77話 動物園だ~
皆で動物園に行くことになった。
動物園といえば、上野だ。
この時代にパンダはまだいないのが残念だが、パンダが来たら来たで大騒ぎになるだろうから、ゆっくりと見学するのにはいいのではないだろうか。
最初は、コノミへの家族サービスのつもりで提案したのだが、ドンドン人数が増えて大所帯になってしまった。
まぁ、コノミのお友だちも一緒に行くので、大人は多いほうがいいだろう。
漫画家の先生2人も一緒だが、動物の写生が目的のようだ。
こういう機会がないと、中々行くこともないだろうし。
よいのではないだろうか。
――そして、いよいよ日曜日の当日。
今日は9月5日、快晴、お出かけ日和である。
多分30℃近くまで上がることだろうから、コノミにも帽子を被せた。
相原さんとは、10時に動物園の正門前で待ち合わせだ。
俺は、ちょっと大きめの肩掛けバッグを買って、そこにカメラやフィルムを入れている。
そして、手に持った新兵器――一脚だ。
晴れているし、三脚までは必要ない。
重いし場所も取る。
一脚があれば、写真の歩留まりも上がるだろう。
ただし、平成令和にあったような伸縮する一脚ではない。
普通の杖の上に、オマケのマウントがついたようなものだ。
まぁ、これでもあるとないとではかなり違う。
せっかくのお出かけだし、子どもたちにいい写真を残して上げたい。
現地で昼食も取るので、お弁当もなしだ。
皆で廊下に出ると鍵をかけた。
「篠原さ~ん!」
Tシャツにオーバーオールを着た矢沢さんが、俺の所にやって来たのだが、サッとヒカルコが間に入った。
「む~」
「なんですかヒカルコさん。私は篠原さんに用事があるんですけど」
「ショウイチ!」
2人が牽制している間に、コノミが俺に抱きついてきた。
「おはようございます!」
部屋から八重樫君も出てきた。
漫画家の先生2人は画板を持っているのだが、買ったのだろうか?
画板なぁ――小学とか中学のときに使ったよなぁ。
「「コノミちゃ~ん!」」
階段下から、今日のお客様の声がする。
「おはよ~!」
コノミが階段を降りていったので、そのあとをついていく。
塀の戸を開けると、鈴木さんと野村さんがいた。
ふたりともおめかし(死語)をしていて、野村さんにいたってはスカートだ。
――そしてさらに中年の女性が2人。
1人は、まとめた髪の毛に、白い割烹着、紺のもんぺ姿。
もんぺか――そういえば、数は少なくなったが穿いている人はいる。
鈴木さんの関係者――ではないな。
いつも話している鈴木さんの親の話とは、イメージがかけ離れているし。
多分、野村さんのお母さんだろう。
「おはようございます。野村由美子の母親でございます」
やっぱりそうだ。
「あ、こりゃどうも。おはようございます。篠原と申します」
「今日は、娘を動物園に連れていってくださるということで、ありがとうございます」
彼女がペコリと頭を下げた。
「それじゃ、こちらは、鈴木さんのお母さんですね」
「おはようございます。久美子の母です。本日は、ありがとうございます」
鈴木さんのお母さんは、ぐっと上品な印象。
パーマをかけた頭に、メガネをかけており、紺色のワンピースを着ている。
「いえいえ、コノミとお友だちも一緒に、今日は社会勉強の一環としてですねぇ――」
他愛もない話をする。
俺はこういう社交辞令が苦手なので、会社勤めも駄目なんだよなぁ。
「由美子に読書感想文の書き方などを教えていただき、大変感謝しております。由美子があんな素晴らしい感想文が書けるなんて」
「お母さん! ちょっと止めて!」
野村さんが慌てている。
母親からそういうことを言われると、恥ずかしい年頃なのだろう。
「篠原さんはご職業が小説家ということで、さすがということなのでしょうね」
「いやいや、ははは……」
鈴木さんのお母さんは、いかにも教育ママ(死語)みたいな感じで、ちょっととっつきにくい印象だ。
