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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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38話 取材のお礼


 コノミが新聞社の取材を受けた。

 全国の無戸籍児童に夢と希望を――なんてことを言っているのだが、典型的なお涙頂戴物語で評判を得たいだけだろう。

 まぁ、それに加担してしまった俺も俺だが……。

 相原さんから頼まれたんじゃしゃーない。


 結果、全国から大量の文房具と寄付金が送られてきた。

 当然使い切れないので、都内の恵まれない子どもたちに寄贈ということになる。

 彼女に送られてきた金を元に基金が作られたので、そこから少々いただいたがな。

 コノミがゲットした金なのでしっかりと貯金をしておく。


 そのときがきたらそこから出す予定だが、昭和40年代に入るとインフレが加速する。

 もちろん、この時代は金利も高く10年定期なら1.7倍~2倍ぐらいになるはずなのだが、それ以上にインフレが進み貯金していても目減りするだけ。

 正直、使ったほうがいい。

 それは解っているのだが、彼女の金を俺がなにかに流用するわけにもいかない。


 なにか手はないだろうか――と、考えた。

 地金を買ってもそんなには上がらないんだよなぁ。

 1980年旧ソ連のアフガニスタン侵攻で金が高騰する。

 そこまでいかないと、金は美味しくない。


 結局俺は、コノミの金を定期貯金に突っ込んだ。


 ――新聞社の取材を受けた数日あと。

 朝に電報が来た。

 相原さんからだ。

 打ち合わせ、正午、水道橋で待つ、食事あり――と書いてあった。

 これは、新聞社の取材の埋め合わせだろうと考えた。


「ヒカルコ、仕事の打ち合わせで出かけてくる。帰ってくるのは夕方になるだろう」

「……」

 一緒に行きたそうな顔をしているのだが……。


「留守番しててくれ、コノミが帰ってくるだろうし」

「……コク」

 彼女は仕方なく、うなずいたように見える。

 ヒカルコには悪いが、相原さんの奢りとなれば美味いものが食えるに違いない。

 経費は会社持ちだしな。

 それに彼女のお詫びとなると――色々と期待してしまうぞ。


 午前中は小説を書き、真面目に仕事をする。

 別に書かなくてもいいのだが、学校に通う子どもがいるのに、保護者が無職というのはなぁ。 

 一応、新聞社の取材を受けたときに、保護者は2人とも小説家――ということになっているが。

 まぁ、嘘ではない。

 俺は大衆小説だが本を出しているし、ヒカルコは文芸誌に連載までしている。


 さて、そろそろ時間だ。

 俺はスーツを引っ張りだすと、着替え始めた。

 会社の金で飯を食うとなると、もしかしていい店かもしれない。

 ここはめかし込むべきだろう。

 頭もなでて決めてみた。


「むう……」

 ヒカルコがむくれているのだが、コノミがいるんじゃ仕方ないだろう。


「帰りにお土産を買ってくるからな。ケーキでいいだろ?」

 いつも相原さんが買ってくるケーキを売っている茶店が、あそこにはあるし。

 俺はむくれているヒカルコの頭をなでると、コートを羽織ってアパートを出た。

