表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/162

78話 電池切れ


 俺たちは、動物園にやって来た。

 家族サービスってやつだが、編集の相原さんや漫画家の先生、コノミのお友だちまで一緒にいる。

 全部が俺の奢りだ。

 サントクに貸していた金が戻ってきたのだが、どうせまともには使えない金。

 こういうことで散財するのもいい。


 漫画家の先生2人は、動物の写生をするので別行動をしている。

 動物園を回るのは、俺とヒカルコと相原さん、そして子どもたち。


 正門に入ってすぐの所にいた巨大な象に、子どもたちは興奮気味だ。

 いきなり全開じゃすぐに電池が切れそうだが、子どもってのはそういうセーブができない。

 いつでもどこでもフルスロットルだ。


 象の隣にはカバがいた。

 カバもでかい。


「カバだよ!」「あれも図鑑で見た!」「大きい!」

 子どもたちがはしゃいでいるのを見ると、服を引っ張られた。


「ん」

 ヒカルコからパンフレットみたいなものを渡された。

 それを見ると、上野動物園のマップらしい。

 こうやって回ればOK――みたいな順路まで描いてある。

 これは親切だ。


「相原さん、どうやらこのパンフレットのとおりだと、効率よく回れるみたいですよ」

「あ、これは便利ですねぇ~。この紙のとおりだと――最初に戻らないと!」

 俺たちは一番最初に見た、ペリカンの所に戻ることにした。

 そこから、右に進むと孔雀がいる。

 俺は子どもたちのあとを、写真を撮りながらついていく。


「あ! 変な鳥!」

 コノミは知らなかったようだが、鈴木さんは知っているようだ。


「あれは孔雀だよ」

「へ~!」

「コノミが持ってる図鑑は動物だけだからなぁ。今度は鳥さんも買うか?」

「うん!」

 子どもたちに反応したのか、孔雀が羽を広げた。


「あ! すごい!」

 野村さんが声を上げた。


「ショウイチ! なんであんなに綺麗に開くの?」

「あれはなぁ――女の子にアピール――って解らんか。俺ってこんなにお洒落でスゲーんだぜ! って見せびらかしているんだよ」

「それじゃ、綺麗なほうがモテるんですか?」

「お、そのとおり、鈴木さんはいい線いってるねぇ」

「えへへ……」

 彼女が照れている。


「ショウイチ、凄い! なんでも知ってる!」

「はは、なんでもは知らんのだけどなぁ」

 こんな調子で、園の端っこから反時計回りに、順路を消化していく。

 キツネ、鹿、虎、ペンギン――さすが日本でも有名な動物園だなぁ。

 俺が訪れたのは、この時代よりかなりあとになるのだが、それでも沢山の動物が見て回れる。

 見て学ぶ――まさしく見学だ。


 俺たちは、最初に見た象の所に戻ってきた。

 そのあとは、猿や熊などを見て、カンガルーを見ると、前方に新幹線が走っている。

 色は、なぜか赤いが。


「あ! 新幹線!」「電車だ!」「すごい!」

「あ~、おサルの電車かぁ」

 この時代はまだ走ってたんだな。

 そのあとの時代になると、動物虐待とか言われて廃止されてしまったのだ。

