35話 お葬式
年が明けて、コノミが順調に学校に行き始めたと思ったら、弁護士がやって来た。
俺が以前助けた婆さんが入院しているという。
コノミのことですったもんだしていたので、すっかりと忘れてしまっていた。
あの婆さんが入院したからといって、普通は弁護士なんてやって来ない。
身寄りもなにもない婆さんが、俺に土地と建物を譲りたいらしい。
どこの馬の骨だか解らないやつらに取られるぐらいなら――と思ったのかもしれない。
まぁ俺としても、土地と建物が格安で手に入るのだから、断る理由はない。
もっとも、建物はバラックで、ほとんどが土地代みたいなものだが。
土地の売買は決まったが、そのためには実印が必要だ。
慌てて以前にハンコを作った店に駆け込み、実印を作ってもらった。
まったく面倒だが、実印は車などを買うときにも必要だから、そろそろ作っておいてもいいだろう。
八重樫君にハンコの話をしたら、地元から出てくるときに実印を作ってもらったらしい。
さすが、彼の親は建築会社をやっているだけあって、そつがない。
そうやって息子を送り出して、会社のトラックを使い引っ越しまでしたのに、「大学には行きませんでした」じゃ、そりゃ親も怒るよ。
八重樫先生。
できあがった実印と土地の売買契約書を持ち、ヒカルコと一緒に弁護士の事務所を訪れた。
もちろん、中身はしっかりと読んだから無問題。
ヒカルコも一緒に読んだし、この弁護士は大丈夫だろう。
弁護士と小さなテーブルに向き合って座り、契約書に名前を書いて実印を捺す。
俺の隣で、ヒカルコがその様子をジッと見ている。
「ありがとうございました」
「あと、これが現金で20万円ね」
弁護士がペラペラと聖徳太子を数えている。
「あの~、この20万円ですが、郵便の口座に入っていたとか聞きましたが……」
「はい、そのとおりですが――なにか?」
「土地の売買で、その20万について税務署の調査が入るかもしれません」
「げ?! マジで?! 昔からちょっとずつ貯めていた――とかじゃダメなんですかね?」
「それが本当なら大丈夫ですが……どうですか?」
「うぐ……」
さすが弁護士だ――俺は痛いところを突かれて黙るしかなかった。
調査とか入られて郵便の通帳が調べられたら、チマチマ貯めたものじゃないとモロバレ。
ある日、ドカンと入金されているのだ。
それじゃ、この20万円はどこから来たものだってことになるだろう。
実際、俺が競馬で勝った金だし。
「誰か、お金を持っている知り合いがいらっしゃるなら、その方から借りた――ということにしたほうがいいかもしれません」
「土地を格安で譲ってくれる方がいたので、人から金を借りて買いました――ということにするわけですね」
「そういうことです。まぁ税務調査受けても、そういうことのほうが向こうが納得される可能性が高い……ですかねぇ」
「借金をしましたが、あとで入ってきた本の印税で金を返しました――ということにするわけですね」
「はい、まぁ参考までに」
すっかりと見落としていたぜぇ。
まじでありがてぇ。
「ありがとうございます」
俺の金の心配はさておき、先生が金を数え終わった。
「はい、確かに」
「先生も大変ですねぇ。色々な仕事を抱えて」
「いいえ、こういう仕事も多いんですよ。身内のないお年寄りが多いものですから」
「まさか、あの婆さんが弁護士を頼むとは思わなかったな」
「看護婦に相談したら、彼女が私に頼みにきたわけで」
「まぁ、この事務所なら病院からも近いですしねぇ」
「はい。でもまさか相手が篠原さんだとは思いませんでしたよ」
「まぁねぇ。あの婆さんも、本当に天涯孤独だったから、ちょっとでも知り合いに頼みたかったんだろうなぁ」
「……」
俺もこの世界じゃ本当に天涯孤独だから、なんとなく解る。
実際には血のつながっている身内がいるんだが、頼れるはずもねぇし。
あと10年ちょっともすれば、俺も生まれてくる。
そう考えると、なんだか妙な気持ちだぜ。
俺が本人に会ったりしたら、どうなるんだろうか。
「先生、あとで登記簿謄本もお願いします」
