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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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41話 栄転か左遷か


 ヒカルコのところに、招かれざるお客さんだ。

 昔の活動家仲間ってやつだな。

 まぁ、彼女じたいはそっちの思想ってわけでもないようだし、つき合っていた男がそうだったので、ズルズルと――という感じだろう。


 それとも、「革命だ!」とか言っているやつが、ちょっと格好よく思えたのかもしれん。

 まぁ、ガキの頃に「大人は汚い」「世の中は汚れている」とか言い出すのは一種の麻疹みたいなもんだ。

 それはいいのだが、いい歳していつまでも言っているのは少々ヤバい。

 ヒカルコもそれに気づいたくちだろう。


 20歳までに左翼に傾倒しない者は情熱が足りない。

 20歳を過ぎて左翼に傾倒している者は知能が足りない。

 イギリスの政治家の言葉だといわれているらしいが、これはガセらしいな。

 実際に言った言葉は――。


 20歳でリベラルでないなら、情熱がない。

 40歳で保守でなければ、知能がない。

 ――らしい。


 とは言うものの、世の中には本当に革命を起こしちまう、ゲバラのようなカリスマもいることはいるのだが、そんなやつは地球の歴史の中でも数えるぐらいしかない。

 それでもゼロではないので、絶対に無理! ――とは言わないが、人に迷惑かけるのは止めてほしいわ。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 最初は、突然の黒歴史との遭遇で動揺していたヒカルコだったが、すぐに平常心を取り戻した。

 もう彼女の中ではどうでもいいことになったんだろう。


 突発的なヒカルコ絡みの事件は片付いたが、難題がまだある。

 コノミが九九を覚えなければならないのだ。

 小学生にとっては、これは超えなくてはならない大きな関門であり、俺も小学生のときに苦労した記憶がある。


 これだけは丸暗記するしかないので、コノミに頑張ってもらうしかない。

 俺も九九表を作って手伝うことにした。

 文房具屋で模造紙を買ってきて、でかい九九表を作って壁に貼りつけたのだ。

 それを彼女が声をあげて読んでいる。


「ろくしちしじゅうに、ろっぱしじゅうはち、ろっくごじゅうし!」

 難しい6の段だ。


「コノミ、この九九を覚えたら、なにか買ってやるぞ?」

「本当?!」

 彼女の目がきらめく。


「なにか欲しいものはあるか?」

「漫画!」

 ノータイムか。

 クリスマスプレゼントのときは、随分と悩んでいたのにな。


「よし、漫画か。いいぞ」

「やる!」

 彼女が両手で握り拳を作って、フンスと気合を入れている。

 コノミはやる気だし、九九は大丈夫だろうな。


 ――2月の中旬すぎ。

 新聞には、アメリカの有名黒人指導者――ナントカXが暗殺されたというニュースが載った。

 この時代まで生きてたんだなぁ。


 ------◇◇◇------


 ――コノミは九九を毎日暗唱して頑張っている。

 そのまま2月の末になった。


 すぐに3月だが、3月早々に女の子の大イベントがある。

 ひな祭りだ。

 俺は兄弟だったので、ひな祭りなどやったことがない。

 ――とはいえ、女の子がいるなら、やらないわけにはいかないだろうなぁ。

 昭和だし。


 昭和の時代、TVでも雛人形のCMをよくやっていた。

 知り合いの家でも雛人形を飾っている家が多かったのだが、平成令和になってあまり聞かなくなった。

 行事として廃れたわけでもないだろうが、家族には女の子がいなかったので、そこら辺がさっぱりと解らん。

 雛人形を買うとしても、このアパートに雛段飾りを置くスペースがない。


 親が娘に買うというよりは、金持ちの爺婆が孫娘のために買ってあげるアイテムなのではなかろうか?

 ランドセルもそんな感じらしいし。

 人様の家庭のことはよく解らんが、コノミには爺婆がいないから、俺が買うしかあるまい。

 アパートで置ける、小型で収納式のものが売っているはずだ。


「ヒカルコ――お前、雛人形とか持ってたか?」

「なかったから、自分で作った」

「作る? 折り紙とかでか?」

「コクコク」

 娘を大学にやるぐらいだから、それなりに金持ちだと思うのだが、伝統行事にはあまり興味がない家庭だったのか?


