54話 第2のナントカ荘か
サントクがまた少々資金不足らしいので、金を貸した。
ついでに失業していた岩山君の面倒をみてもらう。
まぁ、会社は順調そうだし、いきなり倒産ってことはないだろう。
俺も競馬で当てて、金があるからもっと突っ込めるしな。
社長が慌てていたので、そのまま帰ってしまったが、後で借用書を送ってもらった。
これをもらっても飛ばれたら終了なのだがなぁ。
あの社長のことだ、個人資産も会社に入れているだろうし。
本来は、会社の資産と個人資産は別ものなんだけどな。
次は、コノミの運動会だ。
行ってびっくり、観てびっくり――本当にガキだらけ。
平成令和の子ども不足とはまったくかけ離れた世界だ。
子どもが多すぎて、土日で分かれて開催だという。
1年~3年は土曜日、4年~6年は日曜日という感じ。
この時代は週休二日制ではないので、土曜日には保護者が少ないようだが、仕方ない。
日曜日に会場を2つに分けて開催したりすると先生たちが大変だろうし。
第1日曜と第2日曜などに分けたりしたら、一旦片付けてまた設営と――手間が増える。
ちょっと大変そうだ。
まぁ、親たちもそういうものだと諦めているのだろう。
――大騒ぎの運動会も無事に終わり、早速フィルムをカメラ屋に持ち込んで、現像とプリントをしてもらった。
ピーカンだったので、いい写りだ。
美人の奥さんコレクションも増えたぞ。
こんなの見つかったら大変だろうけどな――はは。
コノミの友だちに運動会の写真を渡したら、喜んでいたと言っていた。
今は、「写真なんて――」と、思うのだが、写真があるとやはり違う。
オッサンになった俺も後悔してた。
もっと写真を撮るべきだったと……。
会場で知らない男から、女の子の写真を撮ってくれと頼まれたが、その写真も上手く撮れていた。
男の住所は聞いていなかったのだが、学年と組は聞いていたから、コノミに持っていってもらう。
コノミが嫌がるなら、俺が直接学校まで行こうかと思っていた。
写真を渡した女の子もすごく喜んでいたらしい。
――コノミの運動会も終わり、6月も中旬を過ぎた。
隣の八重樫先生も原稿がアップして、高坂さんが原稿を取りにやって来た。
俺の部屋でヒカルコと話していくのは勘弁してほしいが、コノミにケーキや本を持ってきてくれるから文句も言えん。
まぁ、俺も宇宙戦艦ムサシの関係者なのだから、ここに来てもいいのだが――彼女はまったく作品には関わっていない。
本当に原稿を取りに来るだけの仕事だし、元々漫画にも詳しくないみたいだしな。
そのうち、文学関係の編集部に異動になるのを狙っているのではないだろうか。
仕事はしているから、文句は言わないでおこう。
――数日あと、外に車が止まった。
窓から覗くと相原さんと矢沢さんだ。
「「こんにちは~」」
原稿がアップしたので、早速次の打ち合わせをするために俺の所を訪れたらしい。
初めてのジャンルの漫画になるので、どうなるかまったく解らないと言っている。
「でも、相原さんも読んで面白いと思いませんでしたか?」
「え? お、思いましたけど……、子どもたちがどう思うかが問題なので」
まぁ、そりゃそうだが、未来でも似たようなジャンルが流行っていたので、それは大丈夫だろうと思われる。
「私はすごく楽しいです! もっと先のお話も早く描きたいです」
矢沢さんが、フンスと気合を入れている。
まったく若さが溢れていて素晴らしい。
3日ぐらい徹夜しても平気なぐらいの勢いだが、そういう生活をしていると、歳を食ってから反動がくるので止めてほしい。
そういう生活をしていた漫画家の先生たちの中には早死した人も多いしな。
ちゃぶ台に皆で座ると――2話のプロットと追加の設定だ。
ヒカルコにはコーヒーを頼み、相原さんが持ってきてくれたケーキも用意してもらう。
「基本は敵が攻めてきて、それを撃退するというパターンだからそれでしばらく進められる」
「でも、そればかりだと飽きてしまいますよね?」
「まぁ、そうだな。戦いつつ、ストーリーを進めないとダメだし。途中には、恋愛パートとか日常パートを入れるとかも大事だな」
敵が攻めてくる理由は、美少女戦士たちが持っているエネルギーを奪うためだ。
それだけではない。
