78話 電池切れ
俺たちは、動物園にやって来た。
家族サービスってやつだが、編集の相原さんや漫画家の先生、コノミのお友だちまで一緒にいる。
全部が俺の奢りだ。
サントクに貸していた金が戻ってきたのだが、どうせまともには使えない金。
こういうことで散財するのもいい。
漫画家の先生2人は、動物の写生をするので別行動をしている。
動物園を回るのは、俺とヒカルコと相原さん、そして子どもたち。
正門に入ってすぐの所にいた巨大な象に、子どもたちは興奮気味だ。
いきなり全開じゃすぐに電池が切れそうだが、子どもってのはそういうセーブができない。
いつでもどこでもフルスロットルだ。
象の隣にはカバがいた。
カバもでかい。
「カバだよ!」「あれも図鑑で見た!」「大きい!」
子どもたちがはしゃいでいるのを見ると、服を引っ張られた。
「ん」
ヒカルコからパンフレットみたいなものを渡された。
それを見ると、上野動物園のマップらしい。
こうやって回ればOK――みたいな順路まで描いてある。
これは親切だ。
「相原さん、どうやらこのパンフレットのとおりだと、効率よく回れるみたいですよ」
「あ、これは便利ですねぇ~。この紙のとおりだと――最初に戻らないと!」
俺たちは一番最初に見た、ペリカンの所に戻ることにした。
そこから、右に進むと孔雀がいる。
俺は子どもたちのあとを、写真を撮りながらついていく。
「あ! 変な鳥!」
コノミは知らなかったようだが、鈴木さんは知っているようだ。
「あれは孔雀だよ」
「へ~!」
「コノミが持ってる図鑑は動物だけだからなぁ。今度は鳥さんも買うか?」
「うん!」
子どもたちに反応したのか、孔雀が羽を広げた。
「あ! すごい!」
野村さんが声を上げた。
「ショウイチ! なんであんなに綺麗に開くの?」
「あれはなぁ――女の子にアピール――って解らんか。俺ってこんなにお洒落でスゲーんだぜ! って見せびらかしているんだよ」
「それじゃ、綺麗なほうがモテるんですか?」
「お、そのとおり、鈴木さんはいい線いってるねぇ」
「えへへ……」
彼女が照れている。
「ショウイチ、凄い! なんでも知ってる!」
「はは、なんでもは知らんのだけどなぁ」
こんな調子で、園の端っこから反時計回りに、順路を消化していく。
キツネ、鹿、虎、ペンギン――さすが日本でも有名な動物園だなぁ。
俺が訪れたのは、この時代よりかなりあとになるのだが、それでも沢山の動物が見て回れる。
見て学ぶ――まさしく見学だ。
俺たちは、最初に見た象の所に戻ってきた。
そのあとは、猿や熊などを見て、カンガルーを見ると、前方に新幹線が走っている。
色は、なぜか赤いが。
「あ! 新幹線!」「電車だ!」「すごい!」
「あ~、おサルの電車かぁ」
この時代はまだ走ってたんだな。
そのあとの時代になると、動物虐待とか言われて廃止されてしまったのだ。
最初はこの型ではなかったが、新幹線が開通したので時代に合わせたのだろう。
まぁ、こっちのほうが受けがよさそうだし。
なにせ夢の超特急だからな。
それにしても、なんでボディカラーが赤なんだろうな。
著作権とか商標の関係だろうか。
「おサルの電車?!」
コノミが俺の言葉に反応した。
「猿が電車を運転しているんだよ」
「うそ!」
「本当だよ。新幹線の先頭を見てごらん」
子どもたちが、柵にかじりついた。
柵の中にはお花畑、その間に線路が敷かれている。
そこに子どもを乗せた新幹線がやってきたのだが、先頭車両の上に猿が座っていた。
「あ! 本当に猿が乗ってる」「かわいい!」「すごい!」
「ほらな、本当だろ?」
「あれって、本当に運転しているんですか?」
相原さんも興味があるようだ。
「電気とモーターですからねぇ。スイッチ入れて、1周したらスイッチを切る――ぐらいならできると思いますよ」
「賢いですねぇ」
おサルの電車の最後のほうは、猿が運転するんじゃなくて、ただの飾りになってしまったようだが。
見れば――電車は人気があるのか、結構な子どもが並んでいる。
「みんな乗ってみるか?」
「「「うん!」」」
3人とも乗るようだ。
大人も乗れるようだが、待機。
「でも篠原さん、子どもは3人だし、1人が知らない子と隣になってしまうかもしれませんから、私も乗ります」
相原さんが手を挙げてくれた。
「それでは、お任せいたします。あ、ヒカルコも乗りたいか?」
「フルフル」
彼女が首を振っている。
確かに大人が乗るのには少々恥ずかしいな。
子どもたち3人と相原さんが、列に並び始めた。
電車が止まっているところには、鉄筋コンクリートのホームがあり、本格的だ。
子どもたちは相原さんにまかせて、俺はカメラの準備をした。
電車に乗る子どもたち――これはシャッターチャンスだが、俺が持っているのはすべてがマニュアルのカメラ。
オートフォーカスでもないし、巻き上げも手動で連写もできない。
上手く撮れるだろうか?
