31話 クリスマス
どうしてこうなったのか解らんが、行き倒れで拾った女の子が篠原コノミとして学校に通い始めた。
家庭裁判所まで行ったが彼女の戸籍が取れることになり、これでなんの問題もなくなった。
戸籍の問題は解決したが、彼女はいままで学校に通ったことがなく、学力に乏しい。
保健室で特別な授業を受けつつ、クラス編入を目指すことになった。
最終的にどの学年になるかは不明だ。
おそらく3年生辺りになるんじゃないかなぁ……と思う。
中々大変だとは思うが、本人に頑張ってもらうしかない。
俺が代わってはやれないのだ。
それでも家に帰ってきてヒカルコと勉強をしているぶんには、頭が悪いようには思えない。
物覚えもいいし、もしかしたら結構高学年に編入できるかもしれない。
来年の春、無事に編入できればいいのだがなぁ。
コノミの戸籍ができたので、裁判所からもらった書類を持って区役所に行く。
彼女の住民票と保険証を作るためである。
コノミとヒカルコも一緒で、俺もしっかりと身なりを整えてスーツも着ている。
戸籍は作ったが養子縁組をしたわけではないので、コノミは俺の子どもではない。
それでも俺が保護者になったのは間違いないし、養子縁組までは必要ないだろう。
また少々金を使うことになるが、弁護士の先生に区役所まで同行してもらった。
なん回目かになる、戸籍課のカウンターに行く。
「あの~」
「はい、なんでしょう?」
紺の制服を着た女性が対応してくれた。
「この子の住民票を作りたいんですけど。これ、裁判所からの書類です」
「は、はい、少々お待ちください」
書類に目を通してくれている職員は、以前に来たときと同じ女性だ。
「前に、この子を連れてきたときに、警察に通報されたのですが覚えてますかねぇ?」
「え?!」
彼女が驚いて、チラチラと全員を見ている。
その表情からして、記憶にあったのだろう。
「通報するように言ったのは、どなたなんですかね? あなたの独断じゃないですよね?」
「あ、あの……申しわけございません! 課長に言われまして……」
「その課長さんっています?」
「は、はい……」
「その手続きはお願いしますよ」
「は、はい!」
すぐに課長という男性がやって来た。
太って腹が出た中年男性で、頭が禿げてバーコードだ。
脂ギッシュで鼻が赤い。
「なにか?」
男は、呼び出されて不満げな様子。
「私、篠原と申します。こちらは弁護士の先生」
「弁護士の沖田です」
先生が名刺を男に渡した。
相手が弁護士だと解った瞬間に、男の態度が変わる。
「あ、あのいったい……どのようなご要件でしょうか?」
「先日、この子を連れてここにやって来たときに、警察に通報されましてね」
「は、はぁ……」
男が脂汗をかき始めた。
「先ほどの女性は、私を通報したことを覚えていらっしゃいましたよ」
「いや、あの……その」
男の顔を見ても、通報したのは覚えがあるらしい。
「そちら様は、覚えていらっしゃいますか?」
「も、申しわけございません。あ、あの……」
「警察に連行されて、大変な精神的苦痛を味わいまして、そちら様を名誉毀損で訴えてもよろしいですか?」
「え?! あ、あの、も、申しわけございませんでした!」
男が、カウンターに頭をくっつけた。
なにごとかと、周りの人や職員たちも、こちらを見ている。
男の話では――俺が戸籍のない子どもを見つけて、ここに預けるというのであれば、区長の権限で保護できたらしい。
だが、そうではなかったので通報したようなのだが……。
「そもそも――誘拐とかする人間が、女の子の戸籍のことを尋ねて来たりするはずねぇだろ?」
俺もいきなりガラが悪くなる。
「いや、その、ごもっともなのですが……」
男が汗どっぷりになって、Yシャツが透けるほどの状態になっている。
まぁ反省しているようだし、べつにこれ以上、ことを荒立てる気もない。
コノミの住民票と健康保険証が作れればいいのだ。
