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4話 電報


 突然昭和にやって来て数日がたった。

 なんとか衣食住を確保して働き始めたのだが、なんとかなるもんだ。

 明日は、昭和にやって来て初めての日曜日。

 俺が持っている未来の知識を使った昭和チャレンジは、そこから始まる。


 まずは競馬だ。

 俺が知っているレベルの名馬が出てくれば、勝敗は確実に解る。

 たとえば三冠馬なら、皐月賞、ダービー、菊花賞は絶対に勝つのだから、単勝に全力勝負しても勝てるわけだ。

 すでに結果が解ってる博打ならいくら賭けても外れるわけがない。

 絶対に儲かる。

 まぁ、これが他人に知られるとマジでヤバいので、気取られないようにしないと。

 どんな馬が出てくるか競馬新聞を買ってみないと解らないのだが、それは明日のお楽しみだ。


 ――その前に、仲良くなった八重樫少年が、新しく描く漫画の設定ができたという。

 銭湯に行ってさっぱりとしたあと、彼にそれを見せてもらうことにした。


 銭湯から帰ると、自分の部屋にタオルと石鹸を置いて、少年の部屋に行く。


「八重樫君、来たぞ~」

「いらっしゃい」

 早速、漫画の設定を見せてもらう。

 宇宙服を着た、主人公とヒロインだ。

 相変わらず絵は上手いと思う。


「いいじゃないか」

「そうですか?」

「……う~ん」

「なにか気になることがあれば、なんでも言ってください」

「いいのかい? ヒロインの宇宙服を水着みたいな形にしてふとももを出したりできないかな?」

「ふとももですか?」

「それか、もっとミニスカにして、派手に動いたときにパンツがチラりと……なる具合に」

「はぁ」

 ストーリと絵柄だけで勝負しようとする漫画家は多いのだけど、ファンサービスを忘れてはイカンとおもうのよ。

 俺は売れない小説家だったが、漫画編集者ではないので、あまり偉そうなことは言えないのだが――。

 出版社経由で漫画編集者とも若干の付き合いもあった。

 彼らも似たようなことを言っていたので、俺の持論もそんなに外れてはいないと思う。

 その旨を説明する。


「綺麗な絵と面白いストーリーの他に、読者の欲望を叶えて上げないとさ」

「欲望ですか?」

「ああ、八重樫君の好きな女の子がいたとして、あるときにふとももが見えたり、風が吹いてパンツが見えたりすると興奮するだろ?」

「はい」

「読者の好きなヒロインにそういうシーンがあると、すごく喜ぶと思うぜ」

「なるほど」

「現地人の可愛い子がいたら、へそを出した格好をさせるとか、ピンチにはビリビリに服を破られて磔にされるとか」

 読者のガキにいけない性癖を植え付けるのが、プロの仕事だ。


「でも、あまりひどいシーンはいけませんよね」

「まぁ、少年誌に送るとなるとそうだな。どこまで突っ込んでいいかは、編集と相談して修正すればいいと思うよ」

「わかりました」

 彼が神妙な顔でノートを取っている。

 要は真面目なんだろうが、あまりクソ真面目なのも困る。

 多少は、はっちゃけてないと。


「そういうシーンで盛り上げて、主人公が颯爽とヒロインを助ける。そして最後は――」

「ここは、地球だったのか! ですね」

「そのとおり。イケそうだろ?」

「はい」

「んじゃ、頑張ってくれ~」

「ありがとうございました」


 どういう作品ができるだろうな。

 あの絵とストーリーなら、いきなり雑誌に載ってもおかしくないと思うが……。


 寝る前に少々やることがある。

 俺は財布から元時代の札を取り出して包丁で切り始めた。

 もったいねぇが、こんなものはもう使えない。

 こいつを毎日、少しずつ燃やしていくことにする。

 灰になったらゴミに捨ててもいいだろう。

 小銭の処分はもうちょっとあとにすることにして、畳の下に隠す。


 俺は、紙の燃えるにおいが残る部屋で、明日に備えて寝ることにした。


 ------◇◇◇------


 ――昭和にやって来て初めての日曜日。

 朝起きると、買い物に出かけた。

 今日は料理をするので、アンパンは買わない。

 店で米はないのか? ――と聞いたら、米は米屋で買うもんだと。

 そりゃそうだ。

 昔はそうだった。


 店で競馬新聞を買うと米屋の場所を教えてもらう。

 その米屋に行く――木造で大きな引き戸がある店先には、たくさんの白い山が並んでおり、袋などには入っておらず量り売り。

 俺は慌ててアパートに戻ると、鍋を持ってきてそれに売ってもらった。

 100円分を買ったのだが、約900g~1kgぐらいだと思う。


 さて、米を買ったら、それを入れる入れ物も買わないと。

 蓋付きの入れ物にいれないと、米にはすぐに虫が湧く。

 まぁ、虫を喰ったぐらいで死にゃしないが、取り除くのが面倒だし。


