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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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94話 これってプロポーズか?


 アパートの皆でカレーパーティーだ。

 コノミのお友だちにもごちそうしたのだが――。


 カレーを食ってると、モモのやつが泣き始めた。

 子どもでもある程度家事や料理ができるのに、ショックを受けたらしい。

 そりゃ、家から飛び出して親からなにも学んでいないのなら、そんなもんだろう。

 料理ができないといえば、相原さんもそうだが――お嬢様過ぎて機会がなかったという彼女とは、まったく違う。

 それに女史は、ナンチャッテ元活動家と違ってめちゃ仕事ができるからな。


 それはいいとして、学校で麻疹はしかが流行っていると連絡を受けた。

 心配していたのだが――朝起きると、コノミの顔が赤い。


 これはもらってしまったかもしれん。

 布団の上でボ~っとしているコノミのおでこに手を乗せた。

 間違いなく熱がある。


「ヒカルコ、体温計とか持ってる?」

「フルフル――大家さんに聞いてくる」

 彼女が首を振ったあと、部屋の外に出た。


「頼む――コノミ、そのまま寝てていいぞ」

「……学校は?」

「病気になったみたいだから、しばらくお休みだ」

 学校に行けないと解って、彼女はちょっと不満げ。


「……」

「病気なのに学校へ行ったら、他の子どもたちにも、うつしちゃうからな」

「……うん」

 普通の子どもなら、「学校に行かなくてもいいの?! やったぁ!」なんだろうが、コノミは学校に行きたくて行っているのだから、少々違う。

 コノミを寝かせていると、パタパタと廊下を走ってくる音がする。

 音が2つ聞こえるので、ヒカルコが戻ってきただけではないようだ。


「コノミちゃん、大丈夫?!」

 ヒカルコと一緒にやって来たのは、やはり大家さんだった。


「体温計あったか?」

「うん」

 ヒカルコから、体温計を受け取ると、ブンブンと振る。

 こうやって水銀を下げるわけだ。

 平成令和には、デジタル温度計ばかりだったが、この時代にはそんなものはない。


「コノミ、腕を上げて。これを腋の下に挟んでな」

「うん」

「強くギュッとしないでな」

「うん」

「麻疹ですってぇ? 可哀想にぃ」

 大家さんが、コノミのおでこに手を当てている。


「いや、学校で流行っていると連絡があったので、多分そうじゃないかと。とりあえず、病院に行ってみないことには」

 そうそう、まだ麻疹と決まったわけではないのだ。

 インフルエンザかもしれないし。

 現時点で不明なのだが、どっちにしても対症療法しかないし、解熱剤をもらうぐらいしかできない。


「結構熱があるわねぇ――あ! 朝ごはんまだよね?」

「はい」

「それじゃ、おじやを作ってあげるわ!」

「お願いしちゃってもいいですか?」

「もちろんよぉ!」

 大家さんが張り切っているので、任せてしまおう。

 それはいいのだが、少々確認することがある。


 大家さんと一緒に廊下に出ると、八重樫君の戸を叩く。


「先生、起きてるか~い?」

「……」

 返事がない――タダのしかばねのようだ。


「どうしたの? 篠原さん? なにか必要なものがあるのぉ?」

「いいえ、先生や矢沢さんが、麻疹にかかっていない人だとマズいかなぁ――と思いまして」

「う~ん、普通の人だと、子どもの頃にかかっているんでしょうけどねぇ」

 コノミは普通じゃなかったのだ。

 子どもなら幼稚園やら小学の低学年で、この手の病気は感染るのが普通なのだが、彼女はそういう施設に通ってなかったからな。

 ――ということは取りも直さず、他の病気にも罹ってないということだ。


