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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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59話 最初の実用新案


 秘密基地で網戸を作っていると矢沢さんがやって来た。

 頼みがあるというので、話を聞いてみると――キスをしてほしいという。

 キスなんてしまくっているのだが、純粋そうな若い子からそんなことを突然言われて、オッサンは動揺してしまった。

 まぁ、結局はするのだが、最後まではやっていない。

 さすがに相原さんにバレたら、やばいことになりそうだし。

 矢沢さんは彼女が見つけてきた金の卵だからな。


 そのあと岩山君の所に遊びにいって、話を聞いた。

 彼が就職したサントクのことだ。

 カバーつき爪切りの生産が上手くいって、会社に入荷するらしい。

 大金をサントクに貸している俺は、ホッと胸をなでおろした。

 まぁ、やばい会社に金を貸すなんて最初から無茶な話なのだが、あの商品が売りに出せれば間違いなくヒットするはず。

 漫画は当たるも八卦当たらぬも八卦だが、カバーつきの爪切りは確実だ。


 ――明けて月曜日。

 コノミを学校に送り出したあと――俺は、サントクへ行ってみることにした。

 アポはないが、陣中御見舞にいくだけだ。

 社長さんがいなくても、社員に簡単な話は聞けるだろう。


 少し窓を開けて確認すると、しとしとと雨が降り続いていた。

 どうしようか迷うところだが、今は梅雨。

 明日が晴れるという保証もないし。

 俺はYシャツとスーツを着た。


「ちょっと上野に行ってくる」

 ヒカルコに声をかける。


「うん」

「なにか買うものはあるか?」

「ない」

 俺は傘を持ってアパートを出ると、秘密基地に向かう。

 多分、大丈夫だと思うが、念のために50万円ほど金をカバンに突っ込んだ。

 カバンの中には実印も入っている。

 備えあれば憂いなしってやつだ。


 金があるとタクシーを使いたくなるが我慢だ。

 便利なものに慣れると、いざというときに生活をダウングレードできなくて大変になるからな。


 途中でスポーツ新聞を買うと、昨日の宝塚記念の結果が載っていた。

 当然、シンシンザンが優勝――単勝は130円。

 ちょっと130円はなぁ……。

 昭和にやって来た直後で、マジで金がないときなら確実に取れる1.3倍は絶対に取りにいくけどな。

 私鉄から山手線に乗り換えて上野まで向かう。


 駅で降りた俺は、サントクを目指した。

 会社の近くまでくると、トラックが並んで荷物下ろしをしている。

 雨が降っているので、社員がシートを頭の上で持って屋根を作っているようだ。


 まぁ、爪切りなんて小さいから、大量にあっても大したスペースは食わないだろうと思われる。

 ダンボールを運んでいる中にひときわデカい男がおり、4つほど抱えて一気に運んでいる。

 一目見れば解る――岩山君だ。

 作業の邪魔をしちゃ悪い。

 彼には声をかけずに、運び込まれるダンボールを見ながら、俺はサントクの中に入った。


 カウンター越しに近くにいたお姉さんに声をかける。


「おはようございます。発明家の篠原と申しますが、社長さんいらっしゃいますか?」

「あ、はい! 社長~!」

 女性が奥に走っていくと、すぐに社長が笑顔でやってきた。

 深刻な顔はしていないので、なんとかなりそうなのだろう。


「これは先生! ご連絡しようと思っていたところですよ」

「おはようございます。岩山君から聞きましてね、商品の生産が上手くいったようですね」

「これも、先生のおかげですよ」

「はは、私も投資した甲斐があったというものです」

