表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/162

29話 家族が増えた


 どうしてこうなったか解らないが、家族が増えた。

 推定10歳の少女――幼女か?

 母親に捨てられてしまったらしいが、その女性は俺と同じ未来からやって来たようだ。

 信じられんが、俺も実際にそうなのだから信じるしかない。


 その女性に捨てられてしまった女の子が、町内をさまよい公園で行き倒れているところを保護した。

 平成令和なら大騒ぎ間違いなしなのだが、この時代にはたまにあるできごとらしい。

 さすが恐ろしや昭和。

 ――と言いたいところだが、この時代のテキトーさゆえに助けられているところもある。


 行き倒れの女の子を育てるなんてことは、平成令和でも色々と難しいだろうし。

 それどころか、あっという間にSNSとかで拡散されて、社会的に抹殺される。

 彼女も施設送り間違いなし――と考えてしまうが、しっかりと手続きをすれば、なにか解決策はあるんじゃないだろうか。


 個人的には、その道のプロである施設に任せたほうがいいと思うのだが、ヒカルコが離してくれない。

 完全に育てるつもりでいる。

 どこが彼女の琴線に触れたのかは不明だが、俺は説得を諦めた。

 それに、この時代の施設となると、あまりいいイメージがない。

 あくまでも人が書いた文章で知った話なので、本当なのかは不明だがな。

 ヒカルコも、ある程度施設というものを知っているから、反対しているのかもしれんし。


 そういえば、昭和の時代は漫画やアニメの主人公で孤児院出身というパターンが多かったな。

 やっぱり戦後のどさくさで、それだけ孤児が多かったということなのだろう。


 1人家族が増えただけで、買い込むものがやたらと増えた。

 競馬で稼いだ金があるから余裕だが、これがなかったら引き取るなんてことは、どだい無理だったに違いない。


 区の教育委員会を訪れて、コノミの通学の件を頼む。

 学校側も準備があると思うので、数日待っていると弁護士の先生から呼び出しを受けた。

 俺を捕まえて暴行を加えた警察が、謝罪をしたいらしい。

 謝罪するもくそも、もう被害届は出しちまったし。

 いまさら、なんの謝罪だ。


 ――とはいうものの、弁護士を無視するわけにもいかない。

 俺はスーツを着込むと――国鉄駅前近くにある弁護士事務所に出かけた。


「誠に申し訳ございませんでした」

「……」

 弁護士事務所の応接室で、いきなり紺色の制服姿の人に謝罪をされた。

 もちろん下っ端ではなくて、ハゲのなんとか部長さんと警察署の署長さんらしい。

 もらった名刺には警視正と書いてある。

 広いおでこで、白髪交じりの髪を七三に分けている初老の男性だ。


 2人は、俺のスーツ姿を見て驚いたようだ。

 汚いオッサンが女の子を連れてウロウロしていて、クソ生意気なことを言ったんで殴りました――とか報告を受けていたのだろう。

 まさか、スーツを着たオッサンがくるとは思っていなかったらしい。

 人間、見た目じゃないとかいうやつがいるが、9割見た目で決まる。


「申し訳ないと言われても、もう被害届を出してしまいましたし」

「そこをなんとか!」

 署長さんが、テーブルに頭をつけている。

 こういう騒ぎになれば、自分の出世に響くのだろう。


「私、出版関係の仕事をしているんですよね。この警察の横暴を日本全国に知らしめなくては」

 一応、嘘は言ってない。

 まぁそんなこと、する気もないけど。

 そんなことをしても一銭の得にもならねぇ。


「そ、それは困ります!」

 警察も、目の前にいる弁護士が、そっちの方面とつながっている人だと解っているのだろう。

 あの大家さんの紹介だしな。


「多分、今回の被害届も署長さんが握りつぶしたりしているんでしょ? それじゃ、本庁に直接訴えたほうがいいですかね?」

「さ、騒ぎにしないでくれ! このとおりだ!」

 彼がまた頭を下げた。


「そうは言われましても――この被害届を出すために、経費も3万円ほどかかっているんですよね」

 まぁ嘘だ。

 弁護士の費用は2万円だが、大家さんのお礼に1万円包んでいる。

 それにしても――話しているのは署長だけで、部長とかいう禿げたオッサンは空気だな。


「それなら、その経費は私が個人的に負担させてもらう」

「いいんですか? そんなことをして」

「公費ではなく、個人的な金で払うのなら、なんの問題もないはず」

「う~ん――こちらも、ことを荒立てたいわけではないですからねぇ……」

「よろしくお願いする!」

 この場合、料金ってのはどうなるんだろう?


