50話 雨の競馬場にて
今日は東京競馬場で日本ダービーだ。
俺が狙っているキーストトンという馬が出走するのだが、前回大負けしているせいで人気が落ちている。
ここが勝負のときだ。
人気に関係なく、キーストトンが勝つのは歴史上の事実だからな。
ただ、これが絶対かというと、それがまた微妙だ。
たとえば俺が、キーストトンがいる牧場に行ってイタズラをしたとする。
それが元で、馬がダービーに出なければ歴史はあっさりと変わってしまう。
変わり始めた歴史は、ドミノ倒しのように改変されていくかもしれない。
バタフライ・エフェクトってやつだ。
すでに俺がいい思いをするために、この時代であれこれと行動してしまっている。
もしかしたら、今後の歴史が大きくずれていく可能性がないとは言えない。
それはさておき、未来が変わるのも怖いが、なんとか金を増やしていい思いをしなくちゃならん。
未来を変えたくないから貧乏な生活をしなくちゃ――なんてのは俺の主義に合わん。
綺麗ごとじゃ金にはならんからな。
たとえ今後の歴史に多少の改変が起きたとしても、世界の歴史に影響はそれほどないだろう。
このあとの時代でオイルショックは起きるし、そのあとのバブルも起きる――はず。
隣の奥さんから勝負資金も借りたしな。
決して強請ったりはしてないぞ、好意で貸してもらっただけ。
ダービーが終わったら利子をつけて返すし。
勝負資金は、借りた50万円と俺が持っていた金が10万円――合計で60万円だ。
もしもハズレたらヤベーことになるが、外れるはずがない。
あいにくの雨の中、今後の未来のことを少々考えながら歩く。
隣に予想外の連れがいる。
なんと、大家さんが競馬場に行きたいと言い出したのだ。
「篠原さん、どこに行くのぉ?」
「鉄火場は危ないので、警護をしてくれる学生さんを雇います」
「競馬場ってそんなに危ないのぉ?」
「大金持ってたりすると狙われますねぇ。特に大家さんのような女性は危ない」
「あらぁ、どうしましょう」
彼女が笑っているのだが、本気にしていないのかもしれない。
マジで大金を持っているとバレたらヤバいんだが。
相手が女だと解ったら、「こいつはチョロい」などと、群がってくる可能性がある。
俺は彼女と一緒に競馬場でボディーガードをしてくれる青年の所にやってきた。
以前に鉄火場でお世話になった、空手大学生だ。
ガタイはいいし実際に強い。
根は優しくて力持ち――彼が傍にいれば、よってくるチンピラはいないだろう。
空手大学生がいるアパートにやって来ると、階段を上りドアをノックした。
「お~い! おはようございます~」
俺の声に、部屋の中でバタバタと音がして、ドアが開く。
「うっす!」
出てきた彼は、白いシャツにジーンズ姿。
大きな身体が玄関いっぱいになっている。
その後ろには、大きなTシャツを着た丸顔の彼女が心配そうな顔をしているのが見えた。
怪しいオッサンに、なにかインチキな商売の片棒を担がされるんじゃないかと思っているのかもしれない。
「あいにくの雨だが、行こうぜ!」
「うっす!」
「すまんが、今日は客がいるから、お大尽出勤で行こうぜ。金は出す」
「うす!」
3人で傘を差して駅まで歩く。
「随分と大きな人ねぇ」
「うす!」
「彼が、俺たちのガードマンをしてくれるんですよ」
「よろしくねぇ」
「うす!」
彼の大きな体が傘からはみ出して濡れているが、やむを得ない。
「え~、岩山君。大学生だったと聞いたけど、就職とかどうするんだい?」
「……うす……」
彼が、途端にしょんぼりしてしまった。
大きな身体が小さく見える。
「ええ? 彼女もいるのに、どうする?」
「……」
なにか理由があるようだ。
とりあえず彼の話を聞くと――学校は卒業してしまい就職したらしい。
「それじゃ、もう会社に行ってるのかい?」
「……」
どうも、そうではないらしい。
「んん? それじゃ?」
