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22話 先生のアシスタント


 困った水不足の東京。

 大都会の真っ只中だというのに結構なサバイバル。

 愚痴も言いたくなるが、タイムスリップしたのが戦中とか戦前じゃなくてよかったとも言える。

 俺が戦場に行っても生き残れる自信がねぇ。


 気温は31度ぐらいで、それほどではない。

 夕方から涼しくなるし。

 やっぱり舗装されている道路や、コンクリートのビルが少ないせいだろう。

 周りの人間はバテているようだが、平成令和の灼熱地獄からすれば余裕だ。

 そのクーラーからの排熱で更にヒートアイランド現象が加速する。

 負のループだ。


 我慢できない暑さではないが、夏を快適に過ごすために冷蔵庫を買った。

 この時代にやって来てからの初めてのデカい買い物だ。

 格好いい白黒TVもあったのだが、よく壊れるらしく諦めた。


 ――そのまま水不足が進み、8月に入って少したった。

 まだ水不足のままで、新聞には連続40日降雨なし――とかニュースが踊る。

 水道の取水制限もそのまま。

 にっちもさっちもいかなくて、大家さんちのガチャポンプの地下水を飲んでいる。

 背に腹は代えられない。


 とりあえず今のところ、健康被害はないようだ。

 まぁ近所の皆も飲んじゃってるから、死なばもろともなのだが……。

 飲まないとその前に死んじまうし。


 そんなある日、誰かが階段を上がってくる。

 隣の八重樫先生の所にお客様だ。

 女の声がするので、相原さんだろう。


 そろそろ今月の原稿も佳境だろうし、発破をかけにきたに違いない。

 俺とヒカルコのほうは順調に原稿が進んでいる。

 すでにあるものを子ども向けに直す作業なので、あまり産みの苦労はないし。

 問題があるとすれば、ちゃぶ台で作業するときに手元が暗いことか。


 それを改善するために俺は、駅前の電気屋でスタンドを買ってきた。

 白熱電球のスタンドではあるが、手元を照らせるので影ができない。

 これで大分仕事をしやすくなった。


 ヒカルコと一緒にちゃぶ台に向かっていると、戸がノックされた。


「篠原さ~ん! 冷蔵庫のコーヒーいただいてもいいですか?」

「お~、いいぞ~」

 戸を開けないで返事だけしたのだが、すぐに彼がまたやって来た。


「あのぉ~篠原さん、ちょっと来ていただけませんか?」

「はい?」

 なんだ? 相原さんが、俺に用事があるのだろうか?

 八重樫君と一緒に彼の部屋に行くと、相原さんと一緒にもう1人の女性がいた。

 いや、女性というよりは女の子。

 ショートヘアで、黒くて大きなメガネをかけた子で、デニムのオーバーオールを着ている。

 昔の漫画でこういう女の子がいなかったか? 「んちゃ!」とかいうの。


「女の子?」

 ちょっとこの部屋に似つかわしくないキャラに、俺は思わず声を上げてしまった。


「彼女は、八重樫先生の手伝いに入る、矢沢恵美子さんです」

「こんにちは」

 声も高くて、本当に女の子だ。


「どうも篠原です。それより彼女は随分と若いみたいですが、大丈夫なんですか? 相原さん」

「私、16です」

 女の子がそう答えたのだが、高校生なら今の時間にこんな場所にいるはずがない。


「高校生じゃないよね?」

「はい」

 もしかして中卒で漫画家を目指しているのだろうか?


