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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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62話 試作プレーヤー


 月刊の少年誌で連載中の八重樫先生の漫画に、オマケをつけようという企画があるらしい。

 普通は描き下ろしの漫画などがついたりするのだが、今がギリギリの作業で物理的に難しい。

 その話を聞いて俺は、いいことを思いついた。

 もうちょっとあとの時代になるが、雑誌にシートレコードが付録としてつくことが多かったのだ。

 そいつを先取してみようと思う。


 打ち合わせしているところに相原さんがやって来て、プロジェクトに加わるという。

 彼女はすでに別の編集部であり、ムサシとはまったく関係がない。

 それでも加わるというのだから、すごい気合だ。

 なにをやっても文句を言われたり嫌がらせを受けるので、自分の好きなことをやろうと開き直ったらしい。

 もうクビにするならしてみろという感じだ。

 のちに某国の首相が「鉄の女」と呼ばれていたが、それを先取りしてしまう勢いかも。


 とりあえず、オマケレコードの企画書は、相原さんが出してくれるようだ。

 編集部が違うのに、俺が描いた組み立て式のプレーヤーの図も持っていった。

 あれを清書して使うらしい。

 相当に揉めると思うが、もう彼女は引きそうにない。

 彼女には、やると言ったらやる――『スゴ味』があるッ! って感じだ。

 編集部の男どもも、彼女のことを言葉じゃなくて心で理解することになるだろう。


 さて、当面の俺の仕事は組み立て式のプレーヤーの設計だ。

 この時代、雑誌などでこういう企画ものをやることになっても、専門の企画屋がいるわけでもなく、全部を自分たちでやらなければならない。


 ――シートレコードの企画が出た次の日。

 今日は日曜だ。

 梅雨明けはしたのだろうか? 今日は曇りで降ってはいない。

 俺は新しい企画のために、買い物に行くことにした。


「私も行く!」「それじゃコノミも!」

「仕事がらみだから、俺が行く所が優先だぞ?」

「「うん!」」

 3人で国鉄の駅前まで出かけることにした。

 俺が探すのは、シートレコードだ。

 組み立て式のプレーヤーを作っても、実際に使えるか試してみないといかんし。


 3人で、路地を歩いて国鉄の駅方向に向かう。


「コノミ、今日は友だちは来ないのか?」

「ショウイチと買い物から帰ったら、来るかも」

 まぁ、遊びにやって来ても、部屋に誰もいなかったら諦めて帰るしかないからなぁ。

 スマホなどがあればSNSで、「只今、お出かけ中~」などと、流すこともできるが、この時代にそんなものはない。

 待ち合わせをしても、相手が来るのかもその時間にならないと解らない。

 駅前に掲示板があったりして、それが唯一の連絡方法だった。

 だいたい、電話がない家も多いし。


 工事中の総合施設を横目で見ながら、駅前の商店街にやって来た。

 ここで探すのはレコード店である。

 それ専門の店があるわけでもなく、○○楽器店みたいな店が多い。

 楽器もレコードも音楽に関係あるから、一緒にあってもおかしくないし、昭和後期でもそういう店が多かった。

 この商店街にもそういう店があるのを知っていたが、チラ見していただけ。

 今回初めて縁ができた恰好だ。


 3人で店の中に入る。

 左側にはギターや金色に輝く管楽器が並び、右側に木の板で仕切られたスペースにレコードなどが並んでいる。

 ヒカルコとコノミが、物珍しいのか店内をぐるぐると見回している。

 大きなお姉さんはレコードがなにか当然知っているだろうが、小さい子はレコードすら見たことがないだろう。

 ここでレコードを買っても、プレーヤーがないので聴けないがな。


 一番奥のレジの所に、エプロンをして髭を生やした紳士風の男がいる。

