82話 いい子なんだけどなぁ
なにかおおごとになってきた。
ムサシの主題歌とドラマ編を入れたシートレコードを付録につけた雑誌が馬鹿売れ。
それに本職のレコード会社が飛びついたのだ。
シートレコードがついた雑誌が売れているのだから、本当のレコードを出しても売れるんじゃないか?
――という、判断だろう。
レコード会社の社長さんにプレゼンをしてくれたのは、主題歌を歌った佐伯さん本人。
EPレコードの売上が上々であれば、ドラマ編を入れたLPを出そう! ――そんな話まで進んでいる。
ムサシを描いている八重樫君と、ネタ出し係の俺もまったく知らなかった。
関係者の知らないところで、ここまで勝手に進んでしまっているのが昭和らしいが、この時代のLPは高い。
はたして、漫画のドラマ編などのLPレコードが売れるだろうか。
編集の高坂さんによると――ムサシの単行本も出るそうだが、印税は刷り数の1割。
それを、漫画家である八重樫君と俺とで、7:3で分ける。
実売印税の所もあるようだが、小中学館はそうではない。
これがレコードになると、少々面倒だ。
なにしろ関わっている人が多い。
作詞、作曲、歌手、編曲、そしてムサシには漫画家の先生がいる。
印税はプレス数の20%ぐらいらしい。
作詞、作曲は当然俺。
パクリでも鼻歌でも、作詞作曲なのだ。
歌手の取り分は1~2%らしい。
漫画家などに比べると少々少ない気がするが、自分で作詞作曲をすれば、全部取れるということだ。
おそらく、漫画家の取り分も1~2%だと思う。
残りは全部、俺に入る。
編曲は一律1本いくらでやっているらしいので、売れても印税は入らないらしい。
鼻歌の俺には金が入って、あんな凄い編曲をしてくれた作曲家の先生に金が入らないのは、ちょっと申し訳ない。
EPレコードの値段を200円として、印税が20%で40円。
それが30万枚売れれば――1200万円。
歌手の取り分が1~2%なので、2円~4円×30万枚=60万円~120万円。
同じく、漫画家の取り分も、60万円~120万円。
まぁ、30万枚も売れればの話だ。
そんなに売れるかな?
日本でレコードで初のミリオンになった作品は、酔っ払って死んで天国に行ったって歌だったはず。
あれも、昭和40年代だったと思う。
それを考えると、ムサシの主題歌が売れても――売れるかなぁ。
まぁ、取らぬ狸の皮算用は止めておこう。
ムサシの主題歌の2番の歌詞と、エンディングテーマの歌詞も書いた。
オリジナルのエンディングだった、「サヨナラのスカーフ」そのまんまだ。
最初は、なにか他のアニメの曲を引っ張ってこようとしたのだが――止めた。
あ、そういえば――矢沢さんから、変身セーラー美少女戦士の主題歌を作ってくれって頼まれていたな。
あの主題歌は有名だから俺でも知っているが……エンディングってどんな歌だったっけ?
覚えてない……。
う~ん、シートレコードなら主題歌だけだから大丈夫か。
――10月6日。
新聞の1面にデカデカと記事が載っている。
マリアナ沖で、漁船が集団遭難らしい――死者行方不明者209人の大事故だ。
こんな事件があったのか。
まったく知らなかった。
記事に驚いたあと、寝転がって普段は見ないラテ欄(ラジオ・TV欄)を見る。
先生から聞いたアニメの話――日本初のカラーアニメの番組が気になるので探す。
フジTVの夜の7時から始まるらしい。
他の番組も見てみると――コンバットと丹下左膳がやっているなぁ。
なるほど、こうやってみると、観てみたい番組があるな。
「チェックメイト・キング2、チェックメイト・キング2、こちらホワイトロック」
ホワイトロックは、ホワイトルークの誤訳らしい。
「なに?」
俺の独り言に、ヒカルコが反応してした。
「TV番組欄を見ていた。今日から帝塚先生のカラー漫画が始まるらしい」
「ふ~ん」
彼女が興味なさそうに俺の背中に乗ってきて、ゴロゴロしている。
「そのうちTVも買いたいんだが、この部屋は狭いからなぁ」
「うん」
「TVより先に洗濯機だと思うし」
「うん」
彼女は俺の話を聞いているのかいないのか。
俺に抱きついてきた。
「おいおい……」
最近は普通にこういうことをしてくる。
ゴニョゴニョしながら、ヒカルコの頭をなでていると、廊下からバタバタ音が聞こえてきた。
「あ! ちょっとヒカルコ、止めろ! たんま!」
彼女を俺の上から慌てて下ろそうと、すると戸が開いた。
「篠原さ――ぎゃあ!」
戸を開けたのは矢沢さんだが、俺とヒカルコの合体シーンを見て、叫び声を上げた。
いや、叫びたいのはこっちだよ。
「はいはい! 矢沢さん、閉めて!」
「……」
顔を真っ赤にした彼女が、音をたてて戸を閉めた。
