83話 再びレコーディング
なんと、雑誌の付録につけたムサシの主題歌がEP盤の本格的なレコードになるという。
すでに確定だ。
EPレコードが売れれば、ドラマ編を入れたLPレコードも視野に入れているという。
レコード会社が乗り気なので、もう間違いないだろう。
まぁ、レコードが売れればの話だ。
本格的なレコードとなれば、エンディングテーマも必要。
また作曲家の先生の所に行って、曲を作ってもらうことになった。
あとはレコーディングを待つだけなのだが、俺のアパートにお客様だ。
白い車で乗りつけた、スーツを着た男たち。
どこかの会社だと思うが、特許絡みだろうか?
爪切りの特許は、サントク以外に許可をするつもりはないので、もしそれだったら早々にお引取り願うしかない。
外の階段を上がってくる音がする。
やはり、俺のお客様だろう。
どう見ても出版社の編集という格好ではなかったし。
戸がノックされた。
「は~い!」
俺が男たちを出迎えると、暗めのスーツを着た3人の男たち。
先頭の男は、ちょっと頭が薄い中年――俺よりちょい下ぐらいか。
「こちらは篠原さんのお宅でしょうか?」
「はい、そうですが」
「あの、私たちこういう会社の者なのですが……」
リーダーらしき中年の男が、名刺を出してきた。
そこに書いてあったのは、俺も知っている乳酸菌飲料の会社。
「ああ、解りましたよ。私の持ってる特許の件でしょう」
俺の言葉に、男たちが顔を見合わせた。
眼の前のオッサンが、本当に特許を持っている人物に見えなかったのかもしれない。
「はい、そのとおりです」
「立ち話もなんなので、どうぞ中へ」
「それでは、失礼いたします」
座布団を出して、ヒカルコにお茶を淹れてもらう。
朝にお湯を沸かして、ポットに入れてあるので、3人分ぐらいはあるだろう。
「ヒカルコ、俺の分はいらないぞ?」
「うん」
俺は、特許の書類をちゃぶ台の上に置いた。
「これのお話ですよね?」
「は、はい。あの……拝見しても?」
「はい、どうぞ」
男がペラペラと紙をめくり、後ろの男たちとヒソヒソ話をしている。
自分たちが持っている情報とすり合わせ中だろう。
彼らも特許情報を調べて、俺が持っているものと同じものを見たはずだ。
「その容器はいいものですよ。私の考えでは、今後のジュースの容器はすべてそれになると考えています」
もちろん大嘘だ。
俺が特許をとった銀紙の蓋は、炭酸には使えないし、もう少したてばペットボトルが台頭してくる。
そういえば、ペットボトルの特許ってのは――ちょっとむずかしいか。
未来でもコンビニに売っていた沢山の飲み物に銀紙の蓋が採用されていて、生き残っていた。
もちろん、この会社が作っている乳酸菌飲料も様々なタイプが現役だ。
「わが社としては、この特許の買い取りを希望しているのですが……」
「ズバリいかほどで?」
「100万円でどうでしょう?」
「ははは、お話になりませんな。この特許の容器は、これからのスタンダードになるでしょう。それならもっと売上が期待できるはずです」
「「「……」」」
彼らが俺の話を黙って聞いている。
今日ここで、勝負を決めようなんて思ってない。
相手も、こちらに探りを入れているのだ。
その上で、100万円でゲットできたら儲けもの――などと思っているに違いない。
そうはいかん。
こいつは稼げる特許だと、未来の知識で俺は知っているのだから。
「私も高いことは言いませんよ。売上の2%でいいです――それを20年」
「し、しかし、これが本当にスタンダードになるとは限らないのですよ? とりあえず現金になさったほうがよろしいのでは?」
「これから、日本はどんどんインフレが進みます」
「は、はぁ……?」
眼の前のオッサンが突然変なことを言い出したので、男たちがあっけにとられている。
「今は1本20円のジュースが、数年後には50円になり80円になり、10年後には100円になるでしょう。そうなれば、今現金をもらうより、売り上げでパテント料をもらったほうがお得でしょ?」
「「「……」」」
「それに、いますぐに金が欲しいわけでもないですから」
俺は、爪切りと実用新案の書類を、男たちに見せた。
「これは、最近よく見かける……」
「この爪切りのカバーも、私が発明したものです」