 大家さんと話していると廊下の戸が開いて、Tシャツ姿で眠たそうな矢沢さんが顔を出した。

 下に穿いているのはなんだろう。パジャマの下だろうか。


「矢沢さん、麻疹とかかかったかい?」

「はい、子どもの頃にかかりましたけど……」

「そうか、それならいいんだ。ウチのコノミが麻疹みたいでな。もしも麻疹をやってないなら近づかないほうがいいかなぁ――と思ってな」

「そうなんですかぁ。私がなにか作りましょうか?」

「いや、食事の用意は大家さんが買って出てくれたから」

「そうなのよぉ。頑張らなくっちゃ!」

 ふう……時間になったら、コノミを病院に連れていって、色々と買い物もしてこないと。

 毎回、大家さんに体温計を借りるわけにもいかないしな。

 それに、高熱を出すと体力を消耗する。

 消化がよくて栄養のある食べ物を用意する必要もあるだろう。


 大家さんが下からご飯を持ってくると、土鍋に卵おじやを作ってくれた。

 ほかほかと白い湯気と、黄色い卵が美味しそうだ。

 白いレンゲが乗っている。

 おじやと、おかゆと、雑炊の違いがよく解らんが、彼女がおじやだと言っているので、おじやなのだろう。

 この時代、卵は高価だ――大変申し訳ない。

 あとで卵を買ってきて、大家さんに返さなければ。


「コノミちゃん、これ食べられる?」

「コクコク」

 布団の上にちゃぶ台を載せて、その上におじやを置く。


「熱いから気をつけてねぇ」

「ハグハグ……」

 白いレンゲを持つと、彼女がおじやを食べ始めた。


「まだ、食欲はあるみたいだな――あ、体温計忘れてた!」

 コノミの脇から体温計を取り出す。


「38.1度! やっぱり熱があるなぁ」

「うん」

 ヒカルコがコノミのおでこに手を当てている。


「コノミ、10時頃になったら病院に行こう」

「……うん」

「風邪じゃないから、注射とかはないだろう」

 昔は医者に行くと、すぐに注射を打たれたなぁ。

 中身は抗生物質とか解熱剤だったらしいが、筋肉注射に害があると、そのうち打たなくなったんだよな。


 普通の子どもは病院に行くのを嫌がったりするものだが、彼女は大丈夫のようだ。

 コノミは育児放棄されていたようだから、病院にもあまり行ったことがなく、注射を打たれたり痛い場所だという認識がないのかもしれないな。


「ヒカルコ、俺たちも朝飯を食おうぜ? 腹が減った」

 とりあえず、腹が減っては戦はできぬ。


「ご飯は炊いてある」

「それじゃ、握り飯でもいいよ」

「わかった」

 彼女と部屋から出ると、ちょうどモモが出勤してきたようだ。


「モモ!」

「は、はい」

 彼女が顔を出す。


「コノミが麻疹かもしれないんだが、お前はやったか?」

「だ、大丈夫――だよ」

「やっぱり、普通は小さい頃にかかるんだよなぁ」

「そうねぇ」

 大家さんの作ってくれたおじやを食べて、コノミが汗だくになっている。


「汗をかいたから、下着を取り替えないと駄目だな」

「篠原さん、汗をかくから、寝間着を着せたほうがいいわよ」

「ないので、あとで買ってこないと駄目ですねぇ」

「娘が着てたのがあるから、持ってきてあげる」

 昔の人ってのは、なんでも取っておいたのだ。

 お下がりでもなんでも、欲しい人はいくらでもいた。

 ボロボロになったら、雑巾などにして最後まで使う。


「色々と、ありがとうございます」

「いいのよぉ。孫に着せてあげようかと思ったけど、帰ってくるつもりなさそうだし」

 別に娘さんと仲が悪いわけではないようなのだが、なぜか諦めているような節がある。

 まぁそれで、コノミによくしてくれているのかもしれないが、本当の孫ができたら、そっち優先だよねぇ。


「ほらコノミ、これに着替えてから、また寝よう」

 彼女が立ち上がると、寝間着に着替え始めた。

 コノミが素っ裸になると、変化に気づく。

 去年の今頃はガリガリだったが、かなり肉がついた――と、いっても太っているわけではない。

 身体も一回り大きくなったのだが、同年代の女の子たちと比べると、やはり小さいかな。


