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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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44話 サントクさん


 特許事務所を通じて申請していた実用新案登録がされた。

 早速俺は、それを持って売り込みに向かったのだが――。

 最初の会社では、けんもほろろに追い出されてしまった。


 少々残念だが、あの会社ではなくて、対応した社員との馬が合わなかったのかもしれない。

 俺は、気を取り直して次の会社に向かうことにした。

 幸い、次の会社は秋葉原と上野の中間辺りらしいので、都電に乗って近くまで行ける。

 都電を降りると、目当ての会社を探す。

 秋葉原と上野を繋いでいる通り沿いではないらしい。

 少し脇道に入った場所のようだ。


 それにしても、上野、秋葉原、神田、東京駅周辺――さすがに、ここらへんは近代化が進んでいて、建築中のビルも見かける。

 道路も全部舗装されているし、木造の家屋なども見当たらない。


 建物にかかっている看板を目当てに目的の会社を探す。


「サントク、サントク――あれか」

 小さい2階建てのビルに、屋号が書いてある看板が見える。

 ヤマの下に三で、ヤマサンと読む。

 昔は屋号がある商店が多かったが、平成令和だとあまり見かけなくなった。

 醤油メーカーとか、そのまま社名になっている会社もあるが。


 俺は玄関の前に立つと、ネクタイを直した。

 玄関は木製の引き戸で時代を感じさせる。

 また、追い出されるのかねぇ。

 そうなったら、まぁしゃーない。

 俺は覚悟を決めて、目の前の会社に足を踏み入れた。


 中に入ると廊下があって、右手に階段、奥はトイレらしい。

 左には部屋があり、戸の上に「営業部」という表札が出ている。


 俺は引き戸を開けて、中に入った。

 中は受付らしきものがなくて、小さなカウンターがあるだけ。

 一部屋にはパーティションがなくて、机がズラリと並ぶ。

 壁には、書類が入っているらしい沢山の書類棚と、黒板。


「こんにちは~、あの~」

 俺は近くにいた、紺色の制服を着た女性社員に声をかけた。

 机の上には和文タイプがあるので、タイプ係と、受付を兼ねている社員なのだろうか?


「なんでしょう?」

「私、篠原と申しまして、発明を生業にしている者です」

 叩き出されてしまった前の会社と同じデモンストレーションをしてみせる。


「あの――少々お待ち下さい!」

 女性は部屋の奥に走っていき、そこにいた中年の男性となにか話をしている。

 しばらく待っていると、男性と2人で戻ってきた。

 男性は恰幅がよく、腹が出ていて脂ギッシュな顔。

 髪は少々薄い。

 扇子を広げて、「ヨッシャヨッシャ!」とか言いそう。


「君、なにか面白いものを持ってきたとか」

「はい――それは、こういうものでして――」

 再度、同じ実演をする。

 多分、目の前にいる男性は、この会社の偉い人なのだろう。


「おお~っ! これは、いけるんじゃないか? 便利じゃないか!」

 男の言葉に、他の社員たちもワイワイと集まってきた。

 仕事をサボっても、なにも言われないところが、なんとも緩い会社だ。


「社長、私にも貸してください」

「よっしゃ」

「あ、社長さんでしたか――私、発明家をしております、篠原と申します」

 そういえば名刺を作ったほうがいいか。

 そういうことを考えずに、猪突猛進してしまったわ。

 でもなぁ、電話もないのに名刺を作ってもよいものだろうか?