「「「……」」」
黙っている男たちが、苦々しい顔をしている。
街にいる発明家気取りのオッサンなら、簡単に丸め込めると思ったに違いない。
オッサンはオッサンでも、ただのオッサンじゃないぞ。
そうです! 私が変なオッサンです。
「売上の2%ですよ。交渉が長引くようなら、ドンドン上がりますから、よろしく」
「ま、待ってください。この場で、我々だけでは決められません」
「100万円で買えるなら買ってこい――それだけ言われてきたのでしょう?」
「ええ……」
「それでは、会社に戻って経営者会議なりなんなり開いて、決裁してきてください。なお、どんなに粘っても買い取りには応じませんので、よろしく」
「社長には伝えます……」
「さっきも言いましたが、長引くようならパテント料がドンドンアップしますので」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「この特許なしでは、そちら様の新製品は発売できないでしょうし」
「うう……」
とりあえず、この特許がなければ生産はできないのだ。
似たような特許を使って、回避できるようなネタでもないしな。
男たちは、肩を落として帰路についた。
別にそちらに恨みがあるわけではないのだが、これも商売の掟だからな。
しゃーない。
それに、パテント料を2%取ったからといって、経営に影響が出るわけじゃないだろ。
間違いなく、あの会社が作る乳酸菌飲料はヒット作になるし、未来にも残る。
なんとかオバサンとかいう、自転車で飲料を売りに歩く営業部隊も整備されるだろう。
そこから、売上の2%をぶんどれるわけだ。
ぶんどるなんて言葉が悪いな、かすめ取るか――いや、それじゃ一緒だ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
俺もパテント料をアップするなどと言ったが、そんなつもりもないし、ゴネるつもりもない。
この時代、あまりゴネると裏の勢力が出てきたりするので、注意が必要だ。
後年には会社の社長が誘拐されていたりしたしな。
ヒカルコやコノミになにかあると困るし。
――後日、竹ひごなどでイヤーマッフルを自作して、特許事務所に持ち込んでみた。
実用新案を取れるかもしれないということで、頼む。
どうせ使えない金が沢山あるんだから、もっと特許を考えてみてもいいのだがなぁ。
金といえば、11月にはサントクからのパテント料の最初の払い込みがある。
どのぐらいになるのか楽しみだが、喜んでばかりはいられない。
いよいよ、会社を起こすときが迫っているからだ。
先日、俺の所を訪れた、某乳酸菌飲料メーカーも新製品のためにはパテント料を払うしかないだろう。
そうなれば、今後20年にわたり定期収入が入ってくることになる。
この時代、個人の所得税はとんでもなく高い。
全部会社の収入にして、プールした資金で土地やら投資をしたほうがいいだろう。
――そして10月下旬。
レコード用の曲ができ上がり、近日中にレコーディングが行われることになった。
八重樫君の原稿も上がった所なので、彼もレコーディングに参加できるようだ。
炊事場で井戸端会議をする。
「頑張りましたよ~!」
先生の原稿も終わり、アシスタントの五十嵐君は自分の作品を描いているらしい。
ムサシに憧れてやって来たといっても、いつまでもここには居られない。
漫画家を目指すなら、自分の作品を作らなくては。
「先生、そんなに張りきらなくても」
「前のときは、録音に参加できませんでしたからね! 今回は楽しみにしてたんですよ~」
「いいなぁ~」
横から顔を出したのは矢沢さんだ。
彼女の原稿もすでに終わっている。
相原さんの話によると、セーラー美少女戦士も単行本化の可能性があるらしい。
送られてくるファンレターの多さから、小中学館もこれは売れるかもしれないと思っているようだ。
「矢沢さんだって、単行本が出るじゃないか。一気に人気作家の仲間入りだろ? お母さんにも色々と買って上げられるぞ?」
「そうなんですけどぉ」
「ムサシのレコードが売れて、美少女戦士の単行本が売れれば、レコード化の話が矢沢先生の所にもくるかもしれんし」
「……」
「普通は、ヒット作が出て単行本化するだけでも、一握りなんだよ?」