「ここではなんなので、奥にどうぞ」

 彼に、フロアの奥に誘われる。


「お忙しいのでは? よろしいのですか?」

「ええ、お渡ししたいものもありますし」

 おや、お金ももう返してくれるのだろうか。

 一応、追加資金も持ってきたが、それを出す必要はなさそうだ。


 フロアの奥にある応接室に案内された。

 ソファーに座ると、社長が深く頭を下げる。


「本当に! ありがとうございました」

「いえいえ、私も発明品が売れてくれないと困るので、ははは」

 社長が机にあったサンプルを持ってきてくれた。


「できあがったのはこれですな」

 渡された爪切りには、オレンジ色のカバーがされている。

 そういえば、昔のプラ製品って、オレンジ色とかグリーンが多かったな。

 あれはなぜなのか。

 たまたま、あの色が安かったとか理由があるのだろうか。


「いいできですねぇ」

 試しに、パチンと自分の爪を切ってみた。

 上手くカバーの中に入って、外に飛び散らない。

 爪切りじたいは、前のものとまったくおなじ。

 カバーを取りつけただけだ。


 最低限の投資で、倍以上売れるものを作る。

 これが、実用新案の醍醐味ってやつよ。

 まぁ偉そうに語っても、俺が発明したわけじゃねぇけどな。


「どうです?」

「いいですね! 手前味噌になりますが、やっぱりこれは売れると思いますよ」

「私もそう思います。家に持って帰って家内にも使わせてみたのですが、すごく便利だと喜んでました」

「思い立ったら、その場でパチンと爪を切ることができますからね」

「そうです。新聞紙などを広げる必要がなくなったわけですからな」

 社長の話では、今は問屋に売り込んでいる最中だと言う。


「問屋さんの反応はどうですか?」

「概ね好評ですよ」

「それはよかった」

 まぁ、実際に使ってみれば解ることだからなぁ。

 そう、使ってみれば、この便利さは一目瞭然なのだ。


「社長、一つ提案があるのですが……」

「ほう、なんでしょうか?」

「現物を持って、駅などの人の多い所を狙い直接販売などをしたらどうでしょうか?」

 つまりゲリラ販売だ。


「う~む」

「とにかく、こいつが優れているのは一目瞭然なのです」

「それを解ってもらうために人目の多い所で、実際に使って見せる――ということですな?」

「そのとおりです」

「なるほど!」

 俺の言葉に社長が立ち上がった。


「お~い! ○○君を呼んでくれ!」

「はい」

 すぐに人が呼ばれて、スーツを着た男たちがなん人かで集まり、立ったまま打ち合わせをしている。


「「「わかりました! すぐに販売部隊を編成します!」」」

「頼むぞ」

 爪切りなどは大きな荷物ではない。

 その気になれば、車などはなくても、人力で運ぶことができるだろう。

 でもなぁ、この会社でも営業車ぐらいはあるのではないだろうか。

 そいつに荷物を積んで、回ってもらえばいい。


 さすが、ワンマン社長会社。

 トップダウンで決まるときの素早さは、大会社にゃ真似ができないだろう。

 会社がデカくなればなるほど、大会社病に侵されて小回りが利かなくなる。

 保身の社員ばかりが増えて、新しいことなどに挑戦する気概もどこへやら。


「おまたせいたしました」

「いえいえ、それよりも私の話に乗ってもよかったのですか?」

「もちろんですよ。私もまさしくそのとおりだと思いましたからな、ダハハ!」

 社長が口を開けて豪快に笑ったのだが、ソファーから立ち上がる。

 机の引き出しからなにか書類を持ってきて、目の前のテーブルに置いた。


「これは?」

 チラ見すると、俺の持っている実用新案に関して、この会社と契約した件についての書類のよう。


「先生との契約は3%で交わしましたでしょ?」

「はい」

「それを5%にしようかと思いまして」

「私としては嬉しいのですが――それでよろしいのですか?」