 俺は昭和生まれなので、名刺に電話番号住所が載っているのが普通とか考えていたのだが、令和になると電話番号を載せない人もいた。

 連絡は、メールやSNSオンリーなのだ。


 個人的なことを言えば、俺は電話が大嫌いである。

 無作法に人の時間にズケズケと踏み込んでくる、野暮極まりないものという印象しかない。

 令和ではそうだったが、ここは昭和。

 まぁ、しばらくは住所だけの名刺でもいいだろう。


「発明家ねぇ。ワシも初めて見たが……」

 社長さんの後ろでは、社員たちがとっかえひっかえ、パチンパチンと爪を切っている。

 使っている爪切りは、この会社のものだ。

 有名なメーカーとまったく同じ大きさなんだよな。

 パクリなのかは解らない。

 爪切り自体に特許はないと思うので、まったく同じものを作っても問題はないのかも。


「社長! これ、いいですよ!」「私も同じものがほしいです」

「う~ん」

 社長さんが、腕を組んで悩んでいたのだが、決を採り始めた。

 このカバーをつけた爪切りを作ったら、買うかどうかだ。


「「「はい!」」」

 ほぼ全員の社員が手を挙げた。

 騒ぎを聞きつけたのか、2階にいた社員も降りてきてワイワイとやっている。

 ずいぶんとアットホームな職場だな。

 求人で出てくるアットホームな職場ってのは、ほぼ地雷確定なのだが、ここは少々違うらしい。


「社長! これはいいですよ!」

「君もそう思うか?」

 社長さんに意見をしたのは、2階からやってきた背の高い眼鏡をかけた男性。

 ヒョロリとしていて、髪を真ん中から分けている。


「はい」

「これはいくらになるんだ?」

 いくらと言われると難しいな。

 パテント料ってことだから通常の条件を答えた。


「売上の3%でどうでしょうかねぇ。実用新案登録なので10年ですが」

 3%は安くて、高いと10%とかもあるという。

 俺は実用新案登録の書類を見せた。

 爪切りにカバーをつける図が載っている。

 この図は、特許事務所が書いてくれたものだ。


「う~ん……もう実用新案取ってるのか」

「私が試作したのは、とりあえずのものなので紙製ですが、プラで大量生産すればよろしいかと。安く付加価値がつけられます」

「敵と同じことをやっても、差は開くばかりだしな……」

「他のメーカーで採用した所はありませんので、今契約していただければ独占できますよ」

「本当かね?」

「はい、あの向こうにある会社に持ち込んだら、けんもほろろに追い出されてしまったので」

 俺は秋葉原の方角を指した。


「なに? あそこに行ったのか?!」

 当然、ライバル会社なので、存在は知っているはず。

 有名な会社だしな。


「はい」

「……このままじゃ、ウチも先細りだ……ここは勝負に出てみるか……!」

「やりましょう! 社長!」「社長!」「社長!」

「「「おおおっ!」」」

 社員で凄く盛り上がっている。

 社長さんが、事務の女性に声をかけた。


「弁護士の先生を呼んでくれ」

「かしこまりました、社長」

「ほら、お前たち! 持ち場に戻った戻った!」

「「「う~っす!」」」

 社員たちが、ぞろぞろと自分の机に――またドアから出て、2階に戻っていく。


「あれは売れるぞ?」「俺もほしいし」「今なら独占できる」「そうだな」

 口々にそんなことを社員が言っている。

 そりゃ、あのカバーは実際に大ヒットして、平成令和になってもしっかりと生き残っている。

 それどころか、ほとんど100%がカバーつきじゃなかったか。


 弁護士を呼んですぐに契約をしてくれるらしいので、社長の席の隣にある応接室に案内された。

 応接室と行っても、部屋の隅っこにソファーが置いてあるだけで、パーティションで仕切られてもいない。

 ソファーの間には、小さな木製のテーブルがある。

 応接ってのはだいたいこういう造りだな。

 間仕切りがないから、社員たちが、こちらをチラチラとうかがっている。

 なにかいいことがやって来た――そんな予感があるのかもしれない。


 社長と2人でソファーに座って向き合った。


「改めて紹介させてくれ。ここの社長の徳田だ」

「篠原です。よろしくお願いいたします」

「うむ。発明家なんて人を迎えるのは初めてだからな。ダハハ!」

 男が豪快に笑う。


「一応、私がどこの馬の骨か解らないと困るので、米穀通帳でも……」

 カバンから米穀通帳を取り出して、テーブルの上に置いた。


「ダハハ! いつも持ち歩いているのかね?」

「まぁ、このぐらいしか身分証明になるものがないので……」

「それにしても、発明家という商売で食えるのかね?」