「節分とかもしなかったのか?」

「しなかった……」

「へぇ~」

 もっとも、彼女が小さい頃といえば終戦直後で、豆といえど貴重品。

 豆まきとかできなかったのかもしれないが。


 俺は金を持って部屋を出た。

 ヒカルコも一緒に来たがるのかと思ったのだが、今日はついてこないらしい。

 階段を降りると、外で大家さんと出会う。


「あら~、お出かけ?」

「はい、雛人形を探しに」

 この季節、新聞の広告でそういうものが多いので、当たりをつけておいた。


「そういう時期ねぇ。ウチの雛人形を使ってないから、もらってくれないかしら?」

「手放すのはまだ早いんじゃないですか? お孫さんが女の子という可能性がありますし」

「そうねぇ――でも、そうなっても娘は新しい雛人形を買いそうだわ」

 かなり古いものらしく、娘さんもあまり気に入ってなかったらしい。

 話を聞くと、雛段飾りの大きいものだと言う。

 置くスペースがねぇ! ――ということで丁重にお断りした。


「雛人形だと、やっぱり台東区ですかね?」

 新聞の広告も見ても台東区が多かった。


「私の母が懇意にしていた店が御徒町にあるのよねぇ。そこを紹介してあげましょうか? まだ店があればの話だけど……」

「お願いします」

 大家さんに簡単な地図を描いてもらう。

 御徒町駅のすぐ近くらしいので、行けば解るらしい。

 そこなら山手線で行けるな。


「ありがとうございます」

「コノミちゃん、喜ぶといいわねぇ」

「ひな祭りとかやったことがなかったでしょうから、どういうものか解らないかもしれませんが……」

「そ、そうよねぇ……可哀想ねぇ」

 大家さんに店の場所を教えてもらうと、私鉄に乗り込み高田馬場で乗り換え。

 山手線で御徒町に到着した。


 上野も人が多いが、御徒町も多い。

 ここにはアメ横があるから、帰りに覗いて見ようと思う。

 大家さんから話を聞いたとおり、駅から歩いて5分ほどの所に平屋の店があった。

 モルタル壁と瓦屋根で、店先のショウウィンドウにも人形が並べてある。

 ガラスが入った引き戸を開けて中に入った。


 中に並んでいる色とりどりの人形たち。

 さすがにひな祭りの前ということで、雛人形が多いが、ガラスケースに入った日本人形もある。

 そういえば、玄関先にガラスケースに入った日本人形を置いてある家が多かったな。

 セットで靴箱の上に置いてあるのが、黒い木彫りの熊。


「いらっしゃいませ~。なにをお探しでしょうか?」

 藍色で縦縞の着物を着た女性が対応してくれた。

 髪は後ろで簡単にまとめられている。


「雛人形がほしいんだが、アパートで置く場所がないから、コンパクト――いや、こぢんまりしたものがいい」

「それでは、こちらはいかがでしょうか?」

 彼女が人形の所に案内してくれた。

 そこにあったのは、小さなタンスのような箱の上に置かれた雛人形。

 タンスの引き出しを開けて、そこを段にして人形を置けるようになっているらしい。

 一番上が、お内裏様とお雛様、下には三人官女がいる。

 要は、このタンスのような箱の中に全部収納できるということなのだろう。


「ひな祭りが終わったら、人形が全部この中にしまえるんだな?」

「さようでございます」

「よし、こいつをくれ」

「ありがとうございます。代金は2万円になりますが、いかがでしょうか?」

「ああ、解った。これって重さはどうだろう? 持って帰れるぐらいの重さだろうか?」

「はぁ――持てるといえば、持てますが――失礼ですが、お客様のお住まいは?」

 彼女に住所を話す。


「それでしたら、配達いたしますので」

「祭り近くで忙しいだろうけど、大丈夫なのか?」

「ありがとうございます、大丈夫ですよ、おほほ」

 彼女に聖徳太子を2枚渡した。

 まぁ、そんなにめっちゃ売れるって品物でもないだろうしなぁ。


 雛人形で2万円か――人形に金を出すぐらいなら、三種の神器のほうが先――って、普通の家庭ならそう考えるよなぁ。

 やっぱり金持ちの道楽の域だと思う。