「先生、告発状と被害届を取り下げる場合にも、料金が発生するのですか?」

「いや、それも最初の料金に含まれているので問題ないですよ」

「そうですか……それでは――届け出の費用を、そちら様が負担してくださるという条件で、謝罪を受け入れます」

「ありがとうございます!」

 署長さんが、再びテーブルに頭をつけた。


 これで警察署での件は終了だ。

 別にゴネる必要もないし。

 金は、あとで署長さんから弁護士に渡されて、そこから現金書留で送ってくるらしい。


 警察が帰ったあと、弁護士に追加の仕事を頼む。

 八重樫先生との契約の件だ。

 金もできたし、先生も順調に漫画家の道を進み始めた。

 ここらへんで、正式に契約書を交わそうと思う。

 そのための書類を作ってもらうことにした。


「なるほど、篠原さんが原作を担当した作品に対する、著作権を明確にするためですね」

「そういうことです」

 単行本化したり、アニメ化したり、グッズ化したりとかそういう場合に備えてだな。

 入ってくる印税の3割を俺がゲットするわけだ。

 べつにぼったくりじゃなくて、一般的な契約もほぼこんな感じ。

 下手すると、もっと割合が酷い場合もある。


「ちなみに、どんな作品なんでしょうか?」

「今連載をしているのは、小中学館から出ている雑誌なんですが、宇宙戦艦ムサシというタイトルですよ」

「ええ?! その漫画、息子が読んでいてファンなんですよ!」

 あの大家さんの紹介なので、てっきり「戦争反対」とかいう先生かと思ったが、違うらしい。

 ムサシは形を変えた戦争ものだしなぁ。


「それはありがたいですねぇ。ちなみに、漫画家の先生も私の隣に住んでますよ」

「あ、あの――契約書ができあがったら、お邪魔してよろしいですかね」

 多分、子どものために漫画家のサインがほしいのではないのだろうか。

 別に断ることもないしOKだ。


 俺は喜ぶ弁護士と別れ、事務所をあとにした。

 この時代、あんまり銀行振込とか使ってないみたいだしなぁ。

 そもそも銀行の数が少ないし、同じ銀行内でしか振込できないと思う。

 当然、銀行ネットワークやらもないから、A支店で振込がされると、その文章が送られてB支店で処理されるという感じだろうか。

 遠い場所には電信でデータが送られると……。


 給料も現金手渡しが普通だったしなぁ。

 大企業のそれを狙ったのが、例の3億円事件だし。

 あの事件から、給料は振込にしろという国からのお達しがあったとかいう噂だし。

 そういえば、3億円事件か~。

 正確な時間と場所がわかれば、あの事件を襲って途中で金を横取りできるんだがなぁ。

 まぁ、そんなのデキッコナイスだが……。


 弁護士事務所から出た俺は、国鉄の駅に向かう。

 今度は特許事務所に行くためだ。

 しばらく行ってなかったが、申請できそうなネタが2件あったので、それを申請してみることにした。

 取り外し可能なタンク式の石油ストーブと、洗濯機に使うごみ取りネットだ。

 ごみ取りネットは、フロート式、吸盤式と本体に組み込むタイプのものを申請してみる。

 特許が認められるまで時間がかかるため、現時点ではまったく金にはなっていないが、投資した金は無駄にはならないはず。


 俺は電車に乗って事務所にやって来た。


「しばらく顔を見せなかったねぇ」

 特許事務所の所長がそんなことを言う。

 彼も発明をするようなので、発明仲間扱いなのだろう。

 俺が持ってくる発明を楽しみにしているような節もある。


「いやぁ、金ができたので色々と溜まっていたものを一気に申請したのですが、さすがにネタ切れしてきましたよ」

「まぁ、そうだろうねぇ」

 彼が話しながら――俺が図を描いた、取り外しができるタンクを備えた石油ストーブを見ている。


「それに、ちょっと私生活でゴタゴタがありましてねぇ」

「へぇ、それは聞いちゃいけない話?」

