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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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61話 丸くてペラペラな


 俺が実用新案を取った爪切りが、ついに売りに出された。

 サントクに電話が通じないので、会社に行ってみると――まるで戦場のような有様。

 つまり、売れに売れまくっているのだ。

 そりゃ、実際に目の前で使ってみれば、便利なのは一目瞭然だからなぁ。

 爪を切るたびに新聞紙を広げることがなくなって、手軽に爪切りができるようになるわけだし。


 サントクの社長がお礼をしたいということだったので、会社の株券をもらった。

 このまま会社が成長して上場なんてことになれば、俺も上級国民の仲間入りだ。

 それに爪切りの特許料も入ってくるしな。

 サントクはプラスチック工場も買ってしまったらしい。

 それなら、俺が特許を取った袋とじ棒やら洗濯ネットの生産も可能かもしれない。


 あとは乳酸飲料の銀紙蓋の特許もあるし、まだ本決まりではないが――カレーのパウチの特許がある。

 上手くいけば大金に化けるだろう。


 ――7月中旬。

 まだ梅雨明けではないが、晴れると確実に30℃を超えてくる。

 さすがに暑いが、それでも去年のような水不足になるよりはマシだ。

 渇水はマジで困ったからな。

 人間ってのは水がないとヤバいってのが、身に滲みた。


 暑さについては、俺は元世界の東京の酷暑に慣れているから、それなりに平気だ。

 もちろんクーラーはあったのだが、最低限しか使っていなかったし。

 だいたいだな、一日中家で仕事をしてクーラー回しっぱなしじゃ、電気代がヤバい。

 基本はランニングとパンツで汗だく。

 どうしても我慢できないときにだけクーラーを使っていた。

 あとは寝る前とかな。

 寝てしまえば多少暑くてもなんとかなるし。


 今ぐらい稼げていれば、クーラーをガンガン回せたのになぁ――と思う。

 まぁ、今の儲けはインチキで稼いでいるわけだけどな。


 ――ジリジリと暑い中に昼前になったので、飯の用意をする。

 暑くて下着姿のヒカルコがグダっているので、俺がやることにした。

 食欲がないというので素麺にしようか。

 俺は全然平気なのだが仕方ない。

 それはいいのだが、暑いからさっぱりとしたものとして素麺を選択すると、コンロの前で鍋でグラグラとお湯を沸かさなければならない。


 暑いがお湯がないとどうしようもないので、鍋でお湯を沸かす。

 素麺は買い置きがあるので大丈夫だ。


「さよなら~故郷~星征く船は~宇宙そら飛ぶ戦艦ム~サ~シ~っとくらぁ! ははは」

 俺が歌っているのは、ムサシの元ネタになったアニメの主題歌だ。

 お湯を沸かしているとドアが開いた。


「篠原さん……その歌なんですか?」

 ドアからゾンビのように出てきたのは、ランニングと猿股姿の八重樫君だ。

 今、ちょうど追い込みをしているところだろうが、この暑さだ。

 参っているに違いない。

 出てきたのは先生だけだが、アシスタントもいるはず。


「俺が考えたムサシの主題歌だ」

 もちろん大嘘である。


「……篠原さん、歌も作れるんですか?」

「まぁ、正式に作曲とか学んだわけじゃないがな――それよりも、先生も素麺食わないか?」

「食います、お願いします」

 マジでゾンビだな。大丈夫か?


「あ、あの!」

 八重樫君と話していると、後ろの扉が開いた。

 顔を出したのは、ノースリーブの簡単服を着た矢沢さんだ。

 彼女も汗だくだが、やつれている感じはしない。


「お、矢沢さん。おつかれ~」

「私も食べたいんですけど……」

「ええ? いいけど――矢沢さんの所にも、アシスタントの女の子が来てるよね。素麺が足らんぞ……」

「あの、大家さんに聞いてみます!」

「それなら、ついでに大鍋を貸してもらえるように頼んでくれない?」

「わかりました!」

 矢沢さんなら、大家さんの家の中を出入り自由だからな。

 俺も内階段を使ってもいいと言われているのだが、やっぱり店子としてけじめってものがある。

 オッサンだから、そういうのにはうるさいのだ。


「篠原さ~ん」

 元気のなさそうな声が聞こえてきたが、これは大家さんの声だ。


「は~い?」

 ドアが開いて、白いワンピースを着た汗だくの大家さんが顔を出した。


「私の分も茹でてくれないかしら? 素麺は沢山あるから」

 彼女が差し出したのは、桐の箱にびっしりと詰まった高そうな素麺。

 高級品だ。


「篠原さん、鍋です!」

 矢沢さんが大きい鍋を持ってきてくれた。

 鍋はいいのだが、簡単服を着ている彼女の恰好が気になる。

 それって絶対に下着履いてないよね?

