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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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89話 ブチ切れる


 法人化するために色々と書類を揃えた。

 そいつを司法書士に渡せば、法務局で登記の手続きなどをしてくれる。


 それだけだと思ったのだが、また面倒ごとを拾う。

 以前、相手にしていた百田とかいう美人局つつもたせの女だ。

 商店街で見かけたときには男連れだったので、もう俺は必要ないだろうと思っていたのだが――。


 男に金を貸したらトンズラされたらしい。

 まったくもって男を見る目がない。

 負けが込んでくると、堅いところを狙わないで、一発逆転などと考えてしまうのだろう。

 美味い話など、あるはずがない。

 それがあるとすれば、この世界のインチキを知っている俺だけだ。


 モモと呼ぶことにした女にはアパートを引き払わせて、俺の会社の社員にする。

 仕事は、皆の雑用係をさせようと考えた。

 まぁ、やりたくないなら逃げてもいい。

 それで終了――もう面倒はみない。


 ヒカルコは納得していないようだが、反対でもないらしい。

 境遇がほぼ同じだし、やつを助けなくてもいいというなら、ヒカルコも同じことになるからな。

 まぁ、あっちは元犯罪者なので、どうしても助けたいわけではない。


 不機嫌そうな顔をしているヒカルコと一緒にアパートに戻ってきた。

 ちょうど、玄関の前で大家さんがホウキを持って掃除をしている。


「大家さん、おはようございます」

「あら、篠原さん。もう、お昼近いけどぉ」

「少々お聞きしたいことがあるんですが」

「なぁに?」

「大家さんが持っているアパートで、空き部屋はないですかねぇ」

「引っ越すの?!」

「いいえ、知り合いでアパートを追い出されそうになっているやつがいまして。私が金を払いますので」

 俺の質問に、彼女が不満そうな顔をしている。


「……」

「なんですか?」

「また女の人なの?」

 大家さんが俺のほうをじろりと見た。


「え? そのとおり女ですけど、またってなんですか?」

「ヒカルコさんはどうするの?」

「行き倒れになると困るから面倒を見るだけですよ。別にめかけやら愛人にするとか、そういうのじゃありませんし」

「本当?」

「そんな男に見えるんですか? ……心外だなぁ」

 とりあえずとぼけて見せたのだが、どうにも見透かされている。

 いや、大家さんの目は結構確かなのかもしれない。

 あの女は金を払ってやるだけの女なのだが。


「ふ~ん」

 どうにも信用していない。


「まぁ、途中で逃げても、私が保証人になって金を払うから大丈夫ですよ」

「それはいいのだけど……ヒカルコさんを泣かすようなことはしないでね」

 大家さんが、ヒカルコをチラ見した。


「しませんよ、コノミだっているのに」

「まぁ、信用するとしましょうか」

「俺って結構信用なかったんだなぁ……」

「そんなことはないのだけど、いつもやって来る出版社の方もいるでしょう?」

「彼女は、仕事の関係者ですよ」

「どうかしらねぇ……」

 やっぱり人生の経験値が高いのか、女の勘が鋭い。

 いつもやってくる相原さんの態度を見ているだけでも、ピンと来るのかもしれないが。


「やっぱり信用されてませんねぇ」

「……」

 大家さんの白い目が突き刺さるが、まぁいい。

 彼女によると、持っているアパートに空き部屋があるらしい。

 なんと3畳の部屋だというが、あの女なら上等だろう。

 そんなに荷物もなかったしな。


