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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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80話 ドラマ編


 ムサシが連載されている今月号の雑誌に、シートレコードの付録がつく。

 どうなっているか確かめたいので、安いレコードプレーヤーを購入した。

 EPしか聴けず、シンプルでスピーカーが1個の簡易版プレーヤーみたいなものだ。

 ラジオに毛が生えたようなものだが、こんなものでも結構な値段がする。

 平成令和のスマホがいかにオーバーテクノロジーかが解るだろう。

 スマホひとつで、ラジオ、TV、各種プレーヤー、レコーダーなんにでもなるからな。


 ムサシの中でも、スマホに似たような情報機器を出している。

 八重樫君は、それを見て「こんな便利なものがあればいいですね~」とか言っているのだが――。

 まじでできるんだよ、それが。

 普通に1万円ぐらいで買えるようになる。

 これが技術の進歩ってやつか。


 この時代に生きていた若者は、令和になったら爺婆だ。

 そりゃ天地がひっくり返るぐらいの進歩っぷりだろう。

 ついていけない人たちがいるのも当然といえる。


 俺の実用新案を使いたいと、カミソリなどで有名な会社がやってきた。

 俺が一番最初に飛び込みの営業をして、叩き出された所だ。

 別にそれを恨んでいるわけじゃないが、俺はサントクと心中することに決めた。

 他の会社と契約するつもりはない。


 ――9月中旬も過ぎた、ある日。

 今日は、授業参観らしい。

 ヒカルコが朝からおめかし(死語)している。

 この時代は父兄参観と称しているが、親父さんたちは平日で働いているので、実際に行くのはお母さんのみ。

 子どもたちからすれば、若くて美人な保護者はステータスだ。

 ヒカルコは実際の母親じゃあり得ないぐらいに若い。

 いや、この時代なら16歳で結婚とかもあり得るのか?

 そうなると、ヒカルコぐらいの年齢の母親がいてもおかしくない。


「ヒカルコ、PTAとかそういうのは、用事があるからとか言って抜け出してこいよ」

「コクコク」

 まぁ、40人以上クラスメイトがいるということは、お母さんたちの数も膨大だ。

 ヒカルコが抜けても問題ないだろう。

 こういうのは性分があるから、やりたいやつにやらせればいいんだ。

 ――とはいえ、そういうことを言っているから、おかしな連中に入り込まれるんだがな。


 ヒカルコを送り出し、数時間すると彼女が帰ってきた。


「早かったな」

「うん」

「コノミはどうだった?」

「こっちを見てた」

「はは、先生に怒られてなかったか?」

「大丈夫」

 俺のときは、「落ち着きがない」とか毎回言われたからな。

 くやしいから微動だにせずにずっと前を向いていたら、それでも「落ち着きがない」とか言われて、メチャショックだった。

 今思えば、教師なんて生徒をロクに見てないだろう。

 あの頃から、教師というものは俺の敵だった。


「さて――あと学校行事といえば、学芸会ぐらいか」

「うん」

 平成令和の学芸会は、不公平にならないように持ち回りで主役をやる――なんて言ったら驚くだろうな。


「ヒカルコぐらい若いお母さんとかいたか?」

「ちょっと上ぐらいはいたと思う」

「そうか~」

 この時代、16歳は稀でも、18~19歳ぐらいで結婚は普通にあるからなぁ。


 ――午後には、コノミが帰ってきた。


「ただいま~」

「はい、おかえりなさい~授業参観はどうだった?」

「……ちょっと恥ずかしかった」

「ええ? なんで?」

「ヒカルコが目立ってた……」

「そうなのか?」

 おめかしといっても、そんなギラギラな格好じゃなかったが。


「うん」

「他のお母さんたちも、お洒落して化粧もしてたろ?」

「うん」

 それでも、若さには敵わないってことか。


「けど、ヒカルコはお母さんじゃなくて、お姉さんだって、みんな知っているだろ?」

 一応、ウチは有名人だしな。


「知っているけど、初めてヒカルコを見る子もいるから……」

「そうか~、野村さんのお母さんも来てたか?」

「来てた」

「野村さんはなにか言ってたか?」

「すごい恥ずかしがってた」

「そうか~」

 基本は恥ずかしいよなぁ、やっぱり。

 コノミの話を聞いて、すっかりと忘れていた小学生のときの授業参観の記憶が、おぼろげながら蘇ってきた。


 ――その夜、相原さんの訪問を受ける。


「いらっしゃいませ~」

 コノミの挨拶に、彼女の顔がほころぶ。


「コノミちゃ~ん!」

 女史が、コノミに抱きついてクンカクンカしている。

 完全に危ない絵面になっているのだが、彼女は大丈夫なのだろうか。

 少々心配である。


「相原さん、こんばんは。今日はどうしました? 本が出るには少々早いと思いましたが――先生たちの尻を叩きに?」

「篠原さん、コレです!」

 彼女が、真四角の封筒のようなものを差し出した。

 それを受け取り中を出してみる。


「おお! シートレコード!」

 中に青いペラペラが入っていた。

 シートレコードの色は、青、赤、確か緑もあったような……。

 黄色はあるんだろうか?

