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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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51話 当たったぜ!


 今日は、めでたいダービーである。

 あいにくの雨だが――勝負をしに東京競馬場に行こうとすると、大家さんも行きたいと言い出した。

 まさか彼女がそんなことを言い出すとは思わず、困惑したのだが、彼女には色々と借りがある。

 以前、土地を買う際に彼女に少々お世話になり、税務調査が来たときなどには、口裏を合わせてもらうことになった。

 その際、俺が持っている金について聞かれてしまう。

 色々と頼むのに嘘をつくわけにもいかず、競馬でゲットしたことを話してしまったのだ。


 まぁ、そんなことがあったので、俺が競馬に行くなら連れて行け――ということなのだろう。

 大家さんのお願いを断るわけにもいかず、ガードマンとして雇った岩山君と3人で、府中の競馬場にやって来た。

 無事に馬券を購入したのだが、上品な御婦人を鉄火場でウロウロさせるわけにもいかず――。

 俺たちは、府中駅の近くにある旅館に、アポなしで転がり込んだ。


 部屋には白黒TVがあった。

 こいつでダービーの中継が見られるが、発走までにはかなり時間がある。

 俺たちは旅館の部屋で、のんびりと時間をつぶすことにした。


 畳に寝転がった俺。

 こんなこともあろうかと、小説を沢山持ってきた。

 山田風魔の忍者小説だが、読んだことがなかったのでこの機会に読んでみようと思う。

 魔王転生なんて映画になったぐらいに有名だし。


 大家さんはTVを見始めて、岩山君は寝ているようだ。


 昼近くになると、雨は止み曇り空になっている。

 このまま降らなけりゃいいが……。

 外を見ていると、戸がノックされた。


「あの~お昼は、どういたしましょうか?」

 仲居さんが、店屋物のメニューを持ってきた。


「う~ん、俺は蕎麦でいいな」

「私もお蕎麦で」

「岩山君は? 好きなだけ食ってもいいぞ? 全部奢るし」

「うす……蕎麦……」

「蕎麦じゃ足りんだろ? カツ丼もいっとけ」

「うす」

「なん人前いける?」

「……」

 どうも遠慮しているようなので、なんとか食いたい量を聞き出す。


「ほんじゃ、ザル蕎麦4人前と、カツ丼2人前」

「え?! そんなにですか?」

「大丈夫大丈夫、彼ならぺろりだから」

「うす」

「かしこまりました」

 しばらくすると、おかもちを持った男がやって来た。

 出前を持ってきてくれた蕎麦屋の店員だろう。

 テーブルにズラリと料理が並ぶ。


「え? 3人で食べるんすか?」

 出前を持ってきた店員が驚いている。


「まぁ、ほとんど彼だが」

「へ~」

 男が驚嘆の声を上げている間にも、岩山君が蕎麦をたぐり始めた。

 2回ほど啜ると蕎麦が消える。

 マジすか。


「まぁ、お見事!」

 大家さんも大喜び。


「ええ!?」

 出前を持ってきた店員と、仲居さんも驚く食いっぷりだ。


「ちょっと、見られてると食いにくいんだが……」

「こりゃ、失礼をば……」

 2人がいなくなったので、飯を食う。

 いやぁ、これだけ飯を食うと岩山君ちのエンゲル係数は高そうだなぁ。


「そんだけ食うと食費大変だろ?」

「……うす……」

 彼がしょんぼりしているのだが、箸は止まらない。

 話している間にも、カツ丼が1つ消えた。


「ご飯は彼女さんが作ってくれるのぉ?」

 大家さんが、彼の食いっぷりを見ている。


「うす」

「あらぁ、いいお嫁さんになるわねぇ……」

「そのためにも、早いところ就職しないとなぁ」

「……うす」

「知り合いの会社なら雇ってくれるかもしれないが、今ちょっと慌ただしい状態になっているからなぁ」

 俺が言っているのは、爪切りを売っているサントクのことだ。


「……」

「紹介するのはいいけど、いきなり会社が潰れたりしたら困るしな、はは」

「ダメだったら、私の知り合いにも当たってあげるわぁ」