「倉庫の階段下で500円の部屋もあるわよ」

「それはさすがに可哀想かなぁ、ははは」

 気分的には、そこに突っ込みたいところだがな。


 3畳部屋の家賃は1500円。

 この物件は不動産屋を通さないと駄目なので、いつもの不動産屋に向かった。

 会社で契約するので、とりあえず押さえるだけだ。

 この時代は部屋を探すのも大変なので、よい物件を見つけたら押さえておかないと。


 昼飯の準備があるというので、ヒカルコを先に帰す。

 俺はとりあえず不動産屋に行くとするか。


「ちわ~」

 路地を歩いて通りに出ると、いつもの不動産屋を訪ねた。

 タイミングよく爺さんがいた。


「お~、お兄さんかい。今日はなんだい?」

「ウチの大家さんに聞いたけど、大家さんが持ってるアパートで3畳の部屋があると」

「ああ、あそこか」

「そこを借りたいんだけど」

「今の部屋から出るのかい?」

 爺さんに、部屋は会社で借りることを説明した。


「会社――お兄さん、会社をやるのかい?」

「そうなんだよ。それで、社員用の部屋として借りようというわけだ」

「ははぁ、なるほどなぁ」

 とりあえずアパートに案内してもらい、部屋を見せてもらう。

 不動産屋を出ると、爺さんと2人で路地を歩き、アパートに向かった。


 到着したのは、2階建てのアパート。

 ここも、階段が内側にあるタイプだが、比較的最近に建てられたもののようだ。

 爺さんと一緒に階段を上ると、一番端の部屋に向かう。

 ドアを開けると狭い――さすが3畳だが、角部屋なので窓が2面にあり明るい。

 そのせいか開放感があり、あまり狭くは感じない。


「狭いけど押入れがあるから、そこに足を突っ込めば寝られるな」

「ははは、そうだな」

「ここに入る予定なのは女だから」

「なんだ、兄さんのコレかい?」

 爺さんが小指を立てた。


「馬鹿なことを言うなよ。会社で借りるんだから、社員の1人だよ。保証人がいないし、金もないから部屋が借りられねぇ」

「お兄さん、口をはさむようで悪いが――そんな女の面倒をみて、大丈夫なのかい?」

「逃げられたらしょうがねぇ。俺が払うし」

「もの好きだねぇ」

「はは……」

 爺さんが呆れているが、当然だろう。


「そういえば――兄さんだろ? 子どもを拾って、学校に通わせているってのは」

「まぁな」

「今度は女を拾ったのかい?」

「拾ったってのは人聞きが悪いが、まぁそんなところだ」

「今どき、奇特だねぇ……」

 仏の顔も3度までっていうが、俺の顔は2度で終了だ。

 それはそうと、ここは中々いい。


「よし、ここはいいな。決めた」

「ほいきた」

 2人で不動産屋に戻って手続きをする。

 会社の登記はまだなので、とりあえず手付金を打って押さえてもらう。

 1ヶ月ぐらいは待ってもらえるだろう。


「よろしく頼みます」

「お兄さんも社長さんになるのかぁ」

「ははは、親族会社だけどなぁ」

 会社で契約して、連帯保証人は俺。

 まぁ、どのみちやつが逃げたら、俺が全部あと始末することになるから問題ない。


 不動産屋から出ると昼だ。

 また司法書士の所に行かないと駄目だが、昼飯を食ってからにするか。


 アパートの階段を上ると、いいにおいが漂ってくる。


「おかえり、できてるよ」

「このにおいはラーメンのスープか?」

「うん」

 いつも食べている、チ○ンラーメンタイプのラーメンなんだが、彼女は俺の作りかたを真似している。

 お湯を注いで麺から出てくるスープが不味いので、別途に作ったスープを入れるのだ。

 半熟の煮玉子もできていた。


 トレイに載ったラーメンが運ばれてくる。


「お~、美味そう」

 早速ラーメンをすする。

 インスタントだが、こうやって食べればまぁまぁの味だ。

