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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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47話 カメラ


 そろそろ5月になろうとしている。

 新聞にはベ平連のデモのニュースが載っていた。

 ベ平連とはなんぞや? ベトナムに平和を! 市民連合ってやつだ。

 ベトナム戦争が長引いて厭戦ムードが高まってくると、アメリカ本国でもこういうデモが沢山行われた。


 それはさておき、いつもなら巷がゴールデンウィークなどとはしゃいでいても、俺にはまったく関係なかったのだが、家族ができてしまってはそんなことも言っていられない。

 血の繋がりない急ごしらえの家族とはいえ、犬猫の子どもを拾ったわけではないのだ。

 家族になったからには、人並みの生活をさせてあげるという大人としての責任がある。


 その人並みの定義ってのが、どの辺りにあるのかは諸説紛々だろうが、まぁ世間で流行っていることには沿う必要があるだろう。

 小学校でも、流行りの漫画やらTV番組がネタになる。

 友だちとつき合うためには、そういう流行りを押さえるのも必要だろう。


「そんなものはくだらない」

 ――と大人が突き放すのは簡単だが、クラスで仲間外れになるのはやはり寂しいものがあるだろう。

 俺にもそんな経験があるし、親を恨んだものだ。

 子どもには、子どもの社会があるわけだし。


 いつも言っているように、個人的にはすでにTVなんてものには興味がなく、観たくもないのだが、これからTV社会になる。

 上手く世の中に沿って生活するためには、そのうちTVが必要になるだろう。

 買うとしても一番最後になると思うが。


 コノミに普通の生活をさせてあげるという目的のために、ひな祭りをやったりしたのだが――今度は5月5日の子どもの日。

 鯉のぼりを買ったりするのは無理――そんなわけで自作しようと材料を買い出しに来ていた。

 そこで、俺の秘密基地の隣に住んでいる奥さんを見かける。

 動きが怪しいので、あとをつけていたら――なんと万引きをしていた。

 金持ちのハズなのだが、なにか理由があるのだろう。


 俺は彼女に声をかけて、一緒に茶店に向かうことにした。

 突然俺に万引きのことを言われて、彼女はかなり動揺している。

 震えながら俺のあとをついてくるのだが、別になにかするわけじゃねぇ。

 単に話を聞くだけだ。


 2人でいつものクラシック喫茶に向かう。

 路地を曲がり店に入ろうとしたのだが、彼女がビビっている。


「あ~、中は暗いけど純喫茶だから、はは」

 中のカウンターにいた店員にも聞く。


「大丈夫ですよ。同伴とかじゃないですから、あはは」

「やっぱり、そう言われることがあるの?」

「ええ、中でそういうことをすると、すぐに止めますよ」

 やるやつがいるのか。


 純喫茶――平成令和でも、こういう看板が生き残っていた店があるのだが、理由がある。

 喫茶店ってのはいかがわしい場所でもあったわけだ。

 有名なのが、同伴喫茶な。

 逆に、そういういかがわしいことをしない喫茶ということで、わざわざ「純喫茶」などと名乗っている。


 コーヒーの食券を買って、2人で暗い店に入って座る。

 話していると、コーヒーがやってきた。


「なんであんな真似を? 白い立派な家に住んでいるんだ。お金持ちでしょ?」

「……」

 彼女は黙っているのだが、それは言いたくないってことか。

 俺は、コーヒーを飲むと話を続けた。


「そういえば、旦那さんを見たことがないんだけど、なんの商売をしていらっしゃるの?」

「ぼ、貿易の会社をやっていて、世界を飛び回っているので……」

 へぇ、貿易会社の社長さんかぁ。

 そうなると定番だけど――旦那さんが滅多に帰ってこないので、寂しいとかストレスとかそういうのかねぇ。

 子どももいないみたいだし。


「あの、このことは――」

「あ~、別に誰かに言うつもりもないし」

「な、なにが目的ですか?! お金ですか?!」

 彼女が少し声を荒らげた。

 なるほど、万引きをネタに恐喝でもされると思っていたから、ビビっていたのか。


「いやぁ、こう見えても、それなりに金には困ってないので」

「それでは……」

「いやいや、タダの好奇心ってやつですよ。金持ちの奥さんがなんであんなことをするのかな~という」

「じ、自分でもよく解らなくて……」

「まぁ、色々とストレスでも溜まってるんでしょうなぁ」

「……」

 彼女は黙っているが、ストレスって通じてるだろうか?