「ありがとうございまっす!」

 食い終わったので、食器を廊下に出した。

 腹いっぱいになったので、親が死んでも食休みだ。


 3時頃までやることがないので、またゴロゴロしていると時間になった。

 大家さんが見ていたTVのチャンネルを変えてもらう。


「このTVに映っているのが、あそこの競馬場なのねぇ」

「そうですよ」

「そう考えると、ちょっと変な感じがするわぁ」

「ほら、大家さんすごい人混みでしょ?」

「わぁ、人がびっしりねぇ」

 まだ小雨が降っている中で、もみくちゃにされたんじゃ大変なことになる。


「上品な御婦人を、あんな小汚いオッサンの人混みの中に突っ込んだりできませんよ。なぁ、岩山君」

「うす」

 それに、こちとら大金も持ってるしな。

 落としたり、盗られたりでもしたら終了だ。


 TVに出走馬たちが映る。

 ダービーは正面からの発走だ。


「あらぁ、随分と沢山の馬が走るのねぇ」

「え~と、今年は22頭みたいですよ」

「この中から、キーストトンという馬が1等賞を取るといいのねぇ」

「そういうことです」

「勝てるのかしらぁ」

 勝たないと俺が破産するんだが。

 まぁ、心配することはない。

 歴史ではキーストトンが勝つことになっているのだ。


 歓声の中、ファンファーレが鳴って、全馬がゲートに収まった。


『ゲートが開いて一斉にスタートしました!』

 3人しかいない部屋にTVの音声が響く。

 大家さんも岩山君も、TVに釘付けだ。


「ほら、キーストトンが先頭に立ちましたよ」

「本当!」「うす!」

『第1コーナー、キーストトンが先頭、キーストトンが先頭!』

 キーストトンは逃げの手に出て、21頭を引き連れそのまま向正面に入っていく。


「ずっと先頭ねぇ!」「うす!」

『ダイダイコーターは7~8番手!』

「ダイダイコーターはいい位置だと思うが……」

 そのままキーストトンは、馬群を引き連れたまま直線に入ってきた。


『第4コーナーから直線へ――キーストトン先頭! キーストトン先頭!』

「ほら! 頑張って! 頑張って!」「うす! うす!!」

 大家さんが両手を振って応援している。

 そういえばオリンピックのときも、ヒカルコと一緒にTVを観て応援してたよなぁ。


『キーストトンが先頭! キーストトンが先頭! 大外からダイダイコーターが来た!』

「きゃ~っ! 勝っちゃうわ!」「来たっす!」

『キーストトンリード! キーストトンリード! ダイダイコーター敵わない! キーストトン逃げ切ったぁ!』

「きゃ~っ! 勝ったわぁ!」

 はしゃいだ大家さんが俺に抱きついてきた。


「ちょっとちょっと! 大家さん!」

「あらぁ、ごめんなさい! でも、嬉しくてぇ!」

 いたずらっぽい笑顔の大家さんには悪いが、もうちょっと若けりゃなぁ……。


「うす! うす!」

 岩山君もガッツポーズをしている。

 それから、空手の型のようなものを始めた。

 突きも速いし、100kg以上はありそうな巨体が素早く動く。

 ゲーム風に言うと、一般人とは明らかにステータスが違うだろ。

 だが、悲しいかな――この時代でそれを活かすのは中々難しい。

 世が戦乱の時代とか世紀末ならなぁ。


「ちゅ~ことは、全員取ったってことだな」

「そうねぇ」

「2着がダイダイコーターなので、枠番も当たりですよ」

「え?! もしかして、こっちの馬券? 1-6って書いてあるけど」

 彼女が枠番連勝のつながった馬券を掲げた。


「そうです」

「うす!」

 彼もよほど嬉しいらしい――というか、生活かけてやるなよなぁ……と思う。

 俺が言うのもなんだが、そういうことをしていると身を滅ぼすぞ。


「大家さん、まだすごく混んでますから、最終レースが終わってから行きましょう」

「篠原さんにお任せするわぁ」

 そのままTV中継などを観て、最終レースが終了した時間になった。


「さて、行きましょうか」

「ええ」「うす!」

 立ち上がると、乾かしている衣服を確認する。

 だいぶ乾いているが、外を見るとまた雨が降っていた。


「あ~もう、しょうがねぇ。雨だけど行くしかねぇなぁ」