 彼に聞いてみた。


「あの、シートレコードってないですかね?」

「ああ、こちらです」

 彼が箱の一角を指した。

 なるほど、普通のレコードは300円以上するのに、シートレコードは数十円で売っている。

 これなら手軽に買えるな。

 さて、どんなのがいいかな……。


「どんな音楽をお探しですかな?」

「あ、いや――どれってのは、ないんですがね。ちょっと仕事でシートレコードに関わることになってしまって、その参考にと思いまして」

「ほう! それは興味深い……」

 彼と話しながら、シートレコードのジャケットを開いてみる。

 薄い袋に赤くて丸いシートが入っていた。

 本当にペラペラだ。

 裏を見てみる――裏がない。


「は~、シートレコードってのは表しかプレスしてなかったか……」

 俺も見たのは子どもの頃だからなぁ。


「そうですねぇ。とにかく安価で作れるのが特徴ですし。あ、そうだ!」

 彼が、なにかを思い出したのか、レジに戻るとレコードジャケットらしきものを持ってきた。


「これならタダでさしあげますよ」

「これは?」

 ジャケットには女性の写真が入っており、非売品の文字が入っている。

 薬の広告のようだ。


「広告の歌が入っていて、宣伝でもらったのですが……」

「まぁ、この店じゃ合いませんかね」

 ここにはレコードがあるし、プレーヤーもあるだろうと、持ってきたのか。

 大雑把すぎるというか、昭和っぽいというか。


「そうなんですよ」

 店頭でテーマソングを鳴らして、宣伝をしてもらうためのものだろう。

 俺としては、組み立て式プレーヤーの実験台にするのだから、なんだっていいのだ。

 これはありがたいのだが……。


「しかし、タダでもらうのは気が引けるなぁ。レコードを買ってもステレオもねぇし」

「はは、サービスですよ。ステレオを購入しましたら、レコードを買いに来てください」

「まぁ、シートレコードの仕事が上手くいけば、それを聴くためにプレーヤーをどうしても買うだろうし」

「プレーヤーは、ウチでも扱っておりますので、よろしくお願いいたします」

 店主に見せてもらうと、EPだけが載りそうな小型のものが3000円ぐらいで売っている。

 彼の話によれば、3200円以下の小型プレーヤーは、物品税が免除されているらしい。

 この時代に消費税はないが、家電には物品税がかかり、30%とかもある高税率だ。

 なるほど、それで小型のものがあるわけだな。

 これでも安いシートレコードを買えば、それなりに楽しめるってわけだ。


「あと、レコード針ってあるかな?」

「はい、こちらに」

 普通のプレーヤー用の針の他に、古い蓄音機用の針がある。

 後者のそれは、太くて針金の先が尖っているような感じだ。

 金属製の他にも木製や竹製のものもあるらしい。


 俺が作ろうとしている組み立て式は、もの的には蓄音機だろう。

 それなら、蓄音機用の針のほうが合っているのではないだろうか。

 竹の針で音が出るなら、コストも抑えられるかもしれない。


 金属製と竹製のレコード針を購入。

 俺は店主に挨拶をすると、楽器店をあとにした。

 シートレコードがタダで手に入ったのはラッキーだったな。


「さて、次は――」

 文房具屋だ。

 工作の定番である、工作用紙を買う。

 こいつは裏面にマス目が印刷されているから便利なんだ。

 あとはセロハンか。

 そういえば、昔は工作でセロハンをよく使った記憶がある。

 普通に10枚入りとかで売っていて、学校の図画工作授業で使ったりした。

 赤とか青とか緑とか――要は、このセロハンはシートレコードの原料だろ?

 色もそっくりだしな。


 そのセロハンに粘着液を塗ったセロハンテープも、この時代にはすでに発売されている。

 こいつも工作には便利そうだから買っておくか。


 それから竹ひごだ。

 こいつは回転する軸などに使えるだろう。

 俺の頭の中に子どもの頃の記憶が蘇る。

 そう、竹ひごなぁ――こいつも学校の工作で使ったなぁ。

 竹ひごとか、元の時代でも売っているのか?