「さしずめ、漫画家の金の卵ってところか」

 この時代、日本経済は成長しまくりで、常に労働者不足だった。

 求人倍率は3倍ぐらいだったはず。

 とりあえず労働力になればなんでもいいと、地方から中卒の労働者が専用列車で連れてこられて、「金の卵」なんて言われていた。


「篠原さんは、僕の作品の原作をやってくれている人なんだよ」

「原作の方がいたんですか?」

 女の子が俺の顔を見て驚いている。

 原作がいて、しかもオッサン――まぁ、しゃーない。


「まぁ、原作者というか、ちょっとしたネタ出し係なんだけどな」

「そんなことありませんよ。篠原さんがいないと、宇宙戦艦ムサシとか絶対に描けませんし」

「そんなにすごい人なんですか?」

 なんか本当に、アニメキャラみたいな声だな。

 平成令和なら声優でいけそうだ。

 彼女は近所ではないが、同じ区内に住んでいるらしい。

 ――と言っても、国鉄の駅の向こうなので、結構遠い。

 かといって電車で通うとなるとぐるりと遠回りをする必要があるし。

 駅前からバスに乗って近くまで来るという手もあるが……。


「すごい人だと思いますよ」

「そうかぁ? 買いかぶり過ぎだと思うがな、はは」

 あまり持ち上げられると照れるな。

 それに、これが俺の実力じゃねぇし、未来の知識を持っているだけのただのオッサンだしな。

 人が集まっていて暑いので、俺の部屋から扇風機を持ってきた。


「篠原さん、飛行機ってなぜ飛ぶんですか?」

 扇風機をセッティングしていると、青年がそんなことを言い出した。


「はぁ? なんだ、藪から棒だな」

「僕も戦闘機を描いているじゃないですか。それで不思議に思いまして」

 彼が、自分の原稿に描いてある戦闘機を指している。


「飛行機がなぜ飛ぶって、そりゃ翼があるからだろう」

「なぜ、翼があると飛ぶんですか?」

「翼があって前からの風を受けると――揚力という上向きの力が発生するせいだな」

「翼といっても、ただの板じゃ駄目なんですよね?」

「ただの板でも、ある程度の角度がついていると発生するぞ」

 俺は扇風機を回すと、セルロイドの下敷きをかざした。

 水平なら当然風がスルーするが、少し斜めにすると持ち上がろうとする力が発生する。


「でも、飛行機の翼はただの板じゃないですよね?」

「昔の人が鳥の翼を観察して、より効率がよい上面がカーブしている翼を発見したから、今の飛行機もそれに基づいて作られている」

 俺が紙に翼の断面図を描いた。

 上のカーブがキツくて、下はなだらか――翼というのはほぼこういう形をしている。


「どうしてこういう形なんでしょうか?」

「こういう形にすると、上面の空気が速く流れて、下面が少しゆっくり流れる。結果、上向きの揚力が発生するということだな」

「……なぜ上のほうが速く流れるんでしょうか?」

 女の子が小さく手を挙げた。


「いいところに気がついたね明智くん」

「怪人二十面相ですね」

 相原さんが笑っている。


「こういう形にすると、翼の周りで空気の循環が起きるからだ」

「循環ですか?」

 八重樫君が不思議そうな顔をしているので、図に描いて説明をしてやる。


「進行方向が左の場合、時計回りに空気の循環が起きる――ということは、上面は追い風になって、下面は向かい風になる」

「ああ、それで上のほうが速く空気が流れるんですね」

「まぁ、そういうことだな。結果、上向きの力が発生するわけだ」

「す、すごいっすね、篠原さん!」

「俺がこんなにすごいのも――」

「「「あたり前○のクラッカー」」」

 八重樫君、女の子、そして相原さんまで一緒になって叫んでいる。


「なんで相原さんまで」

「す、すみません」

 俺にツッコミを入れられて、彼女が赤くなっている。


「ははは、まぁそういうことだ。――とは、いっても俺は大学の教授とかじゃないから、数式で説明しろと言われても、できねぇがな」

「あ、あの……篠原さん、これってすごいことなのでは……?」

 相原さんが真剣に驚いているのだが……。


「すでに知られていることだけど」

「へぇ~」

 八重樫君がメモを取っている。


「ちなみに、野球のボールを投げるときには、バックスピンがかかるだろう?」

「そう――ですね」

 彼がボールを投げる真似をして、確認している。