 最初はこの型ではなかったが、新幹線が開通したので時代に合わせたのだろう。

 まぁ、こっちのほうが受けがよさそうだし。

 なにせ夢の超特急だからな。


 それにしても、なんでボディカラーが赤なんだろうな。

 著作権とか商標の関係だろうか。


「おサルの電車?!」

 コノミが俺の言葉に反応した。


「猿が電車を運転しているんだよ」

「うそ!」

「本当だよ。新幹線の先頭を見てごらん」

 子どもたちが、柵にかじりついた。

 柵の中にはお花畑、その間に線路が敷かれている。

 そこに子どもを乗せた新幹線がやってきたのだが、先頭車両の上に猿が座っていた。


「あ! 本当に猿が乗ってる」「かわいい!」「すごい!」

「ほらな、本当だろ?」

「あれって、本当に運転しているんですか?」

 相原さんも興味があるようだ。


「電気とモーターですからねぇ。スイッチ入れて、1周したらスイッチを切る――ぐらいならできると思いますよ」

「賢いですねぇ」

 おサルの電車の最後のほうは、猿が運転するんじゃなくて、ただの飾りになってしまったようだが。

 見れば――電車は人気があるのか、結構な子どもが並んでいる。


「みんな乗ってみるか?」

「「「うん!」」」

 3人とも乗るようだ。

 大人も乗れるようだが、待機。


「でも篠原さん、子どもは3人だし、1人が知らない子と隣になってしまうかもしれませんから、私も乗ります」

 相原さんが手を挙げてくれた。


「それでは、お任せいたします。あ、ヒカルコも乗りたいか?」

「フルフル」

 彼女が首を振っている。

 確かに大人が乗るのには少々恥ずかしいな。


 子どもたち3人と相原さんが、列に並び始めた。

 電車が止まっているところには、鉄筋コンクリートのホームがあり、本格的だ。

 子どもたちは相原さんにまかせて、俺はカメラの準備をした。

 電車に乗る子どもたち――これはシャッターチャンスだが、俺が持っているのはすべてがマニュアルのカメラ。

 オートフォーカスでもないし、巻き上げも手動で連写もできない。

 上手く撮れるだろうか?


「う~ん、これは一発勝負で、置きピンするしかねぇな」

 流し撮りなんて洒落たことができるはずもなし。

 おサルの電車がやってくる度に、ファインダーを覗き込んで、置きピンする場所を探る。

 なんで写真を撮るのに、こんな緊張しなくちゃならんのだ。


 子どもの運動会で、カメラやビデオを構えている親父さんたちも、こんな緊張を味わっているのだろうか?

 まぁ、運動会のビデオなんか撮っても子どもは絶対に喜ばないよな。

 運動会とか学芸会とか、個人的には、子どもにとってはあまり嬉しいイベントじゃないと思うんだよ。

 それをわざわざ残されてもなぁ――という感じだと思う。


 じ~っと新幹線のホームを見ていると、コノミたちが乗り込むのが見えた。


「ショウイチ、来るよ!」

「わかってる!」

 俺は大きく深呼吸をした。


 ドンドンと真っ赤な新幹線と猿が近づいてくる。

 いや、猿はどうでもいい。

 ファインダーを覗き込んで、笑っているコノミにピントが合うちょっと手前にシャッターを押した。


「ふ~」

 上手く撮れただろうか?