 俺は見たことがなかったが。


「そうです!」

 献本をもらえば、それに付録がつくのだが、その前に相原さんがサンプルを持ってきてくれたのだ。


「早速、聴いてみるか!」

「篠原さん、レコードプレーヤーを持ってるんですか?」

「ええ、この前、買ったんですよ」

「知らなかった……」

 ヒカルコが想定外――という顔をしている。


「そりゃ、ここには持ってきてないからな」

「むう……」

 ヒカルコがむくれているが、自分の知らない所で買い物をしているのが気に入らないのだろうか。

 俺の金で買ったし、問題ないはず。


 早速、八重樫君の所にも行く。


「お~い、先生」

「はい~!」

 顔を出した彼に、シートレコードを見せた。


「忙しいだろうが、ちょっとコレを聴いてみようぜ」

「これって、ムサシの主題歌ですか?!」

 彼の顔が輝く。

 先生も、待ち望んでいたからなぁ。


「ああ――今、プレーヤーを持ってくるからさ」

「わかりました!」

「え?! 主題歌ができたんですか?!」

 アシに入っている五十嵐君も食いついた。


 先生にシートレコードを預けると、鍵を持って秘密基地に走る。

 こんなに早くサンプルが手に入るなら、階段下の小屋にでも入れておけばよかったぜ。

 まぁ、嬉しい予想外だし、仕方ない。

 薄暗くなっている路地を、電柱にぶら下がる裸電球の明かりを頼りに走る。


 秘密基地に到着すると、隣の白い家は当然真っ暗。

 気にするなと言われても、やっぱり気になる。

 鍵を開けて、居間の蛍光灯を点けると、レコードプレーヤーを抱えた。


 それを持ち出すと、再びアパートまで走って戻る。

 この時代にやってきて、毎日歩いて健脚になったとはいえ、走ると息が切れるな。

 まぁ、それなりにオッサンだし、しゃーない。

 そんなことを考えていると、階段で足がもつれて転けそうになった。

 慌ててガッチリとホールドする。

 せっかく買ったプレーヤーを1回も使わずに、壊すなんてありえないからな。


 部屋に戻ると、八重樫君と五十嵐君がすでにスタンバっていた。

 彼らだけではない、矢沢さんと女の子のアシも一緒だ。


「おじゃましてます~」

 矢沢さんのアシは、小野さんというツインテールの女の子。

 この子も中卒だ。

 こういう子たちは今まで仕事がなかったのだが、金になるということで、絵が描ける子は漫画家を目指すことが多くなったのだろう。

 それに雑誌も多く発行されるようになって、漫画家不足なのもある。

 出版社としては、金の卵を沢山確保したいはずだ。


「篠原さん~、レコードができたんですかぁ?」

 プレーヤーを抱えているところに、矢沢さんが抱きついてきた。


「あ~!」

 彼女の行動にヒカルコが声を上げる。


「ちょっと矢沢さん、プレーヤーを持っているから」

「コノミも~!」

 矢沢さんを見て、コノミも抱きついてきた。


「こら、コノミ。止めなさい」

「い~や~」

「矢沢さん! 篠原さんに失礼ですよ」

「い~や~」

 相原さんの言葉にも矢沢さんがコノミのマネをしている。


「とりあえず、プレーヤーを置かせてくれ」

 2人を引き離した。


「ほい、プレーヤーの到着でござい」

 俺はちゃぶ台の上に機械を置く。


「あの~篠原さん。動物園のときにも言おうとしたんですが……女性を見ると手を出すのは……」

 先生がじ~っとこちらを見ている。


「出してないって」

 とりあえず、八重樫君の言葉を否定した。


 実際に出してないぞ。

 彼女が抱きついてきて、キスしただけだからな。

 俺も彼女に手を出すつもりはない。

 彼女と話していると、矢沢さんのお母さんの影がちらつくんだよ。

 ことわざにもあるじゃないか――「可哀想なのはヌケない」ってな。

 彼女はお父さんがいないから、お父さん的なものを求めているんじゃなかろうか。


「……」

「矢沢さんも否定してくれないと」

「「……」」

 ヒカルコと相原さんが俺を睨んでいる。

 勘弁してくれ。


「ショウイチ! これなぁに?!」

 コノミが興味津々に機械を覗き込んでいる。


「前に、この円盤を手で回して歌を聴いたろ?」

「うん!」

「それを電気の力でやる機械だ」

「すごい!」

 プレーヤーの蓋を開けると、彼女がターンテーブルを手で回し始めた。

 俺も、電源だけ入れてターンテーブルを手で回し、ヘロヘロな音楽を出して遊んだことがある。


「へ~こういうタイプもあるんですね~」

「先生の実家にあったのは高級品だろう。それに比べたら玩具みたいなもんだよ。ステレオじゃないしな」


「これってLPは聴けないんですね」

 彼はステレオでレコードも聴いたことがあるはずなので、これがどういう機械なのか解るようだ。


「そう、EP専用なので安いし、物品税も免除されてる」

「それなりにメリットがあるんですねぇ」

「僕はレコードを聴くのは初めてですよ」

 興味津々な五十嵐君だが、レコードじゃなくてシートレコードだけどな。


「今月号の雑誌を買えば、付録で手動の蓄音機がついてくるので、それで聴けるぞ?」

「え?! そんな付録なんですか?」

「そう、業界初だ!」

「すげー!」

「そう! ショウイチは、スーパーすごい!」

 コノミがどこかで、スーパーとかいう単語を覚えてきたようだ。

 そういえば、アニメのスーパー○ンとか、もう放送されているんだっけ?

