8話 昭和の鉄火場
文なし、着の身着のままで昭和にやって来た俺に勝負の時がきた。
ときに昭和39年3月29日である。
今日の日のために爪に火をともし、安月給を貯めてきた。
俺はほぼ全財産プラス借金である7万円を持ってアパートを出発。
7万円、平成令和だと70万円相当の大金である。
こいつを、未来の三冠馬であるシンシンザンの単勝にぶち込んで増やす。
これが俺の計画だ。
シンシンザンは無敗で皐月賞を制し、ダービー馬になった。
今日のレースも勝つはずだ。
関西のレースも買えるのなら、デビュー戦から買えばもっと簡単に資金調達できたのにと思う。
残念ながら日本全国のレースが簡単に買えるようになったのは、平成になってから。
昭和の時代じゃ、関東じゃ関東のレースしか買えないのだ。
俺はこの時代に来て、初めて電車に乗った。
西武新宿線から緑の山手線へ。
新宿には色鮮やかな電車が止まっている。
平成令和でも路線カラーは残っていたが、この時代は車体がまるごとその色で塗られていた。
赤は中央線、黄色は総武線――沢山並ぶとカラフルで綺麗である。
山手線から京王線に乗り換えて、府中競馬場正門前駅まで。
平成令和と違う所は、冷房がなくて窓が開く点か。
そして上には鉄製の扇風機がある。
未来ともっとも違う点は、電車の中でもタバコを吸っているやつがいることか。
当然吸い殻は床にポイ――ラッシュで吸うやつはいないと思うが、さすが昭和である。
呆れつつ電車から降りると、皆が同じ方向に向かって歩き出すので、その流れについていけばいい。
どいつもこいつも貧相な顔をして、勝負師ではなく、負師の面をしてる。
もう戦う前から負けているんだよ、お前らは。
まぁ、なんて大層なことが言えるのも、俺が未来の知識を持っているからなんだけどな。
この知識がなければ、俺もここに沢山いるなに者にもなれない下駄履きの生活者の1人だった。
今日の勝負でその底辺から脱出してやるぜ。
気合を入れていると、勝負の前からヒートアップしているのか、喧嘩する声が聞こえてくる。
熱くなりすぎだ。
勝負は冷静さを欠いたほうが負け。
あいつらはもう戦う前から負けている、ふはは。
冗談はこのぐらいにして、騒ぎになっている所からすぐに離れる。
当たり前なのだが――まだ終戦から19年しかたってないのだ。
――ということは、こいつらの中には戦争帰りの奴らがごまんといるわけ。
血の気が多いのも当然だ。
コンクリート製のスタンドに入ると、結構人が多い。
ハイハイセイコーのときに競馬ブームになったのは覚えているが、その前だからそんなに人がいないんじゃないかと思っていたのだが、甘かった。
この時代の発券は全部人力だ。
発走の2分前とかまで馬券が買えた平成令和とはわけが違う。
ゆっくり構えていると買いそびれてしまうだろう。
他のレースなどに興味はなく、俺が買うのは本日のメインレースであるスプリングSのみ。
無料で配られているレースプログラムを見ても、シンシンザンが載っている。
平成令和だとレースは12Rまであったが、この時代は10Rまで。
メインレースのスプリングSは9Rだ。
「おし!」
俺は気合を入れると、馬券売り場を目指した。
もうレースが始まっているので、どこもかしこもハズレ馬券が床にぶちまけられている。
それと、この時代にやって来て思ったのは、どいつもこいつも、あっちこっちでタバコをプカプカ。
どこにいっても吸い殻だらけだ。
ここから喫煙が駆逐されるようになるとは、想像できんだろうな。
黒い枠にガラス張りの窓口がたくさん並び、それぞれに人が列をなしている。
黒い人の列の上には、タバコの煙が上に溜まり白い層になって浮かぶ。
そういえば、前に競馬好きの爺さんに聞いたことがあった。
昔は、単複の他は枠番連勝しかなくて、買う窓口が分かれていたと――。
つまり、枠番で1ー2を買うときには、1-2専用窓口があって、そこでしか買えない。
人気馬が入っている窓口には人がたくさん並ぶので、早めに買わないと間に合わなくなると、言っていた。
なるほど、爺さんから聞いたとおり、窓口がたくさん並んでいるのはそのためか。
まぁ、俺はシンシンザンの単勝を買うだけだから関係ねぇが。
いや待てよ――すでに頭は決まっているんだから、そこから総流しすれば絶対に当たるんじゃね?
