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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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67話 ツナマヨ


 俺の提案から始まった、雑誌にシートレコードの付録をつける計画も順調に動き出した。

 プロジェクトを推し進めているのは、相原さんのようである。

 シートレコードをプレスする会社を手配したり、付録を組み立てる仕事を斡旋業者に頼んだり――全部彼女が行っている。

 ムサシの担当からはすでに外れているのに。

 それだけではなく、編集部だって移動していて、完全に部外者である。


 大方――「そんなに言うならお前がやってみろ!」などと言われて、奮起してしまったのだろう。

 逆境になればなるほど強い――という人は、マジで存在する。


 そんな相原さんと一緒に、作曲家の先生の家にやってきた。

 有名な大学の近くの、大きな家である。

 立派な髭を生やして着流しのいかにも「先生」って感じの方が、俺たちを出迎えてくれた。


 相原さんが、紙袋から手土産らしきものを取り出して、お手伝いさんに手渡した。


「それでは、早速やりますか?」

「よろしくお願いいたします」

 先生に案内されて通されたのは、向かいにあった大きな部屋。

 中に入ると蛍光灯が灯っており、窓がない。

 壁や天井には布のようなものが張ってあり、ちょっと耳が詰まるような感じがする。

 中心部分には、大きなグランドピアノと小さな机。

 察するにここは、防音室のようだ。


 壁には、直径20cmほどある銀色で目玉みたいなオープンリールデッキと、レコードプレーヤー。

 オープンリールってのは、カセットケースに入っていないテープデッキだ。

 カセットテープが普及する前は、みんなコレだった。

 そろそろカセットテープが売りに出されている頃だが、音質が悪く、しばらくオーディオ用には普及しなかった。

 平成令和の若い人はカセットテープすら見たことがないだろうから、「オープン?」なんじゃそら、って感じだろうな。


 離れた所には大きなスピーカーも置いてある。

 オーディオルームでもあるようだ。


 先生が、デッキをいじりオープンリールを交換すると、机にマイクらしきものを置いた。


「はい、ここで歌ってみて」

「え?! ああ、そのデッキで録音するんですね」

「そうそう、なん回か聞きながら曲に起こすから」

「解りました。まさか、音楽のプロの先生の前で、歌う羽目になるとは……」

「はは」

「下手くそでも、怒らないでくださいよ」

「大丈夫だから」

 マイクの前に立つと、深呼吸をしてから歌い始めた。


「ッチャチャチャララー! さよなら~故郷~チャララ-――」

 高い所とか出ないで裏声とかなっちゃうし、グチャグチャだが――とりあえず歌い終わった。

 先生が黙って、レコーダーを止める。


「う~ん、結構明確なフレーズがあるのね」

 笑われるかと思ったら、結構真剣に聴いてもらえたようだ。


「はい、どんなもんすかね?」

 先生が、しばらく考えていたあと――ピアノに向かうと、俺が歌った曲を弾き始めた。

 さすがプロ。一発で耳コピか。

 いや、耳コピって言葉は、まだないはず。


 それに指の動きがすごい。

 俺は楽器がまったく駄目なので、ちょっと憧れてしまう。

 ガキの頃に、近所にオルガンの教室とかあったんだよなぁ。

 もちろん、子どもの俺にはそんなものは興味がないので、習うはずもないのだが――あのときに習っていれば――みたいなことを、今更ながらに考えてしまう。


 多分、親もそういう経験から、習いごとをしろと言い出すのかもしれない。


「1回で旋律を覚えてしまったのですか?」

「ははは、まぁね」

 かのモーツアルトは、宮廷楽長アントニオ・サリエリの曲を一発で覚えて、ピアノを弾いて編曲までしてしまったらしいが――映画の話ね。


 先生がピアノの椅子から立ち上がると、オープンリールデッキのスイッチを入れた。

 壁にある大きなスピーカーから、俺の下手くそな歌が大音量で流れる。

 止めてくれ! その攻撃は俺に効く!


