90話 秘密のノート
収入が増えるのが確定なので、法人化することにした。
前々からの計画だが、やっとここまで来たという感じだ。
突然、昭和38年に飛ばされて、一時はどうなることかと思ったのだが、まぁなせばなるってことなのだろう。
それもこれも、俺が未来の知識を持っているという、インチキのお陰だ。
法人化のための色々な手続きは、司法書士に全部放り投げた。
金があるのに苦労する必要もないしな。
しばらくの主な収入はサントクの爪切りだが、社長は増産すると言っていた。
今は月産10万個あたりなのだろうが、それが20万~30万と増えるのだろう。
そうなれば、当然俺の収入も増える。
実用新案の有効期間は10年。
とりあえず、10年分の収入が確保されたことになる。
まぁ、いずれはピークを迎えて下火になるだろうが、爪切りはずっと売れ続ける定番商品だ。
ゼロになることはない。
模倣品も出るだろうが、そこら辺の対策はサントクに任せることにしよう。
あの社長さんなら上手くやってくれるだろう。
小規模の模倣なら、あえて無視するのも手だし。
トントン拍子で順調なのだが、トラブルもある。
美人局をやっていた、モモという女だ。
男に騙されて捨てられたというので拾ってやることにしたのだが、女のアパートに行ったら、男が乗っかってやがった。
少々頭に血が上ってしまい、男をボコボコにしてしまった。
どうやら俺の渡した金を取られて無理やりやられそうになっていただけらしい。
男女2人して、俺をハメようとしてたんなら、双方ボコボコにしていたところだ。
俺がボコった男は、アパートの大家さんに引き渡した。
警察は呼ばないみたいなので、どうするつもりなんだろう。
蟹工船にでも乗せるのか?
今の時代にそれがあるかどうかは解らんが、遠洋漁業船はあるだろうな。
それとも、どこか山奥の工事現場か。
まぁ、俺には関係のないことだ。
モモのやつも引っ越すから、もうあの男と会うこともないだろう。
――電話の手続きをしたり、男をボコったりしたあとでアパートに戻る。
ヒカルコが復活していたのだが、むくれている。
やったあとに放置して出かけたことを怒っているらしい。
「ああ、スマンスマン。会社の登記をしなくちゃならんだろ?」
「……」
「それから、ここに電話を入れることにしたから」
「電話?!」
彼女が反応した。
「部屋に置いてもいいんだが、炊事場に置いて、みんなの共用にしようかと思ってな。漫画家の先生たちも、電話があったほうが仕事がはかどるだろう? ヒカルコだって、出版社との連絡に使えるぞ」
「そうだね……」
電話の話を聞いて、そっちに気を取られていると思いきや。
彼女が俺の膝の上に乗ってきて、身体を擦り寄せている。
「なんだってそんなにベタベタするんだ? あの女に、ヤキモチか?」
「……」
ヒカルコが口を尖らせて横を向いた。
「知っている顔が野垂れ死んでいたら嫌だろう。ただ、それだけなんだがなぁ」
まぁ、小遣いやってハメるぐらいはするが。
「……わかった」
彼女が少し考えてから、短く漏らした。
なんとか納得したようだ。
「さて、あんな女でも雇うとなると仕事をさせないとな――」
いったいなにをさせたらいいか。
とりあえず、ここに電話が入るから電話番だな。
それから、先生たちの雑用などなど。
絵は描けなくても、教えればベタぐらい塗れるだろう。
なんて思っていたら、コノミが帰ってきてもヒカルコはベタベタのまま。
それを見たら、当然コノミもくっついてくる。
コノミの友だちがやってきても、ベタベタ。
「おい、コノミの友だちが来ているんだから、くっつくのはやめろ」
「フルフル!」
「いーやー!」
2人とも離れないのだが、野村さんがこちらをじ~っと見ている。
抱っこに興味があるのだろうか。
「野村さんも可愛いから、抱っこしてもいいか?」
「だーめー! ショウイチは私の!」
コノミの言葉を聞いた野村さんは、ちょっと残念そうな顔をした。
まぁ、まだまだ甘えたい年頃だろうしなぁ。
彼女の父親はそういうタイプではないみたいだし。
2人が俺から離れないので、強引に剥がしてから秘密基地に避難してきた。
「あ~もう、まったく……」
秘密基地の前にやって来たのだが、今さらながら郵便受けがないのに気がついた。
会社の登記住所をここにしたので、郵便物が送られてくるだろう。
これは郵便受けが必要だな。
さて、郵便受けはどこで売っているものだろう。
未来なら、ホムセンに行けばほとんどが揃うのだが、この時代は店によって細分化されている。
木の板で自作してもいいのだが、会社の郵便受けなら、鍵のかかるしっかりしたもののほうがいいだろう。
「それとも、壁に穴を空けて裏側から取れるようにするか?」
このバラックは壁が板1枚の鎧張りなので、簡単に抜ける。
玄関の引き戸の横に横長の穴を空けて、簡単に屋根をつければいい。
裏側に箱でも置いておけば、そこに落ちるから、取られる心配などもないだろう。
よし、そうするか――それでどうやって壁に穴を空けるかだな。
やっぱりドリルで穴を空けて、そこに細い鋸を突っ込んでギコギコか。
この時代に充電ドリルドライバーなんて洒落たものはない。
電動ドリルはあるだろうか?
