表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/162

30話 学校に行く


 ひょんなことから子どもを拾った。

 コノミという女の子だ。

 平成令和の時代なら、色々と面倒なことになっただろうが、ここはアバウトな昭和。

 俺が面倒をみることになった。

 まぁ、正直俺は乗り気ではなかったのだが、一緒に住んでいるヒカルコのやつが離してくれない。

 なんだかんだで狭いアパートに3人暮らしになってしまった。


 無戸籍だったから学校に通っておらず、このまま放置するわけにもいかん。

 とりあえず彼女の戸籍を取る申請はしたが、戸籍がなくても学校に通えるようなので、通学させることにした。


 ――そして入学当日、俺はスーツを着込んで、コノミと一緒に近所の小学校を訪れた。

 学校の職員に案内されて、職員室の隣にある部屋の前に立つ。

 上の銘板には校長室と書かれている。


 職員が先に入って俺たちを案内してくれた。


「初めまして、今日入学いたします篠原コノミの保護者の篠原ショウイチでございます」

「……おはようございます……しのはら……コノミ……です」

 小さな新入生がお辞儀をした。

 眼の前の大きな机に座っていたのは、スーツを着てちょび髭を生やした初老の男性。

 ちょっと小太りで、丸い眼鏡をかけて頭がハゲている。

 歳は60近いか?