 もうちょっとあとの言葉だったか?


 話は聞けたし、これ以上はどうこうするつもりもない。

 俺たちは、茶店の外に出るとその場で別れた。

 一緒に帰ったりすれば、変な噂が立つからな。

 個人主義になっていた平成令和と違い、この時代はまだ近所づきあいが盛んだ。

 あらぬ噂が立つと、あっという間に広がるかもしれない。


 実際、コノミが新聞に載った話などは、町内の人たちがみんな知ってる。

 東京の中なのに田舎っぽさがあったり。

 それがいいのか悪いのかは、賛否両論あると思うが。


 そのまま秘密基地に到着すると、工作を始めた。

 最初は、鯉のぼりや鱗の型紙を切っての準備だ。

 特に鱗は沢山必要になるが、小さいと大変なので、大きくデザインしたほうがいいだろう。


 青はお父さん、赤はお母さん、黒は子どもだが――黒が父、青が子どもバーションもあるらしい。

 一番上には吹き流しのようなものがついているな。

 そういえば、一番てっぺんには矢車も回っていた。

 色々とついているが、全部意味があるんだろうなぁ――やっぱり。


 工作をしていると外が暗くなってきたので、造りかけの材料を持ってアパートに帰った。

 秘密基地の隣の白い家にも明かりがついている。

 あの奥さんも帰ってきているらしい。


 アパートに帰ると、外で大家さんにあった。


「あら? もしかして鯉のぼり?」

 大家さんは、俺の荷物に入っている鯉のぼりの材料に気がついたようだ。


「そうなんですよ。本物の鯉のぼりは無理なので、コノミと一緒につくろうかと」

「ええ? でも、女の子だけの家なのに、鯉のぼりというのは……」

 え? それってやっぱりおかしいのか?

 ウチは、男兄弟だったからなぁ。

 大家さんの話だと、女の子だけの家庭で鯉のぼりは変らしい。


「でもぉ、せっかくだし、赤い鯉のぼりなら女の子っぽくていいかもねぇ」

「ありがとうございます」

 そうなのか~。

 部屋に戻ると、コノミの友だちは帰っており、飯の用意ができていた。


「ただいま~」

「おかえりなさい」

 コノミが俺が文机の近くに置いた紙袋の中身を覗いている。


「それはお土産じゃないぞ」

「……」

 それでも中身が気になるのか、ガサガサしている。


「それは、鯉のぼりだ」

「?! 鯉のぼり?」

「さすがに大きいのは買えないから、作ろうかと思ってな」

「……」

 やっぱり気になるのか、中を覗いている。

 そんなに気になるのか。

 そもそも、鯉のぼりがなんなのか知らないのかも。


「ほら、ご飯を食べよう」

「うん」

 3人で夕飯を食べながら、彼女の友だちのことを尋ねた。


「クラスでお友だちができたんだな」

「うん、野村さん」

「最初、男の子かと思ったよ、はは」

「ダメ!」

 コノミから注意されてしまった。

 その野村さんは、男の子と間違われるのを気にしているらしい。

 それなら、髪を伸ばしてスカートとか穿いたほうがいいんじゃねぇの?

