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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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36話 大きな布団


 ひょんなことで知り合った婆さんが亡くなり、彼女の家と土地を譲り受けた。

 身寄りがない人だったらしく、少しでも知り合いに譲っておきたかったのだろう。

 あのままでは、土地はどこかの馬の骨に買われるか、国に物納。

 葬式が出されることもなく、彼女の骨は無縁仏としてどこかに行くことになったかもしれない。

 死を目前にした年寄が、一番恐れることである。

 それゆえ、婆さんは俺に感謝してくれたのだ。


 後日、手に入れた家の天井から、旧軍の軍刀と拳銃が見つかった。

 本当なら警察に届ける案件だが、せっかくいいものを見つけたんだ。

 俺のものにすることにした。

 べつにこれを使って、なにかやるつもりなどない。

 ただの男のロマンってやつだ。


 それよりも、婆さんが死んだことによって生じる手続きなどが大変で、悲しんでいる暇がない。

 あっち行ってこっち行って、彼女の年金から埋葬料として5000円が出たのだが、そんな金は焼け石に水。

 価値200万円の土地を20万円で譲り受けてしまったことも少々問題だ。

 やっぱり税金のことは税金のプロちゅ~ことで、弁護士の先生に税理士を紹介してもらい、相談してみた。


 まぁ、やっぱりマズいらしい。


 土地の評価額で贈与を受けるべきなのに、脱税とみなされて追徴課税? が来るようだ。

 おそらく50万円ぐらい……。

 それでも200万円の土地を経費を入れて100万円いかない金額で買えたのだから、お得ということになるか?

 普通なら払えないこともあるだろうが、俺は金を持っている。

 ――とはいえ、税務署にドカンと金を払うとまた怪しまれるので、チマチマと返しながら特許の金やらが入ってきたときにまとめて返済するしかないだろう。


 はぁ~大家さんにも頼んで色々やったのに……本当に綺麗な金がないってのは、苦労するぜ。

 まぁ最初の競馬の金を申告しろって話なんだろうが――だが、断る!


「なんだよ、弁護士の先生も最初から言ってくれればいいのに……」

 愚痴を言っても仕方ないが――俺が相続するなら、婆さんに遺言書を書いてもらうとか、なにか方法はなかったのだろうか?


 う~ん? 俺は考えた。

 もしかして、これは故意じゃねぇか?

 通常なら、100万円も追徴を払えといきなり言われたら、そこで詰む可能性もある。

 結局、土地を売って100万円の税金を払うか、土地の物納という形になるだろう。

 そのときに、またあの弁護士が入って借金の仲介などをするつもりだったら?

 彼は、俺が大金を持っているなんて知らないはず。

 その借金を返済できなければ、俺は土地を手放すことになるに違いない。

 いきなり弁護士が婆さんの土地に手を出せないので、俺をダシに使った可能性はないだろうか?


 少々考えすぎかもしれないが……。

 あっちがわの弁護士なので最初は少々警戒していたのだが、まともそうだったので気を許していた。

 十分に注意したほうがいいだろう。


 それはあとで考えるとして――金が入ってきたら起業するつもりなので、税理士の名刺ももらってきた。

 どのみち必要になるのだが、あの弁護士の紹介だからグルかもしれない。

 様子を見て、違う税理士にするか検討しよう。


 昭和の時代――ものすごい大ヒットを飛ばした超有名漫画家が、税理士に払う金がもったいないと放置していたら、収入の7割~8割を持っていかれた――みたいな話があったと思う。

 1億円稼いだら8000万円は持っていかれる――昭和の累進課税ってのは、そのぐらいとんでもないのだ。

 そのおかげで格差が少なかったともいえなくもないが、それも徐々に緩和された。

 数少ない金持ちから税金を取るより、国民の大部分を占める貧乏人から金を巻き上げるほうが効率がいいのだろう。


 色々と面倒が先にありそうな予感はするが、ゲットした建物は俺の秘密基地にして、普段使わないものなどを置く倉庫代わりに使おう。

 家族が増えたので、スマホが見つかるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、ここに隠せば大丈夫だろう。