「そうすると、ぐるぐると回る空気の流れができて、翼と同じように上が速く、下が遅いという流れができる」

「すると上向きの力が発生する」

「つまり、飛距離が伸びるわけだ」

「すごいですね! わかりました!」

 ボールは放物線を描いて飛んでくるわけだが、バックスピンが強いほど揚力が働くので落差が小さくなる。

 結果、バッターの手前で伸びてくるように見えるわけだ。

 ただ、そういう球は揚力が強いので、バットに当たると逆に飛びやすいという欠点もある。

 ちょっと話がずれたな。


 自己紹介も終わったので、相原さんのお土産であるケーキを食べることになった。

 ちょうどアイスコーヒーも飲んでいるし。

 ケーキは4つ。


「私は構いませんので、皆様でどうぞ」

「八重樫君、1つもらっていいか?」

「はい」

 俺はケーキを1つもらうと、俺の部屋にいたヒカルコにやった。


「ほいケーキ」

「……!」

 彼女が手をパタパタさせて喜んでいる。


「もうちょっと打ち合わせがあるからな」

「……コクコク」

 ヒカルコが、ケーキを頬張りながらうなずいた。

 八重樫君の部屋に戻る。


「隣に誰かいるんですか?」

 女の子は俺の部屋が気になるようだ。


「篠原さんの奥さんがいるんだよ」

「え~? そうなんですかぁ?!」

「女房じゃねぇって言っているだろう」

「奥さんじゃないのに、なんで一緒に暮らして一緒に寝てるんですか? そんなのおかしいですよ?」

「うっ?! あいつは押しかけみたいなもんだし……」

 こういうときは、八重樫君のクソ真面目なのが困る。

 ちょっと空気を読んでほしい。


「じ~っ」

 相原さんもこちらを睨んでいるのだが……。


「そもそも、相原さんの仕事を受けるために、一緒に仕事をする羽目になっているんですけど……」

「そ、それはそうですけど……一緒に寝ることは……ゴニョゴニョ……」

 そう言われれば、なし崩し的に一緒に寝てたわ。

 結局、押しかけられた格好になっているが、仕事が終わればやつも自分の部屋に帰る――と思う。


「今回の金が入ってくれば、ヒカルコも自分の部屋を借りることができるでしょうし」

「そうでしょうか……」

「そうですよ」

 一応、そう言っておく。

 俺にも、なんでこうなっているのか解らん――というか、全部相原さんの全裸土下座のせいなんだが。

 いや、そこでやってしまった俺が最終的には悪いのだが。


「俺のことより、1人ぐらしの男の部屋に若い女の子のアシはマズいんじゃないんですか?」

 ヒカルコは大人なのですべて自己責任だが、目の前のアイラビューOKのYAZAWAという女の子は違う。

 彼女は未成年だ。


「わ、私も反対はしたのですが……」

「私は大丈夫です!」

 矢沢さんがガッツポーズをした。


「大丈夫って、親御さんは?」

「お母さんは漫画家になる私を応援してくれてますし!」

「う~ん?」

「このコーヒーが冷たいのは、先生って冷蔵庫を持ってるんですよね?」

「冷蔵庫は篠原さんのものだけど、僕も借りてるんだ」

「やっぱり便利ですか?」

 彼女の目がキラキラしている。

 擦れてなさすぎで、ちょっと怖い。


「そうだなぁ。ものが腐らないってのは便利だぞ? 特に夏はな」

「うわぁ! 私も早く一人前になって、お母さんに冷蔵庫や洗濯機を買ってあげて、楽させてあげるんだ!」

「や、止めてくれ! その攻撃は、俺みたいなオッサンに効く……」

 だって涙が出ちゃう、オッサンなんだもん。


「そうなんですよ……」

 どうやら相原さんも、この調子で押し切られたようだ。


「そうなると――彼女の運命は、八重樫君にかかっているんだが?」

「え?! そ、そんなことしませんよ。っていうか、そんなことより連載を軌道に乗せることを最優先にしないと……」

「そうだよなぁ」

「先生、締切は絶対ですからね!」

 相原さんから釘を刺される。

 平成令和になると、休載するのも当たり前みたいな感じだったが、この時代は違う。


「解ってます」

「やっとプロになって、これからってときだからなぁ」

「わ、私も早くそうなりたいです!」

 矢沢さんが、両手を握ってフンスフンスと力を入れている。

 とりあえずやる気には溢れているようだ。

