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26話 オッサン・ミーツ・幼女


 菊花賞でシンシンザンが三冠馬になった。

 それに乗じて俺も馬券を取ったのだが、シンシンザンはこれからしばらく休みに入る。

 他に稼げる馬を見つけなければ。

 いなければ、そのまま競馬はしばらく休みになるが、致し方ない。

 まともに競馬なんかやっても、儲かるはずがねぇからな。


 場外馬券売り場で換金してから、駅前の商店街でストーブを買う。

 アパートに戻るために路地を歩いていると、小さな公園にガキたちが集まっている。

 ヒカルコに掴まれて覗き込んでみれば――女の子が倒れていた。

 子どもたちの話でも、まったく知らない子どもらしい。


 俺は、女の子を抱えて近くの病院に駆け込んだ。

 病院らしく白く塗られた鎧張りの木造の建物。

 コンクリ製の門柱に病院名が書いてある。

 女の子を抱えた第一印象は――軽い。

 実際に手足を見ると痩せていて、ガリガリだ。


 片側しか開かない両開きのドアを開けると、中に入る。

 中も木製で、廊下も木。

 ぱっと見ると小さな学校のようにも見える。

 窓口の中には紺色の服を着た白髪の婆さんがいたので、俺は女の子を抱えたまま訴えた。


「急患だ! 診てくれねぇか?!」

「子どもじゃないか! どうしたんだい?!」

「解らん、そこの公園で倒れていた」

「あんたらの子どもじゃないのかい?」

「俺は独身だ!」

 ドアが開いた音がすると、白衣を着た白髪の背の小さい爺さんが、おいでおいでをしている。

 彼がここの医者なのだろう。

 女の子を抱えてドアから入ると、消毒液のにおいの中、大きな窓から光が差し込む。


 中も木製なのだが、医者で使うものはガラスと金属製。

 白い両開きのキャビネットには、色々な器具が収納されている。

 元時代の診察室とは、だいぶ趣が違う。

 レントゲンの写真を挟む、木の机の上にある白い板はそのままだが。

 あ、でも元時代じゃディスプレイになってて、それもなくなっていたな。


「そこに寝かせて」

 爺さんがベッドを指した。


「ほい」

 俺は、医者の言うとおりに、白いベッドに女の子を寝かせた。


「どうしたんだ?」

「解らん。公園の遊具の中で倒れていた」

「あなたたちの娘じゃないのね?」

「さっきも言ったが、俺は独身だ。こいつも女房じゃねぇし」

「ああ、そうなの……最近は、こういう子は少なくなったんだけどねぇ」

 話をしながら、医者が女の子のワンピースを捲って、胸に聴診器を当てている。

 指でトントンしているが、平成令和じゃあまり見なくなったなぁ。


 トントンする反響音で、臓器の異常が解るらしい。

 達人になると癌も解るなんて話もあるみたいだが、本当かは不明だ。


「あ~うん、臓器に異常とかそういうのじゃないみたいだから、栄養失調じゃないかな」

「栄養失調? たしかに痩せてるが……」

「そうだね。とりあえず点滴打つから」

「お願いします。あ! この子の保険証とかないから、実費だよなぁ」

「あとで保険証があれば返金するよ」

「どうかなぁ――とりあえず、それでお願いします」

「はい」

「やれやれ……」

 さて、どうしたもんか。

 まさか、このまま放り出すわけにもいくまい。

 ヒカルコが心配そうに女の子の頭をナデナデしているし、放り出す選択に対しては絶対になにか言われる。


 とりあえずは、女の子の親がどこに行ったか? だよな。

 事件なら警察だが……。

 女の子が喋れるようになってから、話を聞いてみんことにはな。


「先生、子どもの目が覚めるまで、このまま寝かせてもらってていいかい?」

「いいけど、置いていかないでね?」

「え? 大丈夫だよ先生、ははは」

 俺は一旦外に出ようとしたのだが、ヒカルコは女の子につき添うと言い出した。

 それじゃ任せる。


 子どもの目が覚めるまでなにもやることがねぇんじゃ、じっとはしてられん。

 幸い、他に患者はいないようだ。

 もしかしてヤブなんじゃ――と思ったのだが、任せることにした。


 病院の外に出ると、さっきのガキどもがまだたむろっていた。


「なんだ、お前らまだいたのか?」