未来では、ヒロインが世界の女王になって、敵を闇に封じ込めてしまう。
「それじゃ、敵は未来からやって来ているんですか?」
「そうだな。未来じゃ女王に敵わないから、まだ未熟なヒロインなら始末できると思っているわけだ」
そういえば、未来から殺人ロボのお民さんがやって来る話も、そんなストーリーだったはず。
「なるほど~」
話を聞きながら、矢沢さんがキャラの設定やら、ネームを切っている。
相変わらず、達者な絵だ。
「あ、そういえば――未来から殺人ロボが襲ってくる原作を書いてあげた漫画家さんがいましたよね」
「はい――彼は、まだ連載を続けてますよ」
相原さんの話では、俺が提供したストーリーを上手く広げて話を続けているらしい。
なにかきっかけがあれば、ネタが溢れて止まらなくなることもある。
矢沢さんとネームの打ち合わせをしていると、戸がノックされた。
「は~い?」
戸を開けると、八重樫君だ。
「僕のほうも忘れちゃ困りますよ!」
隣でワイワイと楽しそうに打ち合わせをしていたので、我慢できなくなったらしい。
「別に忘れてないって――それじゃ一緒にやるか」
急遽、八重樫君も入れてネームの打ち合わせをする。
「次回の話は、シノラー総統が直々に作戦を立てた肝いりだ」
「シノラー総統って、篠原さんがモデルなんですか?」
矢沢さんがそう言うのだが、どう見ても俺がモデルだ。
「フフフ、会いたかったよムサシの諸君――というわけで、総統がムサシに祝電を打つところから始まる」
「え?! ムサシは敵ですよね?」
八重樫君が驚く。
「そうそう、余裕の表情で、猿の健闘をたたえているわけだ」
「嫌な人ですねぇ」
まぁ、矢沢さんの言うとおりだ。
「まだ、地球人みたいな原始人には負けるはずがないと思っているからな」
「でも、負けると――」
「そうしないと話が始まらないだろ」
「そりゃそうです」
総統が敵に祝電を打ったことを笑う男がいた。
ズラリと並ぶ将軍の1人だが、そいつを落とし穴に落とすシーンを入れる。
「いかにも独裁者って感じですねぇ『総統も相当冗談がお好きなようで……』と」
「そりゃ、沢山の星系を侵略して植民地にしている大帝国の総統だしな」
作戦は――敵の大艦隊と、エネルギーを捕食する宇宙生物を使って追い立てて、オリオン座のα星にムサシを落とすというものだ。
「……アルファ星ですね……」
「ベテルギウスという超赤色巨星だな」
「巨星ってことは大きいんですか?」
「太陽系に当てはめると、木星の軌道ぐらいまで入るぐらいの大きさだな」
「へ~、そりゃすごいですねぇ」
「それで、ムサシはどうなっちゃうんですか?!」
ストーリーに興味があるのか、矢沢さんが身を乗り出している。
「敵の追撃を避けるために恒星に落下する――死中に活を求めるわけだな」
「それじゃ燃えちゃうのでは?」
「超合金でできているから、そう簡単には燃えたり溶けたりはしない」
「それで溶けるまでになんとかするんですね?」
八重樫君の言うとおりだ。
「ムサシの艦首にある超破壊砲を使って恒星の炎を吹き飛ばし、道を作って脱出するわけだ」
「解りました!」
「そのまま、ワープで逃げるから敵は追ってこられないわけだ」
「シノラー総統は、自慢の作戦なのにムサシに逃げられて、本気になるんですね」
「そう、さすがにちょっと本気になる」
「それでも、ちょっとなんですか?」
「まぁ、まだまだ目的地ははるか遠くだしなぁ。銀河系からも出てないし」
八重樫君との打ち合わせを、じ~っと聞いていた相原さんが口を開いた。
「篠原さんは、宇宙のこともすごく詳しいんですね……」
「まぁ、SFとか好きだしねぇ」
ジャンルが違う作者が集まってワイワイとやるのも、いい刺激になる。
一息ついて皆でケーキを食べていると、戸がノックされた。
「は~い」
戸を開けると大家さんだった。
「まぁ、沢山いらっしゃるわねぇ。りんごをもらって食べきれないから、食べていただけないかしら?」
彼女の手には、皮が剥かれて水に浸かったりんごが浮かぶ鍋が握られている。
水は多分、塩水だろう。
りんごを切ると、すぐに茶色になってしまうが、塩水に浸けることによってそれを防ぐことができる。
「あ、もちろんいただきます」
「大家さん、お邪魔してま~す」
