72話 読書感想文
なんの気まぐれか、俺のアパートに相原さんが泊まりにきている。
ヒカルコと睨み合ったりして、一触即発かとハラハラとしているのだが、今のところは大した騒ぎはない。
仲良くしているようだ。
一応、最初に確認したときはつかみ合いなどはしないという話だったし。
――相原さんが一泊して次の日。
今日は、俺の部屋にコノミのお友だちが沢山やって来た。
読書感想文の書き方講座だ。
いつも遊びにやって来ている女の子たちだけかと思っていたのだが、少々数が増えたようだ。
それだけ読書感想文を苦手にしている子どもが多いのかもしれない。
そもそもとして、なにを書いていいのか解らないというのが、彼女たちの本音だろう。
まぁ、実際はなにを書いてもいいんだけどな。
読書感想文だし。
自分は、この本を読んでそういう感想を持ちました――っていえば、なにを書いてもいいはず。
「よっしゃ、それじゃ始めるか」
大家さんの所から借りてきて、大きな折りたたみのテーブルに皆をつかせた。
「「「コクコク」」」
「皆、本は読んだろうな? 読んでないのに感想文は書けんぞ?」
「読みました」「読んだ」「読んだ」
確認してみたが、全員読んだみたいだ。
一応、本を読んでくるという約束だったからな。
それじゃ、読書感想文の書き方講座を始めよう。
「はい! まずは、本を読んだ皆の簡単な感想は? 鈴木さんから!」
「え? え~と、面白かったです」
「はい、次の人」
「む、難しかったです」「よく解らなかった……」「つまらなかった……」
「感想文なんだからそれを書けばいいんだけど――どうやって書けばいいか、それが解らないんだよね?」
「「「コクコク」」」
皆が黙ってうなずいている。
「私も難しいと思いますよ」
相原さんも同意見のようだ。
「学校は文章の書き方を教えてくれないですからねぇ、ははは」
俺は、原稿用紙を皆に手渡した。
それをひっくり返して、半分に分けてメモに使う。
ノートがあればノートに書いてもいい。
「鈴木さん――紙の左側に、どこが面白かったか書いてみて」
「え~と……」
「本を読んで面白いと思った部分があるんでしょ? 登場人物の行動が面白かったとか、会話が面白かったとか、知らないことを知ることができたとか」
「あ、はい!」
俺の言葉を受けて、鈴木さんがメモを取り始めた。
「はい、それじゃ次の人は――どこが難しかったのか書く。話が難しかったとか、出てくる言葉が難しかったとか、色々とあるでしょ?」
「な、なんでもいいんですか?」
「もちろん。感じたことを書けばいいわけだから悪口でもいいし、それが感想だからね」
他の女の子たちにも、解らなかった所や、つまらなかった所を箇条書きさせた。
原稿用紙1枚なら、書くポイントが10個もあれば埋めることができるだろう。
「お、みんな結構書けるじゃん。それじゃ次は――右側に、左側に書いたことに対する自分の意見を書く」
「「「う~ん?」」」
女の子たちは、俺の言っていることがよく解らないようだ。
「たとえば、登場人物たちの行動が解らないなら、『なぜこういう行動をするのか解りません』や『私ならこういうことをしないと思いました』とか」
「う~ん?」
女の子たちが首を傾げている。
「言葉が難しいなら『もっと簡単で解りやすい言葉で書いてほしかった』、主人公がつらい目に遭ったのが嫌だったのなら、『主人公に楽しいことをさせてほしかった』などなど」