「ずっと発明をしているわけではありませんので、普段は売れない小説家なんですよ」

「ほう! どんなの書いているのかね?」

「文芸とかじゃなくて、娯楽小説ですが」

 本のタイトルを教えてほしいというので、教えてあげた。


「ん?!」

 彼がなにか考え込んでいると、自分の机に戻って引き出しを漁っている。


「もしかして、これかね?!」

 社長さんが引き出しから取り出したのは、まさに出版された俺の小説だった。

 まさか、本当に買っている人がいるとは……。

 いや――初回に原稿を渡してから、もう必要ないとは言われないので、定期的に原稿は送っている。

 連続で刊行されているということは、それなりに売れているんだろうなぁ。


「あ、それです。ご購入いただきありがとうございます」

 彼が小説を捲って、奥付を見ている。


「確かに篠原と書いてあるなぁ。これが君なのかね?」

「そうです」

「工場への出張の際に、駅の売店で買ったんだよ」

「工場はここらへんにあるわけではないんですね」

「商品などを作っている場所は、関市にある」

「関というと――岐阜ですね」

「そのとおり」

 社長さんから会社の業績を聞かされたのだが、あまり芳しくないらしい。

 彼と話していると、女性社員がお茶を持ってきてくれた。


「ウチのものは悪くないと思うんだが、どうしても売上に差ができてしまう」

「日本人は、売れているものを買う習性がありますから。ある意味、賢いんですよ」

 売れているもの、皆が買っているものを買えば、失敗することが少ない。

 冒険せずに済むし、保守的だといえる。

 たとえば車なら、皆が買っているからT社を買う。


「う~む、それは解るんだが……」

「私が考えたカバーで付加価値をつけて、それが売れれば皆が買うようになりますよ」

「そう願いたいものだ。そうでなければ、ウチの安い給料が、さらに安くなってしまうからな、ダハハ!」

 この社長さんの経営方針は、普通の会社とちょっと違うらしい。

 給料をあまり上げずに、福利厚生を充実させる方針をとっているようだ。


「確かに、給料を増やしてもらっても、税金で取られるだけですからねぇ」

「そうなんだ。たとえばだな――給料が安くても社員住宅を用意して会社が補助を出せば、その分給料が増えたと同じだろ?」

「会社も福利厚生費として経費で落とせますしねぇ」

「そうだ! 君はよく解っとるね、ダハハ!」

 彼が膝をバンバンと叩いている。

 まぁ、珍しいことではない。

 社員食堂などがあるところでは、会社が補助を出しているから、安いメニューを供給できるわけだし。

 この会社は、補助金を出して希望者には弁当を用意しているという。

 あとは経費での健康診断やら、社会保険はどこの会社でもやっているし。


 社長と話していて、会社を私物化して経費を使い込むようなタイプでないと感じた。

 なにかきっかけがあれば、会社の業績も伸びるのではないだろうか。


 話していると、背広を着た弁護士という男がやって来た。

 七三に分けて丸い黒縁のメガネをかけた、中年の男性。

 出された名刺を見ると、「勝俣」と書いてある。


「篠原と申します。よろしくお願いいたします」

「弁護士の勝俣です」

「こちらは発明家の先生で、画期的な爪切りのアイディアを持ってきてくれてな。なんであるア○デアルってな、ダハハ!」

 ア○デアルってのは傘のメーカーで、そういうCMをこの当時やっていたのだ。

 弁護士にも同じプレゼンをした。


「は~、これはすごいかもしれませんねぇ。新聞紙を広げて爪切りをしても、あちこちに爪が飛んで厄介なことになりますし」

 畳の上だと爪が見にくいのだ。

 それを踏んづけたりすると痛いことになる。

 あまり掃除機も普及していなかった時代でもあるし。


「そういう場合も、このカバーを取りつけることによって防ぐことができます。もちろん100%ってわけにはいかないのですが、かなり違いますよ」

「そうですねぇ」

 弁護士もパチンと自分の爪を切って、カバーの中に爪が入るのを確認している。


「どうだ先生、これを出したら売れそうだろ? そこで、この実用新案を使う契約書を作ってもらいたくてな」

「承知いたしました」

 俺は実用新案登録の書類を出した。


「登録の作業はご自分でなされたのですか?」

 弁護士の質問に答える。


「いいえ、特許事務所経由ですねぇ」

「ずいぶんと本格的なのですが、これがお仕事ということではないのでしょう?」

「一応、本職は小説家なのですが……」

「ほら、先生! この小説を書いている先生らしいんだよ」

 社長が俺の書いた小説を弁護士に見せている。