「矢沢さんもいらっしゃるのねぇ。また、八重樫さんの所でお仕事?」
「いえ、私も雑誌で篠原さんと一緒に漫画を描くことになったので、今日は打ち合わせで~す」
「あらぁ、そうなの。毎回遠くからやってくるのは大変ねぇ」
「タクシーを使わせてもらってますので、そんなには……」
話を聞いていた大家さんが、とんでもないことを言い出した。
「矢沢さん、ウチの2階に住んじゃえば? ウチの娘なんてもう帰ってこないと思うし」
「え?! 本当ですか?」
「ええ、不動産屋を通さないから家賃だけでいいわよ」
「え? 大家さん、それって大丈夫なんですか?」
あとで揉めたりしないだろうか。
「親戚の子を下宿させるとかいえば平気だし」
大家さんの突然の申し出に、矢沢さんは完全に乗り気だ。
そりゃ、敷金礼金もなしというなら、かなりの金の節約になる。
矢沢さんは喜んでいるのだが、八重樫君は面白くなさそうだ。
まぁ、彼は一か八かの博打で引っ越しのお金を稼いだりしたからな。
「八重樫君、そんなにむくれるなよ。可愛い後輩のためじゃないか」
「別にむくれてなんていませんけど……」
不満顔の先生のことはさておき、皆がここに揃えば、相原さんも仕事がやりやすいだろう。
ここも、第2のト○ワ荘のようになるのだろうか。
大家さんは、矢沢さんが母子家庭で苦労して育った話を聞いて、贔屓目に見ているのかもしれないなぁ。
対して八重樫先生は、建築会社のボンボンだしなぁ。
彼の超美人のお姉さんも、大家さんの所に挨拶にいったはずだし、彼女を見たら苦労している家庭には見えないだろう。
突然の引っ越しの話だが、矢沢さんは完全に乗り気だ。
「矢沢さん、部屋の契約があるんじゃないのか?」
「あと半年なんですよねぇ」
ここらへんは大家さんによるな。
この時代、途中で解約すると満期までの家賃を請求されたりすることもあるみたいだし。
「矢沢さん所の大家さんはどういう人なんだい?」
「私が漫画家になるのを応援してくれているので、大丈夫だと思いますけど……」
それならいいがなぁ。
まぁ、彼女を見ていると健気だし、可愛いし、応援したくなる気持ちは解る。
「たとえ、半年分の家賃を借金しても、今引っ越して仕事に専念できる環境のほうが欲しいです」
それは解る。
一緒にやってきた相原さんも、ここにみんな固まってくれていたほうが仕事はやりやすいと思うし。
八重樫君と矢沢さんが一緒にいれば、俺も助かる。
「矢沢さん、荷物はどうだい? 沢山あるのかい?」
「ここと同じぐらいだと思いますよ」
まぁ、6畳やら4畳半なら、入っている荷物はたかが知れている。
「どうやって引っ越すかが問題だな。同じ区内だし、リアカーを引っ張って、数回往復するって手もあるが……」
「篠原さん、それは大変ですよ」
「俺もそう思うが……トラックでも貸してくれる所があればいいが……」
「あらぁ――それなら、私の知り合いで貸してくれる人がいるけど」
大家さんの知り合いでトラックを持っている人がいるらしい。
「ショウイチ、誰が運転するの?」
ずっと黙って話を聞いていたヒカルコが、口を開いた。
「そりゃ、俺に決まっている」
若くて健気で可愛い子が、なにかしようとしているのだ。
ここで手伝わんと男がすたるだろ。
「篠原さん、免許持ってないですよね?」
「前にも言ったが、持ってないが運転はできるぞ? 同じ区内で、行って帰ってくるだけだ」
「だめですよ、そんなの」
ほらきた――クソ真面目な八重樫先生は堅いからなぁ。
まぁ、そういうことを言っちゃう俺もダメだとは思うが。
「バレなきゃいいんだよ。バレなきゃ」
そう言う俺も徐々に昭和に染まってきたな。
とりあえず、まずは当事者の意見だな。
大家さんと矢沢さんも、特に問題なし。
ヒカルコは――どっちでもいいらしい。
普段は真面目側だと思われる相原さんも、近所ならいいと思う――という意見。
さすが昭和。
「よし、多数決でOKってことだな」
「……これって多数決の意味あるんですか?」
「そんなに嫌なら、手伝わなくてもいいからさ」
「別に手伝わないとは言ってませんよ」
矢沢さんと一緒に仕事をして、ちょっとでもムフフな感情が生まれたりしたんじゃないかと思っていたのだが、そうではないらしい。
彼女のことはあまり好みではないのだろうか?
