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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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84/162

84話 本が出る


 ムサシの主題歌がEPレコードになるということで、またレコーディングだ。

 主題歌を歌ってくれるのは、前と同じ佐伯さん。

 今回はレコード会社の人も沢山来て、本格的な録音。

 スタッフも多い。


 はたして、漫画のイメージ主題歌のレコードが売れるのだろうか?

 まぁ、売れれば印税が入ってくるだけだし、売れなくても俺や八重樫君にダメージはない。

 シートレコードがついた雑誌が100万部近く出たらしいから、その半分でも売れれば、いや1/3でも――という皮算用があるのかもしれない。


 黒い円盤の件はレコード会社に任せるしかないのだが、もう一つやらかしてしまう。

 レコーディングの現場で冗談で歌ったロックを、レコードにすることになってしまった。

 当然、この時代から8年ほど未来に流行った曲なので、パクリだ。

 それを前倒しで発売することになってしまったのだが……。


 これも影響があるだろうか?

 オリジナルを歌ったグループは、多分他の曲でヒットを飛ばすと思われるが……。


 レコード会社の仲介で、俺の歌を提供するというロックバンドに会う。

 メンバーは黒い革ジャンを着た、普通の青年風たち。

 ヘビメタやらパンクのように、奇抜な格好はしてない。

 ツッパリ(死語)しているわけでもなく、すごく普通で礼儀も正しい。

 そりゃそうだ。

 この時代、高価な楽器を持って音楽ができるなんて、親が金持ちの可能性が高い。

 いや、自分たちで働いて買ったかもしれないがな。


 そんな彼らに、俺の歌を聴け~! をする。

 ロックは同じフレーズの繰り返しが多い。

 1回聴けば、どんな曲か解るだろう。

 こっちも音楽は素人なんだ。

 専門的なことを聞かれても、さっぱりと解らん。


 歌詞を書いたものも渡して、あとは好きにしてもらうことにした。

 どういじってもOKだ。

 これでも、俺の作詞作曲になって金がもらえるのか?