 首には、皆で買ったお揃いのマフラー。

 途中で隠れ家に寄る。

 もしかしてもしかするので、スマホを持って行こう。


 いや――スケベ親父の取らぬ狸の皮算用は止めておくか。

 美人の才女と、美味いものを食えるだけで、ヨシとしなければならない。

 俺が完全にヒカルコと暮らしているので、彼女にその気がまったくなくなってしまった可能性もあるし。

 今回のことで無理やり言い寄ってもいいだろうが、今後の仕事に影響が出ると嫌だしなぁ。


 それはそうと、秘密基地を本格的に隠れ家にするためには電気ぐらいは必要かもなぁ。

 スマホの充電もしなくちゃならないし……。

 ランプも風情があっていいが、白熱電球ぐらいは欲しい。

 コノミの友だちが遊びにきたりしたら、ここに避難することになるだろうし、その時にランプじゃちょっとキツイ。

 常時使うことはないので、金が少々無駄になってしまうが。


 電球1個でも、月に1000円とか2000円電気代を取られることになるのか。

 この時代の電気代は高いよなぁ。

 そう考えると、1つの契約を多人数で割る、アパート方式は理にかなっているのかもな。

 ウチのアパートは2人しかいないのだが、電気代は前のアパートとそれほど変わらない。

 前は部屋が4つあったのに、それを潰してしまっているから、やっぱり大家さんが負担してくれているのかもしれないなぁ。


 あの人は金持ちっぽいから、それに甘えてしまうけど。


 俺は隠れ家を出発すると、私鉄に乗り込んだ。

 高田馬場で山手線に乗り、新宿で中央線に乗り換える。

 約束の30分前には水道橋駅に着いてしまった。

 性分なのか、ついつい余裕を持って早めに来てしまう。

 さて、水道橋って言われたが、どこで待てばいいのだろうか。

 とりあえず時間はあるので、改札口でしばらく待つことにした。

 コンクリの壁によりかかり、カバンから出した小説を読む。

 今の時代のやつらは、タバコをぷかぷかするのだろうが、俺はタバコを吸わないしな。


 本を読みながら道路を走っていく路面電車を眺めていると、俺を呼ぶ声がする。


「篠原さん!」

 顔を上げると、ベージュのコートを着た相原さんだった。

 首には俺と同じマフラーが巻かれている。

 クリスマスのときにプレゼントしたものだ。


 俺の姿を見て走ってきたのだろうか?

 少々、息が荒い。


「すみません、ちょっと早く来てしまいまして」

「お待ちになりましたか?」

「いいえ」

「あの、お食事は?」

 そう訪ねた彼女だったが、顔を見るとちょっと疲れているようにも見える。

 編集の仕事ってのは、大変そうだしなぁ。


「食事あり――と電報にあったので、食べてませんが」

「ここから1kmほど歩きますが、大丈夫ですか?」

「そのぐらいなら、いつも歩いてますから大丈夫ですよ、はは」

 彼女と歩きながら話す。

 神田神保町も、道路際はモルタル造りや石造りの建物が並び、俺の住んでいる場所に比べたら、かなり賑やかな場所だ。

 昭和の終わりか平成になると、新宿や池袋、渋谷などが賑やかになるが――やっぱり昔の東京はこっちのほうが中心だったんだろうな。

 建物の間から、相原さんが勤めている出版社のビルを探す。

 かなり大きな建物だったはずだが――それらしきものはない。

 あのビルはまだ建てられていないのか?


