93話 カレーパーティ
アパートでモモという女が働き始めた。
2階に設置した電話番アンド、みんなの雑用係だ。
部屋代タダで、雑用やって給料もらえるのだから、好条件だろう。
漫画家の先生たちからは、バイト代ももらえるしな。
ついでに、落ちぶれた革命戦士は家事も一切できないらしいので、矢沢さんと大家さんに鍛えてもらうことにした。
こんなんじゃ、暮らしていくのも難儀するだろう。
この時代にゃコンビニも弁当屋もないからな、自分で作るか外食しかない。
しかも食堂などは夕方には閉まってしまう。
俺にもやることがあるので、モモにばかり構ってはいられない。
いつも世話になっている特許事務所に行って、申請した特許の名義変更をしてもらうことにした。
金が少々かかるがしょうがない。
臨時収入なら、社長から会社へ貸し付けるみたいなこともできるだろうが、パテント料は定期的に入ってくる。
それなら特許の名義を変更して、相手会社との契約も変更してもらったほうが早い。
俺は国鉄に乗って特許事務所にやって来た。
「いらっしゃいませ~」
紺の制服を着ている女性社員が出迎えてくれる。
「こんちは~」
「どうもどうも!」
所長の爺さんも元気そうだ。
「電話で少しお話ししたとおり法人化したので、私が持っている特許の名義変更をしていただきたいのですが」
「は~、ついに会社まで起こしましたかぁ」
「個人でもいいのですが、なにせ税金が……」
「ははは、まぁそのとおりですわ」
「お茶をお持ちいたしました~」
女性社員がお茶を持ってきてくれた。
「カバーつきの爪切り、普通に街中でも見かけるようになりましたなぁ」
爺さんがちょっと悔しそうだ。
彼は、俺が申請した爪切りの実用新案をかなり悔しがっていたからなぁ。
「以前に見本をいただきましたけど、私も別に買いましたよ! 机に置いてあります」
ここの女性社員も買ってくれたらしい。
以前に渡したサンプルは1個だけだったので、喧嘩をしていたが。
「ありがとうございます~机の上でも爪切りができますからねぇ」
「はい」
「く~」
なんか、爺さんが両手で顔を覆って、やっぱり悔しそうだ。
「お陰様で、飲料品の銀紙の蓋の特許も契約してくれる所が見つかりましたよ」
「ほう! 一見、そんなに有用だとは思えなかったけどねぇ」
この爺さん、特許のプロだが、意外と節穴なんじゃないのか。
――と、インチキしている俺が、言えた立場ではないが。
彼の話では、名義の変更はすぐにできるようなので、やってもらうことにした。
申請中の他の特許も、申請が通ったら、すぐに名義変更できるように俺の所に連絡をくれるという。
アパートの電話番号も教えた。
「電話も入れたのですか?」
「ええ、商売となると、ないと不便ですからねぇ」
所長と話していて、電話番号を入れた名刺を作るのを忘れていた。
篠原未来科学の名刺を作らないとな。
帰りに注文していくか。
特許事務所での用事が終わったので、アパートに帰ることにした。
国鉄に乗ると駅に到着。
相変わらず人が多いが、ここまで来たのだからとカメラ屋に寄る。
現像とプリントを頼んでいたものを受け取った。
街中のスナップ写真などは、急ぎではないので、用事があるときについでに取りに行っている。
そのあと、クラシック喫茶でコーヒーを飲む。
「おっと、カレー粉を買わないとな」
商店街でカレー粉を買い込んでから帰宅。
腐るものじゃないし、どうせ使うので大量に買う。
飯を炒めてカレー粉を少し入れれば、カレー炒飯というかドライカレーも簡単にできるし。
アパートの階段を上ると、鍋で煮込むいい匂いが漂ってきた。
まだ明るいが、カレーを作ると量が多いので、今から仕込んでいるのだろう。
飯も大量に炊かないとダメだし。
炊事場で女たちが集まりワイワイとやっている。
見れば――大家さんにヒカルコ、矢沢さんもいるじゃないか。
それどころか、学校から帰ってきたコノミと、お友だちの鈴木さんと野村さんもいる。
「あ、おかえりなさい~」
最初に俺に気がついて、挨拶をしてくれたのは矢沢さんだ。
「む~! それは私のセリフ!」
