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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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46話 鯉のぼり


 実用新案の売り込みが上手くいったと思ったら、トラブルだ。

 商品化するための金を、銀行から借りられなかったらしい。

 やむを得ず、俺が貸すことにした。

 普通ならこんなことはしないが、ヒットするのが解っている商品だからできる。


 俺が金儲けをしている競馬も同じ。

 結果が解っているから大金を賭けられるのだ。

 そうは言っても、やっぱり心配ではある。

 将来的には絶対に売れる商品でも、出だしでつまづくかもしれない。

 まぁ、ダメだったらまた競馬で儲けるか、他の会社に実用新案を売り込むしかない。


 ――中山競馬場で皐月賞が行われた次の日。

 コノミを学校に送り出すと、俺はスポーツ新聞を買いにいった。

 皐月賞の結果を見る――キーストトンもダイダイコーターも負けていた。

 勝ったのは、オーチトセという8番人気の馬。

 ダイダイコーターは単勝1.9倍で敗北。

 2番人気だったキーストトンにいたっては、なんと14着に大敗である。


 これが競馬の怖いところ。

 強い馬だからといって、勝つとは限らない。

 けんで正解である。


 競馬の恐ろしさを再確認したわけだが、これはチャンスでもある。

 皐月賞で大敗したキーストトンは、評価を落とすだろう。

 つまり単勝の倍率が上がる。

 ここで評価がいくら落ちても、キーストトンがダービーを勝つのは、歴史的事実なのだ。

 まぁ、そうは言っても、俺がこの時代にやってきて色々とやってきたことによるバタフライエフェクトによって、ダービーの結果が変わってしまう確率はゼロとは言い切れない……。