課長という男を解放して、書類ができるのを待つことにした。
問題なさそうなので、弁護士の先生はお仕事終了だ。
「先生、わざわざありがとうございました」
「いえいえ、よかったですね」
「「ありがとうございます」」
一緒にいたヒカルコも礼をすると、弁護士は帰っていった。
待っている間、コノミはずっと持ってきた本を読んでいる。
俺とヒカルコも小説を読む。
結局、1時間ほど待たされたが、無事にコノミの住民票と保険証ができた。
保険証は彼女個人のもので、俺の被扶養者にはなっていない。
養子縁組はしてないから当然だが、金は俺が払うわけだし、これで困ることはないだろう。
------◇◇◇------
――そしてカレンダーは冬至を過ぎた。
大家さんからかぼちゃをもらう。
そういえば、そういう行事もあったなぁ。
1人で暮らしていると、そういうのはどうでもよくなるんだよなぁ……。
不本意ながら、人並みの生活のために年賀状も書いたりする。
――とは言っても、前のアパートの大家さんと、弁護士と、相原さんぐらいだ。
八重樫君は隣に住んでいるから、年賀状なんていらねぇだろうし。
コノミの件でバタバタしていたが、趣味で書いている大衆小説を1本書いて、出版社に送った。
あ、そうそう――出版社の担当にも年賀状を送っておくか。
以前の話ではシリーズ化したいということだったのだが、結局売れなくて立ち消えになる――なんて話はよくある。
取らぬ狸の皮算用や、ぬか喜びにならないように、過剰な期待はしないでおく。
まぁ、慌てなくても金はまだある。
前に渡した分は確実に入ってくるしな。
徐々に寒さがマシマシになってくるが、今年はストーブがあるからぽかぽかだ。
八重樫君は羨ましがっているのだが、さすがにストーブ代は肩代わりするには高すぎる。
まぁ、安いストーブもあるのだから、彼も買おうと思えば買えるはず。
そんなある日の夜、相原さんが献本を持ってやって来た。
「コノミちゃん、元気にしてた~?」
「!」
コノミは、漫画とケーキを持ってきてくれる相原さんが大好きである。
出版社に余っている漫画とか絵本とかを持ってきてくれるのだ。
「相原さん、いつもすみません」
「いいえ、これも編集の仕事ですから」
彼女の話では、宇宙戦艦ムサシが載っている雑誌の売上がまた伸びたらしい。
順調にヒット作への道を歩んでいるじゃないか。
コノミは相原さんにもらったケーキを、一心不乱に食べている。
「コノミちゃんの学校のほうはどうなんでしょう?」
「問題ないみたいですよ。普通の授業はみんなができるまで待ってから進みますが、彼女の場合はできればどんどん先に進みますから」
「コノミちゃん、勉強は難しくない?」
「大丈夫」
「そうなんだ」
「中々頼もしいでしょ?」
「そうですねぇ」
漢字などは漫画を読んで覚えている。
少年誌のふきだしに書かれてる漢字にはふりがながふってあるのだが、それで覚えているらしい。
いままでインプットがなかったせいか、知識欲と吸収力が凄い。
最初、相原さんに誤解されたときにはどうしようかと思ったが、彼女も理解してくれたようだ。
「でも、ストーブがあるとやっぱり暖かいですねぇ」
「前のアパートは寒かったでしょ?」
「あはは、いいえ」
「八重樫君も寒いみたいですが、これを貸すわけにはいかないしなぁ」
「それはさすがに……」
最近、彼は電気毛布を買ったらしい。
かなり暖かいと言っていた。
あれは身体は暖かくなるが、手が冷たいんだよねぇ。
七輪なんて手もあるが――一酸化炭素中毒が怖いし。
人気漫画家が中毒死なんて洒落にならない。
「それから、おふた方の銀行口座を作っていただけませんか?」
「口座ですか?」
「はい、国鉄の駅前に五井銀行の支店がありますので」
そろそろ小説の原稿料が支払われるのだが、金額が大きいので振込になるようだ。
さすがに相原さんが大金を持って運ぶわけにはいかないだろうし、現金書留で送ろうとすると、5通になってしまう。