 まぁ、曲がヒットすれば、ロックバンドには次の機会が与えられる。

 そこで自分たちの歌を披露すればいい。

 ものは考えようだ。


 ――そんなことをやって、アパートに帰ってきた。


「は~ちかれたびー(死語)」

 俺は慣れないことをした疲れから、アパートに帰ってくるなり畳に倒れ込んだ。

 コノミのお友だちが来ているが、構わん。

 近くにあった座布団を枕にする。


「コノミ、はいお土産」

 彼女に紙袋を手渡した。


「やった!」

 彼女がお友だちと一緒に袋の中を覗いている。

 中身はお菓子だ。


「1日、1個だよ」

「うん、みんなで食べてもいい?」

「いいよ」

 コノミは皆でお菓子を食べ始めた。


「ショウイチ、スーツを脱がないと、シワになる」

 ヒカルコの言うとおりだ。


「あ~、もう面倒だけどしゃーねぇ」

 起き上がると、ヒカルコにシーツで目隠しをしてもらい着替える。

 着替え終わって畳に座ると、膝の上にコノミが乗ってきた。


「コノミ~、お友だちがいるところで、膝の上に乗るのは止めようぜ?」

「い~や~」

 俺の言葉をまったく聞かず、彼女はお菓子を食べている。

 前にも言ったのだが、コノミは全然気にしていないようだ。


「野村さん、コノミにリンスを借りているから、髪の毛が綺麗だね」

「……! あ、ありがとう……ございます……」

「野村さんも可愛いからもっと可愛い格好をさせてあげたいけどなぁ」

「コクコク」

 ヒカルコも俺と同意見のようだが、人様の子どもに実の親を差し置いてそんなことはできない。

 親のメンツを潰してしまうからなぁ。

 まぁ、動物園に連れて行くのもギリギリって感じだったが……。

 俺の話を聞いた野村さんが真っ赤になっている。


「コノミは?!」

「コノミの髪の毛も綺麗だな。いいにおいだし、クンカクンカ」

 彼女の頭のにおいを嗅ぐと、リンスの香りだ。


「私は?!」

 今度はヒカルコが突っ込んできた。


「なんで、子どもと張り合っているんだよ」

 彼女の頭にチョップを入れる。


「にゃ」

 ヒカルコが変な声をあげると、コノミが俺に抱きついてきた。


「にゃー!」

「こ、こら、お友だちがいる前では止めなさいっての」

「い~や~」

 野村さんたちも、呆れているというよりは羨ましいようだ。

 前にもそんな話をしていたが、父親に甘えたくてもそれが許されない状況なのだろう。

 鈴木さんのお父さんは、日曜も働いているって話だったしな。


 さて、いつまでもオッサンがいたんじゃ、女の子たちも遊びづらいだろう。

 俺は秘密基地に避難することにした。


 基地に到着すると、カメラを引っ張り出す。

 金はあるのに使いみちがないので、カメラのレンズをなん本か買った。

 クソ高い300mmF4の望遠レンズとか、24mmの広角レンズなどだ。

 200mmの中古レンズを持っていたが、あれはやはり暗い。

 こっちはF4で4万5000円もしたので、カメラ屋のオヤジは俺の散財に喜んでいたがな。

 こんな上客はいないだろう。

 この秘密兵器は、コノミの行事撮影などに強力な武器になるはずだ。


 これで多少は写真の幅が広がるのではなかろうか。

 運動会や学芸会なども、アップで取れるようになるぞ。

 まぁ、そういう写真を撮っても、コノミは喜ばないかもしれないが。


 ――その夜、相原さんと高坂さんがやって来た。


「いらっしゃいませ~」

「コノミちゃ~ん! はぁ~、クンカクンカ!」

 相原さんがやってくるなり、コノミに抱きついて頭のにおいを嗅いでいる。

 ストレスが溜まっているようだ。

 それを見た高坂さんがドン引きしている。


「相原さん、忙し過ぎるんじゃないんですか?」

 俺の言葉に彼女が答えた。


「大丈夫です! 今、復活しましたから」

「いやいや、そんなわけないと思いますけど」

「大丈夫です!」