 多分、考えすぎだとは思うが。


 別の編集部に移籍した、相原さんから原作の仕事を頼まれたが、矢沢さんの連載が決定したらしい。

 俺がネタ出しと設定をした、変身セーラー美少女戦士だ。

 相原さんが移籍したのは新創刊される少女系雑誌なのだが、他社よりかなり後発である。

 普通にやったのでは先発の雑誌とは勝負にならず、今までなかったような漫画で攻めてみよう――ということになったのだろう。


 矢沢さんがデビューできたのはめでたいが――いくら未来のヒット作を知っているからといっても、オッサンが少女漫画の原作とか、かなり無理がある。

 俺は裏方に徹することにしたい。


 幸い俺が設定を起こした物語に、作画担当の矢沢さんは大いに刺激を受けたらしく、バリバリと創作を行っているようだ。

 オッサンが無理な恋愛場面では、ヒカルコがサポートに入ってくれる。

 雑誌の創刊からスタートダッシュを決めてもらい、相原さんも優秀な編集者としての地位を揺るぎなきものにしてもらいたい。

 そうすれば、編集長という地位も見えてくるはず。


 ――4月中旬すぎ。

 社長の会社が心配なので、電話をかけてみることにした。

 大家さんから電話をかりる。


『はい、株式会社サントクです』

「発明家の篠原と申しますが、いつもお世話になっております。社長さんはいらっしゃいますでしょうか?」

『あ、いつもお世話になっております。社長~!』

 すぐに社長さんに代わってもらう。


『お電話代わりました』

「あ、社長。そのあとは問題ありませんでしたか?」

『ご心配をおかけいたしましたな。先生のおかげで問題ありませんよ、ダハハ! 金型の製作にも入れました』

 いつもの豪快な感じが戻っているので、順調のようだ。


「金型ってどのぐらいの期間でできるものなんでしょう?」

『1ヶ月半から2ヶ月ってところでしょうか』

 結構かかるものなんだなぁ。

 大量生産となると、同じものが複数個必要になるしな。

 金型で1月半、生産に更に数ヶ月――その間の運転資金も必要になるだろうし。

 会社ってのは大変だな。


「資金のほうは、もうちょっとならなんとかなりますので、必要な場合はお早めにお願いいたします」

『いやいや、先生のご厚意にそこまで甘えるわけには……』

「頓挫してしまうと、結局は共倒れになってしまいますので。もう社長と私は一蓮托生ですよ」

『ありがとうございます……ううう』

 社長が電話口で泣き始めてしまった。

 ずいぶんと涙もろいらしい。

 いや、共倒れになるとマジで困るんだわぁ。

 持ち金のほとんどを突っ込んだわけだし。


「でも、とりあえず順調なようで安心いたしました」

『ありがとうございます……、あ、本もありがとうございました』

「また本が出ましたら、送らせていただきますね」

 電話を切った。


 少々心配だが、なんとかなりそうだ。


 昼にはヒカルコと飯を食う。

 2時過ぎにはコノミが帰ってきたのだが、いつもの女の子の友だちの他にもう1人子どもがいる。

 髪が短くて、最初は男の子かと思ったのだが、女の子らしい。

 子どものときに女の子を男の子と間違うネタがよくあるが、これだと本当に間違えそうだ。


 コノミの友だちがやって来たので、俺は秘密基地に避難した。

 仕事の小説もそうだが、少々やることがある。

 そろそろ5月になる――今までは、俺に関係ないゴールデンウィークというイベントだったが、コノミがいるとそうもいかない。

 GWには学校は休みになるし、5月5日は子どもの日だ。


 その日には、鯉のぼりが必要になる。

 コノミのために雛人形を買った俺だが、さすがに空に泳ぐデカブツは買えん。

 元の時代なら、ナイロン製で印刷された小型の鯉のぼりが通販で売っていたりしたのだが――数千円という格安で。

 PCがあれば、ネットで拾った画像をプリンタで印刷して、コノミと一緒に作ることもできるだろう。

 その前に鯉のぼりをつなぐためのポールもないしな。


「そうか、コノミと一緒に作るという手もあるなぁ」

 俺がデザインと部品作りだけすればいいんだ。


 それにしても、俺がガキの頃にはあちこちで鯉のぼりが上がったものだが、平成令和になったらそんな家も見かけなくなった。

 本当に季節の行事ってのは、廃れたなぁ~という印象。


 鯉のぼりは買えない――というわけで、自作することにした。

 まずは資料集め。

 そのために区立の図書館に行く。

 八重樫君がしょっちゅう行っているらしいので、場所を聞いた。

 この前に買った、都内の地図が役に立つ。


 ネットがあればググって終了で、しかも道順までスマホでナビできたりするのだが、もちろんそんなものはない。


 途中、小さな川岸を歩く。

 この時代には護岸工事もされてなくて、草ボーボー。

 しかも生活排水も垂れ流しているので、ドブ川と化している。


 俺は写真を撮るためにスマホを取り出した。

 スマホには木の枠を作り、革製の手帳のガワを被せてある。

 これなら閉じれば手帳に見えるだろう。

 レンズの所には穴が開いており、撮影には困らない。

 ――とはいえ、人がたくさんいる所で、堂々と使う気はないが。


 カメラを買おう買おうと思っている間に、大金を貸してしまったので、しばらく大きな買い物はできない。

 周りの景色も撮るが――このどうでもいい景色が、未来では財産になる。

 こんな高解像度の昔の写真なんて存在してないからな。

 写真なら、いくら撮ってもSDカードが満杯になることはないだろうし。


 特許や実用新案の金が入ったら、カメラはピータックスの一眼レフを買おうかと思っている。

 内蔵露出計がついてて、お手頃な値段――この時代のベストセラーになったカメラだ。

 やろうと思えば、自分で現像もできるしな。

 ゴニョゴニョな写真を撮っても大丈夫ってわけだ。


 人目を忍んで景色を撮っている間に、区立図書館に到着した。

 平屋のコンクリート製で、最近建てられたもののようだ。

 天井が高いホールから、図書室に入ると本を探す。

 平日の朝一からこんな所に来るやつは少なく、人はいない。


 遮音フローリングの上にスチール製の棚が並び、沢山の蔵書が縦に入っている。

 戦後の本はあまりなく、最近の本と戦前のものが多い印象。

 平成令和ではなくなりつつある、紙のにおい。

 このにおいを嗅ぐと、便意をもよおす人もいるらしい。

 俺はそんなことはないのだが。


「さてさて、鯉のぼりってのは、どういう本に載っているのか……」

 芸術か? それとも風俗か?