 スパーッ! ――とかいうやつ。


 いや、そんなことより、シートレコードだ。

 さっそくかけてみよう。

 レコード針をセットして、ターンテーブルの上に青く薄いシートを載せる。


「スイッチ・オン!」

 スイッチとボリュームは一緒になっているので、回す。

 ターンテーブルがクルクルと回り始めた。


「回ってる!」

 アームを取り、そっとシートレコードの端に乗せた。

 ブツブツというノイズのあとに、主題歌の伴奏が流れ始まる。


『さよなら~故郷~星征く船は~』

 おお~っ! やった、あの歌だよ! しかも、スゲー若いが、当の本人が歌ってる。

 俺は、歌を聞いてちょっと涙ぐんでしまった。

 いや、パクリなんだけどな。

 色々とあったけど、実務で苦労したのは相原さんだし。


「すごい! 歌が聞こえる!」

 コノミがはしゃぐ。


「すごい! ムサシの主題歌だ!」

 見れば、八重樫君も涙ぐんでいる。


「なんだよ先生、泣くことはないじゃないか」

 彼の背中を叩く。


「篠原さんだって……」

 先生は鼻声で答えてくれた。

 歌は一番だけなので、すぐに終わったのだが、これで十分だ。

 この歌は、一番にすべてが集約されているのだから。


 歌は1分少々なので、残りはドラマ編。

 ドラマ編の収録には立ち会っていないので、これで初めて聴くことになる。

 ナレーションから入って、キャラの会話などが流れていくのだが、聞き慣れた声が……。


「あれ? これって、俳優――佐伯さんじゃないですか?」

 声優という言葉はこの頃からあるが、あえて使わないでおく。


「はい! 実は引き受けていただけまして! ドラマ編のお話をしたら、やってみたいということだったので」

 なんと! 役どころは、オリジナルのムサシと同じ、主人公の親友役。

 ちょっと猪突猛進タイプの主人公を諫める役の、クールガイだ。


 それに、この主人公の声……。


「この主人公って、富山たかしさんじゃ……」

「え? 篠原さん、富山さんをご存知なんですか?」

「ええ、まぁ……」

 なんということでしょう。

 オリジナルのムサシの主人公役をやっていた方が、声を当ててくれるなんて。

 やはり、運命みたいなものがあるのだろうか。


「この方も、ムサシに大変興味を持っていただいて、TV漫画になったときには是非出演したいと言っておられました」

「先生、主人公の声にピッタリだよな」

「ええ、僕もそう思いますよ!」

 次に声が流れてきたのは、敵のボスだ。


『ふふふ――会いたかったよ、ムサシの諸君』

 戦闘前のシノラー総統の登場だ。

 残念ながら総統の声は違うが、中々よい声だと思う。


「あ~、シノラーの声、格好いいじゃないか」

「声は篠原さんじゃないんですね」

 矢沢さんが、アホなことを言い出す。


「敵役ってのは、格好よくないとイカンのですよ。主人公を食っちゃうぐらいに」

「ムサシの宿敵って、敵のロメルがいるじゃないですか」

 八重樫君の言うとおりだ。


「あれもそうだがな、将軍の上にいる総統が格好悪いんじゃ、格好がつかないだろ」

 続いて戦闘シーン――最後は、超破壊砲で止めのパターンだ。

 会話だけで、説明ゼリフのオンパレードだけどな。


「ははは……」

 先生が笑っている。


「どうした?」

「いや、すごい説明ゼリフで……はは」

「音しかしないんだから、仕方ない」

「そうですよねぇ」

 普通は説明ゼリフは駄目だが、軍の戦闘シーンはほとんど説明ゼリフだよなぁ。


『右舷から敵艦隊回り込んできます! 敵速度30宇宙ノット!』

『変針右30度、全艦砲雷撃戦用意!』

『全艦砲雷撃戦用意!』


『うわぁ! 右舷から敵だ! 突っ込んでくる!』

『ぐあぁ! 爆発だぁ!』『右舷被弾! 隔壁閉鎖!』

『艦が傾くぞ! 復元させろ!』

『右舷側ミサイル、連続発射!』