「はぁ、だからノックしろと言っているのに……」
ゴニョゴニョしている場合じゃないので、ヒカルコを上から降ろす。
「……」
いいところで中断されてしまったヒカルコがむくれている。
仕方ねぇだろ――と、思っていたら、また戸が開いた。
「篠原さん! ヒカルコさんと一緒のところを、スケッチさせてください!」
「おいおいおい!」
この子は、ある意味大物だ。
バイタリティもあるし、プロでもやっていけるだろう。
その前に常識というものが必要だ。
「その前に、ちょっと矢沢さん――そこに座りなさい」
「……はい」
今度は、矢沢さんがむくれている。
悪いと思ってないのかもしれないので、しっかりと注意をしておいたほうがいいだろう。
「とりあえず、人の部屋に入るときはノックはしなさい。それが常識で礼儀というものだから」
「……」
「そういうことをしていると、俺もヒカルコも協力しなくなっちゃうよ?」
「そ、それは困ります……」
俺にそう言われて、目の前にいる2人が本気で怒っていると気がついたようだ。
特に途中でお預けを食らったヒカルコは、矢沢さんを睨んでいる。
「だから、ノックしてね」
「は~い」
仕方なしに返事をしたように思えるが、一歩前進だ。
「お前もそんなに睨むんじゃない」
「……」
ヒカルコはまだむくれているのだが、矢沢さんのスケッチの話に移る。
「確かに――恋愛ものだから、男女の絡みは多いよなぁ」
「そうなんですよ。そこら辺が描くのが大変で……」
――とは言え、近くに頼める人もいないと。
女の子のアシでも複数人いれば、頼めるかもしれないが。
「それじゃ、仕方ねぇ。これも作品のためだし、乗りかかった船だ」
「ありがとうございますぅ!」
「協力してあげるから、次はちゃんとノックしてから、入ってきてな?」
「わ、解りましたぁ……」
本当に解っているんだろうな。
漫画の協力のため、ヒカルコと抱き合ったりするポーズをしてみせる。
それを矢沢さんがサラサラとスケッチをするわけだ。
チラリと見るが――やはり上手い。
このまま耽美系などに向かったら、そのまま大家になりそうな絵だな。
彼女は中卒なので、絵の勉強などをしたことはないはず。
それでもこれだけ描けるのは、道路工事のオッサンたちなどに声をかけ、スケッチなどを続けた賜福だろう。
矢沢さんの絵に感心している場合ではない。
ヒカルコのやつが、途中でお預けを食らったせいで、やたらと本気なのだ。
「こら、ヒカルコ! 止めろっての!」
「う~ん♡」
「あ、あの! もっと、凄いことをしても大丈夫ですよ?!」
矢沢さんがアホなことを言っている。
「するわけないだろ!」
ヒカルコの頭にチョップを入れた。
「にゃ!」
俺の腹の上から、ヒカルコをどかす。
「もう、それなりに描けただろ?」
矢沢さんのスケッチブックを見ると、絵が結構描かれている。
なぜか、絡んでいるのが両方男だが。
「なんだ、精霊同士の絡みなのか」
つまり男✕男だ。
「そ、そうなんですけど……」
彼女が恥ずかしそうにしている。
俺とヒカルコの絡みはどうでもよくて、描いた絵を見られるのは恥ずかしいのか。
「どうしてもそういう絵が欲しいなら、バイトのモデルを雇うって手もあるぞ」
「そういうのがあるんですか?」
「美術学校などで、ヌードデッサンなどをするから、そういうのを商売にしている人が普通にいる」
「へ~」
「相原さんに探してもらったら?」
「あ! そうですね! ありがとうございます!」
彼女は、正式に絵を習ったわけじゃないから、こういうのも知らないんだろうなぁ。
中学の美術で、ヌードデッサンとかやらないだろうし。
「やれやれ、バイタリティあるのも困りものだな」
「あの~、それでもう一つお願いがあるんですけど」
「え? なんだ? 悪い予感しかしないが……」
「キスをしてもらいたいんですけど……」
「え?! 矢沢さんとか?」
「むー!」
ヒカルコが、彼女の前に立ちふさがった。
「いいえ、キスシーンを描きたいので、ヒカルコさんとお願いします……」
「……まぁ、バイトを雇っても、キスシーンをお願いするのは難しいかもな」
「私も、そう思って……」
彼女の言っていることは正しい。
モデルの子を雇って、抱き合ったり絡んだりはなんとかできるだろうが、「キスをしてください」とは言えない。
「あ~」
困っていると、ヒカルコのやつが抱きついてきてキスをしようとしている。
「おいこら! 待て待て!」
「待たなくてもいいですよ! そこでブチューっと! このシーンがないと、原稿が上がらないんです!」
なるほど、そういうことなのか。
仕方なく、ヒカルコとキスをする。
子どもが読む漫画のイケメンのモデルが、こんなオッサンでいいのだろうか?
