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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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60話 株券


 俺が取った実用新案――カバーつきの爪切りがついに形になり、発売されることになった。

 サントクに挨拶に行ったらロイヤリティを上げてくれたし、サンプルをアパートの住民たちに配ったら評判は上々。

 これで、なんとかなるんじゃないのか?

 ――と思っていたら、サントクから電報が届いた。


「ええ? またトラブルとか?」

 文面を読んでみたが、連絡が欲しいだけのようである。

 とりあえず、大家さんちの電話を借りて、サントクに電話をかけてみたのだが――。

 なん回かけても、電話が話し中で繋がらない。


「なんじゃこりゃ?」

 まさか電話が故障しているわけじゃないだろう。

 とりあえず行ってみるか……気になるし。


「篠原さん、中の階段を使ってもいいのよ?」

 俺はいつもアパートの外に出て、玄関からお邪魔している。

 ヒカルコとか、矢沢さんは中の階段を使って行き来しているのだが――。


「いいえ一応、線引をしておかないと……」

 あくまで大家と店子なのだし。


「そんなの気にすることはないのにぃ」

 ありがたいのだが、大家さんに挨拶をして自分の部屋に戻った。

 早速着替える。

 今日は曇りなので、暑さは少々マシだ。


「ちょっと上野の会社に行ってくる」

「……アイス」

 ヒカルコは、多少涼しくなっても下着のままだ。


「わかった、買ってくるから」

 家を出ると、いつものように私鉄から山手線に乗って上野までやってきた。

 駅から出ると、サントクまで歩く。

 曇っているのだが、運動をすると汗が噴き出す。

 湿度が高いので涼しく感じないし、不快さが増す。


 到着すると――車やらトラックがなん台も並び、会社の前がごった返している。


「なんじゃありゃ」

 まさか、借金取りが押しかけてきたわけじゃないだろうな。

 近くまで行くが、人だらけで中に入れない。

 ワイワイと人の声だけが聞こえるのだが、怒号ではないので借金取りではないらしい。

 中からダンボールを運び出している社員の中に、俺は動く小山を見つけた。


「お~い! 岩山君~!」

 俺は手を振った。


「うす!」

 彼も俺に気がついたようだ。


「これは、どうしたの?!」

「爪切りが売れすぎて、納品が追いつかないっす!」

「ああ、そうなのか」

「社長! 篠原さんっす!」

 ダンボールを抱えた岩山君が、会社の中に向かって叫んだ。


「社長!」

 中から女性社員の声が聞こえて、しばらくすると社長の声が聞こえてきた。


「おお! 先生! ダハハ! まったくもって申し訳ない!」

「電話がほしいということだったのですが、まったく通じなかったもので!」

「申し訳ない、ちょっと通してやってくれないか!」

 人の波が割れて、なんとか通るスペースができた。

 人混みをかき分けて会社の中に入る。


「ダハハ! いやぁ、申し訳ない」

 大笑いをしている社長の後ろでは、電話がジャンジャンなっており、社員が受話器を抱えている。

 1つを首のところに挟み、手に2つ――まるで曲芸だ。

 なんだか社員もすごい増えているような気がするのだが――それよりも、まるで戦場のような慌ただしさだ。

 社長の顔を見ても、潰れそうになってて債権者に揉まれているわけでもないようだ。


「いったい、これはなんの騒ぎですか?」

「ダハハ! 先生の言うとおりに、人の集まる所で直接販売を始めたのですよ」

「ああ、なるほど」

 俺と話している間にも、後ろから社員の大きな声が聞こえてくる。


「営業車4台手配完了!」

「工場の増産準備できました!」

「おう! じゃんじゃん作れ!」

「葛飾のプラスチック工場の買収完了しました!」

 え? 工場買っちゃったの?

 マジで?