「ちょうど晴れてくれればいいのにねぇ」

「はは、中々そうはいきませんが、なにかしようとすると絶対に晴れる女が知り合いにいましたよ」

「晴れ女って人ねぇ」

「うす! 彼女がそうっす!」

 どうやら、岩山君の彼女は晴れ女らしい。

 不思議にそういう人がいるのだ。

 逆に俺の場合は、なにかしようとすると雨が降るやつだ。

 珍しく外に出たと思ったらゲリラ豪雨に遭ったりとかな。


 皆で着替えてから、仲居さんを呼ぶ。


「すみません~」

「は~い」

「どうもお世話になりました。申し訳ないですね、わがまま言ってしまって」

「いえいえ、とんでもございません」

 馬券が入った紙袋を持ち、彼女と一緒に1階に行く。

 そこには女将がいて、玄関には靴と傘が並んでいた。


「料金はいくらになるのかな?」

「3000円になります」

「お昼代を含めて?」

「はい」

 財布から3000円出して、女将に渡す。

 まぁ、1食込みで1日泊まったと思えば、こんなもんか。


「どうもお世話になりました」

「またのお越しをお待ちしております」

 女将と仲居さんたちが頭を下げた。

 見送られて外に出るとやっぱり雨だが、朝よりは幾分マシになっている。


 傘を差すと競馬場に向けて、3人で歩き始めた。


 10分ほど歩くと、徐々に人の流れが増えてくる。

 皆が帰っていくので、人波に逆らって歩くことになるわけだ。

 なるべく端っこを歩いて、競馬場の中に入った。

 さすがに、レースは終わっているので人は少なくなっている。


「さてぇ……」

「どう? 篠原さん」

 ――結果を見る。

 1着2番キーストトン、2着14番ダイダイコーター――当然当たりだ。

 単勝2番760円、連勝複式1-6、730円。

 なんだ、連勝複式のほうが安いじゃないか。

 全部を単勝にツッコめばよかったな。


 ようするに、1着ダイダイコーター、2着キーストトンだろうと、みんな思ってたってことなんだろう。

 連勝単式があれば、結構ついただろうなぁ。

 もったいない。


「うす!」

 隣の大男が、明るい顔をしている。

 ちょっと涙ぐんでいるようにも見えるのだが、気のせいだろうか。

 借金博打なんて無茶し過ぎだ。

 そういうことをするとハズレるのが普通だし。


「おっしゃ! やったぜ!」

「やっぱり当たりねぇ」

「早速、換金しましょう」

 とりあえず、3人で軽くガッツポーズをしてから換金窓口に行く。


「これってどうするのぉ?」

「その馬券を窓口の中に入れてください」

「これ、お願いします」

 単勝と連勝複式の当たりなので、14万9000円が出てきた。


「はい、どうぞ」

「あらぁ、こんなにいただけるのねぇ」

 大家さんがニコニコしている。


 今度は俺の番だ。

 紙袋から特券100枚のロールを取り出して突っ込んだ。

 全部出す必要はない。

 どうせ中に呼ばれるのだし。


「頼む」

「――は、はい、あのあちらのドアから……」

「ああ」

 そうしている間に、岩山君の換金も終わったようだ。

 彼は、特券20枚買っていたらしいので、15万2000円の払い戻しだろう。

 単勝と連勝買った大家さんより、彼のほうが払い戻しが多い。


 大家さんを岩山君に任せて、俺はドアの中に入った。

 眼の前にあるカウンターの上に特券100枚のロールを6つ並べる。

 そのうち1つは、連勝複式のものだ。


「え?!」

 ロールが6つもあるので、職員も驚いている。

 まさか、こんなに出してくると思っていなかったのだろう。


「頼む」

「そういえば、朝に単勝を500枚買った人がいたって……」

 多分、俺だな。

 早速、換金してもらう。

 単勝は50万円×7.6倍で380万円、連勝複式は10万円×7.3で73万円。

 合計で、453万円――令和だと4500万円オーバー相当。

 家が買えるぐらいの金額だが、これは申告できない裏金だからなぁ。

 またまた表立って使えない。

 まぁ、正直に申告すれば使えるようになるのだが、不労所得でほとんどもっていかれるのは、さすがにアホらしい。


 でも、家買ったり車買ったりすると、この時代だとバレるしなぁ。