「そんなことはないんですが、ちょいと知り合いの子どもを預かる羽目になってしまって……」

「なんでそうなったかは、あまりいい話じゃないんだろうねぇ……」

「まぁ、そうですねぇ」

「なんで、こんな世の中になっちまったのかねぇ……」

「戦争で焼け野原になって、みんな一斉にスタートになりましたけど、徐々に差が開き始めたってことでしょ」

「まぁ、そうなんだろうけどねぇ。でも、またみんなで貧乏になって平等になろうってやつらには閉口しちゃうがねぇ」

 こんな世の中って、未来はもっと格差が広がるけどな。

 ただ、犯罪はなくなって治安はよくなるし、社会保障は充実するし、年寄の寿命だって延びる。


「はは、そんな社会になったら、特許取って儲けるとかできなくなりますしねぇ」

「そういうことだねぇ」

 洗濯機のごみ取りネットと、取り外し式のタンクがついた石油ストーブは、特許が取れそうなので、申請をしてもらう。

 久々に特許のことを話し込み、特許事務所をあとにした。


 国鉄の駅で降りての帰り道、米屋を訪ねる。

 灯油のことを聞くためだ。

 この時代、灯油は米屋で売っているらしい。


「あの~灯油を買うときはどうするの?」

 とりあえず間抜けな質問なのだが、米屋の店主に話を聞く。


「はい? 普通に買えますけど――一斗缶(18L)売りです」

 紺色の前掛けをした店主が答えてくれた。


「結構重いよね。みんな運ぶときはどうしてるの?」

「配達いたしますよ。50円いただきますけど、米を一緒に買っていただければサービスしますよ」

「あ、配達してくれるんだ」

「はい」

 彼の話では、空き缶も回収してくれるらしい。

 家族も増えたし、米も沢山必要になるからちょうどいいな。


「それじゃ、2缶頼みたい。米も20kg買うよ」

「毎度あり~」

 金を払う。一斗缶で約400円、2缶で800円。

 平成令和だと18Lで1600~1800円ぐらいだったはずだから、やはり高い。

 倍以上する計算だ。

 まぁ今は、1ドル360円の時代だしな。


 アパートに到着して外の階段を上がろうとすると、エンジンの音が聞こえてくる。


「篠原さん~」

「はい?」

 振り向くと、バイクに一斗缶と米を乗せたあんちゃんが立っていた。

 バイクの荷台を拡張して、荷物を沢山載せられるようになっているらしい。

 なんか東南アジアの映像でこういうのを見たが、似たようなことをしていたんだな。

 米が20kgで、灯油が36Lだから、重さは50kgぐらいあるよな。


「あれ? もう持ってきたのか」

「駄目でしたか?」

「いや、問題ないよ」

 米と灯油を下ろして、塀の中に入れてもらう。


「あとは自分でやるよ。空の缶はないので、次に頼む」

「毎度あり~」

 階段下にある小屋の鍵を開けて、灯油を置いた。

 鍵は簡単な南京錠だから、壊そうと思えば壊せるが、今のところ盗まれたりはしていない。

 ただ空き巣の話はよく聞くので、油断禁物だ。


 灯油を収納した俺は、米を担いで階段を上がった。

 米は共同の台所に置く。

 普通のアパートじゃこんなことはできないが、ここには俺と八重樫君しかいないので無問題。


「ただいま~」

 やっぱり待っている人がいると、言わざるを得ない。

 部屋の中では、ヒカルコとコノミが勉強をしていた。

 ヒカルコは原稿用紙を広げているので、子どもの勉強を見ながら小説を書いているのだろう。

 幸い、コノミも勉強は嫌いではないようだ。

 今までなにもさせてもらえなかったせいか、逆になんにでも興味を持つ。

 俺のスマホも見つからないように秘密の場所に隠してあるのだが、この狭い部屋じゃいずれ見つかるかもしれん。


 俺が、彼女の母親と同じものを持っていると解かれば、疑問に思うだろうし。

 どこかいい隠し場所があればいいのだが。

 いっそ、小さい部屋をもう一つ借りてしまうとか?

