92話 主婦力とは都会でのサバイバル術
百田という女の世話をすることになった。
個人的にはどうでもいいのだが、心は入れ替えているようなので、面倒をみてやる。
俺の会社の社員になり、雑用をやってもらうことにした。
もちろん、それなりの金は払う。
社会保険と厚生年金はまだ用意してないが、金があるなら国民年金は払っておけと伝えてある。
今の世代なら年金が十分にもらえるからな。
男は爺でもなんとか仕事があるが、女はそうはいかない。
独身女性の老後は大変だ。
この時代の人間は国家的な危機を通じてそれが解っていたから、支え合う人を探してみんな結婚していたのだ。
まぁ、1人で生きていける人たちまで同調圧力で結婚させていたのも確かだが。
豊かな未来になったら、結婚しない人が増えるのも、そりゃ仕方ない。
漫画家の先生たちの仕事も手伝ってもらうつもりなので、結果次第では小遣いももらえるだろう。
1回1000円もらえたら、20日で2万円。
給料と合わせたら1ヶ月4万円で、普通のサラリーマンの2倍の稼ぎだ。
仕事をすれば金はもらえる。
掛け持ちの仕事は大変かもしれないが、本人のやる気次第。
アパートの2階に電話を設置した――名義は当然俺。
モモは、炊事場に椅子を置いて、その番をしている。
仕事がないときには、本当にないのだから、そのときは楽だろう。
暇なときは、俺の所から本を持っていって、炊事場で読んでいる。
もちろんムサシや、セーラー戦士の漫画にも目を通させた。
漫画家の先生たちの手伝いとなると、予備知識は必要だしな。
あとは、会社名義で使った領収書を渡して、帳面もつけさせている。
会社といっても収入は、俺の特許料や印税、ヒカルコの原稿料などなど。
支出は、多少の経費しかないのだから、大した量じゃない。
あまり経費がないから、事業税は取られるだろうが、個人の所得税よりは遥かにマシ。
整理をしておけば、税理士に渡すときに多少は手間が減るだろう。
そうだ、電話を引いたからやることがある。
モモの所に行く。
「私鉄の駅前に、ハンコ屋があるからそこに行ってきてくれ」
「うん」
彼女に会社――篠原未来科学のゴム印と金を渡した。
「この下に合体する、電話番号のハンコを注文してきてくれ。電話番号はこれ。渡せば解る」
「はい」
彼女がハンコを持って、早速出かける。
給料を払っているんだから、どんどん使わないとな。
モモと話していると、八重樫君の部屋の戸が開いた。
「あ、どこか行きます?」
「駅前のハンコ屋にお使いだ」
「それじゃ、鉛筆を1ダース買ってきてくれませんか」
彼からメーカー名、商品名と金が渡された。
少々高いものじゃないと、描き味が悪いらしい。
それは解る。
この世界になって手書きになったが、筆記具には気を使う。
もちろん、元の時代でも、入力に使っていたキーボードにはこだわりがあった。
商売道具だし、こういう商売はメンタルが重要になる。
少しでも自分に合ったものを使って、気持ちよく仕事をしたいと思うのは当然。
「解りました」
彼女が、八重樫君から金をもらって階段を降りていった。
「なんか普通の人ですね?」
「そうか?」
「篠原さんが拾ってきた――なんて言うから、どんな人かと思いましたよ」
「あ~、先生は、以前のあいつを見てないからなぁ」
「え? どんな人だったんですか?」
「ひねくれた女番長みたいな女」
「え~?」
今は、猫をかぶっているだけだから、いつ豹変するか解らん。
正直、金やハンコ関係は預けたくない。
さっき預けたゴム印は、なんの効力もないから平気だけどな。
「ちょっと話したが、なんでも使っていいからな。漫画もベタ塗りぐらいはできるだろうし」
「僕の話は宇宙でベタが多いから、それだけでも助かりますよ」
「なんでもやらせてやってくれ」
「はい」
八重樫君と話していると、廊下の戸が開いた。
