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3話 ネタは沢山ある


 普通のオッサンが昭和38年にタイムスリップしたらしい。

 にっちもさっちもいかない俺は、とある政党の関連施設に潜り込んだ。

 金もないし、本当に着の身着のままな俺は、とりあえず働いて日銭を得た。

 これから、なるべく節約をして金を貯める。

 未来の知識を使って一発逆転を目指すってわけだ。


 なんで勝負するかはまだ決めていない。

 この時代の情報が少ないし、慌てる必要もないだろう。

 とりあえず、俺の部屋の隣に住んでいる八重樫という少年と仲良くなった。

 彼は漫画家を目指しているという。

 他にやることもないので、どんな漫画を描いているのか拝見しようと思う。


 夕飯はアンパンと牛乳。

 そいつを食ったあとは、早速買ってきたばかりのトイレットペーパーを使って一発ぶっ放す。

 木の蓋を取ると、ウンチングスタイルで昭和初糞だ。


「ふう……」

 便所から出ると、共同の炊事場から音が聞こえる。

 誰か使っているのかと思ったら、膝丈ぐらいのスカートの女が立っていた。

 背中まである長い髪が目立つ後ろ姿は中々いいな――とか思っていたのだが、いいことを思いついた。

 急いで自分の部屋に戻ると、スマホを起動する。

 起動するときに結構デカイ音楽がなるので、布団の間に突っ込んだ。


 立ち上がったのを確かめると、カメラアプリを起動して試写。

 入れててよかった、シャッター音無効アプリ。

 中華製の安い機種だからできるらしい。

 別にやましいことに使おうとしていたわけじゃなかったんだが、カメラを使う度にカシャカシャうるさいので無音化していたのだ。

 それがまさに今ここで役に立つ。


 そっと炊事場に行くと、女がまだなにかやっていた。

 そこに近づき、スマホを女の股間に入れて画面をタッチ。

 俺のスマホはフラッシュもない安物なので、これで映るか解らん。

 ここでバレても、この板がカメラだとは解らんだろう。

 なん回か画面をタッチして、そっと離れてから声をかけた。


「こんばんは」

 俺の声に女が驚いたように、こちらを向く。


「あ、はい……」

 振り向いた顔は、素朴だが丸顔で可愛い。

 長い髪で右目がちょっと隠れている。

 化粧して目をパッチリさせればよくなるのではないだろうか。

 20歳は過ぎているだろうが、クリスマスまではいってない感じ。


「1号室に入った、篠原と申します。よろしく」

「は、はい……」

 まぁ、明らかに警戒している。

 そりゃまぁ、知らんオッサンからいきなり声をかけられたら、そりゃ警戒するわな。

 実際に盗撮しているオッサンだし。


 見れば洗濯をしているようだった。

 洗濯機すら高価な時代なら、なくても当然。

 白物三種の神器とか言われていたが、買えないやつも沢山いた。

 自分の下着を洗ってれば見られたくはねぇか。


 警戒されるのは仕方ないとして、ここは共同の炊事場になっているので、暮らしていればどうしても顔を合わせることになるだろう。

 挨拶ぐらいはしておいたほうがいい。

 俺はそこから離れると、スマホを布団の間に放り込んで隣の八重樫少年のドアを叩いた。

 映っているかどうかは、あとのお楽しみだ。


「お~い、八重樫君。隣の篠原だけど」

「はいはい、開いてますよ~どうぞ」

「ほんじゃ、お邪魔しますわ」

 中に入ると、結構ものが揃っている――といっても、平成令和の時代とは比べられないが。

 窓の近くに文机ふづくえ

 なるほど、漫画を描いているというだけあって、ペンやインク、墨汁などが並んでいる。

 壁には小さな本棚があり、漫画の本が並べられていた。

 この時代には、まだカラーボックスはないか。


 そうだ、カラーボックスの特許で儲けられないか?

