53話 運動会
ダービーを当てて金に余裕ができた。
金があるということは、生活にも余裕ができる。
俺は写真の趣味を充実させることにした。
仕事の他には大してやることもねぇしな。
東京中の写真を撮りまくり、女の裸を撮っては自分で現像をする。
自分で現像をすれば、好みに合わせて色々とチューニングすることができる。
引き伸ばし機を使って、普通の写真より大型の印画紙にプリントも可能だ。
まぁ、エロ写真を引き伸ばして額縁に入れてもしゃーないけどな。
それはそうと、八重樫君のお姉さんの写真なら大判に引き伸ばして額縁に入れてぇなぁ……。
あんないい女は、令和にもいなかったからなぁ。
マジでお相手願いたい……が、俺にとっては雲の上にいる天女みたいな存在。
普通に考えたら無理だが、天女の羽衣を盗んだ男は、それを人質にして一発できたわけだろ?
もしかしたら俺にもそういうチャンスが巡ってくる可能性が……。
まぁ、ないと思うがな。
――6月上旬のある日。
朝食を食べながらコノミと話をする。
次の日曜日は小学校の運動会らしい。
そうか~運動会なぁ。
紅白の帽子も買ったしなぁ。
子どもがいるとそういうイベントが、どうしてもやってくる。
あとは秋の学芸会とかか?
そういえば、父兄参観もあるなぁ。
おっと、平成令和には父母参観とか保護者参観日になっているらしいが、父兄参観といいつつやって来るのは母親がデフォだったよなぁ。
まぁ、参観日はヒカルコに行かせればいい。
昔のことを思い出しつつ、彼女を学校に送り出すと電報がやってきた。
「ショウイチ」
ヒカルコから電報をもらう。
「あ~、サントクからか」
至急、連絡が欲しいらしい。
なんだか嫌な予感がするが……。
外に出ると大家さんちの玄関に回り、電話を借りた。
『はい、株式会社サントクです』
「あ、いつもお世話になっております。発明家の篠原と申しますが、社長さんいらっしゃいますか?」
『あ、はい、いつもお世話になっております! 社長~!』
すぐに社長が出た。
『先生、お久しぶりでございます』
「いや社長、そんな敬語とかいらないんで」
『なにをおっしゃいます』
「それで、至急の御用とは?」
『そ、それなのですが……ま、真に申し訳ございませんが、もう少し! もう少し、融資のほどなんとかなりませんでしょうか?』
「ええ? 私に、それを聞きますか?」
『お願い致します!』
電話の向こうで頭を下げている社長さんの姿が、目に浮かぶ。
当然、俺なんかにこういう電話をするということは、とっくに銀行からは切られているわけだ。
「それで社長、いかほどですか?」
『50万円……』
いま、電話で聞いているだけで苦しいのは解る。
いや、俺とてここで飛ばれると、前にサントクに貸した分もパーになってしまう。
普通はそう考えて、ここから深みにハマり借金が雪だるま式に増えるのだが……。
博打と一緒だ。
まぁ博打と一緒になっている時点で、もうダメだと見切りをつけるべきなのだろう。
銀行も、そう考えているから融資を打ち切っているのだし。
奴らの金に対する嗅覚は半端じゃないからな。
普通ならそうだが――俺は違う。
あの爪切りさえ発売できれば売れるのだ。
事実、未来ではあの爪切りが定番になって、令和でも売っていたのだから。
ここはやっぱり追加の金を入れるべきであろう。
ちょうどダービーで勝ったあとで、資金はたんまりとあるしな。
「よござんす! 社長、貸しましょう!」
やはり、ここは勝負だ。
『ほ、本当ですか?!』
「ええ、もちろんです――それで、ちょっと私のお願いも聞いてほしいのですが……」
『もちろん、私にできることなら、なんなりと』
頼み事は、向こうに到着してから話すとして、電話を切ると10円を置いた。
部屋に戻って出かける準備をする。
「ちょっと、サントクに行ってくるから」
「うん」
さすがに仕事だというと、ついてくるとは言わない。
俺は、先日にでき上がったばかりの、夏用のスーツに腕を通した。
ライトグレーで、冬用よりかなり生地が薄い。
やっぱり作っておいてよかったぜ。
備えあれば憂いなしってな。