 すぐに使えなくなるし盗撮ができなくなるのは痛いが、見つかるリスクのほうが大きい。

 まぁ、見つかったとしても、電源を入れなければガラスの板だが。


 あんなガラスの板の中に、ありとあらゆるものが詰め込まれているとは、夢にも思うまい。

 昔の特撮ドラマに出てきた映像トランシーバーは普通に実現してしまっていて、それ以上の機能がギュウギュウに詰まっている。

 見つかったら大変だ。

 コノミに勉強を教えているが、あの子は賢い。

 十分に注意が必要だ。


 証拠がなければ、頭のイカれたオッサンの戯言で済むが、オーバーテクノロジーの現物があっては言い逃れができない。

 判断に迷うところだとはいえ、いずれは人に話してもいいことだろうか?

 いや、未来に起こることが解る――などということが知られたら、今まで親しくしていた連中も豹変するかもしれん。

 金によって豹変する連中を幾度となく見てきた。

 これはそれ以上の要因なのだ。


 コノミといえば――最近一緒に寝たがってて困る。

 ずっとヒカルコとべったりだったのに、どういう心境の変化か。

 コノミが来ると、一緒にヒカルコまで来る。

 布団を重ねて寝るのには無理があるので、最初からダブルの布団を買うことにした。

 布団が余るが、コノミが大きくなったら1人で使えばいいし。

 いずれは子ども部屋も必要になるだろう。

 それまでには、どうにか稼いでもうちょっと広い部屋に引っ越さねば。


 それに、彼女が持っているスマホらしきものの件もあるしなぁ。

 アレを調べるためには、手に入れた秘密基地はよい場所なんだが――とりあえずは電気が通ってない。

 まぁ、焦る必要はないだろうが……それに、なんか嫌な予感がするし……。

 スマホの中に精神的なダメージを負いそうな、恨みつらみが書かれていたらどうしよう。

 興味がないといえば嘘になるのだが……好奇心は猫を殺すって言うしなぁ。


 コノミを学校に送り出したあと、ヒカルコと買い物ついでに布団屋に行く。

 以前に俺の布団を買った店でいいだろう。

 あそこは配達もしてくれたしな。


 駅前にやって来ると、布団屋に入った。


「ちわ~」

「いらっしゃい~」

 前と同じ兄さんが相手をしてくれた。


「ダブルの寝具を一式くれ」

「……」

 店員が黙っている。


「どうした? ダブルの布団だよ」

「お客さん、前に買いに来た人ですよね?」

「ああ、覚えていたのか。ここなら配達してくれると思ってな」

「結婚されたんですか?」

 彼がヒカルコを見ている。


「そういうわけではないが……」

「そんな若い嫁さんなら、我々未来ある若人に譲るべきじゃ~ないですか?!」

「はぁ?」

 突然、店員がなにか言い出した。


「そもそも――」

 なんか訳のわからんことを言っていると、店員が後頭部をどつかれた。


「客に、なにをやってんだ!」

「あたぁ……」

 やって来たのは、前掛けをして頭の禿げた恰幅のいいオヤジ。


「お客さん申し訳ない。このバカが……」

「そりゃいいんだが。とりあえず、ダブルの寝具を一式くれ」

「ありがとうございます! しかも上客様じゃねぇか!」

 また店員がどつかれた。


「ああ、いいって。そういうのは客のいない所でやってくれ」

「いや、まったくもって面目ねぇ……」

 江戸っ子だな。

 話を聞くと、ダブルより大きいクィーンサイズというのがあるらしい。

 その上はもちろんキング。

 3人で寝るなら大きいほうがいいだろう。

 もちろん、ダブルより数が出ないので値段も高い。


「それじゃ、夕方にはいるから、アパートまで運んでくれねぇか?」

「わかりやした」

「前にその兄さんが運んでくれた場所から引っ越してるんで。これ住所ね」

「若い嫁さんだけじゃなくて、引っ越しまで……」