「う~ん、これは一発勝負で、置きピンするしかねぇな」
流し撮りなんて洒落たことができるはずもなし。
おサルの電車がやってくる度に、ファインダーを覗き込んで、置きピンする場所を探る。
なんで写真を撮るのに、こんな緊張しなくちゃならんのだ。
子どもの運動会で、カメラやビデオを構えている親父さんたちも、こんな緊張を味わっているのだろうか?
まぁ、運動会のビデオなんか撮っても子どもは絶対に喜ばないよな。
運動会とか学芸会とか、個人的には、子どもにとってはあまり嬉しいイベントじゃないと思うんだよ。
それをわざわざ残されてもなぁ――という感じだと思う。
じ~っと新幹線のホームを見ていると、コノミたちが乗り込むのが見えた。
「ショウイチ、来るよ!」
「わかってる!」
俺は大きく深呼吸をした。
ドンドンと真っ赤な新幹線と猿が近づいてくる。
いや、猿はどうでもいい。
ファインダーを覗き込んで、笑っているコノミにピントが合うちょっと手前にシャッターを押した。
「ふ~」
上手く撮れただろうか?
こればっかりは、現像してみないことにはさっぱりと解らん。
まぁ、今回はカメラ屋のプロに頼むから、多少のヘマはカバーしてくれないだろうか。
多少ピンが甘くても、写っていればいいのだ。
ピンボケの写真でも、あるのとないのとでは大違い。
俺が悩んでいるところに、皆が戻ってきた。
「面白かった!」
「ショウイチ! お猿さん可愛かった!」
「スマン! 写真は上手く撮れなかったかもしれん!」
「大丈夫だよ、おじさん」「他にも沢山写真があるんでしょ?」
「まぁ、かなり撮るから、全部失敗ってことはないし」
俺もそれなりにマニュアルフィルムカメラの経験値を積んだから、それなりになっているし。
「それなら大丈夫」「あはは」
皆が笑っているから大丈夫か。
頼む、上手く写っててくれ~。
「篠原さん、そんなに気にしなくても」
相原さんも笑っている。
「けどまぁほら、このおサルの電車が、動物園のハイライトっぽいし……」
「そんなことないですよぉ」
「ショウイチ、気にし過ぎ」
ヒカルコもそんなことを言う――気にしているのは俺だけか。
まぁ、それならいいけど……。
ツマランことで緊張したので、喉が渇いた。
ちょうど、おサルの電車の横に売店がある。
「喉が渇いた、なにか飲もう。アイスもあるみたいだぞ」
「アイスを食べる!」
コノミは真っ先に決めたようだ。
「おう、いいぞ。鈴木さんと野村さんも食べてもいいぞ?」
「いいんですか?」
「そりゃもちろん。今日の飲み食いは全部俺持ちだし」
「「「わ~い!」」」
「アイスじゃなくて、飲み物でもいいぞ」
「アイスにする!」
アイスは1個20円だ。
サイダーとレモンジュースは1本30円。
入園料の30円は高くないと思ったが、ジュースとアイスは高い気がするなぁ。
観光地価格かな?