 ――とか思うのだが、色々と理由があるのだろう。

 そこら辺は、気をつけたほうがいいか。


 食事が終わると、俺も片付けを手伝った。

 ちゃぶ台を使いたいからだ。

 場所が空いたら、鯉のぼりのパーツを並べる。


「……」

 コノミがじ~っと、パーツを見ている。


「コノミも手伝うか?」

「うん!」

「私も! 私も!」

 なぜか、ヒカルコまでフンスと気合を入れている。


「でも、大家さんから女の子しかいないのに、鯉のぼりは変って言われたから、赤いのだけ作ってみようか」

「うん!」

「それじゃ、2人は画用紙に描いてある鱗を切ってくれ。難しいぞ?」

「頑張る!」

「よしよし」

 肥後○守を使わせるよりは、ハサミのほうが危なくないだろう。

 コノミが慎重に、俺が画用紙に描いた鉛筆線をなぞってハサミを入れている。


 赤い鱗に白を貼って、その上からまた赤を貼る。

 本当はもう1色、水色などがあれば綺麗だと思うのだが、これでいいだろう。

 鱗は沢山必要なので、数を作らねばならない。

 切って貼って沢山の鱗ができたら、赤い緋鯉のベースに貼っていく。

 まぁ、女の子鯉なので、緋鯉じゃねぇんだが。


「上手いぞ」

「うん」

 手作りなのだから、多少曲がったほうが味が出ていい。

 風になびくわけでもないから、片側だけ作ればいいだろう。

 最後にエラと目玉とヒゲを貼り付ければ完成だ。


「ほらコノミ、緋鯉ができたぞ」

「すごい!」

「本当は、緋鯉はお母さんなんだが……」

「ひごい?」

「そう」

「ショウイチは、なんでも知ってる!」

「ははは、なんでもってわけじゃないけどな」

 作業に熱中していると、コノミが寝る時間になった。


「もうちょっとやる」

「はい、ダメダメ。またあした一緒に作ろう?」

「……うん」

 彼女も眠たいようなので、俺の言葉に従うようだ。

 みんなで歯を磨いて、クィーンサイズの布団を敷く。

 コノミの希望で一緒に寝ているが、ずっとこのままってわけにはいかないだろう。

 まぁ、彼女ももう少したてば、1人で寝たいと言い出すに違いない。

 二次性徴に入れば、もう一人前のつもり――大人ぶってみたくて、親に逆らったりする。

 反抗期ってやつだな。

 俺にもそういうときがあったし、みんなそうやって大きくなるわけだ。


 コノミにも反抗期なんてやってくるのだろうか?