「あ! はい」「解ったかも!」
俺のアドバイスを聞いて、女の子たちが右側の文章も埋め始めた。
「おお、みんな結構書けてるじゃん。そのぐらいあれば、原稿用紙1枚ぐらいは埋まるよ」
「「「はい」」」
俺は皆に新しい原稿用紙を手渡した。
「さて、これから本番だ。原稿用紙に、左側の文章を書いてから右側を書いていく。順番は――上からでもいいが、バラバラでもいい。上手く繋げてな」
「ああ、なるほど――これなら簡単かもしれませんね」
相原さんが、女の子たちが書いている原稿用紙をジッと見ているのだが、ヒカルコがなにか言いたそうだ。
「なんかインチキっぽい」
「そうは言うがヒカルコ――数行でお終いとか、原稿用紙をあらすじで埋めるよりはいいだろう?」
「あ~、ありますねぇ、あらすじ感想文」
相原さんも笑っているが、心当たりがあるのか。
令和になると、あらすじ感想文を書くとリテイクを出されるらしい。
その代わり、感想文フォーマットみたいな穴埋め式のテキストを渡される。
そこを埋めると感想文ができあがるわけだ。
それがいいのか悪いのかは解らん。
「相原さんは、書くの早そうですよねぇ」
「半分、あらすじでしたけど……読むのは大好きなんですけど、書くのは苦手なんですよねぇ……」
彼女みたいな才女でも、感想文は苦手か。
「小学生の読書感想文ならこれでも十分だし、慣れたらもっと違う形式に挑戦してみるのもいい」
「学校でも、こういうことを教えてあげればいいのに……」
相原さんの言うことももっともだが、こういうインチキっぽいのが流行ると、先生としてはちょっと困るのかもしれない。
ついでに、子どもたちに原稿用紙の書き方を教える。
「まずは、カギカッコを書いて、その中に本の題名を書く。その下には自分の名前ね」
「「「は~い」」」
「カギカッコは1マス使う。点や丸も1マスな。?や!のあとは、1マス空ける」
「「「は~い」」」
いよいよ、読書感想文の書き始めだ。
「次に一行空けて、文章の書き始めは1マス空ける」
「1マス?」
「そう、1マス空けて、文章を書いて終わったら、また最初は1マス空ける」
俺の原稿用紙にテキトーな文章を書いて手本を見せてやることにした。
”空を見上げると真っ青な空――今日は雨とか言ってなかったか? 確かに朝に降って地面を濡らし水たまりができているが、すぐに晴れてしまった。天気予報なんてまるでキノコ汁っていうぐらいで、当たるも八卦当たらぬも八卦”
「こんな具合だな。文章を続けているときはそのまま書いていいが、区切りがきて次の文章を書くときには、また1マス空ける」
「「「わかった!」」」
コノミも感想文を書いているのだが、俺の方式には参加していない。
彼女は自分で書けて、もう終わっているし。
それにヒカルコが面倒を見ているので、原稿用紙の書き方もマスターしている。
「感想文なので、カギカッコは出てこないと思うが、一番最初がカギカッコのときは、1マス空けなくてもいい」
また例文を書く。
口で言うより、実際に見せたほうが早い。
道を歩いていた男の頭に鳥の糞が落ちてきて、これはついてないのか、はたまたウンがついたのか悩むシーンだ。
「あ~、解った!」「うん」「へぇ~」
こういうことは、学校じゃ教えないのかな?
