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28話 家族が増えるってことは金がかかる


 子どもを拾った。

 コノミという女の子で10歳ぐらいらしいのだが、戸籍がないので本当の歳は解らない。

 学校も行ってないらしい――無戸籍児童だ。

 それよりも、どうやらその女の子の母親も時間渡航者らしい。

 コノミが持っていたスマホがその証拠ということになるのだが、詳細は不明。


 スマホは現時点で動かず、タダの電池切れなのかそれとも故障なのか。

 中のデータは生きているのか、なにが記されているのかまったく解らない。

 じっくりと解析できる場所があればいいのだが、俺の部屋は住人が3人になってしまい難しい。

 親子で未来からやって来たのか、それとも母親1人で過去に来たのか。

 どちらにせよ、終戦直後にやってきたのは間違いない。

 平成生まれの若い女性が、混迷の昭和にやって来るとか、想像を絶する困難だったはず。

 まぁ、スマホの中身に興味があるのは確かだが、精神的ダメージを受けそうで怖い。

 もしかして触れないほうがいいのかもしれないが……。


 さて、その女の子の処遇が問題だ。

 俺は乗り気ではないのだが、ヒカルコのやつが女の子を手放さない。

 完全に育てるつもりでいる。

 俺も可哀想だとは思っているが、犬猫を拾うのとはわけが違う。


 外地から帰ってきたという設定の俺には戸籍がすぐにできたのだが、これはオッサンだからだろう。

 彼女は未成年ということで、生んだ母親がいないと戸籍は作れないと思ったのだが――。

 弁護士の話では、家庭裁判所に就籍の申請というのをすれば大丈夫のようだ。

 金はかかるけどな、致し方ない。


 手っ取り早く、施設に入れれば戸籍は作れるらしいが――ヒカルコに断固拒否されてしまった。


 まぁとりあえず、裁判所に就籍の申請をすることにしよう。

 戸籍がなくても教育委員会に行けば、学校には通えるようだし。

 ――という結論になり、学校を優先することにした。

 いい加減な昭和だからこれでOKなのかもしれないが、平成令和じゃ拾った子どもを育てるなんて完全にアウトだろうなぁ。


 戸籍ができたとしても養子縁組とかになると、面倒くさいことになるから、止めておく。


 どうしてこうなったのか本当に解らんが、子どもを拾いましたから、それでおしまい――ってわけにはいかない。

 まずは、弁護士の先生を紹介してもらった、元アパートの大家さんにお礼を渡さなくてはならない。

 菓子折りと1万円を包んだ。


 それから次は、今のアパートの大家さんだ。

 俺1人が住むって契約なのに、いつの間にやら増えて3人になってしまった。

 本当なら、契約違反で引っ越しもあり得る話だし。


「申し訳ございません、契約違反なのは重々承知しておりますが、なにとぞ御慈悲を!」

 俺は菓子折りを持って、大家さんの玄関で頭を下げた。

 コノミとヒカルコも一緒だ。


「ああ、やっぱりそういうことになっちゃったのねぇ」

 大家さんも察していたようだ。

 突然子どもとか連れてるんだもんなぁ。


「申し訳ございません」

「まぁ、いいけどねぇ。可愛いし……」

 彼女がしゃがんで、コノミの頭をナデナデしている。


「本当に……まぁ、なんて言ったらいいのか……」

「お名前は?」

「……コノミ」

「よろしくね、コノミちゃん」

「しかし人が増えると、洗濯物とか大変になるなぁ。洗濯機を買ってもいいが、置く場所がねぇし……」

 この時代、洗濯機なんて高価なものを外に置いたら、瞬時になくなる。

 三種の神器っていうぐらいに高価なものだし。


「ヒカルコちゃん、洗濯機ならウチの使ってもいいわよ」

「本当ですか?!」

 ヒカルコの顔が明るくなる。


「ええ、お婆ちゃん1人の洗濯ものなんて、たかがしれてるし……」

「ありがとうございます~」

 珍しく、ヒカルコが上機嫌だ。

 普段は、あまりしゃべらないのに。


「これじゃ大家さんに足を向けて寝られねぇなぁ……あ、お歳暮を送らにゃ……」

「いいわよぉ、そんなの。もらっても困っちゃうし……」

 まぁ、本当に困っているらしいしな。

 それでも、前のアパートの大家さんやら、弁護士の先生にもお歳暮を送らにゃまずいだろ。

 めちゃ世話になっているし。