 つまり簡単服の下は素っ裸だ。


 八重樫君は自分の部屋に戻っているが、とてもじゃないが男どもには見せられん。

 刺激が強すぎる。


「よっしゃ、それじゃ茹でるか」

「篠原さん、これもお願い」

 大家さんが差し出したのは、自家製の梅干し。


「おお、大家さんの梅干しは美味いですからねぇ。夏にピッタリですね」

「ありがとうねぇ」

「大家さん、まだ夏は序の口ですよ。大丈夫ですか?」

「はぁ、あまり暑くならないといいけどぉ……」

「去年の渇水にも参りましたけどね」

「そうねぇ……」

 彼女からザルももらう。

 矢沢さんの恰好からして、今日の食事は男女別だ。

 とてもじゃないが、狼どもに矢沢さんたちの恰好は見せられんし。

 アシに入っている女性も結構可愛いのだ。

 いつもうるさい大家さんがなにも言わないので、大丈夫なのかもしれないが、暑さで判断力が鈍っているだけかもしれないしな。


 とりあえず腹が減ったので、大鍋で素麺を茹でる。

 市販の麺つゆでつゆも作ったが、味がイマイチ――結局鰹節と味醂を足した。

 それでもゼロから作るよりは簡単だ。

 鰹節も大量に削らなくてもいいしな。


 茹で上がったら、ザルに上げて水で冷やす。

 本当は一口サイズにまとめたほうが食いやすいのだが、なにせ量が多いのでそんなことをやっている暇がない。

 とりあえず、茹で上がったものを三分割した。

 八重樫君のところは男2人なので、ちょっと多めだ。


「お~い八重樫君!」

「は、はい、ありがとうございます~」

 汗だくの彼が顔を出して、素麺を受け取った。


「ちゃんと水分取ってるかい?」

「はい、大丈夫ですよ。飲まないと仕事になりませんし」

「塩も取ってる?」

「水だけですけど……」

「汗をかくと塩も抜けるから一緒に取らないとだめだぞ。この大家さんの梅干しは塩辛いからちょうどいい」

「多めにとることにします」

「ほい」

 次は女性部屋に持っていった。

 矢沢さんは相変わらず平気そうだが、アシスタントの女性は簡単服姿を恥ずかしそうにしている。


「わぁ、ありがとうございます~」

「八重樫君にも言ったけど、汗をかいたら塩も取ってな」

「大丈夫です!」

 矢沢さんは、塩のことを知っていたらしい。

 彼女は工事現場の男たちをスケッチしていたので、そのときに塩のことを聞いたようだ。


「やれやれ」

 やっと俺たちも素麺が食える。

 自分の部屋に戻って、大家さんも一緒に麺をたぐった。

 下着姿のヒカルコを見て、大家さんが仰天していたけどな。

 まぁ、自分の部屋だけだから、よしとしたようだ。

 さすがに、ヒカルコも下着姿のまま部屋の外には出まい。


 それはさておき、大家さんからもらった素麺はさすが最高級品だ――美味い。

 幸い、ヒカルコも食えているようである。

 まだ7月だからな。

 今から夏バテしていたら、身体がもたんし。


 食い終わったら洗い物だ。