これはこの時代の現金書留の上限が5万円だからだ。
地方に住んでいてそれしか送金手段がないのならそれも仕方ないが、俺たちはそうじゃないし。
それに特許料やらが振り込まれるようになれば、どうしても銀行口座は必要だ。
もっとも、入ってくる金額が大きくなれば企業化するから、また作らないと駄目になるがな。
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――暦は進み、そろそろクリスマスである。
去年は俺1人だったので、まったく関係なかったのだが、今年は違う。
ヒカルコだけならどうでもいいのだが、今年はコノミもいる。
すでに昭和39年には、クリスマスも一般的なイベントとして行われているので、子どものことを考えたらやらないわけにはいかないだろう。
彼女に聞いても、クリスマスのキラキラした飾りつけには憧れていたようだし。
――というわけで、玩具屋からクリスマスツリーを買ってきた。
箱を開けると、緑色のテープで巻かれた針金を軸にして、緑色のヒラヒラが沢山ついている。
これがモミの葉っぱなのだろう。
「コノミ、好きに飾りつけてもいいぞ」
「!」
俺に言われて、彼女が飾りつけを始めた。
様々なオーナメントをぶら下げ、雪の代わりに綿を乗せて、バイメタルで点灯する飾り電球を巻く。
最後はてっぺんに金色の星をつけて完成だ。
LEDランプなんて洒落たものはないので、電球のコードをコンセントに挿す。
「これを横に動かすと電球が点くから」
コノミにスイッチの入れ方を教える。
なにかを買ったら、使い方を教えてあげないと駄目だ。
子どもは好奇心の塊――使い方を教えないと、とんでもないことをしでかすこともある。
特に、マッチなどの火遊びには注意。
俺がガキの頃に住んでいた街でも、ガキの火遊びで数回ボヤを出してた。
ボヤで済めばいいが、それで済まなかったら大変だ。
「!」
明るく点灯したクリスマスツリーの電球を、コノミがジ~っと見ている。
マジで、ジ~っと見つめたまま動かない。
面白いのだろうか?
まぁ、別に悪いことをしているわけではないので、問題はないが。
平成令和でクリスマスの定番になっていた、「白い爺のチキン」だが、この時代にはまだない。
あれが日本に来るのは1970年代だったはず。
本当は七面鳥らしいのだが、日本じゃ手に入らんし、それに七面鳥って味がイマイチって話も聞くしな。
まぁ、別に鳥は用意しなくてもいいだろう。
あとはクリスマスの主役となるとケーキなのだが……。
事前に相原さんから、「クリスマス ケーキ カッテ モッテイク」と、いう電報が届いていた。
そんなこと電報で送らなくても――と、思ったのだが、せっかくの厚意なので甘えさせていただくことにした。
相原さんが来るのは25日らしいので、24日にクリスマスプレゼントを買いに出かけた。
コノミとヒカルコも一緒だが、小学校は今日で終わり。
コノミは終業式をやったら帰ってきた。
クリスマスプレゼントといえば、プレゼント交換会をやったりとかそういう楽しみもあるが、俺たち家族だけだしな。
変なものをプレゼントして失敗するよりは、好きなものを選ばせたほうがいい。
――とはいえ、TVが欲しいとか言われても困るので、あまり高いものはNGだ。
「「……」」
国鉄駅近くの商店街で、コノミとヒカルコが2人でウロウロしている。
突然なにか買ってやると言われると、中々決められないもんだ。
それはいいのだが、駅前の商店街に異変が起きている。
今までは、駅からまっすぐ続いているアーケードが途中で途切れていたのだが――それが大通りまでぶち抜かれていたのだ。
大量の建物の取り壊しが行われ、なにかの工事が始まったらしい。
工事の看板を見てみると――大型のマンションと複合した総合ショッピングモールの建設事業だと書いてある。
