52話 秘密撮影
今年もダービーを勝った。
狙っていたキーストトンという馬が、前のレースで負けてくれたお陰でオッズが高くなった。
大金を賭けて超大金をゲット。
これでしばらく金に困ることはないだろう。
前にもそんなことを言って金を貸したりしたので、オケラになりそうだったけどな。
ダービーで逆転したわけだ。
まぁ、博打で稼いだので、正式には使えない金だけどな。
大金を運ぶので、岩山君という大学の空手部にいた青年にガードマンを頼んだ。
失業しているらしいので、俺が金を貸しているサントクという会社の業績が軌道に乗ったら、紹介してやろうかと思っている。
話を聞くと、暴力沙汰でクビになったらしい。
それなら普通の上場企業は難しいかもしれんし。
――ダービーが終わったら6月になった。
スポーツ新聞には、シンシンザン始動の記事が載っている。
どう見ても人気になりそうで、これは買えない。
絶対に勝つなら、1.5倍でも大金を突っ込めばいいのだが、競馬場で目立ちすぎる。
まぁ小遣い稼ぎぐらいならちょうどいいのかもしれないが。
毎回大金賭けてそんなことをやっていたら、狙われる可能性も高まってくるしな。
シンシンザンには稼がしてもらったが、特許のほうも上手くいっている。
競馬で金を稼いでも表で使えないし、そろそろ次の金儲けに移行したほうがいいだろう。
大金をゲットした俺だが、まずは借りた金を返さなければならない。
秘密基地の窓に秘密のサインを出した。
これを隣の奥さんが見れば、やって来るはずだ。
ヒカルコには、ちょっと1人で仕事をしたいからと言ってある。
あいつも物書きだから、そういう気分があるのは解るのだろう。
そう言われるとついてはこない。
俺が1人で仕事をしていると、玄関がノックされた。
「はい、開いてるよ~」
「……あの……」
やって来たのは、白いブラウスを着た、隣の奥さん。
「よく来てくれました。はい、これ」
彼女に茶封筒を手渡した。
「これは……?」
「借りたお金ですよ。6月に返すって言いましたでしょ?」
「……」
彼女が封筒の中身を見ている。
「50万円と、利子として1割の5万円が入ってます」
「あの……」
「これで、奥さんとはなんの関係もなくなったってことです。旦那さんが帰っていらしたんでしょ?」
「……はい」
「それは、よかった」
「……」
彼女が黙ったまま、もじもじしている。
「奥さん、どうしました?」
「あ、あの……」
「まさか、俺みたいなろくでなしに、興味が湧いちゃったとかじゃないですよね?」
「……」
「利子で儲けたんですから、ご両親になにか買ってあげてはどうです? 実家で三種の神器は持ってますか?」
「はい」
「それじゃ、次は掃除機とかですかねぇ」
「あ、あの……」
彼女がなにか言いたそうだが、人目もあるしこれ以上つきあうつもりもないので追い返した。
ウチにはヒカルコもいるし、コノミもいるからなぁ。
さすがに、これ以上は養えん――というか、彼女は人妻じゃん。
これ以上は絶対に揉めるし、俺の方が立場が弱い。
下手したら慰謝料とか取られるわけだし。
遊んでしまって、彼女には悪いがな。
その前に、奥さんが本当に嫌がるのなら、最後までしないつもりだったのだ。
意外とノリがよかったので、ゴニョゴニョ……まぁ、言い訳だ。
「はい、これにて人妻との密会は終了」
旦那さんはいい男だし、金持ちだし、デカい家は持ってるし、そっちのほうが絶対にいいって。
こんなしょぼいオッサンよりな。
------◇◇◇------
金に余裕ができた俺は、心にも余裕ができた。
まずは夏用のスーツを購入――やっぱり見てくれは大事だ。
金ができたわけだしな。
ボロボロの小汚いオッサンと、スーツをきた男。
どっちを信じるかといえば、世間はスーツの男を信じる。
そういうもんだ。
スーツは、以前に作った商店街の店で作った。
サイズのデータが残っていたので、採寸をしなくてもOKだった。
――その他の趣味も充実させる。
せっかくカメラを買ったし、散歩がてらヒカルコと一緒に歩き回り、写真を撮りまくる。
機材を運ぶための大きなカバンも買う。
電車に乗って離れた場所まで行くと、写真を撮ったりした。
大量に撮る風景の写真などは、カメラ屋に現像を頼めばいい。