 古い雛人形があるという大家さんの家は、やっぱり資産家なんだよなぁ。


 さて、任務は完了した。

 人形店を後にして、国鉄のガード下に広がる商店街に脚を踏み入れた。

 俺が知っているのは昭和後期から平成にかけてだが、雑多な感じがそのままだ。

 よく資料探しに訪れていたモデルガンや軍装品を売っている店が、このときからやっている。

 ガード下の店には軍服などが置いてあるのだが、モデルガンは別の場所だ。

 俺は、ちょっと離れた場所にある店に足を向けた。


 訪れた狭い店内には、ガンベルトやらホルスターなどがぶら下がっている。

 まずは、ショウウィンドウに飾ってあるモデルガンを眺める。


 この当時のモデルガンは金属製である。

 プラ製のものもあるが、エアガンなんて売ってない。

 時代がたつと規制が入り、金属製のモデルガンは黄色に塗られてしまうことになる。

 じ~っと銃身を見れば、穴が貫通している。

 こんなものを平成令和に売ったら一発でお縄だが……。


「う~ん」

 金属製で銃身がモロズッポヌケなのはマニアとしては嬉しいところだが、形がいまいちだ。

 実銃と微妙に違い、なんとなく漂うパチモノ感だが、楽しい。

 子どもに戻った気分だ。

 もうちょっと時代がたてば、できがよくなると思うのだが。

 それから買っても遅くはないが――。


 秘密基地には、こういった秘密兵器がほしいところだ。

 もちろんアパートには、コノミがいるから持ち込めない。

 男の子だったら喜ぶかもしれんが。

 八重樫君は喜ぶだろうか?


 じ~っと眺めて、数種類ショウウィンドウから出してもらった。

 結局、形に違和感がない、モーゼルピストルと、コルトのSAAを買う。

 男のロマンが解らない人には、こんなものにお金を払うなんて――などと言われそう。

 多分、ヒカルコに見せても眉をひそめるだろうし。

 値段は3000~4000円で、物価を考えると平成令和とさほどは変わらない気がする。


 買ったモデルガンを紙袋に入れて、山手線から私鉄へと乗り継ぎ、アパートに帰ってきた。

 部屋に戻る前に、八重樫君の所に行く。


「お~い、いるかい?」

「はいは~い」

 彼の前に紙袋を差し出す。


「お土産じゃないけど、これを見てみるかい?」

「なんですか?」

 彼の部屋に入れさせてもらう。

 漫画のネームを切っていたようだ。

 いよいよ、ムサシが太陽系の外へ向かうために、破壊した敵の冥王星基地から脱出した戦力と対峙する。


 紙袋から出した箱を見せると、ピストルの絵が描いてあった。


「本物ですか?!」

「そんなわけあるかい」

 俺は箱からモーゼルピストルを出して見せる。

 金属製で手に持つとずっしりと重い。

 これぞ男のロマン。


「メカものを描くなら、こういう資料も必要じゃないか」

 俺はもう1つの箱も開けた。


「凄いですねぇ」

「メカが上手い漫画家なら、松下アキラって漫画家もいるぞ。参考にしてみては?」

「その人は知らないです」

「雷光オズマって漫画を読んでみるといい。その漫画にも宇宙戦艦が出てくるから」

「へぇ~」

「でも、大砲がついている軍艦タイプではないけどな」

 彼が漫画家と作品をメモっている。

 その松下アキラってのが、ムサシの元ネタの漫画を描いてた人なんだが。

 デビュー当時は名前が違ったのを、最近思い出した。


「篠原さん、これ貸してもらってもいいですか? スケッチをしてみたいんですけど」

「お、いいぞ。存分にやってくれ」

 彼から紙と鉛筆を借りて、コルトの拳銃を描く。

 あまり上手くはねぇが。


「こういう拳銃でも、後ろにメカを追加したりすると、光線銃に見えたりするだろ?」

「そうですねぇ」

「こういうところから、徐々にリアリティを出していくわけよ」

 先生はやる気を出しているので、俺はモデルガンを彼にあずけて部屋に戻った。


「おかえりなさい」

 ヒカルコが出迎えてくれた。


「ほい、ただいま。雛人形は買ってきたぞ。あとで配達してくれる」

「パチパチ」

 彼女が手を叩いている。

 楽しみなのだろうか?

