9話 金が欲しい
府中に行って、未来の三冠馬であるシンシンザンの単勝を取った。
単勝で10.5倍、全財産の7万を賭けたので、払い戻しは73万5000円となった。
これでやっとまとまった金ができたことになる。
しかもこいつは、税金がかからない金。
いや実際は、競馬で儲けた金も申告する必要があるのだが、そんなことをしているやつはいねぇ。
元の時代なら、銀行口座に証拠が残ったりするが、競馬場の窓口で受け取った金にそんなものはないし。
この金は全額好きなように使えるってわけだ。
いきなり家を買ったり車を買ったりしなきゃ、疑われる心配もいらねぇ。
まぁ、そんな贅沢ができるほど儲けたわけでもねぇしな。
こいつを元手にして、さらに金を稼ぐ必要があるから、あまり無駄遣いはできない。
勝って兜の緒を締めよ――気を引き締めていく必要がある。
――俺が競馬で勝ってから、数日して暦は4月に突入した。
元の時代だと4月1日はエイプリルフールなどと、世間は騒いでいた。
この時代にそんなものはないのだが、4月バカかと思われるニュースが世間を騒がせた。
東京の江東区の埋立地から小判が出たらしく、さながらゴールドラッシュのようになっている。
海岸沿いに沢山の人が押しかけて、まだ小判が埋まっていないか所構わず掘り始めたのだ。
そんなわけねぇだろうと思うのだが、これが凡俗の浅ましさ。
俺が働いている工場でも、その話題でもちきりである。
アホかと思うわ。
それにしても、そんな事件があると知っていたら、俺が真っ先に堀りに行ってたのに。
そんなの新聞を見て初めて知ったし。
その他の目立ったニュースでは、今日から海外旅行の自由化がされたらしい。
さて、大金を手にした俺だが、また工場で働いている。
畳の下に隠してあった金は、昼休みに郵便局に口座を作り、約半分を貯金するつもりだった――。
意気揚々と郵便局に口座を作りにいくと、ハンコを持ってないことに気がつく。
この時代に、でき合いの三文判なんて売ってないから、ハンコ屋で彫って貰わないといけない。
ちょっと奮発して象牙で作ってもらった。
この時代はまだ象牙が輸入できたのだ。
これで郵便貯金口座が作れる。
「え?! マジで?」
俺は郵便局の窓口で固まった。
「はい」
いざ、郵便貯金の口座を作って入金をしようとしたのだが――局員に話を聞いたら、郵便貯金の限度額が20万円らしい。
なんてこったい。
しかも、大金を入金しようとすると、警察を呼ばれることもあるらしい。
出どころ不明な怪しい金を持っていると思われるのだろう。
昭和は色々と面倒くさすぎる。
結局、畳の下に大金を抱えるハメになってしまった。
この時代、銀行のATMなんてないし、銀行の支店も大きな駅前でなければない。
すぐに金を入金したり降ろしたいとか思っても、簡単にはいかないのだ。
どの道、綺麗な金じゃないと銀行にも入金できん。
変なオッサンが大金を入金しようとしていると――怪しまれて警察でも呼ばれたら、詰むじゃねぇか。
まぁ、手がないこともない。
この時代、偽名やペンネームでも口座が作れた。
それを利用して郵便通帳を10冊持てば、200万まで入金できる。
――と、解っちゃいるが、面倒くせーなぁ……。
競馬の金も、申告すれば当然のごとく綺麗な金にはなるんだよ。
不労所得で税金をがっぽり取られるけどな。
アホらしい……そんなことするやつがいるかっての。
口座のことはさておき、大金を手にした俺だが、実弾が手に入ったからといってすぐに工場をバックレるわけにはいかん。
ガキならともかく、いい歳した大人だしな。
一応、工場長には事情を話して、4月いっぱいで退職ということになった。
元々、自立支援施設のような場所なんだから、「自立します!」というのに反対することはない――建前は。
「君は働き者だから」とか、「残って欲しい」とか言われたが、「いつまでもご厚意に甘えるわけにはいきません」の言葉のあと――。
「○○党の応援をするため新聞は取り続けますし、寄付も少額ながらいたします」と言われたら、向こうも返す言葉がないだろう。
まぁ、揉めたら揉めたでバックレるつもりだったが、揉めずに辞められるようだ。
その間に部屋も探さなければならないし、やることが山積みだ。
幸い荷物はほとんどなく、最近買った布団だけ。
これなら、持って運べばすぐに終わる。