「ぬわぁぁ。なんという罰ゲーム」

「クスクス……」

 俺が悶えていると相原さんが口を押さえて笑っている。

 いつも彼女をからかっているので、意趣返しであろうか。


「でも、さすがいい音ですねぇ。最近、カセットテープというのが出るような話を聞きましたが……」

「ああ、すぐに取り寄せてみたが、音質が悪くてちょっと使いものにならないねぇ」

「やっぱり」

「すごく便利なのは解るんだけどねぇ」

 カセットテープの音質がよくなったとしても、プロユースではやっぱりオープンリールだったのだろうか。

 DATが発売になったときには、みんなDATになっていたようだったし……。


 しばらく俺の下手くそな歌を聴いていた先生だったが、再びピアノに向かって弾き始めた。

 先生の弾く曲に合わせて、合いの手の旋律をアカペラで当てる。

 それを、また作曲家が楽譜に書き込んでいる。

 1番だけなので1分足らずの曲だ。

 すでに、アバウトな曲の骨格はできてしまった。


「歌詞は、今ので決まっているの?」

「はい――ここに書いてあります」

 俺のカバンに入れてきた、ものを先生に渡した。


「どうでしょうか? 先生。私はとてもよい曲だと思うのですが……」

 相原さんの言葉に男が笑う。


「子ども向けのTV漫画に使うような曲なんだよね」

「はい、そうです! 万が一、TV漫画になればそのまま使えるようなものをお願いいたします」

「お任せください。これだけ揃っているなら、そんなに時間はかからないと思う」

「「よろしくお願いいたします」」

 俺と相原さんで、頭を下げた。


 サンプルができたら、相原さんのところに送ってくれるらしい。

 もちろんオープンリールで。

 簡単に音楽サンプルを聞いたりできないのが、この時代のつらいところだな。

 音質が多少悪くても、カセットテープが普及すれば簡単に確認できるようになるのに。

 彼女に尋ねると、出版社にオープンリールデッキがあるらしい。


 先生との別れ際、俺のカバンから爪切りのサンプルを出して手渡した。


「これは?」

「私が発明した、爪が飛び散らない爪切りです」

「へぇ~」

 先生が早速、試しにパチンと自分の爪を切った。


「どうでしょう?」

「こりゃいい! 床に新聞紙を敷かなくてもいいってことだよね?」

「そのとおりです」

「ありがとう」

 ちょっとでも営業だ。

 有名な人なら付き合いも多い。

 そういう方に手渡せば、たくさんの人々へのアピールになるに違いない。

 爪切りが売れれば売れるほど、俺には特許料が入ってくるわけだし。


 作曲家の家をあとにすると、タクシーを拾うために目白駅方面に歩き始めた。

 駅前にならタクシーがいるだろうし。


「なんか、意外と上手くいきそうですね」

「そうですねぇ」

「これが上手くいって評判になったら、相原さんのことを『女だから』といって侮るやつはいなくなるのでは……」

「そうだといいんですけどねぇ……」

「まぁ、相原さんなら大丈夫ですよ。言ってくるやつを、その都度叩き潰せばいいんですから」

「あはは……」

 彼女が苦笑いをしているが、そのうち「この女には尻尾を振ったほうがいいのでは……?」と考える者がでてきてもおかしくない。


 話しながら歩いていると右手に学校が見える。

 確か女子校のはずだ。

 女学生の姿が見える。

 ここらへんは、平成辺りとあまり変わっていない感じ。


「むぅ!」

 女子校を見てたら、相原さんに引っ張られた。


 目白駅が見えると、人が多くなる。

 駅前のビルに人がたくさん訪れているようだ。

