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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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69話 主題歌


 宇宙戦艦ムサシの主題歌のサンプルができ上がったというので、相原さんと一緒に出版社である小中学館を訪れた。

 めちゃ儲かっているらしく、巨大なビルの建設中だ。

 俺から見ても経費使いまくりのように見えたのだが、それだけ会社が儲かっているのだろう。


 本当なら、ムサシの漫画を描いている八重樫君も一緒に来るべきなのであろうが、彼は仕事から手が離せないらしい。

 編集部では、俺が実在する人物か疑っていた者が多いらしく、まるで幽霊か珍獣扱いだ。


 狐みたいな男に少々絡まれてしまったが、サンプルのテープを聴くことになった。

 こいつは当然、あの作曲家の先生から送られてきたものだ。


 いつもは作品の打ち合わせに使われているであろう応接のテーブルの上に銀色の機械が置いてある。

 オープンリールのデッキだが、ポータブルの小さいタイプ――といっても、カセットテープのプレーヤーなどに比べたらやはりデカい。

 用意された銀色の2つの丸い円盤――当然オープンリールテープも大きい。

 数分の再生なので直径の小さいものだが、それでもカセットテープよりは大きい。

 テーブルの上に置いてあると、ドラマのワンシーンがフラッシュバックする。


「なお、このテープは自動的に消滅する」――というアレだ。

 まぁ、そんな俺の哀愁メモリーより、テープの中身だ。


「これって、皆さんはもうお聴きになったんですか?」

「いや、まだですよ」

 俺の質問に相原さんが答えてくれた。


「え? もしかして待っていただいてたとか……」

「その通り、関係者が揃ってからのほうがいいと思ってね」

 どうやら編集長の指示のようだ。


「本当は、八重樫先生も連れてきたかったんですがねぇ」

「八重樫先生に会いたかったです!」

 突然スポーツ刈りの少年が割り込んできた。

 中学生か、中学卒業したばっかりって感じの少年。

 どう見ても編集ではなくて、漫画家志望だろう。

 若い! 若すぎる!

 まったくエネルギーに満ちあふれて、みっちゃんみちみち状態だ。

 羨ましい限りだが、ないものねだりをしても仕方ない。


「君も漫画家志望なのかい?」

「はい! 八重樫先生の作品を読んで、今までの漫画とまったく違う! ――と、思いました」

「どこらへんが違うと思った?」

「敵にも帝国という国があって国民も暮らしていて、総統や将軍などの役職が揃っているところです」

「まぁ、今までの漫画の敵役というと謎の組織とかが謎の理由で攻めてくる――ぐらいの感じで終わっているからなぁ」

「はい! そこがとても物語に深みを出していて、今までの作品とは一味違うと思います」

「ありがとう、先生も喜ぶと思うよ」

 そこに相原さんが内輪ネタだ。


「あの、シノラー総統って、篠原さんがモデルなんですよね」

「ふふふ、会いたかったよムサシの諸君」

 腕を組んでポーズを決めてみる。


「ええ?! 本当ですか?!」

 少年が驚きの表情を浮かべる。

 そりゃ、知るはずがない。

 マジで内輪ネタなんだし。


「ふふふ、我が帝国に下品な男は要らぬ……」

「それって、落とし穴のシーンですよね」

「おお、しっかり読んでいるねぇ、はは」

 いや、そうじゃねぇよ! ――と、思っていると、また狐がやって来た。


「そのムサシですけど、戦争ものということで、批判の声が上がるかもしれない――という懸念の声が編集部にもあるんですよ」

 実際に、そういう投書も来ているという。


「それは、どの戦争ものにもつきものでしょうから、編集部のほうでなんとかしてほしいですなぁ。せっかくの自分たちの金づるを守らないのですか?」

「うぐ……」

 狐が言葉に詰まっている。


「自分から金づるとか言わないでください」

 相原さんが呆れているが、事実だしなぁ。


「まぁ、ムサシが戦争賛美しているかといえば、そうではありませんよ。敵の帝国は、侵略を繰り返し周辺国を奴隷化していますが、主人公たちはそれを解放する立場ですからね」