 彼女がフンス! と気合を入れて、コノミに献本とお土産の本を渡した。

 高坂さんからも、ムサシが載っている月刊誌をもらう。

 ドンドン増えるウチの本――本棚は一杯だ。

 普通の家で、こんなに本がある家庭はないだろうな。


「やった!」

 本をもらったコノミは、早速読み始めた。


「今日の御用は――献本だけじゃないんですよね?」

「そうなんですよ! 実は――あ、これは高坂さんから――」

 編集部が違うので、高坂さんに譲ったようだ。


「はい、あの~ムサシが載っている月刊誌の注文が65万部以上、入ってまして……」

「あ、その話だと、先生も一緒に聞いたほうがいいのでは?」

「そ、そうですね」

 慌てて、八重樫君も呼ぶ。


「相原さんと高坂さん、こんばんは~」

 先生がやってきたので座らせると、ヒカルコが皆にお茶を出してくれた。


「これは先生、いつもお世話になっております」

 正座した2人が、頭を下げた。


「先生、今月号の注文が65万部以上入っているんだってよ」

「ええ? それって、先月号が95万部も売れた影響ですかね?」

「多分な――話題に乗って買ってみたけど、続きが気になったとかじゃねぇの?」

「それでですねぇ……前の話も読みたいので、どうにかならないかという問い合わせもたくさんありまして」

 高坂さんが困った顔をしている。

 まぁ、こういうことも前代未聞なのだろう。


「バックナンバーって買えるのかな? いや、その前に単行本だろう」

 来月には、ムサシの単行本が出るんだ。

 それを読めばいい。


「篠原さん、バックナンバーってなんですか?」

「雑誌の旧号のことだよ」

「あ、なるほど」

「書店のほうには、来月に単行本が出ると告知してあるのですが……」

 相原さんも、少々困っている様子。

 いや、彼女はもう編集部が違うんだけどなぁ。

 多分、ムサシの企画に色々と携わっているので、掛け持ちをしているのだろう。


「待ちきれないから、雑誌の旧号が欲しいというお客さんが多いとか?」

「は、はい」

「すげぇなぁ――65万部かぁ。でも、付録つきは95万部以上出たんだから、もっと増えるかもしれないなぁ」

「ありえますね」

 いつも控えめな八重樫君でも、納得の数字だ。


「やったじゃん、先生! これなら、ムサシの単行本も半分としても初版で30万部は出るんじゃないの?」

「ええ? そんなに出ますかねぇ……」

「いえ、先生。ムサシの単行本は初版、30万部ですけど」

 高坂さんが単行本の刷り数を教えてくれた。


「ほ、本当にそんなに刷るんですか?」

「はい、注文からみても、上層部はそれだけ売れると踏んでます」

 疑り深い先生に、相原さんが真面目な顔で答えてくれた。


「すごい!」

 その数に、ヒカルコも驚いている。


「ヒカルコの小説も本になれば、そのぐらいの数が出るかもしれないぞ?」

「う~ん……」

 この時代、漫画より小説のほうが売れるだろうしな。


 はぇ~、それにしても30万部か。

 単行本の値段が一冊220円ぐらいだから、印税は1割で22円。

 22円×30万部で、660万円。

 平成令和なら約7000万円相当だ。

 一応、印税は先生と俺が7:3で分けるって話になっているから――元時代換算で、4900万円と2100万円か……。


「やったじゃん、先生! 一気に金持ちだろ、ははは!」

「いやぁ、どうですかねぇ」

 もっとも、金が入るのは半年後だが――つまり来年。


「先生、早めに法人化したほうがいいぞ。このままだと、しこたま税金取られるだけだ」

「ええ……?」

 彼は、事態を飲み込めていないようだ。

 この時代、個人で大金ゲットしたら7割とか8割を税金で持っていかれる。

 下手したら9割――。

 俺が不便な思いをしてても、競馬の稼ぎを申告しないのも、それが原因。

 ただ金を取られるだけなんてアホらしい。

 いや、本当は申告しなくちゃ駄目なのよ? 