 看板には目白市場と書いてあるのだが――平成にここを訪れたときにはなかった建物のような……。

 辺りを見回すと、やって来たときには解らなかったが、駅の向こうに高い煙突が見えた。

 なんの建物だろうか。


「篠原さん、お昼を食べましょう」

「ああ、いいですねぇ。ちょうどいい時間ですし」

「はい」

 駅前の適当な食堂でも探すのかと思ったら、彼女がタクシーを拾った。

 これも会社の経費なのだろうから、相原さんにすべて任せることに。

 運転手に彼女が行き先を告げた。


「場所はわかります?」

「ああ、大丈夫だと思いますよ~」

「それじゃ、お願いします」

 彼女の口から出た住所は――寒い冬、彼女と初めて一緒に行った木造の旅館だった。

 ああ、あそこか――でも、あそこって予約制のはずだから、最初から予定に入ってたってことか。


 それよりも、俺は目の前にある大きな煙突が気になる。


「あれって、なんの煙突ですか?」

「ええ? 多分、銭湯じゃないかなぁ……」

 運転手もよくは知らないようである。

 銭湯の煙突にしては大きい気もするが……。

 そういえば、昔の漫画には高い煙突がよく出てきたなぁ。

 特撮のヒーローが高い煙突の上から現れたり。

 そういう光景があちこちで見られたのかもしれない。


 空に見なくなったといえば、アドバルーンもそうだ。

 昔はあちこちにアドバルーンが上がっていた。

 俺は知らないのだが、ヘリコプターから宣伝ビラを撒いたこともあったらしい。

 空からゴミを撒くとか、平成令和からしたら信じられないことだ。

 さすが昭和、なんでもありだ。


 なんでもやってみて、ヤベーことになったら法律の規制が入る。

 逆に法律ができる前なら、やりたい放題。

 タクシーの後部座席で、そんなことを考えていると旅館に到着した。


「ありがとうございます」

 金を払って2人でタクシーから降りると、目の前にある木の塀と木造の建物。

 冬に来たときと随分と趣が違う。

 庭の木々は青々としているし、地面には花も咲いている。

 壁には鉢植えの朝顔が咲いてこちらを見ていた。


 小学校で朝顔を育てるってのは何年生だっけ?

 確か低学年だよなぁ。

 いきなり4年生のコノミは朝顔を育てたことがないってわけだ。

 朝顔を育てさせてみるべきだろうか。


「どうしました?」

 朝顔を見ていたら、相原さんから話しかけられた。


「いやぁ、学校で朝顔を育てるじゃないですか」

「はい」

「コノミはそういうことをやったことがないだろうから、体験させてやったほうがいいかなぁ――と思って」

「そ、そうですよね」

 俺の話を聞いた彼女が、ちょっと暗い顔になってしまった。

 いかんいかん、これから飯を食うってのに。


「すみません、相原さん。中に入りましょう」

「はい」

 2人で中に入ると、前と同じように木造りの廊下がまっすぐに伸びている。

 すぐに仲居さんが出迎えてくれた。


「今日、予約を入れていた小中学館ですが」

「お待ちしておりました、こちらへ」

 案内されて木の階段を上り、2階の部屋に通された。


 前と違う部屋だが、作りは一緒だ。

 畳の部屋に漆塗りの大きくて頑丈そうなテーブル。

 スーツを脱いでハンガーにかける。

 俺は相原さんとテーブルを挟んで向かい合い、座布団に座った。


「すみませんが、食事を」

「かしこまりました」

 相原さんの言葉に仲居さんが答えた。


「篠原さん、なにを食べますか?」

 そう言われても、テーブルの上にはなにもない。

 全部おまかせとか、ランチは1種類って感じなのだろうか?