アパートの大家にも、部屋が決まったら近々ここを出ることを告げた。
普通のアパートは一応契約があるので、そう簡単にはいかないのだが、ここは違う。
敷金礼金もないし保証人もいない。
タコ部屋みたいな場所だし。
「あ~、そうなんだ。篠原さんは早かったねぇ」
「はい、色々とお世話になり、ありがとうございました」
「でも、ちょっと今は時期が悪いかねぇ」
「そうなんですよねぇ。申し訳ありませんが、部屋が見つかるまでちょっとズレるかもしれません」
「それは大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
そうは言ってみたものの、大家が言ったように部屋があるのかが問題だ。
4月に入学やら入社してくる連中は、2月とか3月に部屋を探し終わり、この月から新生活を始めているわけだ。
――ということは、皆が部屋探しを終わったあとに、探し始めることになる。
俺は一抹の不安を抱えながら部屋を探し始めた。
まぁ、アパートを出るとは言ったが、少々伸びても問題はないだろう。
とりあえず工場の仕事は4月いっぱいで終了だ。
俺は休みの日などを利用して、不動産屋をまわり始めた。
俺の懸念は当っており、よい物件はすでに埋まったあと。
今は時期が悪いのだ。
部屋探しもそうなのだが、競馬の作戦も練らなくてはならない。
4月には三冠レースのしょっぱな、皐月賞があるのだ。
こいつにシンシンザンが出れば、また勝利間違いなし。
未来の三冠馬が負けるはずがないのだが、前回のスプリングSを勝ったので、今度は人気になるだろう。
そうすれば、あまり単勝オッズは期待できない。
2倍か、それとも3倍か。
それでも2倍の単勝馬券に儲けた70万円を全部ぶち込めば、140万になるのだが――。
さすがに窓口で特券700枚も購入したら騒ぎになる。
馬主席にでもいけばそういう連中がいるのだが、普通の窓口ではちょっとマズいだろう。
中々難しい問題だが、手がないこともない。
7万円、特券馬券70枚を10回に分けて購入するのだ。
これなら、少しは目立つのを防ぐことができるだろうが――いや、10回はやっぱり多いか。
なにより、あの馬券のロール束が10個もカバンに入らないぞ。
自動発券機なら、誰がいくら買ったとか解らんので、なん回買ってもいいのだがなぁ……。
5回だ――特券70枚馬券を5回分、つまり35万円を賭けるとするか。
これなら許容範囲のような気がする。
うん、そうするか。
八重樫君の2本目の漫画はすでに完成して出版社に送ってあるらしい。
今月末発売の少年誌に載るという。
そんな彼は、すでに3本目の作品に取り掛かっている。
せっかく、ここから脱出してプロの漫画家になる道が見えてきたのだ。
ここで本気を出さなければ、いつ出す? って話。
彼にもそれが解っているのだろう。
一心不乱に描いている。
今回の漫画のストーリーは、マッドサイエンティストの家に遊びにいった主人公が、タイムマシンの事故に巻き込まれるという話だ。
自分の故郷の過去に戻り、両親とも会う。
可愛すぎる自分の母親がヒロインだとか、そんな彼女が主人公にときめいちゃう辺りが、受けいれられるだろうか。
八重樫君の反応では「大丈夫じゃないですか?」とのことなのだが……。
まぁもちろん、これも某有名映画のパクリだが、アレンジはする。
タイムマシンはデロデロリアンじゃないしな。
夜に相原さんがやってきた。
八重樫君のネームを見にきたらしい。
ストーリーで気になっていることを聞いてみたが、問題ないようだし評判もいい。
「このまま進めてください」
「はい、解りました」
少年と相原さんが打ち合わせをしている。
「相原さん、私は部屋が見つかり次第、このアパートを出ますので」
「え? どこに引っ越されるのですか?」
「多分、この近くですよ。ここは交通の便がいいですからねぇ。それに、私と八重樫君の2人揃っているほうが、相原さんも仕事がしやすいでしょう?」
「それはそうですが――私のことを優先していただく必要はないのですよ」
「引っ越しも楽ですので――まぁ、この近くですよ」
「そうですか」
俺と相原さんの会話に八重樫君も参加してきた。
「僕も引っ越したいです……」
「一か八か、出版社から借金をしてみるか?」
「先生、それも可能ですよ」