 この時代って、みんな歳食って見えるからなぁ。


 部屋の中には机と、その前に小さなテーブルにソファー。

 両脇には大きなガラスが入った戸棚があり、トロフィーやら盾が飾られている。

 壁にも賞状と、歴代の校長の写真――男の後ろには、大きな旗らしきものもある。


「ようこそいらっしゃいました。校長の佐藤です」

「はい、よろしくお願いいたします」

「まぁ、おかけになってください」

「はい」

 コノミと一緒にソファーに座ると、目の前に校長が腰かけた。


「あの――教育委員会のほうから連絡があったと思うのですが……」

「ああ、ずっと学校に通っていなかったんですってね」

「はい」

「一度も?」

「彼女から聞く限りには……」

「そうですか」

「彼女の授業については、どんな感じになりますかねぇ」

 校長がタバコに火を点けた。

 この時代、先生がタバコとか普通だからなぁ。

 下手すると、授業中に教卓に灰皿を置いて授業をしている先生とかもいたし。


「とりあえず学力テストを行ってから、保健室などで授業をして学力の充実をはかる――という感じになると思います」

 その学力に応じた学年に、来年の4月から本格的に編入ということになるらしい。

 話を聞いて俺はホッとした。

 問答無用で1年生からとか――学力ゼロなのに、10歳だから4年生のクラスに突っ込まれたらどうしようかと思っていたのだ。

 彼女が苦しむなら、他の手を考えなくてはならない。

 金ならどうにかなるのだから、私立に行くとかな。

 公立よりは柔軟性があるだろうし。


「そうですか、わかりました。決まった学年に編入するまで、正面玄関を使ってもいいのですかね」

「ええ、下駄箱は学年学級別に分かれていますから、それが決まるまでは正面玄関で構いません」

「わかりました」

「ちなみに、篠原さんはご職業はなにをなさっておられるのですかな?」

「実は、売れない小説家なんですよねぇ」

「ほう……」

 興味ありそうな顔をしているのだが、期待されても困る。


「あの、文学とかじゃありませんよ。大衆用の三文小説ですから」

「なるほど……」

 漫画の原作の件は言わないほうがいいだろう。

 学校とかPTAとか漫画を目の敵にしている節があるし。

 この時代の漫画は過激なものが増えたときでもある。

 実際に、偉い漫画家の先生が、「子どもに悪影響を及ぼす漫画の連載を止めるべきだ」などと、直談判したと相原さんも言っていたし。


 それに宇宙戦艦ムサシみたいな漫画を見たら、「軍靴が~」とか「軍国主義が~」とか言われそうだ。

 実際には違うのかもしれないが、俺の中の教師像というのは、そんな感じで止まっている。

 俺の小学校の担任教師もそっち方面の人だったしな。

 みんな平等に~とか口では言ってるくせに、えこひいきしまくる最低なやつだった。

 ちょいと脱線したな。


 俺の過去話はどうでもいいとして、全体的に好印象って感じだな。

 やっぱり身なりをキチンとしているからだろう。


「あ、それから――これ、教材費やら給食費です」

 俺はカバンから金を取り出した。


「確かにお預かりいたしました」

 校長の話によれば、今年昭和39年の1年生から教科書が無償になったらしい。

 来年になれば、2年生の教科書も無償になる。

 コノミの学力がどこまで伸びるのかは不明だが、多少なりともお金がかからないようになるのはありがたい。


「私としては、コノミの学力不足に配慮してくださるのであれば、あとは申し上げることはありません。すべて先生方にお任せいたしたいと思います」

「承りました」

 俺はコノミのほうを見た。


「最初は大変だろうけどな」

「コクコク」

「挨拶はしっかりとな」

「コクコク」

 俺は、彼女の頭をなでた。

 あとは先生たちに任せるしかないな。

 正直、心配ではある。

 巷の親たちも、こんな気分なのだろうな――と思う。

 子どもがいない俺が、こんな気分を味わうことになろうとは……。


 それに、この昭和は戦中教育がまだ生きており、先生様が絶対という時代である。

 先生のやることにクレームを入れたりすれば、こちらが悪者になるという有様。

 体罰上等だしな。

 俺もなん回殴られたことか。

 平成令和なら大問題になってただろう。

 さすがに令和になって、そういうのはいなくなったっぽいが、たまに時代錯誤な教師がいたりするから油断はできない。


 俺は後ろ髪を引かれながら学校を出ると、スーツのまま国鉄駅前の商店街に買い物に向かった。

 用事は家具屋だ。

 家族が増えてしまったので、文机を買おうとしている。

 あれじゃ仕事にならんしな。

 手頃のものがあったので、1万円で購入。

 合板じゃなくて無垢の木製なので、クソ重い。

 配達してもらうことにした。


 昼に食うおかずを購入してアパートに戻る。

 ちょっと多めに買っても、今は冷蔵庫があるので安心だ。

 まぁ、もう寒くなっているので、あまり心配はいらないのだが。

 学校に行っているコノミのことが心配だが、俺はアパートに戻ることにした。


 アパートに戻るとヒカルコも心配しているが、あとは彼女の頑張り次第。

 保護者として当然サポートはするが、一から十まではしてあげられない。


「コノミちゃん、大丈夫かしら?」

 俺の部屋の前で、大家さんも心配している。

 まるで自分の孫のようだが、事情は説明してある。


「大丈夫ですよ。意外と根性ありますし」

 犯罪とはいえ、万引きしてまで生き延びようとしていたからな。


「そうかしら……」

「大家さんも、自分の娘さんを学校にやったんでしょ?」

「そうだけどねぇ。コノミちゃんの場合はちょっと特殊だしぃ」

「それは否定できないですが、しばらくは保健室で勉強させてからどの学年に編入させるか決めると言ってましたよ」

「多分、2年か3年よねぇ……」

「まぁ、そんな感じじゃないかと思います」

 本人は10歳らしいと言っていたが、ずっと栄養状態が悪かったせいか身体が小さい。

 2~3年のクラスに入っても大丈夫ではないだろうか。


「お昼も学校で食べてくるのよね?」

「ええ、ちゃんと給食費も払いましたし」

「最近の給食は、美味しくなっているという話よ」

「だったらよいのですけどねぇ……」

 よく不味かったとか不満を聞くことがあるのだが、個人的には給食に悪い印象はない。

 給食センターの給食だったのだが、当たりだったのかもしれないし。


 よくネタとして出るが、給食独特の料理というのもある。

 フルーツの入ったサラダとか、ソフト麺とか、レーズン系のパンとか、小魚アーモンドとか。

 幸い俺は全部好きだったのだが、苦手な人には中々大変だったろうと思う。


 ヒカルコと給食の話をしながら、昼飯を食う。

 おかずは俺が買ってきた卵とウインナーだ。

 彼女が食べた給食は配給の芋と脱脂粉乳だったりしたらしい。

 まぁ、終戦から10年ぐらいしかたってないしな。

 それから比べたら、今の給食はよくなっているのかもしれない。


「配給の芋は不味かったろ?」

 俺の婆さんたちも、戦後の配給の芋がマズいと言っていたが、これには理由がある。


「うん」

「あの芋は、航空燃料用のアルコールを作るための芋なんだよ。要は食用じゃねぇんだ。知ってたか?」

「それじゃ……不味いのは、あたり前○のクラッカー……」

「まぁ、そういうことだな」

 彼女は知らなかったらしい。

 今になってそれを知って、ブツブツと文句を言って憤慨している。

 トラウマになるぐらい不味かったらしい。


 俺の婆さんも似たようなことを言っていた。

 なぜ、そんな芋を大量に戦後も作ったのか?