「お品書きは……?」

「だいたい、なんでも出てきますよ」

「それじゃ、蕎麦と漬物とおにぎりを2つ」

「はい?」

 相原さんは驚いているが、仲居さんはなんとも言っていないので、問題ないのだろう。

 作れないものは、外で作ったものを運んでくるのかもしれないし。


「漬物はなににいたしましょう」

「タクアンがあれば、それで」

「かしこまりました」

「あ!」

 俺は、あることを思いついた。


「なんでしょうか?」

 俺の奇行に、仲居さんが不思議そうな顔をしている。


「注文すれば、なんでも作ってもらえるのでしょうか?」

「はぁ――まぁ可能なものであればですけど……」

「それなら――」

 俺は、カバンから出した紙に説明を書いた。

 それを渡して、ここにいる板前というか料理人に作ってもらう。

 材料があれば難しいものではないはず。

 ちょっとねぇ、本職に作ってもらうには気が引けるのだけど……。

 まぁ、まだこの時代には存在しないものだろうし、面白がってくれるかもしれない。

 仲居さんは不思議そうな顔をしていたが、問題ないらしい。


 結局、相原さんも俺と同じものをリクエストした。


「相原さん、未知の食べ物だと思いますが、大丈夫ですか?」

「篠原さんは食べたことがあるのでしょう?」

「ええ、好物の1つですよ」

「それなら安心です」

 相原さんって俺の料理を食ったことがあったかな?

 彼女がニコニコしているのだが、信頼はどこからきているのか不明だ。


 料理ができあがるまでしばし待つ。


「コノミちゃん、夏休みですけど、どうしているんですか?」

「毎日、友だちと遊んでいますよ、はは」

「そうですか~」

「家の中で友だちと本を読んでいることが多くて、少ししか外に出てなくても日に焼けてますよねぇ」

「……あまり日に焼けるとそばかすに……」

「あはは、子どものうちには、そういうことはまったく気にしないですからねぇ」

「そうですねぇ」

 彼女と話している間に、料理がやって来た。

 俺が注文したとおりに、ざるそばとおにぎりとタクアン。

 おにぎりには黒い海苔が巻かれて磯のにおいが漂ってくる。

 さて、俺が頼んだものは上手くできただろうか。


「すみませんねぇ、変なものを作らせてしまいました」

「い、いいえ! 板前たちも驚いてまして」

 なにをどう驚いたのだろうか。

 下がろうとした仲居さんに、相原さんが心づけを渡した。


 相原さんと2人きりになったので、早速おにぎりを食ってみることにした。

 手に持つと、いっそう海苔の香りが強くなる。

 相当いい海苔なのではないだろうか。


 がぶりといく――。


「お?」

 口の中に広がる磯の香りと、酸味と甘味。

 脂と旨味が口の中で渾然一体となる。

 この絶妙のバランス。

 まさに、神に捧げる御神饌ごしんせん


 俺が未来に食べていたものとほぼ同じ――いや、こちらのほうが美味い。

 そりゃ、材料はいいもの使っているのだろうから、当然か。

 ご飯も美味い。

 令和で食っていたご飯と遜色ないし、なんて米か帰りに聞いてみよう。


「……」

 見れば――相原さんが、黙々とおにぎりを食べている。


「相原さん、どうですかね? お口に合いますか?」

 口に入れたものをゴクリと飲み込んだ彼女が叫んだ。


「美味しい! すごく美味しいです!」

「よかった――美味しいですよね」

「はい」

 俺が作らせたのは、この時代にはおそらく存在しない、ツナマヨのおにぎりだ。

 探したらもしかしてあるのかもしれないが、俺の周りでは見たことがない。

 実際に、ここの仲居や板前たちも知らなかったみたいだしな。


 いやぁ、この世界でもツナマヨが食えるのか。

 そうだ――家でも、カツオかマグロの刺し身を焼いてから、マヨで和えればいいんじゃね?