 組み立て式の本棚で特許になるかは不明だが……。

 特許のことを調べたり出願するとなると、特許事務所を探さないとだめか。

 それに特許の出願には金がかかる。

 なにはともあれ、まず金金金だ。


「炊事場に誰かいたんですか?」

「ああ、女がいたな。一応挨拶しておいた」

「僕もいつも挨拶してますが、相手にされませんよ」

「ははは、まぁそういうもんだろう。それでも売れっ子漫画家になりゃ、女のほうから来るぜ?」

「そうでしょうか」

「来るのは女だけじゃねぇけどな。ゴキブリみたいに金に群がってくるのは」

「そうですね。ウチの父を見ているとそう思います」

 金持ちには金持ちの悩みがあるんだな。


「それで漫画を見せてほしいんだが……」

「本当に見るんですか?」

 この期に及んで、まだゴネている。


「プロの漫画家になろうという若人がなにをビビっているんだか。出版社に送ったら、編集者にも見られるんだぞ」

 そう言うと、少年は渋々原稿を俺に見せてくれた。

 なん本か原稿は完成はしているようだ。


「ほう達者じゃないか」

 絵は上手いと思う。

 昔ながらの、線が少ない正統派の少年漫画の絵だ。

 だが、シャープでそのうち流行る劇画にも対応できそう。


「ありがとうございます」

 原稿を一枚一枚読んでいくのだが、話が支離滅裂でオチがない。

 ヤマなし、オチなし、意味なし――。


「これってオチがないんだが……」

「面白くないですよね。自分でもそう思います……」

 彼がしょんぼりしている。

 本当に自分でもそう思っているのだろう。


「絵は上手いのになぁ……」

「ありがとうございます」

「でも、絵が上手いのなら、原作をつければいいんじゃないか?」

「原作ですか?」

「ああ、たとえば――銀河の果てに旅した宇宙船が、ある惑星に降り立ったら、人間そっくりな生き物がいたんだ」

「はい」

「そこで魔物と戦ったり、お姫様を助けたりするんだが、宇宙船に乗ってたやつらは光線銃とか使えるからすごい強いんだ。バッタバッタと敵を薙ぎ払う」

「……それって面白そうですね!」

「そして、最後に敵の本拠地に足を踏み入れたら、そこにはなんと!」

「どうなったんです?」

「そこは、未来の地球だった――というオチ」

 まぁご存知、超有名な猿の帝国のパクリだ。

 あれって原作は結構古いSFだったはずなので、丸パクリはマズい。

 もうアメリカで出版されている可能性があるが、猿は出てこねぇし、オチが似ているぐらいは許容範囲だろう。


 俺の話を聞いた八重樫少年が真剣な顔をしている。

 頭はいいみたいなので、ネタだけ聞いてアレンジもできるだろう。

 このネタなら16ページぐらいの投稿作品にも使えるはず。


「……そ、それを漫画にしてもいいですか?!」

「おお、いいぞ~。実はな、俺も小説家を目指していたときがあって、ネタは沢山持っているから」

 目指していたわけではない。

 マジで売れない小説家だったわけだが。

 未来に出るであろう膨大な出版物のネタが頭の中に詰まっているが、時代にそぐわないものもある。

 取捨選択は必要だろう。


「篠原さん、すごいですね!」

「はは、俺がこんなにすごいのも、あたり前○のクラッカー!」

「どんなもんだい三度笠ですね。実家にTVがあったので、観たことがありましたよ」

「TVがあるなんて、やっぱり金持ちなんだなぁ」

「でも、TVを観ても時間の無駄のような気がして、好きじゃありませんでした」

「そりゃ、あれは凡俗の娯楽だからな。やるべきことがあるやつの観るものじゃないよ」

「そうなんですよね……野球やプロレスで誰が勝っても、僕には関係ありませんし」

「まぁ、ニュースを観るのには便利だけどな。TVを観る時間があるなら、本を読んだり映画を観たほうが漫画を描くには役に立つ」

「はい」

 少年が俺の出したネタに興奮しているが、全然すごくはない。

 ただのインチキだ。

 それに彼が漫画家として売れれば、原作者として俺は金を得ることができる。

 利用をしているといえば聞こえは悪いが、彼も未来のヒット作のネタで成功できる可能性を上げることができるのだからWIN-WINだ。