ヒカルコに行ってきますと伝えて、カバンを持ってアパートを出た。
そのまま秘密基地に向かい、現金で100万円をカバンの中に突っ込む。
どうせ、このままじゃ使えない金だからな。
こういう具合に使うしかない。
そして、爪切りの特許料が順調に入ってくれば、法人化もできる。
そうなれば、初めて競馬で勝った金も混ぜ込んで、堂々と使えるってわけだ。
それに、去年の今頃申請した特許もそろそろ認可されるかもしれない。
そっちのほうも金になるかもしれないしな。
そのためにも、サントクさんには頑張ってもらわないと。
サントクが軌道に乗ったら、他の俺の発明も作って売ってくれるように交渉しようかと思う。
なにせ、未来でヒットした商品ばかりだからな。
悪い話ではないはずだし、今回のことで恩を売っておけば、NOとは言わないはず。
ふふふ、お主も悪よのう……そんな声がどこからか聞こえてきそうだ。
俺は私鉄の駅方面に向かうと、線路を越えて岩山君のアパートを目指す。
そう――俺がサントクの社長さんにお願いするというのは、彼の就職についてだ。
入っていきなり潰れたりしたら、ちょっと可哀想だが、あの爪切りが発売できれば大丈夫だろ。
今回、追加で資金も投入することだしな。
線路沿いを歩いていくと、小さい二階建ての建物が見えてきた。
アパートの外の階段を上ると、ドアをノックする。
「はぁ~い!」
以前と同じように、また女の声がしてドアが開いた。
大きな男もののシャツを着た、丸顔の女性が顔を出す。
「岩山君いる~?」
「あ、はい……」
やっぱり訝しげな顔をされる。
今日はスーツを着ているし、怪しさ満点って感じじゃないと思うんだが……。
それに、ダービーで彼が稼いだのは、俺のおかげじゃん。
まぁ、それが怪しいってことだと思うが。
「うす?!」
岩山君がやって来たのだが、俺のスーツ姿を見て彼も驚いたような顔をしている。
「俺の知り合いの会社に紹介してあげられるかもしれないから、一緒に来ないか?」
「行くっす!」
「支度があるだろうから、下で待ってるよ? 会社に行ってたんだろうから、スーツは持ってるよね?」
「うす!」
顔洗ったり、髭剃ったりするだろうから、少々時間がかかるだろう。
アパートの下で待つことにする。
こういうときに自販機があれば、缶コーヒーを買ったりするんだがなぁ。
もちろん、この時代にそんなものはない。
10分ほど下で待っていると、グレーのスーツを着た彼がやって来た。
当然、こんな大きなスーツなどは売ってないはずだから、特注だろうな。
「お? スーツ、似合ってるじゃないか」
「うす!」
彼と駅に向かって歩きながら話す。
「俺たちが行く会社は、爪切りやカミソリなどを売っている会社だ」
「うす」
「ああ、T字カミソリなどを売っている有名な会社があると思うが、そこじゃないからな」
「うす」
彼と一緒に私鉄に乗ると、高田馬場で山手線に乗り換えた。
もうラッシュの時間は過ぎているので、そんなには混んでないが――就職するとなると、ラッシュに巻き込まれるのか。
この時代のラッシュはすごいからなぁ。
それでいて、夏には冷房もないという。
連結部分に乗ったり、手すりに掴まったまま走ったり。
途上国みたいに、屋根の上に乗ったりはしないが――ホント昭和は地獄だぜ、フゥハハハーハァー。
2人で御徒町駅に到着した。
駅から歩いて秋葉原からつながっている電車通りを渡り、サントクを目指す。
徒歩で10分、会社に到着した。
出てくる社員にちょっと挨拶をして、建物の中に入る。
1階の部屋に入ると、近くにいた女性社員に声をかけた。
「あの~社長さんいらっしゃいますか?」
話かけたのは俺だが、彼女の目はどう見ても岩山君の方を見ている。
そりゃ、やっぱり目立つ。
「あ、はい! 社長~!」
奥に座っていた社長が飛んできた。
「これは先生! よく来てくださいました! ――と、そちらは?」
やっぱり、彼のほうに目がいくか。
まぁ、あたり○田のクラッカーだけどな。
岩山君は岩山君で、俺が先生と言われてて驚いたようだ。
「お願いがあると言いましたが、彼のことなんです」