でも、巷でもコーラが40円だしなぁ。
そうでもないか。
俺がやってきた昭和38年のときには1本35円だったのに、5円値上がりした。
確実にインフレが進んでいる。
まぁ、その分給料も上がっているんだけどな。
大人たちは、サイダーにした。
ちゃんと冷えていて、美味い。
「コノミ、アイスは1個20円、3つでいくら?」
「60円!」
「正解! ピンポン!」
「ピンポンってなに?」
「え?! 正解だと、そういう音が鳴るんだよ」
「?」
彼女が首をかしげている。
こういうところに、時代のギャップを感じてしまう。
傍から見たら変なオジサンだ。
そうです、私が変なオジサンだから、しゃーないけどな。
「ショウイチって、たまに変なことを言う」
ヒカルコもそう思うらしい。
「まぁ、変なオジサンだから、仕方ないんだよ」
「ぷ……」
横で、相原さんが笑っている。
彼女は俺のこのフレーズがお気に入りのようだ。
「あそこにお花畑もあるから、お花摘みに行きたい女子は行ってきな」
「「?」」
その女子が首をかしげている。
「ショウイチ、お花摘みってなぁに?」
「トイレだよトイレ。女の子がトイレとか言っちゃいけません」
「「へ~」」「それじゃ男子は?」
「雉撃ちとか、鉄砲撃ちとか」
「本当ですか?」
「相原さんまで――本当ですよ」
この時代には使われてなかったのだろうか?
「ショウイチ、なんでお花摘みって言うの?」
ヒカルコも知らないようだ。
「野原でしゃがんでいると、花を摘んでいるように見えるだろ。元々、登山用語らしいがな」
「スケベ!」
「俺が考えた単語じゃねぇし」
「篠原さん、博識ですねぇ」
相原さんが感心している。
超エリートの彼女にそう言われるとケツが痒いけどな。
俺は知識チートを使っているだけだし。
女性陣と話していると、子どもたちが戻ってきた。
入れ替わりに、相原さんとヒカルコがトイレに向かう。
まぁ、トイレの場所はなん箇所かあるので、困ることはないだろう。
ジュースの瓶を店に返すと、俺たちは再び動物巡りに出発した。
ふと、動物の所に、ベレー帽を被った男がいる。
画板を持って、動物をスケッチしているようだ。
プロの編集である、相原さんなら知っているかもしれない。
「相原さん、あの人って漫画家さんですかね?」
「どうでしょう。私の知らない方ですが……」
もしかして、名前を聞いたら有名な先生かもしれないな。
――というか、八重樫君だって、もうかなり有名なんだけどな。
いや、漫画家じゃなくて、普通の画家という可能性もあるが……。
この時代、大手出版社が出している漫画雑誌の他に、貸本漫画というジャンルもあった。
本が高いので、独自の単行本の漫画をレンタルして商売をしているわけだ。
劇画というジャンルも出てきて、エログロの結構エグい話も多い。
そういうので客を稼いでいるわけだが、エログロだけという批判も聞く。
「相原さん、最近台頭してきた劇画についてどう思います?」
「う~ん、ちょっと子どもたちには、どうでしょうか」
「そうですよねぇ」
「この前の事件で帝塚先生が抜けた雑誌が、劇画作家を沢山引き入れたそうですよ」
帝塚先生の作品が盗作されたとかいう話で、神様がその雑誌から引き上げてしまったのだ。
代役がいなくて、ピンチヒッターを入れたか。
「じゃあ、そっちの方で独自路線を進むんでしょうか」
「そうかもしれません」
「過激なことをやって、PTAとかから突き上げを食らいそうだけどなぁ」
「そうですねぇ」
「あ、でも――そっちに目がいけば、ムサシにはいい目眩ましになるか……」
「もう……篠原さんったら」
「相原さん、そのときのセリフは、『クククッ――篠原屋、お主も悪よのぉ』ですよ」
「悪代官ですか!」
「おお、中々いいツッコミ! はは」
相原さんと話していると、ヒカルコが俺の腕に抱きついてきた。
「む~!」
「ははは」
ヒカルコと話すといっても、ネタがないんだよなぁ。
普段からして無口だし。
子どもたちと歩いていくと、キリンがいた。
「コノミ、キリンだぞ!」
「首長いー!」「大きい!」「変な模様~!」
コノミは、キリンも見たがってたからな。
このフォルムが気に入ったのだろうか?