そういえば――工場で働いていたとき、近所の食堂の女の子を気に入っていたよなぁ。
ああいう子が好みなのだろうか?
もしかして同業は好きじゃない感じか。
「八重樫先生、話は全然違うんだが……」
「なんでしょう?」
「図書館の司書の女性が、先生のことを知っていたぞ?」
「ええ、この前行ったら、篠原さんのことを知ってましたよ。話したんですか?」
「まぁな。漫画家の先生がいらっしゃるんですよ~って話になって、私の知り合いなんですよ~って話になってな」
「あ、そういえば、篠原さんの小説も図書館に入ってましたよ」
「それは見たわ。意外と俺の三文小説を読んでいる人がいるんだなぁってな、ははは」
出版社も続けて原稿を買い取ってくれているから、それなりに売れているんだろうし。
「それで、あの図書館の女性がどうかしましたか?」
「あ、いや――俺の気のせいかもしれないが、一見清純系に見えて、獲物を狙っているような目が気になるんだが……そういうのに引っかからないでくれよ」
「はは、大丈夫ですよ」
彼が乾いた笑いを浮かべている。
意外、あまり意に介していないらしい。
お姉さんが超美人なので、美人に耐性があるということだろうか。
人間は中身だと、常日頃言っている彼だしなぁ。
それゆえ、純朴そうで普通の女性のほうがいいということなのかも。
「……」
気がつくと、相原さんがこちらを見ている。
「なんですか、相原さん?」
「なんか……篠原さんの周りって女性が多くありません?」
「ええ? 図書館の司書の人は1回話しただけですよ」
話を聞いた彼女が訝しげな顔をしている。
「でも……その女の人が困っていたりしたら助けてしまうんでしょ?」
「え~? そんなに見ず知らずの人を助けたりは……してるか、はは」
婆さんも助けているし、サントクも助けてるし、岩山君も助けたしな。
「……」
相原さんがむくれているのだが、それじゃ相原さんも助けなくてもいいってことになるだろ。
まぁ、彼女の言うとおり、この時代にやって来てから、周りに女が増えたような気がする。
平成令和には、女に見向きもされなかったオッサンなのに。
これは思うに……やっぱり金だろうか。
手持ちにとりあえずの金があったり、金を稼げるあてがあったりすると、「まぁ、なんとかなるか――」みたいな、心の余裕が生まれるのかもしれない。
その心の余裕が、行動にも現れると。
だってなぁ――金もねぇ、かつかつの状態で人助けとかマジでやってられねぇからなぁ……。
確かに、小金を持っていることで俺が変われた可能性がある。
変われるよ、現に俺は変われた。金を持って俺は変われたんだ――って感じか。
金持っているやつとか、頼りがいのある兄貴に自然と人が集まってくるってのは、こういうことなのかもな。
「私もねぇ、お父さんが篠原さんみたいな人だったら、苦労しなくても済んだのにぃ……」
お父さんってのは親父さんじゃなくて、旦那さんのことだ。
「大家さんまでそういうことを言いますか?」
「あらぁ、最近特にそう思うわよ」
「けど、助けてやらないとコノミも施設送りになっていたし……」
それが可能なのも、やっぱり余裕があるから――ということになる。
「そんなの絶対にダメ!」
ヒカルコが拳を握りしめている。
「そうよねぇ、あんなに可愛い子だしねぇ」
「でも、相原さんの理論からすると、コノミも相原さんも助けなくてもいいってことに……」
俺の言葉に美人編集者が立ち上がった。
「そ、そんなの困ります! む、むしろ……わ、私だけ助けてほしいなぁ……と」
彼女がもじもじして、そんなことを言い出した。
「矢沢さん――矢沢さんは助けなくてもいいみたいだけど……」
「はぁ~、人間やっぱり1人なんですねぇ。お母さんが言ってました。人を絶対に心底信用するんじゃないと……」
「ち、ち、違いますぅ!」
珍しく、相原女史が慌てている。
「まぁ、それはそうだよ。人間、天にも地にも、最後の最後に頼りになるのは自分だけだしね」
「はい、お母さんもそう言ってました!」
「なんでもかんでも人のせいにしているやつらは、最後には『政府が悪い』『国が悪い』とか言い出すしな」
「人のせいにしても、なにも変わらないです!」