 まぁ、女の子の祭りなので、ヒカルコが祝ってもいいのだが。


 ------◇◇◇------


 ――雛人形とモデルガンを買った数日あと。


 2月なので28日で終わりだ。

 いつも思うのだが、31日の日から2日取って30日にしたらどうなのだろう。

 多分、なにかできない理由があるんだろうな……。


 2月28日、東京競馬場で弥生賞が行われた。

 俺が狙っているキーストトンが出てくる。

 強い馬なのはわかっているのだが……。

 どうするか悩むが……やっぱり確実に結果が解っているレース以外は買うべきでない――という結論になり、買うのは止めた。

 結果は明日の新聞で解るであろう。


 日曜の夜に、相原さんがやってきた。

 なんか見るからに疲れているのだが……。


「はい、コノミちゃん。本とケーキよ」

「ありがとうございます!」

 お土産を受け取った彼女は、早速漫画を開いた。


「あら! 九九表!」

「気づきましたか? 彼女にも試練のときがやってきたってわけですよ」

「大変ですけど、コノミちゃんなら大丈夫じゃないんでしょうか?」

「うん、コノミ大丈夫!」

「うふふ……」

 小さな女の子を見ている相原さんは笑っているのだが、やっぱり心配だ。


「コノミ、お姉さんは凄く疲れているみたいだ。ちょっとなでなでしてあげたら?」

「うん」

 コノミが立つと、相原さんの隣にいって頭をなではじめた。


「コノミちゃん、ありがとう~」

「よしよし」

 しばらく小学生になでられていた彼女であったが、突然コノミを抱きしめた。


「コノミちゃ~ん……」

 小さな女の子に抱きついたまま、敏腕編集者が泣き始める。


「どうしたの? 大丈夫だよ。コノミがいるから」

「うう~」

 ふざけているわけではない、まじでガチ泣きだ。

 やっぱり、ストレスが溜まっているんだろうなぁ。

 昭和の職場ってのは露骨な男尊女卑が普通だったしなぁ。


 しばらくコノミに抱きついて泣いていた相原さんだったが、女の子の身体を離した。


「ありがとうコノミちゃん。もう大丈夫だから」

 彼女がカバンから出したハンカチで、涙を拭っている。


「相原さん、大丈夫かい?」

「はい、お見苦しいところを――」

 それならいいんだけどなぁ。

 大丈夫とか言ってるやつが、全然大丈夫じゃなかったとか普通にあるし……。


 疲れている女史から解放されたコノミは、俺の所にやってきた。


「ショウイチは大丈夫?」

「はは、俺は大丈夫だよ」

 彼女を抱っこして、なでなでしてやる。


「えへへ」

 コノミが笑いながら、漫画を読んでいる。


「ショウイチ!」

 なぜか、ヒカルコも俺に抱きついてきた。

 体ごときたので、思わず倒れそうになる。


「お前はなんなんだ?」

 しょうがないので、コノミと一緒になでてやることに。


「あ、あの篠原さん。八重樫先生ともお話したいことがありまして……」

「ええ? そうなの?! もしかして打ち切りとか?!」

「ち、違います! 人気絶好調なのに、そんなことをしたら雑誌が傾きます」

 そりゃそうだ。連載を始めてから、売上は順調に右肩上がりになり、ついに売上が3倍になったらしい。

 そんな人気作をいきなり切ったら、読者からの反発も大きいだろう。


 俺はコノミを膝から下ろして、先生を呼びにいった。


「八重樫君~、相原さんが来てて、お話があるそうなんだ」

「はいはい!」

 戸が開いた。


「ちなみに、打ち切りとかじゃないから心配するなって言ってたぞ」

「毎号巻頭だし、それはないと思いますが……」

「そうだよなぁ」

 彼を部屋に入れると座布団を出して座らせた。

 ヒカルコに、先生の分のお茶を出してもらう。


「それで相原さん、改まってお話というのは……」

「あの……まだ内示の段階なのですが、先生の担当から外れるかもしれません」

「え~っ!? そうなんですか?!」

 驚いたのは八重樫君だ。

 俺はまぁ、担当が代わるなんてしょっちゅうだから、そんなもんかという感じだな。

 元々最初は、彼女をたらしこみ要員だとか思ってたし。

 そうしたら、たらしこまれたのは俺だったという、オチがついたが。


「それで、栄転先とか決まってるんですか?」

「それなんですが、今度創刊する少女誌のほうになりそうなんです……」

 相原女史の話では、今まで小中学館は少女漫画雑誌を出していなかったらしい。

 他誌はすでに週刊誌まで出しているので、かなり後発になるようだ。