一瞬そんなことを考えたのだが――総流しすると8点買いになるので、万馬券つまり100倍が当たっても12.5倍相当にしかならん。
チョークで書かれた手書きのオッズ板を見ると、今回のスプリングSでは、まだシンシンザンの人気は低くて10倍以上ある。
関西から来た馬なのでまだ実力が知られておらず、馬券を買うやつらも半信半疑なのだろう。
これなら余計な浮気をせずに、単勝1点買いしたほうが確実だ。
俺は単勝馬券の窓口に向かった。
馬券は1枚100円。
平成令和だと1000円相当なので、結構高いと思う。
この上に特券というものがあり1000円馬券に相当する。
馬券を1万円買いたいのなら特券10枚ということになるのだが、俺は単勝を7万円分買うので、特券が70枚ってことだ。
「特券70枚、特券70枚――」
俺は、小さな声でブツブツと呪文のように繰り返した。
傍から見れば、怪しいオッサンに見えたに違いない。
近いレースが締め切られると、グッと人の列が少なくなる。
俺は列の最後に並び、順番を待った。
窓ガラスの向こうでは、紺色の制服を着たおばちゃんが、デカい発券機をガッチャンガッチャンと操っている。
なにもかも手動だ。
当然オンラインとかもされてないと思うのだが、当たり馬券の偽造防止とかどうやっているんだろう。
――なんてことを考えていると、俺の順番が回ってきた。
深呼吸すると、カバンから出した金を窓口に突っ込んで、覗き込んだ。
「9R! 3番シンシンザンの単勝! 特券で70枚!」
俺の声を聞いた後ろの連中がざわざわしている。
まぁ、平成令和だと70万円相当の大金だからな。
驚いているのは後ろだけではない。
窓口のおばちゃんも驚いている。
「特券で70枚ですか?」
「ああ、間違いないぞ。金もある。数えてくれ」
おばちゃんは仲間を呼んで数え始めたのだが、金額が間違ってないことを確認すると発券機に向かう。
彼女の手によって、ガッチャンガッチャンと繋がった馬券が打ち出されていく。
「はい、特券で70枚です。ご確認ください」
窓口から差し出された1000円と書かれた馬券――それは全部つながっており、70枚の馬券がロール状に巻かれたものだった。
昔の馬券ってこんなだったのか。
発券機は連続して同じ馬券を打ち出していたので、最初の1枚を見ればいい。
馬券にはパンチで数字が刻まれており、これで偽造を防止しているようだ。
単勝馬券、レース番号9――馬番号3と穴で刻まれていた。
間違いない。
確認した俺は、そそくさとその場から離れようとしたのだが、若い男に絡まれた。
「おい、オッサン! そんな馬券を買って大丈夫なのか?」
「うるせぇ! ほっとけ!」
「なんだとぉ! オッサン、コッチ向けや!」
向けというのだからそっちを向き、いきなり男の顔に頭突きを入れた。
「あがぁ!」
男が鼻を押さえてその場でもがいている。
そこに追い打ちで股間に蹴りをぶち込んだ。
「おらぁ!」
「&**$**!」
男がその場でうずくまったので、俺はスタコラサッサ(死語)とその場から走って逃げだした
まぁ、このぐらいの喧嘩は、昭和なら日常茶飯事。
繁華街でも毎夜、あっちで喧嘩こっちで喧嘩、喧嘩喧嘩。
警察もろくに動いたりしないし、やってきても喧嘩両成敗で注意しておしまい。
賠償やらなんやらなんて話にもならん。
だいたい喧嘩に負けるってのは恥ずかしいことで、それをお巡りに泣きついたなんてことになれば、恥の上塗りだ。
俺は走りながら上着を脱いだ。
これだけ人がいれば、さっきのやつが俺を見つけるのは不可能だろう。
とりあえず馬券は買えた。
あとは発走を待って、当たり馬券を換金して帰るだけだ。
もう、節約する必要はねぇし、大金が手に入るんだ。
贅沢するつもりはねぇが、普通に飲んで食うことにするぞ。
腹が減った俺は、屋台でおにぎりとモツの煮込みを買った。
平成令和のように、使い捨ての器などには入っていないので、持って歩き回ることはできない。
その場で食う。
モツは柔らかく、スパイスが利いてて美味い。
おかかのオニギリと実に合う。