 まぁ、未来のヒット作をネタに使ったからといって、それが絶対にヒットするとは限らんのだけど。

 ものが売れるというのは、一種のタイミングみたいなものもあるしな。

 とりあえず、彼が漫画家としてデビューできればの話だ。

 絵だけみれば、可能性はあると思うのだが。


「それじゃ、未来の大先生の創作活動を邪魔しちゃ悪いから、ここらへんでおいとまするかな」

「ありがとうございます! さっきの話を元にして、新しい話を頑張ってみます」

「まぁ、身体を壊さん程度にな。漫画家さんて徹夜ばかりで不健康そうだし」

「売れっ子になったらそうかもしれませんが、僕なら大丈夫ですよ」

「ははは、まぁ絵は描けんけど、ベタぐらいはできるから、手伝いが必要なときは呼んでくれ」

「ありがとうございます」

 俺は、少年の部屋をあとにした。


「いやぁ、希望に溢れているってのはいいな」

 目が、あんなにキラキラしててな。

 俺も、昔はあんなときがあったのに、結局はなに者にもなれずに、なぜか昭和38年。

 神様は信じてねぇが、今回のこれは一国一城の主になれる最後のチャンスかもしれん。


 俺は部屋に戻ると、布団を敷いて寝転がった。

 電球はつけない。

 つけてもやることがないからだ。

 それに、スマホなら電気をつけなくても見ることができる。


「さて!」

 俺はスマホのデータフォルダを開いた。

 さっき盗撮したのが、上手く撮れているか? ちょっとガキのようにドキドキワクワクだ。


「お?」

 そこに白い布が映っているだろうという俺の希望は、いい思いで裏切られた。

 女はパンツを穿いていなかったのだ。

 そういえば、さっきの女は洗濯をしていたな。

 もしかしてパンツを洗っていたのかもしれん。

 あんな所にカメラなんてないと油断したな?


 俺のスマホはショボい機種だが、暗い中でもそこそこの画質で映っている。


「すげー! ははは、さすが文明の利器」

 こういうのを使って、ゆすりとかできんかな?

 いや、そのためにはスマホの画面を見せないとアカンし、無理か。

 デジタルデータを印画紙にプリントする技術なんて今はないしなぁ。

 もしやるとすれば、スマホの画面をカメラで撮って自分で現像するしかない。

 エロ写真とか、普通の写真屋で現像してくれるわけねぇからな。


 まぁ、その前に――こんな股間の写真だけじゃ誰が誰か解らんし。

 ちょっと難しいだろうが、スマホのカメラが使えるのは解った。

 それにしても、盗撮にハマるやつが多いのは解る気がするわ。


 なんだ、なにもないツマラン時代だと思ったら、それなりに楽しみがあるじゃないか。


 ------◇◇◇------


 ――八重樫少年の漫画原稿を見た次の日。

 朝起きた。


「あいてて……」

 筋肉痛である。

 歳をとると1日とか2日おいて筋肉痛が出ることがあるが、翌日に出たということは、俺もまだ若いということか?


 今日もドアの前に機関誌があるので、中に入れた。

 中をチラ見すると黒部ダムの記事が載っている。

 あのダムも38年完成なのか。

 へぇ~。

 大きな事件事故の記事を読む程度。

 威勢のいい記事が多いが、これから60年たってもそれが実現することがなかったのだから、全部無駄ってわけだ。

 まぁ、情報源としては利用させてもらう。

 月に450円も取られるわけだし。


 新聞を読んでいると、少年が呼びにきた。

 一緒に出社する。


「八重樫君、俺はここで、パンを食っていくから先に行っててくれ」

「すぐに終わるでしょ? 待ちますよ」

「悪いな」

 また15円のアンパン2個と、20円の牛乳を買う。

 1個のアンパンは昼飯だ。


「篠原さん、昨日の話ですけど――なん万年も宇宙旅行ってどうやるんですか?」

「宇宙船の速度が光速――つまり光の速度に近づくと、時間の進みがドンドン遅くなるんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、だから宇宙船の中で1年とか過ごしただけで、外ではなん万年もたっているという寸法よ」

