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25話 ビギナーズラック


 今日は競馬だ。

 シンシンザンが、三冠最後のレースである菊花賞に挑む。

 結果はもう解っているのだから買わないわけにはいかないのだが、あまり旨味はない。

 シンシンザンが強い馬だと皆が解ってしまったので、当然オッズが低くなる。

 儲けるためには大量に買う必要があるのだが、大レースで大混雑している中で馬券をなん回も買うのは少々大変だ。

 まぁ、あまり無理をして買わなくても、まだ美味しいレースはあるかもしれない。

 特許も申請したし、まだ金をもらっていないが小説の仕事もしているし、生活には余裕がある。


 颯爽と出かけようとした俺だが、ヒカルコに捕まった。

 俺と一緒に競馬場に行きたいらしい。

 この時代の競馬場なんて、女や子どもの行く場所じゃないんだけどなぁ。


 説得したのだが、どうしても一緒に行くと言うので、連れていくことにした。

 いつものように山手線から京王線に乗り換えて、府中競馬場正門前駅まで。

 場外馬券売り場でも買えるのだが、場外の売り場はしょぼく、あれじゃ大混雑間違いなしだ。

 最初から競馬場に向かったほうが得策だろう。


 菊花賞は京都競馬場で行われるが、このぐらいの大レースなら関東でも買える。

 逆に関西でも普通の関東のレースは買えないが、皐月賞やダービーなら馬券を買える。

 オッズのやりとりとかどうやっているのか解らないのだが、電話とかでデータを伝えているのだろうか?