へ~、あれはこの時代に作られたものだったのか。
かなり古いものなんだなぁ。
仕事で数回入ったことがあったのだが、マンションの中には赤い絨毯が敷かれていて、ホテルみたいな造りだった。
俺は工事の看板を見たあと、女たちの下に戻った。
「別に無理して買う必要もないんだぞ」
無理に適当なものを買っても、使わないとかゴミになったりするだけだし。
「「……」」
聞こえているのか、聞こえていないのか。
女の子向けの玩具の定番みたいな、ナントカちゃん人形ももう少しあとだろう。
子ども向けの玩具みたいなものも種類が少ない。
とりあえず俺は、玩具屋でトランプを買った。
トランプってギャンブル税みたいなやつがかかっているんだよな。
花札は解るが、トランプにまでかけなくてもいいと思うんだが。
クリスマスセールをやっている商店街では、彼女たちのお目に叶うものがないらしい。
「そうだなぁ、それじゃデパートに行ってみるか」
「「コクコク!」」
国鉄駅を挟んで反対側、コノミの家があった近くに、デカい有名デパートの本店がある。
そこに行ってみることにした。
コノミもここにデパートがあるのは知っていたが、入ったことはないらしい。
この時代のデパートといえば、「よそ行きの服を着て入る」――キラキラした高級な場所という印象が強い。
幸い今日は、3人共新しいコートを着ているので、デパートに入っても問題ないだろう。
中に入ってみると天井からの照明も明るく、商店街よりは洗練されているが、さすがに平成令和に比べたら少々野暮ったい。
ものも少なくスカスカという印象とはいえ、扱っているものはさすがによいものばかり。
紺色の制服を着た販売員のお姉さんも美人揃い。
多分、この時代にゃ花形職業だったんだろうなぁ――と察する。
2人が全部見てみたいというので、上から下まで全部つき合う。
屋上には遊具コーナーがあるらしい。
皆でそこにも行ってみた。
今日で小学校も終わりなので子どもも多いように見えるが、ここの遊具は結構高い。
1回数十円から100円である。
子どもの小遣いで来られるような場所じゃない。
屋上にはぐるりと線路が引いてあり、新幹線型の乗り物が走っている。
今年デビューのひかり号だ。
早速取り入れたりして、中々商魂たくましい。
コノミも乗せてあげたが、電車に乗っている彼女も楽しそうである。
デパートによっては、屋上に観覧車やらロープウェイを建てた所もあるらしい。
この時代のデパートは、総合テーマパークみたいなものだからな。
いけばなんでも揃う――そんな感じだったのだろう。
元の時代じゃ、ホムセンとかに客を取られてしまったが。
電車といえば、上野動物園にもまだお猿の電車が走っているはず。
お猿の電車というのは、文字どおりに猿が運転している電車である。
ここから時代が進むと、動物虐待とかいう声が上がって廃止されてしまったアミューズメント。
ぜひとも廃止される前に乗っておかないとな。
屋上で遊んだあと、ふたたび階下に戻ってくると、コノミとヒカルコがウロウロしている。
どうにも決められないようである。
そのとき、俺の目にマフラーが止まった。
カシミア製のよいものである――値段は1000円。
マフラーといえば、創作の定番に手編みのマフラーが出てくるのだが、毛糸のものはチクチクして嫌いだ。
しかももらったら断れないという、両刃の剣。
俺は、プレゼントにマフラーの提案をした。
マフラーなら寒いと絶対に使うし、無駄になることもない。
「おい、マフラーはどうだ? 色の種類もあるからお揃いで買おうぜ」
「「!」」
コノミとヒカルコが興味を示した。
「マフラーでいいか?」
「「コクコク!」」
「それじゃ、クリスマスプレゼントで相原さんにも買ってあげよう」
「……」
コノミが俺の袖を引っ張る。
「どうした?」
「……お婆ちゃん……」
「おお、大家さんにもプレゼントか。そりゃいいかもな」
店員を呼ぶ。
「いらっしゃいませ~」