「わかりました」
トラブったときには、そいつを見せればいい。
そんなことは多分ないと思うが。
なん回か婆さんの家を訪れて、近所にも挨拶しているからな。
とりあえず土地の売買は済んだ。
弁護士と一緒に婆さんの所にいき、契約書を見せると、彼女はすごく喜びホッとした様子だった。
自分の住んだ土地を継いでくれる人がみつかり、心配していた病院の支払いも全部片付くと解ったのだろう。
急いでアパートに帰ったら、大家さんに事情を話して、形だけの借金の申込みをする。
身近な金持ちといえば彼女が一番近い。
資産家の大家さんなら、土地を買う金を持っていても不自然じゃないしな。
「あ~なるほどぉ。篠原さんが土地を買ったら、税務署にお金の出どころを怪しまれるので、私が貸したことにするのねぇ」
「お願いいたします! 利子は1万円でどうでしょ?」
「別にいらないけどぉ。篠原さんにはお世話になりまくってるしぃ」
俺が借用書を書いたら大家さんに渡し、彼女からは年末辺りの日付が入った領収書をもらう。
今年入った印税で借金を返したことにするわけだ。
ついでに、土地代だけではなくて諸々の諸費用込みでちょっと多めに借りる。
もしも早々に葬式などがあれば、金が必要になるし。
そうならないでほしいところだが。
まぁ、30万ぐらいだな。
足が出た分は、自分の貯金を使いましたでごまかせるだろう。
「それでぇ――それって悪いことをして稼いだお金なの?」
彼女がニマニマして、俺の顔を覗き込んでいる。
「いいえ! あの……競馬でちょこっと……」
「ああ、そうなのねぇ。今度、勝ちそうな馬がいたら教えてねぇ」
「あ、はい」
税務署が来たら、彼女にも口裏を合わせてもらう。
これでパーペキ(死語)――なはず。
やれやれ、やっぱりデカい買い物をするときには、注意せんといかんなぁ……。
綺麗な金ならなんの問題もねぇのに。
――それから、ほぼ毎日婆さんの顔を見に病院を訪れていたのだが、日に日に容態が悪化。
俺の悪い予感のとおり、1週間ほどで婆さんが亡くなった。
個人的には葬式やら墓などに興味はない。
役所に行けば最低限やらなくちゃだめなことは教えてもらえるし、それだけやればいい。
葬式は義務ではないのだが――婆さんにやると言った手前、やらなくちゃマズい。
葬儀屋を呼び、事情を説明して一日葬をやってもらう。
盛大な葬式をやるといっても、あのボロ屋じゃ無理がある。
それに知り合いも親戚もいないのに、葬式だけ盛大にやってもなぁ――と思うのだが、それなりには予算をかけることにした。
黒い背広の葬儀屋の男と一緒に、彼女の遺体を霊柩車で自宅に戻すが、病院から持ってきたものは風呂敷が1つ。
霊柩車が止まり棺が家の中に運び込まれると、一晩安置する。
24時間たたないと火葬できないらしい。
人がやってきたので、事情を話して近所に連絡を回してもらう
コノミがいるので、ヒカルコを帰らせて、俺が一晩婆さんにつき合った。
――次の日、近所の人たちが集まってくる。
その間に、祭壇の準備をしてもらう。
婆さんの棺桶が置かれた回りには沢山の白い花が飾られた。
場所的にもこんな感じで限界だろう。
斎場を使えばもっと派手にできるが――案の定、焼香にやってきてくれたのは、両隣の家だけ。
1人は腰の曲がった婆さんで、死んだ婆さんとは挨拶を交わすぐらいの仲。
もう1人は、隣の白くてデカい家に住んでいる美人の奥さん。
色白の美人なのだが、ちょっと陰鬱な感じがする。
それはさておき、こちらも挨拶をするぐらいだったらしい。
婆さんの身寄りがなかったので、遠い親戚の俺が葬式をすることになったと両者に伝え、香典も断った。
これで香典返しなどもしなくて済む。
俺の思ったとおり――隣近所付き合いもこんな感じなので、斎場での葬式なんてまったく必要なかった。
坊主も呼んでお経を上げてもらい、戒名も結構いいやつ。
禿頭もニコニコだ――坊主ボロ儲け。
主人がいなくなったバラックの家の中に、袈裟を着た男の読経が流れる。
平屋だが2部屋あり、奥の小さな部屋には黒くて小さな仏壇が鎮座していた。