「そうですよ! 篠原さんの言うとおりです」

「ムサシのほうからは戦闘は仕掛けず、可能な限り戦闘を避けるシーンも入れてありますし、艦長の言葉としてもセリフの中に残してあります」

「確かに……そうだな」

 編集長は、もちろんムサシの最終的なチェックをしているからどういう話なのか把握しているはずだ。


「まだ描かれてませんが、敵の捕虜を捕まえるシーンがあとにあります」

「そうなんですね」

 相原さんがうなずく。


「艦内でも、拷問して敵の基地などの情報を吐かせようとする勢力を、艦長と主人公が抑え込んで捕虜を釈放するシーンも出てきます」

「篠原さん、そんな先のネタバレをしても大丈夫ですか?」

「まぁ、編集部の皆さんに納得していただくことですから」

「そうですね……」

「最終的にはムサシから持ちかけられた和平を拒み、帝国側に多大な犠牲が出て、主人公が後悔する場面もあります」

「なるほど、物語はあくまで戦争と平和に対する教訓になっており、戦争賛美ではない……と」

 編集長も納得してくれたようだ。


「そのとおりです。それに、ムサシには沢山の女性乗組員がいますが、未来にはそうなっているだろう女性の社会進出を表現しています」

「はは、男女平等とかいうのだろ?」

 話を聞いていた狐が、ちょっと小馬鹿にした表情をした。


「その平等というのは少々違います。まず――なにをもって平等とおっしゃるのですかね?」

「そ、それは――」

「そちらさんの言っている男女平等ってのは、『男をこのぐらい上、女を下と勝手に決めつけて、その中間を取ったら平等だろ?』みたいな考えを含んでいるんじゃないんですか? それは平等でもなんでもないですからね」