あったとしても、家電が高価な時代だから、相当高価なはず。
それじゃ、クランク型や歯車にハンドルがついているハンドドリルか。
買い物から帰ってきたばかりなのに、また商店街に買い物にでかけ、金物屋からハンドドリルと、細い鋸を買ってきた。
その他、工作に必要なものも揃える。
玄関の横に鉛筆で郵便受け型に線を引く。
一応裏を確認するが、なにも問題ないようなので、木工ドリルで穴を空けた。
開いた穴に、細い鋸を突っ込んでギコギコ。
形ができたらサンドペーパーをかけて、表面を滑らかに。
家の壁はネズミ色になっているのだが、削った部分からは綺麗な色が出てきた。
木造だとシロアリが心配だが、一応、家の床下などをチェックしたが問題なし。
板を切り出して、郵便受け口に屋根をつけて完成――といきたいところだが、もうひと工夫。
裏側に蝶番を取り付けて、蓋をした。
未来のアパートについていた郵便受けにはバネがついていたが、それを再現するのは面倒だ。
ここは簡単にいこう――蓋に錘をつけた。
これで郵便物を突っ込んだあと、パタンと蓋が閉じる。
試してみたが、いい感じだ。
最後に〒マークを彫刻刀で彫って赤く塗れば完成。
「おお、十分じゃね?」
隣の白い家を買えれば、門の所に立派な郵便受けがついているんだがなぁ。
家はまだ売れておらず、「売家」の看板が立ったまま。
誰かに買われてしまうのだろうか。
秘密基地の中に入ると、七輪でお湯を沸かしてお茶を淹れた。
なんという面倒くささだが、これはこれでいい。
一息ついたところで、俺はノートを取り出した。
大きく「極秘」と書く。
前々から考えていたのだが、俺になにかあったときのことを考える必要がある。
俺が突然死んだり、いなくなったりして、ヒカルコやコノミが路頭に迷うようではマズい。
ヒカルコには小説の才能があるみたいだから、なんとかなるだろうが、金はあったほうがいい。
それから、これから起きることについても情報が必要だろう。
たとえば、近々起きるだろう食用油の食中毒事件などもあるし、さらに逃げようがない災害などもある。
関西の大震災や、東日本大震災などだ。
関西のときには、某宗教集団によるサリン事件などもあった。
あれに巻き込まれたら大変だし。
俺は突然この時代にやって来たが、また突然にどこかに飛ばされる可能性もあるかもしれない。
1度あることは2度3度ある。
いきなり元の時代に戻るかもしれないしな。
そうなれば、ヒカルコとコノミが取り残されるわけで――それに備える必要があるだろう。
「え~と、ショウイチが死んだり、突然行方不明になったりした場合は、こいつの中を読め――」
普段は絶対に隠しておかないとな。
う~ん、そうだなぁ――会社になるし、大事な特許の書類などもある。
サントクの株券もあるし、競馬で当てた大金もある。
それらを突っ込む耐火金庫を買ったほうがよくないか?