かなり古いものなので、おそらく戦前からあるのだろうな。
その部屋には足踏みのミシンも置いてあった。
婆さんは、あれを使って商売をしていたのかもしれない。
葬式でお経を聞いているのは、結局俺とヒカルコ、葬儀屋の社員だけ。
2人とも喪服を持っていないので、黒っぽい服装をして座っている。
訪れる人もいないし、これでいいだろう。
読経が終わったあと、坊主に礼を渡す。
この段階でも、家を訪れる人は皆無だ。
本当に周りとの付き合いがなかったのだろうと思う。
黒服たちが素早く祭壇を分解したのち、棺桶を霊柩車に乗せて火葬場がある隣町の斎場に向かうことになった。
「ヒカルコ、結構時間がかかりそうだぞ? コノミが帰ってくるから、戻ってくれ」
「大丈夫、大家さんに頼んできた」
大家さんに世話になりまくりなんだが。まったく申し訳ねぇ。
2人で霊柩車に乗り込み、車に揺られる。
俺が助手席で婆さんの遺影を持ち、ヒカルコは後ろの座席。
遺影も、俺が探した写真から、葬式屋が作ってくれたものだ。
随分と若いときの写真だが、これしかない。
まぁ人間死んだら皆20歳って言うぐらいだから、これでもいいだろう。
当然、こういうのも代金に含まれている。
今回の葬式は俺たちだけだが――運転手の話を聞くと、こういう葬式が多いらしい。
「今回、引受ちまった俺も、遠い親戚なんだがな」
一応、そういうことにしておく。
「いやぁ、親戚の方がいらっしゃるだけマシっすよ。ウチの社員だけのこともよくありますし」
黒い背広の男が笑いながら話している。
「そういうときは、どこから金が出るんだ?」
「区からとかですかねぇ」
まぁ、福祉を受けてればそういうことになるのだろう。
引取先のないお骨は、一定期間保管されて、あとでまとめて合祀されるという。
俺たちがいなかったら、婆さんもそうなってたのか。
斎場に到着しても、当然俺とヒカルコだけ。
2時間ほどで火葬が終わるが、なにもやることがない。
「~!」
斎場の中から女性の声が聞こえる。
子どもの名前を叫んでいるらしい。
年寄りのように、ある程度生きていれば諦めもつくかもしれないが、子どもはなぁ……。
先立つ不幸ってのは、マジで親不孝なのだ。
「たまらんなぁ……」
「うん」
建物の中にいるとどうにもいたたまれないので、外に出ると、ごうごうと煙を吐き出す高い煙突を見ていた。
本当は、ここで待ったりしている間に料理や酒などを出したりするらしい。
葬式が嫌いな俺は、人の葬式に出たこともあまりないからな。
焼き終わったので、2人で白くなった骨を拾う。
箸を使って用意してもらった骨壷の中に入れていく。
「骨が少ないな」
「……うん」
結局、骨を拾い終わると家を出てから3時間ほどかかった。
年寄りなので骨も少なく、骨壷の中に収まってしまう。
戦火をくぐり抜け70年近く生きてきたのに、最後はこうなってしまうのか。
人間ってのは、自分自身の誕生と死の瞬間には立ち会うことができない。
常に見ているのは他人の生と死なわけだ。
小さくなってしまった婆さんを抱えたが、このまま歩くわけにもいかず、駅前でタクシーを拾う。
一応乗るときに確認したが、問題はないらしい。
ヒカルコは遺影を持ち、3人で婆さんの家まで帰ってきた。
家の中に入ると奥の部屋にある仏壇の前に、遺影と骨壷を置き、手を合わせる。
線香もあったので、マッチで火を点けた。
仏壇の部屋には生活感がなく、ゆらゆらと白い煙だけが漂う。
この部屋は、あまり使っていなかったようだ。
結局、葬式諸々で10万円ほど費用がかかった。
「婆さん、これで勘弁してくれ。あとで墓も買うからな」
葬式も終わったので、家の中を片付け始めた。
とりあえず、使えそうなものは使ってもいいだろう。
婆さんには悪いが、捨てるものは捨てないと駄目だな。
ここを倉庫や作業場にすれば、購入代金も経費として落とせるだろうし。
その前に、電気やら水道を止めないとな。
水道局とか電力会社に電話すればいいのか?
電話とかネットもない時代だしなぁ。
昔はどうしてたっけ?