 そのせいもあってか、締切がすごく早い。

 レース発走の1時間以上前には発売が締め切られるようだ。

 投票がどんどん入ってくると、オッズが確定できないからだろう。


 ダービーほどではないが、やっぱり人は多い。

 三冠馬が出るかもしれないという期待からかもしれない。

 早めについたので、とりあえず馬券を買う。

 9R菊花賞、シンシンザンの単勝、特券で100枚だ。

 今日は200枚買う予定なので、これを2回繰り返す。

 まぁ100枚でも目立つから、分ける意味はねぇと思うが……。


「いまのところ――」

 黒板に手書きで書かれているオッズは2倍ちょっと。

 幸い1倍台にはなっていない。

 単勝を20万円買えば、40万円になるってわけだ。

 冷蔵庫代を前借りしてしまったが、これで回収できる。


 馬券を買っているときもヒカルコが一緒だが、若い女なんてあまりいないので目立つ。

 買うものを買ったら、そそくさと窓口から離れる。


「ふう……」

「……」

 彼女が俺のシャツを引っ張ってきた。


「なんだ?」

「買ってみたい」

「ええ?」

 どうやら馬券を買ってみたいらしい。

 シンシンザンの単勝を勧めたのだが、実際に走るレースに賭けてみたいようだ。

 まぁ話は解る。


「それじゃ、複勝を買え」

「複勝?」

「狙った馬が3着まで入ればいいやつだ。当たりやすい」

「コクコク」

 ちょうど1Rが始まる前なので、パドックに連れていった。


「1Rに走る馬が出てる。あの中から選べばいい」

「狭い!」

 彼女はここで馬が走ると思ったらしい。


「ここで走るわけじゃねぇぞ。ここで馬を見るんだ」

「どうやって?」

「なんでもいいんだよ。見た目が可愛いとか、格好いいとか、名前が面白いとか――」

「コクコク」

 彼女が真剣な顔をしてうなずいている。


 買う馬が決まったようなので、売り場に連れていった。


「俺が買ってやろうか?」

「フルフル」

 どうやら自分で買いたいらしい。

 大丈夫か? ――と、思ったのだが、大学に行くぐらいだ、頭はいいのだ。

 俺の買い方を見ていて覚えたのだろう。

 普通に買ってきた。


 東京1R未勝利戦 17番ガストーモ 複勝特券。


「え?! 特券で買ったのか?」

「コクコク」

 彼女が自慢げに馬券を見せてくれた。

 マジで特券だ。

 俺の真似をして買ったので、こうなったらしい。

 特券つ~ことは、元時代換算だと1万円馬券なんだぞ。


 オッズを見る――単勝900倍以上である。

 こんなの絶対に来ねぇ! ――と、思ったのだが、こいつが一生懸命買ったんだ。

 褒めてやることにした。


「いい馬買ったな! 多分、来ると思うぞ」

「コクコク!」

 彼女が嬉しそうにしているから、これでいい。

 締め切りがきて窓口が空いたので、俺は菊花賞の馬券を買い足した。

 合計で20万円分。

 今日はこれでいいや。


「レースを見るので、ちょっと高い所に行くか」

「コクコク」

 人混みを縫ってちょっと高い所を見つけた。

 とりあえずゴール前が見えればいい。


 レースプログラムによれば1200mなのだが、令和の府中で1200m戦は行われていなかった。

 ファンファーレが鳴って向正面からスタートだが、全然わからん。


「全然わからんだろ?」

「コクコク!」

「直線になったら見えてくるぞ。お前が買ったのは17番だから、ピンクの帽子だ」

「コクコク!」

 歓声の中、直線に馬たちが見えてきた。

 17頭の馬が団子状態。

 その中から青と黄色とピンクの帽子が抜け出てきた。


「おい、マジか?! ピンクがきたぞ!」

「!!!」

 ヒカルコがメチャはしゃいで飛び跳ねている。

 いや、8枠には3頭入っているから、他の馬かもしれん。

 そのまま3頭が抜け出してゴールした。

 まじでピンクが来やがった。


「当たった?! ピンク!」

「まてまて! ピンクの帽子でも3頭いるからな、ちょっとまて」

「コクコク!」

 周りの声を拾う。


「17差したか?」「わからん」「差したら穴だぞ」

 なんだか、マジで17番が来たらしい。

 ヒカルコが買ったのは複勝なので、17番が2着でも3着でも当たりだ。

 本当か?