 こうやってしがらみができていくのか。

 自由気ままな、独身貴族(死語)だったのになぁ。


 洗濯機を使うヒカルコの話から、ごみ取りネットを思い出した。

 洗濯をすると衣服にゴミがつくらしい。

 この時代には、まだゴミ取りネットがないと解ったので、特許を取れるに違いない。

 あとで特許事務所に行ってこよう。


 ――コノミがやってきた数日あと。

 色々と買い込んだり、教育委員会に行ったりしないといけない。

 買うものをメモって準備をしつつ、頭の中を整理する。


 コノミの親は俺と同類で未来からやって来た。

 この時代では天涯孤独で親戚もいないので、小さな女の子を引き取りにやって来るやつらもいない。

 コノミを手放せば、そのまま施設行きは確定だし、ヒカルコのやつは面倒をみる気満々。

 もう、俺の部屋で漢字や計算などを教えている。

 彼女の話では、コノミの物覚えはいいようだ。

 それならすぐに学力は追いつけるかもしれない。


「はぁ……」

 やるしかねぇか。

 俺は、とりあえず買い物をすることにした。

 まずは背広を作る。

 教育委員会やら学校に行く保護者が、ボロボロの格好だとマズい。


 そういえば役所で通報されたのだが――綺麗な真新しいコートを着た子どもを連れた、ボロボロなオッサン、その隣には若い女。

 今思えば怪しさ満点だったな。

 せめてスーツを作ってから、役所に行けばよかったぜ。

 それならば通報されることもなかったのに違いない。


 そのスーツだが――学校といえば色々な行事があるし、そろそろ作らんとマズいだろう。

 別に金がないわけじゃないしな。

 ――とはいっても、この時代に紳士服のナントカみたいなチェーン店などない。

 吊るしもないこともないが、ほぼオーダーメイドだ。


 国鉄の駅前まで行くと、スーツを売っている店を探す。

 商店街にあった小さな洋服店でスーツを作ってもらうことにした。

 モルタル壁の四角い店で、小さなショウウィンドウにスーツが飾ってあった。


「いらっしゃいませ~」

「スーツを作りたい」

「ありがとうございます~」

 冠婚葬祭でも一応使えるように、ダークグレーとかがいいだろう。

 サイズを測ってもらうと、近いサイズがあるらしい。それをちょっと手直しすればいいようだ。

 仕上がりは3日あと。

 金も先払いする、1万5000円だ。

 これは冬服だが、夏になったらまた考えよう。

 ついでにコートも買う――5000円で吊るしがある。

 今着ているのは、一山いくらで買った古着でボロボロだからな。


 古着は古着で使い道があるので、とっておく。

 この時代、古着を仕立て直してくれる個人商店なども沢山ある。

 ものが高いので、なんでもリサイクルしてた時代だ。


「ちょいと聞くが、ここらへんでランドセルを売っているところはないか? ここにはないだろ?」

 店員に聞いてみた。


「ランドセルですか? ちょっと気が早い気がしますけど……」

 元時代なら、早々と爺婆に孫のランドセルを売りつけようとしていたが。


「売ってないかな?」

「いえ、この商店街沿いに、学生服などを扱っている店がありますから、そこなら売ってますよ」

「おお、ありがとう」

 早速新しいコートを着て、古いのは紙袋の中に入れた。

 スーツ屋の店員の言うとおり、学生服を売っている店に行ってみることに。

 そういえば、詰め襟とセーラー服を売っている店があったな。


 ――と、その前に、ここまで来たんだコーヒーでも飲んでいくか。

 俺はいつものクラシック喫茶に入った。

 薄暗い中でいつものコーヒーを頼み、まったりとした時間を過ごす。

 店内をチラ見してみるが、あの女はいないらしい。

 まぁ、今日は平日だしな。

 まともに働いているのかもしれん。

 あそこを追い出されたら、行く場所もないだろうし。


 コーヒーを堪能したので、学生服を売っている洋服店に向かう。

 着いた店先には、沢山の黒い学生服とセーラー服が売っている。

 平成令和だと、学校によって色々なデザインの学生服が用意されていたが、この時代はほぼ同じ。

 生徒を集めるために個性的なデザインを採用とか、そういうのはどうでもよかった。

 学校に入ってくる子どもは山のようにいるしな。