 色々な太さがあるので揃えた。

 なにかの工作に使えるはずだ。


 組み立て式プレーヤーを頭の中でシミュレートしてみる。

 うん――家にあるものと、買った材料で作れるはずだ。

 プレーヤーのできあがりを考えていると、袖を引っ張られた。


「ショウイチ……」

 どうやら、コノミは本屋に行きたいようだ。

 ヒカルコも行きたいみたいだし。


「しょうがねぇな」

 3人で本屋に入る。

 コノミには毎月のお小遣いをやっているので、その中から出させる。

 なんでも買ってやるわけにはいかないが、図鑑などは別だ。

 こういうものは知識になる勉強道具だからな。

 あるとないとではまったく違う。


 俺もガキの頃、百科事典の送りつけ商法に引っかかって、小包を開けてしまったことがある。

 親が買ってくれたものだと、喜んで開けてしまったわけだな。

 結果、親が百科事典を買う羽目になってしまったのだが、俺はその百科事典から多くの情報を得た。

 そんなことがあるので、辞典やら図鑑の類ならいくらでも買ってあげようと思うのだ。


 ――といっても、興味のないやつに買ってあげても豚に真珠、猫に小判。

 俺の弟などは、俺が読みまくった百科事典を重しに使っていた。

 そんなガキには買うだけ無駄だろうが、幸いコノミは違うようだ。

 漫画に飽きると、1人で図鑑を広げてニコニコしている。

 そんな彼女に、今日も図鑑と児童書を3冊ほど買ってあげた。

 児童書も情報源としては中々優秀だ。

 雑学を増やすことができる。


 ガキの俺は児童書もたくさん欲しかったのだが、買ってもらえなかったんだよなぁ。

 まぁ、この時代の本は高価なので、数を揃えるのが難しいというのもある。

 実家は貧乏だったが、今の俺には金もあるし、なんといっても俺が読みたいのだ。

 3冊も買ったのは、そのせいもある。

 ヒカルコも小説を買ったようなので、3人でアパートに戻った。


「おし!」

 コノミの友だちが遊びにこないようなので、家で作業するか。

 昼飯を食べたあと――俺は文机の上で工作を始めた。


 まずは、付録がつく雑誌の寸法を測りながら設計図を書く。

 雑誌に織り込まれるようにセットされるはずだから、上下の寸法は同じじゃないとマズいだろう。

 横幅も雑誌と同じほうがいいだろうが、シートレコードが入る寸法でなくてはならない。


 設計図に書かれた寸法の薄い箱を作り、蓋を開いて二つ折りに。

 この二つ折りの部分に針がセットされて、蛇腹のように前後に稼働するわけだ。

 レコードプレーヤーでいう、アームの部分に相当する。


 シートレコードを置く軸の部分を作るが、レコード中心の穴の大きさは約7mm。

 買ってきた竹ひごの中で一番太いものでも、5mmのものしかない。

 そこで箸の先っぽをぶった切って使うことにした。

 テーパー状になっているから、ちょうどいい所でカットすればいい。

 紙を丸めて作るのもいいだろうが、やはり竹か木のほうがいいのではないだろうか。

 箱の後ろから画鋲を刺して、突き出た針に箸の軸を挿す。

 試しに回してみると一応回るのだが、ギクシャクしている。


 押しつけすぎると回らないし、シートから指が離れても空回りしてしまう。

 そこでセロハンテープを使って、シートの上に竹ひごを切った棒をつけた。

 これを持ってくるくるすれば、回すのに集中できる。


 最後に、振動板の代用である蓋に、セロハンテープで蓄音機の針を貼りつけた。


 実はコレだけで、プレーヤーとして動作する。

 もちろん動力はないので、手でシートレコードをくるくるする必要があるが。

 まずは、セロハンの振動板がない、紙だけのバージョンを試してみようか。


 俺の作業を、コノミがじ~っと見ている。


「この箱から音が出るんだぞ?」

「うそ?!」

 どうも彼女は信じていないようだ。

 まぁ、レコードもシートレコードも見たことがないだろうし、こんな板から音が出るなんて信じられないだろうな。

 設計と組みたてに夢中になり、時計を見るとすでに2時間ぐらいたっていた。


「とりあえず試してみよう」

 作ったものをちゃぶ台の上に置いて、今日もらったシートレコードをセットした。

 試しにくるくる回してみたのだが、指だけで回すのは難しい。


 シートレコードの端っこにレコード針を落とし、中心近くに取りつけた棒を持ってゆっくりと回してみた。


『^%*(&~♪』

 小さな音だが、なにか聞こえる。

 楽器店の店主の話によれば、中に入っているのはコマーシャルソングのハズ。

 上手く回転を調節して、歌になるように持っていく。