 彼女がはしゃいでいるので、落ち着かせる。


「どうどう……」

「……」

 10分ほどでアナウンスが流れた。

 1着7番、2着5番、3着17番――。


「おい、ヒカルコ! マジで当たったぞ!」

「!!!」

 彼女が馬券を持って、ぴょんぴょんしている。

 こいつがこれだけはしゃぐのも珍しい。


 複勝が2750円もついたようだ。

 こいつは特券で買っているから、2万7500円の払い戻しだ。


「換金しに行こうぜ」

「コクコク!」

 彼女と一緒に窓口まで行って、当たり馬券を出させる。


「はい、2万7500円の払い戻しです」

 窓口から現金が出てきた。


「ぴゃ!」

 金を受け取った彼女が固まっている。

 もしかして、こんなに増えると思っていなかったのかもしれない。


「こら、ヒカルコ。金を隠せ!」

 彼女の金をデニムのポケットに入れさせた。


「……」

 ヒカルコが、心配そうな顔をしてウロウロしている。


「どうした?」

「……」

 彼女が黙って俺のシャツを掴んできた。

 いきなり大金をゲットしたので、落ち着かないらしい。

 そりゃ、普通のサラリーマンの1ヶ月半ぐらいの稼ぎだからな。


「それじゃもう帰るか? 俺の馬券は買ったから、あとから換金してもいいし」

「コクコク」

 彼女と一緒にタクシー乗り場まで行って、黒い車に乗り込んだ。


「新井薬師前」

「は~い、お客さんもうお帰りですかい?」

「菊花賞は買ったし。遊びで1R買ったら当っちまってな」

「そりゃよかった」

 ビビっていたヒカルコは、タクシーに乗って落ち着いたようだ。

 そのまま新井薬師前まで行ったのだが、路地を案内して、アパートの近くまで行ってもらった。


「1150円です」

 運転手に1200円を渡した。


「釣りはいいよ」

「ありがとうございま~す」

 彼女と一緒にタクシーを降りると、アパートに帰ってきた。

 着くなり彼女が畳の上でぐったりしているので、布団を敷いてやる。


 あんなにつくなら、一緒に特券で10枚ぐらい買えばよかったな。

 それにしても、まさかあんな馬が本当に来るとは――ビギナーズラック恐るべし。


「ヒカルコ、もう馬券は買わないほうがいいぞ? 買ったら儲けが減るだけだし」

「コクコク」

「昼飯を競馬場で食うつもりだったが、なにか食うか? うどんはどうだ? 俺が作ってやるぞ?」

「コクコク」

 彼女もうどんでいいようなので、それにすることにした。

 買い置きの中に乾燥うどんがあったはず。


 茹でればいいので簡単だ。

 麺つゆを作るのが少々面倒だが。

 鰹節を削らないとダメだしな。


 先生の所にも声をかけた。


「八重樫君、うどん食うか?」

「あ! 食います食います! 篠原さん、競馬に行ったんじゃなかったんですか?」

「ああ、ヒカルコのやつが具合悪くなって、馬券だけ買って戻ってきたんだ」

「大丈夫なんですか?」

「今、寝てるけど大丈夫だろ?」

 別に病気じゃねぇしな。


「篠原さん! 当たる馬券があったら教えてください!」

 そう言ってきたのは、アシで来ている矢沢さんだ。

 今はちょうど追い込みだろう。


「それを知ってたら、毎回買うっての!」

「やっぱり、そうですよねぇ」

 実は知ってるけどな。


「僕は1回買って懲りましたよ……」

「ああ、君も倒れそうになってたしな」

「お金を損したんですか?」

「いやぁ、儲けたけどね……あんなのなん回もするの無理だし」

「いいなぁ」

 彼女が羨ましそうだ。


「結局、普通に働くのが一番いいと思うぞ。矢沢さんだって、才能あるならそれで稼いだほうが早い」

「そうですかぁ……」

 彼女も金を稼いで母親に楽をさせてあげたいという目標があるから、職業で漫画家を選んだタイプだ。

 もちろん、漫画は好きだろうけどな。

 好きじゃなけりゃできないだろう。


「矢沢さん、変な儲け話とかに引っかかるんじゃないぞ? 君は可愛いから、それ目当てにやって来る男がくるかもしれん」

「大丈夫ですよ」

 みんなそう言うんだ。

 そして引っかかる。


 ツユを作ってうどんを茹でていると、廊下の扉が開いて大家さんがやって来た。


「あらぁ、なにを作っているのかしら?」

「うどんですよ。大家さんも食べますか?」

「あらぁ、私も食べていいのかしら?」

「あ、でも、大家さんも食べるとなるとうどんがたりないかも……」

「それなら大丈夫よ」

 大家さんが引っ込むと、すぐに戻ってきた。

 彼女が木箱を差し出す。


「ほら、沢山あるから」

 桐の箱にびっしりと詰まった乾燥うどんのセット。