 それなのに、なぜ学校指定の学生服が並んでいるのかというと、服に校章やら襟章が入ってたりするから。

 詰め襟はボタンが違うしな。

 俺は店の中に入った。


「いらっしゃいませ~」

「ランドセルが欲しい。女の子用だ」

「はいはい、こちらになります」

 子ども用のランドセルが、並ぶ制服の上に飾ってあった。

 元時代のランドセルは色々なデザインのものが売っていたが、この時代はこれまたほぼ同じもの。

 何の変哲もない、いわゆるランドセルという形。

 平成令和と違うのは、この時代はB5サイズが基本なので、小さいところか。

 元の時代は、A4サイズが基本になっていたので、一回り大きい。

 個人的にはB5サイズのランドセルのほうが子どもには合っていると思うんだがなぁ。


 新品の赤いランドセルを見せてもらう。

 昭和の時代は、ランドセルが兄弟姉妹のお下がりなんてのも普通。

 兄弟姉妹ならいいが、どこかわからん親戚からお下がりが回ってくるなんてこともあった。

 ボロボロでも、とりあえず使えればいいという発想だ。


「これをくれ」

「毎度あり」

 値段は1500円――そんなに高くない。

 やはり沢山の子どもがいて、大量に作っているせいだろうか。

 箱なんて要らないので、裸でもらうと肩に担いだ。


 子どもの頃には随分と大きく感じたものだが、こうやって担ぐと――小さいというのが第一印象。

 大きな建物と感じていた学校も、大人になってから行くとすごく小さく感じたしな。

 そんなものだろう。


 ランドセルを担いだまま、次は電気屋に行く。

 蛍光灯を買うためだ。

 ヒカルコと一緒に暗い中、一生懸命小説を書いたりしていたが、照明を買えばよかったんだ――と、気がついた。

 無理して暗闇の中で暮らすことはない。

 この時代、蛍光灯もそれなりに普及している。

 まぁ、値段は高いけどな。

 子どもの勉強もあるし、部屋は明るいほうがいいだろう。


 昭和によく見かけた天井からぶら下げるタイプで、四角い中に丸形の蛍光灯が収まっている照明が、すでに売っている。

 本体が2000円で、丸形の蛍光灯が1本300円――2本必要だから600円だ。

 蛍光灯1本の値段としては結構高いが、平成令和にLED灯が3000円ぐらいだったから、新製品だと考えれば妥当な値段なのか。


「悪いが、荷物がいっぱいなんで配達してくれ」

「はい、毎度あり~。お客さん、今からランドセルですか?」

「まぁな。ちょいとわけありでな、はは」

 まさか、無戸籍の女の子が今から学校に通うとは言えん。


 蛍光灯を買ったら、今度は文房具屋だ。

 鉛筆は箱ごと、消しゴム、セルロイドの筆箱、ノートを5冊ほど買う。

 筆箱など、色違いで2種類ほどしかない。

 好きなものを選べるとかその前に、あるだけマシって時代だ。

 文房具などを子どもに買ってあげられない家庭も沢山あった。


 それから鉛筆削り――ハンドルがついていて、くるくると回すタイプはすでに売っている。

 値段は300円。


 やれやれ、子どもが1人増えるだけで、えらい出費だ。

 まぁ、鉛筆削りなどは俺たちも使えるからいいけどな。

 俺なんて、この時代にやって来た当初は包丁で削ってたし。


 俺は荷物を抱えて、アパートに帰った。


「ただいま~」

「……おかえりなさい」

 ヒカルコと女の子は、ちゃぶ台の上で書き取りの勉強をしていた。


「……」

 コノミは黙っているが、挨拶も教えてもらっていないのだろう。

 そこらへんは、おいおい教えていけばいい。


「ほら」

 俺は女の子にピカピカの赤いランドセルを手渡した。


「!」

 受け取った彼女は、びっくりしている。

 こんなものをもらうとは思ってなかったのだろう。

 ひっくり返したり、金具を外して中を覗いたりしている。


「コノミのランドセルだから、大事に使うんだぞ」

「……」

 表情からして、感謝しているのは解る。


「コノミ、人からものをもらったりしたときには、『ありがとう』って言うんだぞ?」

「……ありがとう……」

「よしよし、いい子いい子」

 俺とヒカルコで、彼女の頭をなでた。


「それから、俺とヒカルコ以外の大人には、『ありがとうございます』な」

「……ありがとう……ございます……」

「よしよし。とりあえず、それを言っておけば間違いないからな」

 こいつは処世術だ。