 国民の義務だし、フヒヒ。


「いや、呑気に構えている場合じゃないぞ?」

「あの先生、篠原さんのおっしゃるとおりですよ」

 相原さんも心配しているが、当然だ。


「うう……」

 なんだか彼は、突然のことに困惑している。


「大丈夫だよ先生。司法書士とか税理士に金を払えば法人の立ち上げも会計も全部やってもらえる。出版社にもそういう専門家がいるはずだから、相談にも乗ってもらえるはず」

「そのとおりですよ」

「わ、解りました……」

「漫画だけでも大変なのに、色々と大変だよな、はは」

「いや、本当ですよ」

 なんか大金が入るというのに、入る前からぐったりしている。


「レコードも売れれば、作者にも金が入るしな。法人化は急務だぞ」

「あ、レコードもあるんですね……」

「それだけじゃないぞ。人気が出れば、色々と商品化の話がやってくる。キャラが印刷された弁当箱とか見たことがないか?」

「あります……ああ、そういうものもあるんですねぇ」

「まだまだぁ!」

「まだあるんですか?!」

 人気がある作品ってのは金がなる木なんだ。

 稼ごうと思えば、いくらでも稼げる。


「先生、ムサシを描くために、メカの設定とか舞台設定とかしているだろ?」

「はい」

「本編には出せないようなものを、まとめて本にして出しちまうんだよ」

「それは面白そうですね!」

 彼が乗り気になった。


「あと、65万部も出てるなら、サントクさんに爪切りの広告を出してもらうのも面白いかもしれない」

「主人公が爪切りを使うんですか?」

「ははは、そうだな」

「あ、あの! 篠原さん!」

 俺たちの話を聞いていた相原さんが、待ったをかけてきた。


「なんですか? 相原さん」

「そんな面白そうな企画を、ポンポン出さないでください!」

 彼女が必死にメモを取っている。


「なんだ、面白そうならいいじゃないですか」

「私もやりたくなってしまうので!」

 要は、今も結構いっぱいいっぱいなのだろう。

 でも、お仕事ジャンキーな彼女は、面白そうな企画があると手を出してしまいそうになる。

 そう俺に抗議しているようだ。


「でも、篠原さん。面白そうではありますけど、連載を抱えてそっちもやるのはちょっと無理だと思いますよ」

 先生が、皮算用しつつ心配をしている。


「そういうのは、先生が描かなくてもいいんだよ」

「え? どういうことですか?」

「設定だけ渡して、先生と絵柄が似ているやつに描かせるのさ」

「ああ、そういう……」

「原稿はもちろん買い取りな。金に困ってて、すぐに現金が欲しい漫画家を捕まえればいい」

「篠原さん、悪ですね~」

「会いたかったよ、ムサシの諸君。ふふふ――ここは卑劣と言ってくれたまえ」

「それで、印税だけ吸い上げるんですか? 本当に卑劣ですね」

 高坂さんが俺のことを白い目で見ている。


「美人から罵られるのは最高だな、ははは」

 それにしても、自分が担当している漫画の原作者に、なんちゅーことを言うのだろうか。

 いつも思うのだが、この娘は本当に大丈夫なのか。

 まぁ、俺にだけ言うなら、甘えているだけなのかもしれないが。


「篠原さんって本当にシノラー総統っぽいですね」

「いやいや、先生。総統は俺みたいな小物じゃないんだぞ? 植民地を入れたら数兆人の頂点に立つ方だからな『讃えよ我が大地~♪ 鳴り響け歓喜の歌~♪』」

「なんですか? その歌」

「帝国の国歌だよ」

「え~? そんな歌まで考えているんですか?」

「地球側の軍歌もあるぞ、ははは『銀河の波浪は高く、エーテルの飛沫が舞う~♪』」

「あとで、教えてください」

「おお、いいぞ~。作中に出したりすれば、リアリティーアップ、間違いなしだな」

「はい」

 彼が、持ってきたノートに色々とメモをしている。

 横を見ると、相原さんもメモをしていた。


「さっきの話に戻すが――会社の立ち上げもムック本も、全部自分でやろうとせずに、金を払って人を上手く使うことだよ。そういう金も全部、経費で落ちるんだからさ」

「ちょっと待ってください」

 相原さんから待ったがかかった。


「なんですか?」

「ムック本というのは……?」

「え? あ~」

 まだ、ムック本という単語がなかったらしい。


「え~と、ですね――マガジンとブックの中間の書籍という言葉で――聞いたことがなかったですか?」

「はい」

「それじゃなんて言ったらいいかなぁ」

「いいえ、ムック本いいですね! ムック本にしましょう」

 これって、ムック本も俺が発明したってことになるんだろうか?