「なにをおっしゃいます。先生のお陰で、この会社はギリギリの所から立て直すことができるのです」

「あ――社長さんの口ぶりからすると、やっぱり危なかったと……」

「ダハハ、恥ずかしながら……」

 まぁ、銀行から貸し渋りを喰らうってことは、もう先がないと見限られたってことだからな。

 やべー、やっぱり岩山君も就職を紹介した会社がいきなり潰れるところだったかもしれないのか。

 俺は、思わずその場で笑いそうになってしまった。

 いや、笑いごとじゃないんだけどな。


 そんなことより、ロイヤリティを3%から5%にしてくれるというのはありがたい。

 30万円が50万円に、300万円が500万円になるってことだからな。

 金額が増えるほど効いてくる。


 契約書を読んでから実印を押した。

 やっぱりハンコを持ってきてよかった。

 備えあれば憂いなし。


「あの――爪切りのサンプルをいただけませんか?」

「おお、どうぞどうぞ。5つぐらいどうですか?」

「ありがとうございます……町内の人にも宣伝してもらいますよ」

「それはありがたい」

 広告なんて、新聞やらTVしかないからな。

 ああ、ラジオがあるが、音声だけじゃこの爪切りの便利さは伝わらないだろう。


「ウチの子どもに持たせて、学校に行かせるのも面白いかもしれないなぁ」

「おお! 学校の下校を狙うというのはいいかもしれませんな!」

「小学生に金はありませんが、こんな便利な爪切りがあると、親に教えることはできますからね」

「う~む……」

 社長が腕を組むと、天井を見ながら色々と思案をしている。

 今の状態では大々的にTVCMなどを打てる段階ではなく、金がないならないで知恵を絞らなければならない。

 足りない足りないは工夫が足りないのだ。


 社長の話では、爪切りは1個65円らしい。

 普通の爪切りは50円なので、15円アップだ。

 いくら便利といっても、高いと買わないだろうし。

 15円アップぐらいなら、買ってもいいかな? ――となるはずだ。


 これは小型だが、もっと大型のタイプも作っているらしい。

 とりあえず、この爪切りで金を作って、他のタイプにも広げる腹積もりのようだ。


 会社は忙しそうだし、俺はサンプルを貰った。

 爪切りが順調そうなので、安心した俺はアパートに帰ることにするか。

 社長に帰りの挨拶をして、外に出る。


 そこで荷物を持っている岩山君と鉢合わせした。


「お! ちわ!」

「うす!」

「大変そうだな」

「大したことないっす!」

「それを全部売らないとダメなんだぞ?」

「先生! 売れば売るほど、俺たちのボーナスも増えるんですから」

 横から背の高い男が割り込んできた。

 岩山君の先輩だろう。


「まぁ、そりゃそうだ。岩山君は、自分の飯代と可愛い彼女のためにも稼がないとなぁ」

「うす!」

「え?! そうなのか?!」

「うす」

「同棲しているから、もう結婚秒読みだよなぁ」

「ええええ!」

 なぜか先輩らしき男がショックを受けている。

 後輩に先を越されたとか思っているのだろうか。


「気は優しくて力持ち、頼りがいがあるこのデカい背中――もう女がほうっておくわけないってことですよ先輩、ははは」

「くくく、くそぉ! 岩山ぁ! 残りを運ぶぞ!」

 男がすごく悔しそうである。

 彼があまりモテないとでも思ったのだろうか。

 確かに、岩山君から女を口説くようなことはないと思うがなぁ。


「うす!」

 岩山君も新しい職場で上手くいっているようである。

 まぁ、彼を虐めるなんてデキッコナイスだしなぁ。

 そんな根性があるやつがいればの話だが。

 そんなやつがいたら、それはそれですごいわ。


 俺は汗だくの彼に別れを告げると、御徒町駅の近くにあった純喫茶に入った。

 いつもは地元のクラシック喫茶に入っているが、たまに違う店もいいだろう。