 ヒカルコも復活したようなので、漫画家たちの食器なども回収して一緒に洗ってしまう。


「篠原さん」

「お? 先生、どうした?」

「なんか、梅干し食べたら元気が出ましたよ。すごくダルかったんですが」

「そりゃ、塩分不足だったんじゃないの?」

「そうかもしれないですねぇ。塩を取るように気をつけます」

「身体が資本なんだから、大事にしてな」

「ありがとうございます」

 本当に大丈夫なのか。

 建築会社なら夏場に塩を取っているはずだがなぁ。

 まぁ、彼は現場などには行ったことがないのかもしれないが。


 ――暑くなって数日あと。

 今日は曇りで、かなり涼しい。

 多分、20℃ぐらいしかないんじゃないだろうか。

 八重樫君も矢沢さんもそろそろ原稿が上がるはずなので、作業にちょうどいいかもしれない。


 ――涼しいまま夕方。

 暗くなって夕食のあと、八重樫君の所に編集の高坂さんが原稿を取りにやってきたようだ。

 彼女はいつも、俺の部屋にも寄ってヒカルコと小説談義をしていくので、今日もやって来るのではなかろうか。

 隣の打ち合わせが終わるのを待っていると、戸がノックされた。


「は~い?」

 戸を開けると、高坂さんと八重樫君だった。


「あの~」

「なんだなんだ? どうした? なんかトラブルか?」

「いえ、ちょっと篠原さんにご相談したいことが……」

 八重樫君からなにか頼みごとがあるらしい。

 2人を招き入れて、座らせた。

 高坂さんからの差し入れで、ケーキと本がコノミに渡される。


「ありがとうございます」

 コノミがペコリとお辞儀をした。


「どういたしまして」

 彼女は俺に興味はないようだが、まぁコノミのことは気に入っているようだ。

 まぁ仕事の邪魔をされなければ、無関心でオーライなのだが。

 ヒカルコが麦茶を淹れてくれると話が始まる。


「それで、いったいなにごと?」

「雑誌にムサシのオマケをつけようという話があがっているようなんですよ」

「へぇ~雑誌の付録というと、別冊の漫画とかがあるけど」

「その話も出たのですが、今でもいっぱいいっぱいなのに、追加の漫画を50ページとか60ページとか無理ですよ」

「まぁ、そうだろうなぁ」

「いえ、描き溜めてもらったものをまとめて出すという感じでも構わないのですが……」

 高坂さんはそう言うのだが、やはり細かいメカなどが沢山出てくるムサシは作画が大変だ。

 追加で漫画を描くのは無理があるだろう。


「それで、なにかいいオマケがないかと、篠原さんのお知恵を拝借したいな~と」

 オマケといえば、なにかグッズとか?

 プラモデルとかカプセルトイみたいなキャラモノなどなど――令和ならそういう業者も沢山あったが、ここは昭和だ。

 俺は昭和の雑誌に定番だった付録を思い出した。


「シートレコードはどうだ?」

「……シートレコードってなんですか?」

 この時代、まだ漫画雑誌の付録にはついてなかったのか?