「このカシミアのマフラーを5つくれ。2つはプレゼントとして、包んでほしい」
「かしこまりました」
店員は慣れた手つきで、マフラーを包み始めた。
そういえば、昔の人はデパートの包み紙を保存していたなぁ。
ウチの親もそういうことをしていた。
デパートからの贈り物イコール高級品ってイメージだったから、保存してなにかに使っていたのだろうか。
その包み紙を使ってなにかを包んでいたような気がするのだが、よく覚えていない。
なにせガキの頃の話だからな。
ガキの頃を思い出していたら、八重樫君のことを思い出した。
みんなにプレゼント渡して、彼だけ仲間外れってわけにはいかないだろう。
「八重樫君にも渡さんと駄目か?」
「それじゃ、矢沢さんにも……」
ヒカルコはそう言うのだが、それもそうだなぁ。
結局、あと2つマフラーを追加してもらったのだが、上客だと思ったのか店員が他のものも勧めてきた。
子ども用の黒い帽子だ。
確かにコノミが着ている黒いコートに合わせたら、似合う。
それももらうことにした。
全部合わせると結構な出費なのだが、また競馬で取り返さないとな。
そろそろ有馬記念だし、また競馬新聞をチェックしてみるか。
買ったばかりのマフラーをしてプレゼントを抱えると、3人で手をつなぎ帰ってきた。
コノミの体力も回復したようで、駅前から歩いても平気のようだ。
歩くスピードは遅いけどな。
今は、背負ったり肩車したりできるけど、もうちょっと大きくなったら大変になる。
帰りの商店街で、昼飯と夕飯の買い物をしていく。
「昼は軽くでいいが、夕飯はなににしようか」
「……カレー」
コノミはカレーがいいらしい。
メニューを悩まなくてもいいのは助かる。
「そうか、クリスマスカレーにするか」
七面鳥は食えないので、チキンカレーにすることにした。
アパートに帰ると、大家さんのところを訪ねる。
「あら~、3人でお買い物?」
「……はい、メリー……クリスマス」
コノミから、大家さんにプレゼントが渡された。
さっきデパートで買ってきたマフラーだ。
「あら~、もらってもいいのかしらぁ。デパートに行ってきたの?」
包み紙でデパートから買ってきたものと解ったのだろう。
こういう効果もある。
「コクコク」
「ありがとうねぇ」
大家さんがしゃがむと、コノミの頭をナデナデしている。
部屋に戻ると、八重樫君の所を訪ねた。
「八重樫君、クリスマスプレゼントだ」
「ええ?! 本当ですか?」
「もちろん、あちこちにプレゼントを買ったら、君だけ仲間外れにするわけにもいかなくなった」
「別にいいですけど……」
そういいつつ、彼も嬉しそうだ。
「男やもめなら、クリスマスなんて関係ないしなぁ」
「そうですよ。僕なんて東京に来てからクリスマスなんてやったことがありませんでしたよ」
「まぁ、俺もそうだ」
「はは……」
彼に矢沢さんの分も渡す。
「これ、矢沢さんが来たら渡してやってくれ」
「矢沢さんなら、明日来ますよ」
「そうなのか? 仕事か?」
「いいえ、相原さんが呼んだらしく、電報が来ました」
そんなことまで電報を使わなくてもいいのに。
まぁ確実っちゃ確実なんだが。
こっちも、大家さんの電話をあまり使うのは気が引けるからな。
家でも買ったら電話も引きたいな。
仕事をするのに、電話ぐらいないとすごく不便だ。
夜はコノミのリクエストどおりに、チキンカレーを食べた。
ピカピカ光るツリーの中で食べるカレーは、これぞクリスマスって感じだ。
コノミは寝るときにもピカピカさせたかったみたいだが、それじゃ寝られん。
なんとか説得して、ライトのスイッチを切った。
――皆でデパートに行った次の日。
夜に相原さんがやってきた。
「メリークリスマス!」
相原さんはめちゃハイテンションだが、いったいどうしたというのだろうか。
彼女と一緒に矢沢さんもタクシーで連れてきた模様。
会社の経費を使えるからといって、いいのだろうか?