 ガラスのドアを開けて薄暗い店内に入ったのだが、俺の予想を裏切られてがっかり。

 俺の感覚からすれば、店に入ればクーラーが利いていてひんやり――というイメージだったのだが、違った。

 この時代にそんなものはない。

 いや、デカいビルなどには空調があるだろうが、家庭用に普及するのはまだまだ先。


「ふう……」

 俺は諦めて、窓際の席についた。

 そこから見える昭和の景色はすべてレトロで、まるで映画の世界のような感覚。

 本当に昭和なのだから、当たり前なのだが……。


「いらっしゃいませ」

 オーダーを取りにきたのはTシャツにジーンズ姿の小太りの若い女性。

 テーブルの上におしぼりを置いた。


「冷たいコーヒーってある?」

「冷やしコーヒーですね。ありますよ」

「それを一つ」

「かしこまりました~」

 関西では、冷コーっていうらしいが。

 アイスコーヒーを世界に広めたのは日本人らしい。

 それまでは、冷やして飲むということをしていなかったようだ。

 外国人がチェーン店でアイスコーヒーを飲むようになったのは、つい最近ってことになる。


 注文したので、おしぼりを使う。


「ふ~」

 オッサンだから、顔やクビも拭く。

 オッサンだから仕方ない。

 そうでもしないと、この暑さはやってられんぞ。


 拭き終わるとアイスコーヒーがやってきた。

 ちゃんと氷が入っているが、氷屋から買っているものだろうか。

 アイスを売っている店には冷凍庫があるので、そういうもので作っているとか?

 電気冷蔵庫が普及する前には、氷で冷やす冷蔵庫があったらしい。

 父方の祖母がそんな話をしていたのを覚えている。


 アイスコーヒーを飲みながら外を眺めると、街ゆく人々には傘が減っている。

 どうやら外を眺めているうちに雨が小降りになってきたようだ。


 アイスコーヒーを飲み干し、氷をボリボリとかじり終わると――俺は茶店を出て上野駅の改札に向かった。

 それにしても、サントクが軌道に乗って一安心だ。

 ものが売れるようになれば、銀行も掌を返すだろうし。

 駅の階段を上った俺は、やって来た山手線に飛び乗り、帰路についた。


 地元の駅で降りると近くの店でアイスクリームを買う。


「ただいま~」

 アパートに帰ってきた俺は、戸を開けた。

 中では、下着姿のヒカルコが、ちゃぶ台で仕事をしている。

 なんちゅう恰好なのか。

 まぁ、暑いから仕方ないが。


「おかえりなさい」

「ほい、お土産」

「ぴゃ」

 彼女が紙袋から、アイスを取り出した。

 俺も座ると一緒に食べることにしたのだが、コノミの分はない。

 可哀想だが、冷凍庫がないから保存できないのだ。


「あ、そうそう……ほい」

 俺はカバンから、爪切りのサンプルを取り出した。


「完成したの?!」

「ああ、上手くいったらしい。会社に沢山運び込まれていたので、これから売るんじゃないのか」

「やった!」

 彼女が早速、爪を切っている。


 アイスを食い終わると、ウチの住民たちにも爪切りのお裾わけをする。


「お~い、八重樫君」

「はいはい」

 出てきた彼も、ランニングにパンツ姿。

 なんか漫画でこういうキャラがいたよな――押入れからキノコが生えているキャラだ。

 彼に、爪切りのサンプルを手渡した。


「ほら、俺の発明が形になって売りに出されるぞ」

「え~?! すごいじゃないですか!」

「ははは、いつも遊んでいるオッサンじゃないんだぞ」

「もらってもいいんですか?」

「もちろん。出版社に行くときに持っていって宣伝でもしてくれ」

「いいですよ」

 彼と話していると、廊下の戸が開いた。


「なんですか?! なんか面白そうなことしてます?!」

 飛び出してきたのは、矢沢さんだ。

 これまたランニングに、半ズボン姿という恰好。

 動くとビーチクが見えそうなのだが、いいのだろうか?