 俺が右手の掌で、三段を示した。


「う……」

「私が言っている女性の社会進出というのは、機会均等のことです」

「つまり――男女とも、なにごとにおいても機会が均等に与えられるという――」

 相原さんのうなずきに、俺は答えた。


「そのとおりですよ、相原さん」

「あ、あの!」

 突然、割り込む女性の声が――高坂さんだ。

 俺の話なんかには興味はないだろうと思っていたのだが、聞いていたらしい。


「私、篠原さんのことを誤解してました!」

「ええ? なんの話?」

「篠原さんって、いやらしいくだらない小説を書いている変なオジサンだと思ってました」

「そうです! 私が、変なオジサンです!」

「プッ……」

 なぜか相原さんが噴き出している。


「読み捨ての三文小説なんだから、くだらなくて上等なんだよ。そんなものに、緻密な心理描写とか詩的表現とかいらないし」

「そんなことはないですぅ~! お話だってご都合主義だらけじゃないですか」

 内容を知っているということは、彼女も読んだのか。

 相原さんといい、もの好きだなぁ。


「いいんだよ、ご都合主義で。不都合なのは、現実だけで沢山だし」

「「「うんうん」」」

 編集の男たちが、うなずいている。


「なんか身もふたもないんですけど……」

 高坂さんの言葉が辛辣だが、物語なんてそんなもんだ。

 普通じゃありえないような始まりと終わりがあるから、人々は物語を追い求めるのだし。


「世の中なんて身もふたもないもので構成されてるんだから、しゃーない」

「そうでしょうか……?」

 彼女はなんだか不満げだ。


「高坂さん、俺の小説はどうでもいいけど、ギャグ漫画描いてる先生の所に行って『なんだかよく解らない話ですね! これって面白いんですか?!』とか言わないでね」

「「「……」」」

 俺の言葉に編集の各々が顔を見合わせて、微妙な雰囲気になる。


「あ~、もしかして本当に言っちゃったとか……」

「本当に解らないんだから、仕方がないじゃないですか!」

 彼女が開き直っているのだが、開き直ればいいってもんじゃねぇし。


「なんだ~高坂さん、残念な娘だったか……」

「残念って言わないでください! 篠原さんだって残念なオジサンじゃないですか!」

「そうです! 私が、残念なオジサンです!」

「ぷぷ……っ」

 また相原さんが、下を向いて噴き出している。


「相原さんでしょう?! 篠原さんにギャグ漫画の先生のことを言ったのは!」

 高坂さんの言葉に女史が反論した。


「言いませんよ、そんな身内の恥を……」

「うぐぅ……」

 相原さんの一言が、彼女に突き刺さった。

 クリティカルヒットだろう。


「それで――締め切りも守るし、当たり障りのない八重樫先生の原稿取りに回されているのか」

「……」

 高坂さんが、黙って拗ねている。

 いやいやいや、なんでこんな話になっているんだ。


「いや、そうじゃねぇし! そんなことはどうでもいいんだ!」

 テープだよ、テープ! 俺はムサシの主題歌を聴きにきたんだ。


 訳のわからん話を途中で切り上げて、編集長がデッキにオープンリールをセットした。

 カセットテープのように、カチャとセットすれば終了ではない。

 テープを引っ張って、自分で再生ヘッドへの通り道にセットしなくてはならない。

 ここらへんもマニアしか扱えないところだろう。

 機械に疎い人が、こんなことをできるとは思えんし。


「それじゃ再生しますよ」

 音は、機械の隣に置いてある小さなスピーカーから出る。

 モノラルかステレオかは解らないが、とりあえず音が出て確認できればいい。


「はい」

 編集長が再生ボタンを押すと、スピーカーからテープのノイズが聞こえてきた。

 続いて、ピアノの演奏――まさしくムサシの主題歌。

 俺の下手くそなアカペラでよく再現できるものだ。

 さすがプロ。

 まぁ、確実なイメージはあるのだから、雲を掴むような依頼よりはかなりやりやすかったはず。


 テープから聞こえてくるのは、全部あの先生の演奏なのだろうが、本番は数多くの楽器が使われるのだろう。

 そういう話もしていたし。

 デジタルだと、他の楽器も全部再現できてしまうんだがなぁ。

 この時代は、演奏といえば生しかないからな。


「「「おおお~っ」」」

 編集部にいる皆から歓声が上がる。


「いいできですねぇ。私のイメージにぴったりですよ」

「これなら、TV漫画などになってもそのまま使えますよね」

 一緒に聴いている相原さんも興奮している。

 やっぱり、自分の関わっているプロジェクトの結果が目に見えるとやる気も違うだろう。


「ええ、バッチリです」

「篠原さん、これって歌詞もあるんですよね」

 編集長も興奮しているようだ。


「ありますよ。下手なので嫌ですけど、私が歌いましょうか?」

「是非!」

 彼にテープを巻き戻してもらい、最初から俺が歌う。

 なんという罰ゲーム。


 でもまぁ、小説家なんて商売していれば、自分の恥部をさらけ出すのには慣れている。

 書籍を出せば、それが日本の津津浦浦にばらまかれて、不特定多数の人に読まれているのだから。

 俺の描いたエロシーンで、どこかのオッサンが喜んだりしている。

 それに比べたら、カラオケぐらいどうってことはない。


 ああ、そういえば、カラオケの特許って取れないかなぁ。

 もう出ているかもしれないが、出すだけ出してみるか?