「へぇ~」

 彼が、俺の話を興味深そうに聞いている。

 人の話を聞けるってのも一種の才能だと思う。

 話を聞かねぇやつは、マジで聞かねぇからな。


 有名な猿の帝国での宇宙旅行は冷凍睡眠だったが、ウラシマ効果をネタに使ったSFなら、ラストのオチだけがちょっと似ていることになる。

 これでパクリとは言われないだろう。


「そして宇宙の果てで突然、嵐のようなものに巻き込まれて、やっとのことで脱出すると――」

「目の前に青い星があったというわけですね」

「話が早いじゃないか。ちなみに、光速近くで時間がズレるこの現象は、ウラシマ効果って呼ばれてる」

「それって、昔話の浦島太郎の話ですか?」

「そうだ。竜宮城という光の速度で飛ぶ宇宙船に乗ったことで、外との時間の流れが乖離してしまったわけだな」

「――その話だけで、漫画がもう一本描けそうですね」

「おう、いくらでも描いてくれ」

「それにしても、篠原さんいろんなことに詳しいですね……」

「まぁ、ナレッジイズパワー! 情報は力なりってな。ははは、まぁ知らんことのほうが多いよ」

 話しながらアンパンを食い終わって、飲み終わった牛乳瓶を店に返した。

 工場に向かって2人で歩く。


「ストーリーって作るのが難しいですよねぇ……」

「アウトプットするためには、まずインプットしないとな。漫画の神様もそう言っているし」

「インプットってなんですか?」

「入力だな。アウトプットは出力――つまり、沢山作品を生み出すためには、沢山の本を読んだり、映画を観たり、旅行をしたりすることが必要ってことだ」

「なるほど、入力ですか……」

 インプットといっても、なんの興味もない文学とか読んでも、なんの実もならんし。

 いきなりドストエフスキーとか読んでも、挫折するだけだろう。

 やっぱり好きなもの、興味があるものから攻めていく――というのは大事だと思う。


「まぁ、世の中には、なにも入力がなくてもひたすら出力できる天才や化け物がいるけど、そういうのを基準にはできんし」

「はぁ――そういうのは才能ですよね」

「よく言われるが、努力できるってのも才能だよ。積み重ねていけば、ストーリーの組み立てかたも解ってくるよ」

「そうでしょうか」

「そういうもんだよ。コツをつかめばな」

 少年が神妙な顔している。


「ありがとうございます。今まで色々と悩んでいることがあったのですが、相談に乗ってくれる人がいなくて困ってました」

「まぁ、解らないことがあったらどんどん聞いてくれてもいいよ。俺の解る範囲で答えるから」

「よろしくお願いします」

 孤独の中、黙々と創作活動をするのは堪えるだろう。

 これでいいのか? これで合っているのか? ――と悩んでみても、意見をもらう術がないのだから。

 かの有名なナントカ荘に漫画家が集まっていたが、相談できる友人や仲間がいるというのは、心強いと思う。


 職場に到着して仕事をする。

 昼になったら、朝に買ったアンパンを食べた。

 少年に昼飯に誘われたが、金を節約せねばならない。

 午後の仕事も終わり、今日も日当の500円をもらう。


 帰りにアルマイトの洗面器と、石鹸を買う。

 そろそろ洗濯をせねばならない。

 そのために、露店から下着も買った。

 当然洗濯機などないので、流しでゴシゴシやるのだ。

 洗剤も普通の石鹸で、顔を洗ったりするのと両用だが、この歳になって台所でパンツを洗う羽目になるとは……。


 洗濯は簡単なのだが、面倒なのは脱水。

 手で絞っただけでは中々水が切れず、水が下から滲み出てくる。

 窓の外にある手すりに引っ掛けて乾かす。

 外に干すのは少々心配だが、男のパンツを盗むやつはいないだろう。


 買ってきた替えの下着は、あとでお湯で煮込むことにしよう。

 殺菌のためだ。

 どう見ても中古だし、どんなやつが穿いていたか解ったもんじゃねぇ。

 正直キモいが、背に腹は代えられない。


 今日の晩飯はキャベツ。

 1個10円だった。こいつを炒めて食う。

 毎回アンパンじゃ限界がある――飽きるし。

 調味料として、塩と化学調味料、食用油を買った。