 もっとコノミに本を買いまくってあげてもいいのかもしれない。


 受け取った金を紙袋に入れる。


「警備員をつけましょうか?」

「いや、専用のボディーガードがいるから大丈夫だ」

 俺が紙袋を持って外に出ると、大家さんと岩山君が待っていた。


「ああ、君か!」

 岩山君を見た職員が声を上げた。


「うす!」

 競馬場の職員は、ここでバイトをしていた岩山君を覚えていたらしい。


「ウチのボディーガードは、頼りになりそうだろ?」

「はは、そうですねぇ」

 職員に挨拶をすると、まっすぐにタクシー乗り場に向かう。

 長居は無用――3人で黒い車に乗り込むと、まっすぐに岩山君の家の前にやってきた。

 大家さんを残したまま、俺は一旦タクシーを降りる。


「ほい! バイトの5000円な」

 彼に金を渡した。


「ありがとうございまっす!」

 彼が深々と頭を下げた。

 まぁ、彼も大金をゲットしたから、しばらくは保つだろう。


「今日の金でしばらく保ちそうだな」

「うす」

「知り合いの会社が調子よくなったら、就職の件を聞いてみるよ」

「よろしくお願いするっす」

「まぁ、もちろんその前にいい仕事があればいいんだが」

 今は好景気なので、仕事を選ばなければいくらでも働き口はあるだろうが――。

 せっかくの大卒だ。

 それなりの会社に就職したいはず。

 この時代は終身雇用ってやつが普通で、会社と人生を共にしたのだが、それがいいのか悪いのか。


 岩山君が帰ってきたのが解ったのか、アパートの2階から彼女が顔を出した。

 女の子に軽く挨拶をすると、俺は再びタクシーに乗り込んだ。


「お金がなかったみたいだけど、今日のでしばらく保ちそうねぇ」

「はは、そうですねぇ。競馬に味をしめて散財したりしなきゃいいけど」

「彼女さんがしっかりしてそうだから、大丈夫そうよぉ」


 タクシーに乗った俺と大家さんは、アパートの近くまで戻ってきた。


「それじゃ大家さん」

「あらぁ? お部屋に戻らないの?」

「ちょっとお土産を買うのを忘れたので、買ってきますよ」

「ああ、そうねぇ――篠原さん」

「はい? なんですか?」

「今日はありがとうねぇ」

「はは、競馬で勝ったことは内密にお願いしますよ」

「そうねぇ、知られちゃうと――部屋の中を動き回る黒いアレみたいに、お金に集まってくるかも……」

「だから嫌なんですよ」

「まぁ、気持ちは解るわぁ」

 彼女がケラケラと笑っている。

 大家さんと別れると、秘密基地に寄って今日の稼ぎを隠す。

 まさかこんなバラックに大金が隠してあるとは、お釈迦様でも気がつくめぇ。

 そのあとは駅前まで戻り、お菓子を200円分ぐらい買い込んでからアパートに戻った。


「ただいま~」

 戸を開けると、料理のいい香りが漂ってきた。

 俺が独身のときにはあり得なかった光景だ。


「おかえりなさい~」

 コノミが走ってきて俺に抱きつく。

 見れば、ちゃぶ台には料理ができあがっている。


「ごめん、ちょっと遅くなったな。ほい」

 彼女に袋に入ったお菓子を差し出した。


「やった!」

 コノミが袋の中を覗き込んでいる。


「1日、1個だぞ」

「うん」

 少女の笑顔に俺の心も軽い。

 今日の大勝負に勝ったせいで、心に余裕ができまくりだ。

 しばらくは金の苦労せずに済むだろう。


「む~」

 気がつくと、ヒカルコがむくれている。


「なんだ、お菓子のお土産じゃだめか?」

「それ、コノミのお土産でしょ?」

「遅くなったんで、寄る暇がなかったんだよ」

「……競馬で勝ったんじゃないの?」

「ああ、なにか欲しいものがあるのか?」

「そうじゃないけどぉ……」

 まぁ、大金をゲットしたので、なにか買ってもいいだろう。

 ――とは言っても、デカい買い物はダメだ。

 あの金は、表だっては使えない金だからな。

 う~ん、なにか便利そうなものは……。


 三種の神器だと、6畳1間にTVは困るしなぁ。

 洗濯機は置く場所がないし……。


「そうだ――魔法瓶のポットとかどうだ? 沸かしたお湯が取っておけるぞ?」

「うん!」

「よし、明日買いに行くか」

「うん!」