「コノミちゃん、大きくなったわねぇ」

 やはり大家さんもそう感じたらしい。


「子どもってのは、あっという間にデカくなりますから」

「本当よねぇ……大人の10年なんてまったく変わらないけど、子どもの10年はまったく違うし」

 赤ん坊から10歳、10歳から20歳――まったく違う。

 オッサンになったら、50も60も大して違わん。


 着替え終わったので、またコノミを寝かせた。


「ショウイチ――どのぐらい寝たらいいの?」

「え~となぁ。そのうち、身体にポツポツができるから、それが治って熱が下るまでだな」

「コノミちゃん、1週間ぐらいよ」

「そんなに……」

 彼女がかなり暗くなっている。


「可哀想だけど、病気だから仕方ないぞ。多分、学校の先生からも、『来ちゃだめ』って言われるだろうし」

「……」

 俺の言葉に彼女は不満げだ。

 こんなに学校好きも珍しいと思う。


 コノミと話していると、ヒカルコが皿とお椀が載ったお盆を持ってきた。


「サンキュー、こっちも腹ごしらえしないとな」

「うん」

 お盆の上には、おにぎりと粉の入ったお椀――彼女がそこにポットからお湯を注いだ。

 インスタントの汁物なんて売っていたのか……。

 そう思って一口すすったのだが、その味には思い当たる節があった。


「お? これって、ナントカ園のお吸い物か?」

「うん、売ってたから買ってみた。すごい便利」

 へ~、この時代から売っていたのか。

 それじゃ、お茶漬けのほうも売っているんだな。

 今度見つけたら買ってみよう。

 あれって、色々と使えるからな。


「ヒカルコさん、それってどんなの?」

「まだあるから持ってくる」

 彼女が炊事場から、お椀と臙脂色の袋を持ってきた。

 粉を入れてお湯を注ぐと、大家さんに差し出す。


「へぇ~こういうものがあるのねぇ。私は新しいものには疎いからぁ……あらぁ、いいお味じゃない」

「ちょっと汁物が欲しいときとか、便利ですよねぇ」

「そうねぇ。1杯だけ作るのは面倒だしぃ」

「コレに卵を入れて蒸すと、簡単に茶碗蒸しができるんだぜ?」

「本当?! 美味しそう! 今度作ってみる」

「ダシを取るのが面倒だろ? こいつを使えば、チョチョイのパッパって感じで」

「篠原さん、なんでそんなこと知ってるのぉ?」

 大家さんが驚いているのだが――。


「いや、たまに作ってたので……」

 だって電子レンジがあれば、簡単に作れるし……。


 この時代にそんなものはない――と思いきや、実は電子レンジはすでに売っている。

 1台50万円ぐらいするらしいが。

 平成令和に換算して、500万円以上する超高級品だ。

 500万出すなら、普通の人なら車を買うだろう。

 確かにあると便利だが、そこまでの金額を出して欲しいものでもない。


「……」

 コノミが布団に入ったままもぞもぞしている。

 暇なのだろう。


「布団に入ったままなら、本を読んだりしてもいいよ」

「!」

 彼女が飛び起きると、本棚から本を数冊取り出して、布団の中に潜り込んだ。


「とりあえず、まだ元気はあるみたいだが……」

「子どもって、高熱を出してもケロリとしていることが多いから……」

 大家さんにもそういう経験があるようだ。


「あ、そうだ! 学校に電話をかけなきゃな」

 電話のない家は、連絡せずに休むしかないよな。

 長期の場合は、親が学校に行くのかもしれないが。


 廊下に出ると、八重樫君が炊事場にいた。

 起きてきたらしい。


「先生、麻疹はやったかい?」

「え?! は、麻疹ですか? やりましたけど……」

「コノミが、麻疹みたいなんでな。やってないようなら、近づかないほうがいいかと思って」

「そうなんですか。僕のときも1週間ぐらい休んだような……」

「やっぱり、そのぐらいかかるよなぁ」

「はい」

 学校に電話をかける。

 早速文明の利器が役に立つわけだ。


「おはようございます、4年○組、篠原コノミの保護者ですが」

