33話 金が入る
昭和にやってきて2回目の正月を迎えた。
1回目は、生活するのもギリギリ。
競馬で稼いだおかげで、今年はかなり余裕がある。
なぜか扶養が2人も増えてしまったが、ヒカルコのやつは自分で稼ぎ始めたので心配はしてない。
かなり才能もあるからな。
八重樫君もそうだが、これだけ才能のある人物が埋もれてしまっていたのか。
文化的な損失だったかもしれない。
俺がいなければ、八重樫君もヒカルコもずっとあのアパートのまま。
ヒカルコにいたっては、ロクでもない男にひっかかって人生の吹き溜まりに転落していたかもしれねぇ。
頭のいい彼女のことだ、薄々それに気がついていて俺を頼ったのだろう。
まぁ、そのロクでなしが俺っていう可能性もあるのだが。
前のアパートの大家さんの所に年始の挨拶に行った。
めちゃ世話になってしまったしな。
そこには、以前俺が放り込んだ女がいるのだが、真面目に働いているらしい。
金がないみたいなので、少し小遣いをくれてやった。
給料から色々と引かれているから手取りが安いしな。
――アパートに戻ると、ヒカルコが投稿する小説を書きながら、コノミに漢字などを教えていた。
コノミは、相原さんが持ってきてくれた漫画を読んで、ルビを振ってある漢字を覚えているようだ。
まぁ、読み書きそろばんができれば、なんとかなるし。
小学の理科とか社会とかは、なにをやったかすら覚えてないレベルだし。
ああ、乾電池で豆電球が灯るとかやったか。
でも、そのぐらいだよなぁ。
あとは菜園を作って芋を作ったりとかヘチマを育てたりとか。
冬休みの宿題も出たようだが、1年生の漢字の書き取りと、2桁の足し算引き算ぐらいだ。
コノミに繰り上がりを教えたらすぐに覚えたので、それが3桁になろうが4桁になろうが理屈は同じ。
あとは面倒だといえば、九九ぐらいだ。
「そうだヒカルコ。時計の読みかたも教えてやれ」
俺はコートを脱ぎながら、食器棚の上に置いてあった折りたたみのトラベルクロックをちゃぶ台の上に置いた。
時計の時間合わせは、ヒカルコの目を盗んでたまにスマホでやっている。
ネットの時刻サーバーがないので自動修正はされないが、アナログ時計よりは正確だ。
まぁ、5時だか6時に、町内放送の時報が鳴るので、それで合わせてもいいのだが。
「コクコク!」
彼女がする時計の説明を、コノミが一生懸命聞いている。
やる気があるのはいいことだ。
数字は読めるし、足し算引き算はできるなら、時計も大丈夫だと思うが……。
正月とかいってもやることもないので、俺も仕事をしよう。
普通の家庭では、白黒TVでも観てゴロゴロしているんだろうな。
確かに昭和の時代はTVがすべてだったしな。
文机に原稿用紙を広げて書き始める。
しばらくすると、俺の近くにコノミがやってきて漫画を読み始めた。
「ん? どうした?」
「……」
「解らない漢字でもあるのか?」
そうではないらしいので、彼女の頭をなでなでしてやる。
するとコノミは俺の太ももに、漫画を置いて読み始めた。
どうやら構ってほしいらしい。
彼女を抱き上げて俺のあぐらの上に乗せると、一緒に漫画を読み始めた。
原稿を書こうとしたのだが、この体勢だと中々難しい。
「ヒカルコ、ここにちゃぶ台を持ってきてくれ」
文机の左側にちゃぶ台を並べると、コノミはちゃぶ台で漫画を――俺は右側で原稿を書く。
右手だけしか使えないが、なんとかなる。
そう思っていたのだが、ヒカルコのやつが俺の右側にきて原稿を書き始めた。
「なんで、お前がそこに来るんだよ。広い所で書けばいいだろ?」
ちゃぶ台にはスペースがあるのだ。
「フルフル」
わざわざ狭い所にやってこなくてもいいだろう。
ネコかよ。
――そんなことをやっているうちに正月は過ぎた。
保存食ばかりで飽きるかと思ったのだが、そんなこともない。
追加で八重樫君から餅をもらったりしたし。
彼も食いきれなくていつも困るようだ。
そうなん枚も食えるものでもないしなぁ。
今回おせちを作ったりしなかったが、ここらへんは世間に合わせるべきなのだろうかと悩む。
あまり周りから外れた生活をしていると、コノミが浮いてしまうのではないだろうか。
俺はいいのだ、大人だからな。
たとえばTVだ。