「あの子は大丈夫?」「大丈夫?」

 子どもたちは、女の子のことを心配していたらしい。

 なんだ、いいガキどもじゃねぇか。


「ああ、大丈夫だ。お医者さんに、元気の出る注射を打ってもらってる」

「ヒロポンだ!」「ヒロポン!」

「ヒロポンじゃねぇ!」

 なんちゅーことを言い出すんだ。

 まぁ、ガキの認識では、そのぐらいの薬なんだろう。

 知らないってのは恐ろしいな。


「お前ら、この近くに駄菓子屋とかないのか?」

「あるよ!」「ある!」「ある」

「よし! お前ら、女の子を助けてくれたから、俺がお菓子を奢ってやる。駄菓子屋に案内しろ」

「本当?!」「本当?」

「ああ、マジだ」

「「「……」」」

 そう言ってみたのだが、子どもたちは顔を見合わせている。


「どうした?」

「お母ちゃんが、知らない人からものをもらっちゃいけないって」

 あ~、そういえば、昔はよく言われてたよな。

 そういう事件が沢山あったんだろう。

 赤い靴を履いた女の子がナントカって歌もあったしな。


 子どもたちにお菓子をあげるかどうかは別として、駄菓子屋に案内してもらった。

 これまた崩れそうな木造の店に、お菓子が並んでいる。

 昔は、こんな路地にも店があったんだなぁ――と思いながら品揃えを見る。

 あるのは、ガラスの蓋がついた箱の中に入っている飴玉。

 大口のガラス瓶の中に入っているキャラメルなどなど……。

 店の奥には、こめかみになにか貼り付けた気難しそうな婆さん。


 俺のガキの頃には、色々な駄菓子があったもんだが、この時代は品揃えがショボいなぁ。

 まぁ、砂糖などが高価な時代だしなぁ。

 黄色い箱のキャラメルが20円。チョコなどは売ってないが、どのぐらいするのか解らん。

 ――と思ったら、奥に赤い箱がある。

 あれがチョコらしい。1個50円って書いてあるから500円相当か。

 ちょっとガキンチョの小遣いじゃ買えんかもしれん。


「お前ら、キャラメル好きか?」

「「「……」」」

 みんな黙っているが、指を咥えているので好きなのだろう。

 とにかく甘いってだけで、ごちそうの時代だ。

 汚くて鼻を垂らしているガキンチョが、10円でも持っているように見えん。


「ひふみー10人か、お姉さん、キャラメル10個くれ」

「はいよ~」

 婆さんが突然ニコニコ顔になる。

 俺は財布から金を出しながら言った。


「それでな、こいつら知らない人からものをもらっちゃイカンと言われているらしくてな。お姉さんから手渡してやってくれねぇか?」

「そうかいそうかい! ほんじゃ、今日はお姉さんの奢りだよ!」

「お姉さん? ババアだろ?」「ババア」「婆さん」

「お姉さんだって言ってんだろ、このガキども!」

「うわぁ、ババア怒った!」「ババアこぇぇ!」「うわぁ!」

 なんだか喧嘩しているようだが、仲がよいようにも見える。

 多分、この婆さんはいつもこんな調子なんだろう。

 婆さんにキャラメル10個分の200円と、さらに100円を手渡した。


「それから、あの赤いのはチョコだろ? 50円の2つくれ」

「はいよ~」

「チョコ」「チョコだって」「チョコ」

「チョコは俺が食うんだから、やらんぞ」

「「「……」」」

 子どもたちは、俺の言葉に黄色い箱からキャラメルを取り出し、それを口に放り込むと静かになった。


 このガキンチョどもは、駄菓子屋にあずけててOKだろう。

 俺は女の子とヒカルコの様子をみるために、病院に戻ることにした。


 病院に入ると、廊下になん人か患者が待っている。

 まったく流行ってなかったわけじゃなかったのな。

 俺は窓口に顔を突っ込んだ。


「様子はどんなもんすかね?」

「さっき目を覚ましたから、奥の部屋に移ってもらってるよ」

 奥の部屋ってのは、診察室の隣の部屋らしい。


「ありがとうございます」

 婆さんに言われたとおり、廊下を歩くと奥の部屋の引き戸を開けた。

 おそらく処置室だと思われる部屋にベッドが置いてあり、そこに女の子が座っていた。

 意識を取り戻したようであるが、暗い……。

 こんな暗い小学生がいていいのか?

 まるで、この世の終わりみたいな顔をしている。

 子どもってのは、どんなときでもキャッキャと台風状態じゃないのか?