娘さんとは、随分と違った印象。
まぁ、俺のことをあまりよく思っていないのかもしれないが……。
「「それでは、よろしくお願いいたします」」
2人のお母さんたちから、頭を下げられた。
「今日は大人も沢山同行しますので、なんの心配もいりませんよ」
「お母さん、行ってきます!」
野村さんが、お母さんにお小言をもらっている。
「ちゃんと、大人の言うことを聞くのよ」
「わかってるって!」
外でワイワイとやっているので、大家さんも出てきた。
「あらぁ、皆でお出かけなの?」
「はい、子どもたちと、先生たちも一緒に動物園へ」
「もう! 私には一言もないのね!」
「ええ? 大家さんも動物園に行きたかったんですか?」
「そうじゃありませんけど!」
大家さんがそっぽを向いてしまった。
「そ、それじゃ今度、どこかに皆で出かけるときには、声をかけますから」
「期待しないで待ってるわ!」
彼女はプイと、家の中に戻ってしまった。
「まいったなぁ……」
「ええ? いつの間に、大家さんとそんな関係に……」
なんだか八重樫君が勘違いしているぞ。
「違う違う、なんちゅーこと言うんだ」
「行こう!」
頭を抱えていると、コノミに手を引っ張られた。
お母さんたちに手を振って出発する。
「篠原さん、随分とモテるんですね!」
「まぁ、大家さんもあと10年若かったら考えるんだけどね」
「む~!」
話を聞いたヒカルコがむくれて、俺の脇腹にパンチをしてくる。
「冗談だよ」
「どうだか」
それよりも、今日は野村さんのスカートが気になる。
「野村さん、スカート可愛いじゃないか。毎日スカート穿けばいいのに」
「これ、よそ行きだから……これしかないし……」
彼女が顔を赤くしている。
女の子だからお洒落もしたいだろうが、経済的に難しいのだろう。
いつもは、パッチを当てたりした少々ボロい普段着。
この時代、どこかに出かけるときには、こういうよそ行きの服を着ることが多かった。
子どもの正装みたいなものだが、大人でも同じことをしていたな。
遠くの親戚が東京にやってくるときにも、スーツを着てきたり。
「鈴木さんも可愛いな」
彼女は白いフリルがついた紺色のワンピースだ。
「ありがとうございます」
俺に褒められて、彼女が赤くなっている。
「むー! コノミは?!」
友だちふたりを褒めてしまったので、コノミがむくれている。
「なんだ、コノミはいつも可愛いじゃないか」
彼女を抱き上げるのだが――最初は軽かった彼女の身体がずっしりと重くなってきた。
もう持ち上げるのも少々難しい。
やっぱり成長しているんだろうなぁ。
一回り以上大きくなったし。
コノミはよそ行きなどの服は用意していないが、今日は新しい服を着たようだ。
生活費はほとんど俺が出しているが、コノミの服飾関係はヒカルコが全部出している。
似合いそうな服を見つけると買ってくるので、コノミは結構な衣装持ちだ。
ヒカルコも、元々はいいところのお嬢さんなので、目が肥えている。
彼女が買ってくる衣装はいいものばかりだ。
傍から見たら、コノミもいいところのお嬢さんに見えるだろう。
はしゃぐ子どもたちには手を繋がせている。
バラバラになると見失ったりするからだ。
とにかく、大人の予想もしない行動をするから要注意。
目が離せない。
ぞろぞろと皆で私鉄の駅にやってきた。
切符はコノミに買わせる。
彼女は電車とかもほとんど乗っていなかったので、こういう経験がないのだ。
そのため経験を積ませるために、一から教えてあげないといけない。
幸い、彼女は頭がいい。
すぐに覚えて応用もする。
この時代の券売機は、子どもの切符の発券ボタンが板の下に隠れている。
プラの板を持ち上げてからボタンを押さないと買えないのだが、どうしてこうなっているのだろう?
買い間違いないようにだろうか?