「……う~ん」

 畳に競馬新聞を広げて、しばし悩む。

 そうか、無理やり取らされている新聞紙はたくさんあるし。

 新聞紙で箱を作るか。

 以前にネットで作り方を見て、暇だったから作ったことがある。

 枚数を増やせば、結構丈夫にできるだろう。

 新聞紙のインクが虫除けになるとか聞いたこともあるし。


 競馬新聞の馬柱に目をとおしながら、箱を作った。


「ふ~、今日はだめか」

 駄目とは、馬のことである。

 俺の知っている馬が載っていない。

 この当時G1とかのグレードレースはなかったが、重賞競走はあった。

 そのデカいレースを中心に追っていけば、俺の知っている馬も出てくるだろう。


 それまでの辛抱なのだが、競馬で失念していたことがあった。

 この時代は、関東では関東のレースしか買えないし、競馬新聞にも載ってない。

 つまり、俺が知っているような強い馬が関西の新馬戦に出てきても解らないし、買えない。

 日本全国のレースが簡単に買えるようになったのは、つい最近のことなのだ。

 重賞すら全国発売で買えないことがあった。

 買えるのは平成令和で言うG1クラスのレース馬券だけ。

 それまで金を貯めておかないとな。


 新聞紙で作った箱に米を入れた俺は、再び外に買い物に出かけた。

 米を炊くためには釜か、蓋のついた鍋が必要だからな。

 それに米を炊いてしまったら、おかずを作るための鍋がなくなってしまう。


 いつも雑品を買っている露店を探したが、今日は出ていない。

 あれは工場などに通うやつらを目当てにしているんだろう。

 それは仕方ないとして、蓋つきの鍋となるとちょっといいものを買わないと駄目かもしれない。

 つまり新品か。

 通行人に聞いたりして、結局駅前までやって来て金物屋を見つけた。

 さすがに駅前には人が多くてごった返し、荷物を積んだリアカーやらカゴを背負ってる婆さんたちが沢山いる。

 トラックがないので、全部人力で運んでいるのだ。


「はぁ、金物屋ってのも、平成令和にはなくなったよなぁ」

 そこで300円出して、新品のアルマイトの蓋付きの鍋を買った。

 ついでに、50円で爪切りを買うが、こいつもどうしても必要だし。

 生活必需品を買うだけで、貯めている金がドンドンなくなる。

 本当になにもない状態からの復帰というのは金がかかる。

 中々にツライが、これも最初だけだ。


 必要なものが揃えば、あとは金が貯まるだろう――多分な。

 いや、勝負までには貯めないと、この泥沼から抜け出せん。

 俺の未来知識を投入している漫画家の卵がいるが、あれがどうなるか解らんしな。

 まぁ、彼から金を毟るつもりはないのだが。


 帰る途中で卵を売っている店を見つけたので1個買う。

 1個15円――元時代だと150円相当ということになる。

 2~3個ほしいのだが、金がない。

 めちゃ高くて高級品だ。

 郊外の農家で飼われている鶏が生むと、そいつを人が運んでくるので経費がかかる。

 そう考えるに、平成令和の卵が安すぎるともいえるだろう。


 鍋に卵を入れてアパートに戻ると、炊事場で飯を炊き始めた。

 競馬は勝負できないので、料理しかやることがない。

 米は下手な電気炊飯器などを使うより、鍋で炊いたほうが美味い。

 飯が炊きあがったら、卵を入れてキャベツ炒めを作る。

 冷蔵庫がないので、あまりたくさんは作れない。

 食堂で食ったラーメン以外に、やっとまともな食事だ。


 さすがにアンパンと牛乳ばかりじゃ飽きる。

 鍋も買ったし、そのうち少々高いがインスタントの袋麺も買ってみるか。


 鍋を新聞紙の上に置いて、あぐらで飯を食う。

 テーブルもなにもない。

 鍋から直食いである。

 要らない新聞だが、あると役に立つ――というか、こんなことにしか役に立たん。


「おお、うめ~!」

 やっぱり卵が入ると、ごちそうだ。

 まぁ、米はいまいちだが、腹が膨れればいい。

 色々と品種改良される前の話だからな。

 当時、インスタントラーメンに卵を落としただけでごちそう――とか言われていたのを思い出した。

 確かに、こんなに高いのならごちそうなのかもしれない。


 飯を食い終わると、八重樫君が迎えにきた。

 約束をしていた漫画のベタの手伝いだ。

 平日は仕事をしていて漫画をあまり描けないので、休みの日にペースを上げるのだろう。

 すでに、ネームも完了しており、見たところいい感じだ。

 このまま完成すれば、いきなり雑誌に掲載も可能な傑作になると思われる。

 まぁ、あくまで俺の感想だけどな。


 ――工場で働き初めて1週間たったある日。

 午後に休みをもらって区役所に行く。

 なんの問題もなく、俺の戸籍ができあがっていた。

 俺は少々驚いた。

 マジかよ。

 本当にそれでいいのか?