 それも考えたのだが、俺の場合は保証人がいないからなぁ。


 俺の姿を見ると、座っていたコノミが、とてて――と歩いてきた。


「……おかえり……なさい」

「ただいま~、よしよし偉いな」

 彼女の頭をなでてやる。

 朝のおはようございます、昼のこんにちは、夜のこんばんは――こういう挨拶も、彼女はまったく教わっていなかった。

 一から全部、教えてあげなければならない。


「ヒカルコ、米を買って台所に置いたからな」

「うん」

 俺の部屋に人が増えたせいか、八重樫君が仕事以外であまり顔を見せなくなった。

 やっぱり遠慮しているのだろう。


 3人で昼飯を食べたあとは、ちゃぶ台の上でみんなで勉強する。

 俺も原稿用紙を引っ張りだした。


「さすがに3人だとやっぱり狭いよなぁ。俺も八重樫君みたいな文机を買うかな……」

 コノミが学校に行き始めれば、ヒカルコと2人だが、それでもちゃぶ台じゃちょっと狭い。

 それにちゃぶ台の丸さは、原稿用紙を広げるにはイマイチ。

 やっぱり机は四角じゃないと。


 小説をカキカキしていると、コノミが覗き込んでいる。


「漢字ばっかりだから読めないだろう」

「コクコク」

「勉強すれば、読めるようになるからな」

 彼女の頭をなでなでしてやる。

 漫画などは漢字にひらがなが振ってあるから、なんとか読めるだろう。

 この部屋にはTVがないから静かだ。

 ラジオぐらいあってもいいような気がするのだが――俺は、文章を書いているときに日本語が耳に入ってくると集中できないのだ。

 クラシック音楽やら外国の曲なら平気なのだが、日本の歌は駄目だな。

 そっちへ意識が引っ張られてしまう。

 俺はまったく欲しいと思わないのだが、家族としてやっていくためにTVを買わないといけなくなるかもなぁ。

 コノミも、学校での話題についていけなくなると可哀想だし……。

 そうなると、俺の仕事部屋計画も発動しなければならなくなる。

 やっぱり、子どもが増えると――子ども中心の生活になってしまうなぁ……。


 原稿用紙に書き込んでいると、いつの間にか右側にコノミがやってきていた。

 それを見たヒカルコが左側にやってくる。


「お前ら狭いだろ! 広いほうに行けよ」

「「フルフル」」

 2人で首を振る。

 こいつら、実は姉妹じゃないのか。


 ------◇◇◇------


 ――弁護士事務所で、警察からの謝罪を受けてから数日あと。

 俺とコノミは、通学に備えて散歩がてら学校になん回か足を運んだ。

 通学の予習で、道順を覚えさせたりするためだ。

 弁護士の先生から現金書留が届いた。

 実質警察との和解金だが、署長さんからの個人的なお詫びということになっている。

 弁護士の先生からの手紙が入っていて、家庭裁判所への就籍の申請をしたらしい。

 そのうち、裁判所からの呼び出しがあるだろう。


 家族が増えて飯の支度が大変だろうと、ガス炊飯器を購入した。

 値段は5800円。

 実家でも、電気炊飯器になる前には使っていた気がするし、料亭では今でもガス炊飯だと聞いたことがある。

 なによりガスで炊いたほうが美味いのだ。

 今まではずっと鍋で炊いたりしていたのだが、スイッチを入れれば自動で炊きあがるので、多少は楽になるに違いない。


 俺の実家では、物を勝手に買ってくる親父と、それを咎める母親がいつも喧嘩していたのだが、ヒカルコはなにも言わない。

 俺が、どのぐらい稼いでいるか正確に知らないからだ。


「あらぁ、これは便利そうねぇ」

 大家さんが、真新しい白い文明の利器を眺めている。

 金持ちの大家さんも、ガス炊飯器は持っていないらしい。

 家族がいるならともかく、今は彼女1人だしな。


「大家さんも使ってもいいですよ」

 ――というか、一緒に御飯を炊いてしまえばいいのだが。


「あらぁ、いいのかしらぁ」

「まぁ、ガスは大家さんの契約ですし」

 保温はできないので、すぐにお櫃に移す必要があるしな。