「あれ、モモさんいないんですか?」
顔を出したのは矢沢さんだ。
アシスタントの女の子が入って、次号の作業がもう始まっている。
「なんか仕事かい?」
「はい、モデルを頼もうと思って……」
「あいつは背が高くて細いから、少女漫画の男役にピッタリだな」
「そうなんですよ!」
「相手が女性なら、アシの女の子と並んでもらうとかもできそうだし」
抱き合うシーンなども描けるかもしれないが、嫌がるのを無理やりさせるのはよくないかなぁ……。
「帰ってきたら、教えていただけますか?」
「わかった」
「お願いします~」
なんだ、仕事がなくて困るかと思ったら、色々とあるもんだな。
「少女漫画だと、抱き合ったりするシーンが多そうなので、描くのが大変そうですねぇ」
「まぁ、逆にそういうのが売りだからな。恋愛がメインなのに、ラブシーンがショボかったら興ざめだし」
「それは解りますよ。戦記物なのに、武器などが格好悪かったら読む気しませんし」
「エロ漫画なのに、女の裸に魅力がなかったら駄目だよなぁ」
「そうですね、あはは」
立ち話ついでに、でき上がったムサシのネームを見せてもらう。
船の中で行われている日常回だ。
皆が持っているタブレットを使ったネタや、地球に帰ったときの報酬の話などもある。
「地球を救う話をしているのに、給料の話は生々しいかなぁ」
「そんなことないと思いますけど……アメリカ軍だって自衛隊だって給料もらっているんでしょう?」
「そのとおりだな。戦争やっていたときの旧軍だって、給料もらってたんだし」
「そうですね~」
尉官が70円ぐらい、下士官が30円――大卒の初任給も70~80円ぐらいだったらしい。
それが戦争が終わって数年で、初任給が3000円ぐらいになったのだから、ハイパーインフレだ。
「そろそろ高坂さんが来ると思うが、彼女に聞いてもなにも言わないだろうし……」
「多分、『それってなにか意味があるんですか?』とか言われたりして」
「ははは」
やっぱり、彼もそう思うか。
「もう担当じゃありませんけど、相原さんに聞いてみたほうが……」
「けど、最近は高坂さんも漫画を読んだりしているみたいだし、やっぱり彼女の意見も聞いてみたら?」
「わかりました」
最初は漫画を下に見ていた彼女も、色々と心変わりがあったようだし。
俺に色々と意見を求めてくるようになったしな。
八重樫君と話していると、モモが帰ってきた。
「ハンコはわかったか?」
「うん、これ鉛筆です」
彼女がダースの鉛筆を先生に手渡した。
「ありがとうございます」
「……」
礼を言われるのが、珍しいのだろうか。
「あ、そうだ。矢沢先生が、お前に仕事があるそうだぞ」
「はい」
廊下の戸を開ける。
「お~い、矢沢さん~。モモが帰ってきたぞ」
「はいは~い! こっちに来てください~」
「はい」
モモが、矢沢さんの部屋に向かった。
しばらくお人形みたいに、色々とポーズをつけられてしまうのだろう。
まぁ、これも仕事だ頑張ってくれ。
部屋に戻ろうとすると、電話がかかってきた。
初電話か。
もしかして、間違い電話かもしれないが、当然電話を取る。
「はい、篠原未来科学です」
『お~、サントクの徳田です。先生ですかな?』
数日前、サントクや相原さんのところには、ハガキを出してあったのだ。
起業の挨拶と、住所電話番号などのお知らせだ。
「これは、社長。いつもお世話になっております~」
『会社を立ち上げて電話を引いたと、おハガキを頂きましたので』
「わざわざありがとうございます」
『ウチも増産をしていて、大型の爪切りも発売いたしましたよ』
「おお~、それはおめでとうございます」
大きな爪切りは、1個80円らしい。
卸値が40円で、その5%だから、1個売れたら2円もらえるってわけだな。
ぜひとも売れてほしい。