「解ってますぅ」
ムサシのレコード化が、彼女には羨ましいようだ。
こればっかりは上の経営判断なので、相原さんが頑張っても無理だな。
そのためには、まず本が売れることだ。
――レコーディング当日になった。
相原さんがタクシーで迎えにくる予定になっている。
俺と八重樫君もスーツを着て、アパートの前で待つ。
彼も、入った原稿料などでスーツを作ったらしい。
「作家なら、スーツの代金も経費で落ちるな」
「え? そうなんですか?」
「冠婚葬祭のためとか、出版社のパーティに出席するため――とか、色々とあるだろう」
「あ、そうですねぇ」
イマイチ、そういう所がちょっと頼りない。
まぁ、高卒で漫画家だから、社会経験が少々足りなくはある。
「出版社のパーティとかいつ頃なの?」
「多分、また年末だと思いますけど――去年は出ませんでしたし……」
「五十嵐君を連れて、ただ飯を食ってくればいいじゃん」
「篠原さんに招待状は来てなかったんですか?」
「俺は、正式に小中学館と契約しているわけじゃないしな」
「そうですけど……」
「編集の連中なんて、篠原って原作者が本当にいると信じてなかったみたいな話をしていたぞ?」
「まぁ、篠原さんはまったく表に出ませんからねぇ」
普通は、原作でやっていくために、営業したりあちこちに顔出ししたりする必要があるのだろうが――俺には、まったくその気がない。
八重樫君と矢沢さんに原作を渡しているのだって、趣味みたいなもんだ。
相原さんから頼まれれば、他の仕事をするのもやぶさかでないが。
彼女もそれを理解しているのか、他の仕事を俺に振ることをしていない。
俺自身も、本職は発明家だって言ってるしな。
「それにしても、2人だと待っている間も暇つぶしができていいな」
「はは、そうですねぇ」
それはいいのだが、先生は色々と画材を持っているようだ。
「先生、スケッチブックなんて、なにをするんだ?」
「いやぁ、録音スタジオの中とか、スケッチしようかと」
「ああ、なるほど! 確かにな! 貴重な経験だし」
「そうなんですよ。あまりこういう機会はないと思うんですよ」
平成令和なら、こういうシーンを描きたいと思ったら――ネットでググれば、それっぽい写真が出てくるしなぁ。
あるいは、デジカメやらスマホでパシャリすればいいわけだし。
もちろん、それをそのまま描いたらトレスだのなんだのと炎上してしまうから、いったんかみ砕かないと駄目だが。
ついでに、彼と一緒に次号のネタの打ち合わせをする。
どこでやったって同じなのだ。
そうしていると、黒塗りのタクシーがやって来た。
「先生! 篠原さん! お待たせいたしました!」
今日も相原さんは元気だ。
この元気を少し分けてほしい。
「いえいえ、先生と一緒ならいつでも仕事ができるので大丈夫ですよ」
「本当にそうなのが……はは」
八重樫君が苦笑いをしている。
「参りましょう」
後ろに三人で乗る。
この時代の車は、ク○ウンといえども狭いが仕方ない。
タクシーなんて使えるだけでも、お大尽なのだし。
「録音はどこでやるんですか?」
八重樫君は場所が気になるようだ。
彼女からは、迎えに行きますから――としか、聞いていない。
「相原さん、この前と同じ所ですか?」
「そうです」
「それじゃ、赤坂だよ先生」
「赤坂ですか~。僕は、絶対にいかない場所ですねぇ」
「まぁ、普通はそうだよなぁ。俺もあまり行くことがない場所だ」
だいたいやねぇ、小洒落た場所は好きじゃないんだよ。
車は早稲田通りを走り、外苑東通りを右折――国立競技場の横を通って赤坂に到着した。
以前と同じ高速道路の近くにあるレコーディングスタジオだ。
タクシーが止まったので、3人で降りた。
「どうだ先生、ここの景色は結構凄いだろ?」
首都高の高架と、立ち並ぶビルディングは、まさに未来都市。
俺たちが住んでいる旧態依然の住宅街とはえらい違いだ。
この場所は特にそう感じる。
「うわぁ! まるで未来世界ですねぇ。こんな場所があるんですね!」
「あと50年もしたら、東京中がこんな感じになるかもな」
「それで、透明なチューブの中をエアカーが走るんですね」
「ははは、それはどうかなぁ」
残念ながら21世紀になっても、その光景は見られなかった。