 なんか親らしいことを考えつつ、いつものように3人で川になる。

 俺が真ん中で、コノミとヒカルコに抱きつかれているわけだが、すっかり暖かくなり、これから初夏に向かう。

 そうなる前に勘弁してほしいのだが。


 ------◇◇◇------


 ――鯉のぼりを作り始めてから、3日ほどで完成した。

 部屋の中に細い竹の棒を立てて、そこに鯉のぼりが飾ってある。

 大中小の赤い鯉のぼりだ。


 遊びにやって来た、コノミのお友だちにも評判がいい。

 ボーイッシュな野村さんには弟が2人いるようだが、鯉のぼりはないらしい。

 ポールを立てて空に泳がすとなると、スペースがある一軒家じゃないと無理だしなぁ。


「私も作るの手伝った!」

 コノミが自信満々に答えている。

 実際、彼女はかなり頑張ったのだ。

 中々、手先も器用である。

 編み物とかさせたらよいかもしれないが、先生がいないしなぁ。


「鱗が沢山あったから、大変だったよな」

「うん! 大変だった!」

「すご~い!」

 友だちの受けはいいようだ。


 コノミのお友だちが来てしまったので、また俺は秘密基地に退避だ。

 大人しく仕事でもするか。

 秘密基地にやって来ると、隣の奥さんと出会う。


「ちわ~」

「……」

 俺の顔を見た彼女は、嫌そうな顔をしている。

 まぁ、それは仕方ない。


「あの~いずれは誰かに見つかると思いますから、止めたほうがいいと思いますよ。最初に見つかったのが俺でよかったのかもしれません」

「なんの話ですか?!」

「は?」

 俺は彼女の予想外の反応に間抜けな声を出してしまった。


「変な言いがかりをつけるつもりなら、警察を呼びますよ!」

 俺は彼女の豹変ぶりに驚いたが――まぁ、すぐに理解した。

 あの場合は現行犯だったわけで、すぐに店に連れていかれたら、言い訳ができない状態だったが――。

 今は違う。


 彼女が万引きしたという証拠はどこにもないのだ。

 つまり彼女は、そういうことはなかったことにしたのだろう。

 確かに、ここに警察を呼ばれても、貿易会社の社長夫人VSしょぼいオッサン。

 証拠はないし、どうみても俺に勝ち目はない。

 悲しいけどこれ、現実なのよねぇ。


「あ~、はいはい。こりゃ申し訳ありませんねぇ」

 俺はその場で頭を下げた。


「……」

 彼女が玄関に戻るとバタンと乱暴にドアが閉じられる。


「なんだよ――コノミがいるから、よい大人ぶったりしたのに。そっちがその気なら、こっちもそれなりのことをしちゃうぜ」

 俺は秘密基地に駆け込むと、畳みに寝転がり作戦を練った。

 その前にデータの確認をするために、スマホの電源を入れる。

 カメラのフォルダを探すと、写真を確認。

 隣の奥さんが、小物をカゴの中に入れる連続シーンが、しっかりと撮れている。

 顔も写っているので証拠としても十分だろう。

 まさか、あの状態で写真を撮られていたとか、夢にも思うまい。

 なにせ未来のオーバーテクノロジーだからな。


 まぁ、これでもあとで金を払ったとか言われたら、それで終了のような気がするが。

 そのときは、しゃーない。

 単に人の厚意をないがしろにしたのに腹が立ったので、ちょいと嫌がらせをしたいだけなのだ。

 金持ちがムカつくので、写真を使ってどん底に叩き落とそうとかそこまでは考えてない。


 セコい? 器が小さい?

 まぁ、俺はそういう人間なので仕方ないな。

 聖人君子ではないので、ムカつくこともあれば嫌がらせもしたくなる。


 それはさておき――この写真をどうやって奥さんに見せるか?

 スマホをそのまま見せれば簡単なのだが、それはできない。

 嘘も荒唐無稽なぐらいデカくなれば、逆に信じるやつも出てくるのだが――。


 たとえば、俺はアメリカから送り込まれたエージェントで、この板はNASAで開発された極秘の超情報機器だ――とかな。

 秘密を漏らしたら、命が危なくなるぞ?

 などという設定なら信じるやつがいるかもしれん。


 八重樫君も、俺が未来からやって来て荷物をなくした――とか言ったら、一瞬信じそうになっていたからな。

 極秘の任務を受けたスパイとか軍人とか、そういう国際結婚詐欺に引っかかる人もいるから、意外と使える手なのかもしれん。

 ある日突然、未来から子孫がやってきた――とかな。


 あ、そう考えると、葛飾にいる爺さんのところを訪ねても、案外信じてくれたのかも……。

 爺さんのことも、酔っ払うたびに同じ話を聞かされたし。

 親族しか知り得ないことを知っているし、詳しく話せば力になってくれたかもしれん。

 まぁ、すべてあとのカーニバルだが。


 今更、爺さんの所に行ってもメリットもねぇし。


 ――いやいや、そうじゃねぇ。

 写真の話だな。


「そうだ!」

 俺はいい考えを思いついた。

 スマホの画面をカメラで撮ればいいのだ。

 やろうと思えば、この秘密基地で現像もできる。

 電気も引いたしな。


 どのみちカメラを買って自分で現像するつもりだったから、これで踏ん切りがつく。

 俺は身体を起こした。


「よし、とりあえずカメラの値段でも下調べに行ってみるか」

 思い立ったが吉日。

 下調べと言いつつ、金も10万円ほど持つ。

 この前、金が入ったから生活費は大丈夫だが、ダービーの資金を投資しちまったからなぁ。

 もう、ここは恥を忍んで、ヒカルコの金を借りるか?