『……』

「あの、まだ病院に行ってないのですが、麻疹のようでして――」

『……』

「はい、症状が消えるまで、1週間ほどかかると思うんですよね」

『……』

「はい、よろしくお願いいたします。失礼いたします」

 電話を置くと、大家さんが土鍋を持って片付けにやってきた。


「学校に連絡はしたのぉ?」

「ええ、低学年を中心に、結構休んでいるみたいですねぇ」

「やっぱり、小さい子が中心なのねぇ」

 普通は、そのぐらいで罹るものなのだろう。


「子どもがいるって大変ですねぇ」

 八重樫君が呑気なことを言ってる。


「先生だって、そのうち結婚して、ガキができるかもしれないんだぞ」

「そうですけどねぇ……想像もつきませんよ」

「そんなこたぁ――ない。どんなやつでも、やればできるんだし」

「もう!」

「げふ!」

 下ネタを話していたので、大家さんからどつかれた。


 病院に行くには、まだ時間がある。

 俺は秘密基地に行くと、ストーブを運んできた。

 ストーブを点けるほど寒くはないが、部屋は暖かくしたほうがいいかもしれないし。


 運んできたストーブのチェックなどをしていると、病院に行く時間になった。

 コノミに着替えさせて、ちょっと厚着をさせる。

 動いたら汗をかくだろうから、同時に水分補給は忘れずにしないと。


 俺は熱が出たときにはコーラを飲んでいた。

 水分と糖分が取れるので、一石二鳥だ。

 カフェインが気になるから、コノミならサイダーのほうがいいか。


 汗を沢山かくと替えの下着などが心配になるが、その手の衣類は幸いヒカルコが買い込んでいる。

 心配なし。


 3人で手を繋いで階段を降りると、路地を歩いて近所の病院に行く。

 公園で拾ったコノミを一番最初に連れていった所だ。


「コノミ、大丈夫か?」

「うん」

 あまりしんどいなら、往診してもらう手もある。

 この時代、やってくれる町医者も多い。


 しばらく歩くと、コンクリの門と木造の建物が見えてきた。

 ガラスの入った木の引き戸を開けて、3人で中に入る。

 薄暗い通路にある革を貼ったベンチには、誰も座っていない。

 漂ってくる消毒液のにおい――俺は、窓口の婆さんに保険証を出した。

 コノミは俺の扶養には入っていないので、独立した保険証だ。

 実の親子じゃないし、養子でもないからな。


 そういえば――コノミが養子じゃないってことは、俺になにかあれば相続ができないってことになるなぁ。

 ヒカルコも内縁だし、相続が不可能だ。

 そろそろ考えなくてはならないかもしれないなぁ。

 オッサンになると、ある日ぽっくり逝くこともあるし、事故に巻き込まれることだってある。

 この時代は、安全意識が低いからな。

 交通事故に巻き込まれたり、頭上から鉄骨が降ってきたり――あり得ない話ではない。


「今日はどうしました?」

「子どもが、急に熱を出してしまって……」

「あら、大変。掛けてお待ち下さい」

「はい」

 3人で廊下にあるベンチに腰掛けた。


「ヒカルコ」

「なに?」

「俺と籍を入れるか?」

 俺の突然の言葉に彼女はかなり動揺している。

 それでも、一瞬表情が明るく光ったような気がした。

 すぐにそれも失せて、嬉しいというよりは困惑のほうが大きいように見える。

 コノミは俺の膝に頭を乗せて目を閉じ、黙ったまま。

 話は聞いているのだろうが、俺たちの会話の意味は解らないのだろう。

 彼女の柔らかい髪をなでながら、話を続けた。


「……なんで?」

「俺になにかあれば――コノミは養女じゃないし、お前も内縁だ。相続ができないだろ?」

「…………やだ」

 しばらく考えてから、彼女がポツリとつぶやく。

 NOと言われて、ショック――ではない。

 意外という感じだった。

 彼女もそれを望んでいたというのは、俺のうぬぼれだったのだろうか。

 そもそも転がり込んできたのは、最初からそういう気があったのではないのか?