ずっと話していると解るが、矢沢さんはめちゃしっかりしているんだよなぁ。
正直、俺より大人かもしれん。
俺なんて、歳食っただけのガキだし。
「そうなんだよなぁ」
「そうなんです! ですから、私は引っ越しします!」
「もう決まりなの?」
「はい! 仕事を進めるために、こんなよい条件はないですし!」
「まぁ、家賃だけでいいなら、そんなにお金もかからないだろうしなぁ」
「はい!」
「――というわけで、引っ越しで決まりみたいだよ、八重樫先生」
彼のほうを観たのだが、賛成という顔をしていない。
引っ越しそのものが反対ではなく、免許を持ってない俺が車を運転することに対しての反対なのだろう。
「なにが、というわけなのか解りませんけど……」
「先生は、少し目を瞑っててください!」
「わかったよ、もう……」
矢沢さんに言い寄られて、彼も諦めたらしい。
「八重樫君の実家には、トラックやダンプが沢山あったと思うけど、運転したりはしなかったの?」
「ええ? しませんよ」
会社が中小の頃に彼が生まれたならそういうことがあったかもしれないが、そうじゃないんだろうな。
まぁ、なにはともあれ話は決まった。
矢沢さんは引っ越しをするらしい。
彼女が住んでいる、今のアパートの大家さんに話をしてみるという。
すぐに出てもいいのか、それとも契約期間内の家賃を払えと言われるのか。
二つに一つだが、この時代は常に住宅不足気味で、空いている部屋ならすぐに埋まりそうである。
残りの家賃を払えということも、なくなりつつあるのかもしれない。
――矢沢さんの引っ越しの話が出た数日あとの日曜日。
梅雨に入ったせいか、降ったり曇ったりだが、今日は降っていない。
朝食のあとコノミが外に遊びに出たので、秘密基地で仕事でもするかと思っていると――矢沢さんが俺の部屋にやって来た。
今日は1人だがタクシーだ。
出版社としても、こうやって経費を使われるよりは引っ越してもらったほうが金の節約になるだろうしな。
でも、帝塚大先生が出てくる漫画などをみると、いつもタクシーで移動しているよなぁ。
そういうものなのかもしれないが。
「篠原さん! 引っ越ししても大丈夫です!」
矢沢さんは今日も元気だ。
「向こうの大家さんに聞いてみたかい?」
「はい、残りの部屋代は要らないと言っていただきました」
「いい大家さんで、よかったな」
「漫画が出るのを応援してくれると言ってくれました」
「それじゃ、次は――こっちの大家さんだな」
「はい!」
矢沢さんと、ウチの大家さんが話し合い、引っ越しの予定を決めていく。
大家さんも乗り気なので、スムーズに進む。
ちょっと大きな孫感覚だろうか。
いくら大家さんがいい人でも、こうは簡単には決まらない。
やっぱり矢沢さんの人柄みたいなものがあるのだろう。
彼女は誰からも好かれそうな性格をしているし。
もしも漫画で食えなかったとしても、商売をやったりすれば成功するのではないだろうか。
彼女はもう、自分の荷物をまとめてしまっているようである。
まとめてしまったら仕事はできないので、とっとと引っ越しを完了して漫画を描く環境を整えなくてはならない。
つまり、引っ越しは今日――そりゃ梅雨の合間の曇りでチャンスではあるが。
まったく仕事が早すぎる。
あまりにも猪突猛進なので、少々心配になってしまう。
「ショウイチ、私も行って手伝ったほうがいい?」
ヒカルコが心配している。
「貸してもらえるのが、どういうトラックか解らんし、俺と矢沢さんだけでいいだろ」
「わかった」
それはそうと、矢沢さんが来ているのに八重樫君が顔を出さない。
まだ寝ているのだろうか。
まぁ、荷物は少ないと思うし、2人で十分だろう。
早速、大家さんが紹介してくれた、トラックを貸してくれる家に行くことにした。
すでに彼女が電話をかけてくれていて、話は通してくれているようだ。
トントン拍子で話が進む――まったくもってありがたい。
大家さんに地図を描いてもらい、その家に向かう。
矢沢さんと一緒に路地を歩いて行くのだが、もう暮らして1年になるので、近所の地理も大分把握できた。
ここの路地を進むと、どこにつながっている――などの地図が頭の中でできているのだ。
ヒカルコは、いまだに迷うみたいだが。