相原さんと出版社側は、前からそれを勧めている。
早く彼に、本格連載を始めてほしいのだ。
「いや、それは止めておきます」
まぁ、いきなり借金スタートは怖いよな。
首が回らなくなる可能性もあるし。
彼の稼ぎからすれば、新しい部屋の契約料ぐらいは稼いでいる感じではあるが、それをほとんど使い切ることになるかもしれない。
そうなると――失敗できないしな。
貧乏のプレッシャーの中で、当てないとダメというのはかなりキツイ。
追い込まれないと才能を発揮しないやつもいることはいるのだが、彼はそういうタイプではないだろう。
「そうですか……」
相原さんも残念そうだが、有能な新人を2人発掘したということで、彼女の評判も上がっているらしい。
俺も入れたら3人ってことになるのだが、時間渡航者のオッサンは、美人からのスペシャルなお礼がないと動かないちゃっかり者(死語)だからな。
ははは。
「ままま、相原さん。新人を追い詰めたりすると逃げたりするので、そういうのは禁物ですよ」
「解っております」
まぁ、彼女にもそういう経験があるのだろうか。
「あの――実は篠原さんにもお伝えしなくてはならないことがありまして」
「私にですか?」
「はい」
「なんでしょう?」
俺が原作を担当したもう1人の漫画家の話らしい。
「彼が、あの話の続きを描きたいそうで……」
「よろしいんじゃないですか?」
「それで、ストーリーは自分で考えると言ってまして……」
「ああ、なるほど。私は構わないですよ」
「よろしいのですか?」
「はい――まぁ、私の場合は内職みたいなものですから、はは」
「ありがとうございます」
本職の原作家なら、色々とこだわりとかあるだろうが、俺の場合は人のネタをパクっているだけだからなぁ。
ストーリーに愛着なんてあるはずがない――とはいえ、テキトーな仕事をしているつもりはないが。
「それでは、あの漫画を描いているうちに、いいネタを思いついたわけですね」
「そうらしいです。ネームを見せてもらったのですが、中々よかったものですから」
「相原さんが、太鼓判を押したなら平気でしょう」
「ありがとうございます」
「八重樫君も、こうやったら面白くなりそうだな~みたいのがあったら、自分の個性をどんどん入れてもいいんだぞ」
「わかりました」
仕事の打ち合わせが終わり、相原さんが帰ったので八重樫君と一緒にケーキを食う。
「はぁ、なにか簡単に儲かることってないですかねぇ」
「そういうことを考えるようになったら人間終わりだぞ」
まぁ、俺が言える立場じゃねぇが。
「すみません……」
「八重樫君は、遊ぶ金が欲しいんじゃなくて、引っ越しのための資金が欲しいんだろ?」
「そうです」
「……それじゃ、一発やってみるか?」
俺の言葉を聞いた彼が、訝しげな顔をしている。
「それって博打ですよね」
「そうだ。1回だけ、引っ越しの金を作るって条件で手伝ってやる」
「でも、博打って損をするんじゃ……」
「まぁな。でも、今度のレースに確実な馬がいる。それを教えてやる」
次の日曜、4月19日は皐月賞だ。
元の時代の皐月賞は中山だったが、今回は東京でやるらしい。
この時代はそうだったのか、それとも今回だけなのか不明だ。
「……」
「そんなに心配なら、外れたら俺が金を返してやってもいいぞ?」
「そんなことをして、篠原さんになにか得があるんですか?」
「ハッキリ言ってなにもないな! ははは、ゼロだ!」
「……」
彼は複雑な表情をしている。
俺の言っていることは、インチキ詐欺みたいな話だし。
「無理にとは言わんよ。博打は人には勧められんからな。それに馬券は20歳からだし、ははは」
「僕、ハタチになりましたけど」
「え? そうなんだ。もっと若いかと思ってたわ」
最初に会ったときに18歳ぐらいかな? ――と勝手に思っていたのだが、もうちょっと年上だったわけだな。
「よく言われますけど……」
「次の日曜に府中に行くから、それまでに決めといてくれ。行くなら金も用意してな」
「……はい」
まぁ、悩むだろうな。
博打でハズしたら、さらにプロへの道が遠くなるし。
そもそも彼は、博打が嫌いみたいだしな。
そんな人間に無理強いはできないし、コツコツと積み重ねていけば、彼の実力ならいずれはここから脱出できるのだ。
それのほうが彼には合っているようにも思えるし。