 俺はしゃがんで子どもと視線を合わせた。


「俺はショウイチ、君は?」

「……コノミ」

「コノミちゃんか。よろしくな。なんで1人であんな場所にいたんだ?」

「……お母さんが、いなくなった……」

「ええ? いつから?」

「わからない……」

 うわぁ、こいつは困ったぞ。


「コノミちゃん、歩けるか?」

「……コク」

 彼女が黙ってうなずく。


「もしかして、腹が減っていただけか?」

「コクコク」

 なんだか、ヒカルコが2人に増えたみたいだな。

 女の子が黙ってベッドから降りたのだが、ヒカルコがしゃがんで背中を向けた。

 彼女が背負うつもりらしい。


「背負うのはいいが――どうしたもんか」

「警察?」

 そう言ったヒカルコの言葉に、コノミが反応した。

 いやいやをして、ヒカルコの背中で固まっている。

 どうやら警察は嫌いらしい。

 なにか事情があるのだろう。


 女の子はただの腹減りで身体は大丈夫となると――このまま病院にいるわけにもいかん。

 ヒカルコがコノミを背負ったまま、病院の玄関に立つ。


「どうもお世話になりました」

「保険きかないから520円だよ」

「これは、しょうがねぇなぁ……」

 俺は財布から岩倉具視と20円を出して、窓口に突っ込んだ。


「あんた、その子をどうするんだい?」

 婆さんがこっちを見ている。


「明日、区役所にでも行ってみるよ」

「そうだね、それがいいかもしれないよ」

「どうも、ありがとうございました」

 3人で病院を出た。


「コノミちゃん、明日お母さんを探しにいってみよう?」

「……」

 彼女から反応がない。

 もう小学生ぐらいだし、親から捨てられたりしたのなら、理解しているだろう。


「コノミちゃん、学校は?」

「フルフル」

 彼女が首を振った。


「え? 行っていない? もしかして一度も?」

「……コクコク」

「こりゃ、無戸籍者の可能性大だぞ」

「どうするの?」

 ヒカルコが聞いてくるのだが、この時代に俺がやってきたと同じように、戸籍を作ってもらうしかねぇ。


「役所で戸籍を作ってもらうんだよ」

「わかった」

 子どもの歳は、ヒカルコが聞いていた。

 はっきりとは解らないが、10歳ぐらいらしい。

 ――といっても、一度も学校に行ってないってことは読み書きもできないのでは?


「コノミちゃん、本を読んだり字を書いたりは?」

「少しできる」

 一応できるのか? 母親が教えていたのか?


「う~む……」

 こりゃ大変なことに巻き込まれたわ。

 俺はさっき買ったチョコを思い出した。

 赤い箱を開けると、塊を割って女の子の口元に近づける。


「チョコ食べるか?」

「……?」

 彼女の顔を見ると、チョコレートがなにか解らないようだ。


「お菓子だよ、あ~ん」

 彼女が口を開けたので、放りこんだ。


「あ~ん」

 ヒカルコも口を開けている。

 雛鳥に餌をやる親の気分だ。


「ほい」

「ん~!」

 ヒカルコがニコニコ顔になっているのだが、その後ろで女の子が目を見開いたまま固まっている。

 チョコがなにか解らないということは、初めて食べたのだろう。


「美味しいだろ?」

「……」

 俺の質問にも彼女はフリーズしたままだが、表情に生気は戻っている気がする。

 人間美味しいものを食べれば、ニコニコになるもんだ。


「ヒカルコ大丈夫か? 重いなら代わるぞ?」

「大丈夫」

「そうか、まぁ近くだしな」

 あの病院の場所は覚えたから、なにかあった際は利用させてもらおう。

 近くで便利そうなのだが、先生が年寄りだからなぁ。

 ぽっくりいかないだろうな。

 医者の不養生って言葉もあるし。


 ヒカルコが女の子を背負ったまま、アパートに帰ってきた。

 さすがに階段は危ないだろう。


「階段は上がれるか?」

「コク」

 彼女がうなずいたので、3人で手をつなぐと一歩一歩上っていく。

 点滴が効いたのか、だいぶ元気になったように見える。

 戸を開けて、女の子を迎え入れた。


「今日はここに泊まっていけ。明日、役所に行こうか」

「……」

 どうにも反応が薄い。

 どうでもいいのだろうか?