 シートレコードより、ソ○シートって名称のほうが有名だろうが、そっちは登録商標らしい。


「あの、薄くてペラペラのレコードですよね?」

 高坂さんは知っているようだ。


「そうそう」

 音楽雑誌の付録としてついていたのは見たことがあるが、漫画雑誌の付録としては前例がないらしい。


「レコードって高いじゃないですか?」

 EP版でも、300円ぐらいするらしく、LPは2000円前後。

 この時代の給料からすれば、高価なものだ。


「そういう正式なレコードじゃないんだよ、ペラペラのセロハンみたいなレコードなんだ」

「それで聴けるんですか?」

 実物を見たことがない八重樫君は半信半疑だ。


「ああ、普通に聴ける。まぁ、正式なレコードよりは音質とか耐久性とかは落ちるかもしれないが……」

「レコードをオマケにつけても、ステレオや蓄音機を持っていないと聴けないんじゃ……」

「そこで、紙でできた組み立て式のプレーヤーもオマケにつける」

「ええ?! そんなもので音が出るんですか?」

「ああ、出るぞ。もちろん大きな音は出ないが――電気を使わない手回しの蓄音機ぐらいの音は出る」

 あれだって、蝋でできたホーンだけで鳴っていたからな。

 図で描いて説明をする。


「なんとなく解りました」

 薄い箱の蓋が開いてそれが2つ折りになり、先にレコード針がセットされている。

 この捲られた蓋が振動板になって音が出るわけだ。

 箱の中にシートレコードを入れて、くるくると回す。


「動力はないので、手で上手く回せば音が出る」

「へぇ~面白そうですねぇ」

 やっぱり彼も男の子だ、徐々に目が輝いてきた。


「シートレコードに入れるのは、ムサシの主題歌とちょっとしたドラマだ」

「なん分ぐらい録音できるんですか?」

「普通のEPレコードと同じぐらいだろう。3分ぐらいじゃないか」

「どんなドラマがいいですかねぇ」

「やっぱり艦隊戦だろう。主砲を撃って魚雷発射! 最後はエネルギー充填120%の超破壊砲発射で決める!」

「いいですね! 面白そうです!」

 俺と八重樫君は盛り上がっているのだが、担当の高坂さんは白け顔。


「主題歌ってどうするんですか?」

「そんなのもう俺が考えてあるし、ははは! 宇宙戦艦! ム~サ~シ~!」

「それって、素麺食べたときに篠原さんが歌ってたあれですか? 全部考えてあるんですか?」

「ああ、もちろん。今のところ1番の歌詞だけだが、正式なレコードに入れるとなると2番も考えないとダメだろうなぁ」

 雑誌の付録だし、シートレコードにドラマ編も入れるなら、1番の歌詞だけでいいだろう。


「……」

 高坂さんは、まったくついていけない――みたいな顔をしている。


「企画書出すから、そちらの編集長に見せてくれ」

「……は、はい」

 まったく乗り気の顔に見えないが――まぁ、ここまで具体的に言ってるのに、嫌です――とか言えないだろう。

 そのまま八重樫君と、ムサシの歌詞などについて話していると、階段を上がってくる音がする。

 ウチの部屋を通り過ぎて奥の扉が開いたので、矢沢さんにお客様だろう。

 多分、相原さんだと思われる。

 今日は別行動なんだな――途中で寄る所があったとか。


 俺と先生との話題に入ってこれない高坂さんは、ヒカルコと小説談義を始めた。

 締め切りは切羽詰まっていないので、余裕があるのだろう。

 コノミは大人しくもらった本を読んでいる。

 10分ほどすると、ドアがノックされた。


「は~い、どうぞ~」

「こんばんは……」

 そっとドアが開くと、やはり相原さんが顔を出した。


「おお、相原さん。いらっしゃい~どうぞ~」

 彼女が部屋に入ってくると、コノミにプレゼントを手渡した。


「ありがとうございます」

「おお、今日は本を沢山もらえてよかったな」

 本だけではなくて、ケーキもダブってしまった。

 生クリームだから日持ちしないだろうし、冷蔵庫に入れて明日の朝飯にするか。


「うん」

「コノミちゃ~ん」

 相原さんが、本を受け取った彼女に抱きついた。

 またストレスを溜めているのだろうか。


「相原さん、忙しいのですか?」

「そうでもないのですが――先生がいらっしゃらなかったので、おそらく篠原さんの所だと思いまして」

「ビンゴですよね」

「皆さん集まって、なんの打ち合わせをしていらしたのですか?」

「相原さん、シートレコードをご存知ですか?」

「はい、ペラペラの薄いレコードですよね」

「え~? 有名なんですか? 知らないのは僕だけですかね……」

 八重樫君が、ショックを受けている。

 そんなに落ち込まなくてもいいと思うが……。


「そんなことはないだろう。レコードなどを聴く人じゃないと、存在を知らないかもしれないし」

「実家にステレオも蓄音機もあったんですが……」

 この金持ちめ。


「その、シートレコードがなにか?」

「じつは――」

 かくかくしかじか、オマケでシートレコードをつけるという企画の話をしてあげた。


「ず、ずるいです!」

 突然、相原さんが大声をあげた。


「なにがですか?!」

「わ、私が担当を外れた途端に、そんな面白そうなことを……」