「黄色に描かれることが多いけど、黄色じゃないよなぁ」
「そうですね~」
相原さんと話している間にも、ヒカルコが俺にしがみついている。
「ショウイチ! なんで、こんなに首が長いの?!」
「それはな――高い所にある餌を食べるために、首が長いんだよ」
「「「へ~!」」」
「首がすごい長いけど、首の骨の数は、他の動物や人間なんかと一緒なんだぞ」
「そうなんだ! ショウイチは、なんでも知ってる!」
「はは」
子どもたちと話していると、相原さんも入ってきた。
「そうなんですか?」
「元々は共通の祖先から進化してきてますからねぇ。姿かたちが少々違っていても、同じ法則の上に生物が成り立っているわけですな」
「それじゃ、宇宙人などがいたら、骨の数なんかはみんな違うんですね……」
「○○は宇宙からやって来た! みたいなのは、みんな嘘?!」
突然、ヒカルコがアホなことをぬかす。
「嘘に決まってるだろ。逆にまったく骨の数が違う生き物がいたなら、それは宇宙からやってきた証になるだろうけどな」
そうは言ってみたものの、深海に住んでいる生物などは、「本当に地球の生物なのか?」みたいな形状をしているものがいる。
あれとて、しっかりと地球の生物の法則に則っているわけだよなぁ。
「宇宙人だからといって、まったく異質な生物を漫画などに出しても、物語になりませんしねぇ」
相原さんの言うとおりだ。
「はは、ムサシの敵が――ウネウネの不定形やら、化け物みたいな生物だったらヒューマンドラマもなにもないですし」
ここのエリアはすべて見終わってしまったが、不忍池の方にまだエリアがある。
皆でそこに向かうわけだが――俺たちの眼の前にはモノレールの駅。
この時代には、もうモノレールがあったのか。
懸垂式とかいう、白い葉巻型の乗り物がコンクリの橋にぶら下がって走っている。
「スゲー! 宇宙船っぽい!」
野村さんの反応がいい。
彼女の言うとおり、円筒形の正面に丸いヘッドライトが突き出ているフォルム――確かに宇宙船のようだ。
野村さんは、こういうのが好きなのか。
「下からも行けるが、せっかくだから乗ろうぜ」
「「「うん!」」」
皆の分の切符を買う。
子どもが15円、大人が30円だ。
距離で数百メートル――歩いても行ける距離で、この値段は高いかもしれないが――。
まぁ、ジェットコースターのようなアトラクションだろう。
実際、周りにいる沢山の子どもたちも喜んでいる。
野村さんが言ったように、宇宙船に搭乗感覚だろう。
皆で、モノレールに乗り込む。
「篠原さんありがとうございます」
「保護者なんですから、いいんですよ」
話しているとモノレールが動き出した。
広い動物園を見下ろす形になる。
「「「すごーい!」」」
ウチの子どもたちだけではない。
あちこちから喝采が上がっている間に180度カーブして、もう到着した。
「いやぁ、短いなぁ。もっと動物園をぐるりと回ってくれればいいのに」
「うん」「そうですよねぇ」
ヒカルコと相原さんも、俺と同意見のようだ。
これじゃ、マジで短すぎる。
子どもたちも少々不満のようだが、モノレールから降りると――不忍池のエリアに入った。
不忍池分園と書いてあるこちらは、小物が多い感じ。
漫画家の先生たちは、向こうで写生しているんだろうな。
売店があったので、皆のお土産を買った。
お土産といっても、平成令和のように洒落たキャラクターグッズやら、ぬいぐるみがあるわけでもない。
パンフレットのような本と、絵葉書ぐらい。
そういえば、絵葉書とかいう文化も廃れたなぁ。
俺が書いたことがないだけかもしれないが……。
動物の写真が沢山載っている、上野動物園グラフという本と絵葉書を、子どもたちに買ってあげた。
グラフは1冊100円で、絵葉書は5枚で20円。
ここらへんは、妥当な金額じゃなかろうか。
「絵葉書は、爺さん婆さんに出してあげるといいぞ」
「「うん!」」
「コノミ、おばあちゃんがいない……」
あちゃー、しまった。
こういう一言が、子どもを傷つけることもある。
「それじゃ、大家さんに出してあげな」
「わかった!」
上手くリカバリーできたようだ。
ここにはポストもある。