この握りも美味だが、この時代にゃツナマヨおにぎりはまだないか。
あの美味さを知らんとは、この時代の連中がちょっと気の毒だ。
腹が膨れた俺はスタンドに出た。
空は青く、天気は快晴――馬場も良馬場だろう。
ここから右手の発走地点は、なんとか見える感じ。
巨大なオーロラビジョンなんて代物はないので、レース展開は双眼鏡などを使った肉眼で見るしかない。
馬場と反対側を見る――2階建てとか3階建ての立派なスタンドなどはなく、傾斜している座席が斜めに登っているだけ。
そこにたくさんのオッサンたちが座っていて、形が微妙に違うスタンドが3つほど連なる。
いかにも増築しましたって感じ。
たまにガキンチョがいるのだが、平成令和の競馬場のように、女子どもを連れてくる場所ではない。
まさに鉄火場――そんな言葉がふさわしい。
その上に巨大な庇が伸びて大きな影を作っている。
パッと見は、競馬場というよりは地方の野球スタジアムのよう。
俺はなるべく人のいない所を見つけて、芝生の上に腰を下ろした。
もうすぐ4月になるので、昼もすぎるとぽかぽかと暖かい――というよりは汗ばんでくる。
メインレースまでやることがない俺は、カバンから小説を取り出した。
今日のために古本屋で買ったものだ。
全然知らない小説家の作品数冊と、読んでいなかった九島由紀夫の作品を1冊買ってきた。
「まだ3時間ぐらいあるからな」
俺はゆっくりと、そのときを待つことにした。
「しかしなぁ、これが外れたら、文無しプラス借金3万円だぞ、ははは」
まぁ、外れることは絶対にないのだ。
外れるわけがない。
眼の前で走るのは、後世に名を残す三冠馬。
考え始めると余計なことを考えてしまうので、俺は読書に専念することにした。
――そして日が徐々に傾いてくる。
3時半が過ぎていよいよ発走の時刻だ。
建物の中にいたオッサンたちが、スタンドまで出てきてごった返す。
府中は左回りなので、発走は右手奥の方だが、チョロチョロと馬が見えているだけでよくわからない。
ここの1800mは発走してすぐにカーブなので内側の先行が有利だ。
生のファンファーレが演奏されて、しばらくしてゲートが開いた。
大歓声が上がるが、どうなっているかさっぱりと解らない。
約1分半あと――大歓声の中、馬たちが連なって最終の直線にやって来た。
――といっても、よく解らない。
馬たちが走ってゴール手前まで来たのだが、赤い帽子が抜け出しているように見える。
「イケイケ!」
俺もたくさんのオッサンに混じって叫んでいた。
そして赤い帽子の馬がゴール!
やっぱり勝った。
当たり前だが勝った。
当然勝つはずなのだが、心臓はバクバク。
はっきりいって身体に悪い。
俺はテンション上がりすぎて貧血を起こしたのか、クラクラしてその場に座り込んだ。
「はぁ……」
大きくため息をついていると、なにか音が聞こえてくる。
打ち付けるような音だ。
見れば、スタンドから白い馬券が沢山舞っている。
その中に俺が買ったと同じようなロール状の馬券の塊が、紛れて飛んできているのだ。
スタンド上方から下に投げ込まれているらしく、人の頭にぶつかっているものもある。
危ないだろ! ――と思ったのだが、さすがモラルもクソもない、これが昭和の鉄火場なのか。
俺は騒ぎが収まるまで、人のいない場所に避難をしていた。
払い戻しが発表されれば、また混雑するだろう。
負け犬たちは最終レースに挑み始めるので、そのときを見計らって換金をしにいくか。
じっと待っていると確定払い戻しが発表された。
間違いなく3番のシンシンザンが勝っている。
俺の買った馬券がどのぐらいオッズに影響を与えたのかは不明だ。
払い戻し金額は1050円――10.5倍だ。
え~と、73万5000円也。
「おっしゃ!」
俺は右手でガッツポーズをした。
利子つきで3万5000円は八重樫君に返して、70万円の収入か。
平成令和換算だと約700万円の価値。
これでちょっとは楽になるし、活動資金ができるので色々と計画が練れる。
あのアパートや安月給の工場から脱出できるし、やっと昭和のオッサン成り上がり計画が発動だぜ!