火事になったりしたら大変だ。
金庫があれば、屋根裏に隠してある拳銃も隠せるだろう。
よし、次は金庫か。
金庫は後日にして、ノートに俺の正体から書いていく。
未来からきた人間――こんなことを書いて、ヒカルコは信じるだろうか?
俺の小説のネタかなにかと、思って歯牙にもかけないかもしれない。
まぁ、そうなったらそうなったで仕方ないが、時代が進めば、このノートに書いてあることが事実だと解ってくるだろう。
いや、俺がこの時代にやって来て、色々と改変しているから、未来も変わってしまうのかもしれない。
元の時代に書かれたなにかの記事で見たが、過去に戻って未来を改変しようとしても、結局は変わらない――そんなことが書かれていたような気がする。
自分が過去に戻って親を殺してしまったら、自分は生まれなくなってしまう。
有名な親殺しのパラドックスってやつだ。
そんなことはあり得ないから、未来は変わらないというわけだな。
そう言われれば、そういうものかと思うのだが――。
そもそも、過去に戻った人間も、未来を改変した人間もいなかったのだから、それが正しいか証明しようがない。
「待てよ……?」
もしかして、過去には俺のような時間渡航者が他にもいて、未来を改変しまくっているんじゃ……。
ある日突然、未来が変わるのだから誰も気づかないだろうし。
「う~む……」
まぁ、怖い話を考えるのはやめよう。
そういうのは、小説のネタで十分だ。
さて、今後の大まかな計画を練ろうと思う。
俺になにかあった場合でも、このノートを見ればヒカルコがあとを継いでくれるだろう。
大儲けはできなくても、コノミと一緒に暮らせるだけの金にはなるはず。
繰り返しになるが、書いてあることを信じてくれればの話だが。
まずは金を貯める。
あたり前○のクラッカー。
次に本拠地だ。
理想は隣の白い家――あそこが手に入れば、GOOD!
この時代は、資産がないと株も買えない。
どうしても資産が必要だ。
長期的には、株や土地を買えば儲かるのは解っているのだが、短期的となるとさっぱりと解らない。
解っているのは、1973年から始まるオイルショック。
ここで原油の価格が暴騰する。
最初のチャンスだろう。
そして2回目のオイルショックの間に、ソ連のアフガン侵攻が挟まる。
その際に金の地金価格が暴騰するから、ここが2度目のチャンスだ。
そこで金を増やして、国鉄駅前などの土地を買う。
市街化調整区域などになっていれば、なおGOOD!
どうせそんなものは、すぐに外れる。
土地を買って、バブルになったら弾ける前に全部売却する。
そのあとは、IT企業などの株を買えば爆上げすると思うが、そこまで生きてはいないだろう。
土地じゃなくて、株でもいい。
たとえば、未来に世界的な大企業になる会社も、今は花札屋だ。
もしかしたら、そっちのほうが効率がいいかもしれない。
リスクヘッジする必要はないと思うが、投資を分散させてもいい。
時代が進むに連れて、未来が変わってくるかもしれないしな。
上がりそうな株の銘柄を書き出しておくが、俺もそんなに覚えているわけじゃない。
「あ、そうだ」
別のノートを出して、ムサシのストーリーも可能な限り、書いておこう。
人気が出たら連載が続くかもしれないから、他のSFからも使えそうなネタも入れておくか。
俺がいなくなっても、こいつを見れば、それなりにストーリーを続けることができるだろう。
まぁ、本当にそのときが来たら、八重樫君にとっても正念場だ。
矢沢さんは――彼女はストーリーを作れるから、大丈夫だろう。
もとより、恋愛ものじゃ俺じゃ解らんしな。
最初の舞台設定を提供しただけだ。
暇を見て、色々と書いてもそんなに時間はかからないだろう。
電話が引かれたら、電話帳ももらえるだろうから、金庫屋を探さないとな。
この時代は情報源として電話帳が大きな役割を担っていた。
電話帳を開くと広告を出しているメーカーが多い。
電話帳の最初に載るからと、アから始まる社名も沢山並ぶ。
アイ~などが多いのだが、ひどいのになるとアア~なんて社名もある。
アア商事という名前にすれば、電話帳の先頭に載るだろうし。
選ぶほうも電話帳の隅々まで探すのは面倒だから、最初に載ってるこれでいいか~みたいなノリで決める。
実に昭和だ。
極秘ノートを書いていると夕方になったので、アパートに帰った。
戸を開けると、漂ってくる料理のにおい。
「ショウイチ!」
コノミに抱きつかれると、ヒカルコが大きな封筒を差し出してきた。
文机に置いてある、肥◯守で開封して中身を見る。
「なに?」
コノミが一緒に覗き込んでいる。
「う~ん?」
中身を取り出すと、綺麗な模様が入った厚くて立派な紙が入っていた。
電話のマークに金10000円の文字入り。
加入者等引受電信電話債券――と、書いてある。
数えると、それが15枚。
あ~なるほどなぁ。
電話を買うと、こういうのをくれるのか。
昭和の終わりにはこんなのはなくなっているよなぁ……。
値段が高いのはこのせいなのだろうか?