部屋には、八重樫君や大家さんも来ていた。
6畳が人で一杯である。
底が抜けたりしないだろうな。
人が集まるので、大家さんから大きな折りたたみのテーブルを貸してもらった。
無垢の木でできた、ものすごく重いやつ。
「ウチのお父さんなんて、これを持ち上げてひっくり返したのよぉ」
なんて言ってケラケラと笑っている。
リアルちゃぶ台返しだが、これを持ち上げてひっくり返すって、逆に凄いわ。
テーブルの上に相原さんがホールのケーキを置いた。
あの喫茶店のケーキだと思うが、今日のためにわざわざ作ってもらったらしい。
大きなケーキを見て、コノミも目をキラキラさせている。
こんな大きなケーキを見たのも始めてなのだろう。
「戸籍もできて誕生日が11月16日になったから、来年はお誕生日会をしような」
「……」
コノミがポカンとしている。
誕生日なんて祝ったことがなかったので、なにを言われているのか解らないのだろう。
「今まで、誕生日を祝ったことがなかったのですか?」
相原さんが、ケーキを切りながら暗い顔をしている。
「まぁ、そうみたいですねぇ」
「可哀想にねぇ……」
大家さんがコノミの頭をなでる。
相原さんからケーキをもらって、コノミが食べ始めた。
「はいはい、せっかくのクリスマスなんで、暗い話はなしなし」
俺もケーキを一口食べたのだが、いつものケーキで美味い。
この時代のクリスマスケーキといえば、作り置きのバタークリームケーキ。
消費するのに苦労した思い出しかないのだが、こいつは美味い代わりに日持ちもしない。
「そうだ矢沢さん、はいこれ」
八重樫君が矢沢さんにリボンをついた包を手渡した。
「なんですか?! 先生からのプレゼントですか?!」
「いや、これは篠原さんからなんで」
また、バカ正直に。
「ありがとうございます~」
「実は、相原さんにもある」
俺はしまっていたプレゼントを相原さんに渡した。
「本当ですか?」
「ええ、いつもお世話になっていますし。あ! 相原さんにお歳暮贈るの忘れてた」
「いえ、それはご遠慮します」
「意外とお歳暮の評判悪いのなぁ」
「ただでもらってなんなんだけど、はっきり言って邪魔なのよねぇ」
大家さんは、いつもそう言ってたな。
ウチもお歳暮やらお中元もらって、これはいい! って品物にあったことがないしなぁ。
生ものもらっても困るしなぁ。
塩鮭一本もらって困り果てたり。
やっぱり、なくてもいい行事なのかもしれない。
まぁ、相原さんも要らないということなので、お歳暮を送るのは前のアパートの大家と、弁護士の先生だけでいいだろう。
ちなみに、弁護士には洋酒を送った。
多分、弁護士クラスだと、あちこちから洋酒が送られて来ていると思う。
平成の時代に、知り合いの社長の家に行ったことがあった。
高そうな洋酒がズラリと並んでいたのだが――彼が「好きなものを持っていけ」と言う。
その人は、酒を飲めなかったのに、歳暮や中元で洋酒が送られてくるのだということだった。
まぁ、いかにも酒好きみたいな顔をしているのに、酒を飲まない人だったし。
昔のことを思い出していると、矢沢さんと相原さんがプレゼントを開けていた。
「すごーい! 暖かいマフラー!」
矢沢さんが、マフラーを頬に当てている。
「皆、お揃いなんだけど」
コノミも自分のマフラーを相原さんに見せた。
「コノミちゃんとお揃いね」
「コクコク!」
相原さんも喜んでいるので、プレゼントとしては成功の部類だろう。
よかった。
「篠原さん! このマフラー、母に送ってもいいですか?」
「矢沢さんに贈ったのだから、好きにしていいよ」
「やったぁ! お母さん喜ぶぞ~!」
止めてくれ――その攻撃は俺に効く……。
彼女も早くデビューできればよいのだけどなぁ。
「矢沢さんも、自分の作品とか描いているの?」
「はい、でも――いまいち評判がよくなくて……」
すでに、なん本か発表しているらしい。
「絵は、素晴らしいと思うんですけどねぇ」
見せてもらったことがあるが、本当に線が綺麗で上手い。