彼女にセリフを取られて、ヒカルコがむくれている。
「ショウイチ! おかえりなさい~!」
コノミが走ってきて俺に抱きついた。
「はい、ただいま。コノミたちも手伝ってるのか?」
「うん!」
「矢沢さん、仕事は大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ。まだ余裕があります」
「さすがに大量に作ってるなぁ、ははは。ほい、カレー粉買ってきたぞ」
「ありがとう」
コンロには黄金色の大鍋がかかっており、その中に茶色のものがグツグツと煮立っていた。
「みんなで食べますからねぇ」
大家さんも割烹着を着て頑張っているのだが、その様子をモモが隣でジ~っと見ている。
「売っているチョコ型のルーを使えば、カレーは作るのが簡単だから、最初に覚える料理としてはいいんじゃないか?」
カレーを不味く作るやつがいたら、それはそれで一種の才能かもしれん。
「そうですねぇ! 私も初めて作りましたけど、これは野菜を切って煮るだけですから、簡単ですね!」
「え? 矢沢さん、カレーを作ったことがなかったの?」
「はい! 前のアパートでも、食べる人がいなかったですから」
カレーじたいは、学校の給食で出たことがあるらしいし、外食で食べることもあったという。
「そうだったのか」
言われてみれば――パウチとかがないから、1人暮らしだと作ったあとが大変かなぁ。
冷蔵庫が高価だから、気温次第ではすぐに傷みやすいし。
そういえば昔、夏場の昼にカレーを作ったら夕方には傷んでたことがあったなぁ。
やっぱり、この時代は1食ずつ食べ切りが基本なんだよなぁ。
「でも、冷蔵庫があると本当に便利ですよねぇ! ちょっと多めに作っても傷むことがありませんし」
「そうそう、夕食で余ったりしても、朝に食える、ははは」
みんなで冷蔵庫を使っているから、いつも満杯だ。
入りきれないときには、大家さんの冷蔵庫も借りている。
それをやっているのは、ヒカルコと矢沢さんだけどな。
さすがに俺は、そこまで神経が図太くない。
「「じ~っ」」
鈴木さんと野村さんが、モモのことを見ている。
初めてモモと会ったときに、一応説明したのだが……。
小さくても女ってことなのか、俺とモモの関係を疑っている。
まぁ、関係はゼロじゃないよな。
小遣い渡す代わりにやっているし。
小さな女たちの勘は当たっているが、ここで金を稼げば俺に頼る必要もなくなるだろう。
皆で話していると、八重樫君の部屋の戸が開いた。
彼が顔だけ出している。
「あ~、いいにおいですねぇ。先に食べちゃだめですか?」
「駄目に決まってるじゃないですかぁ!」
先生が、いきなり矢沢さんからダメだしされている。
「……じ~……」
――もうひとり、食べたそうに鍋を見つめている子が1人。
野村さんだ。
「野村さんも、夕飯にカレーを食べていく?」
「え?!」
「いいわねぇ! 食べていきなさいよぉ」
「ほら、ウチのボスも、ああ言ってる」
ボスというのは、もちろん大家さんだ。
「でも、お母さんが……」
「家に戻って、お母さんに聞いてみたら?」
電話があれば、電話で聞けばいいのだが、野村さんの家は電話がない。
「鈴木さんはどう? 鈴木さんちは電話があるって聞いたから、そこの電話を使ってもいいよ」
「……う~ん」
「アパートにいる人たちに食べさせるために、大きい鍋に沢山作ったからって言えばいい」
彼女も迷っているようだが、俺に言われて受話器を取った。
すぐに電話が繋がって、しばらく話していると、彼女が電話を差し出した。
「俺?」
「コクコク」
「はい、お電話代わりました、篠原です」
『クミコの母でございます』
「いつも、コノミがお世話になっております~」
なぜか電話口だと、声が一オクターブ高くなるよな。
それはそれとして、一からカレーのことを説明しないとアカン。
「アパートの住民たちでカレーを食べることになりましてねぇ、大量に作ったんですよ。それでコノミのお友だちにもどうかなぁ~と思いまして」
『いつも、お世話になってしまい申し訳ございません』
「いえいえ、いつもコノミと仲良くしていただいてますからぁ、ははは」