なん回かここに訪れたが、婆さんは電気を使っていなかったようだし……。
外に出て確認してみるも電灯線が引き込まれている節もない。
部屋を見回して考え込んでいると、ヒカルコが口を開いた。
「ショウイチ――ここに住むの?」
「いや、住まないぞ。あのアパートの金を2年分先払いしているしな」
それに、ここは今にも崩壊寸前なぐらいにボロボロだしな。
東京で大きな地震は平成までないはずだけど、地震が来たら崩壊するかもしれん。
「わかった」
「金ができたら改築してもいいしな」
「コクコク」
どうせほとんどが土地代で、この上モノなんて計算に入ってねぇし。
「普段使わないものとか置いておく倉庫に使うか。夏になったらストーブとか要らんし」
一応、アパートの階段の下に物置はあるんだが。
ヒカルコと話していると戸が開いた。
「ごめんください~」
「は~い」
玄関に行くと、青いつなぎのような服を着た作業員風の男。
ツバ有りの服と同じ色の帽子をかぶっている。
「水道料金のことでお伺いいたしました」
「ああ、もしかして水道局の人?」
「はい、そちらから委託されている者です」
この時代は、振り込みとかがなかったので、こうやって委託された業者が一軒一軒、徴収していたようだ。
水道局に電話をかけると委託会社に連絡がいき、こうやって戸別訪問するわけだな。
なにせ電話を持っている家も少ないし。
そう考えると、世の中が便利になることで様々な職業がなくなったんだと思う。
「ちょうどいいところに来てくれた」
「今日、お葬式をやると聞いたので」
ああ一応、この人も同じ町内で、そういう話が回っていたのか。
「ああ、それでな。ここに住んでいた婆さんが亡くなってしまったので、水道を止めてほしいんだが」
「ここに、お住まいにはならないんでしょうか?」
「倉庫に使おうと思っているんだけど、また使うときには、そちらに連絡すればいいわけ?」
「はい」
そういうわけで、水道の基本料金を払う。
100円だ。
水は輸入していないので、安いらしい。
婆さんの家では電気は使っていなかったようだが、普通の一軒家だと3500円ぐらいかかるらしい。
電気製品がほとんどない時代なのに、元時代換算だと3万5000円ってことになるから、やっぱり電気代も高いよなぁ。
都も電化政策みたいなことをやっていて、強制的に電化させているというのも聞いたことがある。
所得に対して物価が高いから、庶民の生活は苦しいに違いない。
それでも、この時代がよかったという年寄は多い。
なぜなんだろうなぁ。
確かに、これから日本はどんどんよくなる――という希望みたいなものに溢れてはいるのだが。
そういえば、ウチのアパートは電気代込みで前払いしているのだが、冷蔵庫を買ったりしたから大家さんの支払いが増えているかもしれないな。
水道屋が来てくれて助かったな。
今日1日で片付くわ。
電気、水道ときたら、次はガスか。
台所を見てみるが、コンロらしきものはない。
あるのは、セメントでできた昔ながらのカマド。
どうやら、薪とかゴミやらを燃やして料理をしていたらしい。
薪なんてどこから買ってたのか、想像もつかない。
近くの風呂屋は薪を燃やしているようなので、そういうのも売っている場所があるのだろう。
手間はかかるが、彼女にはこれで十分だったのかもしれない。
すべて片付いたはずなので、ヒカルコを1人アパートに帰らせた。
「俺は駅前で南京錠を買ってくる。そろそろ、コノミが帰ってきてるだろうし、飯の用意もあるだろ?」
「コクコク」
婆さんの家の玄関には鍵すらなかったのだ。
鍵を買ってくると、大工道具を取りにアパートに戻ったのだが、ヒカルコが塩を振ってくれた。
玄関には盛り塩もしてある。
あ~、そういうのを、すっかりと忘れていたなぁ。
俺はまったくそういうものに興味がない人間だからなぁ。
いやいや、人の親になるからには、それじゃいかんのか?