俺は最終レースの締め切りが終わるまでジッとしていた。
締め切りのベルが鳴ったので、払い戻しの窓口に向かう。
幸い、レース直前なので、並んでいるやつもいなかった。
「お願いします~」
俺は馬券のロール束を窓口の中に突っ込んだ。
「あら、大変」
そんな声が聞こえたのだが、次にこんな言葉が返ってきた。
「あの――そちらのドアからお願いいたします」
中のおばちゃんが左手を差した。
そっちを見ると、男性がドアを開いておいでおいでをしている。
その手に招かれてドアの中に入るとカウンターがあった。
「少々お待ち下さい」
「はい」
女性が黒い手提げ金庫を持ってきて、聖徳太子を数え始めた。
手慣れた手つきで扇型に開いて、折って数えているようだ。
そういえば昔の銀行もこんな数えかたをしていたような……。
「はい、払い戻しの73万5000円です」
「ありがとうございます」
「あの――警備員をつけますか?」
俺は男性職員の言葉にハッとなった。
ここは昭和――なにがあってもおかしくねぇ。
警備員をつけてもらえるなら、こりゃありがたい。
「あ、はい、タクシー乗り場までお願いできますか」
「大丈夫ですよ」
しばらく待っていると、1m80cm以上はありそうなゴツい男がやってきた。
壁のようにデカいのだが、顔は若い。
彼に護衛してもらい、俺はタクシー乗り場に向かうことにした。
2人で競馬場内を歩く。
横に壁がある、この安心感。
俺は警備員に話しかけた。
「お兄さん、若いみたいだけど、大学生のバイトかなにか?」
「うす!」
「空手とか柔道とか?」
「空手っす」
「めちゃ強そうだよなぁ」
「そんなことないっす」
嫌味な感じもしないし、優しい力持ちって感じで好感が持てる。
警備員と一緒の俺が目指しているのは、タクシー乗り場。
高額払い戻しを受けたときには、タクシーで直帰というのは鉄板だ。
特にこの時代はヤバい。
実際、大穴取ったあとオケラ街道を歩いていたら襲われたとか、家の近くまで尾行されたとか聞いたことがあった。
そのぐらいヤベーのだ。
黒塗りの車が並ぶタクシー乗り場が見えてきて、ホッとしていたら突然呼び止められた。
「おい、オッサン! ちょっと待てやコラ!」
声のするほうを向けば――。
「あ」
こいつは、馬券売り場で俺に絡んできたやつじゃねぇか。
「馬券が当たったの知ってたから、ここで待ってれば来ると思ってたぜ、このクソオヤジが」
「シンシンザンは三冠馬になる馬だぞ? そんなスゲー馬を、負け犬のお前は買わなかったんだろ?」
「なんだとゴラァ!」
そそくさと逃げようとした俺の肩を、男が掴んだ瞬間――警備員の右ストレートが、負け犬の顔面を捉えた。
男がその場に崩れ落ちたのだが、まさに容赦なし。
さすが昭和。
男を取り押さえた警備員が笛を吹くと、仲間の警備員がぞろぞろと集まってきた。
喧嘩は両成敗だが、強盗はアカンということだろう。
しかも現行犯だしな。
のびた男が脇を抱えられて連行されて行った。
「マジで強いじゃん!」
「うす!」
「助かったわ! これ……」
俺は彼と握手をするフリをして折った1000円札を握らせる。
「うす!」
彼は両手を握って礼をした。
そのままタクシー乗り場まで行くと車に乗り込んだ。
「どちらまで?」
「新井薬師前」
「はい」
「あ、その前に――ここらへんに大きな川にかかった橋ってあります?」
「川ならすぐそこに、多摩川があるけど」
「とりあえず、そこに行ってもらえます?」
「は~い」
メーターを倒すと、タクシーが動き始めたのだが、車はすぐに大きな橋を渡り始めた。
荷物を積んだリアカーが、橋の上も走っている。
交通量が多いのか止まってしまった。
「橋の真ん中当たりで、ちょっと停車ってできます?」
「う~ん、大丈夫だと思うけど……」
運転手が俺の行動に訝しげな顔をしている。
まぁ、ゆっくりとしか車は動かないし。
「すぐに済むんで」
橋の真ん中辺りまで行くと、ドアを開けて一旦降ろしてもらった。
ここでなにをするかというと――俺は、財布に入っていた小銭を橋から落とした。
未来から持ってきた小銭を畳の下に隠していたのだが、それを持ってきていたのだ。
この時代の川はドブ川でヘドロが積もっており、ここに捨てればもう見つかることはないだろう。
俺は未来の証拠を捨てると、すぐにタクシーに戻った。
「すみませんね。おかしなやつで、ははは」
「このあとは、新井薬師前に行っていいのね?」
「はい、お願いします」