 八重樫君が目を背けている。

 美人のお姉さんがいるので、女に耐性がありそうなのだが、エロい姿は別らしい。

 そういうエログラビアとかが少ない時代だしなぁ。

 俺は散々ネットなどで見慣れてしまっているけど。


「矢沢さん、その格好はマズいんじゃないの?」

「篠原さんと、先生なら平気です」

「いやいや、そういうことじゃないんだけど……」

「それよりもなんですか?」

 彼女にも渡すつもりだったので、ちょうどいい。

 爪切りを渡した。


「俺が発明したものだよ。やっと商品になった」

「え?! これってなんですか?」

 八重樫君などには試作品を見せていたが、彼女に見せたことはなかったはず。


「新型の爪切りだよ」

「相原さんから、篠原さんは発明をしているって聞いたことがありましたけど……」

「こういうのを作っていたわけだな」

 彼女にデモンストレーションを見せてあげる。


「ええ?! これってすごいじゃないですか?!」

「そうよ~すごいのよ~」

 彼女も爪切りをもらってパチンパチンと爪を切っている。


「それは矢沢さんにあげるから」

「え~?! 本当ですかぁ!」

「ああ」

「やったぁ! お母さん喜ぶぞ~!」

 ホンマにこの子は……。


「売り出したばかりだから、お母さんも近所に自慢できるかもな」

「はい!」

 皆でワイワイしていると、下から大家さんがやってきた。


「皆でなにを――ぎゃぁ!」

「え!? 大家さんどうしたんですか?」

「矢沢さん! なんて恰好をしているの!」

 彼女は矢沢さんの恰好を見て、驚いたようだ。

 そりゃ俺だって驚く。

 でも、ジロジロと見ちゃ失礼かと思って、見ないようにしていた。


「え、コレですか? 八重樫先生と、篠原さんだけなので大丈夫ですよ」

「そういうことじゃないの! こっちに来なさい!」

 矢沢さんが大家さんに引っ張られて、ドアの向こうに行ってしまった。

 俺はそんなに善人でもないんだけどなぁ。


「え~?」

 矢沢さんはなにか不満そうだ。


「あなたたちは、そこで待ってなさい!」

「は、はい」

 俺は、ドアの向こうにいる矢沢さんに話しかけた。


「矢沢さん~、大家さんを怒らせると怖いから、言うこと聞いてな」

「は~い」

 大家さんはすぐに戻ってきた。


「はい、暑いならこれを着なさい!」

「あ、これ――簡単服ですね!」

 簡単服ってのは、文字通り簡単に作れるワンピースだ。

 ゴミ袋に穴を開けて頭からかぶるようなもんだな。


「そう、私が昔作ったものよ」

「私が子どものときに、お母さんが作ってくれました」

 向こうで着替えている声がして、扉が開いた。

 目に入ったのは、漂白していない布で作られた単色でシンプルなワンピース。


「お?」

「どうですか?」

 彼女がポーズを作っているが、全然色っぽくない。


「いいじゃないか? 少なくとも目のやり場に困らなくて済む」

「え~、篠原さんも、私をそういう目で見てたんですか?」

「そりゃそうだよ。矢沢さんは可愛いし」

「……」

 俺にそう言われて、彼女が照れている。

 あまり面と向かってそういうことを言われたことがないのかもしれないが。


「前にも言ったけど、作家連中ってのはスケベや変態が多いから、気をつけなよ」

「はい……」

「もう! 篠原さん!」

 突然、大家さんから睨まれた。


「はい?!」

「大人のあなたが注意するべきでしょ?!」

「いやぁ、注意したんですよ……」

「もう!」

 矛先がこちらに向きそうだ。

 よし、ゴマをすろう。


「大家さん、私が発明したコレが、ついに売りに出されるんですよ」

 俺は彼女に爪切りを差し出した。


「ああ! 以前に見せてくれたあれねぇ?」

「はい」

 爪切りをもらった彼女がパチンと爪を切った。

 やっぱり、みんなやるんだな。


「これは素晴らしいわぁ」

「近所の皆さんに、自慢してみてください」

「あら、いいわねぇ。宣伝ね」

「はい」