まぁ、少し話したが、OKのようだ。
お父さんの帰宅も遅いみたいだしな。
「鈴木さん家は、大丈夫みたいだぞ。野村さんも、家で聞いてきたら?」
「……うん」
彼女が階段を降りていった。
子どもなら、カレーのにおいに抗えないはず。
それを考えると、先に食いたいとか言う八重樫君は、まだ子どもってことになるが……。
「早く、子どもがお腹を空かせることがない世の中になればいいのだけどねぇ」
「そうですねぇ。大人なのに、腹を空かしているやつもいますけどねぇ」
俺はモモのほうを見た。
「百田さんはぁ、ちょっと大変そうねぇ……ここまで知らないと教えがいがあるわぁ」
さすがの大家さんも、少々呆れている。
ここにいる女性陣はみんな料理ができる。
子どもの鈴木さんや野村さんだって、野菜の皮を剥いたりはできるらしい。
この時代の女の子たちは、こうやって家事を覚えていき、家庭の味が引き継がれるわけだ。
これが普通だった。
「……」
子どもにすら負けて、モモはしょんぼりしている。
「だいたい、男といたときは、どうやってなにを食ってたんだ? そのときもキャベツとか芋か?」
「ラーメンとかアンパンとか……」
あのマズいラーメンを延々と食ってたのか。
よく平気だな。
「惚れた腫れた状態なら、それでもハッピーなわけなのか。俺には理解できねぇが……」
「篠原さんは、色々とできすぎなのよぉ。女より料理に詳しいじゃない」
大家さんからみても、そう見えるらしい。
「コクコク!」
ヒカルコがうなずいている。
「そんなことはありませんよ」
若い頃はコンビニ弁当やらインスタントで平気だったのが、突然食えなくなった。
口に入れた瞬間に飲み込めなくなったんだ。
まるで、食い物じゃないものを口に入れたような感覚。
よく食っていたカップうどんにいたっては、新聞紙を細長く切って化学調味料の汁に浸けて食っているような感覚に襲われる始末。
原因は不明だが、好きな食い物だって毎日食ってれば飽きるし。
おそらくは、なにか足りない栄養素が増えたってことで、身体が警告を発したのかもしれない。
突然○○が食いたくなるってのは、その○○に含まれている栄養素を、身体が欲しがっているせい――みたいな話も聞く。
そんなやむを得ない理由で、自炊を始めたってだけだ。
皆で話していると、野村さんが戻ってきたようだ。
勢いよく階段を上ってくる音がする。
「ハァハァ……食べてもいいって!」
走ってきたのか、息を切らしているようだ。
「おお、よかったなぁ」
「うん!」
「それじゃみんなで食べようぜ」
「「「うん!」」」
みんなでワイワイしていると、ご飯も炊きあがったようだ。
「ちょっと夕飯に早いけど、食うかぁ~。腹減ったしな」
俺の言葉に、八重樫君の所の戸が開いた。
「ハイハイ! 食べます!」
真っ先に皿を持った八重樫君と五十嵐君が飛んできた。
「なんでそんなに腹減ってるんだよ」
「お昼ごはんがちょっと遅くなってしまったところに、カレーの話が聞こえてきたので、それじゃ一緒でいいかと」
「じゃぁ昼抜きなのか」
「そうなんですよぉ、あはは」
「子どもかよ。五十嵐君も先生につきあわされて大変だな」
「はは、そんなことないですよ」
矢沢さんも、八重樫君の行動にちょっと白い目を向けている。
前に年上っぽいところを見せたりしたのに、今日のこれで帳消しって感じだろう。
腹減ったとうるさいので、先にご飯とカレーを盛ってやった。
「「ありがとうございます~」」
漫画家とアシの2人はカレーの皿を持って、自分の部屋に戻った。
矢沢さんも自分の部屋で食べるらしい。
「矢沢さんも、一緒に食べたらいいのにぃ……」
大家さんのいうとおりだが……。
「カレーを作っていたら、漫画にカレーのシーンを入れたくなったので、早く食べてネームを直したいんです」
「あ~、なるほどなぁ」
いいネタを思いついたら、すぐに形にする――いいことだ。
俺なんて、「あ、面白そうだな……」なんて考えて、そのままにしていると、すっかりと忘れてしまうことが度々ある。
そのために、メモがだいじなのだが――俺は、しないんだよなぁ。