ウチのアパートの住所を教えてやり、絵葉書の裏に住所を書かせると、コノミに絵葉書を投函させた。
大家さん、驚くかもな。
これで動物園は全部回ったので、漫画家の先生たちを探そう。
昼を過ぎたので昼飯だ。
平成令和の動物園では、レストランなどもあったかと思うが、ここにはなにもない。
飲み物やアイスなどを売っている小さな売店だけ。
昼食を摂るためには、外に出なくてはならない。
駅前に、以前俺が飯を食った、和洋折衷なんでも揃っているデカいレストランがある。
あそこでいいだろう。
先生たちはこちらには来てないと思うので、またモノレールに乗り込むと本園に戻った。
象がいた辺りが園の中心だろうから、皆をそこで待たせて先生たちを探す。
ふたりとも画板を持っているので、すぐに見つかった。
「お~い、先生たち、昼飯を食いに行こうぜ」
「いいですねぇ」「ちょうどお腹が空いてきました~」
皆で合流した。
「先生たち以外にも、漫画家みたいな人がいたぞ」
「ああ、話を聞きましたが、漫画家さんでしたよ」
「本当にそうなのか」
名前を聞いたら、俺も知っている人だった。
マジで、そういう時代なんだよなぁ。
「その方も、ムサシを知ってましたよ」
「業界じゃ有名だろう。編集部でも、既存のSFモドキじゃ対抗できなくなったとか言われたし」
「ああ、それは僕も言われたことがありますよ。『どうしてくれるんだ! 大変なことになった!』なんて言われました」
「そんなの知らんがな! って言ってやれ。むこうの勉強不足なんだから、はは」
「僕も篠原さんの原作で描いているだけですからねぇ」
先生も漫画家同士のつき合いとかあるのか。
意外や意外。
「そりゃありますよ」
つ~か、八重樫先生、意外とコミュニケーション能力高いな。
陰キャラっぽく見えるが、全然陰キャじゃないんだよなぁ。
矢沢さんは、普通に陽キャだし。
話しながら上野公園を出て、俺が以前に訪れたデカいレストランに向かう。
店に到着したので、2階の食品サンプルが並ぶウインドウで品定めだ。
このときが一番楽しくもある。
「ここはマジでなんでもあるからな、はは」
「僕は来たことがありますよ」
「矢沢さんは?」
「初めてですぅ!」
「まぁ、今日は全部俺の奢りだから、好きなの食いな。ほら、寿司もあるぞ」
「はい」
「「「うわぁ」」」
子どもたちも、ガラスにへばりついている。
「子どもたちは、おこさらまんちでいいんじゃね?」
「おこさら?」
子どもたちが、首をかしげている。
「あ、違うか――おこ、おこ、違う……」
「ショウイチ、お子様ランチ」
ヒカルコのツッコミで思い出した。
「そう、それな! 歳食うと、突然単語が出なくなるんだよ」
「うちのお父さんも、アレとかソレとか言ってる」
野村さんの親父さんもそうらしい。
「ああ、それそれ、はは」
「ショウイチ、オヤジくさい」
「そりゃそうだろう。ヒカルコの親父さんだって、俺と同じぐらいの歳だろうが」
「……」
親のことは話したくないのか、彼女が口を結んでいる。
「そうなんですよねぇ――でも、篠原さんって、すごく若く感じることがあって」
「相原さん、そりゃ子どもっぽいって言いたいんでしょ?」
「い、いえ! 決して……そんなことは……」
ゴニョゴニョ言っているが、まぁそうなんだろう。
結局、子どもたちは、お子様ランチとメロンソーダフロート。
大人たちは、これまた以前に俺が食べた寿司に決定。
当然「松」だ。
「そんな高いの、いいんですか?」
「はは、いいからいいから」
食事は満足。
お子様ランチには、ハンバーグとナポリタン、そして卵焼き。
豪勢に見えるが、ハンバーグはどう見ても、マ○シンハンバーグ……。
さすが昭和だが、子どもたちは一緒についていた旗を持って満足そうにしている。
特にメロンソーダフロートの美味しさに感激したようだ。
なぜかあれは、美味く感じるよな。
メロンなんて全然入ってねぇのに。
まぁ、メロンの香料はすごく高いらしいので、デザートとしても高級品なのは間違いない。
そのあとは、御徒町で子どもたちにお菓子の詰め合わせを買ってあげた。
最初、はしゃいでいたのだが、徐々にトーンダウンしてきた。
動物園で全開だったので、ここらへんで電池切れかな?