 なんだか店員がブツブツ言っている。

 ヒカルコを連れているのが、そんなに気になるのか。

 まぁ、若い嫁さんだって、よく言われるがな。

 嫁じゃねぇし。


 ついでに買い物をしてから戻った。

 ヒカルコはアパートに戻り、俺は手に入れた秘密基地の片付けだ。

 電話帳で廃品の引き取り業者を探すと、来てもらう。

 この時代は使い捨ての時代ではない。

 なんでもリサイクルされて、利用されていた。


 俺が最初に買っていた古着のように、どこからか集められたものが普通に売っている。

 家の中のもの、まるごと一山いくらで買い取るところもあったりする。

 平成令和だと、金を取って引き取ってもらうという感じだったが、この時代ならどんなものでも値段がつくのだ。

 捨てたらゴミだし、正直10円でも20円でも金になればいい。

 どのみちこの家は崩壊寸前だし、いずれは解体しないと駄目だ。

 中身を処分するのが早いか遅いかの違いだ。


 電話をかけた業者だが、来るのが数日あとだろうと思っていたのだが、すぐにやって来た。

 同じ区内にある業者を選んだつもりだったのだが、まさかこんなに早いとは……。

 路地に入ってきたのはボンネットがついたトラック。

 運転手の他に3人の男が、荷台に乗り込んでいた。

 さすが昭和。道交法違反もなんのその。

 働いているのは、みんな若い人ばかり。

 元の時代なら年寄りが多かったのだが、この時代にはどこに行ってもガキと若者が溢れている。

 これから伸びる若者の国だというのが実感させられる。


「ちわ~す! 不用品の買い取りの篠原さんってここすか~?」

「はいはい、ここだ」

「うぃ~っす!」

「電話で話したとおり、たいしたものはないんだけどな……」

 中に入ってもらい、処分するものを指示する。

 茶タンスとタンス、あと台所の鍋やら食器やらそういうものも全部いらね。

 灯油ランプと火鉢は、ここは電気がないのでいるだろう。

 婆さんは、冬も火鉢だけで暮らしていたんだろうか。

 多分、そうなんだろうなぁ……。


 あとは、裏にあった小屋の中にあったものも全部いらないだろう。

 おっと、ちゃぶ台はテーブル代わりに残すか。

 ちょっとした机代わりにもなるしな。


「このミシンはどうするっすか?」

 男たちがミシンを指している。


「ミシンは使えるなぁ。それはなしで」

「高く買い取りますよ」

「いや、ウチのやつが使えるんで、止めとくよ」

「わーりゃしたー」

 すべて運び出して、家の中がガランとなった。

 残ったのは小さな仏壇とミシン――そして婆さんの骨壷と遺影だけ。

 あとはちゃぶ台と火鉢が残っている。

 これでいい。


「こういうものでも値段がつくの?」

「つきますよ、全部で200円でどうっすか?」

 200円ってことは2000円か~。

 まぁ、元の時代なら産業廃棄物として、逆に何十万円も取られるんだからなぁ。

 タダで引き取ってもらってもいいぐらいだ。


「わかった、じゃあそれで」

「ありゃしたー!」

 彼から板垣退助の札を2枚もらった。

 婆さんが云十年使ったものが、結局200円――ちょっと悲しくはなるが、いつまでもこれを抱えては生活できない。

 彼女には悪いがな。

 儲けたら立派な墓を作るつもりだから、それで勘弁してほしい。

 ゲットしたお金は、婆さんの仏壇にあげた。


「オライ! オライ!」

 トラックが延々とバックして去っていく。

 ここ辺じゃトラックが転回できる場所がないからな。


 片付けが終わったので、アパートに帰った。


「終わったよ」

「……うん」

「婆さんの骨も入れるから、ちょっと大きい墓を作らんといかんなぁ、はは」

「うん」


 午後になるとコノミが帰ってきて、そして夕方。