たまに思い立ってすることもあるのだが、すぐにやらなくなってしまう。
まぁ、それでなんとかなっているせいもあるのだが。
大家さんから大きなちゃぶ台を借りて、俺の部屋に運び込んだ。
今日は子どものお客様が2人もいらっしゃるからな。
そこにカレーの皿を持って、みんなが入ってきた。
子どもたちと大家さん、そしてモモも一緒だ。
彼女は1人で食べるつもりだったらしいが、大家さんに連れてこられた。
この大家さんが、そんなことを許すはずがない。
面倒を見ると言ったのだから、とことん見るはず。
逆にモモのやつは、逃げられなくなったかもしれん。
ちゃぶ台の上に皿とコップが並び、炊事場で作られた麦茶が注がれた。
「よっしゃ、みんなそろったな」
コノミは俺の隣に座っている。
その両隣には、お客様の2人の女の子。
大家さんとモモは俺の正面にいる。
「「「うん」」」
「それじゃ、いただきます~」
「「「いただきます~!」」」
大きいのは、子どもたちの声だ。
モモは言ったのか言わないのか、ボソボソとなにかつぶやいてた。
「コノミ、学校の給食でカレーも出るんだろ?」
「出る! けど、ウチのカレーのほうが美味しい!」
「まぁ、学校のカレーは小麦粉増量しまくりカレーだろうしなぁ」
「パクパク」「ハグハグ!」
鈴木さんは、ちょっと上品そうにスプーンを使い、野村さんは大口を開けてかき込んでいる。
2人の顔を見ている分には美味しそうだ。
「……」
コノミが黙って俺の皿に人参を載せた。
「こらまたぁ。ちゃんと食べないと駄目だぞ」
「ぶ~」
出会って1年。
彼女も表情が豊かになり、普通の女の子っぽくなった。
「鈴木さんも野村さんも、人参を食べてるぞ」
「駄目よ~コノミちゃん」
大家さんにも言われて、コノミは渋々人参を食べ始めた。
カレーで煮込んでいるから、普通よりは人参も食べやすくなっているのではないだろうか。
個人的には、カレーには玉ねぎと肉しか入れない派である。
玉ねぎはみじん切りか、ミキサーにかけてペースト状にしてから、フライパンで飴色になるまで炒める。
そいつをベースにするわけだ。
ヒカルコや大家さん、そして矢沢さん的には、肉じゃがにカレー粉を入れている感じなのだろう。
家庭のカレーというのは、どこでもそんな感じだと思う。
「美味い美味い」
「美味しいよ!」
子どもたちは、みんな満足そう。
やっぱり子どもはカレーが好きだなぁ。
微笑ましい光景に、オッサンの俺も思わずニヤけてしまう。
みんなニコニコでカレーを食っているのだが、不景気そうな顔をしている女が1人――モモだ。
「どうした、モモ? 美味くないか?」
「……」
俺の問いかけにも黙っていた彼女だが、突然泣き出した。
「なんだなんだ、どうした? 情緒不安定なやつだなぁ」
「どうしたの? 百田さん」
突然泣き出した女に、大家さんが心配している。
「……子どもでも料理ができるのに、あたいはなんにもできなくて……」
「ああ、そういうことか。矢沢さんなんてすごいぞ。仕事をしながら、ちょっとでも節約をして、お母さんに仕送りしてるんだぜ?」
「……」
「ここに来る女性編集たちにも会っただろ? 夜中まで関東中を飛び回って仕事しているんだ」
「本当に、夜遅くまで大変そうよねぇ。八重樫さんや矢沢さんも、夜遅くまで仕事をしていらっしゃるし……」
大家さんの言うとおりだ。
「戦後の焼け野原から、みんなで力を合わせて復興した。みんなで頑張ればなんとかなると思って、一生懸命やっているわけだ」
「……」
「そうやって頑張っている人たちを、お前ら親のスネを齧って大学行ってた連中が邪魔をしてるんだ。わかったようなことを偉そうに叫んでも、そんなやつらが支持なんてされるわけないだろ」
「ううう……」
「篠原さん、よく解らないけど可哀想よ」
大家さんがモモをなだめているが、こいつが元活動家だって知らないからな。
「まぁ、自分が駄目なのが解っただけで、多少はマシなんじゃね?」
そのまま、ナントカ山荘事件やら、海外まで行ってテロやった奴らに比べたらな。
これで、多少は心を入れ替えるんだろうか?