「買ったんですか?」

「いいえ、お歳暮とかお中元とかで、もらうのよ」

 彼女の言葉を聞いて、ちょっとドキリとした。

 元の時代でもお歳暮やらお中元を贈ったことがなかったからだ。

 実家でも昔は、贈ったり贈られたり、デパートにも専用のコーナーができたりと盛況だったが……。


「あ、そういえば、すっかりと忘れていたなぁ。俺も大家さんに贈ったほうがいいのだろうか?」

「いらないわぁ。いつももらっても困ってしまうのよ。食べきれないし……」

 確かに年寄りが食べる量なんてそんなに多くはないはず。


「タオルとか石鹸とか、大量にもらっても困りますしねぇ」

 歳暮とか中元の定番といえば、タオルとか石鹸だった。


「もう、本当にねぇ。絶対に使い切れないわ」


 うどんをもらったので、じゃんじゃん茹でる。

 食い盛りがいるので、そのぐらい平気だろう。

 あまったら、晩飯の汁代わりにするし。

 乾麺の残りも俺たちが食っていいらしい。


 うどんができたので5人で食った。

 大家さんから、自前の梅干しを分けてもらったのだが、本当に酸っぱく塩っぱい、昔ながらの梅干しだ。


 それにしても、なんでこんなに賑やかに飯食っているんだか。

 大家さんも暇なんだろうな。

 最近は、ヒカルコと一緒に料理を作ったりしている。

 一緒に住むとか言ってた娘婿夫婦は、どっか行っちゃったし。

 金があっても可哀想だよな。


「若い人ばかりになって、毎日が楽しいわぁ」

 彼女がうどんをすすりながら笑っている。


「俺は若くねぇけど……」

「やだぁ、私から見たら十分に若いから、あはは」

「まぁ、前にここに住んでて、階段から落ちたとかいう爺さんと比べたら若いかもな」

「あの人もねぇ、可哀想な人だったのよぉ」

 大家さんの話では、その爺さんは戦闘機乗りだったらしい。

 終戦まで生き残ったのなら、かなりのベテランということになるだろう。

 遺品を整理したら、戦闘機の前に飛行服で並んでいる写真もあったという。

 仲間がほとんど死んでしまったのに、自分だけ終戦で生き残り――そのことで、かなりの自責の念に苛まれていたという。


「それで、ヒロポン中毒だったしねぇ」

 ヒロポンってのは、「疲労がポンと飛ぶ」とかいうキャッチフレーズで売っていた、覚醒剤のことだ。

 兵士にも大量にばら撒かれたので、戦後に中毒患者を沢山出した。


 爺さんは、仲間への自責の念に耐えきれずに、毎日酒浸りからのアル中――最後は転落死。

 なんともやりきれない気持ちになるが、戦後しばらくは、こういう話がゴロゴロしていた。


「でも篠原さんって、ちょっと違うわねぇ」

 突然、大家さんがそんなことを言い出した。


「え? 違う? なにが?」

「なにかピリピリしてないのよねぇ。戦地帰りの人って、ささくれたっている人が多いし……」

 競馬場で喧嘩しているやつらは、そんな感じなのか。


「コクコク!」

 ヒカルコがうどんを口に咥えたまま、うなずいている。


「ああ、僕もそう思いますよ。ウチの父なんかに比べると、なんかすごく優しいですよね」

「コクコク!」

「よせよ、はは。褒められてもなにもでねぇし」

「私もそう思うわぁ」

 大家さんもそう思うのか。


「はは――樺太から引き上げてきて、すべてなくしちまったが、戦火には巻き込まれていなかったせいじゃないでしょうかねぇ」

「そうなのねぇ」

 大家さんが、俺の話を聞きながらうどんをたぐっている。

 そりゃ俺は戦争を知らない世代だしな。

 本来、俺ぐらいの歳なら戦争の真っ只中を過ごした年齢なのだ。

 やはり多少の不自然さはあるらしい。


 ん~、それはいいが、なにかを忘れているような……。

 あ! そういえば菊花賞のレースがあるんだが、すっかりと忘れていた。

 まぁ勝つのは間違いないだろうし、明日でいいや。


 ――菊花賞の次の日。

 新聞を見たら、シンシンザンが戦後初の三冠馬になったというニュースが載っていた。

 やっぱり勝ったらしい。

 そりゃそうだ。

 シンシンザンはこのあと、休養になるはず。

 来年の宝塚記念辺りまで休みだ。


 単勝の払い戻しは240円。

 下手をしたら1倍台になるんじゃないかと思っていたが、意外とついた。

 俺は20万円分の馬券を購入したから、これが48万円になったわけだ。

 まったくシンシンザン様々だが、さすがに三冠馬になってしまったからには、次のレースの単勝馬券は1倍台に突入だろう。

 さすがに買えない。

 それでも、単勝1.5倍でも10万円入れれば15万円になるのだから、少しでも買ったほうがいいのか?