切符を買うと、改札でハサミを入れてもらう。
カチカチとリズミカルな音も令和では聞かなくなった。
皆で電車に乗る――今日は日曜なので空いているのだが、平日は地獄のような混雑。
冷房もない列車にすし詰めにされる。
そうやって名もないサラリーマンのお父さん方の頑張りによって、日本は高度成長したわけだ。
子どもたちは座らせて、大人は立つ。
俺の隣には八重樫君がつり革に掴まり、外を見ている。
「八重樫君~、『僕のこと嫌いなんですか~?』とか言う前に、彼女とかいないの?」
「いませんよ~。仕事でそれどころじゃありませんし」
そういえば、図書館の司書の女が、ちょっと怪しかったが……。
「区立図書館の司書が、八重樫君のことを知ってたぞ? 中々の美人じゃないか」
「ああいう人って、あまり好きじゃないんですよね……」
男ならひっかかりそうなタイプだが、彼の好みではないらしい。
「まぁ、ああいうタイプは、君のお姉さんとダブるか……」
「そうなんですよねぇ……どうも苦手でして」
それなら、素朴で純朴なタイプということになるが……。
「先生は、ラーメン屋の女の子がいいって言ってたじゃないか」
「あの子は、彼氏がいるようでして……」
「いきなりフラれたな」
「はい……」
彼がしょんぼりしている。
「ムサシがヒットしているんだから、そのうちガッポガッポじゃないか。札束で女の頬を張ってみたらどうだ?」
「そんなことしませんよ」
クソ真面目だなぁ。
金を持っても身を持ち崩さなくて、安心できるが。
まぁ、彼は元々いいところのお坊ちゃんだからな。
なにげに、俺の周りには金持ちやら、資産家のご子息が多い。
実家が貧乏なのは矢沢さんぐらいか。
大家さんも資産家だしなぁ。
「ええ? 篠原さんって、女の人にそんなことするんですかぁ?」
矢沢さんが、白い目で俺を見ている。
「もちろん冗談だが――そもそも、金になびくような女は好きじゃないし」
「まぁ、そうですよねぇ」
八重樫君もその点も同意するようだ。
「でも、女から見たら――男の経済力ってのは、大切な指針になると思うが?」
「そ、そうですけどぉ……」
矢沢さんは、男に頼らず自らの力で経済力を得ようとしている。
お母さんに楽をさせてあげたいという、明確な目標があるからな。
ただ、なんとなく下駄履きの日常を送っている――そんな若者とは一線を画している。
「そこで、事態の推移を眺めているヒカルコさんだって、俺についてくればなんとかなる――そう思ってたんじゃないのか?」
「……最初はそうだったけど、今は違うし」
「まぁ、今は俺よりヒカルコのほうが稼いでいるからなぁ。はは」
子どもたちは窓から流れる景色を眺め、大人たちがくだらない会話をしている間に、高田馬場に到着した。
「はい、ここで、山手線に乗り換えるぞ~」
「「「は~い!」」」
ここから都電に乗っても上野まで行けるはずなんだが、どちらが近いだろうか。
「いい子ばっかりだから楽だなぁ。これでクソガキが1人でもいると、修羅場と化すし」
「篠原さんなら、そういう子どもは最初から連れてこないでしょ?」
「まぁ、先生の言うとおりだ――ははは」
子どもたちが聞いていないのを確認して、ひそひそ話をする。
「だいたいな、俺はあまり子どもが好きじゃないんだよ」
「いますよねぇ、そういう人」
俺の話を聞いた矢沢さんが、ニヤついている。
「まぁな」
「猫が嫌いとかいって、猫をすごく可愛がる人とか」
「止めろよ~矢沢さん。俺の本質を突くのは~」
「あはは」
笑っている矢沢さんの前に、ヒカルコが割り込んできた。
「む~」
「なんですか? ヒカルコさん」
「「ぐぬぬ……」」
乗り換えの連絡通路の上で、女たちが睨み合っている。
気がつくと、子どもたちがこちらを興味津々で見ていた。
「大人の修羅場ね、修羅場!」
なんかとんでもないことを言っているのは、鈴木さんだ。
「鈴木さん、どこでそんな言葉を覚えてくるの?」
「ママが観てるTV……」
「鈴木さんち、TVあるんだ」
「いいな~、私も観たい……」
どうやら野村さんの家にはTVはないらしい。
「そのうちTVももっと安くなって、普通に買えるようになるよ」
「僕も欲しいですよ」
八重樫君もTVは欲しいらしい。
「まぁ、貴重な情報源にもなるしなぁ」
「篠原さんは買わないんですか?」
「俺はなぁ――TVが嫌いなんだよなぁ。でも、ヒカルコとコノミは観たいだろうしなぁ」