 アパートの前にトラックが止まった。

 オート三輪だが、荷台に布団を積んでいる。

 布団屋だ。

 さすがにダブルよりデカい布団一式じゃ、バイクに積めなかったか。


「篠原さ~ん」

「はいはい」

「……布団を持ってきました……」

 運んできたのは、昼間の店員だ。

 なんか不貞腐れたような顔をしている。

 気持ちは解らんでもないが、商売人として失格だろう。

 あそこの店で買いたくなくなるぞ。

 店の親父が怒るのも当然だ。


「ああ、階段の下に置いてくれ。俺が上まで上げるから」

「うっす……」

「ショウイチ」

 上を見ると、コノミがこちらを見ていた。


「あ~あ、手伝わなくてもいいから、中に戻ってなさい」

「……」

 そうはいっても、やっぱり手伝いたいみたいだが、階段の下までやってくると危ない。

 俺が階段の上まで運んで、部屋の中に入るところで手伝ってもらうことにした。


「それじゃコノミ、そっち持って」

「うん!」

 彼女の顔が明るくなる。


「ほら運んで~」

「うんしょ! うんしょ!」

 懸命に頑張っている。

 部屋に入ると、バタリと倒れ込んだので、その上に布団を乗せる。


「大丈夫か~」

「大丈夫!」

 彼女が笑っているので、俺は残りの布団と毛布を取りに戻った。

 階段の下では、布団を運んできた男が泣いている。


「なに、泣いてんだ?」

「若い奥さんだけじゃなくて、あんな可愛い女の子まで……」

「うぜぇ――泣くようなことか?」

 俺はポケットの中から100円玉を取り出した。


「ほら、駄賃をやるからさっさと帰れ。ラーメンぐらい食えるだろ」

「……」

 男はガックリとうなだれて、オート三輪に乗ると帰っていった。

 まぁ、もう布団の類を買うこともねぇと思うが……。


 俺は軽い毛布やらシーツを、上で待っているコノミに渡した。

 これなら持てるだろう。

 そして最後に敷布団を上まで上げると、ヒカルコがキャッチしてくれる。


「ヒカルコ、コノミは色々と手伝いたいみたいだ。できそうなことをやらせてやれ」

「うん」

 なんでもいいのだ。

 ちょっとした掃き掃除でもいいし、皿を拭くだけでもいい。

 食事のときにご飯をよそうのを任せてもいい。

 そういうことをしたいのであれば、させてあげよう。


「ほら~布団を片付けるぞ」

「……」

 ――と、思ったらヒカルコが布団に包まっている。


「なにやってんだ!」

 布団の端っこを持って、彼女をゴロゴロと転がす。


「私もやる!」

 コノミがそう言うと、布団に包まってしまった。

 仕方なく端っこを持って上に上げると、ゴロゴロと彼女が転がって本棚に衝突した。


「大丈夫か?」

「えへへ!」

 初めて彼女の笑顔を見た気がする。

 笑いながら布団に包まってくるので、3回ほど転がしてから、寝具を一式押入れにしまった。

 なんだろう――大きな布団を買ったのが嬉しいのだろうか。


「お前がやるから、真似するんだろうが」

 ヒカルコの頭にチョップを入れる。


「にゃ」

 ヒカルコが食事の準備をしているときには、いつもコノミが部屋でジッと待っていたのだが、今日から少しずつ手伝うようにさせる。

 食事の準備が終わり、ちゃぶ台の上に料理が並ぶが、しゃもじもコノミに持たせた。


「はい、ショウイチ」

 彼女がご飯を山盛りにした茶碗を俺の前に差し出す。


「ありがとう」

 教えなくても、一番最初にご飯を盛るのは俺だというのが解っている。

 ヒカルコがそうしたのを見ていたのだろう。

 別に俺とて、昭和の亭主関白を気取るつもりはないが、世の中には立てるべきものがある。

 こういうことを平成令和に言うと、問題になるかもしれんがな。


 夕飯を食べ終わり夜になると、相原さんがやって来た。