 俺はポケットから、もう一個チョコを取り出した。


「もう1個食うか?」

「「コクコク!」」

 女の子とヒカルコが一緒にうなずいている。

 美味しいものを食べたいという欲求は残っているらしい。


「ほい」

 2人とも口を開けているので、そこにチョコを割って放り込んだ。


「ヒカルコ、コノミちゃんの服とか下着を買ってこい。このボロボロじゃマズいだろう」

 男の俺じゃ、まったく解らんからな。

 ここはヒカルコがいてくれて助かった。


「コクコク」

「それから、風呂が開いているから、2人で風呂に行ってこい」

「うん」

 女がいるんだから、彼女に任せればいい。

 昭和の時代じゃ、異性のガキを連れて風呂に入るのは普通だったが、平成令和じゃアウトだな。


「最初にお風呂に行ってから、2人で買い物に行く」

「ええ? 夕方になると冷えてくるぞ? 湯冷めしたらどうする」

「う~ん……」

「防寒具も買ってこいよ」

「わかった」

 俺の言葉に、風呂上がりだとやっぱり寒いかもしれないと思ったらしい。


「コノミちゃん、服を買うのにちょっと歩くけど、大丈夫か?」

「……」

 女の子が黙ってうなずいた。

 かなり顔色もよくなってきたように思える。


「ヒカルコ、金だ」

「私のがあるから、いい」

 この前、競馬で勝ったからな。

 女の子の服を買うぐらいは余裕だろう。

 ヒカルコが買い物カゴを持つ。晩飯の買い物もしてくるつもりだ。

 彼女と女の子が出かけるが、階段が心配なので3人で手をつないで降りた。


「あら?」

 またタイミングよく大家さんに会ってしまう。

 マズい、説明しないと――。


「こんにちは。この子は知り合いの子で、ちょっと預かっているんですよ」

「本当? 篠原さんの子どもじゃなくて?」

「勘弁してくださいよ」

 俺の言った言葉を信じたのか、信じてないのか不明だが、彼女が子どもの前にしゃがんだ。


「それにしても、ボロボロねぇ。もうちょっといい服を着せてあげないと……」

「今、ヒカルコと一緒に、服と下着を買いにいかせようと思って」

「それがいいわね」

 大家さんの追及はそれ以上なかった。

 だいたいだな、俺1人って約束で部屋を借りてるのに、いつの間にか女が住み着いているし、その上ガキまでってことになったら、ちょっとマズいのではないだろうか。


 まぁ、この先どうなるかは、明日役所に行ってみないと解らん。

 ヒカルコと女の子が買い物に行ったので、俺は部屋に戻ることにしたのだが、スパパンという2ストエンジンの音が近づいてきた。


 階段を上がるのを止めると、アパートの前でオート三輪が止まる。

 ガチャとドアが開いて、軍手と汚れたつなぎをきた若い男が降りてきた。


「あの~、篠原さんというのは……」

「おう、俺だ俺だ」

「ちわ~っす! ストーブをお持ちしましたぁ!」

「あ! すっかり忘れてたわ」

 ガキを拾うとか、あり得ないできごとに、すっかりと記憶から抜け落ちていた。

 お兄さんが、上下だけに木枠があるストーブを荷台から下ろしてくれた。


「これ、おまけです」

 彼が持ってきたのは、金属製の一斗缶。

 そういえば一斗缶も見なくなったよなぁ。

 赤い炎のマークが書いてあるから、灯油だろ。


「おお、ありがとう。ここらへんで灯油を売っている所ってどこにあるんだ?」

「あそこの通り沿いに、米屋がありますよ」

 彼が近くを走っている通りの方向を指した。


「米屋?」

「はい」

 話を聞くと、米屋が灯油を売ってるらしい。

 普段米を買ってる米屋でも、扱っているのだろうか?