 キーストトンが皐月賞で負けたから、人気が落ちるだろう。

 そこで勝負だと思うのよ。

 どの道、残っている金だと勝負を賭けるには足りない。

 やっぱり、50万円ほどドーンといきたいところ。

 なにせ、ダービーを絶対に勝つ馬が解っているのだ。

 借りたってすぐに返せる。


 オッサンになると、腰が重くなるのだ。

 やる気が起きたときにやらないと、ずっとそのまま――みたいなことになりかねん。


 とにかく、あらゆることが面倒くさくなるのだ。

 よく、歳を食って丸くなる――なんて言われることがあるが、丸くなんてなるはずがないのだ。

 三つ子の魂百までもって言うだろ?

 丸くなるのではなくて、面倒くさくなっているだけ。

 怒ったり文句を言うのも面倒になるので、「ああ、いいよいいよ」「好きにしろ」とか言い出すのだ。

 結局、中身は一緒。

 爺になって、ちょっと小賢しくなって取り繕うことを覚えただけだし。

 中身なんて変わるはずがない。


 俺は自問自答しながら、玄関に鍵をかけて国鉄の駅前に向けて歩き始めた。

 確か、駅前にカメラ屋があったはず。

 この時代じゃ○○カメラみたいな量販店もないから、どこで買っても値段もそんなに変わらないはず。


 いつもの路地を歩き、駅前商店街の入り口に近づくと、甲高い大きな音が聞こえてきた。

 大型のマンションとショッピングモールの複合施設の建設が始まっている。

 俺が聞いた音は、複数機立ち並んでいる巨大な杭打機だった。


「はぁ~すげぇな」

 オリンピック直後は、景気が下むいたとか新聞に載っていたが、これから「いざなぎ景気」になるわけだろ?

 そろそろ、その兆候が見られてきたのだろうか?


 八重樫君の実家は建設業だと言っていたから、これから大儲けしてデカくなるのかね?

 羨ましい限りだが、大手ゼネコンに八重樫組とかなかったような……。

 やっぱり途中で吸収合併とかされたんだろうか?