社長に、特許料の振込先を会社の口座にしてくれるように頼む。
『なるほど、承知いたしました。それでは、契約の修正が必要になりますな』
「そうですねぇ、個人ではなくて会社と契約を結ぶことになりますか」
『書類を揃えて、すぐにお送りいたしますので』
「よろしくお願いいたします」
ついでに、部屋から名刺を持ってきて、乳酸飲料のメーカーにも電話をかけた。
俺が特許を持っている、銀紙の蓋の件だ。
あっちの契約も変更する必要があるだろう。
電話口で話した結果――前にやって来た初老の男性が、書類を揃えて後日、ここを訪ねてくれることになった。
多分、この人が担当になっているものと思われる。
「それではよろしくお願いいたします」
『こちらこそ、よろしくお願いいたします』
あとは――え~と……なんだったか。
「あ、そうだ! 特許の名義変更をしてもらわないとな」
今まで取った特許は、全部名義変更か……。
面倒だが、やるしかねぇな。
まぁ、特許事務所に頼んで金を払えばやってくれるだろう。
早速、特許事務所に電話をかける。
やっぱり電話があると便利だ。
『はい、○○特許事務所です』
「そちらで、特許の申請をしていただいた篠原と申しますが」
『いつもお世話になっております~』
話によると、今日は所長の爺さんが留守らしい。
それじゃ――というわけで、後日に会いに行くことにした。
部屋に戻る。
――夕方、相原さんと高坂さんがやって来た。
早速、高坂さんと先生がネームの確認をしている。
心配なので俺も先生の所にお邪魔した。
相原さんは、矢沢さんの所に行っている。
「はい、物語に深みを出すためのいい回だと思います」
「高坂さんも、そう思いますか?」
「はい――漫画の敵というのは、結局悪いことをしているだけで、よく解らない存在のことが多いのですが――」
「まぁ、そうだな」
今の時代の漫画はそんな感じだろう。
「ムサシの敵は、国があってその中にいる国民も普通に生活しているんですよね?」
彼女の質問に俺が答える。
「周りの星系を侵略している独裁国家ではあるが、もちろん民の暮らしもある。軍隊で任期満了して、年金をもらって本星に家を建てるぞ~とか、普通にやってる」
俺の作った話に先生が反応した。
「あ、それも面白いですね! ムサシの日常回をやったから、今度は帝国の日常回をやってみるとか」
「いいんじゃない? あ、でも、ムサシ側の日常回をやって、読者の反応を見てからだな」
「はい」
「……篠原さん、私の仕事を取らないでいただけますか?」
俺と八重樫君が、勝手に話を進めているので、高坂さんがむくれている。
「あ、失敬失敬、ははは」
中々、高坂さんも言うようになったじゃないか。
漫画の編集という仕事に、やりがいを感じ始めたのだろうか。
いや、いいことだよ。
無礼なのは相変わらずだが。
高坂さんは大丈夫そうなので、俺は自分の部屋に戻った。
しばらくすると、相原さんが俺の所にやってきた。
「コノミちゃ~ん!」
彼女がコノミに抱きついて、クンカクンカしている。
女の子に自分が持ってきたお土産を渡すと、すぐに真面目顔になった。
「あ、あの――女性の方がいるんですが……」
「矢沢さんから、話は聞かなかった?」
「篠原さんの会社で雇っているのだと……」
「そうそう、一応ウチで給料払っているけど、仕事はこのアパート全般の雑用ということで」
「……そ、そうなんですか?」
「買い物などのお使いから、電話番、絵のモデル、ベタ塗りまでなんでもしてもらう」
「た、確かに矢沢さんは、すごく助かっていると言ってましたが……」
「恋愛シーンだと、抱き合ったり、絡んだりと難しいシーンが多いから使えると思いますよ」
「そ、そうですけど……」
俺の話を聞いている女史が、難しい顔をしている。
「よくある三文小説のように、エロいことをするために雇った秘書とかじゃないですよ?」