まぁ、そのうちヒットにつながる作品が出てくるのではと思われる。
「矢沢さんも、篠原さんに原作をつけてもらったら?」
八重樫君が、そんなことを言い出した。
彼のように割り切れればいいが、自分で考えたストーリーで漫画を描きたいという漫画家は多いだろう。
「いやぁ、俺も少女漫画の原作はなぁ……ちょっと自信がないぞ?」
「篠原さんなら、大丈夫だと思いますけど」
まぁ確かに、これからヒットする少女漫画もそれなりには読んでいるからネタはあるけどな。
「いいえ、もう少し自分で頑張ってみます」
「先生、自分でやりたい人もいるんだよ」
「僕なんて、自分のストーリーがダメダメなのが解ってますからねぇ。それに逆立ちしたってムサシみたいな話は思いつきませんし」
クリスマスケーキを食べたら、そうそうに相原さんは帰っていった。
どうやら忙しいらしい。
年末まで忙しいなんて、マジもんのバリバリキャリアウーマン(死語)だ。
別れ際、文学全集の献本をもらう。
ヒカルコが文章を書いた本である。
これでウチには文学全集が2冊そろったな。
「ちょっと、女の子はどうするの?」
大家さんが言っているのは矢沢さんのことだ。
「あの、遅くなったときは、タクシーを使っていいと言われているので大丈夫です」
「こんな夜遅くに危ないでしょ? 2階の部屋がいくらでも余っているので、泊まってもいいわよ。そうしなさい」
「え? いいのですか? それなら、先生の所で少しお仕事を手伝いたいですし、色々とお聞きしたいこともあるんです」
「それじゃ、お布団を用意するから、泊まっていきなさい」
「ありがとうございます!」
大家さん、マジでいい人だ。
つ~か、家族ぐるみのつき合いになっちゃってるなぁ……。
いいのかね?
――クリスマスのあと、27日には中山競馬場で有馬記念が行われた。
競馬新聞を見ると、一応名前を聞いたことがある馬も出ているのだが――ウメノパワーとか、メイズイホウとか。
名前を知っているだけで、詳しい戦績は解らない。
100%確証の馬券でなければ買えない。
パスだ。
年末に向けて、食料の備蓄をする。
平成令和と違って、正月はどこも休みで開いている店なんてない。
そのために、どこの家庭でも日持ちをするおせち料理を作ったんだよな。
それは解るが、個人的におせちは好きじゃない。
ヒカルコがおせちを作るみたいな話をしていたので、やめさせた。
手間がかかるし、どうせみんなおせちに飽きて余るのだ。
最後は紅白のかまぼこばかりとかな。
その話をしたら、ヒカルコも黙った。
思い当たる節があるのだろう。
別に正月に蕎麦やうどんや、カレーでもいいし。
日持ちがするので、卵を沢山買ってみた。
卵焼き、ゆで卵、チャーハン、色々と使える。
いや、コノミに世間一般と同じの生活をさせるために、おせち料理も作るべきなのだろうか。
悩むところだが、ヒカルコにも負担がかかるしなぁ。
しばらく悩んで、結局作らないことにした。
買い物をしていて、あることに気がついた。
インスタントの袋ラーメンが安くなっているのだ。
俺がこの時代にやってきたときには1袋35円もしたのだが、それが20円になっていた。
メーカーによっては、安売りで15円なんてものもある。
この値段まで落ちれば、おやつ代わりに手軽に食ったりできるようになるだろう。
話を聞けば、インスタントラーメンのメーカーだけで300社ぐらいあるらしい。
そりゃ過当競争になるわけだ。
――おせちは作らないと言っていると、大家さんから煮しめをもらった。
これで三が日はなんとかなる。
――そして、12月31日。
昭和30年台、最後の日である。
夜になり年越しそばを食べたあと、俺たちは八重樫君を誘って近くのデカい神社に年末詣に出た。
深夜だというのに沢山の夜店が並び、人混みが凄い。
ヒカルコとコノミも一緒に手を繋いで歩く。
コノミはちょっと眠たそうだが、年末は子どもでも遅くまで起きてていい。
たまにそういうときがあってもいいだろう。