 こればっかりは、現像してみないことにはさっぱりと解らん。

 まぁ、今回はカメラ屋のプロに頼むから、多少のヘマはカバーしてくれないだろうか。

 多少ピンが甘くても、写っていればいいのだ。

 ピンボケの写真でも、あるのとないのとでは大違い。


 俺が悩んでいるところに、皆が戻ってきた。


「面白かった!」

「ショウイチ! お猿さん可愛かった!」

「スマン! 写真は上手く撮れなかったかもしれん!」

「大丈夫だよ、おじさん」「他にも沢山写真があるんでしょ?」

「まぁ、かなり撮るから、全部失敗ってことはないし」

 俺もそれなりにマニュアルフィルムカメラの経験値を積んだから、それなりになっているし。


「それなら大丈夫」「あはは」

 皆が笑っているから大丈夫か。

 頼む、上手く写っててくれ~。


「篠原さん、そんなに気にしなくても」

 相原さんも笑っている。


「けどまぁほら、このおサルの電車が、動物園のハイライトっぽいし……」

「そんなことないですよぉ」

「ショウイチ、気にし過ぎ」

 ヒカルコもそんなことを言う――気にしているのは俺だけか。

 まぁ、それならいいけど……。


 ツマランことで緊張したので、喉が渇いた。

 ちょうど、おサルの電車の横に売店がある。


「喉が渇いた、なにか飲もう。アイスもあるみたいだぞ」

「アイスを食べる!」

 コノミは真っ先に決めたようだ。


「おう、いいぞ。鈴木さんと野村さんも食べてもいいぞ?」

「いいんですか?」

「そりゃもちろん。今日の飲み食いは全部俺持ちだし」

「「「わ~い!」」」

「アイスじゃなくて、飲み物でもいいぞ」

「アイスにする!」

 アイスは1個20円だ。

 サイダーとレモンジュースは1本30円。

 入園料の30円は高くないと思ったが、ジュースとアイスは高い気がするなぁ。

 観光地価格かな?

 でも、巷でもコーラが40円だしなぁ。

 そうでもないか。

 俺がやってきた昭和38年のときには1本35円だったのに、5円値上がりした。

 確実にインフレが進んでいる。

 まぁ、その分給料も上がっているんだけどな。


 大人たちは、サイダーにした。

 ちゃんと冷えていて、美味い。


「コノミ、アイスは1個20円、3つでいくら?」

「60円!」

「正解! ピンポン!」

「ピンポンってなに?」

「え?! 正解だと、そういう音が鳴るんだよ」

「?」

 彼女が首をかしげている。

 こういうところに、時代のギャップを感じてしまう。

 傍から見たら変なオジサンだ。

 そうです、私が変なオジサンだから、しゃーないけどな。


「ショウイチって、たまに変なことを言う」

 ヒカルコもそう思うらしい。


「まぁ、変なオジサンだから、仕方ないんだよ」

「ぷ……」

 横で、相原さんが笑っている。

 彼女は俺のこのフレーズがお気に入りのようだ。


「あそこにお花畑もあるから、お花摘みに行きたい女子は行ってきな」

「「?」」

 その女子が首をかしげている。


「ショウイチ、お花摘みってなぁに?」

「トイレだよトイレ。女の子がトイレとか言っちゃいけません」

「「へ~」」「それじゃ男子は?」

「雉撃ちとか、鉄砲撃ちとか」

「本当ですか?」

「相原さんまで――本当ですよ」

 この時代には使われてなかったのだろうか?