そのかわりスマホの発達で、TV電話みたいなことは実現したけどな。
薄い板があれば、なんでもできるようになる――なんて話は信じられないだろうが。
3人でビルの中に入る。
「その頃になれば、ムサシみたいな宇宙船もできるんですかねぇ」
彼の目は遥か未来の宇宙を見ている。
残念ながら、そうはならないのを歴史が証明している。
「それはどうかなぁ」
「篠原さんは、宇宙開発に否定的なんですか?」
「まぁ、未知のフロンティアにロマンがあるのは認めるが――ロマンだけじゃ、人も物も動かない」
「それじゃ、なにが必要なんですか?」
「そりゃ金だよ。宇宙に出ることで、金になるか否か」
「なんか、ロマンもへったくれもないですね」
彼は、夢を壊されて少々不機嫌そうな顔になっている。
まぁ俺も、否定的なことは言わずに、未来の宇宙開発の話に乗ってやればいいのだが。
「たとえば、宇宙に出れば金になる! ――と、ならないと誰も金を出さないぞ」
「それは――そうですけど……」
「月には沢山のクレーターがあるだろ?」
「はい」
「隕石が衝突するときに、ものすごい圧力でクレーターにダイヤモンドができることがある」
「それじゃ、それを集めることができれば、お金になるじゃないですか」
「ところがどっこい、そうはいかない」
地上からロケットを打ち上げて、運んできてまた地球に降ろす――なんてことをしてたらコストが爆上がりだ。
だいたい、ダイヤモンドなんて地上でいくらでも作れるしな。
ダイヤモンドを売っている連中が、それをさせないようにしているだけだし。
それを先生に説明してやる。
「夢も希望もないですねぇ……」
「宇宙はコレで回っているからな」
俺は、人差し指と親指で輪っかを作った。
「はぁ」
空想の世界から現実に戻されてすこし落ち込んだ彼だったが、すぐに明るさを取り戻した。
ビルのロビーに、主題歌を歌ってくれる佐伯さんがいたからだ。
今回は、正式なレコーディングのせいか、人も多い。
当然レコード会社の人も数人来ているっぽい。
スーツを着ているのが会社の人で、ラフな格好の人たちがディレクターや技術者だ。
「篠原さん! あの方が?!」
「そうそう、あの人が主題歌を歌ってくれた佐伯さんだ」
彼の所に行くと、挨拶をする。
「これは篠原さん」
「佐伯さん、またお世話になります。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ――デモテープを聞きましたが、エンディングテーマもいい曲ですね」
「ありがとうございます。ああ――こちらが、ムサシの漫画を描いている八重樫先生です」
「ど、どうも、八重樫です」
「おお~っ! あなたが! 僕はムサシの大ファンですよ! ご活躍を期待してます!」
「あ、ありがとうございます」
八重樫君は佐伯さんと握手をして、めちゃ緊張している。
ガチガチだ。
「八重樫君、サインをしてあげたら?」
「ぜひ!」
「は、はい」
彼はスケッチブックを持ってきている。
それを出すと、サラサラとキャラを描き始めた。
「おお~っ! さすが、プロの漫画家さんですねぇ!」
佐伯さんの目の前ででき上がったのは、佐伯さんが声を当てている男キャラ。
最後に彼がサインを入れた。
彼はオリジナルサインの練習もしていたようだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます! いやぁ、ムサシの漫画に出てくる主要キャラの声が僕なんて、なんか妙な感じですよ」
「そんなことはありませんよ。キャラのイメージにピッタリだよな――なぁ先生」
「は、はい」
3人で話しつつ、レコード会社の人たちと名刺交換をする。
「え?! 発明家――ですか?!」
俺の名刺を受け取った人は、だいたい同じ反応をする。
エジソンなどで、発明家という単語は知っているだろうが、本物に会うのは滅多にないはず。
そこで俺の取る行動はいつも一緒だ。
カバンに入れているアレを取り出す。
「最近、売り出しているコレも、私の発明なんですよ」
「コレですか?!」
そう、俺がカバンから出したのは、カバーつきの爪切り。
佐伯さんから、レコード会社にもこいつが広まっているものと思っていたが、そうでもないらしい。