 これだけ聞いても、少女漫画に力を入れてないのが解る気がする。


「ああ、それじゃ矢沢さんと一緒にお仕事するってことに」

「本当に編集部を移れば矢沢さんも――ということになるとは思いますが」

「う~ん、果たして栄転なのか左遷なのか……」

「……」

 彼女は黙って下を向いている。

 この時代、少女誌ってのはやっぱり少年誌に比べたら規模が小さい。

 少女漫画家ってだけで下に見られることもあったり。


「大丈夫ですよ相原さん。相原さんならすぐに活躍して、編集長になれるんじゃないですか?」

「そ、そんなことはないと思うのですが……」

 少女誌の編集のことなんてまったく知らないので、話を聞くと――。

 この時代、少女誌といえど編集は男性が多かったらしい。

 女流作家というのは細やかなケアが必要だと思うのだが、そんなのは当然ないんだろうなぁ。

 だって昭和だし。


「個人的には、女流作家には女性編集が当たるのがいいと思うんですがねぇ」

「私もそう思います」

「これはやっぱり相原さんが編集長になって、少女誌編集部を改革するしかありませんねぇ」

「……まぁ、そういう夢はありますよ……」

「大丈夫ですよ。ネバーネバー・サレンダー! 諦めなければ、夢は必ず叶うんです!」

 ちょっとくさいセリフを吐いてみた。


「篠原さん……」

「う~!」

 相原さんとキックオフゴッコをしていると、ヒカルコが俺に抱きついたまま唸っている。


「……」

 言葉もなくしょんぼりしているのは、八重樫先生だ。

 そんなにショックか?

 彼女に多少その気があったということなのだろうか。

 俺が手を出しまくっているとか、言えねぇが……。

 ちょっと彼を慰めることにした。


「先生、先生――漫画家で編集が代わるとか、よくあることだからさ」

「そ、そうですよねぇ」

 まぁ、デビューから支えてくれた人だから、離れるのが辛いのはよく解る。

 理解できるが、プロだったら乗り越えなくてはならない。

 彼が落ち込んでいるが、俺にも多少は影響がある。

 彼女経由の仕事が減るだろうし。


 相原さんのコネでもらった仕事も結構あるしな。

 そう考えると、彼女はかなりの敏腕だと思うのだが……小中学館はなにを考えているのやら。

 いや、優秀だと考えているからこそ、少女誌へのテコ入れのために引き抜いたのかもしれんし。

 彼女との接点が減るから、相原さんとゴニョゴニョする機会も減るかもしれねぇなぁ……。

 そう考えると、俺のほうが落ち込む要素がデカい気がするが。


 相原さんはお礼を言うと、暗い夜の中に帰っていった。

 彼女が帰ったあと、八重樫君も一緒に皆でお土産のケーキを食う。


「そうか~、次の編集はどんなのが来るのかなぁ」

「解りません」

 彼がしょんぼりしてケーキを食べている。


「まぁ、売れているから、ストーリーに口出しされたりすることはないと思うが……」

「そうですねぇ……」

 さてさて、こういう商売ってのはメンタルに左右されるのだが、彼は大丈夫かな?


 ------◇◇◇------


 ――相原さんがやって来た次の日。

 朝食を食べると、コノミを学校に送り出し、俺はスポーツ新聞を買いに出かけた。

 前のアパートと勤めていた工場の間にある店である。

 もう、この店には来ないだろうと思っていたのだが、スポーツ新聞を買うのにはここが一番近いので、結局使っている。

 藍色の着物に割烹着を着た婆さんが、ジロジロ俺を見ている。


「あんた、ちゃんと働いているのかい? こんな時間に新聞を買いに来て」

「婆さん、大丈夫だよ。ちゃんと働いているって」

「本当かい?」

「嘘ついてどうする」

 婆さんはさておき、昨日の競馬の結果だ。

 弥生賞は――やっぱりキーストトンが勝ったかぁ

 単勝は、240円か~、買えばよかったかなぁ。

 いや、勝ちパターンは崩さないようにしよう。

 絶対に勝てるレースがあるのに、余計な金を出す必要がないし。

 急いては事を仕損じるってな。


 ――そして暦は3月になった。

 日に日に暖かくなり、梅の花が咲き始める。

 担当が代わるかもしれないと言われた八重樫君も、なんとか仕事をこなしているようである。

 そりゃ、担当が代わるなんてのはよくあることだしな。

 プロで仕事をしていくためには、受け入れなくてはならない。


 変な編集に当たらなければいいのだが――それが心配だ。


 

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