『今日も~元気で健康に~♪』

「歌が聞こえる!」

「ほら、俺の言ったとおりだろ?」

「ショウイチすごい!」

 彼女の目がきらめいている。


「はは、コノミもやってみるか?」

「うん!」

「この棒を持って、そっと回すんだぞ」

「うう……」

 子どもなので、微妙な力加減が少々難しいのかもしれない。

 なんかすごく真剣な顔をしている。

 勉強しているときだって、こんな顔をしたことがない。


『明日の活力~ミナギルンン~ゼットぉ~!♪』

 なんかアニメの主題歌みたいな歌だな。

 コノミはそれが気に入ったのか、ず~っと回していたのだが、曲の最後までやってきた。

 当然、シートの溝もそこで切れている。


「音がでなくなった」

「ここの針を外側に落とせば、また最初からできるぞ」

「こう?!」

「そっとな」

「うん」

 針が上手く載ったので、彼女がまた回し始めた。


「私もやりたい……」

 ブツブツ言っているのは、ヒカルコだ。


「お姉さんなんだから我慢しなさい」

「ぶーぶー!」

「コノミ、それが終わったら1回ヒカルコに回させてやりな」

「うん!」

 そう言う彼女だが、徐々に上達しているのが解る。

 小さな子にも扱えるのだから、これを付録につけてもなんとかなるはず。

 まぁ、コノミは他の子より知能が高い気がするが……。


 歌が終わったので、ヒカルコに代わるようだ。

 くるくると回して、大きな子どもが喜んでいる。

 コノミが学校に行ったあとにでも、いくらでもすりゃいいのに……。

 まぁ、とりあえずは、試作1号が使えるのは解った。


 一発で上手くいったが、こんなことは普通はありえん。

 本当はもっと試行錯誤するはずだ。

 なぜミッションを一発でクリアできるのか? そりゃ、俺が持っている未来の知識のおかげにほかならない。

 俺がガキの頃に似たようなものを作っていて、ネットでも似たようなものを見たし。

 その中には本物のレコードプレーヤーのように、アームを備えたものもあった。

 アームの所に振動板が装備されているタイプだ。


 印刷や加工技術が上がれば、そういうものを作ることも可能だろうが、この時代はそれに期待できない。

 今回、俺が試作したシンプルな形が一番よいのではないだろうか。

 これ以上はシンプルにならないぐらいにシンプルだからな。


 続いて、セロハンの振動板を備えた2号の製作に取り掛かろう。

 2号機といっても形はまったく同じ。

 ただ、パカッと開く蓋の所に穴を開けて、そこに振動板となるセロハンを貼る。

 蓄音機の針は細長い紙の台紙に貼り、それをセロハン上に固定した。

 これで針の振動がセロハンに直接伝わるので、多少は音が大きくなるのではないだろうか。


 ほぼ同じものなので、サクッと完成した。

 それでも、すでに夕方近い。


「コノミ、こっちも試して見てくれ」

「うん!」

 シートレコードを移し替えて、彼女がくるくると回すと、1号機より大きな音が出た。


「お? こっちのほうがやっぱり音がデカいな」

「すごい! はっきり聞こえる!」

 ただ音が大きいとあまり音質がよろしくないのが、バレてしまうな。

 まぁ、こんな紙工作で音を出しているのだから致し方ないが。


「私にもやらせて!」

 ヒカルコが、コノミに代わって回しはじめた。

 その光景を見ていた俺だが、他にもこのプロジェクトに参加者がいることを思い出した。

 廊下に出て、隣のドアを叩く。


「お~い、先生。ちょっと時間あるかい?」

「はいはい~」

 パンツ一丁の八重樫君が顔を出した。


「シートレコード計画の試作品ができたんだが、見てみるかい?」

「え?! もうできたんですか?」

「ああ、でも来るなら、ズボンぐらい穿いてくれよな」

「え?! あ!? す、すみません!」

 俺だけ先に部屋に戻ると、すぐに八重樫君がやって来た。


「先生、これが今回のプロジェクトの要になる、組み立て式レコードプレーヤーだ」

「ええええ?! すごいじゃないですか?!」

「コノミ、ちょっと聞かせてやってくれ」

「うん!」

 彼女がドヤ顔で、くるくるし始めた。

 部屋の中に少々間抜けなCMソングが流れる。


「ええええ?! 本当に音が出てるじゃないですか?!」

「そりゃ出るよ。モーターとかゼンマイは使ってないけど、仕組みは蓄音機と一緒だし」

「すげぇぇぇ!」

 かつてないぐらいに、彼が驚いている。

 そんなにびっくりすることか? ――と思うのだが、こういうのを見たことがないと、こんな感じなのかもしれない。

 エンジンで動く車を見て、馬が牽いていないのに動いている!