 こういうときにネットがあれば、ググれば一発なのだが。

 平成に入って、蔵書をコンピュータに登録して検索できる図書館などにも訪れたことがあった。


 通路をぐるぐると回る。

 風俗のコーナーに行くと、各地の文化について記していた本を見つけた。

 窓際の席に座ると、本を広げる――その中に各地の鯉のぼりが載っていた。


 大まかには関東型と関西型があるみたいだな。

 関東は色鮮やかで関西は地味らしく、鯉に金太郎が乗っているバージョンも載っている。

 俺がガキの頃に見ていたのも関東型ってことになるか。


「へぇ~」

 筆記用具を持ってきたので、鯉のぼりの図案を写し取った。

 それにしても、印刷の質があまりよろしくない。

 この時代なら仕方ないのか。


 スマホで撮ればいいのだが、工作するときに参考にするためには紙のほうがいいだろう。

 スマホの画面を、ずっと点灯しっぱなしじゃ電池がなくなるし。

 未来の道具もいつ壊れるか解らんし、使い方を吟味しなくては――などと考えたりする。

 ――といいつつ、盗撮はするけどな。

 エロはすべてに優先するだろう。

 その果てにスマホが壊れたとしても、「我が生涯に一片の悔い無し」


 ――それはいいとして鯉のぼりだ。

 工作用紙に写しとったベースに、画用紙などで鱗の部品を作ってペタペタと貼りつければいい。


「鯉のぼりを調べていらっしゃるんですか?」

「ふぁ?!」

 真剣に図を写していると、いきなり後ろから話しかけられて間抜けな声を上げてしまった。

 後ろを振り向くと、白いブラウスと紺のスカートを穿いた美人がいる。

 黒い髪はしっかりと整えられて、お嬢様――といった感じ。

 沢山の本を抱えている。


「ええ」

「も、申し訳ございません。突然話しかけてしまいまして……」

 彼女がテーブルに本を置いた。


 俺は訝しげな顔をしていたのだろうか?

 どうみても、彼女は怪しい人間には見えんが。

 いつも言うが、人はほぼ見かけで決まる。


「もしかして、ここの司書さんですか?」

「はい、失礼いたしました」

「ああ、実は娘と一緒に鯉のぼりを作ろうかと思いまして」

「まぁ、それは楽しそうですねぇ」

 ニコニコしている顔を見るだけで、育ちがよさそうだ。

 こういう所に勤めているってことは公務員なんだろうな。


「喜んでくれればいいのですが……」

「多分、お嬢さんも喜ぶと思いますよ」

「そうだといいのですがねぇ、はは」

 この時代の子どもだと喜んでくれるかなぁ。

 目が肥えている平成令和のガキだと、鼻で笑われそうだが。


「あの――」

「なんでしょう?」

「失礼ですが――お仕事は?」

 やっぱり、それが気になるのだろうか?