 これがあればなんでも美味くなる。

 まさに魔法だ。

 あとは――箸か。

 生活必需品ってのは意外と多いと、改めて思う。


 炊事場でキャベツを大きめに切り、デコボコの鍋に投入して炒める。

 ――と思ったら、ガス台がマッチを使うタイプ。

 つまみを回してカッチンと自動点火じゃないわけだ。

 こんなの忘れてたよ。

 それじゃ、マッチも買ってこないと駄目か。

 この時代の店は夕方をすぎるとすぐに閉まる。

 夜までやってないので、ゲットする方法がないのだ。


 慌てて八重樫君のドアを叩いた。


「八重樫君~篠原だけど」

「開いてますよ」

 俺がドアを開けると、彼は机に向かっていた。


「悪い、マッチ持ってね? すっかり忘れてた」

「ああ、ありますよ」

「かっちけねぇ。明日買って返すからよ」

 彼にマッチを借りて、コンロに火を点けた。

 キャベツを炒めるだけだから簡単だ。

 ひき肉でもほしいところだが、この時代の肉は高い。

 欲しがりませんカツまでは。

 終わったら、塩と化調で味付けして完成だ。


 キャベツを炒めていると、昨日の女が隣にやってきたので会釈をする。

 まぁ、向こうもペコリと頭を下げただけだし、それでいいのだろう。

 こんなこともあろうかと俺は、電源をいれたスマホを持ってきていた。

 辺りを見て、誰もいないのを確認すると、女の股間にスマホを差し入れた。

 1、2、3回シャッターを押して、すぐにしまう。

 こんなものがこの世界にあるなんて知らないから、まったく警戒をしていない。


 料理が終わったので、少年にマッチを返してキャベツ炒めを食う。

 意外と美味い。

 米の飯があればいいが、それには米を買って飯を炊かねばならない。

 鍋で簡単に炊けるのだが、仕事が終わったあとにそれをやるのはちと面倒だ。

 どうしても食いたくなったらやるけどな。

 冷蔵庫もないし保存もできないから、作り溜めもできない。

 色々と作るのは不経済なんだよなぁ――などと、思いつつさっき盗撮したデータを見た。


「今日もしっかりと写っているじゃないか」

 女の股間は、今日は白いパンツを穿いていた。

 野暮ったい、いかにもパンツらしいパンツだが、これはこれでよしとする。


「いい仕事してますねぇ」

 つまらない独り言をつぶやく。

 しかしなぁ、こんな使いかたをしていて、いつまでスマホは持つだろうなぁ。

 いずれバッテリーは死ぬだろうし。

 そうなったら替えがない。


 昭和にやってきて盗撮とはちょいとわびしい――リアル昭和女をやれるのは、いつの日か。


 ------◇◇◇------


 ――昭和にやってきて、3日目の朝。

 またアンパンと牛乳で腹を満たし、工場に出勤して仕事をする。

 昼になったので、八重樫少年を食事に誘った。


「八重樫君、この前奢ってもらったのを返すぜ。ラーメンを食いにいこう」

「別に気にしなくてもいいですよ。篠原さんには、色々と助言をいただいてますし」

「君ねぇ、俺にそういうことを言うと――それじゃそういうことで――ってなっちゃうよ」

「それでいいですよ」

「それじゃ、俺はパンを食うわ」

 俺は晩飯にしようかと思った、アンパンをかじった。


「篠原さん、例の話の登場人物の設定ができたので、あとで見ていただけませんか?」

「おお? いいぜ? やる気出してるなぁ」

「ええ、いつまでも、あそこで踏みとどまっていても仕方ありませんし」

「そうだよ。有名な漫画家になって、親父さんをギャフン(死語)と言わせてやらんとな」

「そういうつもりは、ないんですけど……」

「けど、そういう人の基準って、いくら金になったとか――そういう感じだろ?」

「まぁ、そうですよね。そういうのが嫌で仕事を継がないんですけど」

「しかし、金が必要なのは真理だよ。生活を続けるにも必要だし。嫁さんをもらうにも経済力がものを言うだろう」

「はぁ……篠原さんだって独身じゃないですか」

「俺はなぁ、趣味人だからな。散々好きなことをやってきて、この有様よ、ははは――間違っても参考にするなよ」

 まだ若いのか、そこまでは考えていないようだが、昔は結婚するのが結構早かったと思うんだがなぁ……。