「相原さん、クリスマスのプレゼントを使っていただいて、ありがとうございます」

「これ、よいものですし……」

「デパートで買いましたから、ものはよいはずですよ」

「うふふ、お揃いですね」

「みんな一緒に買いましたから、八重樫君も矢沢さんもみんなお揃いですよ」

 矢沢さんは、お母さんにあげてしまったみたいだが。


「……そうじゃなくて……」

 彼女がちょっとすねたような表情を見せる。


「コノミも学校にマフラ-をしていってますよ」

「取材を受けたあと、学校でのコノミちゃんはどうでしょうか?」

「元々、保健室で授業を受けているので、変化はないみたいですねぇ」

「そうですか」

「学校や新聞社には、寄付などが山のように送られてきて大変だったようですが」

「それは聞きました。ちょっと彼も後悔してましたよ。他の部署にも迷惑をかけてしまい、嫌味を言われたとか」

 日本人のお涙頂戴好きを甘く見ていたな。


「まぁ、そうでしょうねぇ」

「でも、社主には褒められたとか言ってましたね」

「そうなると、ボーナスが増えたりして」

「篠原さんは、ほとんどを学校や孤児院に寄贈してしまったとか」

「コノミ1人が使えるものなんて、たかが知れてますからねぇ。それにそういうことにしないと、やっかみやら妬みが増えますし」

 別にこんなことで儲けようとか微塵も思っていない。

 相原さんの紹介じゃなければ、断っているところだし。


「そうですねぇ……」

「記者の彼が言ったとおりに、恵まれない子どもに夢と希望を与えたのですから、いいんじゃないですか?」

「そう言っていただけると助かります」

「まぁ、気にしないでください。学校の校長も、有名になったと喜んでましたし、はは」

 とにもかくにも、学校の先生というのは「あの先生はいい先生だ」と言われると嬉しいらしい。


「それにしても、相原さんにまた誘っていただけるとは思ってもみませんでした」

「え? なぜですか?」

「ほら、ヒカルコのことで嫌われてしまったようでしたし……」

「そ、それに関しては……色々と言いたいこともあるのですが……ゴニョゴニョ……」

 やっぱりあるのか。

 そうは言われてもなぁ……。


「相原さんには悪いと思っているのですが、やつには才能がある」

「……はい」

「相原さんも読んだかもしれませんが、連載が始まった文芸誌には、文壇の大先生からの推薦までついていましたし」

「私も驚きました」

「惜しむらくは、本人があまり小説に興味がないところかな」

「そう――なんですか?」

 彼女が「意外!」という顔をした。

 まぁ、そうだろうが、ヒカルコは俺が教えてやるまで小説を書くなどという選択肢を持っていなかった女なのだ。


「ええ、なにもすることがなく、将来の不安があったから小説を書いてみたものの、生活が安定したら書かなくなってしまうかもしれない」

「望んでも望んでも、それを手に入れることができない人もいるのに……」

「本当ですよねぇ。私があの才能を持っていたら、小説を書きまくっているのに」

 本当だよ。

 これが世に知れ渡ったら、憤死する小説家が多数でるかもしれん。


「篠原さんは、お書きになっているじゃないですか」

「小説って、三文大衆小説ですよ」

「そ、そんな、私――好きですよ。篠原さんの小説……」

「え?! 私のあれを読んでいるんですか?」

「は、はい」

 彼女に献本をあげたことはないので、本屋で買っているのか――それとも、知り合いの編集からもらっているのか。

 元々は、彼女からの紹介だったわけだし。


「え~、わざわざ買って読むようなものじゃないと思いますけど」

「そんなことはありませんよ。主人公が、ちょっと意地悪で卑劣ですけど、女子どもに優しくて――ちょっと、まるで篠原さんみたいじゃありませんか」

「ははは――まぁ、男ってのは美女のピンチに颯爽と駆けつけて、そのままねんごろになる――というのを、いつの世にも夢見てますからねぇ」

 美人の人妻を寝取ったりするのもありだ。

 現実なら、非常に面倒くさいことになるのだが、創作の中では常にロマンスだし。


「そ、そういう意味じゃ……ゴニョゴニョ……」

 彼女と話しているうちに道はどんどん上り坂になり、目的地に到着した。

 ビルには山の神ホテルと書いてある。

 小説仲間には有名なホテルで、名前を聞いたことがある。

 神田神保町が近いということで、ここに隔離される小説家や漫画家もいるらしいが、売れない小説家の俺はこんなところを利用したことがなかった。

 まさか昭和に飛ばされて、美人編集と一緒に訪れることになるとは……。


「ここの中華が美味しいのですよ」

「へぇ~、本格的な中華なんて食べたことがないですよ」

 無論、大嘘である。

 街の食堂で、ラーメンや餃子はあるのに、それ以外の中華ってみたことがないよなぁ。

 中華って、例の中華の鉄人って人の親父さんが、日本に広めたみたいな話があったが。