 こんな時間にオッサンが図書館にいるなら、そうかもしれんが……。


「実は、売れない小説家なんですよ」

「まぁ、どんな作品を書いていらっしゃるのですか?」

 これも、小説家だというと、同じことを聞かれるような気がする。

 ――かと言って、無職じゃちょっとなぁ……。

 べつに商売を隠すつもりもないのだが。


「ここに置かれないような、大衆小説なんですが」

「え? そんなことはありませんよ。要望があれば、そういう小説を入れることもありますし」

 だいたいが、新聞の下欄広告を見て、「こういう本を入れてくれ」というリクエストをもらうらしい。

 作業を一旦中止して、彼女に最近入った新刊を見せてもらう。


「この棚にあるのが最近入った本です」

 ズラリと並んだ本を見ていると、見慣れた薄い文庫がある。


「あ、これこれ」

 俺は本を手に取った。

 まさか、近所にも俺のファンがいるとは。


「ええ? この本なのですか?」

「そうです。篠原某ってのが、私のペンネームです」

「……」

 彼女が訝しげな顔をしている。


「ああ――もしかして信用してませんでした?」

「いえ、あの――そんなことは……」

 こんなオッサンが小説家なんてあるはずがない――とか思っていたのかもしれない。

 オジサンは少々傷ついたよ。

 くそ~、隙をみて、スマホでパンツ撮ってやろう。


「はぁ……」

 俺はため息をついて、自分の席に戻ろうとしたのだが――。


「ここには、漫画家の先生もいらっしゃるのですよ」

「……それって、宇宙戦艦ムサシという漫画を描いている、八重樫先生でしょ?」

「ご存知なのですか?」

「彼とは知り合いですし」

「あ、もしかして――先生のお話では、漫画の原作者の方がいらっしゃるとお聞きしましたが……」

「私です」

「そ、そうなんですか」

「今度、先生がいらしたときに聞いてみては」

 八重樫君と、この司書は親しいようだが、彼はこの女性を狙っているのだろうか?

 今までのことから察するに、彼の好みではないような気がするがなぁ。


 俺は席に戻って作業を続けることにした。

 図案をさっさと写して、秘密基地で作業をすることにしよう。

 図を写しながら、図書館内をチラ見すると――さっきの女が本を入れる作業をしている。

 返却された本を棚に入れ直しているようだ。


 俺は、スマホを取り出すと、抜き足差し足忍び足で彼女に近づいた。

 幸い床は、遮音材で覆われているので、気をつければまったく音がしない。

 そっと彼女の後ろから近づくと、彼女のスカートの中にスマホを差し入れた。

 画面をタッチする――1、2、3回っと。


 すぐに俺はその場を離れ、自分の席へと戻った。

 平成令和なら監視カメラがあったりするから、こんなことはできないが、昭和なら無問題。

 いや、犯罪なのは俺も理解しているが、そんなもんじゃ俺の憧れは止められない。


「さて、芸術作品が撮れてるかな?」

 画像のフォルダを見て、俺は驚いた。

 お嬢様風の女だったので、白い下着がそこにあるものだと確信していたのだが、俺の予想に反してそれは漆黒だった。

 なんてこった! 俺は天を仰いだ。

 意外と外側と内が違う女なのかもしれん。


 俺は少々動揺しながらも、鯉のぼりの図案を写す作業に戻る。

 写し終わったので、本を元の所に戻して帰ることにした。

 帰ったら材料を買い出しにいかなくてはならない。


「あの――」

 声に振り向くと、さっきの司書が立っていた。


「なんでしょう?」

「さきほどは申し訳ございませんでした」

 彼女が前で手を揃えて礼をした。


「ああ、いいんですよ。気にしてませんし」

「しかし……」

 まぁ、スーツでも着てくればよかったのか――とも思うが、近所の図書館に行くのにスーツなんてなぁ。


 それとも、小説家なら帽子に着流しか?

 そういえば、着流しに帽子も日本スタイルだよなぁ。

 そんなの日本以外にいないし。


「まぁ、人間見た目で判断されることが多いですが、外見と中身が違うなんてことはありがちでしょ?」

「……」

「たとえば――目の前にいる一見清楚なお嬢様風の女性が、実は大胆な性格だったり」

「!」

 俺の言葉に警戒したのか、彼女が厳しい表情になって自分の手で身体を隠した。


「おや、なにか私の言葉に心当たりでも?」

「い、いいえ……」

「これから私も、この図書館に度々顔を出すかもしれませんので、そのときはよろしく~」

「……」

 俺は図書館を後にした。

 やっぱり、あの女はヤバそうだな。

 そもそも、司書が図書館利用者に声をかけるというのも、逆ナンっぽいし。

 八重樫先生、ああいうのにひっかかるなよ~。

 ケツの穴までしゃぶられるぜ~あ、本人が望んでいれば、それはいいのか?