これからはTVの時代になる。
それは間違いない。
俺のガキの頃がそうだったように、子どもたちの話のネタとしてもTVの話題でもちきりになる。
TVを観たことがないコノミが、子どもたちの輪に入っていけなくなるのではないだろうか。
そうなると、TVを買ったほうがいいのか……。
いや、一軒家――せめて2部屋のアパートを借りることができるようになるまでTVは保留しておきたい。
この部屋でTVとか観られたら、俺の仕事ができなくなるしな。
俺は、TVを見ながらとか音楽を聞きながら~というのができない人間なのだ。
コノミには悪いけどな。
店が休みなので食材はないが、卵が沢山あるのでチャーハンを作ったりもしてみた。
ヒカルコは作ったことがないらしいので、俺が作ったのだが中々評判がいい。
ふふふ、俺はチャーハンにはうるさい男だからな。
肉がないので、卵だけチャーハンだけどな。
いや、焼き飯といったほうがいいのか。
おせちに飽きたのか、大家さんまで食べにきていた。
やっぱり、あれは飽きるらしい。
「篠原さん、料理も上手なのねぇ。玄人はだしなんじゃない?」
大家さんが俺の作ったチャーハンを食べている。
「「コクコク!」」
コノミとヒカルコがうなずいている。
「いやぁ、一人暮らしが長かったですからねぇ。おかげで、その歳で結婚しない男はピーだとか散々言われましたけど」
「解るわぁ。私も旦那が戦死してから、再婚しないのかとか、なん回も言われたし……」
「そんなの好きにさせろって話ですよね。特に大家さんなんて資産があるんだから、男の手なんて要らないだろうし」
「そうねぇ、あはは」
本当に昭和の時代は、結婚しないやつはいつまでたっても半人前、挙げ句にピーだとか頭がおかしいとか言われていた。
まぁ、平成令和になってもそういうことを言う奴がいたから、変な同調圧力は昭和に限ったことじゃねぇけど。
大家さんにも言ったが、そんなの好きにさせろって話。
俺の他にもそう思っているやつらが沢山いたんだろう。
時代が変わり、そういう同調圧力が薄まると、婚期が遅くなり結婚しないやつが増えた。
とても賑やかな俺の所だが、八重樫君のところも休みだったのは正月三が日だけ。
4日からは矢沢さんがアシに入って仕事を始めている。
俺が作ったチャーハンを彼の所にも持っていったので、矢沢さんと一緒に食べているはずだ。
――そして1月12日になった。
コノミは昨日が始業式で、今日から通常授業だ。
昨日は、コノミとヒカルコが一緒に買物に行ってお金の使い方などを教えていた。
実際に駄菓子屋でお菓子などを買ってきたようだ。
コノミも、大人が銀色のものや紙を渡して、ものと交換しているのは知っていたらしい。
自分はそれを持っていないから、パンなどを食べられないのだと理解していたという。
自分でお金を使ったのは、今日が初めてってことだな。
朝食を食べたあと、彼女を学校に送り出すと電報が届いた。
相原さんから、ヒカルコの口座に原稿料を振り込んだらしい。
多分、手続きしたのは昨日11日なのだろう。
10日は日曜日だったし。
どうなったのか気になるので、俺たちは通帳を持って銀行に行ってみることにした。
俺はいつもの格好にコート。
ヒカルコは、セーターにジーンズを穿いている。
やっぱり冬場にスカートは寒いらしい。
銀行にハンコは当然必要だろう。
一応身分証明書として、いつもの米穀通帳を持つ。
帰りに買い物をするつもりなので、買い物カゴを2つ持った。
ついでに風呂敷も持ったが、昔はこいつも活躍していた。
平成令和のコンビニ袋みたいな感じだな。
包み方によっては、色々なものを運ぶことができる。
俺がガキの頃までは活躍していた。
コンビニ袋を禁止するぐらいなら、風呂敷が復活してもいいと思うのだが、そんな話は聞こえてこなかった。
要はコンビニ袋が便利すぎて、そんなものに戻りたくはねぇってこったな。
俺たちは歩いて国鉄の駅前までやってきた。
ここには五井銀行の駅前支店がある。
コンクリート製で、店の中はあまり平成令和と変わらない感じ。
ただオンラインとかは一切していないので、手続きは全部窓口だ。
当然ATMなども存在していない。
紺色の制服を着た女性に声をかけた。