 栽培が簡単で、とにかく量が沢山採れたから。

 不味くてもなんでもいいから、とりあえず食えるものが大量に欲しかった。

 それだけの理由だ。


 ――昼飯を食い終わって午後になると、外にスパパンというバイクが止まった音がする。

 窓を少し開けてみれば、弁護士の先生だ。

 バイクに乗ってきたのか。

 黒い単気筒のバイクだが、20万円以上するはず――実に給料10ヶ月分だ。

 車よりは路地を走りやすいので、こういう町には便利だと思う。

 この時代は当然のごとくノーヘル。

 違反ではないのだが、コケたらヤバい。


 階段を上がってくる音がしたので、ドアを開けた。


「こんちは~」

「ああ、篠原さん。やっぱりここでよかったのですか。ちょっと迷ってしまいましたよ」

「まぁ、ここらへんは迷路みたいですからねぇ。車で迂闊に迷い込むと出られなくなりますよ」

「確かに」

 部屋の外に出たヒカルコに頼む。


「お茶を人数分な。八重樫君も来るから」

 とりあえずお茶なら、どんなときにも無難。


「コクコク」

 今日の用事は、八重樫君も関係しているので彼も呼ぶ。


「お~い八重樫君、いるかい?」

「は~い」

 戸を開けて、彼が顔を出してくれる。


「先生、忙しいと思うけどちょっと俺の部屋につきあってくれ」

「いいですよ」

 彼に弁護士を紹介する。


「こちら、弁護士の先生だ」

 八重樫君が弁護士から名刺をもらっている。

 漫画家という商売をやっているわけだから、なにかしらで弁護士のお世話になることもあるかもしれない。

 知り合いになっておいて損はない


「ずっと前に話したろ? 原作の正式な契約のことだ」

「契約書とか作らなくても、篠原さんには払いますよ」

「これも前に話したけど、あとで揉めるんだよなぁ。ねぇ、弁護士の先生」

「ああ、揉めますねぇ」

 弁護士にしてみれば、よくある話すぎるだろう。

 そういうトラブルを商売にしているわけだし。


 皆で俺の部屋に入ってちゃぶ台の周りに座ると、ヒカルコがお茶をもってきてくれた。


「篠原さん、やっぱり奥様だったんですね」

 ヒカルコを見て、弁護士がそう言うのだが……。


「ちょっと違うんだが、そういうことにしてくれていいよ、もう」

「だって篠原さんが否定しても、傍から見たらそうにしか見えませんし。今度は子どもでしょ?」

「う~ん……」

 俺のことはどうでもいいんだよ。

 弁護士から契約書を出してもらった。

 ちゃぶ台の上に2通載せてもらう。

 当然、この時代にコピー機などはないので、和文タイプライターで作成したものだ。

 まずは俺が名前を書いてハンコを押す。


「よく読んでから、名前とハンコをくれ」

「これって、単行本になったときとか、TV漫画になったときとか、玩具などに商品化された場合の話ですよね?」

「そうだ。そのときには俺は印税や収益の3割をもらう。相原さんの話では、だいたいそのぐらいの割合になっているみたいだから」

「わかりました」

 彼が名前を書くと、自分の部屋からハンコを持ってきた。


「おいおい、ちゃんと読んだのか?」

「篠原さんなら大丈夫でしょ?」

「信頼してくれているのは、ありがたいけどなぁ」

 彼がハンコを押した。


「ありがとう」

 契約書は俺と八重樫君で保管する。

 文面の最後にも「本書を2通作成し、甲乙各1通保管するものとする」と、書いてある。


「これで終わりだけど、弁護士の先生の息子さんが、宇宙戦艦ムサシの大ファンらしいんだよ」

「え?! 本当ですか?」

「はい、毎月本が出るのを、息子は楽しみにしてるんですよ」

「いっちょサインでもしてあげたら?」

「もちろん、いいですよ」

「ありがとうございます」

 そう言って弁護士がカバンから色紙を取り出した。

 めちゃ準備がいい。

 彼が自分の部屋から、油性ペンを持ってくる。