三つ子の魂百までもって言うからなぁ~。
俺は、眉に唾をつけた状態だが。
俺たちが話している間に、子どもたちの皿は空になる。
野村さんはあっという間に平らげてしまった。
「野村さん、おかわりはどう?」
「……」
彼女がモジモジしているのだが、食べたそうだ。
「いいのよぉ、食べても」
大家さんもニコニコしている。
「あと、半分ぐらいでいい?」
「コク」
ヒカルコの言葉に、彼女がうなずいた。
「コノミも食べる!」
「それじゃ、皿を持ってきて」
「うん!」
「鈴木さんは?」
「ごちそうさまでした」
彼女は大丈夫みたいだ。
皿を持って、コノミと野村さんが廊下に出たのだが――。
「あ~!」
コノミの声が聞こえてきた。
「どうした?」
立ち上がって廊下に出ると、八重樫君と五十嵐君が、カレー鍋にひっついていた。
彼らもおかわりを食べようとしたのだろう。
「「ははは……」」
2人して苦笑いをしている。
「いやまぁ、いいけどさ。足りるか?」
「まだカレーは大丈夫だと思う」
ヒカルコが鍋を覗き込んでいる。
「ご飯は?」
「う~ん、ちょっと危ないかな……」
「ちょっと、先生! 子どもたちを優先させてくれ」
「わ、わかりました」
「カレーがあれば、パンにつけて食うとか、小麦粉焼いたのにつけて食うとかあるからさ」
「あ、それも美味しそうですね!」
八重樫君がそんなことを言っている。
コノミと野村さんに、食いたい分だけご飯を盛らせた。
すると、ご飯がちょうどなくなった。
「あ~」
八重樫君が残念そうな声を上げると、廊下の戸が開いた。
「カレーがなくなっちゃいました?!」
矢沢さんも皿を持っているので、おかわりをしようとしたようだ。
「いや、ご飯がなくなった」
「ああ~」
彼女が残念そうだ。
「しゃーねぇ」
俺は、丼に小麦粉と砂糖、油を少々入れると、水を足して捏ねた。
フライパンを加熱してから、それを強火で焼く。
砂糖じゃなくて、塩で捏ねてから寝かすとチャパティになるのだが、それをやっている時間がない。
これで、「ういろう」みたいなものができるが、これで食っても、まぁまぁイケるのだ。
シナモンパウダーなどを入れると、もっとういろう感が出るが。
俺も飯がないときにやったことがある。
俺が焼いている間に、お代わり希望者がカレーを盛った。
とりあえず、焼き上がった1枚だけ食わせてみる。
「ほら、これで食ってみな」
「いただきます」
一枚の小麦粉焼を皆で取り合うと、千切ってカレーにつけて食べ始めた。
「あ、美味しいですぅ!」
「本当だ」「イケますね」
「大丈夫そうだな。それじゃもっと焼いてやる」
多めに焼いても、夜食とかでなくなるんじゃね?
こうして、アパートのカレーパーティーは終わった。
沢山食べた野村さんも、満足そうである。
よかったな、はは。
――皆でカレーを食べた翌々日。
月曜日になり、モモが出勤してきたが、少々顔つきが違う。
もしかして、一昨日のことで心をいれかえたのかもしれない。
彼女は若いし、まだやり直せる歳だ。
サントクから特許の名義変更に関する書類が送られてきた。
必要事項を書いて送り返す。
そのデータを元に、契約書類の変更を行う。
数日のうちに、本番の書類が送られてくるはずだ。
サントクに行ってもいいのだが、今のサントクは戦場のようにごった返してるからなぁ。
午後になって、コノミが帰ってきて連絡帳をヒカルコに見せた。
「ショウイチ、学校で麻疹が流行っているみたい」
「そうか。まぁ、罹るなら子どものうちに罹っておいたほうがいいが……」
大人になってから麻疹になると、重症化するっていうからな。
麻疹、風疹、水疱瘡、おたふくかぜ、みんなそんな感じ。
ワクチンが一般的になったのは2000年に入ってからだよなぁ……。
ガキの頃に、そんなワクチンなかったと思うし。
三種混合ワクチンってのは違うよな。
「麻疹の症状が出たら、1週間ほど休ませてくださいって書いてある」
「そうか――ヒカルコは? 麻疹やったか?」
「うん」
俺もガキの頃に罹ったからな。
しかも、罹りが浅かったのか2回も。
そういえば、水疱瘡も2回ぐらいやったよなぁ。
昔は、結構危ない病気だったはずだが、感染力が強いからほぼ罹るし。
「コノミ、休んでいる子どもが多かったか?」
「うん」
「そうかぁ」
麻疹が流行っているからといって、学校を休ませるわけにもいかないしなぁ。
――なとど、考えていた翌々日。
今日は、11月24日――早めに起きて新聞を読んでいた。
昨日は勤労感謝の日で祝日だったのだが、競馬が開催されていた――天皇賞だ。
この時代にやって来た俺を助けてくれたシンシンザンが出走したのだが、ダントツの一番人気。
当然勝ったのだが、単勝は100円戻し。
つまり、100円買ったら、100円が戻ってくる。
買う意味がない。
年末には有馬記念もあるのだが、多分似たような感じだろう。
もう買えないな。
まぁ、美味しい馬券が出るまで、しばらくお休みだ。
俺が新聞を読んでいると、コノミが起きたのだが、赤い顔をしている。
「……」
彼女が布団の上でボ~っとしているから、おでこに手を当ててみた。
「あ~熱があるなぁ」
「ショウイチ?」
ヒカルコが心配そうに覗き込んでいる。
「これは、もらってしまったかもなぁ……」
麻疹かもしれん。