コノミを呼んだ。
「人が死んだらお葬式ということをやるんだ」
「コクコク」
「帰ってきたら、こうやって塩をかけてもらい、家の前にも塩を盛る」
小皿に入れた塩を指した。
「これ、塩を振る順番もあるんだろ?」
「多分」
ヒカルコも知らないらしいが、そこに大家さんがやってきた。
「あ、コノミの面倒見てくれてありがとうございました。いつもお世話になりまくりで、本当に申し訳ない」
「もう、私も篠原さんにはお世話になっているしぃ。それよりも――篠原さん、お葬式だったんだって?」
「はい、知り合いの婆さんの身内がまったくいなかったみたいだったので、頼まれまして」
「大変ねぇ」
「まぁ、乗りかかった船ですし」
対価が土地なら、俺にも十分にプラスだし。
「私も篠原さんにお葬式を出していただこうかしら?」
「ええ? 大家さんには娘さんと娘婿がいるじゃないですか」
「あの子って本当に、私のお葬式とかしてくれるかしら?」
「そりゃ実の娘ですし、しますでしょ?」
「心配だわぁ……」
本当に心配している。
不仲ならそれもありえるが、そんなに不仲でもないらしいし。
大家さんに、塩の振り方を教えてもらう。
平成令和には廃れていた気がするのだが、昭和を生きるためには知っていたほうがいいかもしれない。
コノミの頭をなでると、俺は大工道具を持って家を出た。
婆さんの家に戻り、錠前の金具を取り付ける。
まぁ、こんなの壊そうと思ったら、簡単に壊れるよな。
そんなことになっても、中に盗まれるようなものはなにもないし。
ここに隠し場所を作って、見つかったら困るスマホなどを隠そうと思っている。
彼女が持っているスマホと同じものを俺が持っていると知ったら、彼女はなんと言うだろうか。
子どもってのは好奇心の塊で、部屋の中を探検したりするからな。
俺にも経験があるからコノミが同じことをやったとしておかしくはないし、叱るわけにもいかない。
トンテンカンとしていると、近所の人がやってきた。
エプロンをしたオバサンだ。
「長良さん、亡くなったんですって?」
名前は知っているけど、つき合いはなかったんだろうな。
「はい、近所に住んでいる篠原と申します。私が管理することになりましたので、よろしくお願いいたします」
なるべく丁寧に接する。
「ここに住むの?」
「いえ、子どももいるので、ここに住むのは難しいですかねぇ……」
「そうねぇ」
このオバサンが心配するぐらいに、ボロボロなのだ。
さらに家というのは、誰かが住んでいないとあっという間に老朽化が進む。
誰もいないとわかれば、荒らしたりするやつらも出るしな。
それどころか、勝手に住み着く連中もいる。
確か10年ぐらい住んだら自分のものにしてもいい――みたいな法律もあったはず。
もう登記簿謄本にも俺の名前が載っているから、その手は通じねぇけどな。
鍵をつけ終わった頃には、もう日が傾き始めていた。
やっぱり1日葬ってのは慌ただしいな。
アパートに帰ると、ストーブで暖められた部屋の中に夕飯ができていた。
帰ると飯ができているというのは、やっぱりいいもんだな。
全員血がつながっていない、赤の他人による家族ゴッコなのだが、生みの親より育ての親って言葉もあるし。
家庭などというものからまったく無縁だった俺が、昭和にやって来てこんな生活を送るとは。
飯を食い終わったらゴロゴロする。
今日は疲れた。
ハードスケジュール過ぎた。
コノミが勉強するというので、ヒカルコと一緒に見てやる。
彼女もかなり漢字を覚えたようだ。
ヒカルコも疲れたようなので、今日は早めに寝ることにした。
布団を敷いたのだが、コノミが俺の布団に入ってくる。
「ヒカルコと寝なさい」
「フルフル」
今日は、どうしても俺と一緒がいいらしい。
「それじゃしょうがない」
「!」
コノミが布団に潜り込むと、ヒカルコもやってきた。
「3人は無理だろ。はみ出るし風邪でもひいたらどうする!」
「「フルフル」」
なんとか説得しようとしたのだが、今日はしつこい。
仕方なく、布団を2つ縦に並べて掛け布団は横に被せた。
掛け布団を縦にすると、真ん中の俺がはみ出る気がするし。
「はぁ~」
俺はため息をつきながら、眠りに着いた。
――次の日、目を覚ますと脚が布団から出ていた。
やっぱり布団を並べたりしても、寝返りしたりするとどっかいっちゃうんだよなぁ。
コノミは身体が小さいので、はみ出すことはないだろうが。
その彼女は俺に抱きついてまだ寝ている。
ヒカルコは先に起きて、食事の用意をしているようだ。