「それじゃ飯にしよう」

 コノミが、まだお菓子を見ている。


「ご飯を食べてからだぞ?」

「うん」


 ――競馬で大金ゲットした次の日。

 昨日は雨だったが、今日は快晴だ。

 晴れていてもカラリとしており、暑くもなく寒くもなく快適。

 ヒカルコと一緒に駅前の商店街まで足を運ぶと、赤い単色の魔法瓶のポットをゲットした。

 花柄とかが流行るのはもうちょっとあとか。


 プッシュ式とかじゃなくて、蓋がパカンと上に開くタイプ――1000円ほどだった。

 平成令和のものに比べて保温性能はあまりよろしくはないだろうが、これでも画期的なものなのだ。

 それはいいのだが、この時代の魔法瓶は中身がガラス。

 衝撃に弱く、すぐに割れたりした。


「これ、中がガラスで、落としたりぶつけたりすると、すぐに割れるからな。気をつけろよ」

「うん」

 ヒカルコは嬉しそうだが、すぐに壊しそうな予感がする。

 大丈夫だろうな。


 彼女がポットの入った箱を嬉しそうに抱えてアパートまで帰ってきた。

 軽やかに階段を上っていたと思ったら、踏み外してコケた。

 大きな音が辺りに響く。


「おい、大丈夫か?」

「……痛い……ちょっと擦りむいた」

 掌の皮が少し剥けて血が滲んている。


「あ~あ、部屋に戻ったら消毒しろよ」

「……うん」

「それはそうと、魔法瓶は大丈夫か?」

「!」

 彼女は、自分のやったことに気がついたようだ。

 魔法瓶を箱から出して中を覗いてみたのだが、なにかキラキラしたものが舞っている。

 あ~これは……。


「おい、これ壊れたぞ」

「うそ!」

「だって、カラカラ言ってるし」

 ポットを逆さまにすると、白いものが出てきた。


「ほら、これじゃもう使えねぇ」

「……うえぇぇぇぇん!」

 ヒカルコが突然泣き出した。

 ガチ泣きである。


「おい、泣くことはないだろう」

「どうしたのぉ?! すごく大きな音がしたんだけどぉ」

 なにごとかと、勝手口から大家さんが出てきた。


「魔法瓶を買ってきたんですが、ヒカルコが落として割ってしまいまして……」

「うぇぇぇん!」

「あらぁ、もう可哀想に!」

 大家さんが、ヒカルコを抱きしめている。

 まるで子どもだ。


「もう、しゃーねぇ。俺が駅前に行って同じものを買ってきてやるよ。落として壊したんじゃ、保証も利かねぇだろうし……」

「でしょうねぇ……よしよし」

「グスッ」

「大家さん、ヒカルコを頼みます。ちょっと手を擦りむいたみたいですし」

「あらぁ、家に赤チンがあるから、持ってきてあげるわぁ」

「お願いします」

 ヒカルコを大家さんに任せて、俺は踵を返してまた駅前までやってきた。

 今日は暑くないとはいえ、こんな距離を行ったり来たりしたら、汗もかく。


 さっき買った店で同じものを買う。


「あれ? さっきのお客さんなのでは……?」

 店員も覚えていたようだ。


「連れが、魔法瓶を落として壊してしまってな」

「申し訳ございませんが、そういうのは保証が利きませんから……」

「解っているよ。あいつの不注意だし」

 ポットを抱えて帰ると、ヒカルコが部屋が待っていた。

 掌を赤チンで真っ赤にして。


 魔法瓶には喜んでいるのだが、やっぱり自分が壊したので落ち込んでいるようだ。

 さすがに可哀想なので、なでなでしてやると抱きついてきた。

 そこで慰めるために一発やる。


 少し機嫌が直ったかと思ったのだが、壊れたポットを見てまた落ち込んでいる。

 ウザいので、壊れたものは秘密基地に持ってきた。

 そのうちゴミにでも出そう。


 この時代にゴミの分別などはない。

 味噌もクソも一緒くたにして、「夢の島」という埋立地に持っていく。

 ゴミを使って海を埋め立てていたのだ。

 その夢の島では、6月からハエが大発生して黒いカーテンとなって近隣を襲った。

 さながら蠅の王ベルゼブブの襲来か。


 ゴミで島を作って、カラスとハエで埋め尽くされた夢の島なんて最高に皮肉が利いている。

 誰が名付けたかしらんが、センスありすぎだろう。



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