「ははぁ……まぁとりあえず、こちらへ」
岩山君と一緒に応接室に向かい、ソファーに座った。
「まずは、こちらを――ちょっと多めに持ってきました」
俺は、カバンから100万円を取り出した。
50万と言われたけど、足りなくて飛ばれると、こっちも困るからな。
別に沢山貸して、余計に利子を取ろうなどとは考えていない。
「なんと――ありがとうございます!」
社長が、テーブルに頭をつけた。
「それで、お願いの件なのですが――実は、彼の就職の件なんです」
俺は岩山君を紹介した。
「そういうことでしたか」
「早稲田のいい大学を出てるんですよ。このとおり、気は優しくて力持ち」
「ほほう――是非とも、ウチに入社してほしいところですなぁ。ウチに一流大学からの入社希望など、ありませんし……はは」
まぁ、見るからに個人経営の会社だしな。
同じ爪切りを作っているなら、俺が叩き出されたあっちの会社のほうが大手だし。
「空手部なので強いし、根性もありますよ。私がチンピラに絡まれたときなど、ワンパンチでノックダウン!」
「それはすごい!」
本当はこんなことを自慢しちゃイカンのだろうけど、そこは喧嘩が強いほうが偉いという昭和だし。
俺と社長とで、ゲラゲラと笑っていると、お茶がやって来た。
「お茶をお持ちいたしました」
少しとうが立った女性社員が、チラチラと岩山君を見ている。
「ああ、彼に興味を持ってもだめですよ。すでに彼女がいて、同棲もしてますので」
「ははは、そいつは豪気だ!」
俺と社長が笑っているのだが、女性は少し残念そうだ。
「まぁ、いいところがあれば、悪いところもあるので……」
「ほう……」
社長に、岩山君がクビになった経緯を話した。
黙っていても、どこからか情報が入ってくるかもしれないしな。
外回りをすれば、前にいた会社の人間に遭遇するかもしれない。
なにせ彼は目立つ。
それだけ人の記憶にも残りやすいってことだ。
ここは正直に話したほうがいい。
社長とは長いつきあいになるかもしれないし。
「――というわけでした」
「なるほど! それならここは大丈夫だよ。弱い者いじめなど、このワシが許さんからな!」
そう、この会社は女性社員を下に見ている感じはしない。
それは俺もここに入ったときから感じていた。
「どうだ? 岩山君――ここでお世話になるかい?」
「うす!」
「――というわけで社長! 彼をお願いしたいのですが」
「よっしゃ! 任せてください。それじゃ、早速今日から仕事をしていくか?!」
「うす!」
「ダハハ、お~い!」
社長が、社員の1人を呼んだ。
「はい、社長。お呼びですか?」
背の高い若い男がやって来た。
「今日から働く、岩山君だ。仕事を教えてやってくれ」
岩山君が起立した。
「岩山っす! よろしくお願いいたします!」
「よっしゃ、後輩だな! それじゃ、こっちに来てくれ」
「うす!」
「岩山君、頑張れよ~! って、社長! 履歴書とか要りますよね?」
「ああ、あとで構わんよ――それより、先生! ワシはこの金を持って行くところがあるので、もうしわけないが!」
「解りました。それじゃ、岩山君をお願い致します」
「ダハハ! 任せてください」
それはいいが、就職したら、いきなり会社が倒産したりしないだろうな?
そうなると、俺も大損するわけだが――ここは社長の手腕に期待するしかないだろう。
俺は社長に挨拶をすると、サントクをあとにした。
多分、俺がいなかった歴史では、あの会社は倒産していたんだろうなぁ。
今でもギリギリの綱渡り状態みたいだしな。
俺の貸した金でなんとか保ってくれればいいんだが。
俺も俺で、普通はあんな大金貸さないよなぁ。
社長がいい人だから、つい貸してしまうが……。
まぁ、悪い方向に考えないようにしよう。
今日は多めに貸したし、あの金でなんとかピンチを脱出できるものと信じたい。
岩山君も就職できたしな。
なんにしろめでたい。
俺は1人で電車に乗ると帰路についた。
車内を見れば――電車に高校生ぐらいの女の子が乗っている。
制服ではなくて、シャツにジーンズ姿で、ジャラジャラした飾りをつけている。
これが、流行りの恰好なのだろうか?