「すみません、通帳の記入をお願いしたいんですけど」
「はい、これをどうぞ~」
発券機とかで順番待ちとかそういうのもないらしい。
番号が書いてあるセルロイドの板を渡された。
これなら郵便局のほうが簡単だな。
近くにあるし、みんな郵便貯金を利用するわけだ。
「○○番さ~ん」
呼ばれたので、窓口に行くと通帳を出した。
「座席でしばらくお待ちください」
「はい」
待っていると、ヒカルコの名前が呼ばれる。
受け取った通帳を見ると、確かに原稿料が24万円振り込まれていた。
もちろん原稿料なので、源泉徴収されてこの金額。
これは、一番最初に書いた学年誌のおまけの原稿料だ。
4回に分けて付録として小説がついたというあれだな。
小説自体は、すごく評判がよかったらしい。
「やったな」
「フンス!」
彼女も気合を入れている。
やっぱり実際に金を見ればやる気も違うってもんだろう。
「どうする? 少し下ろして行くか?」
「……」
競馬で当たった金がまだ残っているらしい。
買い物の金などは俺が出しているしな。
「どうした?」
「ショウイチにお金返す……」
「それはいらねぇ。洗濯やら食事の用意とか、コノミの面倒みてもらっているからな」
「……でも、半分はショウイチのお金……」
「半分はもらいすぎだな。原作料なら通常3割だから、え~と7万2000円か」
「下ろす」
「面倒だからいいっての」
「う~ん……」
ヒカルコはずいぶんと気にしているようだが、今から金を下ろすとなるとまた待たなくてはならない。
「文学全集の金も入ってくるから、そのときでもいいぞ」
「……わかった」
平成令和のATMやら、ネット口座、電子マネーやらに慣れちゃってるから、窓口は非常に面倒クセェな。
それにしてもハンコさえあれば身分証明書は要らないのか。
確かに昔はそうだった気がするな。
偽名やらペンネームで通帳が作れたぐらいだし。
漫画家になる――みたいな本に、恥ずかしいペンネームはつけるなと書いてあったな。
銀行で名前を呼ばれるときに、恥ずかしい思いをするかららしい。
平成令和は、そういうことができなくなっているから、そんなことはなかったが。
久しぶりの買い物なので、大量買いしてしまった。
色々と買い込むが、人出が多いので皆そうなのかもしれない。
やっぱり元旦からコンビニが開いているってのは便利だよなぁ。
まぁ、その分正月から働いている人がいるってことになるんだけどさ。
家に帰ってくると、食材を冷蔵庫に入れた。
寒いので、入りきれない野菜などは、外に出して置いても平気だろう。
ここには八重樫君しかいないしな。
アシスタントに矢沢さんも来ているが、大家さんの二階の部屋を仮眠室に借りているらしい。
タダってのもマズいということで、出版社の経費から1000円だけ出してもらっているという話だった。
まぁ、タクシーを使うより安いし、自宅に帰る時間があれば、その分仕事ができるからな。
食材を冷蔵庫に突っ込んで、部屋に戻るとヒカルコが抱きついてきた。
大金が入ったので、テンションが上がっているらしい。
「はは、コノミがいるとできないからなぁ」
「……」
彼女が恥ずかしそうにうなずいたのだが、あまりに体重をかけてくるのでバランスを崩す。
畳に尻もちをついてしまった。
「待て待て、寒いからとりあえず火を点けようぜ」
くっついたまま離れないので、彼女を引きずって火を点けた。
寒いので上着も脱がずにそのままやるが、とりあえず敷布団だけは敷いた。
暖まるまで待てばいいのに、ヒカルコが待ってくれないのだ。
彼女を後ろから抱えると、セーターの下から手を入れる。
「ぴゃ!」
「冷たいだろ? だから待てって言っているのに……」
とりあえず、布団の中でゴニョゴニョした。
やっている間に部屋が暖まったので、上着を脱いで仕事をする。
しばらく仕事をしていると、突然ヒカルコが布団を引きずったまま抱きついてきた。
「うわ、なんだ驚かすなよ」
「……」
どこを見ているのか解らない顔で、俺のふとももを枕にし始めた。
静かなので、見れば寝ているように見える。
「そろそろ、昼なんだがなぁ……」
彼女の頭をなでると、そのまま仕事をして30分経過。
ヒカルコが目を覚ました。
「……」
「まだだめか? 昼だけど俺が作るか?」