 ほらな、やっぱり説明ゼリフだが、艦隊戦はこうでなきゃアカン。


 最後は被弾して逃げる振りをして敵の艦隊を引きつけたあと、その場で180度回頭――超破壊砲で一網打尽。

 宇宙空間だから、その場でくるりと回転することができる。

 実際の宇宙で、船みたいな動きをするのはすごく大変なんだけどな。

 まぁ、重力制御とかそういうのでやっているんだろう。


『ターゲットスコープオープン! 電影クロスゲージ明度20!』

『敵との相対速度ほぼゼロ!』

『タキオン粒子出力上昇!』

『全員対閃光対ショック防御! 超破壊砲発射!』

 巨大な閃光が敵の艦隊を薙ぎ払い次々と大爆発を起こす。


『うあぁぁぁ! たすけてくれぇ!』

 敵の船がしゃべったりするのも、お約束である。

 場面は、敵の艦隊旗艦に移った。


『な、なんだ! コレは?!』『うわぁぁ! こ、これは! 艦隊が全滅だ!』

『うろたえるな!』

『司令! ムサシの攻撃により、我が艦隊の9割を損失しました!』

『なんということだ!』

『司令! 撤退を!』

『栄えある宇宙帝国軍人が、敵に敗北しておめおめと祖国に戻ることができようか! 全艦単縦陣にて、ムサシに突撃せよ!』

 敵の行動にムサシの艦橋が騒然となる。


『敵が単縦陣になって、突っ込んできます!』

『特攻か?!』

 ムサシが随伴艦を次々と倒し、最後に残った敵の艦隊旗艦が突っ込んでくる。


 それはいいのだが、ドラマを聞いている全員が、一言も喋らずにプレーヤーをジッと見つめている。

 そこまで真剣にならんでも……というのは、俺が未来でこういうドラマを聞き慣れているだけかもしれないが。

 かつて、ラジオドラマで火星人の襲来を流したら、本気にした人々によってパニックが起きたという話もあるし。


『最後に残った、この艦だけでも!』

 特攻してくる敵艦に、ムサシの艦長が叫んだ。


『船体が接触する瞬間に、船体をコマのように回転させろ!』

『ヨーソロー!』

 ガキガキバリンと、金属板が擦れるような音が響く。

 SEも、いい仕事してますねぇ。


『やったぁ! 躱したぞ!』『敵艦が後ろに逸れた!』

『敵艦を撃て! 全砲門発射!』

 残った敵が討たれる。


『シノラー総統万歳~!』

 最後の敵が大爆発して、ジ・エンドだ。


「「「やったぁ!」」」

 シートレコードを聞いていた八重樫君たちが、万歳をしている。

 まだ、万歳とかやる時代だよなぁ。

 それにしても先生、作者なのにそんな真剣に喜ばなくても。


「このドラマ編は、いいできだなぁ」

「はい! 凄いですよ!」

 先生が興奮している。


「面白かった!」

「コノミも面白かったか?」

「うん!」

「これが話題になれば、本当にTV漫画の話がくるかもなぁ」

 俺は、アームを持つと、回り続けているターンテーブルの上に再度降ろした。

 再び、ムサシの主題歌が流れる。


「篠原さ~ん! 私にもこういうのを作ってください~!」

 矢沢さんが、飛んで俺に抱きついてきた。

 勢い余って畳みに倒れ込む。


「コノミも~!」

 コノミも一緒に抱きついてくる。


「そう簡単に作れないし! それに今回のコレの売上次第だと思うよ。ねぇ、相原さん」

「は、はい……」

 彼女が白い目で俺を見ている。


「これが失敗したら、相原さんだって進退を迫られるかもしれないし」

「今以上の閑職はないと思いますけど……」

「頼むぜ~小中学館、血迷って相原さんをクビとかにしないでくれよ~。ライバル会社とかに行かれたら、やべーことになるぜ~」

「そんなことはありませんよ。富士山先生のオバ9だって大ヒットしてるじゃないですか」

 俺も、それは杞憂だと思いたいが、相原さんが敵に回ったら絶対にヤバすぎる。

 考えたくもねぇ。

 それを解ってねぇ、あの編集部も能無し揃いだ。


「それより、篠原さん~!」