 ――みたいな感じだろうが、彼の実家にはステレオがあったと言っていたのに。

 単純に、こんな紙工作から音が出ているのを驚いているのか。


「コノミが回せるなら、小中学生にも扱えるってことになるだろ?」

「はい! そうですねぇ」

 コノミに代わってもらい、先生がシートレコードを回し始めた。


「あとは、組み立てだがなぁ。模型を組み立てたりできる小学校高学年以上なら平気だと思うんだが……」

「紙の箱に、針がついているだけですよね?」

 彼が箱の下を見ているのだが、軸を固定している画鋲が見えている。


「まぁ、そうだが……どこまで材料を含めるかって問題もある」

「組み立てのための材料ですね?」

「予算との兼ね合いもあるしな。そこら辺は出版社の判断になるだろうけど……」

「はぁ~、でもこれはすごいですよ……」

「これが世に出たらびっくりするだろうな」

「そうですよ!」

 彼がちょっと興奮気味だ。

 落ち着かせていると、ヒカルコがアイスコーヒーを淹れてくれたのだが――白い簡単服を着た矢沢さんも一緒にやってきた。


「なにか、面白いことをやっていると聞きました!」

「おお、矢沢さん。これだよ」

「矢沢さん! 篠原さんが作ったこれ! すごいんだよ!」

「なんですか?」

 八重樫君と矢沢さんの落差がすごいが、彼がくるくると回して音が出始めると、同じ調子になった。


「えええええ?! なんで音が出るんですか?!」

「蓄音機を知っているだろ? あれと同じ仕組みだよ」

「すごぉぉい!」

 どうでもいいのだが、彼女が激しく動くと、ブラをしていないので脇から横乳が見えそうだ。

 俺の心配をよそに、矢沢さんもくるくると回し始めた。


「こいつを雑誌の付録にしようかという話があってな」

「本当ですか!」

「ああ、主題歌を作って入れたり、簡単なドラマを入れたりして……」

「面白そう!」

 彼女の目もキラキラしている。

 やっぱり、こういうものを見たことがないから、新鮮なのかもしれない。


 皆でワイワイとやっていると、階段を上ってくる音がする。

 郵便屋かなにかか? ――と思っていると、戸がノックされた。


「篠原さ~ん」

「あれ? この声は相原さんっぽいが……」

「そうですね」

 彼女が来るのは夕方以降のことが多い。

 こんな昼過ぎに来るのは珍しい。


「は~い、戸は開いてますよ~」

「お邪魔します~あら? 皆さんがおそろいでなにをしていらっしゃるんですか?」

「シートレコード計画の試作品ができたんで、皆にお披露目をしてたんですよ」

「相原さん! 篠原さんが作ったこれ! すごいですよ!」

 八重樫君が興奮した口調で、紙でできたプレーヤーを掲げた。


「ええ? それってなんですか?」

 靴を放り投げた相原さんが、ちゃぶ台にかぶりついた。


「コノミ、お姉さんに回して見せてあげたら?」

「うん!」

 彼女がくるくると回すと、なん十回も聞いた歌がまた流れ始めた。

 いい加減、全部覚えてしまったな。


「ええええええ?! 音が出てるぅ?!」

 それを見た女史の叫び声が部屋の中に響く。


「そりゃ出ますよ。彼らにも言いましたが、蓄音機と原理は一緒ですからね」

「ええええ?! す、すごい!」

 彼女がコノミから箱をもらうと、持ち上げて裏から見ている。


「ほぼ紙でできてますよ。あとは、蓄音機の針と画鋲、軸の箸の先と竹ひご、セロハンぐらいですかね」