その言葉に彼女がむくりと立ち上がると、ジーンズを穿き始めた。
「私が作る」
それから昼飯を軽く食べ、3時近くになるとコノミが帰ってきた。
「……ただいま」
「おかえり~」
外は寒かったのか、鼻水をたらしているので鼻をかんであげる。
「ち~ん!」
「チリ紙を持たせてあるんだから、自分で鼻をかむんだぞ」
「コクコク」
昔は、ハンカチと一緒にチリ紙がセットだったな。
ポケットティッシュなんてなかった時代だし。
寒かったのか、コノミがストーブで手を炙っている。
保健室や教室にもストーブはあるらしい。
「ストーブでなにを燃やしてた?」
「……黒いもの」
黒いものといえば石炭だろう。
この時代、まだ石炭のほうが安いんだろうな。
北海道や九州でも石炭を掘っていたし。
「そりゃ石炭だな」
「せきたん……」
「黒い石なんだけど燃えるんだ。燃えてただろ?」
「コクコク」
ずっとネグレクトで、外にもほとんど出ずに過ごしてきた彼女にとっては、知らないことばかりだろう。
それらを全部、あれこれと教えてあげなくてはならない。
「石炭は黒いけど、似たようなものでダイヤモンドっていう透明なものもある。同じように燃えるんだぞ?」
「にゃ?!」
変な声がしたので、見ればヒカルコが固まっている。
「なんだ?」
「ダイヤモンドって……燃えるの?」
信じられないって顔をしている。
「ダイヤも炭素だって習っただろ? 炭素なら燃えるに決まっているだろ」
「そ、そんなの燃やしたことないし……」
「ははは、まぁな」
身体が暖まると、コノミは勉強を始めた。
彼女も早く普通の教室で、他の子たちと一緒に勉強したいのだ。
1人じゃつまらないからな。
「保健室で1人じゃ、友だちとかできないか?」
「フルフル」
彼女が首を振った。
「え? 友だちできたのか?」
「うん」
どうやら、いつも保健室を利用している女の子がいるらしい。
その子と仲良くなったみたいだ。
意外とコミュニケーション能力が高くて驚く。
まぁ、自分の意思で引きこもりしていたわけじゃないしな。
本質的には外向的な性格をしててもおかしくはない。
彼女に話を聞くと、件のお友だちは漫画などを禁止されている家庭らしい。
ああ、八重樫君の家のように、「漫画を読むとバカになる」とか言ってる家庭なのだろう。
「お友だちができて、よかったな」
彼女の頭をなでなでしてやる。
仲間が増えれば、イジメやらを受けるリスクも減るし。
この時代、子どもたちの揉め事は子どもたちで解決するというのが普通だった。
ガキ大将を頂点とした、スクールカーストみたいなものも存在していたし。
子どもの喧嘩に親が出たりすると、バカにされたり非難されたぐらいだ。
俺も喧嘩に負けて家に帰ると、親父に殴られて、「殴り返して来い!」とか言われたもんだ。
犯罪教唆の酷い話だが、これが昭和だ。
若い人からすれば、昭和こそが異世界なのかもしれない。
「なにか、学校で面白いことはないか?」
「……」
彼女がなにか説明をしているのだが、よく解らない。
ちょっと困っていると、ヒカルコが気がついたようだ。
「解った、型抜き」
「ああ、型抜きかぁ」
型抜きってのは、テキヤがやっている出店の1つだ。
小麦粉かなにかでできた薄い板をくり抜いて、上手くくり抜けたら商品がもらえるとかそういうの。
「コクコク」
「あれは、インチキだからな。金を出してやっちゃだめだぞ」
「コクコク」
「あとは――カラーひよことか売っていることがあるけど、あれも買っちゃ駄目だぞ。可愛いけどな」
「駄目?」
そう言ったのはコノミじゃなくて、ヒカルコだ。
「お前も買ってくるなよ」
出店で売っているひよこは、全部オス。
しかも可愛いのは数日で、スグにデカくなる。
デカくなったらオスなので毎日コケコッコーとうるさい。
結局、すぐに絞めて鍋にする羽目になる――とふたりに説明をした。
「「……」」
2人とも黙っているので、念を押した。
「買ってくるなよ?」
「「……」」
大丈夫か?
心配だが、みんな失敗して大人になるんだからしゃーない部分もある。
でも、それでトラウマ抱えることもあるからな。
マジでデカくなった鶏は絞めるしかないのだ。
こんな街中じゃ飼えねぇし。