学校はどうしたのだろうか――と思うが、もしかして中卒かもしれんし。
そんな彼女たちが、「イカす」とか「イカさない」とか言っている。
そういえば、昭和の終わりか平成始まりあたりに、イカすナントカ天国とかいう音楽番組が流行って、「イカす」って言葉が再び使われるようになったな。
令和では、また使われなくなってしまったが、意味は通じるはず。
若いやつらのやることに腹を立てるようになるとオッサンの証と言うが、俺は違う。
美人局をやっていた女も、オッサンは説教したがるとか言っていたが――そんなことはない。
俺にとっては、どうでもいいことだからな。
電車の中ではしゃぐ若い女の子を横目で見ながら、俺はアパートに帰ってきた。
「ショウイチ、お仕事は大丈夫?」
「ああ――まぁあまり悪い方向には考えないようにするさ、はは」
新しいアイテムを発売できれば、絶対に売れるのだから、それまでの辛抱だ。
まだ金はあるし、突っ込んでも平気。
新商品が売れれば回収できる。
あの社長が上手くやってくれることを願うだけだ。
俺は経営なんて素人だし、商売は解らんしな。
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――サントクのことが気になるが、日曜日がきた。
今日は、コノミの学校の運動会である。
朝から快晴で絶好の運動会日和。
朝からヒカルコと一緒に、荷物を持って学校に見物に向かうのだが、もう1人ついて来る。
大家さんだ。
話をしたらなぜか乗り気で、今日のごちそうの用意も手伝ってくれた。
3人で学校に行ってみて、びっくり。
人人、人だらけ。
白いシャツに紺の半ズボンとブルマ――そして、沢山の紅白の帽子が並ぶ。
集合体恐怖症の人がいたら倒れそうな光景だな。
そりゃ、児童だけでも1クラス45人~50人で、各学年が4クラス。
それが1年~6年までいるのだから、1200人近くいるわけだ。
そこに、児童の保護者が押しかけたらごった返すに決まっているが――全校生徒って割には少ない。
その理由は、目の前にいる生徒は全校の半分なのだ。
あまりに生徒が多いので、1~3年の運動会は昨日――土曜日にやったらしい。
つまり、分割開催だ。
俺の隣にいる、見ず知らずの男と話をした。
彼の下の子どもも昨日運動会だったのだが、仕事で見られなかったと話している。
どうやら、学芸会もそんな感じみたいだ。
なんてこったい!
田舎とか土地が余っているなら全校生徒が――って、1200人プラス保護者はやっぱり無理か。
まぁ、この時代はガキが多いから仕方ない。
今日のために俺も、200mmの中古望遠レンズを購入した。
暗いレンズなので安かった。
本当はもっとデカいのがほしかったが、値段も高いしな。
まぁ、金ならあるから買ってもいいのだが――欲しくなったら買おう。
コノミが走ったら彼女を写し、あとは暇なので望遠レンズを覗いて、美人の奥さんや可愛い女の子を探す。
令和でこんなことをやったら即通報だ。
そもそも撮影じたいが禁止のイベントも多い。
楽しいが少々後悔もある。
レンズが暗いので、シャッタースピードが稼げないのだ。
それだけ失敗の可能性が高まる。
「おい、あんた! カメラ持ってるんだな! うちの子どもも撮ってくれ!」
突然、隣の男から話しかけられた。
「ええ? プロじゃねぇから、上手く写せるか解らんぞ?」
「構わねぇ――お! 出てきた! おい、あの子だ!」
「あの子じゃ解らん!」
「そうだんしよう」
「そうしよう!」
「そうじゃねぇ! 黒くて長い髪の可愛い子がいるだろがい!」
「3人ぐらいいないか?」
「一番右の子だ!」
正直、コノミのほうが可愛いと思うのだが、それは言うまい。
親にとっては、我が子が一番可愛いのだ。
コノミがいつも遊んでいる友だちの撮影も頼まれた。
この時代、カメラは高価であり持っている家庭が少ない。
これが昭和後期になると、ビデオカメラまで抱えて、撮影のための場所取りまで行われていた。
たった数十年で変われば変わるもんだ。
「きゃ~! コノミちゃ~ん!」
黄色い声で叫んでいるのは、大家さんだ。
いつも物静かって感じなのだが、まったく元気だ。
オリンピックのときや、競馬のときも同じように応援していたので、こういうイベントが好きなのかもしれない。
張り切っている大家さんであるが、知り合いが多いので、あっちに挨拶、こっちに挨拶をして大変そうだ。
同じ町内の人も多いし、まとめ役として他の町内との付き合いも多い。
顔が広いというのも考えものだな。
やっぱりというか――子どもの頃の運動量が決め手になるのか、コノミの脚はあまり早くなかった。
どちらかといえば、頭脳派ってことになるかな?