 この味をコノミにも食べさせてあげたい。


 おにぎりに感動していたが、ここの蕎麦も美味い。

 商店街の蕎麦屋とは大違いだ。

 あそこも不味いというわけじゃないんだがな。


 食事が終わると、仲居さんが膳を下げにやってきたのだが、一緒に白い服を着た板前らしき男がいる。


「あの、お客様にお願いがあるのですが……」

 板前の突然の言葉に俺は焦った。


「え?! なんでしょう?」

「お客様から教えていただいたおにぎりを、ここで他のお客様にも出してもよろしいでしょうか?」

「ああ、別に構いませんよ。無理を言って変なものを作らせてしまい申し訳ない」

「いえいえ! とんでもございません! 最初は珍妙だと思ったのですが、食べてみて驚きまして――」

 まぁ、昭和平成令和と定番中の定番になって生き残っているぐらいだし。

 その味は未来でも折り紙つき。


「はは、私の好物なのですよ」

「ありがとうございます!」

「ああ、そうそう。私も聞きたいことがあったんですが……」

「なんでしょう?」

 仲居さんが首を傾げている。


「ここのお米はなんという種類ですか?」

「コシヒカリですが……」

 え!? コシヒカリ! この時代からあったのか。

 今度、米屋で探してみよう。


「コシヒカリですか。ありがとうございます」

「あの、これから私たちは、仕事の打ち合わせをいたしますので」

「かしこまりました」

 相原さんの言葉に、仲居さんと板前が下がった。


「打ち合わせって、なにかありますか?」

「……」

 彼女が黙って、恥ずかしそうにふすまを開けた。

 ここは連れ込み旅館にもなっているので、隣には寝室があり布団が敷いてある。


「ああ、そっちの打ち合わせですか? このあとも仕事があると思うのですが、時間的に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」

「う~ん、それじゃ――軽く一回だけでは?」

「コクリ」

 彼女がうなずいた。


 とりあえず軽くゴニョゴニョした。


「相原さん、そろそろ――わっ」

 突然、彼女が起き上がり、俺の身体に抱きついてきた。

 そのまま押し倒されて、俺が再び下になってしまった。

 相原さんは、俺にスリスリを繰り返し首の辺りを舐めている。

 俺はネコをなでるように、彼女の頭に手を伸ばした。


「ん~」

「このあとも仕事があるんじゃないですか?」

「……」

 彼女の動きが突然止まり、口を尖らせ不機嫌そうな顔で俺を見ている。


「軽く1回って話でしたよ」

「……」

 俺の言葉に納得したのか、それともしなかったのか。

 激しい運動したので、ちょっと汗ばんでしまった。

 新品のタオルを取り、おでこや首周りを拭く。

 ひとっ風呂浴びたいところだが、この部屋に風呂もシャワーもない。


 多分浴場はあるんだろうなぁ。

 ――そんなことを考えていると、彼女も俺と同じように首周りを拭いている。

 ちょっと乱れた首周りが、やけにいやらしい。

 思わず襲いたくなるのだが――待て待て。

 真っ昼間だし、彼女には仕事が待っているのだ。


 仲居さんに来てもらい、タクシーを呼んでもらうと部屋をあとにする。

 俺と相原さんの様子を見ても、どう見ても打ち合わせをしていたようには見えない。

 まぁ、こういう旅館を経営しているのだから、そんなことは百も承知だろうが。


 2人の靴を用意してもらい出かける準備をしていると、白い着物を着た女性がやってきた。

 黒い髪をかんざしでまとめている中年の美人――おそらく女将だと思われる。

 タレ目と口元のほくろが中々に色っぽい――好きな人は好きそうだ。


 そういえば、前に来たときには会わなかったなぁ。

 あのときは朝に慌ただしく出発してしまったし……。


「お世話になりました」

「あ、 あの――おにぎり、とても美味しゅうございました」

「はは、女将さんも食べたんですか?」

「はい、あの――そちら様のお名前は――?」

 ここの予約は小中学館でしているから、俺の名前は知らないか。


「私ですか? 篠原と申しますが」

「篠原様ですね。当館をご利用の際には、いつでもいらしてください」

「え?! もしかして、予約なしでもですか?」

「はい、なんとかいたします」

「そりゃ、ありがたい」

「!」

 女将と話していると、相原さんに服を引っ張られた。

 彼女と一緒に玄関から出る。


「どうも、お世話になりました」

「またのお越しをお待ちしております」

 女将と仲居さんたちが、並んで見送ってくれた。


 そんなにツナマヨが気に入ったのか。

 俺は、ツナマヨが作れるとわかったので上機嫌だったのだが、相原さんは隣で終始ちょっとむくれていた。


 やっぱり、1回じゃ足りなかったのかなぁ。



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