 この時代から、このペンは売っていたらしい。

 すでに漫画家などが、サインを書いたりするのに使っていたようだ。


「そのペンは、便利だよなぁ」

「ええ、すぐに乾きますからね。ある漫画家の先生が使ってから有名になったんですよ」

「そうなんだ」

 俺と話しながら、彼が下書きもなしで宇宙戦艦ムサシの主人公とヒロインを描いた。

 さすがプロ――マジで上手い。

 こんな漫画家なのに、俺がいた時代には名前も残っていなかった。

 多分デビューできなくて筆を折ってしまったんだろうなぁ。


「はぁ~すごい! 本当に宇宙戦艦ムサシの漫画家さんなんですねぇ」

 弁護士も彼の腕前に感心している。


「もちろんですよ。そんな弁護士の先生に嘘をついても仕方ありませんし」

「いや、篠原さんを疑っていたわけじゃないんですよ」

 彼は、八重樫君に描いてもらったサインを持って、ホクホク顔で帰っていった。


「バイクもいいですねぇ」

 弁護士のバイクを八重樫君が見送っている。


「けど、どうせ買うなら、俺は車かなぁ」

「高いじゃないですか。駐車する場所も必要ですし」

「まぁなぁ」

「その前に僕は、篠原さんの部屋にあるストーブも欲しいですし……」

「あれは高いぞ?」

「知ってます。実家にありましたから」

 さすが、金持ちの実家だな。


「まったく欲しいものばかりだな」

「本当ですよ。もっと頑張らないと……」

「それはいいけど、身体を壊さないようにな。前にも言ったけど、漫画家の先生って身体を壊す人が多いみたいだし」

「気をつけます。せっかくお金を貯めても、大きな病気をしたらパーですからねぇ」

「そうだなぁ。俺も歳だし、気をつけないとな」

 元の時代なら、まぁなんとかなりそうな病気でも、この時代じゃ致命傷になることもありえる。

 たとえば盲腸でも大手術だろうし。


 ちゃぶ台で仕事をしていると、ヒカルコが落ち着かない。

 ――そういえば、そろそろ3時頃か。

 この時代は土日が休みではない。土曜も半ドンで授業がある。

 平日は5時間と6時間授業だが、今日は5時間っぽいから、そろそろコノミが戻ってくるかもしれない。

 ヒカルコがウロウロしているので、外に追い出す。


「そんなに心配なら、外で待ってればいいだろ?」

「……」

 寒いから、それは嫌らしい。

 呆れていると、階段を上ってくる小さな足音が聞こえてきた。

 慌ててヒカルコが、外に出ると小さな黒いコートを抱きしめた。


「おかえり~」

「……ただいま……」

「よしよし。ただいまできたな。先生に『さようなら』はしてきたか?」

「コクコク」

「よしよし」

 外は結構寒いのだが、子どもでも防寒着を着て歩いてくれば大丈夫だろう。

 彼女にランドセルなどを片付けさせる。

 ちゃんと自分で場所を決めて、そこに置かせるわけだ。

 コノミがランドセルの中に詰まっていた真新しい教科書を取り出した。

 とりあえず、1年生用らしい。


 ヒカルコがコノミを膝の上に座らせているので、学校での話を聞く。


「テストをすると言っていたが……テストって解るか?」

「コクコク……難しかった」

「やっぱりなぁ」

 彼女が、教科書の山の中からノートを取り出した。

 保護者連絡用ノートと油性ペンで書いてある。

 中を読むと――1年生の勉強から始めたが、学習が進めば、2年3年と新しい教科書が必要になるらしい。

 この時代――いや俺が小学生だった時代にも理科と社会があったのだが、令和になるとそれがなくなり生活科という科目に変わっていた。


 保護者連絡用ノートを読むと、担当している先生の名前が書いてあって、ハンコが押してある。

 学習がどんどん進めば、その分の金がかかるから用意しろということなのだろう。

 けど、来年になれば2年の教科書が無料になるんだから、3年の分だけじゃね?