「べ、べつにそうは言ってませんが……」
「行く所も住む所もなく、なんでもやるというから雇っているんです」
「……もしかして、私も行く所がなかったら、雇ってくれたり?」
「そりゃ相原さんなら、二つ返事で」
「むぅ!」
俺の言葉に、ヒカルコが座ったまま体当たりしてきた。
「――と、言いたいところですが、そちら様の力量にあった仕事をご用意できませんよ、ははは」
こんな優秀な女性に、雑用をやらせるわけにはいかない。
「そんなことはないと思うのですが……」
「相原さんに雑用なんてさせたら、社会の損失ってやつですよ」
「……」
モモの話はそのぐらいにして、単行本の売上の状態を聞いてみた。
順調らしい。
最初から30万部も刷っているのだが、そろそろ重版がかかるらしい。
これだと、未来に渡って延々と版を重ねる定番になるかもな。
そうそう、初版は取っておけば貴重かもしれん。
いや、単行本より、ムサシが載っている月刊誌のほうが貴重になるか。
単行本ってのは結構残っているものだが、昔の雑誌ってのは残ってないからなぁ。
漫画の専門店でも、高値がついているのを見たことがある。
打ち合わせが終わり、2人の女性編集者が帰っていったあと、コノミから月刊誌の献本を見せてもらう。
「おっ! サントクさんの爪切りの広告が載ってるなぁ」
1/2ページの上半分――ムサシのヒロインが、爪切りを使っている広告だ。
切った爪が飛び散らず、宇宙空間でも安全! なんて書かれている。
女の子を描いたのは八重樫君ではないが、丸くて可愛いキャラだ。
先生のシャープな絵柄が人気だが、こういう丸くて胸が大きなキャラが好きな男も多いだろう。
その広告の下には――ムサシのシングルレコードの広告が載っていた。
こちらは、以前八重樫君が描いたイラストをそのまま流用しているようだ。
宇宙戦艦ムサシ主題歌レコード、年末発売――と書かれている。
オマケで、短編集がついてくると書かれているなぁ。
これって先生は描いたんだろうか?
それとも、これから描くのか?
それはいいとして、本当にレコードは売れるのだろうか?
シートレコードの評判からすると、それなりの数が出てもおかしくはないのだが……。
まぁ、売れなくても、レコード会社の企画がイマイチってだけで、俺たちの責任じゃないからな。
ただ、曲はいいのは折り紙付きなんだから、ヒットする可能性はあるはずだ。
――相原さんたちがやって来た、次の日。
朝飯を食って、コノミを学校に送り出すと、俺は特許事務所に向かう。
今日は土曜日で、明日は日曜。
週が明けたら火曜が祝日なので、今日行ったほうがいいだろう。
炊事場には、今日もモモがやって来ている。
話を聞くと、昨日は夜遅くまでベタ塗りを手伝って1000円もらったらしい。
俺の会社では残業代はないが、こうやって小遣い稼ぎはできるわけだ。
「ヒカルコ、特許事務所に行ってくる」
「うん」
「帰りになにか買ってくるものがあるか?」
「カレー粉」
「わかった」
どうやら夜にカレーを作るらしい。
コノミからリクエストがあったみたいだ。
カレーを作るとなると、大家さんをはじめ、アパートの皆に奢らなければならない。
そうなると大量のご飯も炊かないとだめだし、大家さんにも手伝ってもらわないと……。
あ、そうだ――モモに手伝わせればいいか。
出かける前に彼女に話を聞いた。
「おい、モモ――お前、料理は?」
「……で、できないよ」
「ありゃ」
話を聞くと、外で遊び回っていたので、オカンから料理を習ったりしなかったらしい。
「お前、そんなので、よく大学に入れたな?」
「……勉強はしたんだよ」
勉強はしたのか。
やっぱり、頭はいいのかもしれんが、それで変な男にひっかかるのはなぜなんだ。
まぁ、ヒカルコもそうだったしなぁ……。
恋は盲目っていうが、そういうものなのか?