 これなら、戦後引き上げてきた――とか言ったら、密入国しまくりじゃねぇか。

 大丈夫なのか日本。

 とは思うが、昔はこうだったんだろうなぁ……。

 戦後のどさくさなんて言葉もあったぐらいだし。


 一緒に一般用米穀類購入通帳というのをもらう。

 どうやら米を買うときに必要らしく、基本配給量などが記されている。

 これは身分証にもなるらしい。

 へえ~。

 でも、前に米屋で米を買うときにはなにも言われなかったがなぁ……。

 もう配給をしていた時代の名残で、すでに形骸化している制度なのだろうか。


 戸籍もできたので国民保険にも入った。

 オッサンになると、どんな病気になるか解らんからな。

 工場で働いていると怪我の可能性もあるし。

 まともな工場なら社会保険があるのだが、あそこはないらしい。

 まぁ、しかたねぇ。


 ------◇◇◇------


 ――そのまま10月も終わりになる頃、国会が解散したらしい。

 新聞を取っていれば、そういう情報も入ってくるが、新聞もないTVもない家では、政治からまったく切り離されているような感じなのではないだろうか。

 まぁ、今の俺には、どんな内閣になろうが関係ないがな。


 そして11月に入ると、新1000円札が発行された。

 俺も使ったことがある、伊藤博文の札である。

 日銭が500円の俺には縁がない札であるが、八重樫君が昼休み中にわざわざ駅前の銀行まで行って交換してきたらしい。

 走ったらしく汗をかいている。

 これが若さか。


「篠原さん! これが新しい1000円ですよ!」

「「「おおお~」」」

 工場に残っていたやつらも、集まってきてワイワイやっている。


「わざわざ交換してきたのか。もの好きだなぁ」

 俺は工場のベンチでアンパンを食っていた。


「早く見たいじゃないですか」

「そんなことをしなくても、いずれは伊藤博文だらけになるのに……」

 ――といいつつ見せてもらう。

 俺にとっては懐かしいだけだ。


 秋は深まりつつ、寒さは厳しさを増す。

 暖房器具などを買えない俺は、古着のコートを買い込み、それを着たまま布団の中に潜り込む。

 やって来たのが東京でよかったぜ。

 これが北海道だったりしたら、いきなり詰んでた。


 そして11月が終わりに近づく頃、大きな事件が立て続けに起きた。

 三池炭鉱粉塵爆発事故と、アメリカのケネディ大統領暗殺事件である。

 俺は、仕事から帰ると新聞を広げて、記事を読みながら爪を切っていた。

 未だに部屋の中にはなんにもない。

 鍋と新聞紙で作った米びつが増えたぐらいか。


「そうかぁ。ケネディ暗殺ってこの年だったのか」

 これが世界中にTVで生中継されたんだろ?