 この時代の5万円といえば、サラリーマンの給料約3ヶ月分だし。

 いや、単勝に150円でもつけばいいが、110円とか100円元返しとか買いたくねぇぞ。


 やっぱり、そのときの様子を見てからだな。

 他に知っている馬が出てこないか、チェックは欠かさないようにしなくては。


 確か後楽園の月曜日なら、平日の払い戻しをしているはず。

 ちょっくら行ってみるか。

 後楽園が駄目なら、次の日曜まで払い戻しができねぇ。

 そもそも結構高額の払い戻しだからなぁ。

 駄目だって言われるかもしれねぇし。


 隣の八重樫君は静かだ。

 夜遅くまで作業をしていたので、今は寝ているのかもしれない。

 俺が着替えていると、ヒカルコも着替え始めた。


「まさか、お前も行くつもりか?」

「コクコク」

「いいけどなぁ」

 別に断る理由もないので、コートを着るとヒカルコと一緒にアパートを出て、私鉄に乗る。

 高田馬場駅で緑の電車に乗り換えて、新宿でさらに黄色の電車に乗り換えた。

 水道橋駅に到着すると、道路を渡って場外馬券売り場を目指す。


「ヒカルコ、ジェットコースターがあるぞ」

 俺が指す方向には後楽園遊園地がある。

 三角形の敷地をぐるりと回っている乗り物を指した。


「……」

 乗り物が動いているようなので、営業しているようだ。

 平日でもやっているものなんだな。


「乗ってみるか?」

「ブンブン!」

 彼女が勢いよく首を振った。

 どうやら怖いらしい。


 場外馬券売り場に着いたのだが人はいない。

 当然、今日は馬券を売ってないし、こんなもんか。

 少々心配していたのだが、払い戻しはしているようだ。


 俺は払い戻しの窓口に、特券で200枚のロールを出した。


「これって換金できるのかい?」

「は、はい」

 係員の女性が、ロールを見ている。


「どう?」

「申し訳ありません、そちらのドアから中に……」

 やっぱりそうか。

 でも、中に入れてくれるってことは、換金できるらしい。

 開いたドアから中に入ると、金を受け取った。

 48万円――20万円が元金だから、28万円の儲け。


 金を見たヒカルコが青くなってビビっている。


「警備員をつけますか?」

「通りでタクシーつかまえるんで、そこまでお願いできますか?」

「わかりました」

 現金をカバンに入れると、制服姿の警備員と一緒に目の前の通りまで行く。

 短い距離だが、ここだって油断はできねぇ。

 幸い、すぐにタクシーはつかまった。


 ヒカルコと一緒に乗り込むと、行き先を告げて出発する。

 今日は国鉄の駅に向かう。

 駅前の商店街で、石油ストーブを探そうと思っているからだ。


 30分ほどで駅前に到着した。

 府中より後楽園の場外馬券売り場のほうが近いが、発売窓口が少ないからなぁ。

 やっぱり競馬場で買ったほうがいいだろう。


「360円です」

 運転手に400円を渡した。


「釣りはいいよ」

「ありがとうございます」

 タクシーを降りたのだが、ヒカルコがビビっている。

 俺が大金を持っているせいだろう。

 あまりに挙動不審なので彼女の頭にチョップを入れた。


「ぴゃ!」

「オドオドするなっての。こんなショボいオッサンが大金持ってるなんて、誰も知らねぇんだから」

「……」

 それでも彼女はウロウロしている。

 やっぱり気になるようだ。

 これじゃ余計にあぶねぇだろ。

 これに懲りて、競馬のときには一緒に行くって言わなくなるかもしれんが。


 駅前の商店街で、ストーブを売っている店を探すと、ガス用品を扱っている店の前に並んでいた。


「う~ん」

 元時代でお馴染みのタンク式の石油ストーブは売ってないようだ。

 あれが発売されるのは、もうちょっとあとなのか。

 ――そうなると、あの取り出せる石油ストーブのタンクは、特許が取れるかもな。


 それはいいとして、売っているのはポンプがついた加圧式の石油ストーブ。

 シュコシュコと手動でポンプを動かし、タンクに加圧して燃料を出す。

 このタイプは、キャンプで使うランプなどで生き残っていたが、使い勝手が悪そう。


「ん?」

 奥のほうに白いタワー型の石油ストーブを見つけた。

 平成令和にも売っていた、「魔法の絨毯」という会社のストーブだ。

 形もほとんど一緒だが、周りに火傷防止用の柵がついていない。

 約60年あとでもほぼ一緒の形で生き残っているってことは、それだけ使い勝手がいいということだろう。


 見れば、値段はかなり高い7万5000円――75万円相当である。

 元時代でも密林で7万5000円ぐらいだったはず。

 ずっと値段が変わらず、物価が上昇したわけか。

 ここらへんは卵の値段に近いかもしれない。


 値段が高いので店員に話を聞くと、輸入ものらしい。

 あ~、なるほど。

 今って1ドル360円の時代だっけ?