 午後の仕事が終わり、俺は途中の店でマッチを買ってアパートに帰ってきた。


「篠原さん、飯食ったら風呂に行きませんか?」

 このアパートに風呂なんてないから、当然銭湯だ。

 俺の実家もガキのころは風呂がなくて銭湯だった。


「おお、銭湯の場所も教えてもらわんとな。行こうか」

「あとで来ますよ」

「わかった」


 飯を食ったあと、少年と一緒に風呂に行く。

 昔は、毎日なんて風呂に入ってなかった。

 3日に1回とか、下手したら1週間に1回レベル。


 彼と一緒に行ったのは、〇ノ湯という瓦屋根と高い煙突から煙を吐いている、昔ながらの銭湯。

 木箱に靴を入れ、番台の爺に30円を渡す。


「洗髪はしないのかい?」

「?」

 話を聞くと、洗髪料金は別に取られるらしい。

 そんなの知らんかったよ……。

 髪が長いと余計にお湯を使うからという理由らしい。

 女は解るが、男からも取るのかよ。


 ついでにT字の使い捨てカミソリも買うか。

 金色で平成令和に売っていたものと変わらないのが売っている。

 1本5円だが、少年の話を聞くと他の店で買えば5本で10円らしい。


 着替えスペースは柱も天井も木製、床も分厚い板張り――正面には大きなガラスが入った木造の引き戸。

 彼と話しながら、木の床の上に置かれた竹のカゴに、脱いだ服を入れる。

 洗い場に入ると、全て水色のタイル張りで鏡がズラリと並ぶ。

 そして正面には富士山のペンキ絵。

 これも懐かしい――俺が通ってた銭湯は、タイル絵だったなぁ……。


 けたたましい声で騒ぐガキで溢れ、平成令和にはない活気に溢れる。

 昔よくいた青っ鼻垂らしているガキもいるな~。

 これは栄養不足とか聞いたが……。


 この時代は、どこに行ってもマジでガキだらけ。

 そりゃ、ウチの親戚でも8人兄弟姉妹とか、10人兄弟姉妹がザラだったから、そりゃ日本の人口増えるわ! って思ったな。


「ふ~!」

 タオルを頭に乗せて、芋洗みたいな浴槽に浸かった。

 裸と裸のおつき合いってやつだ。

 少年と2人並んで入っているが、周りでバシャバシャとガキが暴れまくり。

 お湯を被りながら上を見ると、タイルが天井まで貼ってあり結露した水滴がたまに落ちてくる。

 これが、結構冷たくて驚く。


「篠原さん、明日休みですが、なにか予定あります?」

 昭和にやって来て、初の日曜日だ。

 あの工場もさすがに日曜日は休みらしい。

 まぁ、週休二日制なんかになるのはかなりあとの話なので、土曜は普通に仕事だが。


「米を買って飯を炊くつもりだが――もしかしたら競馬に行くかもしれん」

 これが第一の勝負だ。

 俺が知っているような有名な馬がいれば、勝ち負けが解る。

 それに金を突っ込めば、是則これすなわち100戦100勝。

 現状、資金が少ないので、もうちょっと貯めてから勝負したいところだが……。


「篠原さん、博打やるんですか?」

「まぁ、たまにな」

 彼の顔を見るに、あまり博打などは好きではないらしい。


「……登場人物が決まったら、漫画の原稿を書き始めるつもりなので、少し手伝っていただけませんか?」

「ええで~、どうせやることもないしな。でも、前にも言ったが、ベタぐらいしかできんが」

「解ってます」

 シャンプーなんてないので、石鹸で身体も頭も洗う。

 洗い場を覗くと、石鹸で洗濯しているやつもいる。

 ははぁ、なるほどそういう手もあるか……。

 ものすごく汚れる仕事などをして、帰る前に風呂に入って洗濯をしているのかもしれん。

 そういえば、着替えスペースに洗濯機を置いてある所もあったなぁ。

 風呂に入っている間に洗濯ができるってわけだ。


 風呂から上がったら、瓶のコーヒー牛乳を飲む。

 当然、腰に手を当てて、これが作法である。

 コーヒー牛乳もこの時代から売ってたんだな。


 アパートに帰ったら――さて、見せてもらおうか、時代に埋もれた漫画家の実力とやらを。


 

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