「すごいですね! 篠原さん、これって儲かるんですか?!」

「まぁ、どのぐらい売れるかで決まるが――会社との契約で守秘義務があるから、教えてあげられないけど」

「私も、こういうのが考えられればなぁ……」

 彼女はとりあえず金が欲しいらしいので、儲ける手段ならなんでもいいのかもしれないが。


「いやいや、矢沢さん。君の漫画だって、人には真似できないようなかなりの才能なんだよ。それを使って儲けることを考えないと」

「そうですよねぇ……」

 とりあえず、大家さんの機嫌は直ったらしい。

 ふう。


 ――6月29日、新聞には、当時アメリカ統治下だった那覇で22万ドルの盗難事件があったと記事が載った。


「ヒカルコ、沖縄で22万ドルの盗難事件だってよ」

「22万ドルっていくら?」

「え~と」

 今は1ドル360円だから――。


「約8000万円だな」

「大豪遊!」

 そりゃ、令和なら約8億円相当だからな。

 かなりの大金だ。


「ヒカルコの言うとおりに豪遊してたらすぐに見つかるな、ははは」

「悪銭身につかず」

「そのとおりだな」


 ――その夜、相原さんがやって来たので、彼女に爪切りをあげた。

 やっぱり爪を切って感激していたのだが、これでサンプルでもらった爪切りが全部なくなったことになる。

 コノミに持たせて学校で宣伝させようとか考えていたのだが、様子をみるか。

 そういうことをさせて、いじめられたりしたらヤバいし。

 学校から苦情がくるかもしれん。


 ------◇◇◇------


 ――月は明けて7月。

 まだ梅雨は明けていないが、晴れると暑い。

 新聞には子どもの身代金殺人事件の記事が載った。

 恐ろしい――この時代にはまだこういう事件が多かった。

 治安がよくなったのか、それとも営利誘拐の成功率が低いのが知れ渡ったのか、平成令和には誘拐事件のニュースなんて聞かなくなっていた。

 他の子どもたちが言われているように、コノミにも知らない人にはついていかないように、注意しなくては。


 誘拐といえば――コノミの母親がどうなったのか、少々気になる。

 単に蒸発しただけとも考えられるが、誰かに誘拐された可能性はないだろうか?

 なにかの秘密を握っているとか、彼女が時間渡航者だとバレたとか?

 俺が実践しているように、未来の知識があればそれを利用して大儲けすることも可能になる。

 表でも裏でも、なんらかの組織につけ狙われることも十分に考えられるだろう。

 もちろん、その点においては俺もまったく同じ立場なのだが……。

 相手が警察という可能性もあるが……それなら、コノミがあのままってことはないだろうしなぁ。


 日曜日には、参議院選挙が行われた。

 ちょっと前から選挙カーがうるさくてかなわん。

 ひたすら名前を連呼――しかも夜中まで。

 そこら辺にポスターも貼りまくりで、平成令和のようなポスター専用の掲示板もなし。

 どこでもお構いなしにベタベタ――さすがモラルもクソもない。


 ――とはいえ、住民票を登録してあるので、選挙のハガキがやって来たので投票に向かった。

 コノミが通っている学校が投票所らしい。


 ヒカルコと一緒に出かけて清き一票を投票。

 見れば若い連中もたくさんいる。

 この時代はまだ若い奴らも選挙に行ってたんだな。

 いいことだ。


 ――7日は七夕――小さな笹を買ってきて、コノミと一緒に短冊を作る。


 そんなある日、特許事務所から大判の封筒が来た。

 中を開けてみると、特許の書類だ。

 俺が申請した袋とじ棒と、サッシの網戸の特許が取れたらしい。

 サッシのほうは後回しにして、サントクが軌道に乗ったら、袋とじ棒も持ち込んでみようかと思う。


 そんなことを考えていると――。


「篠原さ~ん、電報です~!」

 文面を見れば、サントクの社長さんだ。

 ええ? なにかまたトラブルか?



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