「ショウイチ、なんでお花摘みって言うの?」

 ヒカルコも知らないようだ。


「野原でしゃがんでいると、花を摘んでいるように見えるだろ。元々、登山用語らしいがな」

「スケベ!」

「俺が考えた単語じゃねぇし」

「篠原さん、博識ですねぇ」

 相原さんが感心している。

 超エリートの彼女にそう言われるとケツが痒いけどな。

 俺は知識チートを使っているだけだし。


 女性陣と話していると、子どもたちが戻ってきた。

 入れ替わりに、相原さんとヒカルコがトイレに向かう。

 まぁ、トイレの場所はなん箇所かあるので、困ることはないだろう。

 ジュースの瓶を店に返すと、俺たちは再び動物巡りに出発した。


 ふと、動物の所に、ベレー帽を被った男がいる。

 画板を持って、動物をスケッチしているようだ。

 プロの編集である、相原さんなら知っているかもしれない。


「相原さん、あの人って漫画家さんですかね?」

「どうでしょう。私の知らない方ですが……」

 もしかして、名前を聞いたら有名な先生かもしれないな。

 ――というか、八重樫君だって、もうかなり有名なんだけどな。

 いや、漫画家じゃなくて、普通の画家という可能性もあるが……。


 この時代、大手出版社が出している漫画雑誌の他に、貸本漫画というジャンルもあった。

 本が高いので、独自の単行本の漫画をレンタルして商売をしているわけだ。

 劇画というジャンルも出てきて、エログロの結構エグい話も多い。

 そういうので客を稼いでいるわけだが、エログロだけという批判も聞く。


「相原さん、最近台頭してきた劇画についてどう思います?」

「う~ん、ちょっと子どもたちには、どうでしょうか」

「そうですよねぇ」

「この前の事件で帝塚先生が抜けた雑誌が、劇画作家を沢山引き入れたそうですよ」

 帝塚先生の作品が盗作されたとかいう話で、神様がその雑誌から引き上げてしまったのだ。

 代役がいなくて、ピンチヒッターを入れたか。


「じゃあ、そっちの方で独自路線を進むんでしょうか」

「そうかもしれません」

「過激なことをやって、PTAとかから突き上げを食らいそうだけどなぁ」

「そうですねぇ」

「あ、でも――そっちに目がいけば、ムサシにはいい目眩ましになるか……」

「もう……篠原さんったら」

「相原さん、そのときのセリフは、『クククッ――篠原屋、お主も悪よのぉ』ですよ」

「悪代官ですか!」

「おお、中々いいツッコミ! はは」

 相原さんと話していると、ヒカルコが俺の腕に抱きついてきた。


「む~!」

「ははは」

 ヒカルコと話すといっても、ネタがないんだよなぁ。

 普段からして無口だし。


 子どもたちと歩いていくと、キリンがいた。


「コノミ、キリンだぞ!」

「首長いー!」「大きい!」「変な模様~!」

 コノミは、キリンも見たがってたからな。

 このフォルムが気に入ったのだろうか?