 飛び散る大統領の脳みそを、夫人が集める姿がお茶の間に届いちまったわけだ。

 すげー時代だな。

 平成令和なら完全にアウト――などと思っていると、ドアがノックされた。


「篠原さん~」

「はいよ~開いてるぞ」

 八重樫少年である。


「なにをしてたんですか?」

「爪を切りながら、新聞を読んでた」

「アメリカの大統領が暗殺って、すごいことになりましたね」

「まぁそうだが、日本になんか関係あるかといえば、たいして関係はないがな。それより、TVを持ってれば、大統領の頭が吹き飛ぶ生中継が見れたんだが」

「そんなのは見たくはありませんよ」

 少年は本当に嫌そうな顔をしている。

 こんなに純朴で大丈夫なのだろうか。


「漫画のネタに役に立つかもしれんぞ?」

「本当ですか?」

「たとえばだな――国家間の枠組みを越えて世界を裏から支配する組織があって、ケネディ大統領はそれに逆らおうとしたので、暗殺された――とか」

「そうなんですか?」

「そんなわけないだろう。作り話だぞ。おいおい八重樫君よ。変なやつに騙されて金を取られたりするなよ」

 ヒトラーの財宝とか山下将軍の財宝とか、GHQのM資金とかな。


「大丈夫ですよ」

 その根拠のない自信はどこからきているのやら。


「実際に、目の前にいる変なオッサンに騙されようとしてないか?」

「篠原さんは違うでしょ?」

「そうか? 実は、未来から送り込まれたエージェントかもしれんぞ?」

「エージェントってなんですか?」

「代理人とかそういう意味だな」

「そんな人が、なんで文なしでこんな所にいるんです?」

「この時代に送り込まれたときに、装備一式が行方不明になってしまってな……」

「本当ですか?」

 眼の前のアホが真剣な顔をしている。


「嘘に決まってんだろ!」

「怒ることないじゃないですか」

「大丈夫か八重樫君。人がいいやつが騙される、糞みたいな世の中だからな」

「用心してますよ」

 結構心配である。

 なんだかんだで、世話になっているからな。

 彼の話では、例の原稿ができたらしい。


 毎日、夜遅くまで描いて、日曜は朝から晩まで描き続けたわけだ。

 口だけ達者なやつはいくらでもいるが、ものごとを最後まで完結させられるやつは少ない。

 彼の部屋に行って、原稿を見せてもらう。


「すごいじゃないか」

 しっかりと16ページの原稿が、導入から結末まで描かれている。


「どうですか?」

「このまま雑誌に載ってもおかしくないレベルだと思うぞ。正直、これより下手でツマラン漫画が載っているからな」

「そうだったら嬉しいですが」

 完成されているだけではない。

 ちゃんと俺が提案した、ヒロインがミニスカで太ももだして、パンチラもしている。

 ラスト近辺では、原住民のヒロインがビリビリの服装で磔にされるというのもしっかりとストーリーに練り込まれている。


 それだけではない。

 主人公が軍刀らしき装備を持って、敵を切り捨てるというオリジナリティも盛り込まれている。

 いまだ忍者ものが人気があるので、そういうのも取り込んでみたのだろう。

 中々格好よい。


「八重樫君、俺はちょっと安心しているんだよ」

「どうしてですか?」

「色々と提案をしても、『僕はそんな下劣なことで勝負はしたくないんです』みたいなやつがいるんだよ」

 これも漫画の編集者から聞いた話だ。


「いいえ、篠原さんのおっしゃることは、もっともだと思いますし、そもそも僕の目標は作品を発表することじゃなくて、プロの漫画家になることですから」