真実を知ったら女の子が泣きそうである。
まぁ、子ども向けの漫画を描いているのが、オッサンやオバチャンの漫画家ってのも普通だけどな。
「ありがとうございます! これで、原稿の仕上げができます!」
矢沢さんが、ペコリとお辞儀をすると、自分の仕事に戻っていった。
元々、描けないポーズやシーンなどがあって、それを頼みに俺の所にやって来たのか。
そこで、俺とヒカルコが乳繰り合っていたので、これ幸いと――。
「悪い子じゃないんだけどなぁ……」
悪い子どころか、普通にいい子なのだが。
「うん」
うなずくヒカルコも、だいぶ落ち着いたようだ。
「あ~、なんの話をしてたんだっけなぁ……」
「ん」
彼女が新聞のラテ欄を指した。
「あ~、TVなぁ……」
そうそう、TV欄を見ていたんだっけ。
どうしてこうなった。
このTV欄を見たりすると、少々興味はあるが――やっぱりこの部屋にTVを入れるのは、少々つらい。
狭いし、うるさいしな。
まぁ、俺は秘密基地があるから、そこに避難すればいいんだが。
さらに、しばらくすると、ヒカルコの様子が変だ。
畳の上に座布団を敷き詰めて、ゴロゴロしている。
話を聞くと――正気に戻ると、さっきのことが恥ずかしかったらしい。
なにをいまさら。
そんなの当たり前だし、それにつき合わされた俺の身にもなってみろ。
------◇◇◇------
――後日、相原さんと一緒に作曲家の先生の所に行くことになった。
プロの前で、また下手くそな歌を披露しなくてはならん。
なんちゅー罰ゲーム。
女史と一緒に、目白駅の近くにある作曲家の先生の自宅兼スタジオにタクシーで乗り付けた。
恥ずかしいのだが、本当のレコードになるわけだしエンディングテーマも必要だ。
それと、この作曲家の先生に、主題歌を2番まで拡張してもらわないと駄目だし。
俺が立っているのは、作曲家の先生の家に作られたスタジオ。
前に俺が歌った場所――そこで、再び歌う羽目になった。
黒塗りのデカいピアノの前に先生が座っている。
「はい、ああこれはバラードだね」
「はい、そういう感じで2番までお願いします。出だしは――ららららららら~ら~」
「ふむ、なるほど……」
先生が、俺のアカペラを一発で覚えて、ピアノで弾いてくれる。
この曲はピアノが合っているなぁ。
曲のお願いができたので、あとは伴奏のテープを作って貰えば、レコーディングができる。
主題歌とエンディングテーマを歌うのは、もちろん佐伯さんだ。
「この前作った曲って、シートレコードにして雑誌のオマケにつけたんだってね」
「はい、そうです。お陰さまで、増刷につぐ増刷で」
相原さんが、先生に事情を説明している。
「漫画の主題歌を作って、雑誌のオマケにするとは考えつかなかったなぁ……」
「雑誌がすごく売れたので、他の出版社も真似てくるでしょう。そうなると――先生の仕事が増えると思いますよ」
俺の説明を彼がニコニコしながら聞いている。
「そうなると嬉しいんだけどねぇ」
「それどころか、この漫画を読んでテーマ曲を作ってくださいとかもあるかも……」
「その場合は、僕の取り分が多くなるねぇ、ははは」
「鼻歌で作曲を取ってしまって、まったく申し訳ないというか……」
「そんなことはないよ。しっかりと曲になっているんだから」
のちの時代、アイドルが作詞作曲をしていることがあったが、どんな感じだったのだろうか。
まぁそれでも、ゼロから作ったなら、俺のパクリよりは上等なのだが……。
一仕事終わったので、作曲家の先生の所をあとにした。
相原さんと一緒に、また目白駅まで歩いてタクシーを拾う。
彼女と一緒だと経費が使いたい放題だからいい。
小中学館は、巨大な自社ビルを建てられるぐらいに儲かってるしな。
「いやぁ、レコードが本当に売れるといいなぁ」
「いいえ、絶対に売れますよ! だって、漫画の主題歌というのをなしにしても、いい歌ですもの!」
「ありがとうございます~」
俺は、相原さんに頭を下げた。
本当に彼女には頭が上がらんよ。
歌っている佐伯さんも乗り気だしな。
それに、オリジナルの歌を歌っているのも彼なのだし。
やはり運命的なものを感じるのだろうか。
数々のアニソンを歌った、「アニソンの帝王」と呼ばれる方がいる。
その人もムサシの主題歌を歌いたかったと言っていたらしい。
今回、また逃してしまったことになるが、帝王は佐伯さんより若かったはずなので、この時代にはまだ高校生ぐらいではなかろうか。