「黄色に描かれることが多いけど、黄色じゃないよなぁ」

「そうですね~」

 相原さんと話している間にも、ヒカルコが俺にしがみついている。


「ショウイチ! なんで、こんなに首が長いの?!」

「それはな――高い所にある餌を食べるために、首が長いんだよ」

「「「へ~!」」」

「首がすごい長いけど、首の骨の数は、他の動物や人間なんかと一緒なんだぞ」

「そうなんだ! ショウイチは、なんでも知ってる!」

「はは」

 子どもたちと話していると、相原さんも入ってきた。


「そうなんですか?」

「元々は共通の祖先から進化してきてますからねぇ。姿かたちが少々違っていても、同じ法則の上に生物が成り立っているわけですな」

「それじゃ、宇宙人などがいたら、骨の数なんかはみんな違うんですね……」

「○○は宇宙からやって来た! みたいなのは、みんな嘘?!」

 突然、ヒカルコがアホなことをぬかす。


「嘘に決まってるだろ。逆にまったく骨の数が違う生き物がいたなら、それは宇宙からやってきた証になるだろうけどな」

 そうは言ってみたものの、深海に住んでいる生物などは、「本当に地球の生物なのか?」みたいな形状をしているものがいる。

 あれとて、しっかりと地球の生物の法則に則っているわけだよなぁ。


「宇宙人だからといって、まったく異質な生物を漫画などに出しても、物語になりませんしねぇ」

 相原さんの言うとおりだ。


「はは、ムサシの敵が――ウネウネの不定形やら、化け物みたいな生物だったらヒューマンドラマもなにもないですし」

 ここのエリアはすべて見終わってしまったが、不忍池の方にまだエリアがある。

 皆でそこに向かうわけだが――俺たちの眼の前にはモノレールの駅。

 この時代には、もうモノレールがあったのか。


 懸垂式とかいう、白い葉巻型の乗り物がコンクリの橋にぶら下がって走っている。


「スゲー! 宇宙船っぽい!」

 野村さんの反応がいい。

 彼女の言うとおり、円筒形の正面に丸いヘッドライトが突き出ているフォルム――確かに宇宙船のようだ。

 野村さんは、こういうのが好きなのか。


「下からも行けるが、せっかくだから乗ろうぜ」

「「「うん!」」」

 皆の分の切符を買う。

 子どもが15円、大人が30円だ。

 距離で数百メートル――歩いても行ける距離で、この値段は高いかもしれないが――。

 まぁ、ジェットコースターのようなアトラクションだろう。

 実際、周りにいる沢山の子どもたちも喜んでいる。

 野村さんが言ったように、宇宙船に搭乗感覚だろう。


 皆で、モノレールに乗り込む。


「篠原さんありがとうございます」

「保護者なんですから、いいんですよ」

 話しているとモノレールが動き出した。

 広い動物園を見下ろす形になる。


「「「すごーい!」」」

 ウチの子どもたちだけではない。

 あちこちから喝采が上がっている間に180度カーブして、もう到着した。


「いやぁ、短いなぁ。もっと動物園をぐるりと回ってくれればいいのに」

「うん」「そうですよねぇ」

 ヒカルコと相原さんも、俺と同意見のようだ。

 これじゃ、マジで短すぎる。


 子どもたちも少々不満のようだが、モノレールから降りると――不忍池のエリアに入った。

 不忍池分園と書いてあるこちらは、小物が多い感じ。

 漫画家の先生たちは、向こうで写生しているんだろうな。

 売店があったので、皆のお土産を買った。


 お土産といっても、平成令和のように洒落たキャラクターグッズやら、ぬいぐるみがあるわけでもない。

 パンフレットのような本と、絵葉書ぐらい。

 そういえば、絵葉書とかいう文化も廃れたなぁ。

 俺が書いたことがないだけかもしれないが……。

 動物の写真が沢山載っている、上野動物園グラフという本と絵葉書を、子どもたちに買ってあげた。

 グラフは1冊100円で、絵葉書は5枚で20円。

 ここらへんは、妥当な金額じゃなかろうか。


「絵葉書は、爺さん婆さんに出してあげるといいぞ」

「「うん!」」

「コノミ、おばあちゃんがいない……」

 あちゃー、しまった。

 こういう一言が、子どもを傷つけることもある。


「それじゃ、大家さんに出してあげな」

「わかった!」

 上手くリカバリーできたようだ。


 ここにはポストもある。