ただ、カバーつきの爪切りは、皆が使っているようだ。
「ちゃんと特許も取ってありますよ」
実際は実用新案なのだが、特許と言ったほうが通りがいいので、こうしている。
まぁ、似たようなものだし。
「篠原さん、そろそろ」
相原さんが呼びにきた。
爪切りの説明をしていると、レコーディングの時間になったようだ。
皆で階段を降りて、地下のレコーディングルームに向かう。
「スタジオは地下なんですね」
八重樫君が階段の通路を見回している。
「そうそう、余計な雑音が入らないし、こちらからの音漏れも心配ないからな」
「へ~」
そこに佐伯さんが入ってきた。
「あのエンディングテーマも篠原さんの作曲なんですか?」
「ええまぁ――鼻歌作曲なんですが……」
「中々いいバラードですよねぇ」
「佐伯さんなら、ロックのほうがいいんじゃないですか? 『俺の彼女は、イカれてるファンキーベイベ~♪』」
「あ! その曲なんて曲ですか?!」
いけね! 思わず歌ってしまったが、この歌が流行るのはもっとあとだ。
「いやいや――私のオリジナルでして……」
「え? すごい、全部聞きたいんですが!」
「ええ~っ! いやぁプロの人の前で、それはちょっとヤバいのでは……勘弁してください」
「ぜひ! ぜひ!」
「ええ~っ」
「篠原さん、そういう歌も聞かれるんですか?」
相原さんは、俺がロックを聞いたりするのが意外なようだ。
そんなことはない。
古いロックは好きなんだけどなぁ――と、いっても、今の時代からあとに流行る曲ばかりだが。
とりあえず、俺の歌は保留にした。
これから流行る曲を先取りするのは、悪い気がするしなぁ……。
俺が音楽のプロじゃないせいもあるが。
皆で地下のスタジオに入った。
「へ~、凄いですね。宇宙船の艦橋みたいです!」
「そうだなぁ、スイッチとか一杯あるしな」
レコーディングに入ってしまえば、俺たちに出番はない。
ただの見学者だ。
八重樫君は椅子に腰掛けると、スケッチを始めた。
レコーディングが始まる。
まずは、2番まで繋がった主題歌だが、俺も聴くのは初めて。
まぁ、あの作曲家の先生なら間違いないだろう。
「八重樫君、2番まで完成しているぞ」
「はい、いいですねぇ。レコードが出たらステレオを買おうかなぁ……」
「入れるスペースがあるかい?」
「う~ん、小さいTVとどっちを買おうか迷っているんですよねぇ」
「確かに、机に載るような小さいTVを売ってたりするなぁ」
「悩みます……」
今回は、正式なレコーディングなのでみんな結構真剣だ。
べつに、シートレコードのレコーディングがテキトーというわけでもない。
シートレコードはモノラルだったし、音質も悪いのであまりこだわっても仕方ない部分もあるのだ。
3回ほどトライして、一番いいのを選ぶらしい。
続いてエンディングテーマ。
「俺も初めて聴くけど、いいな~」
「そうですね。終わりの曲にふさわしいと思いますよ」
八重樫君と一緒に、「さよならのスカーフ」に耳を傾けていると、レコーディングが無事に終了した。
「先生、レコードジャケット用のカラーイラストとか描かないとだめだな」
「そうですねぇ」
「それと、オマケに冊子などをつけたらいいかもしれない」
「冊子ですか?」
「ムサシの設定やら、内緒話とか、番外編の短い漫画などなど……ファンの人は喜ぶぞ」
「面白そうですね」
彼も乗り気なのだが、仕事を増やして大丈夫だろうか。
いや、振ったのは俺なんだが。
「それじゃ、レコード会社とそこら辺を打ち合わせしてみますね」
俺たちの話を横でジッと聞いていた相原さんがニコリと笑った。
彼女はメモを取っていたようだ。
俺たちの所に、レコーディングが終わった佐伯さんがやって来た。
「それじゃ篠原さん、さっきの歌を聴かせてくださいよ」
「ええ~っ!? 本気ですか?!」
いや、マジだとは思わなかった。
それに、レコード会社の人たちも、なんだか聞きたそうな顔をしている。
くくく……これはどんな罰ゲームなんだよ。
なんとか断ろうとしたのだが、断り切れずに歌を披露。
レコード会社の人も気に入ったということで、デモテープを作ることになってしまった。
今度は、作曲家の先生じゃなくて、レコード会社が抱えているロックバンドに編曲してもらうらしい。
マジで?