 俺を生活安定のために利用する――というのなら、彼女が作家になって収入を得た時点で目的は達成されているはず。

 俺は彼女の真意を測りかねていた。


「いやなら無理にとは言わん。まぁ、俺の会社の役員にお前の名前も連ねているし、会社を運営していければ、金に困ることはないとは思うが」

 一応、婚姻届に名前とハンコを押して、ヒカルコに預けて置こう。

 確か死んだあとでも、書類が揃っていれば婚姻届は有効なはず。

 天涯孤独の俺に、婚姻無効の訴えなどを起こすやつもいないと思うし。


 下を見ながら自分の手をいじっているヒカルコの横顔を見ていると、名前を呼ばれた。


「篠原さん」

 声のするほうを見ると、老医者がおいでおいでをしている。

 俺はコノミの手を取って、診察室の中に入った。

 チラリと廊下に目をやると――ヒカルコはまだ下を向いたまま、じっと座っている。


「おはようございます」

「熱を出されたそうですね」

「はい、朝に起きたら38度以上ありました」

 コノミが丸い椅子の上に座った。

 医者が聴診器を取り出したので、コノミの服をたくし上げさせた。


「う~ん?」

 老医者が、コノミの胸に聴音機を当てて、トントンと打診をしている。


「あの……学校で麻疹が流行っていると、連絡を受けたのですが……」

「あ~、確かに流行ってるねぇ」

 この病院にも子どもの患者が来ているらしい。

 医者が胸を打診したあと、コノミの口の中を見ている。


「どうですかねぇ」

「そうだねぇ、麻疹だろうねぇ……」

 これが風邪やインフルエンザでも、解熱剤しかない。


「あ~、コノミ、やっぱり学校はしばらく行けないぞ?」

「……うん」

「そうだねぇ、1週間ほど様子を見たほうがいいと思うよ」

「はい」

「薬は出すけど、対症療法しかないから」

 要は熱冷ましの薬だ。


「解りました」

 コノミに服を着せると、診察室の外に出た。


 しばらく待って、お金を払って薬をもらう。

 平成令和だと、外の薬局で薬をもらうことが増えたが、この時代は病院の窓口で普通に薬を出してくれた。

 薬がなくなると、診察なしで薬だけでも出してくれたり。


 窓口から受け取った薬は、ポリの容器に入ったオレンジ色の液体だった。

 それを見て――なにか忌まわしい記憶が蘇ったような……これってクソマズじゃなかったか?

 子ども用なのか、変な甘みがついているんだよ。

 それが吐くほど不味い。


 う~ん。

 それと座薬。

 これは高熱を出したときの、緊急用らしい。

 コノミは嫌がるかもしれないが、そのときがくれば仕方ない。

 相手が子どもじゃなくて、八重樫君のお姉さんとかなら、遠慮なくぶち込むんだけどなぁ。


 薬のことはさておき――コノミには可哀想だが、麻疹が決定ならしばらく学校には行けない。

 それに、看病のために色々と買い込まないとならないだろう。

 3人で外に出ると、ヒカルコに話す。


「ヒカルコ、俺は商店街で買い物をしてくる。高熱を出して栄養をつけないとだめだから、卵とか必要だろ?」

「うん」

「なにか買うものはあるか?」

「……ない、かな?」

「コノミ、家まで大丈夫そうか?」

「コクコク」

 大丈夫そうだが、彼女が不安そうな顔をしている。


「いや――家まで送ってから買い物にいくか」

 3人で手を繋いで、家に戻った。

 コノミを寝かせてから、買い物に行くために階段を降りようとすると――。


「篠原さ~ん」

 この声は大家さんだ。

 家の中から声が聞こえてきた。


「は~い」

「病院に行ってきたのかしら?」

「あ、はい。やっぱり麻疹じゃないかということでしたよ」

「そうなのぉ。可哀想に……」

「まぁ、仕方ないですねぇ」

 大家さんと話していると、外に白い車が止まった。


「ん? サントクかな?」

 いや違う。

 車から降りてきたスーツ姿の初老の男性を見て、だれか解った。

 俺が特許を売った乳飲料メーカーの担当者だ。


「おはようございます」

「あ、篠原さん、おはようございます」

「もしかして、契約のお話ですか?」

「はい」

「あの――申し訳ない。うちの子どもが麻疹にかかってしまって、部屋で寝ているんですわ」

「それは大変ですねぇ。それでは、書類だけ置いていきますので、あとで私宛に返送してください」

「承知いたしました。わざわざいらしていただいたのに、申し訳ございません」

「いえいえ、お子さんも早くよくなるといいですなぁ。うちの子どもの学校でも、麻疹が流行っていると聞きましたし」

「そうですか」

 書類を受け取ると、初老の社員を乗せた車はバックして帰っていった。

 部屋に戻ると、書類をヒカルコに預ける。


「俺の文机の上に置いておいてくれ」

「うん」

「それじゃ、買い物に行ってくる」

「……」

 コノミは、もう布団の中に潜り込んでいた。

 まぁ、まだ大丈夫そうだが、悪化するかもしれないし。

 麻疹の合併症ってなにがあったか……中耳炎は聞いたが。

 髄膜炎などになる可能性もあるし、あまり楽観視はできない病でもある。


 そうだ、せっかく国鉄側の商店街に行くんだ。

 区役所に寄って、婚姻届の書類をもらってくるか。

 俺の名前だけ書いておけば、困ったときにはヒカルコが使うだろう。


 俺は買い出しをするために、国鉄方面に歩き出した。

 他に買うものがなにかあるかなぁ。

 う~ん? 歩きながら買うものを思案する。


 あ! そうだ――名刺を作るとかいって、すっかり忘れてたよ。


 そのほかは――ミキサーなどがあると、おかゆを作ったりするときに便利だろうか。

 簡単なミキサーなら、この時代でも売っているし。

 コノミのための、栄養ドリンクなどを作ったりもできるぞ。

 ハンバーグのパティを作ったりな。


 よし、ミキサーも買うか。



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