 ウチのアパートの住所を教えてやり、絵葉書の裏に住所を書かせると、コノミに絵葉書を投函させた。

 大家さん、驚くかもな。


 これで動物園は全部回ったので、漫画家の先生たちを探そう。

 昼を過ぎたので昼飯だ。

 平成令和の動物園では、レストランなどもあったかと思うが、ここにはなにもない。

 飲み物やアイスなどを売っている小さな売店だけ。

 昼食を摂るためには、外に出なくてはならない。

 駅前に、以前俺が飯を食った、和洋折衷なんでも揃っているデカいレストランがある。

 あそこでいいだろう。


 先生たちはこちらには来てないと思うので、またモノレールに乗り込むと本園に戻った。

 象がいた辺りが園の中心だろうから、皆をそこで待たせて先生たちを探す。

 ふたりとも画板を持っているので、すぐに見つかった。


「お~い、先生たち、昼飯を食いに行こうぜ」

「いいですねぇ」「ちょうどお腹が空いてきました~」

 皆で合流した。


「先生たち以外にも、漫画家みたいな人がいたぞ」

「ああ、話を聞きましたが、漫画家さんでしたよ」

「本当にそうなのか」

 名前を聞いたら、俺も知っている人だった。

 マジで、そういう時代なんだよなぁ。


「その方も、ムサシを知ってましたよ」

「業界じゃ有名だろう。編集部でも、既存のSFモドキじゃ対抗できなくなったとか言われたし」

「ああ、それは僕も言われたことがありますよ。『どうしてくれるんだ! 大変なことになった!』なんて言われました」

「そんなの知らんがな! って言ってやれ。むこうの勉強不足なんだから、はは」

「僕も篠原さんの原作で描いているだけですからねぇ」

 先生も漫画家同士のつき合いとかあるのか。

 意外や意外。


「そりゃありますよ」

 つ~か、八重樫先生、意外とコミュニケーション能力高いな。

 陰キャラっぽく見えるが、全然陰キャじゃないんだよなぁ。

 矢沢さんは、普通に陽キャだし。


 話しながら上野公園を出て、俺が以前に訪れたデカいレストランに向かう。

 店に到着したので、2階の食品サンプルが並ぶウインドウで品定めだ。

 このときが一番楽しくもある。


「ここはマジでなんでもあるからな、はは」

「僕は来たことがありますよ」

「矢沢さんは?」

「初めてですぅ!」

「まぁ、今日は全部俺の奢りだから、好きなの食いな。ほら、寿司もあるぞ」

「はい」

「「「うわぁ」」」

 子どもたちも、ガラスにへばりついている。


「子どもたちは、おこさらまんちでいいんじゃね?」

「おこさら?」

 子どもたちが、首をかしげている。


「あ、違うか――おこ、おこ、違う……」

「ショウイチ、お子様ランチ」

 ヒカルコのツッコミで思い出した。


「そう、それな! 歳食うと、突然単語が出なくなるんだよ」

「うちのお父さんも、アレとかソレとか言ってる」

 野村さんの親父さんもそうらしい。


「ああ、それそれ、はは」

「ショウイチ、オヤジくさい」

「そりゃそうだろう。ヒカルコの親父さんだって、俺と同じぐらいの歳だろうが」

「……」

 親のことは話したくないのか、彼女が口を結んでいる。


「そうなんですよねぇ――でも、篠原さんって、すごく若く感じることがあって」

「相原さん、そりゃ子どもっぽいって言いたいんでしょ?」

「い、いえ! 決して……そんなことは……」

 ゴニョゴニョ言っているが、まぁそうなんだろう。

 結局、子どもたちは、お子様ランチとメロンソーダフロート。

 大人たちは、これまた以前に俺が食べた寿司に決定。

 当然「松」だ。


「そんな高いの、いいんですか?」

「はは、いいからいいから」


 食事は満足。

 お子様ランチには、ハンバーグとナポリタン、そして卵焼き。

 豪勢に見えるが、ハンバーグはどう見ても、マ○シンハンバーグ……。


 さすが昭和だが、子どもたちは一緒についていた旗を持って満足そうにしている。

 特にメロンソーダフロートの美味しさに感激したようだ。

 なぜかあれは、美味く感じるよな。

 メロンなんて全然入ってねぇのに。

 まぁ、メロンの香料はすごく高いらしいので、デザートとしても高級品なのは間違いない。


 そのあとは、御徒町で子どもたちにお菓子の詰め合わせを買ってあげた。

 最初、はしゃいでいたのだが、徐々にトーンダウンしてきた。

 動物園で全開だったので、ここらへんで電池切れかな?