 彼女が悔しそうな顔をしている。

 本当に仕事が好きなんだなぁ。

 俺なんて面倒なことは大嫌いだから、編集の仕事なんて絶対にできねぇ。

 面倒なことでも、1人でコツコツやるのは好きなんだけどなぁ。

 その点、売れなかったが小説家というのは性に合っていたかもしれん。


「でも、実際にやるとなると問題が山積みですよ。シートレコードを生産してくれる所に当たりをつけないといけませんし……」

「主題歌っておっしゃってましたよね? それじゃ作曲家なども探さなくては」

「だいたいの歌はできているので、お願いするのは編曲ですねぇ」

「え?! 歌ができているのですか?」

 相原さんが驚いているので、俺の下手な歌を聞かせてやる。


「さよなら~故郷~星征く船は~宇宙そら飛ぶ戦艦ム~サ~シ~」

「す、すごい!」

 彼女が拍手をしている。


「篠原さん、絶対に売れる歌ですよ!」

 八重樫君の言うとおり、未来でヒットした主題歌だしなぁ。


「篠原さん、作曲もおできになるんですか?!」

「いやぁ先生にも言いましたが、正式な作曲じゃなくて鼻歌レベルですからねぇ、ははは」

「でも、ちゃんと歌になってますよ……?」

 そりゃそうだ。

 ちゃんと作曲した人がいたものを、俺がパクっているわけだし。


 相原さんが真剣な顔をしている隣では、高坂さんが我関せずみたいなポーズである。

 本当にやる気ないよなぁ、この人。


「まぁ、それなりには、はは」

「でも、普通の子どもはレコードプレーヤーを持っていないのでは……」

「そこで、オマケで組み立て式のレコードプレーヤーをセットでつけます」

 俺はさっき描いたプレーヤーの図を、相原さんに見せた。


「こ、こんなので、音が出るのですか?」

「原理的には蓄音機と一緒なので、出ると思いますよ」

「……」

 相原さんが両手で図を持ち、穴が開くぐらい凝視して真剣な顔をしている。


「シートレコードを見つけてきて、この組み立て式のプレーヤーから音を出せば、偉い人も乗り気になってくれるかもしれませんね~」

「た、たしかに……」

 俺は自分で描いた図を見て、いいことを思いついた。


「あ、そうだ。この組み立て式プレーヤーも特許が取れるかもな、ははは」

 そういうものが雑誌の付録になるのは、もうちょっとあとの時代になるだろうし。


「あの、この件は私に任せていただけませんか?」

「ええ?! だって、他の編集部の仕事ですよ」

「上手く行けば、少女誌の付録にも使えますし、小中学館のすべての書籍に使えるかもしれません」

「それはそうですが――また煙たがられますよ」

「いいんですよ! なにをやったって嫌われるし、嫌味を言われるわけですから! ドンドンやるんです!」

「相原さん、開き直りましたね」

「開き直ってなにが悪いんですか?!」

 相原さんが怖い。


「いや、悪くありませんよ」

「高坂さん!」

「は、はい!」

 相原さんににじり寄られて、高坂さんがビビっている。


「この仕事は、私がやりますので。企画書も提出しますから」

「は、はい」

 この時代に、こういう企画を出しても、専門の業者がいるわけではない。

 デザインやら試作まで、全部編集がやっていたのだ。


「それじゃ、組み立て式のレコードプレーヤーの試作は私がやりますよ。これがセットになってないと、企画は片手落ちになりますし」

「篠原さんに、お願いしてもよろしいですか?」

「ええ、もちろんですよ」

「ムサシの主題歌とか、ドラマ編とか楽しみだなぁ」

 八重樫君が、まだ見ぬシートレコードに思いを馳せている。


「先生、気が早いよ。問題は山積みだし」

 問題は多々あれど、未来にはシートレコードと組み立て式のプレーヤーが、子ども雑誌の付録としてついていた。

 実現は可能なはずだ。

 相原さんが手帳を取り出した。


「まずは、シートレコードのプレスをしてくれる会社の確保と、複雑な紙の加工をやってくれる所があるのか……」

「俺の鼻歌から、作曲編曲してくれる人がいるのか?」

「最後は、レコーディングのスタジオとかですねぇ」

「組み立て式のプレーヤーを実現できるかが、肝じゃないかと思いますけど……」

 八重樫君の言うとおりだな。


「そうですね! こんなの前代未聞でしょうし! でも――やります! こんな面白そうなことを、人に取られてたまるものですか!」

 相原さんは、困難が多いと燃えるタイプらしい。


「そのうち、鉄の女とか言われそうだなぁ」

 俺のつぶやきを聞いて、彼女がキッとこちらを向いた。


「いいじゃないですか! 鉄でも鋼鉄でも好きに言わせておけば!」

 もう、完全に彼女は吹っ切れてしまったようだ。

 怖いので黙っていよう。


 それはさておき、組み立て式のプレーヤーとシートレコードは、俺も実現させてみたい。

 ムサシのドラマ編も聴いてみたいしな。

 シートレコードが完成したら、ステレオやレコードプレーヤーを買ってもいいだろう。

 だってクリアな音質で聴きたいし。



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