「ああ、こりゃヤバい! みんな沈没寸前だ」
コノミなんて俺にしがみついて、動かない。
鈴木さんと野村さんは、相原さんに抱きついている。
「篠原さん、どうしましょう?」
珍しく相原さんが困った顔をしている。
「電車は駄目ですね。タクシーで帰りましょう」
「はい」
「悪い、先生たちは、別のタクシーを拾ってくれ。タクシー代を出すからさ」
「僕たちは電車でもいいですよ」「そうですよぉ」
「取材ってことにすれば経費で落ちますから、領収書もらってください」
「今日ぐらいいいだろう。皆でタクシーで帰ろうぜ」
「そうですね」「はい、私もそうします」
「相原さんはどうします?」
「私は、社に戻りますから」
「え?! これから仕事ですか? 大丈夫ですか?」
「はい、もう元気を沢山いただきましたから」
彼女が、女の子たちの頭をなでている。
相原さんにタクシーを止めてもらった。
さすが、止め慣れているというか、なんか鮮やかだ。
女史に別れを告げると、2台のタクシーに分乗――ヒカルコがタクシーの前に乗り、俺と子ども3人は後ろ。
子ども3人で大人2人分だから、別に違反でもない。
その子どもたちは、座席で爆睡している。
そのままアパートの前まで帰ってきた。
ここからが問題だ。
鈴木さんと野村さんの家が解らん。
可哀想だが、コノミをなんとか起こして、2人の家に案内させた。
だって、このままじゃどうしようもない。
うちに寝かせてもいいけど、せっかくタクシーで帰ってきたんだから、家まで乗せていってもらう。
――まずは、野村さんの家だ。
まぁ、とりあえず、ちょっとびっくり。
俺が秘密基地に使っているボロ屋(失礼)と同じぐらいの崩壊寸前だった。
借家らしいが、そこに1家6人が暮らしているようだ。
そりゃ、余裕なんてあるはずがない。
昭和には、こういう家が沢山あったのだ。
ふすまから男の足が見えているのだが――たぶん、父親だろう。
俺が突然、野村さんを抱えて訪れたので、お母さんはびっくりしていたようだが、単に疲れて寝ていると聞いて恐縮しきりだ。
「今日は、本当にありがとうございました」
「いえいえ、今日はうちのコノミもすごく喜んでおりましたし、子どもたちも勉強になったと思いますよ」
「「ねぇちゃんばっかりずるい!」」
「これ!」
彼女の持ち物を漁っているのは、2人の弟たちだ。
そんなことを言われてもなぁ。
野村さんもコノミの親友ってことで、今回の候補に上がったわけだし。
野村家に挨拶をすると、今度は鈴木さんの家だ。
こちらは、こじんまりとはしているが、普通の一軒家。
それなりの会社に勤めているサラリーマンって感じだろう。
鈴木さんのお父さんは、休日出勤が多いらしいので、今日も留守らしい。
こちらも俺が突然、娘さんを抱えて訪れたので驚いていた。
「今日はお世話になってしまい、大変ありがとうございました」
「いつもコノミと仲良くしていただいてますからねぇ、はは」
丁寧に挨拶を交わすと、ワンピースを着たツインテの小さな女の子がこちらを見ている。
鈴木さんの妹だろう。
小学校1年か2年って感じだ。
彼女も、学校に通っているのだろう。
「こんにちは」
挨拶すると、彼女は奥に引っ込んでしまった。
恥ずかしいのか、怖いのか。
奥さんに再び挨拶をすると、俺はタクシーに戻った。
「運転手さん、悪いけどグルっとまわって、最初のアパートの所に――」
「はい」
本当に町内をぐるりと回って、アパートに帰ってきた。
「篠原さ~ん!」
八重樫君たちは、先に戻っていたようだ。
爆睡しているコノミを抱えて階段を上る。
「まぁ、コノミちゃんどうしたの?!」
大家さんが顔を出したのだが、ぐったりしているコノミに驚いたようだ。
「ははは、あの――遊び疲れて寝ているだけですから」
「ああ、そうなの! 子どもって、大騒ぎして突然寝ちゃうからねぇ」
彼女も子どもでそういう経験があるようだ。
部屋に戻るとヒカルコに布団を敷いてもらう。
そこにコノミを寝かせる。
「はぁ……疲れた」
「お疲れさま」
ヒカルコがいきなり俺に抱きついてきたので、一緒に畳に倒れた。
「まぁ、たまにこういう日もいいかぁ」
すごく大変だったが、充実していたのは確かだしな。