「よし! そっちもじゃんじゃん作れ!」

「先生、とりあえず中に」

 豪快に笑う社長に言われ、フロアの中に入る。


「あ、はい」

 注文の弾丸が飛び交う戦場のような忙しさの中に、部外者の俺が足を踏み入れるのは、ちょっと躊躇してしまう。

 まったく場違いだ。

 騒然としている会社内、いつもの応接室にやって来た。

 2人で向かい合ってソファーに座る。


「まずは、ありがとうございました!」

 彼が頭を下げた。


「いえいえ、私の軽口からの提案に決断なさったのは社長なので」

「とんでもございません!」

「なにはともあれ、会社が順調なようでよかった」

 それに、今やっている直売なら、儲けが丸ごと入ってくる。

 商品を問屋に卸しても、4.5掛けとか5掛けとかだからな。

 儲けが倍違う――といっても、まだ局所的な売上なので、本格的になるのは、このあとの段階だろう。

 ゲットした金を積んで広告を打ち、全国レベルで売っていくわけだ。

 そのためにも増産が必要になるので、工場を買ったりしたのだろう。


「これも先生のおかげでございます」

「あの、さっき工場を買ったと言ってましたが……」

「それについて、先生からお借りした分の返済をもう少し待っていただきたいのですが」

 どうやら、潰れそうな工場を格安で買えたらしい。


「あ、それは大丈夫ですよ。至急に必要な分ではないので」

「ありがとうございます」

 社長が再び、テーブルに頭をつけた。


「工場買ったりして、資金とかは大丈夫なのですか?」

「ダハハ! そこですが、この状況と商品を見まして、銀行屋が掌を返しましてな」

「本当に、くるくるとよく返る掌ですねぇ」

「いや、まったく――ですが、銀行を変えましてね」

「やっぱり頭に来ましたか?」

「ダハハ……やはり、困ったときにこそ! 助けてくれる銀行とつきあいたいものですなぁ」

 企業と寄り添いサポートしてくれる、そういう銀行があればいいのだが……。

 あるのか? 甚だ疑問だ。


「しかし、サントクが儲けたら、切られた銀行は悔しがるでしょうなぁ」

「ダハハ、こちらにも意地がありますからな。ウチへの融資を切ったときの担当の顔は忘れません……」

 まぁ、そうだろうなぁ。

 普通はそこら辺で倒産なのだ。

 俺の未来知識の産物が、ここに持ち込まれたことによって復活した――いわばインチキだし。


「事情は解りました。返済のほうはいつでも」

「ありがとうございます! 現金以外でなにかお礼ができればよろしいのですが……」

「ははは」

 よくあるファンタジー小説なら、社長の美人の娘が差し出されたりするところだが、現代でそんなことはありえないしな。

 そんな展開になってもらっても困るし。


「う~ん……」

 電話がなり続ける喧騒の中、社長が腕を組んで上を見ている。

 なにかお礼ができないか考えているのかもしれない。


「社長、お礼を無理に捻り出さなくても」

「いや、しかし……」

 やっぱり、なにかお礼になるものを考えていたようだ。


「う~ん……」

「う~ん」

 俺も一緒に考えてしまったが、閃いた。


「あ、そうだ! 社長、ここって株式会社ですよね?」

「そうですが……」

「その株を分けていただくというのは?」

「はぁ? 株式会社といっても、私と親族が株を持っている個人会社ですぞ?」

「もしかして、サントクがこのまま伸び続けて株式上場したりすれば、株で大儲けじゃないですか」

「ダハハ! そうなったら嬉しいですなぁ!」

「いやいや、夢は持ち続けたほうがいいですよ」

 俺の言葉に、社長が突然真面目な顔になった。


「うむ……先生のおっしゃるとおりですなぁ」

「だめですかね?」

 彼の顔からすると、ダメではないらしい。


「いいえ、本当にそれでよろしいのですか?」

 俺が突拍子もないことを言い出したので、戸惑っているだけのようだ。


「ええ、株主なんて恰好いいじゃありませんか」

「そりゃ、どこぞの大企業さんなら、そうですが……こんな小さな会社ですからなぁ」

「夢ですよ、夢!」

「わかりました先生! 先生がそうおっしゃるなら!」

 こういうときには、個人会社は決断が早い。

 社長が「うん!」と言えば、それで決定なのだ。

 株券の譲渡には色々と書類が必要になるらしい。

 取締役会とかそういうのはないと思うので、名義の書き換えだけか。


「あとは書類などをお送りいたしますので、それに記名して送り返していただければ、手続きをいたします」

「承知いたしました」

 譲渡には税金が発生するらしいのだが、こういう上場していない会社の株券ってどうやって譲渡益を算出するんだ?

 ほぼないよな?

 まぁ、株券をもらったら、税理士などに尋ねてみよう。

 どのみち、特許料が入ってくるので、税理士に入ってもらう必要があるだろうし。


 はたして株券ってのは、どのぐらいの価値になるのだろうか?