 杭打機の音を聞きながら、カメラ屋に向かう。

 そんなに大きな店ではなく、現像や撮影などもやっている店だ。

 ショーウィンドウには、女の子が晴れ着を来た七五三の写真などが飾られている。


「ふ~ん」

 二階に上る階段があるので、上がスタジオになっているのだろう。

 店内のガラスケースの中に、カメラが複数台並んでいる。

 この時代、カメラの種類も少なく、そんなにいろいろと選択肢があるわけでもない。

 俺が目をつけていたピータックスSPも並んでいた。

 値段は5万5000円だ――やはり高い。


「なにかお探しですか?」

 奥から、グレーのジャケットを着たオッサンが出てきた。

 歳は俺と同じぐらいか。


「このピータックスのSPな」

「今、売れてますよ~。海外でもすごい人気で、中々入って来なくなってます」

「そうか~やっぱりな」

「海外の有名な人が使ったということで、人気に火がついたようで」

「この値段で測光機能もついているしなぁ」

「そうですね」

 事情を話し、現像に必要な機材一式の見積もりを出してもらう。


「全部で、6万5000円ほどですね」

「引き伸ばし機とかも含めて?」

「ウチに中古がありますから、それでもいいならもう少し安くなりますよ」

「ああ、中古でもいいよ」

「それじゃ――6万円ってところですかねぇ」

 オッサンが、そろばんを弾いている。


「それと、金払うんで、フィルムの現像の仕方を教えてもらえねぇか?」

「ウチで現像もできますよ」

「ほら、人に見せられねぇ写真とかあるわけで」

「あ~なるほどぉ。そういうのも追加料金をいただければ、やりますけど……」

 そう言われても、スマホの画面を撮ったものなどを写真のプロとかに見せられねぇ。


「まぁ、どうしても無理だと悟ったら、頼むかもしれねぇが」

「ははは、多分大丈夫だと思いますよ。でも、画質にこだわりとか?」

「いや、そうでもねぇけど……」

「それなら、普通のネガフィルムでも十分だと思いますよ」

「う~ん、そうなの?」

 こっちは素人だからなぁ。

 プロの意見に従う。

 別に芸術写真を撮るわけでもねぇし。


 現像の仕方まで教えてくれるというので、ここでカメラ本体とレンズ、現像の機材や薬品などを一式購入した。

 さすがに大量なので、配達してもらうしかないだろう。

 その前に、しばらくこの店に弟子入りして、現像の手ほどきをしてもらわないといかん。


 ――さっそく、近所のよろず屋からノートと鉛筆を買ってきて、レクチャーを受けることになった。

 基本的なカメラの使い方はもちろん、現像には沢山の薬品が必要らしい。

 フィルムカメラも使うのは久しぶり――といっても、写ってルンですしか使ってなかったが。

 お客が来たときには一旦中断するので、少々時間はかかるがしゃーない。

 沢山の工程やら注意事項をしっかりとメモっていく。


 人生、一生勉強だ。

 別に人から強制されたわけじゃなくて、自分の趣味のための勉強だしな。


 ――それから数日、カメラ屋に通いレクチャーを受けた。

 店を閉めたあと、機材の運搬もしてもらう。

 秘密基地の仏壇がある部屋に、暗幕を引いて暗室を作った。

 テーブルを運び込み、電線を敷いて赤い電球を取りつける。

 いかにも現像室って感じがするぜ。


 現像時間などの細かい管理が必要なので、機械式のクロノグラフ腕時計も購入した。

 かなり高い買い物だったが仕方ない。

 時計なら普段使いもできるしな。

 水も沢山使うらしいので、水道も開通させた。

 流しの部分の窓も塞いで、暗幕で囲ってある。


 準備ができたので、スマホの画面を写してみることにした。

 なにせ、こんなことやったことがない。

 失敗したら失敗したで、それでいい。

 どうしても隣の奥さんに嫌がらせしたいわけじゃないしな。


 スマホを点灯して、三脚に固定をしたカメラのファインダーを覗く。

 デジカメのようにバリアングル画面とかないので、こうするしかない。

 絞りは開放、シャッタースピードは解らんので、条件を変えて複数枚撮った。

 接写するので、接写リングを取り付けてある。

 シャッターはレリーズボタンで押す。

 8枚ほど撮ったが、フィルムが余っているので、外の景色を撮ってみた。

 オートフォーカスなんてないし、もちろん手ブレ補正機構もない。

 しっかりと構えて、シャッターボタンを押す。


 撮影が終わったら現像だ。

 急ごしらえの暗室で、フィルムを取り出して金属製のボビンに巻いていく。

 それを金属の筒の中に入れて、複数の薬品に浸す。

 現像液で現像して停止液で停止、そして定着液で定着――名前のままだ。

 水洗いして見てみる。


「おお~っ、ちゃんと写っているじゃないか!」

 当たり前といえば当たり前なのだが、ちょっと感動する。

 ライトボックスとルーペで拡大して、ピントやブレがないか確認。

 それが終わったらプリントだ。


 こういうことも自分でできるもんなんだぁ。

 この経験が執筆に生きることもあるし、なにごともやってみるもんだ。

 まぁ、俺の場合はちょっと動機が不純だけどな。


 写真のプリントは引き伸ばし機という機械を使う。

 こいつは、投影機プロジェクターみたいなものだ。

 ランプで投影している先に印画紙があり、そこに焼つけが行われる。


 それが終わったら、また現像、停止、最後は定着する。

 現像液を揺らしていると、画像が浮かび上がってきて、これまた感動。

 俺の心はガキのようにワクワクしていた。


 俺が最初にプリントした写真は、ちょっと位置がずれてしまったが、たいしたことはない。

 写真には、隣の奥さんが万引きした決定的瞬間がバッチリと映っていた。

 スマホの画面を写したので、もっとザラザラしたりTV画面のようにドットが写ったりするんじゃないかと思ったのだが、結構綺麗だ。

 十分に見られる。


 さて、写真は上手くできあがったが、どうするか。

 とりあえず――決定的瞬間の一枚を、隣の郵便ポストに入れておいた。


 ははっ、俺って性格悪いよなぁ。

 自分でも解っているから、今更だが。


  

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