まぁ、カメラのファインダーの中の彼女は笑っていて楽しそうだった。
昼になって、外に敷いたゴザの上で食事をする。
いつもウチに遊びに来ている野村さんも一緒だ。
彼女の親は来ていないようだが、おにぎりを持ってきている。
父親は仕事疲れ、母親もなにか用事があるのだろう。
いつも野村さんと一緒に遊びに来ている鈴木さんは見当たらない。
どこか離れた場所にいるのかも。
鈴木さんの所はお母さんが来ているだろうし。
重箱には沢山のごちそうが詰まっているが、おにぎり、卵焼き、ウインナー、唐揚げ、そしてなぜかうずらの卵。
平成令和だとコンビニに売ってそうだが、この時代なら立派なごちそうだ。
そういえば、俺の実家でもなにか行事があると、うずらの卵が弁当に入っていた気がする。
おにぎりの中の梅干しは、大家さんの自家製。
ゴザや重箱は大家さんから借りたものだ。
「一等賞になれなかった……」
コノミがおにぎりを食べながらしょんぼりしている。
「大丈夫大丈夫! 他で一等賞になりゃいいんだ」
「篠原さんの言うとおりよ、コノミちゃん」
こうやって気にする子どもがいるから、皆で並んでみんなが一等賞などになってしまったんだろうが――。
そんなぬるま湯に浸からせても、世の中に出たらいきなり世間の荒波の中にぶち込まれるんだ。
そっちのほうが酷じゃねぇのかな?
「野村さんは、脚が速いんだな」
「……うん」
ボーイッシュな彼女は、見た目にたがわず活発的で脚も速かった。
「……」
コノミがなにかをチラチラ気にしている。
彼女の視線の先には、親御さんの姿もなく、黙っているだけの女の子が。
食べるものもなく、ジッと座っているだけ。
いわゆる欠食児童だろう。
普段は学校の給食で食いつないでいるのだが、今日は日曜で給食はない。
親は休みも働いていて、運動会に来られないのだろう。
コノミもいつも腹を空かせていたようなので、彼らの気持ちが解るのかもしれない。
「コノミ、彼女を誘ってきな」
「うん!」
彼女が女の子の所に行くと、なにやら話している。
躊躇しているのだろうが、コノミに説得されて、こちらに来るようだ。
育ち盛りで、腹ペコには抵抗できまい。
「今日は、お父さんお母さんは来てないのかい?」
「……お仕事……」
「あらぁ、ご飯もないの?」
「コク」
大家さんの言葉に、彼女が小さくうなずいた。
「まぁ、可哀想に! ほら、これをお食べなさい。沢山作ってきたので大丈夫よ」
大家さんが女の子におにぎりを差し出した。
彼女の言うとおり、とてもじゃないが食いきれないほどの料理とおにぎりが重箱に詰まっている。
ヒカルコと一緒に、「飯は、しばらくおにぎりだな」――と、笑っていたのだ。
「コノミ、他にもご飯がない同級生がいるなら連れてきな」
「うん」
悪いが同級生だけだ。
全部の面倒は見られねぇからな。
コノミが手を引っ張ってきた子どもは男女4人。
みんな親が来ていない。
「まぁ、こんなにいるの? ほら、みんな食べていいわよぉ」
大家さんに言われて、子どもたちがおにぎりを頬張り始めた。
別に俺たちは食わなくても、家に帰ってラーメンでも食えばいいわけだし。
子どもたちは食べなきゃ力が入らないだろう。
心配していた重箱の料理はほとんどがなくなった。
大家さんの作りすぎに感謝だ。
お腹が膨れた子どもたちは、元気よく運動会に戻っていった。
俺たちはコノミの出る競走を見て、最後の玉入れを見て帰ってきた。
閉会式まで観なくてもいいだろう。
それに昼飯を子どもたちに食わせてしまったので、腹が減ったのだ。
アパートに帰って、ヒカルコと一緒にラーメンを食う。
ここで食いすぎると、晩飯が入らなくなるので、軽くだ。
ラーメンを食べてしばらくすると、コノミが帰ってきた。
運動会のできごとを楽しそうに話している。
よかったな。