「ああ、こりゃヤバい! みんな沈没寸前だ」

 コノミなんて俺にしがみついて、動かない。

 鈴木さんと野村さんは、相原さんに抱きついている。


「篠原さん、どうしましょう?」

 珍しく相原さんが困った顔をしている。


「電車は駄目ですね。タクシーで帰りましょう」

「はい」

「悪い、先生たちは、別のタクシーを拾ってくれ。タクシー代を出すからさ」

「僕たちは電車でもいいですよ」「そうですよぉ」

「取材ってことにすれば経費で落ちますから、領収書もらってください」

「今日ぐらいいいだろう。皆でタクシーで帰ろうぜ」

「そうですね」「はい、私もそうします」

「相原さんはどうします?」

「私は、社に戻りますから」

「え?! これから仕事ですか? 大丈夫ですか?」

「はい、もう元気を沢山いただきましたから」

 彼女が、女の子たちの頭をなでている。

 相原さんにタクシーを止めてもらった。

 さすが、止め慣れているというか、なんか鮮やかだ。


 女史に別れを告げると、2台のタクシーに分乗――ヒカルコがタクシーの前に乗り、俺と子ども3人は後ろ。

 子ども3人で大人2人分だから、別に違反でもない。

 その子どもたちは、座席で爆睡している。

 そのままアパートの前まで帰ってきた。


 ここからが問題だ。

 鈴木さんと野村さんの家が解らん。

 可哀想だが、コノミをなんとか起こして、2人の家に案内させた。

 だって、このままじゃどうしようもない。

 うちに寝かせてもいいけど、せっかくタクシーで帰ってきたんだから、家まで乗せていってもらう。


 ――まずは、野村さんの家だ。

 まぁ、とりあえず、ちょっとびっくり。

 俺が秘密基地に使っているボロ屋(失礼)と同じぐらいの崩壊寸前だった。

 借家らしいが、そこに1家6人が暮らしているようだ。

 そりゃ、余裕なんてあるはずがない。

 昭和には、こういう家が沢山あったのだ。

 ふすまから男の足が見えているのだが――たぶん、父親だろう。


 俺が突然、野村さんを抱えて訪れたので、お母さんはびっくりしていたようだが、単に疲れて寝ていると聞いて恐縮しきりだ。


「今日は、本当にありがとうございました」

「いえいえ、今日はうちのコノミもすごく喜んでおりましたし、子どもたちも勉強になったと思いますよ」

「「ねぇちゃんばっかりずるい!」」

「これ!」

 彼女の持ち物を漁っているのは、2人の弟たちだ。

 そんなことを言われてもなぁ。

 野村さんもコノミの親友ってことで、今回の候補に上がったわけだし。


 野村家に挨拶をすると、今度は鈴木さんの家だ。

 こちらは、こじんまりとはしているが、普通の一軒家。

 それなりの会社に勤めているサラリーマンって感じだろう。


 鈴木さんのお父さんは、休日出勤が多いらしいので、今日も留守らしい。


 こちらも俺が突然、娘さんを抱えて訪れたので驚いていた。


「今日はお世話になってしまい、大変ありがとうございました」

「いつもコノミと仲良くしていただいてますからねぇ、はは」

 丁寧に挨拶を交わすと、ワンピースを着たツインテの小さな女の子がこちらを見ている。

 鈴木さんの妹だろう。

 小学校1年か2年って感じだ。

 彼女も、学校に通っているのだろう。


「こんにちは」

 挨拶すると、彼女は奥に引っ込んでしまった。

 恥ずかしいのか、怖いのか。

 奥さんに再び挨拶をすると、俺はタクシーに戻った。


「運転手さん、悪いけどグルっとまわって、最初のアパートの所に――」

「はい」

 本当に町内をぐるりと回って、アパートに帰ってきた。


「篠原さ~ん!」

 八重樫君たちは、先に戻っていたようだ。

 爆睡しているコノミを抱えて階段を上る。


「まぁ、コノミちゃんどうしたの?!」

 大家さんが顔を出したのだが、ぐったりしているコノミに驚いたようだ。


「ははは、あの――遊び疲れて寝ているだけですから」

「ああ、そうなの! 子どもって、大騒ぎして突然寝ちゃうからねぇ」

 彼女も子どもでそういう経験があるようだ。


 部屋に戻るとヒカルコに布団を敷いてもらう。

 そこにコノミを寝かせる。


「はぁ……疲れた」

「お疲れさま」

 ヒカルコがいきなり俺に抱きついてきたので、一緒に畳に倒れた。


「まぁ、たまにこういう日もいいかぁ」


 すごく大変だったが、充実していたのは確かだしな。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124fgnn52i5e8u8x3skwgjssjkm6_5lf_dw_a3_2
スクウェア・エニックス様より刊行の月刊「Gファンタジー」にてアラフォー男の異世界通販生活コミカライズ連載中! 角川書店様、角川コミックス・エースより黒い魔女と白い聖女の狭間で ~アラサー魔女、聖女になる!~のコミックス発売中! 異世界で目指せ発明王(笑)のコミカライズ、電子書籍が全7巻発売中~!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