 大人はクソ生意気なガキより、素直な子どもを望む。

 世間に反抗して、突っ張ったっていいことはない。

 長いものには巻かれろ、寄らば大樹の陰――という言葉があるのは伊達じゃない。


 俺は他に買ってきたものを、紙袋から出した。


「鉛筆、消しゴム、ノート、筆箱――全部、コノミのだからな」

「……ありがとう」

「おお、早速『ありがとう』ができたな。いい子いい子」

 彼女の頭をなでる。

 子どもがいいことをしたら、褒めてやらにゃならん。

 彼女は早速もらったものを使い始めた。

 ヒカルコに鉛筆削りの使いかたを教えてもらい、真新しいノートに書き取りの練習をしている。


 嬉しそうだが、まだ教えることがある。

 鉛筆の持ち方がめちゃくちゃだし、彼女は箸も満足に持てなかった。

 昭和だと、そういう子どもがいれば「親の顔が見たい」と言われるのだ。

 この世の中に馴染むためには、最低限のことはできるようにならないといけない。

 それだけ同調圧力も高いし、世間の目も厳しい。


 いや多分な――令和でも同じことを思われている。

 皆が面倒に巻き込まれるのが嫌で、口に出さないだけだ。


「そうだ、ランドセルの調節をしてやらないとな」

 背負って、背中に若干隙間ができるぐらいがいいと言われていたような気がするので、そのとおりにした。

 実際に背負わせてみるが、可愛い。

 孫にランドセルを買ってやる爺婆の気持ちが解りそうだぜ。


 晩飯はカレーにした。

 初めて見たカレーにコノミは驚き、口に入れてそのまま固まっている。

 しばらくするとバクバクと食べ始めた。

 どうやら美味しいらしい。

 まぁ、普通は子どもならカレーが大好きなはずだしな。


 ――その夜、アパートの前に車が止まった。


「ん?」

 階段を上がってくる音がして、戸がノックされた。


「は~い」

 戸を開けると、やっぱり相原さんだった。


「こんばんは、暖かいですねぇ――はっ?!」

 彼女の視線の先にはコノミがいた。


「ああ、子どもですか? 知り合いの子どもを預かることになってしまって……」

「し、知り合いですか?」

「ええ、まぁ」

 彼女を招き入れると、座布団を出して座らせた。

 なんだか相原さんの視線が厳しいのだが……。

 そのせいなのか、コノミとヒカルコがスススと俺の方に寄ってくる。


「それがですねぇ――」

 今まであったことを彼女に話したのだが、多少の嘘もある。

 コノミの母親と俺が知り合いだという点などだ。

 まったく赤の他人じゃ、それはそれで問題がありそうだし……。


「そ、その女性となにかあったとか……」

「そうではないのですよ。久々に訪ねてみたら家はもぬけの殻で、子どもだけが残されていたというわけでして……」

「学校とかは?」

 俺は彼女に寄ると、ひそひそ話をした。


「じつは、無戸籍児童なんですよ」

「え?! そうなんですか?!」

「ええ――それで色々と調べたら、母親まで戸籍がないのが解って……」

「それじゃ……」

 彼女が悲しそうな顔になる。


「そういうことらしいです」

「そうなんですか……」

 相原さんも事情を察してくれたようだ。

 弁護士が調べてくれたことなどは、ヒカルコにも話してある。


「コノミ、この人は俺の仕事仲間で、相原さんだ」

「こんばんは、コノミちゃん」

「……こんばんは……」

「相原さんは、漫画などを作る仕事をしているんだぞ」

「漫画?」

 俺の言葉を聞いた、美人編集者が紙袋から献本を取り出した。


「ほら、こういう本を作っているの」

 漫画雑誌を受け取ったコノミが目をキラキラさせている。

 最初に会ったときには世捨て人みたいな顔をしていたのだが、ここ数日でやっと子どもらしい表情を見せてくれるようになった。


「それ、もらってもいいんだぞ」

「……いいの?」

「ええ、どうぞ」

「……ありがとう……ございます」

「よしよし、ちゃんとお礼が言えたな。偉いぞ」

 彼女の頭をなでてやる。


「可愛い! コノミちゃん、これ食べない?」

 彼女がいつもの白い箱を取り出した。

 中身は当然ケーキだ。


「……」

 コノミがケーキをじ~っと見ている。


「どうしたの? 美味しいよ?」

「相原さん、この子はケーキとか食べたことがないから、美味しいか解らないんだよ」