俺も習ったような、習っていないような……。
習ったとしても、自分で小説を書き始めるまで、まったく覚えていないのだから、役に立たないと同義だ。
「まぁ、こんな感じだな」
「お話、面白い」「続き書いて」
別に意味のない例文なのだが、女の子たちに面白いと言われてしまったので、調子に乗り続きを書く。
水たまりにトラックのタイヤが突っ込み水しぶきが上がる。
それを避けた主人公が盛大にコケてしまうのだが、手をついた所に100円玉が。
泥まみれになっていると、女性が声をかけてくれた。
顔をあげると、女性の股間に白くて眩しいものが――。
それを凝視していると、女性からビンタを食らう。
「オジサンいやらしい!」「スケベ!」「ヘンタイ!」
可愛い女の子たちから、罵られるなんてご褒美にしかならん。
「まぁ、オジサンはみんなスケベでヘンタイだからなしゃーない、ははは」
「篠原さんのお話って、会話が面白いですよね」
「そうだなぁ。俺は文章の綺麗さとかより、お話を最優先にしている作家だし、はは」
巧みな会話といえば、ヒカルコの話も面白いし、矢沢さんもそこら辺はできている。
八重樫先生は――ゲフンゲフン。
絵は抜群に上手いのだがなぁ……。
「新人の子にも、そこら辺をなんとかさせたい子がいるのですが……」
「ここらへんは天性のものもありそうだしなぁ――落語とか漫才を聞かせてみせるとか」
「ああ、それは面白そうですねぇ」
などと、相原さんと話している間に、女の子たちの原稿用紙も埋まってきた。
「お尻までいったら、最後のまとめだな」
「まとめ?」
「全部ひっくるめての感想だな。面白かったのなら――『似たような話を探して読んでみようと思いました』や『このような経験をしたいと思いました』とか」
「難しい本だったときは?」
「もっと吟味――『どんな本か事前にあらすじなどを読んでから、読めばよかった』みたいな感じかな――」
「「「う~ん」」」
皆で悩んでいるが、原稿用紙は埋まっている。
最後は俺と相原さんと、ヒカルコで校正する。
「ここね、漢字が間違っているから」
こういうのは、プロの編集の目が光る。
「はい」
原稿用紙は鉛筆で書いてあるので、すぐに直せる。
完成した。
「よっしゃ! まぁ、このぐらい書けていれば、先生から『よくできました』はもらえるんじゃね?」
「そうですねぇ」
「「「やったぁ!」」」
皆が喜んでいるので、三脚を立てて写真を撮る。
今日カメラに入っているのは、普通のカラーフィルムだ。
「「「いぇ~!」」」
今日は人数が多いので、賑やか。
真ん中の後ろに相原さんも入っている。
フィルムの残りでテキトーな写真を撮って、カメラ屋に放り込んでこないと。
昼にはまだ早い。
俺は駅前のカメラ屋に出かけることにした。
「私も行きます!」
相原さんが手を挙げた。
「私も!」「私も」
コノミと、ヒカルコも手を挙げた。
それじゃ勉強会はここでお開きだ。
相原さんが着替えるために、自分の荷物がある部屋に戻った。
「「「バイバ~イ!」」」
女の子たちが、コノミに挨拶をしている。
「バイバ~イ」
「コノミちゃん、お昼からどうする?」
コノミの予定を聞いてきたのは、鈴木さんだ。
「う~ん、解んない……」
「解った」
可愛いのだが、これで会話が通じているのだろうか。
俺も着替えて、コノミにはこの前に買った帽子を被せた。
「そうそう、カメラも用意しないとな」
カメラを持つと、相原さんが白いブラウスと紺のスカートを穿いて戻ってきた。
彼女の荷物が多いなと思ったら――着替えなども、全部持ってきたらしい。
「私も行きま~す!」
一緒にやって来たのは、オーバーオールを着た矢沢さん。
いつも大家さんからもらった簡単服を着ているのだが、あれで商店街まで行くわけにはいかないだろう。
せいぜい、そこら辺を歩いたり風呂に行ったりするぐらいだ。
「矢沢さん、アシスタントの女の子は?」
「部屋で休んでます。なにか食べ物を買ってこないと」
「矢沢さんは、料理できるからなぁ」
「はい! お母さんに仕込まれてましたし、自分のお弁当とか作ってましたから」
「偉いなぁ……」
「そ、そんなことは、ありませんよ……」