「篠原さんは、本当にいろんなことに詳しいですね……」

「ははは、まぁな。年の功ってやつよ」

 もちろん、自分で全部やることも可能だが、めちゃ面倒くせぇ。

 あっち行って、こっち行って、役所をぐるぐる回って……。

 まぁ、金があるなら人に頼んだほうがいい。

 時間も節約できるしな。


 そういうのが好きだというなら止めないが、彼はそうではないだろう。

 なにより、漫画だけで手一杯なはずだし。


 俺と八重樫君、相原さん、3人で話していると、バタバタと廊下を走ってくる音がして、戸がノックされた。

 多分、矢沢さんだろう。

 ちゃんとノックをするようになっただけ、大進歩だ。


「は~い、どうぞ~」

 ガラっと戸が開くと、矢沢さんがバタバタと入ってきた。


「篠原さん! また、私を仲間外れにしようとしてますね!」

「してないよ」

「これは矢沢先生。こんばんは、これ献本です」

「ありがとうございます」

 彼女に月刊誌の注文が殺到したことを教えてあげる。


「いいなぁ~」

「基本的に、少女誌より少年誌のほうが売上が多いからね」

「それは篠原さんの言うとおりなんですけどぉ……」

「先生、変身セーラー美少女戦士の単行本の話も進んでおりますよ」

「本当ですか?!」

「まだ確定ではありませんが……なにしろ、ファンの手紙がすごくて」

「それだけファンがついているなら、単行本が出たら売れそうですけどね」

 俺の言葉に、相原さんもうなずいた。


「はい、それで編集長も乗り気でして、経営会議の稟議に上げると――」

 そう――編集長といえども、雇われなんだよなぁ。

 総合出版社の社長というか社主はいるわけだし。


「ファンレターの山があれば、説得力がありますよね」

「はい」

「やったじゃないか、矢沢さん」

「う~ん、う~ん……」

 彼女のことだから大喜びするかと思いきや、そうではないらしい。


「どうしたんだ?」

「正式に決まるまでは、喜ばないようにしますぅ」

 意外と慎重派のようだ。

 まぁ、ぬか喜びってのは、普通にあるからな。

 彼女のお母さんからも、そう言われているかもしれないし。


「ははは、まぁそのほうがいいかもな」

 俺と矢沢さんの会話が終わったので、相原さんが腰を上げた。


「それでは矢沢先生。先生の所で、次回の打ち合わせをしましょう」

「もう、ネームはできてます」

「拝見いたします」

 矢沢さんが、相原さんと一緒に自分の部屋に戻ると、八重樫君も腰を上げた。


「ネームは、この前に話したものでいってますので」

「了解――帝国国歌と、地球側の軍歌の歌詞を出すからさ」

「お願いします」

「あ、そうそう――先生、たまには戦闘シーンじゃなくて、艦内の普通の生活を描いてもいいかもな」

「え? どんな話ですか?」

 彼がまた座り直した。

 残っている高坂さんは、ヒカルコと話し込んでいる。

 マジで漫画に興味がないんだろうなぁ。

 まぁ、邪魔をされるわけじゃないからいいけどさ。


「船の中で1年暮らして旅をするわけじゃん。戦闘している以外は、乗組員たちは普通に生活をしているわけで」

「それは、そうですね」

「食事はどんなものを食べているとか、レクレーション――運動会をやったり、祭りをやったり、艦内ラジオ局を作って番組を作ってみたり――色々と考えられるな」

「面白そうですね!」

 彼が、またスケッチブックを出して、メモを取っている。


「そうすると、物語の深みも出ると思うんだよ」

「ええ、僕もそう思います」

「本当は、結婚式を挙げたり、終盤になったら子どもが生まれたりとかするんだろうが――少年誌でそこまで描く必要があるのか」

「新しい生命の誕生で、旅の終わりを締めくくるというのはありかもしれませんよ!」

「最後の締めは任せるよ。やっぱり先生の作品だからさ」

「任されました!」

 この話のラストは、地球に帰ればいいのだから、決まっている。

 途中で人気がなくなって打ち切りになっても、ラストに飛ばせばいい。


 相原さんが帰り際に再度顔を出してきた。

 矢沢さんとの打ち合わせが終わったので帰るようだ。

 高坂さんは動かないので、別行動らしい。

 他に回る場所があるようだ。


「篠原さん、サントク社の広告の件、営業に回してもいいですか?」