「そうなんだよなぁ。プロを続けるには、読者の求めるものを描かないと……」

 でも当然、作家として書きたいものもあるし、譲れないものもあるだろう。

 その兼ね合いをどうするのかが難しい。


「はい」

 偉そうなことを言っているが、俺の書いていた小説がそれを満たしていたかといえば――まぁ、微妙だ。

 本人がそのつもりでも、読者の意識と乖離がある場合もあるし。


「それで、これをどうする? 投稿か? それとも持ち込み?」

「どちらがいいでしょうか?」

「持ち込みを認めているところなら、持ち込みのほうがいいだろうな。すぐに批評してもらえるし、どこが悪いか言ってもらえるし」

 原稿をすぐに返してもらえば、他への持ち込みもできるしな。

 投稿すると原稿が戻ってこない場合も多々あるというし。


「篠原さんの助言は本当に助かります」

「まぁ、いいってことよ」

 平成令和なら、ハウトゥー本が山のように出ていて、人の助言なんて必要ないぐらいだったが、この時代はとにかく情報がない。

 どこに行けば、その情報をゲットできるのか? それすら解らない。

 色々と詳しい人がいれば便利というのは本当だろう。


 俺のアドバイスどおり、彼は好きな出版社に持ち込みを始めた。

 平日は働いているので、日曜日に行っているようだ。

 この時代の出版社なら日曜でも誰かいるし、相手はしてくれるだろう。


 彼が持ち込んだ原稿は編集部の預かりになったらしい。

 上手くいけば読み切りで載るだろうな。

 そのぐらいは余裕のできだし。


 ------◇◇◇------


 ――月は師走に突入。

 俺は毎日働いて、小銭を貯める毎日。

 とりあえず、勝負資金がないことには話にならん。

 日曜には競馬新聞とにらめっこしているのだが、俺の知っている馬は現れない。


「お~、プロレスラー大道山刺されるか――」

 俺は、仕事から帰ってきて、畳に広げた新聞の記事を読んでいた。

 部屋の中は、相変わらずがらんどうとしていてなにも増えていない。

 最低限のもので暮らし、残りは貯めているからだ。

 最初は生活必需品を購入するために金を使ってしまったが、それからは順調に金は貯まっている。

 いい加減、アンパンと牛乳はツライものがあるが、ここはぐっと我慢。

 増えたといえば、スマホの盗撮画像は増えた。

 コツを掴めば、いいアングルで撮れるようになったが、調子に乗るとろくなことがない。

 自重は必要だろう。

 なにごともやり過ぎはよろしくないのだ。


 大道山って昭和38年まで生きてたんだな。

 確か、このあと助かったんだが、傷が治ってないのに飯食って死んじゃった――みたいな話だったと思う。

 こういう話が金になればいいんだが、ならねぇしなぁ……。

 なんとももどかしいが、今は雌伏のとき――そのときがくれば本気出す。


 描いた漫画を持ち込んだ八重樫君もそのまま動きはないらしい。

 彼は俺が渡したネタで、次の漫画を描いている。

 一本で満足せずに、どんどん続ける。

 バイタリティがあるのはいいことだし、これもプロへ至るための能力の1つだと思う。


 暗くなっても新聞を読んでいると、下から声がした。


「八重樫さ~ん! 電報で~す!」

 電報――電報か。

 これまた懐かしい。

 そうか~電報ってあったなぁ。

 祝辞とか訃報とかそういうときに読まれるイメージしかないが、この時代は電話がある家がすくないから、使われていたのか。


「は~い!」

 少年が部屋から慌てて出て、下に降りていった。

 電報ってあれか? 「チチキトク、スグカエレ」とか?