どうやら就職したのはいいが――会社で女性社員に行われていたセクハラ&パワハラに我慢できずに、上司をぶん殴ってしまったらしい。
「うす……」
彼が気まずそうにしている。
「あらぁ」
「うはぁ、そいつは豪気だなぁ。それじゃ、助けた女性ってのが、さっきの彼女かい?」
「うす」
彼が赤くなっているのだが、女がいるのに就職を蹴ってしまったんじゃ、生活が苦しいだろう。
俺のバイトは渡りに船だったのかもしれん。
まぁ、今の時代なら働こうと思ったらいくらでも仕事はあると思うが……。
せっかく大学まで出たんだから、いい所に就職したほうがいいよなぁ。
――とはいえ、暴力沙汰でクビじゃ、上場企業は無理になっているのかもしれん。
「でも、助けてくれた彼女は、とても嬉しかったと思いますよぉ」
「うす」
大家さんの言葉に、彼が小さくうなずいた。
3人で私鉄の駅に到着。
駅前のメガネ屋で、黒いサングラスを岩山君に買ってあげた。
この身体でサングラスをかけていたら、誰も近づかんだろう、はは。
ここから3人でタクシーに乗る。
3人で乗れば、コスパはいい。
なにより年寄りがいるのに、歩きまくりは大変だろう。
もっとも、この時代の年寄りは結構タフなんだが。
でも大家さんは、元々いい所のお嬢さんっぽいしな。
タクシーで府中競馬正門前に乗りつけるなんて、まったくどこのお大尽様だ。
普通は後ろに3人が乗るのかもしれないが、身体の大きな岩山君がいると無理だ。
彼には前の座席に乗ってもらった。
――競馬場前に到着。
タクシーを降りると、小汚いオッサンたちが同じ方向に流れていくのが見える。
「すごい人ねぇ!」
大家さんがオッサンたちの波に驚愕している。
「だから言ったじゃありませんか。上品な御婦人の来るような場所じゃないんですよ」
「でもぉ、面白そうじゃない?」
この人も、暇を持て余しているからなぁ。
走っている者もいるのだが、いい場所を取ろうとしているのだろう。
別に走ろうが歩こうが結果は同じだ。
これだけ混んでいれば、いい席などもないだろうし。
しかも雨――あちこちで小競り合いの声も聞こえる。
「こんな調子なので、彼のようなガードマンが必要なんですよ」
俺たちの後ろには、サングラスをかけた岩山君がいる。
「本当ねぇ」
彼女が笑っているのだが、俺たちがいるから大丈夫だと踏んでいるのだろう。
こんな所に1人でいたりしたら、コーチ屋などのいいカモだ。
俺たちは傘を差して、発券窓口まで行った。
雨が降っているので人出は少ないような気がするのだが、皆建物の中に入っているので、蒸し蒸しする。
傘を差して外に出ている客も結構いるようだ。
雨がこのまま止めばいいのだが……。
窓口ではすでに発券が開始されているし、1Rが締め切られる寸前なので、ちょうどいい。
発券終了のベルが終われば、窓口の人間も少なくなるだろう。
黒板にチョークで書かれているオッズを見る。
ダービー、2番のキーストトンは7.7倍をつけている。
やっぱり、こいつは勝負のときだ。
「大家さん、先に買いますね」
「どうぞ~」
俺は、人混みをかき分けて単勝の窓口に行くと、取り出した金を突っ込んだ。
俺の横には岩山君がいる。
「8Rダービー、2番キーストトンの単勝特券で500枚!」
前は分割で買って、目立たないようにしていたが、今日は護衛がいる。
一発で全部買うことにした。
面倒がなくていい。
「え?! ご、500枚ですか?!」
俺の言葉を聞いた、青い制服の窓口の女が驚く。
「そうだ間違いない」
後ろで、オッサンたちがざわつくが、いつぞやのように絡んでくるやつはいない。
岩山君効果は抜群だ。
さすがに500枚も発券するとなると、ガッチャンガッチャンと発券機もフル稼働。
窓口から馬券の100枚ロールが5つ、次々と出てきた。
そいつを紙袋の中に突っ込むと、皆のところに戻る。
「どうやって買えばいいのかしらぁ?」
大家さんが、辺りを見回している。
「8Rのキーストトンって馬ですよ」