もうどこでもいいのだ、どこかの街角でも、そこら辺に街行く人々でもいい。
とにかく、この風景を残しておきたい。
絶対にいずれは財産になる。
この時代なら、公園で遊んでいる子どもたちを撮っても大丈夫だ。
令和なら、即通報されるだろうがな。
別にロリコンではないが、子どもの写真というのは心休まる。
写真を撮っていると、ガキどもがうじゃうじゃと集まってくるしな。
撮影しても、その場で写真が見れたり、もらえるわけじゃないのだが、なぜか集まってくる。
なぜなのか――不思議だ。
まぁとにかく、超高価なカメラなどが物珍しいんだろうな。
カメラで撮影しながら、一緒にスマホを使ったりしてみた。
撮影に使う新型の露出計だと言えば怪しまれない。
我ながらいい考えだが、もちろんじっくり見られるとバレる。
程々にしておいたほうがいいだろうし、ヒカルコがいない所で使うようにした。
あいつは頭がいいからな。
ごまかしているつもりが、ごまかし切れていない場合があるかもしれん。
汝、あなどることなかれだ。
コノミやヒカルコの写真も沢山撮った。
家族の写真は自分で現像することにしている。
せっかく現像セットを買ったんだから、使わないとな。
コノミが学校に行っている間、ヒカルコの裸を撮ったりもした。
恥ずかしがるので、シーツなどで隠しているけどな。
いずれは素っ裸も撮ってやる。
そういう写真は、カメラ屋に出せないから自分で現像するわけだ。
これも立派な趣味だな。
もしかして写真家としてイケるかもしれん――なんてな。
そこまで自惚れるつもりはない。
コノミとヒカルコのノーマルな写真は、写真立てを買ってタンスの上に置いてある。
こういうことをすると、なんか外国人っぽいな。
八重樫君や、大家さん、相原さんの写真もある。
相原さんの裸も撮りたいが、絶対に拒否されるだろうなぁ。
実は、盗撮で撮っているけど、はは。
バレたら絶対に嫌われるやつ。
写真に写る皆は恥ずかしそうにしているのだが、やっぱり写真を撮られるのに慣れていないようだ。
令和なら、みんなスマホを持っているから、パシャパシャと撮りまくりだし。
撮るほうも、撮られるほうも慣れている。
ネットには膨大な写真が掲載されているしな。
この時代で写真を拝むためには、個人のアルバムを見るしかない。
そういう所に普段の写真などなく、観光地などに行ったときの記念写真ばかり。
普通の人はそのぐらいしか写真がなかったな。
――俺は秘密基地で、自分で撮った写真を眺めていた。
すでに100枚以上ある。
「せっかく自分で現像できるんだから、裸を撮りてぇなぁ…………そうだ」
いいことを思いついた――そういえば、あいつがいたな。
あいつというのは、美人局をやっていた、元活動家の女だ。
金がないだろうから、札をちらつかせればOKするだろ。
それはいいが、やつは真面目に仕事をしているなら平日はいない。
この時代は土曜日も仕事だしな。
もうとっくに逃げて、いないかもしれんが。
まぁ、そのときはそのとき。
俺にはなんの関係もねぇし。
そういうやつなら、流れ着くところに流れ着くだろ。
――そして6月6日、日曜日。
そろそろ梅雨入りだと思うのだが、今日は天気がいい。
3人で朝飯を食うと、コノミに今日の予定を聞く。
「コノミ、今日もお友だちが来るのか?」
「うん、来ると思う」
これだけ漫画が揃っている家はないらしいからな。
小学生のお小遣いで買うとなると、少々厳しい値段であるし。
まぁ、俺も漫画を読むので、俺が買っているものもある。
漫画を読むとバカになると言われているこの時代で、大人なのにそれを読む俺は、かなり異端児だな。
漫画を読むのが異端児なら、それを描いてる漫画家とか作っている編集者とか、超異端じゃねぇか。
職業差別はよろしくねぇな。
コノミのお友だちが遊びに来るなら、ちょうどよかった。
秘密基地に避難すると見せかけて、美人局の女の所に遊びに行く。
三脚とか、カバンに入れたカメラや機材も一緒だ。
懐かしいアパートにやって来ると中に入る。
勝手知ったるアパートだ。
2階に上がると、元ヒカルコが入っていた部屋をノックした。
「お~い、いるかぁ?」
「あん?! 誰だ?」