 いくらでも、金になればいいし。


「すごい! 曲にピッタリ!」

 相原さんが俺の下手な歌を喜んでくれている。


「う~む! 宇宙を駆ける壮大な物語に、本当にピッタリですねぇ……」

 おそらくは半信半疑だった編集長も、実際に歌を聴いてみてイケると思ったに違いない。

 べつに俺は詐欺を狙って小中学館を嵌めようとしているわけじゃない。

 未来に流行った曲を先取りしてアブク銭を稼ぎ、老後の昭和をゆっくり暮らそうとしているだけだし。


「このまま映画になっても使えるかもしれませんねぇ」

「漫画映画かぁ……」

「富士山先生のオバ9で、小中学館のデカい本社ビルが建つそうじゃないですか」

「ああ」

「ムサシも単行本を売り出せば確実に売れますよね?」

「売れる! 間違いない!」

 八重樫君が連載を初めたときに15万部だった月刊誌は、20万部になり、今は45万部まで増えている。


「ムサシでも一発デカいのを当てて、ビルをもう一つ建てようじゃありませんか」

「「「おおお~っ」」」

 編集部が盛り上がる。

 皆が歓声を上げているのだが、面白くなさそうな男が1人。

 俺に絡んできた狐みたいな男だ。

 さすがに、皆が盛り上がっているのに、水をさすわけにはいかないだろう。

 相原さんにハラスメントを繰り返していた中心人物でも、彼女の仕事の邪魔をするわけにはいかないはず。

 編集部の風向きも変わるし、相原さんへの対応も変わるのではないだろうか。


「八重樫先生に週刊のほうにも描いてくれって、向こうの編集部からも突っつかれているんですよねぇ」

 懲りずに狐がやって来た。


「ムサシの原稿を見ていただければ、作画が大変なのがお解りになるでしょう?」

「う……」

「先生の話でも、物理的に不可能だと言ってますしね」

「し、しかし、月刊だけで独り占めしているとか言われているしなぁ」

「さっきの話がでたとおり、オバ9で儲けてるじゃないですか――って言ってやったらどうですか?」

「……」

 オバ9だけではない。

 週刊には青塚先生のひょろ松君もあるし、伊賀の忍軍という忍者ものもある。

 分が悪いと悟ったのか、狐が黙った。


「八重樫先生がムサシで儲けて、もっと大きなスタジオを構えて弟子も多数抱えるようになれば、週刊連載もできるようになると思いますよ」

「まぁ、私もそう思う。月刊の編集部としても、先生は金の卵だからな」

 編集長がそう考えているのなら、大丈夫だろう。


「そうだそうだ! 週刊のやつら、いつもデカい面をしやがって!」「まったく、そのとおり」

 編集者も鬱憤が溜まっているようだ。

 この編集部が育てた漫画家なのに、他の編集部に取られるのは面白くはないだろう。


「そうですよ。無理をさせて、身体を壊して長期休載なんてことになったら大損害ですよ」

「そんなことをしている間に、人気が落ちてしまうかもしれん……」

「民衆ってのは、熱しやすく冷めやすい」

「うむ」

「中々大変そうな編集部ですね、相原さん」

「あはは……」

 俺の言葉に彼女が困った顔をしている。

 ここで本音を漏らすわけにもいくまい。


「あ、相原さん、八重樫先生にも電話で聴いていただくという話だったのでは?」

「そうでした! すぐに準備します」

 まぁ、話は簡単だ。

 大家さんの所に電話をかけて、彼が電話に出たらテープを回す。


「相原さん、あまり近づけると、ハウリングしますので」

「ハウ……?」


 彼女が電話をかけて、テープを回して受話器をスピーカーに近づけた。


「先生、聞こえますか?」

『……』

 なん度かやりとりをして、本番でテープを回し始めた。

 1分のほどの曲が終わる。


「先生どうでしょう?」