彼女と一緒に窓口に行って、単勝を買う。
「キーストトンって馬をお願いしますぅ」
「金額はどうします?」
俺の質問に彼女が答えた。
「う~ん、1万円分かしらぁ」
初めての競馬だってのに、結構太く買うなぁ。
さすが金持ちといったところだが、金ってのは金持ちのところに集まるんだよなぁ……。
「特券で10枚ですね?」
大家さんが1万円を窓口に入れたのだが、職員から確認される。
「そうだ」
「よろしくお願いします~」
まったくの場違いだ。
周りを見回しても、お上品そうな女性なんて1人もいない。
俺と大家さんが窓口から離れようとすると、岩山君も単勝馬券を買っていた。
金が厳しいから、生活費の足しにするつもりだろうか。
悲しいかな、そういう買いかたをすると当たらないんだよなぁ……不思議と。
彼が買っている間に、他のオッズも見てみた。
1番人気のダイダイコーターと、2番人気のキーストトンの枠番1-6が7倍以上ついている。
こいつも遊びで買ってみるか……。
戻ってきた岩山君に大家さんを任せて、枠番1-6の窓口に行こうとした。
「篠原さん、そっちでも買うの?」
「はい」
「私にも買って」
彼女から1万円を渡された。
それを持って、俺は窓口に金を突っ込んだ。
枠番1-6を特券で110枚である。
これで持ってきた勝負資金は全部突っ込んだ。
もちろん、飯の金などは他に取ってあるから、無問題。
馬券を買ったら、すぐに大家さんと岩山君の所に向かった。
「岩山君も買ったんだな」
「うす!」
大きな男がニコニコしている。
大丈夫だろうか?
さて、それはいいが――雨が降っているし、こんな観客ぎゅうぎゅう詰めの中で夕方まで待つのか?
「大家さん――雨降ってるし、ここで夕方まで待つのは大変ですよ。どこか休める場所を探しましょう」
「あらぁ、そう?」
「うす! 府中駅まで行けば、そういう所もあると思うっす!」
「よっしゃ、そうしよう」
大家さんは馬が走る所を見てみたいようだが、雨の中で人混みの中にまみれるなんて地獄だ。
小綺麗な恰好をしている御婦人にそんなことはさせられない。
3人で人の流れに逆らい、競馬場の正門を出た。
岩山君の話では、そのまま真っすぐ行けば、甲州街道に出るらしい。
タクシーを使うほどの距離でもないようだ。
彼の言うとおり歩いていくと、200mぐらいで京王線が見えてくる。
後ろを確認――つけられている様子もない。
雨が降っているので人通りも少なく、尾行などをされたらすぐに解る。
「篠原さん、どうかしたの?」
「え? 尾行されているのかチェックしているんですよ」
「ええ? そんなこともあるのぉ?」
「ありますよ。なぁ、岩山君」
「うす!」
「やっぱり怖い所なのねぇ」
「ですから、女性が1人で来ちゃだめですよ」
うなずくボディーガード君にも、サングラスを外してもらった。
街の中だと逆に怪しい。
突き当たると、そのまま左に曲がり線路沿いを歩く。
俺もこの時代にやって来てから、めちゃ歩いているので、足腰がかなり強化されたわ。
もちろん岩山君は、このぐらいの距離は屁でもないだろう。
駅前に到着すると交番があるので、そこで旅館の場所を聞いた。
休むと言っても、そのぐらいの場所しか思いつかない。
スーパー銭湯でもあればいいのだが、もちろんそんなのはこの時代にはないしな。
いや、船橋ヘルスセンターはこの時代にもあるのか。
岩山君に聞いても、この近所でそういう場所はないらしい。
お巡りさんに地図を描いてもらい、旅館を目指す。
5分ほどで、瓦屋根で二階建ての旅館が見えてきた。
縦の看板に旅館と書いてあるから、解りやすい。
「篠原さん、旅館に泊まるのぉ?」
「いいえ、夕方まで休むだけですよ」
大きなガラスが入った木製の引き戸を開けると、3人で中に入る。
昔ながらの木造りの旅館だ。
「いらっしゃいませ~」
着物に前掛けをした仲居さんが迎えてくれた。