 一応、返信を書く。


「え~と、『その分の教科書代金は滞りなく用意いたしますので、よろしくお願いいたします』と、これでいいだろう」

 俺の名前を書いて、ハンコを押した。


「コノミ、これを明日先生に見せてな」

「コクコク」

「給食は食べたか?」

「コクコク……美味しかった」

「よかったな」

 まぁ、店先からものを盗んで食べたりするよりはマシってことだろう。


「よっしゃ、今日はコノミが初めて学校に行った記念で、カレーにするか」

「コクコク!」

 コノミの目が輝いている。

 やっぱり子どもはカレーが好きらしい。

 カレーならみんなで食えるからな。


 コノミから学校の話を聞いていると、誰かが廊下を歩いてくる音がする。


「篠原さ~ん、コノミちゃん帰ってきたぁ?」

「大家さんか。どうぞ~帰ってきてますよ~」

 ガラっと戸が開き、彼女が入ってきた。


「あ~、よかったぁ。問題ないみたいねぇ」

「……ただいま……」

「お利口さんねぇ」

 大家さんがコノミの頭をなでなでしている。


「給食も美味しかったようです」

「あら~よかったぁ」

「晩飯はカレーにするんで、大家さんも一緒に食べませんか?」

「あら~いいのかしら」

「大家さんも一緒に食べてもいいよな?」

「コクコク」

 コノミがうなずいている。


「多分、八重樫君も食べるぞ。沢山作らないとな」

「コクコク!」

 今度はヒカルコがうなずいている。


「それじゃ私も手伝わないとぉ」

 大家さんもカレー作りを手伝うつもりだ。


「ほんじゃ、買い物行ってくるか~」

 野菜やら肉やら沢山買わないとな。

 最初は赤い缶のカレー粉を使っていたのだが、りんごとはちみつが溶け合ってるタイプのルゥを発見したので、それを使っている。

 あまり辛くないから、コノミでも食べられるし。

 個人的には辛いほうが好きなので、後で俺の分だけカレー粉を足したりしているが。


 夕方には、皆でワイワイと集まってカレーを食べた。

 コノミもニコニコしているので、楽しそうである。

 助けたときに比べて、だいぶ子どもらしい表情が戻ってきたようだ。


「コノミ、小学校でなにか変わったことはないか?」

「?」

「ガキどもの中で、なにか流行っているとか」

「!」

 彼女が立って、ポーズをした。

 俺もその格好には見覚えがある。


「なんだそりゃ、『シェー!』か」

「コクコク」

「ああ、週刊のほうで連載している、青塚先生の漫画でしょ?」

 当然、一緒にカレーを食っている八重樫君も知っているらしい。


「そういえば新聞にも載っていたから、すごく流行っているんだろう。そのうち、TV漫画にもなると思うぞ」

「そうかも知れないですねぇ……」

「八重樫先生もあとに続かないと」

「え~? 無理ですよ。僕にとって雲の上みたいな人たちですからねぇ」

「そんなこたぁないだろう? 相原さんの話では、宇宙戦艦ムサシの連載が始まって、雑誌の売り上げが倍になったと聞いたぞ?」

「まぁ、確かに人気はあるみたいですが……」

 どうも彼は自己評価が低いようだ。

 やっぱり自分でストーリーを考えてないせいだろうか?