 すくなくとも、16歳のときの俺より将来のことを考えている。

 それは間違いない。


 話も済んだので、俺は自分の部屋に戻ることにした。


「今日から仕事を始めるのかい?」

「はい!」

「それじゃ扇風機貸しておくかい? 2人いると暑くなりそうだし」

「え?! 篠原さんの扇風機は?」

「扇風機は駅前でもそんなに値段も変わらんし、今から買ってくるか」

「それじゃ、その扇風機を僕が買いますよ」

「お金は大丈夫かい? これから助っ人代がかかるんだぞ?」

「う……」

「ははは、無理するなって。扇風機代は貸しておくから。今にそのぐらい余裕で稼げるようになるだろうし」

「すみません」

「ちゃんと、ノートにメモっておかないとな」

 相原さんの用事も終わったらしいので、一緒に彼の部屋を出た。

 俺の部屋の戸を少し開ける。


「ヒカルコ、ちょっと国鉄の駅前まで買い物に行ってくる」

「私も行く!」

 それじゃ鍵をかけないとな。

 途中まで相原さんと一緒に通りに向かう。


「女の子は大丈夫かな?」

「多分……」

 正直言えば、相原さんも心配なのだろう。


「まぁ、八重樫君も20歳過ぎているって話だし、なにかあったら自己責任だ」

「なんだか、一か八かみたいなことになってしまって……」

「彼は真面目だし、俺みたいな駄目なオッサンじゃないので、大丈夫でしょう――多分」

 セクハラするようなタイプでもないしな。

 心配することはないが、真面目なやつがはっちゃけるとヤバいってのはよくあること。


「はぁ……」

 相原さんが、めずらしくため息をついている。

 彼女も苦渋の決断であろうと思う。

 手持ちの駒にいいのがいなかったのだろう。


「矢沢さんにとっては、勉強になると思いますよ」

「それはそう思いますけど……」

「それはそうと、彼女が夜に帰ったりしたら、1人道とか大丈夫かな?」

「会社の経費でタクシーを使ってもいいと言ってあります」

「おお、さすが大手。太っ腹」

「なにかあってからでは遅いですし」

「しかし、中卒で漫画家志望かぁ。一点突破すぎるなぁ。才能のほどはどうなんでしょう?」

「あると思いますよ」

 相原さんの目は確かっぽいからなぁ。


「でも、彼女が狙っているのは少女誌ですよね?」

「はい、まずは漫画の経験を積ませることが先決ですので」

 世の中には、ペンや定規の使い方も知らないのに、漫画を描かせると面白いものを描く天才もいるしなぁ。

 彼女にその才能があればいいのだが。


 途中で相原さんと別れて、俺たちは国鉄駅前の電気屋へ。

 扇風機の値段を見ると、俺が買ったのと同じものが、8700円で売っていた。

 200円違いか――まぁ、買いに行く手間を考えたら、これでもいいだろう。


 機能的にも問題はなかったので、同じものを買うことにした。

 変に冒険をして、使い心地に問題があったりすると嫌だし。

 秋葉原で買ったときと同じように、箱を捨ててもらい裸で持って帰る。


 晩飯にはまだ早いが、冷蔵庫を買ったのでなまものを買っても平気だ。

 やはり便利。

 晩飯の残りで朝飯を食ったりもできるしな。


 ------◇◇◇------


 ――8月も中旬になったが、水不足は解消されず。

 矢沢さんという女の子が八重樫先生の下に毎日通っていたが、無事に原稿は完成。

 彼女の貞操も無事だったようだ。

 いや、俺は信じていたよ、八重樫君を。

 マジで。


 実際の話、締切ギリギリまで描いていたので、そんな余裕はなかったと思われる。

 カラー原稿もあったので大変だったらしいのだが、好評につき次号もカラーみたいだしな。

 人気があるのも大変だ。


 その彼の人気が証明されることがあった。

 突然、八重樫君の部屋を子どもが訪れて、サインをねだられたのだ。

 この時代、雑誌には作者の先生にお手紙を書こう! とかいって、住所が載っていた。

 平成令和には信じられない話だが、これは本当である。


「やったじゃないか八重樫君。これで人気作家の仲間入りだぞ?」

「そうなんですかねぇ」

 彼もサインの練習などしていなかったようで、普通の名前とキャラを描いてやったらしい。

 その少年がねだったのは、一番最初の作品のヒロイン。

 ミニスカでパンチラしている女の子だ。