『……!』

 よくは聞こえないが、喜んでいるようだ。

 これでミッション終了だな。


 ――そうそう、聞くことがあったな。


「そういえば相原さん」

「なんでしょう?」

「歌い手さんって決まっているのですか?」

「いいえ、これから探して、見つからなければ作曲家の先生に探してくださるようお願いしようかと」

 そうか、まだ決まっていないのか。

 それならば、あの方を推すしかねぇな。


「捜してほしい方がいるのですがねぇ」

「どんな方ですか? 歌手ですか?」

「いいえ、今は俳優なはずですが――『佐伯治』という方です」

「佐伯治……私は知りませんが」

 有名なアニソン歌手になるのはもう少しあとの話で、この時代はまだ役者だったはず。


「あ! 俺、そいつが出ている映画を見たことがあるぞ! 関西のドヤ街で撮った8○3映画だったなぁ」

 編集者の1人が手を挙げた。


「篠原さんは、なぜその役者さんを?」

 まぁ、相原さんの疑問ももっともだ。


「そうですねぇ。声のイメージがピッタリだったんですよ」

「このムサシの主題歌にピッタリ……」

「まぁ、無名な方ですし、畑も違う――無理にとはいいませんが……」

「いいえ! 篠原さんのイメージにピッタリということは、ハズレはないと思います!」

 彼女の言うとおりだ。

 なにせ、未来のムサシの主題歌は彼が歌っていたのだから。

 それだけではない。

 作中で主要人物の声優までこなしていた。

 間違いなく、宇宙戦艦ムサシを構成するキーパーツの一つ。

 だったら、もっと推せばいいのだが、こちらの編集部の事情もあるだろうし、そうも簡単にはいかない。

 まず、現在役者の本人が、仕事を受けてくれるかも解らないのだから。

 今回は駄目でも、ムサシのプロジェクトが進んでいけば、歴史の流れに引き寄せられてくるのではないだろうか。

 そんな気がする。


「交渉には、相原さんが臨んでくださるんですか?」

「はい! 私がすべてやるという約束で、編集長から引き受けましたから!」

「少女誌の編集のほうは大丈夫なんですか?」

「今のところ、矢沢先生1人ですし。篠原さんとヒカルコさんが面倒みてくださっているので、私の出番がないぐらいで……」

「美少女戦士の評判はどうでしょうかねぇ」

「悪くはないですよ。なにせ初めての分野なので……徐々に評価も上がってくるんじゃないでしょうか?」

 そこにまた狐が入ってきた。


「ええ? 少女誌に載っていた、あの変な漫画もお宅が原作してるの?」

「まぁ、あれについては、原案やら舞台設定やらが主ですから、原作とは呼べないかもですが」

「しかし、女の子が変身して戦うなんてなぁ……」

「それは偏見ですよ。女の子だって、戦いたいと思っている子がいるんですから」

「そ、そうですよね!」

 相原さんが、俺の言葉に相槌を打つ。


「さっき言ってた機会均等ですよ。女の子にも戦う機会を与えてあげなくては」

「……」

 黙っているこの男は、「女は家庭を守るべき、つまり戦わず後ろを守れ」みたいな考えなのだろう。

 昭和の時代なら、そう考えている男が多いのは致し方ない。


「すくなくとも、娘の同級生などには好評ですし、需要はあると考えてますよ」

 まぁ、実際に未来では大ヒットしているわけで、セーラー戦士のあとにはプ○キュアなども作られている。


「それでは、お手並拝見させてもらいまっせ」

「ええ、どうぞ」

 精一杯の強がりみたいな言葉を吐いて、狐は離れていった。


 とりあえず、編集部にやってきた用事は終わったと思ったが――契約が残っていた。

 心配していたが、やっぱり契約はするらしい。

 当たり前だが昭和だしなぁ、そこら辺がアバウトなのかな?