タクシーは、50分ほどで目的地に到着した。
夕方どきなので、駅前は沢山の人がいる。
「980円です」
「はい、お釣りはいいっすよ」
俺は運転手に伊藤博文を渡した。
「ありがとうございました~」
「ふう~無事に帰ってきたぜ~」
カバンには70万円の大金。
ほっと一安心ってところだが、カバンに大金が入るのはいいな。
これが700万円だったら、もっとデカいカバンがいるからな。
「さてぇ、とりあえずなにをするか――」
そうだ、布団を買うか。
ずっと借りっぱなしだし、いずれは買わなくちゃならんし。
幸い、駅前の布団屋はまだ開いていたようだ。
テキトーな敷布団、掛け布団、毛布を一枚、それから枕か。
おっと、デカいバスタオルも買うか。
バスタオルやガウンなども売ってるので、こういうのは古くからあるものなんだな。
配達をしてくれるというので住所を伝える。
「これから家にいます?」
店員にそんなことを言われる。
「今日運んでくれるの?」
「帰り際に配達しますよ~、近くですし」
「とりあえず飯を食うので、あと1時間したらでいい?」
「いいっすよ~」
大量に買ったので、サービスだろうか。
運んでもらえるのはありがたいし、これで今日は気持ちよく寝られる。
八重樫君に3万5000円を渡そうと思ったが、空手部のお兄さんやらタクシー代やら、布団を買ってしまった。
最初の予定どおりの1割利子の3万3000円でいいか。
「とりあえず、飯か!」
駅前には立ち食いの屋台が沢山あるのだが、がっつりと食いたいので、近くにあったラーメン屋に入った。
結構混んでいて、皆が天井の角にある白黒TVを見上げている。
俺は、ラーメンライスと餃子を頼んだ。
もう、爪に火をともす必要はない。
そうはいっても、毎日ラーメンやらを食べては確実に身体に悪い。
この時代に大病なんてしたら、あの世行きの可能性が高い。
それに、この時代は味付けがやたらと濃いんだよなぁ。
塩分と炭水化物を摂りすぎだ。
塩鮭に醤油かけているやつとか、漬物に醤油かけているやつとか、普通にいるし。
カツとか揚げ物にもソースドバドバ。
おかずを真っ黒にして食って、そして白米をガバガバ食う。
黒と白の不健康のハーモニー――高血圧プラス糖尿まったなし。
せっかく面白くなりそうだってのに、病気とかしていられねぇ。
健康第一、これでいく。
不健康な飯で腹が膨れるとラーメン屋を出て、まっすぐアパートに戻った。
アパートの階段を上って部屋の鍵を外していると、廊下に八重樫君が顔を出した。
「おかえりなさい~」
なんだか、少年が心配そうな顔している。
金を貸したはいいが、本当に戻ってくるか心配なのだろう。
大丈夫だっての。
「おう、ただいま。荷物を置いたら君の所に行くわ」
「はい」
荷物を置いて着替えると、彼の所に行った。
「ほい、借りてた3万円と、利子の3000円ね」
「朝に貸したばっかりじゃないですか」
「まぁ、そういう約束だし」
「いいんですか? それじゃ遠慮なく」
「おう――それから俺は近々引っ越すからな。部屋を探し始めるし」
「ええ?! 本当ですか?」
「もちろん――といっても、ここは交通が便利だし、引っ越すといっても近くだぞ」
金ができたといっても、まだ無駄遣いはできん。
新しいことを色々とやるためには、資金が必要だし。
それに、俺には保証人がいない。
部屋を借りるためには2年間分の家賃を一括払いとかしないとだめだろう。
「僕も引っ越ししたいです……」
「それじゃ、もうちょっと稼がんとな」
「はい」
八重樫君と話していると、下から声が聞こえてきた。
「篠原さ~ん、布団屋で~す!」
「は~い!」
「篠原さん、布団も買ったんですか?」
「ああ」
下に行くと、布団屋の兄さんがバイクから布団を降ろしていた。
バイクに積んできたらしい。
その布団を受けると2階に運び、ついでに借りていた布団を返すために、大家さんのドアを叩いた。
ちょっと小太りでステテコ姿の大家が出てくる。
ステテコにゃまだ早いと思うのだが……。
「もう、いいのかい?」
「はい、やっと布団が買えましたから。これ、少ないですが、お礼です。ありがとうございました」
封筒に2000円ほど入れて、彼に手渡した。
「はは、気にしなくてもいいのに」
そうは言っているが、金をもらってうれしくない人はいないだろう。
世話になったのは確かだし。
これで今日から、綺麗な布団で寝られるってわけだ。
俺の進撃の昭和が始まるぞ。
多分な。