 彼は両方を先生と呼んでいるので、少々ややこしい。

 いや、その前に先生は止めてほしいのだが……。

 俺も八重樫君のことを先生とからかっているのだが、止めたほうがいいのだろうか。

 人の振り見て我が振り直せだが、彼はもう人気作家だしなぁ。

 先生と呼んでもいいはず。


「ほ~、小説家なのですかぁ」

「文学とかじゃなくて、大衆小説ですが……」

「これがな中々面白いんだよ。ワシは小説などはあまり読まんのだが、工場への行き帰りで全部読んでしまったわ、ダハハ!」

 こんな所に俺のファンがいた。

 いや、こんな所ってのは悪いか。


「ありがとうございます」


 弁護士が下書きを作ってくれると、社長さんが女子社員を呼んだ。


「おい、これを頼む」

「かしこまりました」

 女性が下書きを持って行くと、がちゃがちゃと機械を操作し始めた。

 和文タイプだ。

 この時代はコピー機もワープロもなかったので、こうやって書類を清書して作っていた。

 和文タイプのオペレーターは女性の仕事で、数少ない花形職業の一つ。


「社長できました」

「よっしゃ! ありがとう」

 書類ができあがったので、目を通して実印を押す。

 実印を作って、印鑑登録しておいてよかった。


 これで契約完了なわけだ。

 さすがワンマン社長の会社。

 社長の鶴の一声で全部決まってしまう。


「お~い、橘君を呼んで来てくれ」

「はい」

 すぐに他の社員が呼ばれた。

 若い男性社員だ。


「橘君、発明家の先生と契約したから、早速このカバーの試作に入ってくれ」

 この若い人は開発部の人らしい。

 そういえば、さっきも顔を見かけたような気がする。

 決まったと思ったら、もう試作――どんどん決まるなぁ。

 実に昭和っぽい。

 トップダウンはデメリットもあるが、決まればすごいスピードで商品開発が進む。

 大企業病にかかって、どうでもいい会議をグダグダとやる会社には真似ができまい。


「やりますか、社長!」

「このままじゃ、じり貧なのが目に見えているからな。ワシも覚悟を決めた」

「わかりました。粉骨砕身全力を尽くします!」

「プラスチック業者は、あそこでいいだろ?」

「多分、いけると思いますが――最初に金型が必要になりますから経費がかかりますよ」

「そこは、こいつを見せて銀行を説得するから、大丈夫だ」

 社長さんが、俺が作った試作品を見せた。


「あの、プラのカバーは、爪切りの尻から入れて、すっぽりと入る形がいいと思います。私の作った紙型だと、そこまで再現できてませんが……」

「え~と、まずは――木型で作ってみないといけませんね……」

 この時代にCADみたいなPCソフトは存在しない。

 全部人間の手で作っていた。

 プラモデルなども、まずは木型を作ってから、それを元にして金型職人などが掘って作ることになる。

 本当に職人技が光る時代だったわけだが、凹モールドとか大変だったようで、凸モールドばかりだったけどな。

 今回も、まずは木型を作るわけだ。


 とりあえず契約は終わった。

 パテント料は売上の3%、三ヶ月毎の末締め、翌々月払いだ。

 ちまちまもらっておかないと、支払いが溜まって払う段階になったら金がない――みたいなことになるからな。


 しばらくは、この会社の独占でいいだろう。

 爪切りが1個50円として、卸値が25円ぐらいか。

 そいつの3%ってことは、0.75円。

 10万個売れたら、0.75×10万=7万5000円。

 これが10年間続くから、小遣いぐらいにはなるな。


 爪切りってのはどのぐらい売れるんだろうか。

 生活必需品だから、一家に1個は絶対にあるよな?

 現在日本の人口は1億弱。

 1000万個ぐらい売れないだろうか?

 そのぐらい売れれば、750万円――元時代換算で7500万円。

 それなら夢が広がるな。

 以前、なにかを発明した主婦が、実用新案登録で1億円儲けたとかいうのを見たことがあった。

 俺の試算に近い数字ではなかろうか。


 取らぬ狸の皮算用の妄想はそのぐらいにして、おいとますることにした。


「社長、ありがとうございました」

「いや、これもなにかの縁だと思って、ワシもおつき合いさせてもらうよ」

「それでは、私の本の新作が出たら、お送りさせていただきますので」

「おおっ! それはありがたい! 工場に出かけるときに、ぜひとも読ませていただくよ、ダハハ!」

 会社が大きくなれば、名物社長とかいってTVや新聞に出そうなキャラクターではある。

 志半ば、そうなる前に露と消えてしまった会社なんだろうなぁ。

 俺の発明を投入したことで、この会社が生き残るだろうか?