この時代の人間にとっては、最新のメディア機器なんだろうが、俺にとってはただのオールドメディアだし。
皆で階段を降りて、山手線のホームに並ぶ。
「それなら、そのうち買うんですか?」
「部屋の数が、もうちょっとある家に引っ越したら――かな」
「私もお母さんに買ってあげます!」
矢沢さんがフンスしている。
「けど、主婦なら、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、炊飯器――あたりが優先かなぁ」
「そうですね! 頑張るぞ~!」
「家が広いと、掃除機はいいと思いますよ」
おそらく、八重樫君の実家はデカくて広かったから、そう思うのかも。
「その前に――団地だと、外に掃き出せないから困るって聞いたな」
「ああ、なるほど! それで掃除機ですか」
皆で山手線に乗り込んだら、上野を目指す。
窓から見る景色は高いビルがなく、結構遠くまで見渡せる。
池袋の駅前はビルが建ち、開発が進んでいるようだが、未来より背の高い建物が少ない。
池袋もこんな調子だから、山手線のマイナー駅なんて駅前でもスカスカだ。
子どもたちも外の景色を見ているのだが、列車の窓が開いているから中に風が吹き込んでくる。
「窓から手とか頭を出すんじゃないぞ? 危ないからな」
「「「は~い」」」
「よく言われますけど、実際にそういう目に遭った人っているんですかね?」
「よほど伸ばさないと当たらないとは思うけどなぁ。電車ではないけど、バスで聞いたことがあったが……」
「へぇ~」
この時代、列車に乗り切れなくて、外の連結部分に乗った、手すりに掴まった、みたいな話もあるぐらいだし。
それで死んでも自己責任。
実に昭和だ。
「鈴木さんと野村さんは、よく電車に乗ったりするの?」
「「フルフル」」
2人が首を振る。
「そうかぁ。お父さんお母さん、忙しいからなぁ」
「「……」」
働いて食うので精一杯で、家族サービスなんて二の次の時代だ。
窓から見える景色を楽しんでいると、上野に到着した。
上野駅の公園口から出れば、上野公園に出られる。
さすが日曜日だ、家族連れが多い。
「「「わぁ~!」」」
広い所に出たので、手を繋いだ子どもたちが走り出した。
「俺たちが見える所にいるんだぞ?」
「「「は~い!」」」
「バラバラになるんじゃないぞ?」
「「「は~い!」」」
いきなり全開だが大丈夫なのか?
子どもってのは、いつでも全力全開なので、途中で電池が切れそうだが。
皆で動物園に向かって歩く。
ほとんどの人たちは動物園に向かっているので、人の流れについていけばいい。
――とはいえ、ここからまっすぐ行けば、動物園だし。
青空の下、右側には国立西洋美術館と、国立科学博物館のコンクリートの建物が見える。
いつか国立科学博物館もいいかもなぁ。
子どもでも楽しめそうだし。
美術館に行っても退屈だろう。
「八重樫先生、そこが西洋美術館だぞ」
「ええ、来たことがありますよ」
「そうなのか、なにか得られたかい?」
「いやぁ――僕にはちょっと……」
まぁ、芸術は直接漫画のネタには使えないか。
「美術品をムサシのネタに使うならなぁ――たとえば、突然地球みたいな星に飛ばされる」
「はい、でもそこは、地球じゃないんですよね?」
「そうだな、敵が地球そっくりな所を作って、心を折ろうとしてきているわけだ」
「それで、どういうオチなんですか?」
「乗組員が、美術品の細部が違うことに気がついて、『ここは地球じゃない!』となるわけね」
「なるほど……」
「テキトーに考えたネタだからな。地球みたいな星を丸ごと作るとか、荒唐無稽だし。ははは」
「いや、面白いですよ」
意外と、SFだとそういうネタがあるんだよな。
宇宙人が地球を丸ごと作って、研究しているとかな。
「篠原さんって、いつもそうやってネタを考えているんですか?」
矢沢さんが、会話に加わってきた。
「まぁな。漫画や小説も、まずネタありきだし」
「そ、そうなんですよねぇ」
「八重樫君には話したが――まずは知識だよ。知らないと書けないし」
まぁ、これも話したが、インプットなしで傑作を出し続ける天才ってのもいるが、そういう連中は参考にはならんし。
話しているうちに動物園の正門が見えてきた。
平成令和には、もうちょっと手前に大きな正門があり、こちらは旧門と呼ばれていたな。
右側に大きな建物がある。
こちらは、東京都美術館だ。
「あ! お姉ちゃん!」