皆でワイワイと階段を降りようとすると、廊下の戸が開いた。
「どこに行くんですか?」
顔を出したのは、八重樫君だ。
「ちょっと駅前まで、買い物に……」
「僕も誘ってくださいよ! もしかして、僕のこと嫌いですか?」
なんか解らんが拗ねている。
「そんなことはないが……俺が行こうとしたら皆がついてくるってだけだし……」
「僕も行きますよ!」
「それはいいが、アシの五十嵐君は?」
「今、最後の仕上げをしてもらってます」
「見てなくていいのかい?」
「あと少しですし、なにか食べ物も買わないとダメですし」
そのとき、部屋から声が聞こえてきた。
「俺なら大丈夫ですよ。なにか食い物お願いしゃーす!」
食べ物といっても、コンビニがあるわけでもないし、肉屋の惣菜ぐらいしかない。
「それじゃ矢沢さんと一緒か」
八重樫君が出かける用意をするようなので、しばし待つ。
Tシャツにジーンズ姿でやって来た。
今日も天気がいい。
カメラ屋にフィルムを預けるだけなのに、大所帯での移動になってしまった。
「先生、原稿のほうはどうなんだい?」
「さっきも言いましたが、今日中に上がりますよ」
「あまり余裕持って上げると、もう一本描いてくれって言われるぞ」
「言われてますけど、物理的に不可能ですから」
そこに矢沢さんが入ってきた。
「あの~有名な先生の所にもお手伝いに行ったことがあるんですけど、ネタが出なくて数日ぐらい潰れちゃったときもあったんですよ」
「あ~、そういうこともあるだろうなぁ。産みの苦しみってやつだな」
「僕なんかは、篠原さんが全部考えてくれるじゃないですか」
「まぁ、全部じゃないが」
「それでも、話の筋やネタがすでに出ているってだけで、すごい余裕なんですよ」
「そうですよ! すぐにネームに入れますからね!」
それは確かにあるのだが、原作つきだから楽かと言えばそうでもない。
「けど、原作者もネタ出しにつまずいて、ギリギリまで原作が来ないなんて話も聞くが、ははは」
「それは本当にありますよ」
小中学館でも、漫画の原作者などを抱えているから、そういうこともあったのだろう。
原作が来ないから勝手に描いてしまったとか、途中で原作が降りてしまって結局漫画家がストーリーを全部考えたなんて逸話もある。
「俺がネタを提供しているのは、八重樫君と矢沢さんだけだからな。それに矢沢さんのほうは半分ヒカルコだし」
「うん、お話考えるの楽しい」
ヒカルコも原作の仕事を楽しんでやっているようだ。
ちょっと押し付けてしまった感があるから、悪いと思っていたのだが。
だってなぁ、オッサンに少女の恋愛とか解らんし。
無理難題もいいところだぞ。
「それにしても、あんな宇宙戦争のストーリーがポンポン出てくるのはすごいですよ」
「ははは、普段からの妄想の賜だな」
会話をしながら写真を撮る。
フィルムが余っているから、コノミの写真を撮って、相原さんの写真も撮る。
「篠原さん、私も撮ってください」
矢沢さんがピースサインを出した。
オーバーオール姿によく似合う。
本当に健康的な女の子だ。
彼女のお母さんとの苦労話を聞くと、それどころじゃなくなってしまうのだが。
彼女が売れて有名人になったら、N○Kドラマとかにすれば視聴率を稼げると思う。
多分、涙なしでは語れない、お涙頂戴シーンのオンパレードになると思う。
冗談を言いながら撮っている間に、フィルムが最後までいった。
巻き戻しておく。
皆で商店街をまずは国鉄駅近くにあるカメラ屋に行って、フィルムを預けた。
とりあえずの用事は済んだので、一休みしようかと思う。
ここまでやって来たのだから、デパートの食堂でも行こうかと思ったのだが、皆があいにくの格好。
この時代のデパートってのはよそ行きの服を着て行く場所なのだ。
しかたなくいつものクラシック喫茶でコーヒーとオレンジジュースを飲むことに。
皆の代金は俺が出して奢りだ。
年長者なので仕方ないのだが、一番稼いでいるのはヒカルコだと思うのだが?
帰りの商店街で、見覚えのある顔を見かけた。
美人局をやっていた、あの女だ――なんと男連れ。
一緒にいるのは、ちょっと角刈り風の職人のような男。
笑っていて楽しそうだし、いい雰囲気じゃね?