 矢沢さんがしつこいぞ。


「コノミも~!」

「むう!」

 怒ったヒカルコに、矢沢さんが引き剥がされた。


「無理だとはいいつつも、一応考えてある。『時の輪廻をさまよい、また巡り合う~♪』ってのはどうだ?」

 出だしを少し歌って見せた。


「え?! すごいです! それで作ってください!」

 矢沢さんの目がキラキラしている。

 よほど、ムサシのシートレコードが衝撃的だったようだ。


 言わずもがな、これはセーラー美少女戦士のオリジナルの歌だ。

 刀とか出てくるんで、使うとすれば多少のアレンジは必要だろうが。

 元々の歌も、「恋のセニョールセニョリータ」とかいう他の歌の使い回しなんだよな。


「待て待て、その前にムサシが成功しないと駄目だと言っただろう?」

「ん~!」

 むくれたって駄目に決まっている。

 それよりも――。


「コノミ、今日聴いたことは、お友だちに話しちゃ駄目だぞ?」

「どうして?」

「これはな、まだ売ってないんだよ。本屋に並ぶ前に、『こういうのが出る』って秘密をバラしちゃうと、沢山の人に迷惑がかかるから」

「私からもお願いね。コノミちゃん」

 相原さんも頭を下げた。


「うん解った! 大丈夫! 秘密だね!」

「この円盤が載っている本が発売になったら、お友だちを連れてきて聴いてもいいぞ」

「やった!」

 一息ついた。


「さて、先生たちは作業に戻らなくても大丈夫かい?」

「篠原さん、もう1回聴きましょう?」

「先生がいいなら、いいけどさ」

 ――とかいいつつ、それから5回ほどリピートした。

 まぁ、正味4分ぐらいだから、5回聴いても20分だけどな。


 矢沢さんと相原さんが帰ったあと、ヒカルコとコノミが離れなくて困った。

 だいぶ涼しくなってきたからいいけどな。

 それにしても上手くいった。

 完成度は予想以上だ。


 これなら売れるし、評判になるだろう。


 ------◇◇◇------


 ――そして、月末。

 いよいよ、ムサシが載っている月刊誌が発売になった。

 この時代のパイオニア的な、シートレコードと半組み立て式のレコードプレーヤーが付録としてついている。


 ムサシのヒットにより躍進した公称45万部の雑誌だが、通常版が7割、少々高い付録つきバージョンが3割で発売された。

 本当に売れるか少々不安でもあったのだが――本屋に並んだものが、あっという間に完売してしまう。

 そのあとすぐに、全国から追加注文が相次ぎ、各部署がてんてこ舞いになる。

 その注文のほとんどが、シートレコードつきのバージョンで、子どもたちの間で口コミで広がったらしい。


 付録つきは製造に手間がかかるので、簡単には増刷できない。

 小中学館も最初は戸惑っていたのだが、あまりの注文の多さに、上層部が急きょ追加生産を決定した。

 とりあえず追加で20万部を生産――その間にも全国の本屋から注文が相次ぎ、追加生産しても注文が収まらず、次の号が出るまで今月号を増刷し続けるという前代未聞の事態に。

 結果的には、付録がついた号は95万部以上を売り上げた。

 ノーマルバージョンも入れたら確実にミリオンだ。


 俺のアパートにも、コノミのお友だちがやってきて、シートレコードを聴いている。


 これを見て騒然となったのは、ライバル出版社たちである。

 遅れを取ってなるものかと、自社看板作品のシートレコード化を企画し始めたらしい。

 ムサシは目新しさで売れたけど、二匹目のドジョウはどうかね?


 当然各社、半組み立て式のレコードプレーヤーもパクっている。

 俺が特許を取ったが、それが有効になるのは1年後なので、それまではパクられ放題ってことになるかなぁ。


 まぁ、十分に普及したところで、特許料をふんだくってやるぜ。



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