 そう思っていたのだ。


 契約と言っても、著作権の持ち主が誰かとか、この歌を小中学館が使うことにOKするとかそういう話。

 雑誌の付録なので、やはり印税などはない模様。

 シートレコードには値段がないしな。


 あとは、特許の話だ。

 組み立て式のレコードプレーヤーの特許を取ったことで、付録に出願番号を載せてくれるように頼んだ。


「特許出願中 特願○○○-○○」ってやつだ。

 特許が取れるのはおおよそ1年後になると思うが、すでに特許を出願していると各社を牽制する意味もある。

 小中学館としても、せっかくの商売ネタなのに、ライバル会社に真似されるのは面白くないだろう。

 もし真似をしてくる会社があれば、小中学館の弁護士を立ててくれるらしい。

 それはありがたい。


 今回はロマン優先で金の心配はしてないが、作詞作曲料は出るらしい。

 実印は持ってきてないので、あとでハンコを押して、相原さんに回収してもらうことにした。

 契約じたいは急いているわけでもないしな。


 ――さて、仕事は終わった。

 相原さんが帰りもタクシーで送るというので断る。

 まだ時間も早いし、電車で帰ってもすぐだ。

 いつもの茶店で、ケーキのお土産を買う。


 相原さんが水道橋の駅まで送ってくれた。


「今日はありがとうございました。よい曲で、後々が楽しみです」

「歌手の交渉が上手くいきましたら、ご連絡いたしますので」

 彼女がペコリと頭を下げた。


「よろしくお願いいたします、それじゃ」

「あ、あの……」

「なんでしょう?」

 彼女が抱きつきそうだったので止める。

 ここは彼女の職場に近い。

 迂闊すぎる。

 誰かに見られていたら大変だが、編集部での彼女の態度に察した男も多かったかもしれない。


「……!」

 突然、彼女に手を引っ張られて、隅っこの壁際に連れてこられた。

 ここで俺が彼女に覆いかぶされば、周りから見えない――ということなのだろう。

 公衆の面前でこういうことをするのは、少々気が進まないのだが彼女と軽くキスをした。


「本当は、どこかに駆け込んでゴニョゴニョしたいって感じですか?」

「そ、そうです……」

「このあとも仕事があるのでしょう? 男を送っていったら、突然いなくなって――みたいなことになるとマズいのでは?」

「……だから、我慢してます……」

「やっぱりマズいっすよね、はは」

 彼女が俺に抱きついてきた。


「……あ、あの、休日があったらおじゃましてもいいですか?」

 突然、彼女の言葉に俺は戸惑った。


「俺のアパート?」

「はい」

 駄目だとは言えない。

 別に問題はないのだし、仕事でお付き合いしている仲だしなぁ……。


「仕事……じゃ、ないですよね」

「はい」

「コノミと遊びに?」

「それもありますけど……」

 しばし考える――。


「ヒカルコとつかみ合いは止めてくださいよ」

「そんなことはしません」

「解りました」

 俺がそう言うと、彼女が離れた。


「それでは、伺う前日にはご連絡いたしますので」

「わかりました」

 彼女は一礼すると、職場に戻っていった。

 休日にやることがないので、遊びにきたいと言うのだろうか?

 よく解らんが、寂しいのか?


「まさか、押しかけが2人にならんよな?」

 どう考えても、相原さんは仕事一筋だろうし。


 俺はケーキを持ってアパートに戻った。


 ――階段を上ってドアを開けようとすると、子どもたちの声が聞こえる。

 コノミの友だちが来ているようだ。

 そうなると、このケーキはマズい。

 3つしかないし。

 子どもたちに食わせたら、俺たちの分がなくなる。

 ちょっとセコいが、俺も食いたいし。


 ドアを開けるのを止めて、炊事場まで行くと冷蔵庫のドアを開けた。

 そこにケーキを放り込む。

 ギリギリだがなんとか収まった。


 ケーキを入れた俺は、八重樫君の所を訪ねた。


「お~い、先生」

「は~い、開いてますよ~」

 出てこないってことは、手が塞がっているのだろう。

 戸を開ける。


「ちょいと、失礼するぜ~」

「すみません、今手が離せなくて……」

 彼が文机にかじりついている。

 横にはアシスタントの五十嵐君が一緒だ。


「ムサシの主題歌はどうだった?」

「すごいですね! 楽しみですよ!」

「歌手の人も、相原さんにいい人を探してもらうからさ」

「篠原さんが歌うんじゃないんですか?」

「そんなわけないだろ。なんちゅう恐ろしいことを……」

 先生は忙しいようなので、早々に引き上げて、俺は自分の部屋に戻った。

 まだコノミの友だちがいるようなのだが、そろそろ夕方でこれから俺が秘密基地に行くのもタイミングが悪い。

 戸を開く。


「ただいま~」

「「おかえりなさい~」」

 出迎えてくれたヒカルコとコノミの他に、鈴木さんと野村さんがいる。


「「お邪魔してます……」」

 ヒカルコにシーツで目隠しをしてもらい、とりあえずスーツを脱ぐ。

 暑くて着てられねぇ。


「皆、宿題やってるか~」

「「……」」

「なんで返事がないんだ? 野村さんはともかく、鈴木さんはやっているだろ?」

「わたしだってやってるし!」

 ボーイッシュな野村さんから、反論がきた。


「なにか難しい宿題があるとか?」

「あの……読書感想文とか」

 鈴木さんが、しょんぼりと答えた。

 どうやら読書感想文が苦手のようだ。

 まぁ、得意な子どもはいないような気がするがな……。


 それじゃ――ということで、図書館で借りた本を読んだら読書感想文の書き方を教えてあげることにした。

 コノミはウチにある本で書くらしい。

 漫画で書いたら駄目だよなぁ――と思うが、俺のときには図書館にも漫画があったりした。

 ――ということは、漫画で感想文を書いてもいいのだろうか?

 まぁ、そんなチャレンジャーを目指すより、普通の本で書いたほうが無難だとは思うが。


 夕方になったら電報が来た。

 相原さんだろうか? ――受け取ると、差出人は高坂さん。

 珍しい。


「篠原さんのことを誤解してました」

 ――は? またかよ。

 だから誤解じゃねぇっての。


 そうです! 私が、変なオジサンです。


 

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