そんな彼が金をほしいと言い出したのは、俺が突然出ていくと言い出したからだろう。
若い彼が焦る必要はないと思うのだが……。
――そうしているうちに、4月19日になった。
競馬がなければ、俺は不動産屋巡りをしているはずなのだが、こっちもかなり大事だ。
当初の作戦通り、シンシンザンの単勝に35万円――70枚の特券を5回買ってめくらましをする。
そんな必要はないかもしれないが、一応念のためだ。
予備の金を5万と勝負資金35万、残りの金は畳の下と郵便局。
俺が金をカバンに入れて戸の鍵をかけていると、八重樫君が出てきた。
今日は朝一から突撃だ。
馬券をなん回かに分けて買うつもりなので、時間がかかる。
沢山の馬券を買うつもりなので、カバンの他に紙袋も用意した。
「おはよう」
「おはようございます」
見れば小綺麗な格好をしている。
「もしかして、行くつもりになったのかい?」
「はい、連れていってください」
「わかった」
博打童貞と一緒に勝負か。
弥次喜多道中だな。
まぁ、童貞と一緒にソープ巡りするようなもんか。
おっと、この時代はソープじゃなくて、ト○コ風呂だったな。
ト○コの人が聞いたら怒るだろうが、そういう時代だったのでしゃーない。
「朝から夕方までいるつもりだから、ちょっと暇だぞ?」
「それじゃ、本とノートを持っていきます」
「そのほうがいい」
金は持っているが、タクシー出勤とかそういうことはしない。
タクシーを使うのは、あくまでも大金をせしめた帰りだ。
普段どおりに、庶民の脚である電車を使う。
彼と一緒に電車に乗る。
「八重樫君、府中に行くのも初めてか?」
「府中って競馬場のことですか?」
「ああ、あとは中山にある」
「中山ってどこですか?」
「千葉の船橋だ」
「遠いですね~」
「そうだな、うちからだと府中のほうが近いか」
この時代は、電話投票もネットもないからなぁ。
あれ? 南新宿と後楽園の場外馬券売り場って、この時代でもあるのか?
そっちのほうが近いちゃ近いが――南新宿は狭いからなぁ。
混雑で馬券を買うどころの話じゃなくなるかもしれんし。
行くとしたら後楽園か。
「今日はいくら持ってきた?」
「3万ですけど……」
「おお、勝負に出たな……でも、有り金じゃないだろ?」
「はい」
「2倍なら6万、3倍なら9万になる」
俺の皮算用に、八重樫君が目を輝かせている。
気が早い。
「それだけあれば引っ越しができますね」
「まぁその馬は、この前に勝ってしまったから、オッズがだいぶ下がるだろうなぁ」
「この前って――篠原さん、やっぱり競馬をやったんですか?」
「ははは、まぁな。でも俺は、かなり自信があるときにしかやらんし」
「それが、今回ってことですか?」
「まぁ、そういうことだな」
電車を乗り継いて、府中競馬場にやって来た。
「篠原さん、どっちですか?」
「人の流れるほうに競馬場があるから」
「そうなんですね」
さすが皐月賞だ、人が多い。
突然、粗末な格好をした男から声をかけられる。
「よぉ! 久しぶり!」
「え?!」
びっくりした八重樫君が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、しどろもどろになっている。
当然知らない男だ。
こんな場所に知り合いがいるはずがない。
「相手にするな、コーチ屋だ。うせろ!」
「ちっ!」
男が舌打ちをしていなくなった。
「な、なんですか?」
彼がビビっている。
「あれは、コーチ屋っていってな、テキトーな馬券を買うのを勧めてきて、当たったら『俺のおかげで当たったんだろ?! 分前をよこせ!』――とか言って強請りをしてくる輩だ」
「詐欺みたいなもんじゃないですか!」
「そうだ。ああいう連中がうじゃうじゃいるから、1人で来たりしちゃだめだぞ?」
「き、来ませんよ」
「ははは、まぁそれがいい」
俺たちは競馬場に入ると、すぐに馬券を買うことにした。
すでに1Rが発走している。
ノートの切れ端に呪文を書いて彼に渡す。
「9レース6番シンシンザンの単勝、トッケンで30枚……これを言えばいいんですか?」
「そう、窓口に金を突っ込んでな。まず、俺が手本を見せるから」
「はい」
俺が、前と同じように聖徳太子を7枚突っ込んで、馬券を買う。
ガッチャンガッチャンと券売機が回り、窓口から特券のロールが出てきた。
「簡単だろ?」
「はい」