しばらく行ってなかったら、代わりの男を掴まえたか。
まぁ、これで俺の肩の荷も下りたってわけだ。
そもそも、なんであんな女の面倒みていたのか。
お人好しにもほどがあるが、やるだけやったから元は取ったか。
エロい写真も撮ったしな。
相手の男がまともなやつであることを願うばかりだが、なんかああいう女はハズレを引きそうだが。
途中の商店街――矢沢さんと八重樫君が、肉屋でコロッケやらメンチカツを買っている。
「八重樫君、それをパンに挟んで食うと美味いぞ」
「ああ、いいですねぇ」
ヒカルコにシャツを引っ張られた。
「ウチもそれをやる」
「そうか、それじゃ昼飯はそれにするか」
「「コクコク」」
ヒカルコとコノミがうなずいている。
はぁ~、こんなのでもごちそうになっちゃうんだからなぁ。
まったく平成令和ってのは贅沢になってたよな。
そこら辺にものが溢れてたもん。
スーパーやらコンビニにもありとあらゆる食べ物が山積み。
あれって売れ残ったら、全部捨てられてたんだろ?
この時代からするととんでもないことだよなぁ。
この時代は、まず米が高い。
漬物とか、おかずが一品ぐらいで、米を食って終了――そんな時代だ。
「申し訳ないですが、相原さんもそれでいいですか?」
「ええ、私はいただく身なので、なんでも……」
相原さんも、コロッケなどを沢山買って冷凍をしておけばいいのだが、冷蔵庫に冷凍がついていないので無理だ。
それでも高めの冷蔵庫を買えば、冷凍庫もついているのだが。
それに電子レンジもないので、温めも難しい。
冷凍食品が普及するためには、電子レンジの普及もセットだろうな。
アパートに戻ると、皆でパンに挟んだコロッケやらメンチカツを食う。
スープがないので味噌汁にした。
――といっても、インスタント味噌汁もない時代だ。
ダシから作るしかないが、肉を煮てスープを作るのとたいして手間は違わない。
「うふふ……」
味噌汁を飲んでいる相原さんが、なにやら笑っている。
「どうしました? 粗末な食事で申し訳ない」
「いいえ! 美味しいですよ。そうじゃなくて、パンに味噌汁って合うのだと思って、あはは」
「カリカリにパンを焼いて味噌汁に入れても美味しいですよ」
「こんどやってみる!」
反応したのはヒカルコだ。
「麩の味噌汁と似たような感じになるぞ」
「ああ、そうですねぇ、あはは!」
なぜか相原さんに受けている。
「はぐはぐ」
コノミも美味しそうに食べている。
好き嫌いもあまりなくて、助かるなぁ。
まぁ、俺が子どもが好きそうな食い物が好きってこともあるのだが。
肉が中心で、魚とかあまり食わんしな。
食事が終わると、少し八重樫君の原稿を見せてもらった。
完成したので、今夜には高坂さんが取りにくるようだ。
原稿を読むと俺が言った言葉が使われている。
敵を撃つ! そう心の中で思ったなら、そのときすでに行動は終わっているんだ!
――というセリフだ。
元ネタも結構有名だったので、このセリフも流行るかもしれない。
――そう考えると、機体を赤く塗った3倍速い敵とかを出しても受けるかもな。
でも、ストーリーに組み込むのは難しいか?