ちょっとインテリなことを言って「ナンセ~ンス!」とか格好つけた姿にときめいたのだろうか。
「そんな娘に金をかけて、大学まで入れてもらったのに、こんな状態になっているなんてなぁ――父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ」
「お父ちゃんじゃないし……」
まぁとにかく、料理は駄目らしい。
貧乏なのに料理ができないのは、色々とマズいな。
「そんなんで、いつもなにを食っているんだよ」
「キャベツとか……芋とか……」
塩と化調を混ぜたものを、生キャベツや煮たジャガイモにかけて食べたりしていたらしい。
あとは外食みたいだが――なんだそりゃ。
それなら、さつまいものほうが――いや、さつまいもはマズいのがトラウマになっているやつが多いからなぁ。
「どういう食生活なんだよ」
「……だってわかんないし……」
彼女が口を尖らす。
この時代でも料理の本などはあるし、図書館に行けばタダで借りられる。
まぁ、そんなことをするよりも……。
「矢沢さんや、ウチの大家さんは家事のプロだから、色々と教えてもらえ」
「……」
「そんな食生活してたら身体を壊すぞ。若いウチはいいが、歳をくったら一気にくる」
マジでそう。
中年になると本当に自由が利かなくなる。
ダメージを受けても、回復することもなくなるわけだ。
そうなってから、「若い頃に不摂生をしなけりゃ――」なんて後悔しても、あとのカーニバル。
なんてこったい――いや、オッサンのことはどうでもいい。
モモと話していると、廊下の戸が開いた。
「私のことを話してました?」
顔を出したのは、矢沢さんだ。
「ああ、こいつは料理をはじめ、家事がまるっきりできないらしいんだよ。矢沢さんが料理をするときに、少し教えてあげてやっちゃくれないか?」
「いいですよ」
「おら!」
俺はモモのケツを叩いた。
「……よろしくお願いします」
俺以外への返答は、ちゃんと丁寧だ。
あまり気乗りしないのか、モモのやつがむくれているのだが、それじゃ生活ができねぇだろう。
男捕まえて結婚するといっても、どうやって暮らすんだ。
昭和も終わりになれば、女性は専業主婦から脱却して男も家事を手伝う――みたいなことになるのだが、この時代は違う。
女性には家事力が求められる。
コンビニはないし、惣菜屋も弁当屋もない。
気軽に食い物を買ったりできない時代だ。
アンパンを食うか、肉屋でコロッケを買って、パンに挟んで食うぐらいしかできない。
同じく料理ができないと言っていた相原さんは、毎日小料理屋で食事をしていると言っていた。
女性とはいえ、一流出版社でそれなりの給料をもらっているからできるのだろう。
「料理もできないで、どうやって男を捕まえるんだ」
「……」
モモが反論できないのか、黙っている。
「篠原さんみたいな人を捕まえればいいんじゃないですかぁ?」
「料理もできない女なんて嫌に決まってるだろ。キャベツとかジャガイモばっかり食いたくねぇぞ。コノミみたいな子どもなら仕方ねぇけどな」
女性に主婦に徹しろとは言わんが、せめて対等な立場でないとな。
「なんですか、それ?」
矢沢さんに、モモの食事のことを話してやる。
「そ、それはちょっと……まぁ、いいですよ。食事の用意のときに教えてあげますから」
彼女は食費の節約のために、いつも自炊をしている。
少しでもお金を貯めて、母親に仕送りをしているのだ。
八重樫君が店屋物をとったりしても、彼女は自炊をしている。
たとえば、野菜の皮を剥いても捨てずに、それをキンピラにしたりして徹底的に使う。
17歳ぐらいの女の子とは思えないぐらいの主婦力だ。
「まったく一回りも違う女の子に、こんなことを教えてもらわないと駄目なんて……父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ」
「お父ちゃんじゃないし……」
俺は、モモの頭にチョップを入れた」
「ふぎゃ!」
「悪いね先生、忙しいのに……」
「いいえ、モモさんが来てくれたおかげで、色々と助かっているので大丈夫ですよ」
まぁ、外で遊びながら勉強して、大学に入れたぐらいには頭はいいはず。
最初は戸惑うだろうが、すぐに覚えられるだろうよ。
手順は覚えられても、天性の味音痴もいるので、そのときには諦めるしかないが……。
「なんのお話をしているのぉ?」
内階段の所で話していたので、大家さんまでやって来た。
「実はもう、カクカクシカジカで……」
「まぁ、それはちょっとねぇ……」
大家さんも呆れているのだが、モモに料理を教えてくれることになった。
まったくありがたいことだ。
俺が感謝するより、当の本人はやる気があるのだろうか?
この時代の主婦力は、一種のサバイバル術のようなものだろう。
山で遭難したりしたら、食料を確保して生き延びる術が必要になる。
都会という山というか砂漠で、その技術がないということは、かなりマズいと思うのだがなぁ……。
あ、そうだ。
モモのせいで、特許事務所に行くの忘れてたわ。
まったく……。