「悪い――予約はしてないんだけど、夕方まで休めるかな? 3人だ。夕方までだけど、1日分の金は払うよ」
「少々お待ち下さい」
仲居さんが奥に引っ込むと、すぐに女性を連れて戻ってきた。
上等な着物なので、女将かもしれない。
彼女にも同じ説明をした。
「よろしいですよ」
「よかった……」
傘を預けると、靴を脱いでスリッパに履き替える。
大家さんはブーツだったようだ――オシャレだなぁ。
岩山君の足にはスリッパはかなり小さいみたいで、はみ出ている。
黒光りする木の階段を上がると、俺たちは2階の一室に案内された。
扉を開くと、畳と漆塗りの黒いテーブル。
奥には、椅子と小さなテーブルという、謎のあのスペース。
そしてTVが置いてあった。
こいつで競馬中継を見られる。
「ありがとう」
案内してくれた仲居さんに、200円を手渡す。
「なにかありましたら、お呼びください」
「あ、そうだ。お昼ごはんって出していただけます?」
「店屋物になりますが……」
「それでOK、昼になったらお願いします」
「かしこまりました」
部屋は3人だけになった。
旅館浴衣があるので、それに着替えることにする。
雨の中を歩いたので、ズボンやシャツが濡れてしまっているのだ。
風邪を引きたくないからな。
まずはレディーファーストだ。
俺と岩山君が外に出て、大家さんが着替えた。
中に戻った俺たちだったが、ちょっと困ったことが……。
俺の隣にいる身体の大きな彼には、まったく浴衣の大きさが合わないのだ。
どうしようかと思っていると、戸がノックされた。
「はい、どうぞ~」
「あの、これを……」
やって来た仲居さんが持ってきてくれたのは、まるで布団のようなデカい浴衣。
「まぁ、すごく大きいわぁ」
「で、デカいな、ははは」
「コレは、当館で一番大きな、力士用のものでございます」
「岩山君どうだ?」
彼が、服の上から袖を通している。
問題ないらしい。
「うす!」
「ありがとうございます~」
やっぱりチップをあげると、色々としてくれるな。
ついでに、仲居さんにハンガーを頼んだ。
そいつで脱いだ服を乾かす。
俺は畳に寝転んだが、大家さんはお茶を淹れて飲んでいる。
俺たちの分も淹れてくれたようだ。
「ありがとうございます」
「ありがとうございまっす!」
「は~、雨降ってるのに、あんなに人がいる競馬場にいられんよ」
起き上がって、お茶をすする。
身体がちょいと冷えたので、ちょうどいい。
ここで飯も食えるし、ゆっくりしていこう。
「大家さん、そのTVで競馬が見られると思うので、それまでここで休んでいましょう」
「いつもは旅行で旅館に泊まるけど、たまにはこういうのもいいわねぇ……」
「温泉街なら、風呂にも入れるでしょうけど」
「そうねぇ」
泊まってもいいのだが、皆が心配するだろうし、岩山君も彼女の所に帰りたいだろう。
そういうのが一番楽しいときだ。
いずれ来るであろう倦怠の日々など考えることもなく――まったく若さってのは羨ましいね。
若いときにはそんなことなんて考えもしなかったんだが。
「はぁ……」
俺はお茶を飲んで一息ついた。
「あ、あの、……すんません……」
ため息に反応したのか、彼がいきなり謝罪したので驚く。
「え? 別に岩山君のことで、ため息をついたわけじゃないから、はは」
「あの……俺がそれを持って逃げるとか……考えないっすか?」
彼が、馬券のロールが入っている紙袋を指した。
「はぁ? イマイチ意味が解らんが……あれ、当たり馬券てわけじゃないんだよ? 盛大なハズレ馬券の可能性大だし、ははは」
「……」
彼が神妙な顔をしている。
「篠原さん、すごく沢山買ってたみたいだけど。まだ当たったわけじゃ――ないのよねぇ」
「そのとおりですよ」
「なにか秘密がある人だとは思っていたけど、こういうことをしていたのねぇ」
「内密にお願いしますよ」
「うふふ……」
大家さんが怪しい笑顔を浮かべている。
それにしても――どうして彼は、いまさらそんなことを言い出したのだろうか?