 早く、永遠の定番、サッポ○一番塩ラーメンが食いたいぜ。

 あれは確か、70年代だからなぁ……。


「……」

 ヒカルコもラーメンをすすっている。


「3畳の部屋を見てきたよ。角部屋なんで、結構明るかったな。中々いい部屋だったぞ」

「……」

「あ、スマン。あの女に関わる話は止める」

「うん」

 ――とはいえ、俺の会社で雇うのだから、どうしても関わる羽目になるんだけどな。


「はい、ごちそうさん。食った食ったぁ」

「……」

 ヒカルコも食い終わると、俺に飛びついてきた。


「こらこら、今日は隣に先生もいるんだぞ」

「……」

 俺の言葉に構わず、彼女が頬を擦り寄せて、キスをしてきた。


「待て待て、あの女のことを気にしているなら、その必要はないぞ。ただ、行き倒れられると困るから、助けただけで」

「……わかってる」

 まぁ、それは解っても、やりたいわけね。

 ――そんなわけですったもんだしていると、バタバタと廊下をやってくる音がする。


「篠原さん!」

 ドンドンと戸を叩く音。

 矢沢さんの声だが、いきなり戸を開けなくなっただけ大幅に進歩している。


「矢沢さん、取り込み中だ!」

 そんなセリフを言ったと思ったら、いきなり戸が開いた。


「あ~、やっぱり! こんな昼間から!」

「矢沢さん、勘弁してくれよ」

 まだ合体してないとはいえ、完全にプライバシーの侵害だ。


「む~!」

「ちょ、ちょっとぉ!」

 俺の上から降りたヒカルコが、矢沢さんを部屋の外に押し出した。

 戸を乱暴に閉じると、内鍵をかけた。


「もう! 篠原さん!」

 矢沢さんが戸を叩いていたのだが、予想外の所から横槍が入った。


「矢沢さん! うるさいよ!」

 隣の戸が開いて、叫んだのは八重樫君だ。

 彼が大声を出すのは珍しい。

 よほど、腹に据えかねたのか。


「ご、ごめんなさい……」

 廊下を歩いていった音がしたので、彼女は自分の部屋に戻ったのだろう。

 それを確かめるために鍵を外して廊下を覗いて見ると、彼が顔を出していた。


「先生、スマンな。うるさくて」

「いいんですよ。矢沢さんが悪いんですから」

 彼女はまだ高校生ぐらいの歳だからなぁ。

 それに比べて、八重樫君は20歳過ぎてる。


「さすが、お兄さんやな」

「あんな妹だったら嫌ですけどね」

 彼の言葉に、廊下の戸がガラっと開いた。


「べ~っだ!」

 矢沢さんが顔だけ出して、舌を出すとすぐに引っ込んだ。

 平成令和で、舌を出すとかなくなったなぁ。


「はは、やれやれ、まだ子どもなんだよなぁ」

「そうですけど、彼女にはやるべきことがあるはずなのに……」

「まぁ、先生の言うとおりだな」

 彼に謝ってから部屋に戻ると、ヒカルコとゴニョゴニョする。

 夏場にクソ暑い中で、やる気にならねぇからなぁ。

 せめて、シャワーでもあればいいんだが……。


 あの家が買えればなぁ。

 しばらくは銀行を納得させる実績を積むしかねぇよなぁ。

 寝ているヒカルコを見ていると、忘れていたことを思い出した。


「あ、いけね」

 会社の登記を頼みに行かないと駄目じゃん。

 まだ登記してないから、会社になってねぇし。

 そこまでいってねぇ段階だ。

 アパートの契約も手付を打っただけだしな。


 俺は慌てて服を着ると、昼前に作ってきた会社の通帳や代表印を持って外に出た。

 階段を降りると路地を進んで司法書士の事務所に向かう。


「ちわ~、会社の登記をお願いする篠原ですが」

「いらっしゃいませ」

「必要な通帳やら書類を作って来ましたよ」

 司法書士が立ち上がると、本棚から黒い表紙の書類を取り出した。


「え~、篠原さん――篠原未来科学ですな」

「はい」

「それではまずは、定款を決めましょうか。先にお聞きした業務内容から、こちらで雛形を作っておきました」