「それだけでできるんですか?!」

「見てのとおりですよ。あと、組み立てにのりかセロハンテープが必要ですかねぇ」

「それは、読者に用意してもらうとして……は~」

 彼女がぐるぐると見回したあと、自分でも回してみる。


「コノミが回せるぐらいですから、他の子どもでも扱えるでしょう?」

「そ、そうですねえ……本当に音楽が聴こえる……」

「これって、どうですかね?」

 とりあえず、現場の意見も聞いてみないとだめだが、これ以上はコスト削減はできないものだがなぁ……。


「実は、少年誌の編集長に押しかけて、企画書を出したんですよ」

「うは~まったくの部外者なのにですか?」

「ええ! もうそんなの関係ないです!」

「『やってやる!』そう心の中で思ったならッ! そのときすでに行動は終わっているんだッ! ――という感じですね」

「そうですよ! そのとおりです!」

「それでどうなったんですか?」

「机上の空論だと一蹴されました! 『そんなものがあるなら持ってきてみろ!』って……」

「ここにありますけど……」

 相原さんが、いきなり俺に抱きついてきた。


「おわ! 相原さん!」

「これ、お借りしてよろしいですか?!」

「もちろんですよ。そのために作ったんですから」

 俺の言葉を聞いた彼女が、自分の持ってきたものをちゃぶ台の上に並べた。

 白い箱に入ったケーキと、コノミのために持ってきた本だ。


「皆様、申し訳ございませんが、これにて失礼させていただきます」

 彼女がペコリと頭を下げた。


「そいつを持って、さっき出た編集長の所に行くんですか?」

 八重樫君の言葉に相原さんが、ニヤリと笑って答えた。

 なんだか怖いんだけど……。


「そのとおりです、先生……もう、あいつらをギャフンと言わせないと気が済まない!」

 ギャフンとか、初めてリアルで聞いたわぁ。


 彼女が立ち上がると、コノミの所にやってきて抱きついた。

 コノミエネルギーを補給しているのだろう、クンカクンカしている。


「コノミ、お姉さんを応援してあげな」

「うん! お姉ちゃん、頑張れ!」

「もちろん!」

 相原さんが立ち上がると、持ってきた袋に俺が組み立てたプレーヤーを押し込もうとした。

 そのぐらいじゃ壊れないと思うが……。


「ああ、いいものがありますよ!」

 矢沢さんが声をあげて、廊下に出ていったのだが、すぐになにかを持って戻ってきた。

 彼女が持ってきたのは銀色の平たい箱。

 ちゃぶ台の上に載せるとパカンと蓋を開く。

 どうやら、せんべいなどのお菓子が入っていた箱のようだ。

 そうそう、こういうのって取っておいて、昔は入れものに使っていたよなぁ。


「ああ、それに試作品を入れるのな」

「はい、壊れたら大変ですし」

「矢沢先生、ありがとうございます!」

 彼女は、金属の缶を袋の中に突っ込むと、玄関まで行き頭を下げた。


「皆様、失礼いたします」

「はい、朗報をお待ちしてますよ」

「おまかせください! コノミちゃんバイバイ」

「バイバ~イ!」

 相原さんとコノミが手を振り合ったのち、燃える女戦士は階段を降りて行った。


 気がつくと、ヒカルコが白い目で俺を見ている。

 相原さんが俺に抱きついたのが気に入らないのだろう。

 ヤキモチかよ。


 それよりも、あれで説得できればいいがなぁ……。



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