むむむ――と思うが、これは債権なので売れるのでは?
現金16万円ちょい払ったが、この債権を売れば、数万円で電話が引けることになったりして。
この先はインフレがどんどん進むから、価値が落ちる。
売れるなら売ったほうが損をしなくても済むか……。
この電話債券の売れるところも、電話帳に載っているだろう。
「きれいな紙。これ、なぁに?」
「電話を買ったら、これをもらえたんだよ」
「電話?」
「流しがある所に、電話を置こうかと思ってな」
「ショウイチの電話? コノミも使ってもいい?」
「いいけど、誰か電話を持っているのかい?」
「うん」
鈴木さんの家には電話があるらしい。
鉄道会社に勤めているそうだが、結構いい稼ぎなのかもしれないな。
――夕食を食べ終わると、八重樫君がやって来た。
次回の打ち合わせだ。
ヒカルコとコノミは、すみっこで本を読んでいる。
「あの~、篠原さん。今回は、僕のやってみたいネタがあるんで、それをやってもいいですか?」
「お? いいじゃない。どんどんやってもいいよ」
「ありがとうございます」
彼がやりたいのは、前に話していたムサシ艦内の日常回だ。
死闘の間に、たまにはほのぼの回があってもいいだろう。
キャラの掘り下げもできるしな。
こういう回だとキャラの設定が生きてくる。
その場限りだとテキトーなことをやると、キャラが破綻したりするのだが、彼は設定マニアっぽいので、そこら辺は大丈夫だろう。
「あ、そうそう」
彼に電話の債権を見せた。
「篠原さん、電話を買ったんですか?」
「これを知ってるのかい?」
「はい、父が電話を会社にいれたときに」
「あ、なるほど。デカい会社なら、なん回線かもっているはずだしなぁ」
「ええ」
彼が債権の紙をじ~っと見ている。
「炊事場の所に置くから、みんなで使ってくれればいい。出版社との連絡も、電報なんて面倒なことをやらないで済むだろ?」
「ええ? 篠原さんになんの利点もないんですけど……」
「そんなことはないぞ。俺やヒカルコも出版社相手に使うし。電話があったほうが便利だろ? 毎度、大家さんから借りるのも気が引けるし」
「それはそうですけど……」
「先生に金が入ったら、名義変更してそのまま譲ってもいいし」
「それでいいんですか?」
「もちろん」
電話の話を聞いていた彼だが、あることに気がついたようだ。
「篠原さん、会社の住所ってここじゃないんですか?」
「ああ、俺が以前買ったバラックが登記住所になってる」
「あそこを会社にするんですか?」
「本命は、その隣に売家になっている家を買おうかと思っているんだが……」
「あれをですか?」
彼もあの白い家のことは知っている。
家の話をヒカルコも聞き耳を立てているようだ。
「ああ、社宅で買えば会社の経費が使えるからな」
もちろん100%は無理だが。
「う~ん……」
彼は、俺の引っ越しにあまり賛成ではないようだ。
「引っ越すと言っても、近くだから仕事に影響はないだろ? すぐにやって来られるし、双方に電話があれば簡単な確認などなら電話で終わる」
「そ、そうですけど……」
「この部屋が空くが、先生がアシスタント部屋として使えばいい」
「とりあえず、電話の件は解りました」
とりあえずかよ。
意外と固執する性格なのかもしれないな。
ムサシの設定も細かくやっているようだし。
「先生は、俺に引っ越しされると困るのかもしれないが、ここで3人で暮らすのは少々大変でな」
「それは解りますよ」
「コノミも大きくなれば自分の部屋がほしいだろうし」
「私はショウイチと一緒でいい!」
今はそんなことを言っているのだが、これが中学生になったりしたら違ってくるだろう。