 定款ってのは、どういう業務の会社にするとか、そういうことを最初に決めておくことだ。

 法務局に届け出をするときに必要になる。

 業務によっては、免許や国の許可が必要な場合もあるし。

 たとえば、不動産売買をするなら宅建の免許が必要だ。

 この時代に宅地建物取引士があるかは不明だが、不動産屋をやっている爺さんの所には宅建の合格賞状があった気がするので、多分あるはず。


 まぁ、定款はあとから変えることもできるし。

 とりあえず、揃えるものは揃えたので、申請の書類にハンコなどを押した。

 あとは全部司法書士に手続きをやってもらう。


「それじゃ、よろしくお願いいたします」

「請求書などは、こちらの住所にお送りしてよろしいのですか?」

「はい」

 すぐ近くなので、直接持ってきてくれるのかもしれない。


「かしこまりました」

 司法書士の事務所を出た。


「は~、やっぱり電話がいるなぁ。あとで移転できるし、金もある。やっぱり入れるか……」

 それはいいが――どこに入れるか。

 会社の住所は秘密基地になっているが、あそこに電話を引いても誰もいないからな。

 モモのやつを電話番にしてもいいが、あそこには金も隠してあるし、写真の現像部屋もあるしなぁ。

 本当なら、本拠地を購入してから電話を引きたいところなんだが……。

 それがいったいいつになるのかも解らんし……。

 金が入るのは間違いないんだが。


「とりあえずの連絡用に、アパートの2階に電話を引くか……」

 炊事場に置いて、みんなの共用にすればいい。

 八重樫君も矢沢さんも、電話があったほうが便利だろう。

 いちいち、大家さんに借りなくてもいいし。


「そうか――そうするか」

 まぁ、八重樫君は金が入ってくるので、電話ぐらい余裕で引けるようになるだろうけどな。

 俺の本拠地が決まったら、そっちに電話を移転すればいい。

 同じ町内なら、電話番号もそのままで移転できるだろう。


「おし!」

 そうと決まれば、大家さんに許可をもらわないとな。

 俺は急いでアパートに戻ると、大家さんを訪ねた。


「ちわ~! 篠原で~す」

 玄関に入ると、奥から大家さんが出てきた。


「あら? どうしたの?」

「ちょっとご相談がありまして」

「なにかしら?」

「2階に電話を引いてもいいですか?」

「会社用の電話なの?」

「それもあるんですが、漫画家の先生たちとの共用も考えてます。毎回、大家さんの電話を借りにくるのも申し訳ないですし」

「べつに気にすることないのにぃ」

 彼女はそう言うが、こっちがそうもいかないんだよなぁ。

 夜中に借りたりするのも申し訳ないし。

 電話があれば、電報でやり取りなんて七面倒くさいことをしなくてもすむようになる。


「だめですかね?」

「いえ、いいわよ。べつに問題ないしぃ」

「これから時代が進めば、1部屋ごとに電話も普通になるでしょうね」

「そうかもねぇ」

 それどころか、携帯やスマホで、1人1台の時代になるんだけどな。

 回線があれば、世界中の人たちとつながって、リアルタイムで会議も可能だなんてな。

 SFの世界が、確実に現実になっていたな。


 まぁ、ピッチリスーツで透明チューブの中を進むエアカーに乗り込むことはなかったが。

 あのスーツは誰が考え出したんだろうなぁ。

 透明チューブは、エアシューターがあったから、それからのヒントだと思うが。


 電話を引くのは決めたが、個人で引くか、それとも会社の登記が終わってから法人名義で引くか……。


「この時代、電話は立派な資産だし。売ろうと思えば、すぐに売れるしな」

 まずは個人で引くか。

 法人名義は、本拠地が決まってからだな。

 個人名義なら、今すぐにでも手続きができる。

 こういうものは、思い立ったが吉日。