 いつものように、ケーキと献本、編集部に転がっていたテキトーな本を持ってきてくれる。


「ありがとうございます!」

 本をもらったコノミが礼をした。


「どういたしまして」

「相原さん、いつもすみません。本とか重たいでしょう?」

「大丈夫ですよ。荷物があるときには、タクシーを使ってますから」

 彼女が、漫画を開いたコノミを見ている。


「なんかすごく明るくなったような……」

「ああ、相原さんはたまにしか来ないからそう見えるだけですよ」

 毎日すこしずつ変わってはきていたのだ。


「コノミちゃん、学校でお友だちはできた?」

「うん!」

 前にも聞いたが、相手はよく保健室にやってくる女の子らしい。

 コノミは保健室で勉強しているからな。

 相手は病気なのかなんなのか。

 詳しいことは解らない。


「コノミちゃんの勉強の様子はどうなのですか?」

「すくなくとも、小学1年はクリアしてますね」

「クリア……篠原さんって、たまに横文字が入りますね」

「はは、申し訳ない」

 俺が書いている大衆小説もこんな調子で書いてあるので、意味不明なところは直されているに違いない。

 それが面倒なので、俺の原稿は買い取りにしてもらってる。

 どうせ趣味だしな。


「それじゃ、今は2年生の勉強ということですか?」

「4月から3年生辺りに編入できたらいいのですがねぇ。彼女もそろそろ、みんなと勉強したいだろうし」

 それに新学期になれば、クラスも変わるからちょうどいいだろう。

 新しいクラスメイトと心機一転というわけだ。


 ヒカルコが皿にケーキを出してくれた。

 まだ寝るには時間があるから平気だろう。


「食べたら、歯を磨くんだぞ?」

「うん!」

「……」

 コノミの頭をなでていると、相原さんが複雑な表情をしている。


「どうしました?」

「いやぁ――なんか家族みたいだな……と」

「まぁ血は、まったくつながっていませんが、家族ってことになるんですかねぇ」

 相原さんと話していると、ケーキを食べていたコノミが立ち上がって、押入れを開けた。


「今日、すごく大きい布団を買ったんだよ。みんな一緒に寝るの!」

 彼女の言葉からすると、皆で一緒に寝られるのが嬉しいらしい。


「へ、へぇ~、コノミちゃんよかったわねぇ……」

 相原さんの顔が引きつっている。


「お姉ちゃんも一緒に寝てもいいよ」

「そ、そうねぇ。それじゃ私が家に帰れなくなったときにお願いしようかしら?」

「うん!」

 無邪気な子ども恐るべし。

 俺たちにできない事を平然とやってのけるッ!

 そこにシビれる! あこがれるゥ!


 相原さんが、乾いた笑いを浮かべながら八重樫君の所に向かった。

 ネームなどの打ち合わせだろう。


 相原さんも帰ったあと、寝る時間になりくだんのクィーンサイズの布団を敷く。

 敷いたばかりの白い海に、コノミが飛び込んだ。

 楽しそうだが、さすがに大きい。


 これなら3人で寝ても平気だろうが、かといって大人3人はキツイ。

 いつまでコノミが3人で寝るつもりなのか解らんが。

 外国だと自分の子どもでも一緒に寝るのは犯罪らしいな。

 ましてコノミと俺は赤の他人だから、外国だと完全にアウト。


「ヒカルコ、外国じゃ自分の子どもでも一緒に寝たら犯罪なんだぞ」

「そうなの?」

「ああ。外国のドラマとか見ても、子どもでも自分のベッドを持っていて1人で寝ている」

「そうなんだ……」

 まだTVで外国のドラマとか見たことがないのだろう。

 ピンときていないようだ。


 新品の布団に3人で潜り込んだ。

 普通は子どもが真ん中で川の字なのだが、ここじゃ俺がセンターだ。

 布団の中でコノミがはしゃいでいる。

 さっき相原さんに話していたとおりに、こうするのが彼女の夢だったのだろうか?