「もしも岩山君がそんなことをしたら、まずは――知り合いと警察で君の寝床に向かって押さえさせてもらう」
「うす……」
「そうなったら、もう君は彼女とは会えないぞ? いい大学に入るぐらい頭がいいんだ。そんなことはしないだろうなぁ――という俺の判断で、君にこういうことを頼んでいるんだ」
「あの……すんません……」
彼が、脱いだズボンのポケットから、つながった馬券を取り出してテーブルの上に置いた。
「ああ、君も馬券を買ってたよなぁ」
「……」
彼が黙っているので、馬券を見る。
キーストトンの単勝馬券――特券で20枚だった。
「なんだ、俺の予想に乗っかったのか、ははは。外れるかもしれないぞ?」
「そんなことないっす……」
「君は、俺が確固たる証拠を持って、馬券を買ったと思ってるのか?」
「うす」
俺の金儲けに黙って便乗したので、申し訳ないと思っているようだ。
真面目だなぁ。
「まぁ――別に、予想に乗ってもいいけどな。そのかわり、外れても文句言わないでくれよな、ははは」
「うす」
「大家さんもお願いしますよ」
「そんなの解ってるからぁ、うふふ」
まぁ、彼女にとっては2万円ぐらいはどうってことないだろう。
それでも普通の人の1ヶ月分の給料と同じぐらいの金額だ。
ドブ金になったら、それなりに痛いと思うが。
「でも岩山君、金がないんじゃなかったのか? なけなしの金を突っ込んで平気なのかい?」
「借りてきたっす……」
「ええ? もしかして――あの彼女さんにかい?」
「うす」
「ははは、実はなぁ――俺のあの金も、女に借りた金なんだよなぁ。男としてイカンよなぁ」
「……うす……」
「ええ~?! 篠原さん、そうなのぉ?」
話を聞いていた大家さんが、驚いた声を上げた。
「いや、実はそうなんです」
「ヒカルコさんから借りたの?」
「いいえ、違いますよ」
「……」
俺の言葉に、彼女の顔が呆れ顔になった。
「ヒカルコには言わないでくださいよ」
「言いませんけどぉ……」
なんだかよく解らないのだが、彼女が不機嫌そうな顔をしている。
「言いませんけど――なんですか?」
「私から借りればいいじゃない」
「大家さんにはお世話になりまくっているのに、あまりご迷惑かけられないじゃないですか」
「……その大金を借りた女の人には、ご迷惑かけているのにぃ?」
「あの――勘弁してください」
「あ~あ、私もあと10年ぐらい若ければ、篠原さんにご迷惑かけられたのにねぇ」
「いやいや……」
なんちゅーことを言い出すのだろうか。
――とはいえ、今回のように確実に金になるんじゃないと、金なんて借りないけどな。
今回のようなケースはあくまでも特殊な例だ。
元々、借金があまり好きじゃないタイプだし、俺は。
車なども、稼いだときに現金でドーンと買うタイプ。
そもそもとして、自営だからローンが組めないということもあるが。
特許の件が上手くいって、金が順調に入ってくるようになれば、法人化する。
会社社長になれば、ローンも組めるようになるだろう。
けど、この時代のローンはめちゃ利率高いよなぁ。
でも利率は高いが物価もどんどん上昇するから、早めにローンで買ったほうがいい選択もある。
昭和40年の今、初任給は2万円ぐらいらしいが、昭和50年には9万円近くまで上がる――約4倍だ。
100万の土地を買って利息10%で10年返済しても、支払総額は160万円ぐらいにしかならない。
利息20%でも230万円ちょいだが、その頃には土地の値段は4倍~5倍になっている――多分。
給料が利息を超えて増えるのだから、返済はそれに合わせて軽くなるわけだ。
金があるなら、なるべく早く買ったほうがお得だろう。
TVでダービーの中継が入るまでしばらく時間がある。
暇なので、畳の上で座布団を枕にしてゴロゴロすることにした。