 俺も、矢沢さんの猪突猛進を少々見習ってみるか。


 はは、なんかロクなことにならんような気もするが。

 歳を食うと、勢いに任せてなにかやるとか、そんなことをしなくなっちまうからなぁ。

 それがいいのか悪いのか。

 慎重になっているといえば聞こえもいいが、新しいことにビビっているだけのような気もする。


 俺は秘密基地によると、金を20万円ほど持ち出した。

 人に聞いてみると、この時代の電話の権利は16万円以上するようだ。

 昔、「7万円ぐらいで引いた」みたいな話を年寄りから聞いたことがあったのだが、それはもっとあとの時代らしい。

 ウチの実家に電話が入ったときも7万円ぐらいだと言っていたので、ずっとその金額だと思っていた。


 16万円――この金額は、平成令和なら160万円近くと高額なものだ。

 大変高い金額とはいえ、この金を払えばどんな山奥でも電話線を引いてもらえた。

 そうやって電話の普及を促したわけだが、高価ゆえ、電話のない家が沢山あった。

 電話があるのは、裕福な家か商売をやっている所がほとんど。

 だいたい食うのが精一杯なのに、電話なんて二の次なのだ。


 俺は路地を歩いて、大通りに出た。

 この通りをまっすぐ行くと、以前に俺とヒカルコが捕まった警察署。

 その向かいに電電公社がある。

 まだNTTではなくて、日本電信電話公社だった時代。

 NTTになったのは、俺が小学校に上る前だ。

 正直その頃のことは覚えてない。


 電話のことを考えながら歩いていると、コンクリート二階建ての建物に到着した。

 ガラスの入った戸を開けて中に入ると黒塗りのカウンターがある。

 窓口が何箇所かあるが、先客がなん人かいるようなので、空いている所に顔を突っ込んだ。


「電話を引きたいんだが」

「はい、ありがとうございます。まずは、こちらにご記入をお願いいたします」

 紺色の制服を着た、頭にパーマをかけた女性が対応してくれた。

 基本的な住所氏名などだ。

 あと、希望電話番号なんて項目もある。

 商売をするなら、ゴロで覚えやすい番号が人気があったりするのだろう。

 カステラ屋の電話は2番とかな。


「はい、お願いします」

「え~、篠原さんですね、かけてお待ち下さい」

 カウンター前の椅子に腰掛けて、白黒で印刷されたパンフレットなどを読んでいると、名前を呼ばれた。


「はい」

「1週間ほどで工事にお伺いすると思います」

「代金は今払っても大丈夫ですかね」

「はい――ですが、工事によっては、多少の追加料金がかかるかもしれませんので、ご了承ください」

「はい、解りました」

 とりあえず、窓口に17万円を入れると、いくらかお釣りが戻ってきた。

 あとは、月々の電話代と、電話器のレンタル代がかかる。

 工事費などは、電話代に加算されるようだ。


 やはり、物価に比べてかなり高い。

 まぁ、昭和の終わりになるまで、電話の加入権は財産にもなるしな。

 手続きはあっけなく終わったので、アパートに帰ることにした。


「あ、そうだ。モモの所に寄ってみるかぁ」

 あいつ、ちゃんと引っ越しの用意しているんだろうな。


 いつもの道を外れて、前に住んでいたアパートに向かう。

 勝手知ったるアパートに入り、木造の階段を上って2階の奥の部屋。

 昔ヒカルコが住んでいた部屋だ。


 声をかけて、戸を開けようとすると、女の声が聞こえてきた。


「あっ! だめだって!」

「うるせぇ!」

 聞こえてきた男の声に、俺の頭は沸騰した。


 別にこの女は俺の女じゃないのだが、男に捨てられたから助けてって話をして――次の日に、男を連れ込まれたんじゃ、いい面の皮だ。

 黙って戸を開けると、部屋に踏み込む。

 角刈り風の男がモモの上に乗っかっている最中だった。