「え?! そうなんだ……」

 相原さんと話しているうちに、ヒカルコが皿とスプーンを用意してくれた。


「美味しいよ」

 ヒカルコの言葉に、コノミがスプーンでケーキを食べた。


「……!」

 一口食べて彼女が固まる。

 チョコのときとおんなじだな。


「それ、全部食べていいからな」

「……コクコク」

 彼女が黙々とケーキを食べ始めた。


「申し訳ございません。まさか子どもが増えているとは思わなくて」

「はは、いいんですよ」

 相原さんと話していると、彼女が天井を見ている。


「篠原さん、蛍光灯とかストーブとか――色々と買ってますけど、大丈夫なんですか?」

 普通なら、最初に部屋に入ってきて「明るいですね」とか「暖かいですね」というセリフがでるところだろうが、いきなり部屋に子どもがいたら驚くに決まっている。


「まぁ、寒いのは嫌ですし、はは。それに、仕事したりコノミが勉強するなら、部屋が明るいほうがいいでしょう?」

「そうですけど……原稿料が入るのはもう少し先ですよ?」

 蛍光灯は大したことがないが、ストーブは確かに高い。


「解ってます。大丈夫ですよ、はは」

 相原さんにも、コノミのランドセル姿を見せてやる。


「可愛い……」

 うん、俺も可愛いと思う。

 コノミのランドセル姿を見ていた相原さんであったが、袋からもう一冊漫画雑誌を取り出した。

 他社の雑誌だ。


「それがなにか……?」

 俺の言葉に彼女がペラペラとページをめくり、差し出す。


「……なになに、『銀河旅団』――え?! もしかして、帝塚大先生の宇宙戦艦ものですか?」

「そうみたいです」

 こいつは、びっくら玉下駄門左衛門。

 大先生は、「余裕ですよ」みたいな顔をしていたのだが、相当悔しかったらしい。


「大先生が似たようなものを描いてくるなんて、八重樫先生の才能は本物だな」

「はい」

 このあと相原さんは、八重樫君の所で仕事の打ち合わせをしている。

 彼にも、あの大先生の作品も見せただろう。


 これでウチの先生が、業界から大注目されているのは間違いないと思われる。

 それはよしとして、俺の記憶の中に「銀河旅団」なんて神様の作品は記憶にない。

 もしかして歴史が変わり、存在しなかった大先生の作品を生み出させてしまったのか?

 なにか問題が出てくるだろうか?

 とりあえず俺としては、神の新作を読めるなんてラッキーだけどな。


 しばらく隣で打ち合わせしたあと、相原女史は帰ったようだ。

 こんな遅くまで、作家回りをしているのだから、編集の仕事ってのも大変だ。

 締め切りギリギリになっている漫画家の原稿を取るために、徹夜することもあるらしいし。

 まぁ、あまりに締め切りギリギリの漫画家には、体力勝負になるために男の編集がつくみたいだが。

 ずっと相原さんのまま変わらない八重樫君は、編集からみて締め切りを守る漫画家なのだろう。


 彼も連載を増やさずに、無理をしない仕事をしているからな。

 仕事が順調なら、アシをもっと増やして週刊の仕事もしてもいいと思うが……。

 俺なら週刊の仕事なんて絶対に無理だし、やりたくはないがな。

 そこら辺は彼の判断だ。


 ――コノミにランドセルを買った数日あと。

 俺のスーツができたので、早速着替えると頭も整えて、区の教育委員会に出向いた。

 そこで事情を話すと、黒いソファーがある応接室に案内してもらう。

 対応してくれた職員は、スーツ姿の白髪の爺さん。

 まぁ、胡散臭そうな顔をしているのだが、無戸籍の彼女の件はマジなのだ。

 話を聞くと、たまにある話らしいし。

 学校に連絡をしてくれるというので、その日は帰宅した。

 なんのトラブルもない。

 スーツパワーは偉大だ。


 近くの区立小学校で受け入れの準備ができたら、ハガキをくれるそうだ。

 彼女は学校には通っていなかったので、普通の授業にはついていけない。

 最初は、個別の授業などで対応してもらわないといかんのだが、本当に彼女1人のためにそこまでやってくれるか不明なのだ。

 その話もしなくてはならないので、ハガキが来たら保護者同伴で行かねば。


 ずっと独身貴族の俺が、いきなり子持ちだからな。

 やることが多すぎ、金もかかりすぎだぜ。



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