 いや、話の大元は俺だが、彼のオリジナリティもかなり含まれているのだし。


 そうかぁ、シェー! が流行ったのは、この年なんだな。

 それから60年弱たっても、まだ生き残っていたってのは、やっぱり凄いよな。

 さすが名作と言われるだけある。

 八重樫君のムサシも、そんな感じになればいいがなぁ。


「でもよぉ、その雲の上の人が、ムサシを真似てきたんだぞ?」

「ああ、帝塚先生のあれですよね? びっくりしましたよ」

「やっぱり、相当悔しかったんだろうなぁ」

「あはは……」

 彼が複雑な表情をしている。

 喜んでいいのか、よくわからないのだろう。

 俺から見れば、八重樫君の攻撃は確実に神様にダメージを与えている――と見たね。


 俺が原作としてパクったSFアニメも、当然名作として平成令和にも生き残っていたが、先に俺たちが使ってしまった場合どういう展開になるのか、まったく解らん。

 アニメを企画したら先に似たような話が存在していたということで、そのまま立ち消えになってしまうのか。

 それとも、宇宙戦艦ムサシを原作として、アニメが登場するのか。

 どういう展開になるかは、神様じゃないと解らん。


 ――数日あと、俺が頼んだ文机もやってきた。

 窓際にくっつけて、俺の基地とした。

 これで仕事もはかどるってもんだ。


 ------◇◇◇------


 ――そのまま暦は12月に入った。

 そろそろ、怒涛の昭和30年代も終わりに近づき、いよいよ昭和40年台に突入する。

 オイルショックやら高度成長期やら、さらに激動の世の中になっていく。

 俺はどうなるか知っているからどうってことはないが、急激に世の中が変わっていく様に、困惑した人も多かったのだろう。


 最近は大きなニュースなどはなく、オリンピックも終わってしまい、少々祭りのあとのような静けさが世間にも残っている。

 とりあえず、前のアパートの大家さんと、弁護士の先生にはお歳暮を送った。


 ――そんなある日、家庭裁判所から呼び出しがかかる。

 就籍の申請が通ったのだ。

 スーツを着た俺は、コノミと一緒に千代田区にある家庭裁判所に向かう。

 コノミは、ヒカルコが買ってきたダークな色合いでフリルのついたワンピースを着ている。

 ヒカルコに選ばせると暗い色ばかり買ってくるのだが、そういう趣味らしいな。

 それでも、元々あいつは金持ちの娘だし、いいものを知っている。

 コノミにも似合っているから、別にいいのだが……。

 オッサンと幼女、2人とも裁判所なんて初めて行くので、ちょっと緊張気味。


 鉄筋コンクリートのデカいビルは合同庁舎のようで、中には色々な役所が入っているらしい。

 中に入って、吹き抜けのホールにある受付のカウンターで場所を聞く。

 手続きが行われる場所に向かうと、照明のない薄暗い通路においてある長椅子に座って、コノミと一緒に待った。

 彼女も不安そうにしているので、頭をなでてやる。

 そりゃ不安だろう。

 俺だってそうだし。


「篠原さ~ん」

 俺の名前が呼ばれたので、コノミと一緒に小さな部屋に入った。

 コンクリとリノリウム床の部屋に入ると、大きな木の机に黒いスーツを着た年配の男性が座っていた。

 裁判官といえば、独特な黒い服のイメージがあるのだが、家庭裁判所は普通の服装なんだな。

 窓には白いカーテンがかかっており、外の景色は見えないが、蛍光灯があるので暗くはない。

 机の前に革の長椅子があったので、緊張している少女と一緒に腰掛けた。


「戸籍のない女の子を保護した件ね……」

「はい、そうです」

 俺もかなり緊張していたのだが、諸々があっさりと決まった。

 まったく拍子抜けだ。

 戦後で、こういう話が沢山あったので、色々と吟味していられないのだろう。

 恰好は身ぎれいにしてきたし、弁護士を通じての就籍の申請だしな。

 コノミを見ても、なんの問題もないはず。


 氏名は、篠原コノミがそのまま通った。

 生年月日は、彼女の言葉を信じて10歳という年齢から逆算して昭和29年生まれ。

 誕生日は、俺が彼女を保護した日付、11月16日になった――11月15日菊花賞の翌日だ。

 父母の氏名は不明。

 本籍地は、今の俺の住所。


 ――ということに決まる。

 これで住民票を作って、保険証ももらえる。

 一応、学校にも連絡したほうがいいだろう。


 その学校では大したトラブルもなく、コノミの学校生活も順調のようだ。

 心配は心配なのだが、保護者が口を出せるものじゃないしなぁ。

 とりあえず戸籍はできたし、あとは彼女に頑張ってもらうしかない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124fgnn52i5e8u8x3skwgjssjkm6_5lf_dw_a3_2
スクウェア・エニックス様より刊行の月刊「Gファンタジー」にてアラフォー男の異世界通販生活コミカライズ連載中! 角川書店様、角川コミックス・エースより黒い魔女と白い聖女の狭間で ~アラサー魔女、聖女になる!~のコミックス発売中! 異世界で目指せ発明王(笑)のコミカライズ、電子書籍が全7巻発売中~!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