 ガスで保温できるタイプもあるらしいのだが、ガス代がいくらかかるか解ったもんじゃねぇ。


 ついでに、ご飯にかけるのりた○ふりかけが売っていたので、買ってきた。

 子どもが好きそうだし、実際に俺も子どもの頃に世話になった代物だ。


 そんなおり、俺の所に一枚のハガキがやってきた。

 小学校入学のご案内だ。

 日時が書いてあるので、それに合わせて準備をする。

 持ってくるものも書いてあるので、それも用意しなければならない。


「あ、そうか!」

 ハガキに書いてあるのを見て、上履きを忘れていたので靴屋に走った。

 元の時代なら、流行りのものやらキャラクターものやら、沢山あってわけがわからんのだが、この時代の上履きというものは、白いやつのほぼ一種類しかない。

 簡単でいい。


 あと、学校で購入するものもある。

 教科書セットとか、算数セットとか、書道セットとか、お裁縫セットとか、リコーダーとか。

 俺が小学校のときに使った、白いプラ製で手鞠が書いてあるお裁縫箱なんて、実家でオカンがまだ使っているからな。

 懐かしいが――金がかかる。

 ざっと経費が3000円。


 その他に、給食費やらの他に学校生徒貯金という積立があるらしい。

 そういえば、そういうのがあったような……。

 給食費は300円で、積立はいくらでもいいらしい。

 まぁ、1ヶ月100円とか50円でいいのだろう。

 普通は、6年生のときに行われる修学旅行の旅費などとして充てがわれるようだ。

 この頃は、修学旅行の金を出せと言われても出せない貧しい家庭が多かった。

 そのために1年生から積立をさせていたっぽい。


 初登校となると、身なりも整えなきゃならんから、風呂に入って髪の毛も整える。

 第一印象は大事だからな。

 とりあえず、コノミが学校の中でどういう扱いになるのかは、行ってみないと解らん。

 小中は義務教育だから行かねばならないのだが、彼女がただただつらい思いをするだけなら、行く意味がない。


 これで当の本人が学校に行きたくないとか言い出すと、また面倒なことになるのだが、そんなことはないらしい。

 やっぱり、ランドセルを背負って学校に通う子どもたちを、羨ましく思っていたわけだ。

 そのランドセルも新品を買ってあげたしな。


「でもコノミ、君は学校に行ってなかったから、いきなりみんなと一緒に勉強はできないと思う」

「……コクコク」

 自分でも、学力不足なのは解っているらしい。

 そりゃ、本当に彼女が10歳なら、4年もブランクがあるわけだし。

 幸い彼女は頭がよいみたいなので、すぐに遅れは取り戻せるかもしれん。

 読み書き計算ぐらいはどうってことはないだろう。

 つまずくとすれば、九九の計算だが、これはもう丸暗記するっきゃないし。


 ――そして当日。

 この歳まで独身だったのに、いきなり子持ちになって学校に行く羽目になるとは……。

 なにやらヒカルコも一緒に行きたがっているのだが、行ってどうする。

 保護者は1人でいいし、母親にしては若すぎるし。

 まぁ、兄弟姉妹が沢山いる家族なら、10歳以上離れている妹がいてもおかしくはないけどな。

 この時代は、そんな大家族が沢山あったし。


「そんなに学校に行きたいなら、授業参観とかPTAは任せるぞ」

 俺は最初から、PTAなんて出るつもりもないが。


「コクコク」

「いってらっしゃい」

 大家さんも見送りだ。


「……いってきます……」

「よしよし、挨拶がちゃんとできてるな」

 スーツを着た俺は、黒いコートと真新しい赤いランドセルを背負ったコノミと、一緒に通学路を歩き始めた。

 道はそんなに難しくないだろうし、沢山の子どもたちが学校に向かっているので、それについて行けば迷うこともない。


 手を繋いでいる彼女は、ちょっと緊張しているようである。

 今日は空っぽのランドセルの中には上履きが入っている。

 明日からは重たい教科書が詰まるだろう。


 まぁ、保育園も幼稚園も行っていないようだし、初めての学校だからなぁ。