「いいですよ。シノラー総統からのオススメだと、私の名前を出してもいいですから」

「承知いたしました」

「それでは、僕も作業に戻ります」

 八重樫君が腰を上げた。


 先生がいなくなっても、高坂さんはヒカルコと話し続けている。

 コノミは本を読みながら、俺の膝の上だ。


「篠原さん、私も色々と漫画を読み始めたんですよ」

 突然高坂さんが、そんなことを言い出した。


「ほう、そいつは感心だな」

 あまり漫画に興味なさそうな彼女だったが、心境の変化みたいなものがあったのだろうか。


「そうでしょう?」

「よし、いい子いい子」

 俺はコノミの頭をなでた。


「なんでコノミちゃんをなでるんですか!?」

「そりゃ、コノミがいい子だからに決まっているだろ――なぁ?」

「うん」

 プリプリと怒った高坂さんが帰ってしまった。

 やっと静かになったが、あれで編集者としていかがなものか。


「高坂さんは、本当にヒカルコのことが好きだよなぁ」

「最初はそうだったけど、今はショウイチのことも怪しい……」

「ええ?! ちょっと彼女は勘弁だなぁ――悪い娘じゃないと思うが……」

「むー!」

 むくれたヒカルコが俺に抱きついてきた。


「コノミもー!」

 俺が倒れると、コノミが乗ってきて腹の上で本を読んでいる。


「面白いかい?」

「うん!」

「ショウイチ、明日出版社に行ってくる……」

「お? 打ち合わせか? いってらっしゃい。それじゃ昼は、八重樫君をさそって外で食うかな……」

 ヒカルコは文芸誌でずっと連載をしており、小説の評判もいい。

 定期的な収入も得ており、もう立派な小説家だ。

 収入はあるがロクに使っていないので、口座に金が貯まる一方だが。


「ヒカルコ、収入が増えるようなら、お前も法人化しないと駄目だろうな」

「う~、面倒くさい……」

「八重樫君にも言ったけど、面倒なら金を払って人に頼め。最初に言っとくが、数万円ケチっていると、数百万円の損をするぞ」

「……」

「ああ、それか――俺が作る法人の専務とかにすればいいのか」

「そっちのほうが簡単そう」

「簡単だろうが、口座と金が一緒くたになるから、あとで面倒なことになりそうではある」

「実際に、お金が増えたら考える……」

 そういうことを言っていると、あとで困ることになるんだが。


 ――相原さんたちがやって来た次の日。

 コノミを学校に送り出すと、ヒカルコも出版社に出かけた。


 昼になると、八重樫君を誘って昼飯に出かける。


「先生、今日はヒカルコがいないんだ。昼飯を食いに行かないか? 奢るからさ」

「いいですねぇ、行きますよ」

 2人で廊下に出ると、矢沢さんが顔を出した。


「どこに行くんですか?」

「昼飯だよ」

「私も行きます! 誘ってくださいよぉ!」

 結局3人で、飯を食いに行く。


 ――3時頃になると、コノミとヒカルコが一緒に帰ってきた。

 彼女から嬉しい知らせを聞く。


「ショウイチ、私の小説が本になるって」

「お? やったじゃないか。ほら、早速収入が増えるぞ。どうするか考えないと」

「う、う~ん……」

「本になると、より多くの人に触れるから、さらに人気が高まる可能性があるし」

「……うう」

 ヒカルコが唸っているが、これは避けては通れないぞ。

 放置したら、税金をしこたま取られるだけだし。

 税金取られて嬉しい! ってやつならいいかもしれないが――そんなやつはいないだろうし。


 彼女が俺に抱きついてきた。


「私が、こうやってやっていけているのも、みんなショウイチのお陰」

 コノミも一緒に抱きついてきた。


「コノミもー!」

「いやいや、お前に才能があったからだよ」

 2人の頭をなでる。


「そんなことないし」

 確かに寺島光子なんて作家は未来にはいなかった。

 これだけ書ける才能ある作家が、埋もれてしまっていたわけだ。

 それは、八重樫君や矢沢さんにも言えるが。


 なにはともあれ順風満帆。

 これで我が家も益々安泰になるな。


 そうそう、俺が言い出した「ムック本」はそのまま、小中学館で採用されてしまったらしい。

 まじか。


 

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