 もしそうなれば、俺も嬉しい。

 この社長さんは、俺の小説のファンでもあるし。


 社長から上野の洋菓子店を教えてもらい、コノミのお土産を買うことにした。

 いつもショートケーキばかりだから、たまに違うものと――俺が買ったのは栗色のモンブラン。

 モンブランってのも、結構昔から売ってたんだな。


 そいつを5つほど買い込むと、ケーキの入った白い紙箱を持って俺は山の手線に乗った。

 いつものように私鉄に乗り換えて、アパートまで帰ってきた。


 とりあえず、特許の売り込みとしてはまぁまぁのスタートではあるまいか。

 ちょっとずつでも金になればいいし、未来ではヒットした特許ばかりだ。

 いずれは大ヒットにつながるはず。

 金ができたら、次は法人化を目指す。

 この時代の所得税は鬼だからな。


「ただいま~」

「おかえりなさい~」

 コノミが出迎えてくれたので、ケーキを渡す。


「はい、お土産」

「!」

 早速、コノミがちゃぶ台の上に載せて、箱を開いている。

 俺は皿を用意をすると、モンブランを2つ載せた。


「ちょっと八重樫君の所に行ってくるわ」

「うん」

 モンブランを持って先生の所へ。


「お~い、先生~」

「は~い。どうぞ~」

 戸を開けると矢沢さんではなくて、若い男性がいた。

 高校生ぐらいか。

 細身で背が高く、坊主頭。


「ちょうどよかった、これ食べないか?」

「ありがとうございます! 五十嵐君、こちらが今話してた篠原さんだよ」

「よろしくお願いします! 五十嵐です!」

「もしかして、新しいアシスタントの子?」

「そうです」

「また、ずいぶんと若いねぇ」

「17です!」

 やっぱり中卒かぁ。


「大変だと思うけど、頑張ってな」

「はい! 僕も宇宙戦艦ムサシみたいな話を描きたいです!」

 ○○がヒットすると、○○みたいな話を描きたい&書きたいという子は多いのだが、それじゃイカンと思うのだがなぁ。

 それは口に出さないでおく。

 オッサンはすぐに説教を垂れるとか言われるし。

 ある漫画が大ヒットすると、こういう漫画家志望の少年少女たちが沢山生まれるのだろうが、生き残るのはすごく難しい。


 そのまま、先生とストーリーや設定の打ち合わせをした。

 その隣で五十嵐君という少年が、真剣な眼差しで俺たちの会話を聞いている。

 プロになれればいいのだが――いや、なれてもそれから食うのが大変だ。


 さて、サントクとの契約は終わったが、特許の維持に毎年お金がかかるから、その支払いを忘れないようにしないとな。


 ------◇◇◇------


 ――爪切りの契約をして1週間ほどあと、小学校は新学期が始まり、コノミは新4年生として編入した。

 初日は緊張したようだが、特に問題はなし。

 クラス替えをしたので、皆が同じ条件だ。

 4年生は5クラスあって、コノミのクラスは45人もいるらしい。

 さすがガキが多いね。

 友達はできるのかねぇ。


 いつも遊びにきている鈴木さんは5年生だし、やっぱり同学年の友だちがほしいところ。

 俺もガキの頃、遊ぶなら同学年の友だちと遊べって言われたが、あれはなぜなんだろうなぁ。

 やっぱりクラスの中で、友人関係を構築するのを優先させるべきというなにかがあったのだろうか。

 中学高校になると、部活などから先輩後輩のつき合いもでてくるし、べつに学年を越えてのつき合いをしてもいいと思うのだが。


 それはいいとして、正式に編入となるとまた出費だ。

 算盤にハーモニカにカスタネット――学校で使うカスタネットは正確にはミハルスというらしいが、まぁカスタネットでいいだろう。

 ハーモニカはそのうち鍵盤ハーモニカ(ピ○ニカ)に置き換わるらしいが、俺の年代に入るとそれもなくなっていた。


 他には体操服に紅白帽子、夏になったらスク水がいるらしい。

 そういえばそうだよなぁ……。

 まずは通常授業優先だったので、音楽やら家庭科、体育などは全部後回しになっていた。


 金のない家庭は教材費で苦労したというのもうかがい知れる。

 教科書は無償になりつつあるようだが、その他は自前で揃えなければならない。

 そりゃ、兄弟親戚やら知り合いからのお下がりが増えるわけだ。

 ウチの親もこうして苦労していたわけか。


 学費のことを考えていたら電報がやってきた。

 出版社からだろうか? ――と、思ったら、「シキュウ レンラクコウ サントク」

 あの社長の所じゃねぇか。


 なんだ?

 まさか、いきなり倒産とか?

 それはちょっと勘弁してほしいぜ。


 

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