「やっぱり中学生ぐらいになったら、自分の部屋がほしいだろ?」
「僕もそうでしたね」
「まぁ、それが大人になって巣立ちするための第一歩みたいなものだからな」
先生が考えたストーリーでのネームを見せてもらった。
問題ない。
「先生も、しばらく自分で漫画を描いてきて、話の作り方も解ってきたんじゃねぇ?」
「どうですかねぇ。まだちょっと自信がないんですが……」
「ははは、1年描いて、完璧に掴みました! ――とか言われても困るんだが」
「言いませんよ、そんなこと。世の中には面白い漫画が沢山ありますからね」
「そのとおりだな」
俺の場合も、一応プロをやってた20年分の経験と、未来の知識というインチキがあるだけだし。
――八重樫君が打ち合わせにやって来た次の日の朝。
朝に新聞を広げると、シンシンザンが天皇賞に出るらしいのだが――ダントツの一番人気。
こりゃ、単勝買っても元返しやら、せいぜい110円だろう。
アホらしくて買ってられない――見で決定。
まぁ、焦らなくても、美味しいレースはまたやって来る。
------◇◇◇------
――会社の登記を頼んでしばらくたち、手続きはすべて完了。
ヒカルコは専務ということで登録してある。
書類を作るのに、彼女の実印も必要だったのをすっかりと忘れていた。
少々慌てたのだが、ヒカルコは自分の実印を持っていたらしい。
そりゃそうだ――彼女は出版社と出版契約を結んだりしていたわけだし。
大学に入ったときに作ったという。
それはさておき、税務署や区役所への事業開始届けも済んでいる。
これで念願の社長さんだし、電話の債権も売っぱらった。
だってなぁ、これからインフレして電話の価値はドンドン落ちるだけだからな。
早々に売ったほうが損害が少ない。
それなりの金額で売れたから、実質数万円で電話が引けたことになる。
アパートの2階にも電話が引かれた。
皆で炊事場に集まって、ワイワイとやる。
早速、177で天気予報を聞いてみた。
この時代でも、このサービスは使えるようだ。
昔は、電話番号から住所を逆引きもできたんだよなぁ。
まさに、個人情報? なにそれ? って時代だな。
「ほら、コノミ。天気予報も聞ける」
「ふ~ん」
あまり興味はなさそうだ。
「それじゃ、大事なことを教えるぞ」
「うん」
「火事や病気の人が出たら119番」
「イチイチキュウ?」
「そうだ」
つぎに110番も教える。
「わかった!」
「でも、いたずらは絶対にしちゃだめだぞ? お巡りさんがやって来て、連れていかれちゃうからな」
「大丈夫」
「僕の実家は、電話の下に別の機械があって、ボタンを押すと駐在さんに直通になりましたよ」
八重樫君が実家の電話のことを教えてくれた。
「地方だとそういう所もあるのな」
「ええ、その前に交換手がいましたし」
「ああ、そうか! 自動交換じゃないんだ……」
それが当たり前だと思っていたが、地方だと自動交換になってない所もあるのか。
そりゃそうだな。
「私の地元もそうでしたよ!」
矢沢さんの実家には電話はないらしいが、近所の電話はそうだったらしい。
「それじゃ、ここから八重樫君の実家にかけるとどうなるんだ?」
「地元の交換手を呼び出してもらい、そこで実家の電話番号を言います」
「そうなるのかぁ」
俺と八重樫君の話に矢沢さんが加わった。
「夜中に電話をかけたりすると、交換手が寝てたりするんですよ!」
彼女はそういう経験があるらしい。
交換手が酔っ払ってて、別の所に繋いだりとか。
はは、さすが昭和。
――電話が設置されたその夜、八重樫君と高坂さんが俺の部屋にやって来た。
相原さんも一緒だ。
先生の手には、ムサシの単行本が握られている。
そうか、ついに出るのか。