 社長の話ではこの会社の発行株券は1000株らしい。

 まぁ、個人会社ならそんなものだろう。

 そこで10株でももらえれば、全株式の1/100をゲットできたことになる。


 サントクが上場なんてことになれば、大儲けだ。

 普通の貯金より、株で貯金したほうが率がいいな。

 サントクがもっと儲かって株式分割を続ければ――たとえば10万円が100万になり、1000万になる可能性だってある。

 いいね、上級国民が近づいてきたぞ。


 それに爪切りの特許料もある。

 1個65円で直売していれば、65円の5%=3.25円。

 それが10万個売れたとすれば――3.25円×10万=32万5000円か。

 まぁまぁの稼ぎだな。

 不労所得で令和換算で300万円ぐらい入るならいいじゃないか。

 問屋に卸して5掛けなら、その半分の150万円だ。


 特許料はこれだけじゃない。

 まだあとに控えているし、サントクが大きくなるなら、他の商品も生産を頼んでいい。

 なにせ、未来じゃ絶対に売れる商品ばかりなのだからな。

 パウチや乳酸飲料の容器の特許は、黙っていれば向こうからやってくるだろう。

 それがないと生産できないからな。

 その場合も買い取りではなくて、1個でいくらの特許料を請求する。

 これは当然だ。


 そのあとに大ヒットするのが解っているのだから、買い取りより1個いくらのほうが儲かるに決まっている。

 ここはどうあろうと、妥協できない。

 まぁ、3%ぐらいなら「うん」と言うだろう。

 俺もがめつく攻めるつもりもないし。


 俺は株券譲渡の約束を社長とすると、爪切りのサンプルを5個追加でもらった。

 彼にお礼を言い、電話や書類の銃弾が飛び交う戦場のようなサントクをあとにした。

 途中、前にアイスコーヒーを飲んだ喫茶店に入り、同じものを頼んで一休み。

 それからアパートに帰った。


 アイスを頼まれていたのをすっかりと忘れていて、ヒカルコに怒られてしまったが。


 ――サントクから帰ってきて数日あと。

 郵便書留が届く。

 開けてみると、株券譲渡に関する書類である。

 読んで名前を書いて実印を押す。

 他にはなにか要らないのであろうか?