 ちょうど、その辺りの時代なのだろうか。


「それじゃ私と食べるのが初めてってことですね」

「もちろん」

 俺の言葉を聞いて、彼女が嬉しそうだ。


 ホテルの中に入ると、中は石造りで壁は茶色に塗られており、白い石材との対比がレトロっぽい。

 いや、それは俺の感覚で、この時代なら当たり前なのか。

 茶色の革張りの椅子やテーブルなどもレトロで、天井からは金色のシャンデリアが吊り下がっている。

 平成令和にはこういうホテルはほとんどなくなっているだろうから、俺の目には新鮮に映る。


 彼女の案内で、中華レストランに入った。

 白い壁と柱が目立ち、下には赤い絨毯が敷かれた店内。

 白いテーブルクロスがかかった四角いテーブルと黒い木の椅子が並ぶ。


 中華レストランというと、赤い大きなテーブルがくるくる回る――というイメージなのだが、あれは大人数用ってことになるのか。

 黒いズボンとベストを着た給仕に案内されて、テーブルにつく。

 コートを脱いで相原さんと座ると、彼女が注文を始めた。

 どんな料理があるのか、まったく解らないので、全部彼女に任せることにした。


 やってきたのは、フカヒレスープやら北京ダックやら――個人的には、金を出して絶対に食わないだろうという料理が運ばれてくる。

 ご馳走ってやつを堪能して、おれは満足した。

 基本貧乏症の俺は、金があってもこういう場所には来ないだろうなぁ。

 食い物の100円にはうるさいくせに、趣味の1000円には寛大な男だ。


 こういうのも経費で落ちるのだろうが、料金が気になる。

 封筒から金を出して払う彼女をチラ見すると、伊藤博文さんが数枚見えたので、つまりそのぐらいの金額なのだろう。

 普段ならそれで1ヶ月ぐらい食える金額だ。

 もったいない――なんて考えるから、貧乏症なんだよなぁ。


「ご馳走さまでした~、いやぁこんな高級料理、自分の金じゃ絶対に食いませんからねぇ、はは」

「満足してくださったようで、よかったです」

「昼食、ありがとうございました」

 俺が外に向かって歩き出そうとすると、スーツの袖を掴まれた。


「……あ、あの……お部屋を取ってあるんですけど……」

 俺は彼女に近づいて、ひそひそ話をした。


「昼間から、ホテルを使ってもいいんですか?」

「う、打ち合わせや、企画会議で使うこともあるので――だ、大丈夫ですよ」

 彼女は恥ずかしいのか、喋りながら俺のほうをチラチラ見ている。

 う~ん? これは、まだ切れていなかったようだ。


 彼女が小走りにカウンターまで行くと、キーをもらってきた。

 相原さんについて、金色の手すりと真っ赤な絨毯の階段を上り数階上まで行く。

 廊下の下半分には板材が貼ってあり、赤い色の絨毯と相まって、ファンタジー世界に出てくる貴族の屋敷のよう。

 こうなると、俺のテンションも上がってしまう。

 ドアも重厚な木の扉でファンタジーっぽい。


 開けて中に入ると、打って変わって和風っぽい部屋。

 和風じゃなくて和風っぽい部屋で、畳の上に草色の絨毯。

 その上に、洋風のテーブルや椅子、ベッドなどが置いてある。

 壁はウグイス色の珪藻土が塗ってあるようだ。

 中は暖かい――暖房器具は見えないが、セントラルヒーティングってやつだろうか。


「おお~」

 俺は扉の近くにある、コートかけに手に持っていたものをかけた。

 彼女も俺の隣で同じことをしている。

 右手にドアがあるので、ちょっと開けてみるとトイレと風呂。

 なんか、すげー和洋折衷だな。

 逆に新鮮だ。


「お部屋は、どうでしょうか?」

「え~和洋折衷でいいですねぇ」

 つ~か、平成令和にも、ここのホテルは生き残っていたけど、やっぱりこんな感じなのだろうか。


「そ、そうですね……」

「「……」」

 2人の間に天使の沈黙が流れたあと、相原さんが上着を脱いだ。


「あ、あの、シャワーを浴びてきます」

「おっと! そうはさせるかぁ!」

 ベッドの上にカバンを放り投げ、腕を伸ばすと彼女の腹に巻きつけた。


「きゃー! なんでですかぁ!」

 俺に捕まえられた彼女がジタバタしている。


「せっかくの相原さんのにおいを、消されてたまりますか」

「あっ! ちょっとまってください!」

「相原さんは知らないでしょうけど、美人がくさいのは、男どもにとってはご褒美なんですよ」

「く、くさくありません!」

「じゃあ、いいじゃないですか。はぁ~クンカクンカ」

「嗅がないでくださいぃ!」

 そんな彼女の言葉にお構いなしに、しなやかな身体中を嗅ぎまくる。

 逃げようとする身体を抱きしめる。

 当然メガネは外さない。


 ははは、メガネっ娘のメガネを外してどうしようというのか。


 そのあとは、たっぷりと2人で楽しんだけどさ。

 お礼としては最高だけど、これでいいのかね?


 

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