 そういえば、新聞にも「○○すぐ帰れ」「〇〇、心配することはない、すべて片付いた」みたいなのがたくさん載っている。

 新聞が掲示板みたいな使われかたをしていたのがうかがい知れる。


 忘却の彼方だった電報のことを考えていると、ドアがノックされた。


「はいよ~開いてるよ~」

 ドアが開くと、少年が真っ赤な顔をして立っている。

 興奮しているのだろうが、耳まで真っ赤だ。


「どうしたんだ八重樫君。実家から連絡でもあったのか」

「出版社からの電報でした……」

「なんて書いてあったんだい?」

「キミノ ゲンコウニツイテ ソウダンシタイ シキュウ レンラクサレタシ」

 電報ってのはカタカナしか送れない。


「やったじゃないか。ダメとは書かれてないから、多分掲載の話だと思うぞ」

「そうでしょうか?」

 なんだか彼は弱気になっているように見える。


「そうに決まっているだろう。どうしたんだ八重樫君。君はこのときのために頑張ってきたんだろう?」

「はい」

「だったら、すぐに電話をかけるべきだよ。世の中にはスタートラインにも立てない漫画家の卵が山ほどいるが、君はそこに立てるかもしれないんだぞ」

「そ、そうですね! わかりました。すぐに出版社に連絡を取ってみます」

「頑張れ、八重樫君!」

「は、はい!」

 彼がバタバタと自分の部屋に戻ってから、下に降りていった。

 電話は一回10円らしいからな。


 一応心配なので、階段のところまで行って聞き耳を立ててみた。


「は、はい、ありがとうございます! は、はい、明日にもそちらにおうかがいいたします」

 話の内容と彼の反応からすると、悪い結果ではないらしい。


 どうやら電話が終わったようで、彼が戻ってきた。


「どうだった?」

「年末売りの1月号に、読み切りで掲載したいということでした」

 多分、年末進行で締め切りが早まり、落ちそうな原稿があるんで、その穴埋めとかなんだろうな。

 そう考えると、タイミングがよかった。

 彼は、ツキが太いのかもしれん。

 元々金持ちの息子だしな。


 多少の実力があるやつでも、生まれ持ってのツキがないやつは、なにをやってもダメなんだよなぁ。

 これは俺のしょうもない人生の中でも痛感している。

 現に、八重樫少年は一発ツモって跳満あがっているときに、世話を焼いている俺はピンフのテンパイすらしていない。

 これが、生まれ持ってのツキの太さの違いだ。


「おお、やったじゃないか! ついにプロデビューだぞ」

「ありがとうございます。これも篠原さんのおかげです」

「まぁ、君の実力ということにしておきなさい」

「このお礼はいたしますから」

「う~ん……」

 悩む俺に彼が怪訝な顔をしている。


「あ、あの、なにかあるんですか?」

「ちょっと――いつになるか解らんのだが、そのときがきたら金を貸してくれないか?」

「どのぐらいですか?」

「できれば、2万か3万……無理のない金額でいいが……」

「はい」

 彼は躊躇なく答えた。


「おいおい、いいのかい? 大金だぞ?」

 元の時代だと20万~30万円という大金だ。

 この時代の初任給は1万6000~1万8000円ってところらしいから、もっと価値があるかもしれん。


「篠原さんなら大丈夫でしょう?」

「その金持って逃げるかもしれんぞ?」

「そんな人が、漫画の描きかたを教えてくれたりしないでしょうし」

「はは、まぁ――そりゃそうなんだが」


 彼は明日の午後にでも、工場を休んで出版社に行ってくるようだ。

 あの原稿ならどこに載せても問題ないぐらいだとは思っていたが、一発で上手くいったもんだ。


 さてさて、人の世話はいいけど、肝心な俺の番はいつ回ってくるんだ?



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