 別になにか貼付してくれと書いていないので、多分必要ないのだろう。

 まぁ、必要なら取ってからあと送ればいいし。


「それってなに?」

 シミーズだかキャミソールだか解らんが、下着姿のヒカルコが俺の書いている書類を覗き込んでいる。

 去年は暑くても、下着姿になることはなかったのだが、もう完全にどうでもよくなっているな。

 まぁ、俺もステテコ一丁のときがあるから、構わんけど。


「今取引している会社から株式を譲り受けるんだ」

「爪切りの会社?」

「有名な会社じゃないほうだぞ」

「それって、価値ないんじゃ……」

「まぁな――でも、あの会社がデカくなれば、こいつも化ける」

「……」

 俺の話を聞いて、彼女は呆れているような顔をしている。

 夢物語みたいな話であるが、可能性はある。

 どんな会社だって最初は小さい。

 元時代でゲーム製作や出版事業をしていたデカい企業だって、最初はアパートの一室だった。

 アメリカの超有名企業、リンゴのマークの会社だって、最初は仲間たちとガレージだったしな。

 そのときに株式をもらっていたら、とんでもない金額になっていただろう。

 サントクだってそうならんとも限らん。


「それよりも、ヒカルコ」

「なに?」

「そんなスケベな恰好で外に出たりするなよ」

「……出ないし……」

 彼女が口を尖らせる。

 狼どもには刺激が強すぎる。

 こいつは、夜の商売とかやっていたみたいだが、よく襲われなかったな。


 まぁヒカルコのことはさておき、書類が書き終わったので、駅前の郵便局まで行って書留で出した。

 これで完了だな。

 どのぐらい株を分けてくれるのだろう。

 楽しみだ。

 なん株分けてくれ! とか面と向かって言えないしな。

 予想では、1000株中の10株だと思うのだが。


 ニコニコしながらアパートに戻ってくると、道路に郵便配達の自転車が止まっていた。


「もしかして、ウチに来た?」

「篠原さんですか?」

「ほい、やっぱりウチだ」

「現金書留です」

 慌てて2階に上がると、ハンコを持ってきた。

 やって来たのは、5通の現金書留――ということは、三文小説の原稿料か。

 なんだかんだと原稿も定期的に送っているのだが、出版社や編集からはなにも言ってこない。

 淡々と本を出して、淡々と原稿料をくれる。


 俺としては面倒がなくていいのだが――まぁ、小さい出版社だから、人手が足りてないのだろう。

 催促しなくても原稿を送ってくる存在なので、放置プレイなのではないだろうか。

 あちこちにそういう小説家がいて、原稿を送ってきたら本にするというのを繰り返しているに違いない。


 俺としても、原稿を送っても本にならず原稿料が止まったら、送るのを止めるだけだし。

 書いてしまった原稿が無駄になってしまうがな。

 今は商売で小説を書いているわけでもねぇし。

 俺も随分とお気楽になったもんだ。

 潰れたら、送った原稿だけでも回収できればいいのだが……。

 無名の小説家の原稿なんて価値があるわけでもねぇし、捨てられているのかもしれねぇが。


 金はそのまま秘密基地に持っていって隠した――現金で24万円。

 この金は正式に稼いだ金だから、綺麗な金だ。

 特許料が入ってくるようになったら銀行の口座を作るつもりだから、そこに入れるとしよう。


 ――株券譲渡の書類を送って数日あと。

 郵便がやって来た。

 株券が来たのかと思って、喜んで郵便局員を迎えたら違った。

 特許事務所からだ。

 中身は――プラ容器と銀紙の蓋の特許、それとサッシのレールに切り欠きを作ってゴミを出しやすくする特許だ。


 アルミサッシはともかく、これで某有名乳酸飲料の先手を打った。

 あの飲料を売り出すためには、俺に特許料を払うしかない。

 未来に続くほどにベストセラーになるのだから、特許料もそれなりの金額になるだろう。

 実に楽しみだ。


 ニヤニヤしてしばらくすると、外に車が止まった音がした。

 窓から覗くと白いバンで、側面に黒い文字でサントクの社名が書いてある。


「なんだ? どうした?」

 慌てて外に出て階段を降りる。

 ワイシャツを着た2人の社員が外に出ていたので、俺は慌てて声をかけた。


「サントクさん、どうした? なにかあったのか?」

「あ! 先生! やっぱりここでしたか!」「はぁ~解らなくて、ちょっと迷っちまったぜ……」

 運転手らしき男は少々ぐったりして、助手席に乗っていたと思われる男は、大きな封筒らしきものを振っていた。

 彼らの表情からして、非常事態ではないらしい。


「おはようございます」

「これ、社長から預かってきました」

「ありがとうございます」

「それでは、私たちはこれで」

 男たちは、俺に封筒を渡すと車に乗り始めた。


「え? これだけですか?」

「はい、社長が『よろしく』と」

「あがって、なにか飲んでいったら?」

「いえいえ、これから配達があるんで急がないと、はは」

「そうか~、ありがとうございました」

 なんだか解らんが、車はバックで戻り、しばらく行った所の丁字路で方向転換して帰っていった。


「なんなんだ?」

 部屋に戻り、大きな封筒を開けてみると、株券が入っていた。

 貴重なものなので、紛失を警戒して営業車に持たせたのか。

 まぁ確かに、そのほうが確実ではある。

 この時代は、書留といえどもネットによる追跡などはないからな。


「う~ん」

 見れば綺麗な模様が入った黄色っぽい紙――株券だ。

 壱百株券と書いてある。つまり100株の株券で、それが2枚。


 え~? サントクの株式は1000株だって言ってたぞ?

 それじゃ20%もよこしたのか?