彼も、紙を見ながら呪文を唱えて、聖徳太子を3枚出した。
数が少ないので、すぐにロールが窓口から出される。
「すぐに退散しようぜ」
「はい」
今日は絡まれることはなかったようだ。
人を連れているせいもあるだろうな。
今日は人が多いので中々座る場所がないが、やっと見つけてそこに座った。
彼が、買った馬券のロールを見てため息をついている。
「はぁ――3万円が、こんな紙切れになってしまうんですね?」
「まだ紙切れじゃないが、外れたらマジで紙切れになるし」
俺は下一面を汚しているハズレ馬券を指した。
「大丈夫なんでしょうか?」
「今日は大丈夫だよ。もしも外れたら補填してやるって言ってるじゃん」
「そうですが……」
クソ真面目なのも困ったものだ。
こういうやつは博打には向かないのだが、ある日突然賭けごとや女に狂って全財産を擦るやつもいる。
若いウチには、それなりの経験をしておいたほうがいいわけだ。
初っ端に痛い目に遭えばそれで終了なのだが、ここが博打の恐ろしいところで、ビギナーズラックというものがある。
なにも考えない素人が買うと、結構当ってしまったりするのだ。
一番最初に、「こんな簡単に金が入るなら、博打なんて楽勝」とか思ってしまうと、坂道を転げ落ちる。
まぁ、博打なんてやらないに越したことはない。
俺が言うのもなんだが。
心配している少年を後目に、新聞を見た。
驚くのは今日の皐月賞に出走している馬の数だ。
なんと全部で25頭、1頭除外で24頭――これだけの馬が一斉に走るわけだ。
馬柱を見ていると、アスカという馬がいる。
おそらく二番人気だ。
アスカといえば――高血圧オヴァンゲリオン、アスカ九郎を殺したのはお前だな!
あのアニメが好きだったので、シンシンザンとこいつの連勝を遊びで買ってみることにした。
「八重樫君、ちょっと馬券を買ってくる」
「僕はここにいますよ」
「解った」
枠番連勝1-5の窓口に行って、3万円分を買う。
こういう余計な馬券を買うから、損をするんだと自分でも思う。
そのあとも、少年のところを抜け出しては、シンシンザンの単勝を買いまくった。
全部で350枚の特券である。
紙袋の中が馬券でいっぱいだ。
待っている間に、彼とネタの打ち合わせをする。
どうせやることがない。
ネタならいくらでもあるしな。
宇宙ウォーズ、恐竜パーク、物体XXXに、地球外生命体エイリアン。
よりどりみどりだ。
昼になったので、飯を食う。
この前食ったモツの煮込みが美味かったので、彼に奢ってやった。
そしてレースだ。
今日は三冠レースの初戦。
なんせ盛り上がりかたが違う。
皐月賞でこれだったら、ダービーはどうなるんだ?
競馬場に入れなかったりして。
実際に競馬ブームのときは、そんな感じになったらしいからな。
「篠原さん! すごい人ですね!」
「まぁ、今日はデカいレースなんだよ」
今日のレースは2000m戦。
発走は右手の奥だ。
これまた発走してすぐにコーナーなので内側先行が有利なのだが。
まぁ、勝つのはシンシンザンで間違いないし。
そしてファンファーレのあとにレーススタート。
内馬場にも沢山の客がいて応援している。
カメラを構えている人間が多いので、報道機関だろうか。
観客の歓声の中、レースが進んでいるが、相変わらずまったく解らない。
「篠原さん! どうなっているんですか?!」
「大丈夫だ! 黒と白の帽子がやってきた。 イケイケ!」
着差は3/4馬身ほどで、黒い帽子が入線した。
けっこうギリギリなので、勝つと解っていてもドキドキしてしまった。
心臓に悪いから、もっとぶっちぎって勝ってくれねぇかな。
「篠原さん!」
「大丈夫、当たったぞ」
「よかった……」
彼がその場にへたりこんだ。
相当ストレスを抱えていたらしい。
そりゃ、3万円――元の時代だと30万円を賭けての大勝負だ。
どんなやつでもビビるに決まっている。
俺なんて350万円相当も賭けたんだぞ。
自分でもアホかと思うわ。
勝つと解っていても、汗びっしょりになっていた。
2人で落ち着くために人のいない所にやって来たが、八重樫君はフラフラになっている。
大丈夫か?
まぁ、普通は大金賭けたらこうなるか。
俺は若い頃から競馬をやって、かなりの高額払い戻しも受けたこともあるから、それなりに耐性もある。
普通に暮らしていたら、そんなことないからなぁ。