子どもたちが、正門の前で手を振る、相原さんを見つけたようだ。
「相原さん~!」
「おはようございます! 篠原さん! 先生たちも、おはようございます」
今日はいつものスーツ姿ではなくて、紺で水玉のツーピースを着て、白い手袋をしている。
おお~、こういう格好を見ると、マジでお嬢様のように見える。
いや、本当に上級国民のお嬢様なんだが。
下手をしたら宮家とか、旧華族の嫁候補とかなっちゃうやつ。
「なんか、私たちがついでじゃありません?」
矢沢さんが、相原さんの挨拶に不満を漏らしている。
「今日はお仕事じゃなくて、私用ですので……コノミちゃん! みなさん、おはよう」
「「「おはようございます!」」」
「みんな可愛いの着てるね~」
相原さんがしゃがみ込んで、女の子たちをまとめて抱き寄せスリスリしている。
男がやったら、完全にアウトなやつ。
幼女が完全に彼女の癒やしになってるなぁ。
「さて、突入するか~」
「「「おお~っ!」」」
子どもたちが、ぴょんぴょんしている。
俺もバッグからカメラを取り出すと、フィルムと巻き上げを確認。
ファインダーを覗き込む。
「ターゲットスコープオープン! 電影クロスゲージ明度20!」
よく写真を撮り終わったら、レンズカバーをつけっぱなしだった――みたいなネタがあるが、一眼レフカメラなら、ファインダーを覗き込めば真っ暗なのですぐに解る。
「篠原さん、ムサシじゃないんですから」
珍しく先生からツッコミが入った。
さて、それはいいとして、動物園に入るためには入場料が必要だ。
大人30円、小学生は無料と書いてある。
高くはないし、半日楽しめるなら良心的だ。
「さて、ちびっ子たち――大人が5人で1人30円、合計でいくら?
「「……」」「はい!」
真っ先に、鈴木さんが手を挙げた。
「はい、鈴木さん!」
「150円です!」
「正解~ドンドンパフパフ!」
「ドンドンパフパフってなんですか?」
今度は矢沢さんからツッコミだ。
「え~と、応援する太鼓と、クラクションの音だな」
「へ~」
いや、感心されても困るんだが。
「やった!」「む~」「……」
鈴木さんは喜び、コノミはちょっとむくれている。
コノミも解ったらしいが、野村さんには難しかったようだ。
もしかして、九九も苦手なのかも。
「コノミも解ったし!」
「それじゃ、大人が6人だったら、いくら?」
「う~ん――180円!」
「正解! ほんじゃ、俺が出すか~」
コノミもキャッキャしている。
「あ、あの! 自分の分は出しますので!」
相原さんが自分の財布を取り出した。
「いいんですよ相原さん。今日は、一切合切全部私が出しますんで」
サントクから貸した金が戻ってきても、相変わらず使い道がないのには変わらない。
それならこういう所で散財したほうがいい。
「申し訳ございません」
「あ、これって接待費で落ちるのかな?」
「チケットの半券取っておけば……多分」
「ありがとうございます」
お金を払ったが、動物園に入る前に、正門をバックに子どもたちの写真を撮った。
子どもたちには相原さんがついているので、自然に彼女も写ってしまうが。
まぁ、美人だし絵になる。
「あ! 鳥だ!」
子どもたちが走る。
門をくぐってすぐ前に、ペリカンがいた――その横には鶴。
「コノミ、そいつはペリカンだぞ。クチバシの所が袋になっててな、なんでも食う意地汚いやつだ」
「へぇ~」
「そうなんですか?」
八重樫君も一緒になって、ペリカンを見ている。
「先生たちはどうするんだ?」
「まぁ、勝手に見て周りますよ」
「それじゃ、昼飯どきに会えたら会うってことで」
「はい」「私も行きます~」
画板を用意した矢沢さんも、俺たちから離れた。
先生たちは、写生が目的だからな。
そして俺は、皆の写真を撮る。
オートじゃないので、ピントは合わせないとダメだし、巻き上げもしないとだめだ。
「コノミ! まっすぐ向こうに象がいるぞ?」
「本当だ! 見に行こう!」「行く!」「私も!」
「みんな、走っちゃ駄目よ!」
子どもに相原さんがついていった。
「大きい!」「でけー!」「くさい!」
目の前に巨大で灰色の生き物がいる――鼻が長い。
騒々しい小さな生き物に反応したのか、象が鼻を上げた。
みんな、象のデカさに大喜びだ。
まぁ、確かに少々獣くささはある。
そりゃ、生きている動物なのだから仕方ない。
犬だって猫だって、においはあるしな。
こうして俺たちの動物園巡りが始まった。