 大株主じゃん。

 まぁ、マジで上場するとなれば、増資したりすると思うから20%にはならないと思うが……。


「それなに?」

「会社の株券だよ」

「へ~、株券ってこういうのなんだ!」

 ヒカルコが紙を取ってまじまじと見ている。

 それを持ち上げると、透かしが入っているのに気がついた。


「お、透かしも入っているんだな」

「うん」

 そりゃ、デカい会社の株券ともなれば、金と同じ価値があるし。

 偽造防止のために、あれこれと対策がしてあってもおかしくない。

 ネットで株を買ったりしていたが、紙の株券なんて見たことがなかったしな。


「知り合いの会社がデカくなって、株式上場したりすれば、これが大金になる」

「そんなことあるの?」

「どんな会社でも、最初は小さい個人会社から始まったりするから、可能性はある」

「へ~」

 彼女は、やっぱり信じていないようだ。

 まぁ、夢物語みたいなものだが、楽しみが一つ増えた。


 サントクには順調にデカくなって欲しいところだ。

 株をゲットしたってことは、あの会社に投資する価値も出たってことだしな。


 ------◇◇◇------


 ――サントクの株券をゲットした数日あと。


 コノミを学校に送り出したあと、ヒカルコと一緒に仕事をする。

 数日、降ったり止んだりで梅雨らしい天気。

 たまに蒸し暑いときもあるが、過ごしやすい。

 昼近くになると、八重樫君の所に誰かお客さんが来ているようだ。

 女性っぽいので、編集の高坂さんだろうか。

 あの人もなぁ。

 仕事は一応やってくれているのだが、相原さんのような情熱がまったく感じられない。

 いかにも腰掛けって感じがしてな。


 隣のお客さんが廊下に出て、八重樫君と話している。


「ん? この声は……!」

 俺は慌ててズボンを穿くと、廊下に出た。

 昼間だが、電灯は点いていないので薄暗い。

 暗い廊下に立っていたのは、半袖の白いブラウスに膝下のダークなスカートを穿いた女性。

 立ち姿もピンと凛々しく、薄暗い中に色のついたなにかが漂ってきそう。

 そこにいた麗しき女性は、八重樫君のお姉さんだ。

 相変わらず目が覚めるような美人だが、切れ長の目が俺を見下しているようにも見える。


「こんにちは」

 思いっきり舐めるように見たいのだが、ぐっと我慢してありきたりな挨拶の言葉を絞り出した。


「こんにちは、弟がいつもお世話になっております」

 とても綺麗な声で、ペコリと頭を下げた彼女であったが、本当に社交辞令的な感じ。

 まぁ、彼女にしてみれば、俺のことなどどうでもいいだろう。

 相手にしてくれないことは解りきっていたが、俺はポケットに入れていた爪切りを取り出した。


「私が発明した爪切りで、最近売りに出されて大ヒットしているんですよ」

「姉さん、篠原さんが発明したそれはすごいんだよ!」

 俺がデモンストレーションをして見せると、彼女もそれをじっと見ていた。


「よろしければ差し上げますよ」

「ありがとうございます」

 案外素直に受け取ってくれたのだが、暗闇の中に鋭い眼光がギラギラと光っているような……。

 それから察するに、あまり俺によい感情を抱いていないように思える。

 まぁ、最初に出会ったときにもあまりいい感じじゃなかったしな。

 彼女はペコリとお辞儀をして、階段を降りていった。


「う~ん? なんか、お姉さんを怒らせるようなことをしたかな?」

「篠原さんには悪いんですが――こういう場所に住んでいる人が――すみません。自分にもできないような発明をしたりしたのが気に入らないんだと思いますよ」

「ええ? そうなの?」

「とにかく、自分が一番じゃないと気に食わない人ですからね」

「それじゃ、八重樫先生が漫画で成功しているのも気に入らないと」

「まぁ、漫画家なんてやっていた弟が、そろそろ音を上げると思っていたのでしょうけど、そんな感じでしたよ」

 隣でしばらく話していたが、そんな話をしていたのか。

 父親に頼まれて様子を見にやって来たとか、そんな感じだろうか。


「それでも、弟のことを心配して来てくれているんだから……」

「違いますね。あれは自分のことを上、僕のことを下、ということを確認をしにやって来ているんですよ」

「それじゃ、その予想がハズレたので、不機嫌だったとか?」

「おそらくそうでしょうねぇ」

「だって実の弟なんだろ?」

「だから嫌いなんですよ」

 彼が吐き捨てるようにつぶやいた。

 こりゃまた、随分と難しい人だなぁ。

 いくらすげー美人でも、そういう人とずっと一緒に暮らしていたら、嫌になるかもしれん。


「お姉さんのお眼鏡に適う男っているのかね?」

「さぁ、どうでしょうねぇ」

 あれだけの美人なら、見合いの話などひっきりなしだろうが、今のところは結婚の話などはないらしい。


「相手を選びに選んでいるとか? ひょっとして相手が皇族とかなら納得するとか?」

「ははは、あの人だとそれが冗談になりそうにないのが、嫌ですねぇ」

 皇族のお相手となれば、それなりの家柄も求められるだろうし、地方の建設会社の娘じゃ――まぁ無理か。

 天は二物を与えずっていうが、持ちすぎている人ってのも中々大変だな。


 俺はよくは思われていないようだが、美女に出会えて実に眼福だった。

 世が世なら、国が傾くぐらいの美しい花かもしれない。

 歴史に名を残すぐらいの花の写真を撮りたいところだが、俺には撮らせてくれないだろうなぁ。


 俺が鼻の下を伸ばしていたのがバレたのか、ヒカルコが不機嫌そうだ。



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