 そりゃ輸入ものは高いわ。

 為替レートが約3倍だから、1ドル120円ならストーブの値段は2万5000円になるわけだし。

 それでも十分に高いけど、洗濯機や冷蔵庫に並ぶぐらいの感じにはなる。


「う~ん」

 めちゃ高いが、今日は競馬で勝った28万円がある。

 そのうちから8万円を使えばいい。


「よし、買った!」

「毎度あり~!」

 店員が手もみしている。


「家まで運んでもらえる?」

「もちろんです、お客様!」

 かなりの高額商品なので、配達料がサービスらしい。


 さて、ストーブも買ったし、ちょっと早いが昼飯にするか。

 せっかくここまで来たんだし、外食にしてみよう。

 蕎麦屋があったので、ここにするか。


「蕎麦屋でいいか?」

「コクコク」

 ヒカルコはなんでも食うな。

 俺のほうが偏食だわ。

 この時代は肉が高くて魚のほうが安いんだが、俺は魚介類が苦手なんだよなぁ。

 やっぱり食べ慣れてないせいだと思うが。

 刺し身とか寿司なら大丈夫なんだが。

 あ、そうか、せっかく儲けたし寿司でもよかったか……。

 まぁ蕎麦でもいいか。


 ――蕎麦屋に入ったのに、2人でカツ丼を食べて店から出た。

 中々美味かったが、値段がメチャ高い。

 だが、やっぱり米の味はイマイチだな。

 平成令和の米は美味かったんだなぁ。

 品種改良スゲーな。


 あとはアパートに戻るだけだが、いつもと違う道を通ってみることにした。

 同じ道ばかりじゃツマランし。

 それに多少道が違っても、時間はそんなに変わらん。

 通る路地が違うだけだ。


 路地を歩いていると小さい公園がある。


「こんな場所に公園があるのか……」

 見れば――穴の開いたコンクリの山の前で、ガキどもが集まっている。

 寒いのに半ズボンとか、唐草模様の風呂敷をマント代わりにしているやつとか……。

 ズボンも穴だらけというか、パッチワークだらけ。

 平成令和にパッチワークしたの穿いてるガキとかいなかったし。


 そいつらが下を見て、ワイワイ言っている。

 なにがあるんだろうか?


「!」

 ヒカルコが、ガキどもの所に走っていった。

 なにを騒いでいるのか興味が湧いたらしい。


「もの好きだなぁ……」

 俺は路地で待っていたのだが、彼女が慌てて戻ってきてコートの袖を引っ張る。


「来て!」

「なんだなんだ!」

 どうしても来いというので、ガキどもの所にいく。

 黒い頭をかき分けて覗き込むと――紺のワンピースを着た小さな女の子がうつ伏せに倒れていた。


「え?! どうした?! お前らの仲間か?!」

「知らない!」「知らない子!」「見たことない!」

 この時代、隣近所のつき合いも多いから、まったく知らないガキというのはあまり考えられない。

 まぁ、引っ越してきたばかりとか、そういうことも考えられるが……。

 それにしては服が汚れているし、ボロボロだ。


 俺は女の子を抱え上げた。


「おい、どうした?!」

「うう……」

 意識はあるようなのだが……。

 救急車? この時代に救急車ってあったっけ?

 俺がガキのころも、急病人が出たら近所の人の車で病院に行ってたぞ。

 いやその前に、近くに電話もないしな。


「おい、ガキども! 近くに病院はないか?」

「ある!」

「ちょっと案内しろ!」

「こっち!」「こっち!」

 この時代、娯楽がなかった子どもたちは、街中を走り回っていて遊び場にしていた。

 どこになにがあるなんて、だいたい把握しているのだろう。

 女の子を抱えて子どもたちのあとをついていくと、塀に囲まれた小さな個人医院があった。


 ここか。

 俺は女の子を抱えたまま、病院の中に入った。



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