戸がガラっと開くと、女の顔が出てきた。
あの女だ。
Tシャツに、ジーンズのラフな恰好をしている。
まぁ、休みだしな。
「おお、いたか。しっかりと働いているようだな。感心感心」
「なんだ、オッサンか――他に行くところねぇし……」
「どうせお前のことだ。金がねぇだろ? バイトしないか?」
「……やる」
彼女が下向きながら答えた。
即決かよ。
本当になぁ。地道に暮らしてればいいのに、こういう奴らってなにに金を使っているんだろうなぁ。
部屋の中を見回して――そこにあるのは、まずは酒か。
こいつはタバコも吸っていたはず。
タバコなんて役に立たねぇものは、まっさきにやめるべきだと思うんだがな。
まぁ、それは個人の自由だが、抱くとタバコくせぇのは勘弁してほしいところ。
「よし! 決まったな」
女を連れて、あのヤリ部屋に向かう。
ここらへんの景色は、すでに写真に撮っているので、写さなくてもいいだろう。
なにかおもしろい被写体でもあればいいが。
「……なにそのカバン……」
「カメラだよ」
「オッサン、カメラなんて持っていたんだ」
「ああ、趣味でな。そういえば、お前の名前を聞いてなかったな。いや、大家さんから聞いたような気もするが――忘れた」
「百田だよ。百田和子」
和子とは、またありがちな名前だな。
平和から取ったんだろうが、○○年代名前トップテンに入ってそう。
幸せから取った、幸子とかもすごく多い。
2人でヤリ部屋に到着した。
1階の大家に金を払う。
もう俺は覚えられているようだ。
俺が持っている三脚などで、なにをするのか察しがついているらしく、ニヤニヤしている。
「ケッ!」
その顔に嫌悪感を示したのか、和子が吐き捨てる。
2人でアパートの中に入ると、ヤリ部屋の戸を開けた――いつものように、畳の部屋に布団とチリ紙が置いてある。
「オラ、服を脱いで裸になれ」
俺は三脚をセットすると、カバンからカメラを取り出した。
「……ちょっと! そのカメラであたいを撮るんじゃないだろうね?!」
「ダメか?」
「冗談よし子さんだよ!」
「金なら、5000円ぐらい出すぞ?」
「……5000円……」
彼女が俺が示した金額に唾を飲み込んだ気がする。
「どうだ?」
「……や、やっぱり嫌だ」
まぁ、最終的には身体に解らせて素っ裸にした。
三脚を移動させてカメラを固定。
レリーズボタンをセットして、ファインダーを覗き込んだ。
そこには女の裸がしっかりと写っている。
カメラのスイッチを入れて露出を見る――1段絞るが、シャッタースピードはかなり遅い。
昼間だとはいえ、これだとやっぱり手持ちは無理だな。
レリーズボタンを押して、フィルムを巻き上げる。
自動巻きじゃないので、一々フィルムを巻かないとだめだ。
デジタルカメラに慣れた身だと、これが面倒くさい。
彼女が見えない所では、スマホも使ってみた。
「よし、とりあえずフィルムを使い切ったな」
カメラを片付けると、女を抱き起こした。
「おい、起きろ」
「……」
「おら、服を着ろ。帰るぞ」
彼女に財布から出した5000円をやる。
金を握ったままふらふらしている彼女を支えながら、アパートを出た。
彼女が俺に寄りかかってくる。
いつもこんな感じで素直ならいいんだけどな。
女をアパートに送り届けると、俺は秘密基地に戻った。
帰ってきた俺は、道具を部屋の隅に置くと仕事を始める。
写真の現像は昼からにしよう。
今からやると昼飯の時間にかかりそうだ。
時間に余裕があったほうがいいだろう。
現像している最中に、ヒカルコなどに踏み込まれたら、言い訳ができんからな。
まぁ、べつに俺の趣味だから、言い訳しなくてもいいんだが。
さっき撮ったスマホのデータを見てみた。
さすがに高感度が強いスマホでは、普通に綺麗に撮れているな。
なによりカラーだしな。
俺が自分で現像するフィルムは白黒だし。
それはいいとして――またグッドコレクションが増えたぜ。
なんだかんだ言って、俺も昭和を謳歌しているな。
順応性というと若いヤツの特権みたいな話もあるが、オッサンでもなんとかなるってわけだ。
スマホを見ながら仕事をしていると昼になった。
コノミの友だちが遊びに来ていても、一旦家に帰るだろう。
俺は、アパートに戻ることにした。