「そうなんだ。ありがとう」

 灯油を頼むと配達してくれるそうだが。

 自転車やらバイクやら、車を持っている人がすくないから、そういうサービスが行われているんだろうな。


「それから、これもサービスっす」

 男が金属製の細い棒のようなものを手渡してきた。

 引っ張ると伸びるようで、ホースがついている……。

 この形はどこかで見たような――昔の自転車のフレームについていた空気入れだ。

 石油ストーブと灯油を持ってきたやつが、空気入れを渡してくるはずがない。

 ――そう考えると、こいつは灯油ポンプなのだろう。


 本体を一斗缶に差し込んで、シュコシュコするわけだな。

 空気を吸い上げるのも灯油を吸い上げるのも同じ理屈だし。

 なるほど、プラ製の灯油ポンプはまだないが、それっぽいのがすでにあったのか。

 特許事務所の爺さんも、そんなことを言っていたしなぁ。


 男に、その場で木枠を外してもらい、外したものは持ち帰ってもらう。

 ストーブ単体になれば重くはないし、1人で持てる。


「使い方、教えましょうか?」

「ああ」

「ここが開きますんで」

 男が操作すると、ストーブの上半分がパカッと倒れて、芯が出てきた。


「そうやって火を点けるのか」

「はい、ここを回すと芯が出てきますんで」

「簡単だな」

「簡単っす」

 まぁ、仕組みは元時代で使っていたポータブルストーブと一緒だ。

 煙突はないので、たまに窓を開けて換気しないとだめだが。


 男に2階まで上げてもらった。


「ありがとう。これでなにか飲んでくれ」

 彼に100円を渡した。

 板垣退助1枚でも、この時代だと1000円相当なのだから晩飯も食える。


「あざーす!」

 早速、使ってみることにした。

 ストーブの底がタンクになっているので、蓋を開けると給油をする。

 一斗缶の蓋についているカバーを取って押して開けた。

 そこにもらったばかりの灯油ポンプを突っ込む。


 シュポシュポすると灯油が入っていくが、空気抜きがないので止めるのが難しい。

 入れ終わったあと、灯油とポンプは階段下の物置に突っ込んだ。

 元々は共有スペースらしいが、今は俺と八重樫君しかいないし大丈夫だろう。

 一応、物置には鍵をかけておく。

 この時代、ガソリンも高いが、灯油も結構高いだろうし。

 用心に越したことはない。


 階段の踊り場に置いたまま、ストーブの上半分を倒してマッチで火を点けた。

 上を元に戻して、ダイヤル回して調節すると窓の中に青い炎が灯る。

 なぜここで焚くのかといえば、ストーブを買ったらやる、儀式みたいなものだが――。

 新品のストーブというのは、最初は真っ白くて臭い煙がもくもくと出てくるのだ。

 これを部屋の中でやると、においが充満してしまう。


「これで寒い思いをしなくてもすむぞ」

 寒い中で仕事をしている、隣の八重樫君には悪いがな。

 さすがに、このストーブは高価なので、扇風機のように立て替えるわけにはいかない。

 まぁ、彼ならすぐに稼げるようになるさ。


 空焼きが終わったストーブで部屋を暖めていると、ヒカルコとコノミが帰ってきた。

 女の子は黒いふわふわがついた、Aのように裾が広がるコートを着ている。

 これは可愛い。


「着替えてきたのか?」

「うん。ストーブ焚いたの?」

 ヒカルコがストーブに気がついたようだ。

 まぁ、入ってきたらあきらかに暖かいんだから、解るだろう。


「おう、試し焚きだ。やっぱりストーブがあると暖かいな。これなら風呂から帰ってきても湯冷めしないですむぞ」

「コクコク」

 コノミが、ストーブの窓を覗き込んでいる。

 髪の毛も汚れているし伸び放題だな。


「ここ熱いから、触らないようにな。火傷するぞ」

「コクコク」

「ヒカルコ、風呂から帰ってきたら、コノミの髪の毛を切ってやれ。せっかく可愛い格好しているのに、これじゃあな」

「うん」

 部屋も十分に暖まったし、風呂に行くか。

 風呂の道具を用意する。


 3人で銭湯に向かって路地を歩いていると、まるで家族みたいだが、2人は女房でもないし子どもでもない。

 銭湯は、前のアパートから通っていたのと同じ所だ。

 距離的にもそんなに違わないはず。

 他にも銭湯はあるので、たまに違う風呂を探すのもいいかもしれない。

 風呂に着いた俺たちは、男湯と女湯に分かれて入った。


 約30分あと、俺は先に出て風呂の外で待つ。

 もう11月で夕方近くになるとそれなりに冷え込む。

 湯冷めしちまうぜ。

 リアル神田川かよ――といっても、若いやつには解らんネタだろうな。

 俺もリアルタイムでは聞いちゃいないが。


 頭にタオルを巻いた2人が風呂から出てきたので、アパートに戻った。

 早速、ストーブに火を点けて頭を乾かす。

 男の髪の毛はどうでもいいが、髪の長いヒカルコはいつも苦労している。

 ドライヤーがあればいいのだが、そんなものはない。

 でも、ストーブの熱があれば、多少は違うだろう。


「ヒカルコ、今日はお前の布団も出して、コノミと一緒に寝てやれ」

「コクコク」

 彼女がコノミを抱き寄せている。

 女の子は嫌がってはいないようなので、まぁ懐いているのだろうか。


 それにしても、やっかいなものを抱えちまったぜ。

 女の子が寝たあと、ヒカルコに話を聞いた。

 風呂で彼女の身体を見たが――肉体的な虐待のあとなどはなかったという。

 痩せていただけらしい。

 ネグレクトってやつだが、立派な虐待だ。


 成り行きで女の子を拾ってしまったが、これってどうにかなるのか?



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