主人公と1対1で宙戦でもさせるか。
「ありがとう先生。今回もいいできだと思うよ」
「私もそう思いますが――あの、私に見せたのは内緒にしていただけると……」
「相原さんは、もう編集が違うからなぁ」
「それは解ってますよ」
「しかし、ムサシの単行本も出るようだし、順風満帆じゃないか」
「印税が入ったら、篠原さんにはしっかりと支払いはしますから」
「はは、楽しみにしているよ、先生」
俺は小中学館と契約をしているわけではない。
そういう話もあったのだが、すべて断って八重樫君と個人契約みたいな感じになっている。
コミックスの印税が入ったら、そこから俺に分前を支払うわけだ。
もちろん、その分は確定申告のときに経費で落ちる。
先生が支払いをとぼける可能性もあるのだが、そうなったら俺も協力しないだけだし。
まぁ、彼に限ってそんなことはないと思うが。
八重樫君と話していると、コノミの友だちがやってきたので解散する。
「さて、俺は秘密基地に避難するか」
「え?! それってどこですか?」
相原さんが興味を示している。
彼女には見せたことがなかったか。
「近くにあるんですよ」
「私も行きます」
「ええ? なにもないボロ屋で小屋みたいな場所ですよ?」
「はい、興味あります」
「私も行く……」
「ヒカルコさんは、コノミちゃんの面倒をみなくてもいいんですか?」
「行く――ショウイチと2人にはさせない」
「「ぐぬぬ……」」
3人で、秘密基地にやってきたのだが、隣の敷地は草がボーボーだ。
白い立派な家なのに、手入れがされてないと途端にみすぼらしくなるな。
やっぱり、お隣さんは長期の留守らしい。
秘密基地の戸を開けて、相原さんを招き入れた。
「ここが秘密基地ですか?」
「ボロボロでしょ?」
「借りているんですか?」
「いいえ、これでも持ち家なんですよ」
「ええ?! 買ったんですか?!」
「はは、まぁ色々とありまして……」
彼女がぐるぐると部屋の中を見回している。
「こっちは?」
「そっちは仏間ですが、私が写真の現像室に使ってますよ」
「見てもいいですか?」
「大丈夫ですよ」
彼女が戸を少し開けてチラ見。
中には紐にぶら下がったフィルムなどが、蛇のように並んでいる。
「わぁ、篠原さんって、なんでもおできになるんですねぇ」
「はは、まぁ器用貧乏ってやつで。それに、趣味ってのは芸の肥やしになるんですよ」
「お話の深みにつながるわけですね」
「そうです。八重樫先生にも、漫画だけじゃなくて色々と経験してもらいたい所ですが……」
いきなり売れっ子になったらなったで、それも難しいところだろうな。
そこで仕事の話を少しする。
週明けには、俺が希望した歌手へのアプローチをしてくれるようだ。
小中学館のコネも使っているという。
まぁ、使えるものは使ったほうがいいよな。
どうだろうなぁ。
引き受けてくれるかね。
のちにアニソンや、声優などをやられた方だが、この頃はまだ駆け出しの俳優。
拒否されても仕方ないと思ってはいるが……。
――そして夕方になる前にアパートに帰り、夕食の準備をする。
沢山人数が集まるとなると――やっぱりカレーだろう。
大量のご飯とカレーを煮込むために、大家さんちの台所も借りる。
当然、大家さんも食べるので、彼女も手伝ってくれた。
相原さんは、今日もこのまま泊まり、明日直接会社に出勤するらしい。
カレーができたので皆でカレー。
――といっても、全員が俺の部屋に入りきれないので、漫画家の先生たちは自分たちの部屋で食べている。
俺たちと一緒に食べているのは、大家さんと相原さんだ。
「突然のわがままを聞いてくださり、ありがとうございました」
相原さんが、大家さんに礼をした。
「ほほ、いいのよぉ。若い人が沢山来てくれて、毎日賑やかでいいわぁ」
「ははは、なんか大家さんも楽しそうですよね」
「いやもう本当に、篠原さんといると退屈しないわぁ」
「んぐっ……」
相原さんが、カレーを喉につまらせている。
「いやいや、大家さん。その発言は誤解を招くでしょ?」
「私も、あと10歳若かったらねぇ……」
大家さんがカレーを食べながら、そんなことをつぶやいた。
それを聞いた相原さんが、こちらをじ~っと見ている。
いやいや、さすがに婆さんには手を出しませんから。
大家さん、相原さんのことも解っててからかっているでしょ?
洒落にならん。
でもまぁ、マジでもうちょっと若けりゃ……ゲフンゲフン。