 ちょっと心配なのだが、陰ながら支えていくしかない。

 走り回るガキどもに混じって10分ほどで、小学校に到着した。

 コンクリート製で3階建ての学校である。

 門があってグラウンドがあって、校舎があるタイプだな。


 それはいいのだが、校庭にガキが溢れていて目眩がしそうになった。

 なんという数だ。

 俺がふらふらしていると、後ろから呼びかけられた。


「おっちゃん!」

 その声に振り向くと、10人ほどのガキンチョの集団がいた。


「あん? なんだ?」

「おっちゃんも学校に来たのか?」

 その子どもたちをじ~っと見ていたのだが――。


「ああ、この前に駄菓子屋でキャラメルを買ってやったガキンチョどもか」

「そう!」「そうだよ」

「親に見つかって怒られなかったか?」

「大丈夫! 駄菓子屋の婆ちゃんにもらったって言ったから」「そう!」

「お前ら、要領いいな」

「おっちゃんは?」

「今日から、俺の娘がこの学校に通うことになったから、先生に挨拶だ」

「「「へぇ~!」」」

 ガキンチョどもにジロジロと見られて、コノミが俺にひっついてしまった。

 こいつらは、あのとき助けた女の子だと気づいていないらしい。

 まぁ髪も切ったし、綺麗な服も着てるから解らんのだろう。


「仲良くしてやってくれよな。虐めたりしたら、もうキャラメルは買ってやらんので、そのつもりで」

「「「ええ~っ?!」」」

「この子って何年何組になるの?」

「この子はなぁ、ずっと学校に行ってなかったんだよ。それで、何年生から始めるかは、先生に聞いてみないと解らん」

「え~? 学校に行ってなかったんだぁ、いいなぁ……」

 普通のガキの感想は、これなのかもしれない。


「コノミ、そんなことないよな? ずっと学校に行きたいと思ってただろ?」

「コクコク」

「「「え~?!」」」

 普通のガキが受けられるような恩恵も受けていなかった彼女の苦労は、お前たちには解るまい。

 グラウンドで話していても仕方ないので、俺たちは学校に向かった。

 とりあえず、正面の教職員用玄関から入る。

 中に入ると、右側に靴箱があり左に窓口があったので、俺は顔を突っ込んだ。


「あの~、今日からこの学校に通うことになった、篠原コノミの保護者なんですが……」

 一応、名字は俺と同じにした。

 遠い親戚で引き取ったという設定だ。

 まったくの赤の他人じゃ、ちょっと都合が悪いだろう。


 裁判所に行って戸籍ができたら、どういう名字になるのかは不明だが、それでも篠原でいいんじゃないのか。

 大きくなったら、そのままにするか本来の姓である渡良瀬を名乗るか好きにすればいい。


「あ~はいはい!」

 丸い眼鏡をかけた若い男性が応対してくれた。

 黒いズボンに白いシャツ、黒い腕抜きをしている。


 俺は来客用のスリッパ。

 コノミは、買ったばかりの上履きをランドセルから出して履き替えた。

 靴を履いた彼女は嬉しそうである。


「あの~、子どもの靴はどこに置いたらいいですかねぇ」

「とりあえず、そちらに――」

 彼が指したのは、来客用の小さな靴箱。


「ここに入れたのを、忘れないようにな」

「コクコク」

 男性が、ドアを開けて出てきてくれた。

 これから校長先生の所に案内してくれるという。


 ふ~、保護者の俺のほうが緊張するぜぇ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124fgnn52i5e8u8x3skwgjssjkm6_5lf_dw_a3_2
スクウェア・エニックス様より刊行の月刊「Gファンタジー」にてアラフォー男の異世界通販生活コミカライズ連載中! 角川書店様、角川コミックス・エースより黒い魔女と白い聖女の狭間で ~アラサー魔女、聖女になる!~のコミックス発売中! 異世界で目指せ発明王(笑)のコミカライズ、電子書籍が全7巻発売中~!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