 喜んでいるのなら、それでいいのだが。


 ------◇◇◇------


 ――そして暦は2月になった。

 子どもがいると人並みの行事をしなくてはならない。

 2月といえば節分だ。

 前のアパートのときは完全に無視だったが、オッサンが1人で豆まきとか、やるはずがねぇ。


 文房具屋から工作用紙を買ってきて鬼の面を自作し、大豆を手に入れるとフライパンで炒る。

 昭和も終わりになると、節分のための豆も売られるようになってしまったが、この時代にはまだない。


「鬼は~外! 福は~内!」

 夜になると、あちこちから声が聞こえる。

 俺が鬼役になって逃げる役だ。


「あはは!」

 豆をばら撒いて、コノミも喜んでいる。

 その様子を、八重樫君がドアを開けて見ていた。


「八重樫君、騒々しくてすまんな」

「いいですよ。一人暮らしだと節分なんてしませんしねぇ」

「逆にやってたら変だろ?」

「確かにそうです」

「実家では、やってたのかい?」

「僕が小さい頃はやってましたねぇ……」

 やっぱり、こういうのは子どもがいる家庭の行事だよな。


「コノミ、豆まきが終わったら、落ちた豆を拾って自分の歳の数だけ食うんだ」

「それじゃ、10個?」

「そうだな」

 彼女が豆を拾って食べ始めた。

 あまりゴミがあるような所にあるのは駄目だろう。


 俺も数個食って、あとは箒で集める。

 さすがに、40個以上とか食っていられん。

 子どものための行事だし、子どもだけ食えばOK。


 そう思っていたら、いつの間にか部屋から出てきていた矢沢さんが豆を拾って食べている。

 先生の所にアシに入っているのだろう。


「矢沢さん、自分の漫画は描いてる?」

「う~ん、描いて……ます」

 豆を食べながらイマイチな答えが返ってくる。

 調子があまりよろしくないらしい。

 まぁ、若いうちにはそういうこともある。


 掃除をしていると、大家さんがやって来た。


「あらぁ、やってるわねぇ。ウチで節分なんて何年ぶりかしら?」

「大家さんも娘さんが小さいころはやりました?」

「豆が貴重だったので、撒くフリだけねぇ」

 こうやって豆まきができるようになったということは、それだけ復興したということなのだろう。


「大家さんも、歳の数だけどうですか?」

「あらぁ、それじゃ20個ぐらいかしらねぇ」

 おいおい、ちょっとサバ読みすぎやろ――とか、もちろんそういうことは言わない。


「コノミは10個!」

「そうねぇ、えらいわねぇ」


 俺自身も小学生のとき以来の節分が終わった。


 ――節分が終わって2日ほどたった日の朝。

 朝起きると、コノミが俺の上に乗っている。

 どうやら温かいらしい。

 今日は土曜だが、学校はある。

 平成令和は週休二日制だったが、この時代はまだ土曜の授業があった。

 ヒカルコはすでに食事の準備をしているらしく、布団にはいない。

 ストーブに火が点けられていて、部屋の中はすでに暖かい。


 コノミを起こして服を着替えさせると、布団を畳んで押入れの中に入れる。

 さすがに大きな布団は彼女には持てないので、毛布などを畳んでしまわせた。


 ちゃぶ台の上に料理が並ぶと朝食を摂る。


「コノミ、友だちができたのなら、遊びに連れてきてもいいぞ?」

「うん」

「でも、部屋に俺とヒカルコもいるしなぁ、はは。普通の親父は仕事に行ってるわけだし」

 俺の仕事場はここだし。

 まぁ、コノミの友だちが来る間、俺は手に入れた別宅に居てもいいし。


 コノミを学校に送り出したあと、俺は近くの店で競馬新聞を買ってきた。

 次に勝負をかける、キーストトンの動向だ。


「キーストトンは、2月末の弥生賞か……」

 この馬が強いのは解っているのだが、このレースに勝てるかどうかは解らない。

 俺が確実に言えるのは、キーストトンはダービー馬になった。

 つまり、ダービーは勝つということだが、それしかこの馬については不明だ。

 三冠馬ではないので、皐月賞か菊花賞を負けたのだろう。

 平場のオープン戦に出てきても、結果が解らない。

 やっぱり確実なレースしか買えない。


「ダービーまで待つしかねぇか……」


 今は雌伏のとき、初夏になったら本気出す。



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