 こいつは見覚えがある――以前に女と歩いていたやつだろう。


 俺は男の頭を横から足裏で蹴り上げた。

 8◯3キックというやつだ。

 横から払った感じ――というほうが正しいか。


「ぎゃあ!」

 男がもんどり打って、部屋の隅に転がる。

 追撃でもう一発蹴り上げた。

 ゴロゴロと男が転がるが、反撃してくる様子はない。


 俺はモモの長い髪をつかんだ。


「あまりにお舐めになったことをされると、いくらお人好しの俺でもブチ切れるぞ! コラ!」

「ち、違うんだよ! そいつがいきなりやって来て、金も取られちまってぇ!」

「なんだ、それじゃただの強盗だな」

 とりあえず、ひっくり返ってる男に3発ほど蹴りを入れてから、話しかけた。


「この女はな、借金のカタにこっちでガラを押さえてるんだ」

「す、すみませんでした。もう、ここには来ませんから……」

 男は完全に戦意を喪失している。

 どうしたもんかと考えていると、バタバタと足音が聞こえてきた。


「ど、どうしたの?!」

 入ってきたのは、大家さんだった。


「あ、大家さん、どうも」

「し、篠原さん?!」

「こいつは、強盗の強姦魔なんで、警察に電話してもらっていいですかね?」

「ええ?! でも、この方、なん回かここに来てた人だけど……」

「別れたって話だったんですが、呼ばれもしないのにやって来て金をせびったあげく、無理やりヤッたら強盗強姦ですよね?」

 大家さんが、転がってる男に話しかけている。


「あなた、本当なの?」

「す、すみません……」

 ボコボコにされた男が鼻血を出して、顔を真っ赤にしている。

 そいつのポケットから金を取り戻した。


「ふ~、篠原さん――悪いのだけど、この件は私にまかせてくれる?」

「あ~もうしょうがないですねぇ。大家さんには、お世話になりましたし」

 この大家さんも、あっちがわの人だから、国家権力をここには入れたくないのかもしれない。

 大家さんが人を呼ぶようなので、男を見張る。

 男は観念したようで、部屋の隅でジッとしているのだが、非常に気まずい。


 いったいどのぐらい待つのかと思ったのだが、すぐに2人のゴツい男たちがやってきて、男を連れ出した。

 廊下に出ると、アパートの住人たちが顔を出してこちらを見ている。

 俺のいた部屋には年寄りが入っているようだ。


 一緒に出かけようとしている、大家さんに話しかけた。


「モモのやつが、金を貸しているみたいなのですが、回収できますかねぇ」

「ああ、彼女がお金を借りたのは、あの人が原因なんだね」

「そうらしいです」

「まぁ、あまり期待しないで」

 大家さんも一緒に下に降りていった。


「ほらよ」

 部屋に戻ると、モモに金を渡した。


「あ、ありがとう……ございます……」

 さすがに、いつもの生意気な顔は潜めているようだ。

 彼女は男に脱がされそうになった服を直している。


「お前も、本当に男を見る目がないな」

「……」

 モモがしょんぼりして、泣きそうだ。

 自分の無力さを痛感しているところだろうが、そんなことはどうでもいい。

 しゃがんで彼女の顔を覗き込む。


「もう、お前の住む部屋も用意して、手つけ金も打ってるんだから、頼むぜ? 本当に」

「解ってる……ごめんなさい」

 部屋を見れば、荷物をまとめつつあるようなので、引っ越すつもりはあるようだ。

 いや、もうここの大家さんも匙を投げているし、行く所がないはずだから裏切ることはないだろう。

 まぁ、そのときはそのときだが、あまりにふざけたことをされるとなぁ。


 いやもう本当にブチ切れるよ。


 俺もなぁ、なんでこんな女に構っているんだろうなぁ……。



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