 俺は秘密基地に戻ると、写し取ってきた図案をちゃぶ台の上に広げた。

 そして、これから行う作業をシミュレートする。

 作業は段取り八分っていうからな。

 紙、ハサミ、カッター、糊――鱗を描くためのコンパスも必要か。

 俺は、必要なものをメモると、紙袋を持って文房具屋に買い物に出かけた。


 路地を歩いて、いつも原稿用紙を買っている文房具屋を目指す。

 店に到着すると、メモを見て材料と道具を物色し始めた。

 頭の禿げた店主に聞くと、色画用紙というものがあるらしい。

 今回の工作だと、工作用紙より色画用紙のほうがいいか。

 青、赤、黒、白をそれぞれ10枚ほど買う。

 糊は、チューブに入ったでんぷん糊。

 糊がないときには、ご飯粒を使ったりしたもんだ。

 若い奴らはそんなことやった経験がないとは思うが、普通にくっつく――しかも、かなり強力に。


 あとはハサミだが、100均に売っているようなおもちゃみたいなものは売っていない。

 ぜんぶ職人が鍛造で作った本物の洋鋏で、当然高い。

 1丁500円ほどするが、研げば一生使える。


 店にはカッターがなかったので、肥後○守を買った。

 懐かしい。

 ボンナイフと一緒に、こいつも使った記憶がある。

 そういえば、カッターがまだ発売されてないということは、カッターの特許も取れるかもしれないな。

 今度、特許事務所の爺さんに相談してみるか……。


 店から出ると、辺りを見回す。

 せっかく来たんだから、ブラブラして行くか――と思っていたら知っている顔を見かけた。

 秘密基地の隣に住んでいる美人の奥さんだ。

 紺のスカートに白いブラウス、その上にグレーのカーディガンのようなものを着ている。

 後ろでまとめた黒い髪と白い肌の対比、そこに赤いルージュが人目を惹く。

 いかにも金持ちの夫人って感じ。


 そんな彼女が白赤の買い物かごを持って、スタスタと通りを歩いている。

 そういえば、たまに外で挨拶をするのだが、いつも1人なんだよなぁ。

 主婦のはずだし、旦那はいると思うのだが、会ったことがない。

 まぁ、平日の昼間からブラブラしている俺とは、時間帯が合わないだけかもしれないが。


 なにか目的があったわけではなかったのだが、奥さんのあとをちょっと離れてついていく。

 別にストーカーしているわけではない。

 たまたま、進む方向が一緒だっただけだ。

 ゲフンゲフン。


 奥さんは、小さな店の前で立ち止まり、なにかを物色していたようだったのだが……次に取った行動に俺は目を疑った。

 彼女は、自分の買い物カゴの中になにかを入れると、そのままスタスタと歩き始めてしまったのだ。

 つまり――これって万引き……。


 こんな感じだと、彼女はまたするかもしれない。

 俺はポケットから、手帳に偽装したスマホを取り出した。

 怪しまれないように、手には小さな鉛筆も持つ。

 そのまま彼女のあとをついて行く。


 すると――彼女が店の中に入った。

 ここは、前に俺たちが買い物をした小間物屋だ。

 俺は中に入らず、外から彼女の様子をうかがっていた。

 今、レジには人はいない。


 彼女がなにか手に取ると見ている。

 俺はスマホを掲げて、ピンチアウトするとズームをした。

 そのままなん枚か写真を撮ると、彼女が買い物かごの中にそれを入れて、そのまま店の外に出てきてしまった。


 これは、もう明らかにやっている。

 店から出てきた奥さんと、外で鉢合わせた。


「こんにちは」

「あ! お、お隣の――こ、こんにちは……」

 知り合いに会って、彼女は明らかに動揺していた。

 白い肌からさらに血の気が引いて、真っ白になっているように見える。

 慌ててそそくさとその場から立ち去ろうとしたので、悪いことをしているという認識はあるらしい。

 あとをついて、彼女の肩を叩く。


「奥さん、ああいうことをしてはいけませんよ」

「え?! い、いったい、なんのことです?!」

「これですよ」

 俺は、彼女の買い物かごの中に入っているものを取り出した。

 小間物屋で彼女が取ったのは、小さなアクセサリー。

 金持ちの彼女が欲しがるとは思えない。


「……」

「これって、お金を払っていませんよね? 店の人に確認してみましょうか?」

「……あ、あの!」

 逃げようとしたので、腕を掴まえた。


「まぁまぁ、なにかしようというんじゃありませんから、近くの茶店でお話でも」

「……」

 彼女は、その場で震えているように見える。

 これでも俺は、限りなき誠意の人だよ。

 大嘘だが――なにかするわけないじゃん。


 相手が悪人なら別だが。


 

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