「中々通だな。しかも最初の作品ってことは、本当に八重樫先生のファンじゃないか」

「いや~ありがたいですよねぇ」

 この時代なら、即オークションに流されたりはしないから、本当のファンじゃないともらいにはこないだろう。

 やっぱりお宝とか言われて値段がつくようになってから、転売とかされるようになったからな。

 そうなると、「金になるからもらっておこう、タダだし(笑)」みたいなやつは出てくるだろう。

 悲しいけど、これが現実なのよね。


「でも先生、サインを考えて練習しないと駄目だな」

「ええ? そんなのいいですよ……」

「あれって、さらさらって書いて数をこなすためのものだし、書く機会が増えたらサインを作ったほうがいいと思うぞ」

「そんな日が来るんですかねぇ……」

 真面目な彼はピンとこないみたいだが、このままの人気が続けばありえると思うがなぁ。


 彼の部屋で、宇宙戦艦ムサシ第3話の打ち合わせをする。

 俺の部屋では、ヒカルコが最後の追い込みをしているところだし――邪魔はできない。

 小説が完成した部分は、俺が通しでなん回も読んでいるが問題はない。

 すでに文学全集に掲載されている作品と比較しても劣るものではないと思う。

 まぁ、俺みたいな3流小説家の意見がどのぐらい信頼に値するかは不明だが。

 途中で、相原さんにも確認してもらっているが、彼女も太鼓判を押していたから大丈夫だろう。


 彼の部屋に転がった新聞には、トンキン湾事件のことが一面で載っている。

 これが引き金でベトナム戦争が勃発したわけだが――ベトナム戦争もリアルで体験することになるのか……。


「篠原さん、その新聞読みました?」

「ああ、戦争になるかもな」

「また戦争ですか?」

「まぁ、朝鮮戦争みたいに、また特需がくるかもな」

「戦争で金儲けするってのはどうなんですかねぇ」

「けど、戦争が一番金になるって話もあるし。このトンキン湾事件だって、アメリカの自作自演って話もある」

「え?! そうなんですか?!」

「まぁな」

 実際にCIAが絡んだ自作自演じゃなかったか。

 後年暴露されたとかいうのをなにかで見たな。


 それはいいのだが――クソ真面目な八重樫君が、「外国で戦争やっているのに、戦争漫画で金儲けしてもいいのでしょうか?」とか言い出さないか心配だ。

 切羽詰まっていれば人のことなどどうでもいいのだが、余裕が出てくると他人の心配をしだす。

 まぁ、ベトナム戦争が泥沼化して厭戦ムードからの反戦運動につながるのは、5年ぐらいあとだろう。

 それまでに稼げればいい。

 漫画のネタはまだあるしな。


 ――8月中旬を少々過ぎた頃、ヒカルコの原稿が完成した。

 本当なら校正などがあるのだが、原稿は買い取りで全部放り投げた。

 どう改変されても文句は言わないので、問題なしだ。

 都民を苦しめている渇水もまだ続いており、干上がったダムの底から水没した村が現れたとか新聞に載っている。


 そんな折、一通の手紙が届いた。

 差し出し人を見れば――日本文学界の重鎮、田端康成大先生だ。

 筆でしたためてある。


 そちら様の作品を拝読した。

 言葉の取捨などにつたなさはあるが、若々しく才能に溢れる文だとかなんとか書いてある。


「ヒカルコ、その手紙は大事に保存しておけよ。いずれお宝になるからな」

「……コクコク」

 彼女がうなずいている。

 ヒカルコにはやはり才能があるようで、手紙を読んだ相原さんの勧めで、今書いている恋愛ものを文芸誌に投稿してみることになった。


 仕事をこなしたことで、彼女にはかなりの金が入ってくるからな。

 ――まぁ、それは半年あととかなので、俺が少々面倒をみなくてはならないが。


 仕事が終わったので、ヒカルコは自分の部屋に――と思ったのだが、いつのまにかやつの私物が増えている。

 毎日、ちまちま運び込んでいたらしい。

 押入れの中には、タンスの引き出しだけが重なって入っていた。

 こんなの運んでいるなんてまったく気がつかなかったぞ。


「お前、自分の部屋があるじゃねぇか!」

 ――というと、彼女が布団にくるまって部屋の隅で丸くなっている。

 これで抵抗しているつもりらしい。


 どうするんだよ、これ。



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