れると硬いものを食べるのが大変になるからだが。

 新しい電化製品に興味津々の先生を放置して部屋に戻る。


「ただいま~、コノミ寝てたか?」

「おかえりなさい……」

 小さな布団に、コノミが寝ていた。

 いつも使っているクィーンサイズの布団はでかすぎるので、以前にヒカルコが使っていた布団を出したようだ。


「ほい、お土産買ってきて上げたぞ」

「やった!」

 彼女に本を5冊やる。

 まだ元気があるようだが、1日目だからな。

 これからまだまだ先が長い。

 体中に発疹もでるだろうし、もっと熱も出るかもしれない。

 油断は禁物だ。

 持ってきた婚姻届は、俺の文机の引き出しに入れた。


「コノミ、薬は飲んだか?」

「うぇ~」

 俺の言葉に、彼女が舌を出して凄い顔をした。

 やっぱり不味かったらしい。


「あれが嫌なら、苦い薬になるんだぞ? どっちがいい?」

「……どっちも嫌……」

「そう言われても、薬を飲んで寝ないと治らないしなぁ」

 実際はそんなことはない。

 薬は対症療法で、治す薬ではないからだが、飲まないと高熱で苦しいだけだし。

 風邪薬も治らないが、症状を和らげるために飲む。


「それじゃ、口直しにジュースを作ってやろう」

「本当?!」

「ああ」

 早速、ミキサーの出番がやって来たようだ。

 俺は炊事場に戻った。

 作るのは、栄養満点のミックスジュース。


 最初にミキサーの容器を洗う。

 機械油などがついていることがあるからな。

 洗い終わったら、においをかいでみる。


「くんかくんか、大丈夫だな」

 それでは調理に取りかかるか。

 まずはバナナ――これは簡単だ。

 皮を剥いてそのまま入れればいい。

 続いてモモ缶――缶切りでキコキコパッカンして蓋を開ける。

 プルトップなんて便利なものは存在していないが、特許は取られているらしい。

 多分、簡単に生産する方法が発明されていないとか、そんな感じだろう。


 缶詰から出したモモも、ミキサーの中に投入。

 最後はリンゴだ。

 こいつは皮を剥かにゃならん。


「モモ! リンゴの皮は剥けるか?」

「……剥けない……」

「マジですか」

 本当に、なにもできないんだなぁ。

 多分、お茶も淹れたことがないだろう。


 大家さんが教えがいがあると言っていたが、そのとおり。

 もう本当に手取り足取り、一から十まで教えないとアカン。

 親の顔を見たい――などと言うが、やっぱり親にも責任があるんじゃなかろうか。


 俺は、シンクの扉を開けると、中に刺さっていた包丁を取り出した。

 そいつを使ってリンゴを半分に割る――さらに半分。

 つまり赤い実は、1/4になった。


 俺の包丁の他に、矢沢さんが持ってきた包丁もあるので、ちょいと借りてモモに渡す。


「ほら、俺の真似をしてみろ」

「……」

「包丁の刃と皮の所を親指で押さえて――小刻みに動かす」

 皮を剥いて見せるが、実際に見りゃ解るだろう。

 だいたいな、こういうのは小学生のときに親から教わるもんだ。


「……」

「腕で動かすなよ。指を切るからな」

「うん」

 動きはぎこちないが、徐々に剥けてきている。


「慣れれば早くなるから、慌てずにゆっくりとやっていいからな」

「うん」

 リンゴを見つめるモモの目は真剣だ。

 マジでやる気になっているのだろうか。

 その光景を横目で見ながら、俺もリンゴの皮を剥き、ミキサーの中に投入した。

 俺が3つ剥き終わるころ、やっとモモが剥き終える。


「よっしゃ、ちょっとずつみんなの手伝いをして、覚えていけばいいから」

「……わかった」

 とりあえず一仕事を終えて、清々しい顔をしているのだが、リンゴの皮を剥いただけだ。

 こいつに家事を教えて一人前にするのは、遥か遠い道だな。

 まぁ、大家さんが面倒みてくれるだろう。


 俺が教えてもいいが、俺のは「男の家事」だからなぁ。

 しかも未来の。

 やっぱり女の大先輩から正式な家事を教えてもらったほうがいいだろう。


 さて、最後にミキサーの中に牛乳を2本分投入してから、ミキサーを回す。

 本当は生卵も入れたかったが、この時代の生卵は少々怖い。

 病気をしている子どもに飲ませるのに、食中毒にでもなったら大変だ。

 石橋を叩いて渡っていく。


 ミキサーがけたたましい音を立てて、白い牛乳が薄い黄色になった。

 いい感じだが、一旦止めて味見をする。

 もう少し甘いほうがいいだろう。

 砂糖を大さじで2杯ほど追加して、再びミキサーを回す。

 見れば、ヒカルコが戸を開けて、こっちを見ていた。

 デカい音がしたので、なにをしているのかと思ったのだろう。


「さて――」

 スイッチを止めて容器の取手を持つと、いつの間にか俺の後ろに矢沢さんがいた。

 電化製品の音がうるさかったので、戸が開いた音が聞こえなかったよ。


「うわ!」

「なんですか、それ?!」

「コノミに飲ませる、スペシャル栄養ジュースだよ」

「じ~」

 彼女が、俺の持っているミキサーの容器を凝視している。


「はいはい――飲んでみる?」

「ありがとうございます!」

 肝心のコノミが飲む分がなくなると困るから、カップに少しだ。


「美味しい!」

 矢沢さんがミックスジュースを一口飲んで、叫んだ。

 そりゃ、美味いものをまとめて突っ込んでいるのだから、不味いわけがない。

 卵を入れれば、さらにコクも出たろうが……。


「モモも飲んでみるか?」

「……あ、あたいは……」

 矢沢さんに飲ませて、こいつに飲ませないってわけにはいかないだろう。

 カップに少しやる。


「お、美味しい……」

 モモも、1口飲んで顔が明るくなっている。


「そりゃ、こんなジュースを街で飲んだら、いくら取られるか解らんぞ。ははは――あ、そうだ、これもやる」

 俺は彼女たちにバナナをやった。

 高価なので半分ずつだが。


「ええ?! バナナですか?! こんな高いものいただいてもいいんですか?!」

「ああ、食え食え」

「ムグムグ――あ! バナナって種がないんですね!」

「元のバナナには種があるんだけどな。栽培されているのは突然変異種だ」

「そうなんですか?」

「一応、中心にある黒い点々が種の名残ってことになる」

「へ~――でも、種がなくて、どうやって増やしているんですか?」

 彼女が食べた所をまじまじと眺めている。


「株分けだよ。サクラのソメイヨシノも実ができないから、接ぎ木で増やすだろ? まぁ、似たような感じだな」

「サクラは知ってます!」

「ショウイチ、なんでも知ってる……」

 バナナを頬張ったモモがつぶやいたのだが、コノミと同じことを言っているな。


「なんでもは知らんぞ」

 彼女たちがバナナの皮を剥いて頬張っていると、八重樫君の所の戸が開いた。


「なんか、食べてます?!」

 ニコニコ顔の彼が顔を出した。

 これは、先生にも奢らないとだめなパターンか。

 やむをえん。


 仕事が詰まっていて、なにか気分転換をしたいんだろうな。

 忙しくてやることが山ほどあるのに、なぜか部屋の掃除を始めてしまうという――アレだ。



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