やはりめぐり合わせというものがあるのかもしれないなぁ。
「八重樫先生は、今回はレコーディングには立ち会えますかねぇ」
「どうでしょう。作曲のでき上がりが、月末になれば――大丈夫だと思いますが」
「彼にも、佐伯さんに会わせてあげたいですしねぇ」
「そうですね~」
彼は、11月に単行本が出るから、その作業がある。
表紙やら描き下ろしもあるし、直したい場面もあるかもしれない。
某漫画の神様は、単行本にするときに直しまくってたりしたが、これは人による。
まったく直さない人もいるしな。
――タクシーで帰ってくると、アパートの前で八重樫君と会った。
アシスタントの五十嵐君も一緒だ。
「あ、先生――こんにちは、今日はこのまま失礼いたします」
相原さんは、挨拶もそこそこに、そのままタクシーで職場にもどっていった。
仕事が山積みになっているのだろう。
「なんだい先生、原稿で忙しいと思ったけど外で食事かい」
「ええ、あの――突然帝塚先生がいらっしゃって、食事を奢ってくれるというので、食べてきました」
「なんだ、あの大先生も突然やってくるよなぁ」
「まぁ、近くまでやって来たかららしいですよ」
「なにか面白い話でもしたかい?」
「帝塚先生は、ムサシのシートレコードの件が、相当悔しかったみたいで……」
ああ、面白そうなことを先にやられた~って感じか。
自社でアニメも作って、日本初のカラーアニメだって作った人なのに。
「あの大先生、人より才能がありまくりなのに、嫉妬が凄いよなぁ」
「多分それだけ、もっとよいものを作りたい、凄いものを作りたいという欲求の塊なんだと思いますよ」
「カラーアニメのことは、なにか言っていたかい?」
「はい、ものすごく大変みたいですよ」
「そりゃそうだろうなぁ。なんと言っても、自分たちで作っているんだし」
「それから――」
俺も以前に話を聞いた、盗作事件のことの愚痴を聞かされたという。
「ははは、まぁねぇ――自分の部下や弟子たちには愚痴やら弱みは見せられないし、八重樫先生に聞いて欲しかったんだと思うよ」
「ええ、なんかそんな感じでしたが、大変ためになる話が多かったですよ」
「そりゃ、漫画とアニメ業界の生き字引みたいな方だしなぁ」
「はい」
「五十嵐君はどうだった? 大先生に会った感想は?」
「い、いいえ、あの――雲の上の人すぎて……なにを食べたのかも覚えてないです」
「ははは、そうだろうなぁ」
俺は、漫画畑の人ではないので、それほど神様に憧れはない。
凄い人だってのは理解しているけどな。
「そのうち、八重樫先生も若い子から雲の上の人とか言われるようになるのか……」
「そうですかねぇ……」
「そうに決まっているだろ? 五十嵐君だってムサシを読んで、先生の所にやって来たんだし」
「はい、そのとおりです」
「矢沢さんみたいに、イケイケドンドンすぎるのも問題だが、八重樫君みたいに自己評価が低すぎる人も問題だぞ?」
「はは、あの子はちょっと……悪い子じゃないと思うんですが」
俺の知らない所で、八重樫君も矢沢さんの被害に遭っているらしい。
なにをやらかしたのやら。
とにもかくにも、2人とも有用な時間を過ごせたようだ。
まぁ、とかくこういう業界はコネよなぁ。
――なにごとも問題なく、10月中旬になる。
新聞には、巨陣軍が優勝とか書かれているが、まったく興味がない。
若いON砲が見られるのは、貴重と言えば貴重なのかもしれないが。
――そんなある日。
朝にコノミを学校に送り出すと、久々に実用新案のネタを考えてみた。
これから寒くなるから、イヤーマッフルはどうだろうか?
あれも、すごい流行ったと聞いた。
平成令和でも生き残っていたし。
寒い所で使うものかと思ったが、東京の子どもたちもしてたよなぁ。
まぁ、一種のおしゃれアイテムみたいなものだったのだろう。
サントクでプラ工場を買収したみたいだし、イヤーマッフルを作れるかもしれない。
要は耳当てなので、実用新案が取れないかもしれないが、先行して発売できればシェアを取れる。
これは儲かるのではなかろうか。
どうやって試作品を作ろうかと考えていると――外に車が止まったようだ。
窓から見ると、白い車から数人の男たちが降りてきて、こちらを指している。
みんな上等そうなスーツを着ているので、いいところの会社員だろうと思われる。
また爪切りの特許の交渉であろうか?
あれはもう、サントクと心中なんだけどなぁ。