朝食のあと、コノミを学校に送り出すと、俺が手に入れた婆さんの家の捜索を始めた。
裏の小さな物置やら、色々と全部ひっくり返してチェックする。
畳をひっくり返して、板も剥ぐ――と、ここまでやって懐中電灯が必要だと思い、買いにいった。
スマホのライトが使えそうなのだが、まだここには持ってきていない。
ヒカルコの隙を見て、どこか隠す場所を作らないとな。
駅前の小さな電気屋で、懐中電灯と単一の電池を買う。
まだ電池じたいが高いからな。
一昨年に黒い容器の高性能マンガン電池が発売されて、通常の1.5倍長持ちになったと、電気屋の店主が言っていた。
あの黒い電池って、こんな昔からあるのか。
かつてラジオも真空管だったから、どうしても100Vから取る必要があるんだよな。
そこでトランジスタラジオが発明されて、電池でも動くようになった。
乾電池の時代だ。
買ったばかりの懐中電灯を持って、手に入れた家に帰ると早速床下を照らす。
地面に石が置いてあり、その上に柱などが建っている作りで土台がない。
床下をぐるりと見てみたが、なにもないようだ。
壺なんかが埋まっていて、なにか金が隠してあって――とかそんなことを考えていたのだが、そんなことはなかった。
まぁ、そんな隠し財産があったら、金に困ることもなかっただろうしな。
床が終わったら、次は天井だ。
通常は押入れ上の板は外れるようになっているはず。
押入れに入っていた布団などを出すと、中に入って天井裏にアクセスする。
ネズミでもいるかとおそるおそる開けてみたが――いない。
食うものがなければ、入ってこないか。
懐中電灯でぐるりと照らすとなにかあるのを見つけた。
「よっしゃ、こういうのよ!」
一つは茶色の油紙で巻かれたもの、そしてもう一つは新聞紙で巻かれて長くて反ったもの。
ホコリまみれになりながら手を伸ばすと、それを掴んだ。
「この形は――間違いないだろ」
一度、押入れから出て、ものを確認するために新聞紙をはぐ。
中からでてきたのは、深緑色の軍刀。
よっしゃ! 俺はその場でガッツポーズをした。
婆さんは話していなかったが、自分でも忘れていたのかもしれない。
彼女の旦那は軍人だったと聞いたから、形見で取っておいたものなのかも。
鍔についているストッパーを外して、抜いてみる。
20年近くノーメンテだったから、少々錆が出ているが、刃紋などは確認できる。
あいにく専門家じゃないので、いいものかどうかは解らない。
これ以上錆を進行させないためにも、油を塗らないと駄目だろう。
「あ、そうだ!」
ここにはミシンがある。
ミシンがあるってことは、ミシン油があるだろう。
探すと白い容器に入った油を見つけたので、刀身に塗りたくった。
本当は専用の油があるらしいのだが、錆止めならこれでもいいはず。
当面はこれでいいとして、研ぎに出したりするには、登録をしなくてはならない。
それに日本刀造りのものでなければ、登録できずに潰されてしまう。
たとえば素延べの刀とか、トラックのスプリングで作ったものとかな。
この軍刀には刃紋があるので、そういう類のものではないような気がするが……。
そしてもう一つ、油紙でぐるぐる巻きになっているものがある。
ベタベタする紙を外していくと、徐々に――ああ、やっぱり――とした形が出てきた。
茶色のベタベタの中から出てきたのは、旧軍の拳銃。
14年式と呼ばれるタイプで、普通の拳銃のようにスライドではなくて、後退するボルトがついている。
油まみれなので、錆は出ていない。
ボルトを引いてみる――動きも大丈夫だ。
これは十分に使えるのではないだろうか。
弾も一緒に巻かれていて、錆もでていない。
「う~ん」
これは警察に届けるべきであろうか。
しばし葛藤をするが、手に持つと黒光りするボディーにずっしりとした感触。
しかも大戦末期の乱造品ではなくて、綺麗に機械加工されており、初期のできがよいものだ。
これぞ男のロマン――手放すのはもったいない。
俺は再び油紙に巻くと、天井裏にそれらを戻すことにした。
別に使おうとかそういうことじゃないが、せっかくのお宝じゃん。
人には見せないようにしないとな。
どこから露見するか解らんし。
もちろん、ヒカルコや八重樫君にもだ。
八重樫君なんて、「篠原さん、だめですよ~警察に行きましょうよ~」なんて言い出すに決まっている。
せっかく手に入れたんだから、こいつは俺のものだ――フヒヒ。
お宝を見つけて舞い上がってしまったが、俺は婆さんの仏壇に手を合わせた。





